いざ、ダンジョンへ20-3
「急げ!! 追い付かれるぞ!!」
一党の代表である男の剣士――――ガディッツが叫ぶ。
そして仲間である女の魔導師――――ニーファの手を握り締め、ダンジョン内を必死に駆けていた。
「ちっくしょう! 後は毛皮を納品するだけって時に小鬼の群れに追い回されるなんて…!」
もう一人の男の剣士――――カルトーズも仲間と共に逃走する。
「ていうか、何であの小鬼共は俺達みたいに武装してるんだよ!?」
カルトーズはちらりと後方を見ながら、焦りの色が濃い文句を口にする。その文句は追って来る小鬼達に対しか、一党仲間に対しての八つ当たり発言なのかは定かではなかった。
「その疑問は後だ! 今は彼奴等から如何やって撒くか考えろ!」
ガディッツはそう言いひたすら走るが、仲間のカルトーズが言った疑問に対し内心で「確かに可笑しい」と思っている。
地下ダンジョン上層部の序盤である階層に小鬼が出現するのは、此処テウナク迷宮都市の冒険者なら初めて潜る者以外を除き、誰もが知っている。
だが、冒険者の様に武装する小鬼が上層部の序盤で出現するのは稀である。出現しても3、4匹程。
しかし、今追って来る武装した小鬼の数はざっと10匹以上も居る。
これはダンジョン内のこの上層部序盤で、何かの異常が起こっている。
ガディッツはその可能性を脳裏に浮かべる。
「不味いよ! 更に増えた!」
共に逃走する仲間である女の弓使い――――ティルが小鬼の増加を報告する。
「嘘だろ! 勘弁してくれ!」
聞きたくない報告に、カルトーズは顔を引き攣らせる。
「も……もう……無理……」
「諦めるな! 捕まったら終わりだ!」
ニーファはガディッツに引っ張られながら必死に走るが、体力面が弱い彼女の息は荒く、誰かに支えて貰わなければ簡単に転んでしまう程に疲労していた。
もし彼女の手を離してしまえば直ぐに転び、自力で立つ事は出来ないかもしれない。
そして間違い無く――――小鬼共の餌食にされる。
ガディッツは彼女の手をより強く握り、決して離すまいと強く思う。
「何処か高台が在る場所は無かったっけ!? そういう場所に行ければ2人だけでも撃退出来るんじゃない!?」
ティルはガディッツに高台在る地形場が何処かを質問し、その地形を前提とした提案をする。
「おいおいティル、俺とガディッツ2人だけあの数を相手しろってか!? 流石に勝算低くねぇか!?」
彼女の提案にカルトーズは驚きの表情を浮かべる。
「それは仕方ない! ティルの矢はもう数本程、ニーファの魔力も残り少ない。剣を執って闘える俺とカルトーズで遣るしかない!」
「くっそーっ! こんな事なら帰還の巻物ケチらず買っとけば良かった!」
「それには同感かも。未だそこまで稼げてないからって、節約したのが仇になっちゃうなんて」
「俺も同感だよ。上層部の序盤だからって少し甘く見てた」
必死に走る中、一同は後悔を口にする。
今日彼等は、朝一番に依頼掲示板に張り出されていた依頼書――――野蛮な狼の毛皮の納品依頼を受注し、地下ダンジョンに潜り、上層部序盤階層で野蛮な狼を1匹1匹確実に狩っていた。数が3、4匹の時はニーファの土系統の低位級魔法〈石針〉による奇襲で仕留め、仕留め切れなくても身体を貫く石の針が簡易的な拘束と成り、短時間身動きが取れない野蛮な狼にガディッツとカルトーズの追撃で確実に仕留める。そしてその場から逃走する野蛮な狼に対しては、ティルが射止める。
着実に仕留めては解体を繰り返し、依頼内容に記載された納入数に達した。
後は地上へ戻り冒険者組合に依頼達成報告と毛皮の納入をし、報酬を貰うだけだった。
そんな時、突如と武装した小鬼達が彼等の周囲に現れた。
まるで疲弊した時を待っていたかの様に。
ダンジョンの出口に逃げようとしたが、それを最初から読まれ、出口への通路を小鬼達が通せんぼし遮った。そして足止めされた直後は、小鬼達との強制戦闘と為ってしまったのだ。
最初の内は劣勢では無かったが、次々と小鬼はやって来た。ニーファの魔力はこの時既に余り無く、3人で襲い来る小鬼達を倒していた。
そしてティルの矢の残り本数が少なくなり、これ以上の応戦は厳しいと判断し、出口への道とは違う方向へと余儀無く逃走したのだった。
「良し、此方だ!」
視界に見覚えのある分岐路が映り、ガディッツは共に逃走する仲間を右へと先導する。
「此処の通路を抜ければ高台が在る場所だ! 其処で撃退するぞ!」
高台とはいっても、高さは3,4メートル程度しかない。しかし、軀体が成人の人間より低い小鬼にとってはかなりの高さだ。
しかし、小鬼にとって高いからといって登れない訳ではない。
それはガディッツに限らず、他の仲間全員解っている。
だが高台からなら、登って来る小鬼を一方的に攻撃する事が出来る。登ってる最中で攻撃する事は難しい。そんな小鬼が高台を登り切り、顔を出した直後に攻撃すれば良い。
一気に形勢逆転とは行かないが、もう暫くは抗戦出来る上に、時間は掛かるが小鬼を1匹1匹確実に仕留める事が出来る。
4人はひたすら走り、小鬼達は彼等をしつこく追い回す。
「もう直ぐだ! 俺が上げるから先に登れ!」
「解った! 私が先に上がったら武器を此方に投げて! 後は上から引っ張り上げるから!」
「カルトーズ、腰から剣を直ぐ外せる様にしとけ!」
「お、おう! 解った!」
ガディッツにそう言われたカルトーズは慌てて、走りながら腰の革帯に固定した帯剣を直ぐ外せる様に確認する。
「ニーファ、もう少しの辛抱だ! 上の登った後は少し休んでろ!」
ガディッツは引っ張っているニーファに安堵を与える希望を口にし、今も呼吸が荒いニーファは返事が真面に出来ない代わりに数度頷く。
そして4人は通路から広い空間へと駆け込んだ。しかし――――
「な……!!?」
視界に映ったある存在を目にし、全員は脚を止めてしまう。
「小鬼の騎手……!!?」
視界の先、高台には野蛮な狼に騎乗する小鬼が陣取っていた。
それも一組ずつで数えれば17匹。
「まさか、待ち伏せされてた……!?」
「嘘だろおい……こんなのアリかよ……!」
より状況が悪化した事に、4人は絶望の色を滲ませた。
「別の場所に逃げるぞ!! 走れ!!」
此処で少しでも立ち往生すれば、後ろから追って来る小鬼達と挟み撃ちにされる。そうガディッツは現状を直ぐに把握し、仲間3人を別の道へと誘導し再び走り出す。
高台に陣取り待ち構えていた小鬼の騎手達の背後から大柄な小鬼が逃げ出す彼等を見下ろし、ニヤリと嗤った。
そして配下の小鬼達に命令を下す。
――――追い詰めろ、と。
ガディッツ達は苦渋の表情を浮かべながら、己が体力を振り絞り走り続ける。
走りながら喋る余裕は無く、下手に体力を消耗させぬよう逃げ切る事だけに集中するしか出来ない。
逃げれば逃げる程に状況は悪く為る一方だが、今はこれが生き残れる可能性が在る方法――――唯一の最善行動である。
「ガディッツ!! 小鬼の騎手が来た!!」
ティルからの悪報を聴き、ガディッツとカルトーズは後方を目にする。
今度は小鬼の騎手が野蛮な狼の機動力を以て、背後から勢い良く追い迫りつつあった。
「流石に小鬼の騎手には追い付かれるな…!」
そう確信したガディッツは、ただ逃げるだけでは殺されると思い、逃げ方を変える事にした。
「ティル、ニーファを頼む!! 俺とカルトーズで殿を遣る!!」
「解った!」
ティルはガディッツの指示に従い、ニーファの手を取り先頭を走った。
「剣を執れカルトーズ!! 追い付いて来た小鬼の騎手の狼を最優先に狙え!!」
「了解…!!」
ニーファをティルに託したガディッツは鞘から直剣を抜き、カルトーズと共に小鬼の騎手の対処に乗り出す。
野蛮な狼に騎乗した小鬼の騎手2対が追い付き、ガディッツとカルトーズを挟み込む。そして手に持った槍で突き刺し掛かろうと、距離を縮め出す。
それを捉えた2人は不意を衝く様に一振り、野蛮な狼に斬撃を繰り出す。
斬られた野蛮な狼は地面に崩れ伏し、騎乗していた小鬼は体勢を崩し地面に転倒した。
「うっし!!」
こんな劣勢下でも上手く撃退出来た事にカルトーズは思わず喜々の声を上げる。
「油断するな!! 俺達の前に行かせるなよ!!」
「おうよ!! 其方もな!!」
そして走りながら小鬼の騎手の撃退をし続け、4人は逃走し続ける。
走り続け、今度は別の広い空間へと駆け込んだ。
しかし、予想もしなかった事が視界に映り込む。
「通路が塞がってる!?」
別の場所へと繋がる通路が、大きな岩石によって塞がれていたのだ。
「そんな……! これじゃあ逃げ場が無いじゃない…!」
僅かに隙間はあるが、4人の膂力を合わせても動かせない岩石だ。
「ていうか何で此処に岩が在んだよ!」
顔を引き攣らせるカルトーズの言葉に、ガディッツは理解した。
「……やられた! 俺達は此処に追い込まれたのか!」
今目の前に在る岩は人為的によるもの――――小鬼達が前以て逃げ道を塞いだのだ。
そして自分達が居るこの場所を行き止まりの空間に仕立てたのだ。
状況は最悪なものと成ってしまった。
そんな時、ニーファが少ない魔力を振り絞り、来た通路に向かって魔法を発動させた。
「〈石壁〉……!」
地面から出現した厚い石壁が通って来た通路の出入口を塞ぎ、小鬼達の進行を塞き止めた。
壁の向こう側で進行を遮られた小鬼達はギャアギャアと騒ぎ、通り抜けない事に困るのだった。
「こ……これで……時間が稼げるよ………」
「ニーファ、無茶しないで!」
体力が限界寸前のニーファはへたりと地面に座り込み、ティルは彼女の状態を案ずる。
「ナイスだニーファ! マジで助かった!」
カルトーズは称賛をニーファに掛ける。
「済まないニーファ、残り少ない魔力を無理に使わせて」
ガディッツは申し訳無さそうに謝罪するが、ニーファはふるふると顔を振り笑みを向ける。
「少し休もうガディッツ。ニーファの魔力を幾らか自然回復させて、使える魔法の回数を少しでも増やそう。そうすればあの岩だってニーファの魔法で壊せるし」
「ティルに賛成だ。あの壁なら流石の小鬼の腕力じゃ武器が有っても突破出来ないだろうしさ。先ずは休もうぜ~、流石にこんなんじゃ真面に闘えねぇしさ~」
カルトーズの言う通り、多数の小鬼に遭遇してから長時間走りっ放しで、体力が多く削られ全員疲労している。特に体力が余り無いニーファは疲労困憊の状態、直ぐに走る事は出来ないだろう。
「……そうだな。出来るだけ休んで、体力と魔力を回復してから如何するか考えよう」
仲間の意見にガディッツは賛成し、壁際に背凭れ座り込んだ。
休息する間、今も石の壁の向こう側で小鬼達の騒ぎ声が漏れ出て、余り気が休まらない。しかし、安心し切れないが贅沢は言えない。ずっと追われるよりも、体力を回復出来るだけ有り難いのだから。
「済まない皆…、遭遇した時にニーファの魔法で通路を直ぐ塞ぐ案さえ浮かんでれば、こんな事には成らなかった。小鬼だからって甘く見てたよ」
「俺もだよガディッツ。俺だってここぞって時の為に魔力を温存させるさ。しかも小鬼が相手だからって甘く見ちまう上にケチっちまうんだよなぁ」
小鬼が相手なら1人でも倒せる。
そう甘い考えで挑んだ駆け出し冒険者が、小鬼に不意を衝かれ呆気無く命を落としたり、小鬼十数匹に襲われ惨たらしい死んだりと。
珍しくは無い、良くある話である。
「御免ね……皆。私が広範囲魔法が使えれば……」
「何言ってんだニーファ、それは仕方ないさ。俺達は未だ未だ駆け出しなんだから」
悄気るニーファに、ガディッツは励まし掛ける。
「私もね……正直小鬼が相手なら、魔法が無くてもガディッツとカルトーズの2人なら全然平気だと思ってた……。でも…数が多いとあんなに厄介だと思わなかった……」
「私もよ。今迄は多くても3,4匹を相手にしてたから油断しちゃったわ。けどあれは何か変よね。数なら未だしも、武装が整ってるなんて」
ティルの言う通りだ。
小鬼は通常、大抵汚い腰布を着て武器は粗雑な木の棍棒だ。しかし、遭遇した小鬼達は革鎧や鉄製の鎧、面頬無しの兜を被り、更に武器はショートソードやメイス、小鬼の騎手はショートスピアを持っていた。
小鬼の武装にしては整い過ぎていた。
恐らくは自分達と同じ他の駆け出し冒険者から殺し奪った物だろう。
「それに小鬼の騎手達の待ち伏せもそう。まるで統率されてるみたいな印象だったわ」
そんなティルの見解に、ガディッツはある危惧を口にする。
「……まさか、〝小鬼の王〟が出たのか…?」
その言葉に3人は目を丸くする。
「小鬼の王って、幾ら何でもそりゃあ流石に……」
カルトーズはその可能性に対し否定を口にするが、否定し切れないのか表情は不安の色が滲み出ていた。
「……でも確か、昔このダンジョン上層部に小鬼の王が出現した事があったって聞いた事がある。数十年か百何十年か前の事らしいけど」
小鬼達の頂点に君臨する王――――ゴブリンキング。
それは力と統率力に秀でた小鬼の上位種であり、全ての小鬼を統率し軍隊へと変貌させ、町1つ滅ぼす脅威を持つ存在。そして戦闘力も大柄な小鬼とは比較にならない程恐ろしく、戦士職の武技と特殊技能を駆使し単独で多数の敵を蹂躙する力を持っている。
しかし、それは現在では文献でのみでの――――謂わば伝説上の様な言い伝えと成っている。
何せ小鬼が進化し、大柄な小鬼に成るだけでも珍しい。
その理由は上位種に進化する機会が訪れる前に、討伐されてしまうからだ。
「小鬼の王じゃないにしても、あの小鬼共の行動は明らかに統率されたものだ。指揮を執っているとすれば――――」
その時、ガディッツはある異変に気付き、言葉を途中で止めた。
「…………小鬼共が静かに為った?」
先程まで少し煩わしかった小鬼達の騒ぎ声が止み、自分達が居る空間は静寂に満ちた。
諦めて引き返したのか?
この場の4人全員がそう思った。
いや、そうであって欲しいと願望するが正しい。
もし本当に諦めて引き返したのなら、もう少し休息が取れる。そうすればニーファの魔力だって回復し、再び戦力復帰する事が出来る。
しかし、妙な胸騒ぎがする。
そんな不安が徐々に膨れ上がっていくその時――――
ゴスン!!
訪れた静寂は束の間、通路を遮る石壁から重い打撃音が響き出す。
幾度もニーファが作り出した石壁を叩き付ける毎に、徐々に亀裂が生じ広がっていく。
都合の良い願望は容易く砕かれた4人は直ぐに戦闘態勢を取る。ガディッツとカルトーズは前に、ティルはニーファを自分の背後に隠す様に後ろへと陣形を取る。
遮る壁が叩かれる度、小鬼達からの進攻を防ぐ壁に生じた亀裂が大きく広がる度に、4人の胸中に生じた不安は更に膨れ上がる。
そして遂に生命線の壁が叩き壊され、ぽっかりと穴が開いてしまった。
其処からぬっと姿を現した大きな影を見た4人は、胸中に抱く不安が恐怖へと変わり、その感情は面に滲み出す。
浮かんでいた嫌な予想が当たってしまった事に、ガディッツは眉間に皺を寄せた。
「……大柄な小鬼…!!」
小鬼達を統率しているであろう小鬼の上位種が現れてしまった。
そして大柄な小鬼に続き、他の小鬼達が溢れ出す様に現れ、ガディッツ達を囲った。
「………流石にもう逃げられねぇか」
「ああ、腹括って遣るしかないな」
カルトーズとガディッツは直剣を両手で握り締める。
自分達を囲う小鬼達を見渡し、種類、数、武装を目で確認する。
ざっと見て30匹位だろうか。いや小鬼の騎手が騎乗する野蛮な狼も居るから大体計40匹といった所だろう。そして大柄な小鬼が1匹である。
武器はショートソードやメイス、ショートスピア、そして遠くに居る小鬼の手にはショートボウが視認出来た。
「あの大柄な小鬼は如何する?」
カルトーズはガディッツに尋ねる。
如何する、という言葉だけでは、何を? と普通は尋ね返してしまうだろう。
しかし、この状況でのその言葉はガディッツには充分に伝わった。
「あれは最後だ。先ずは他の小鬼共を倒さないと危険だ」
「だよな。出来れば彼奴以外を全部倒してからとんずらしてぇよ」
「俺もそうしたいが、逃げようとすれば必ず通路を塞がれるのは目に見えてるからなぁ」
「あれとの戦闘は避けられねぇか……」
カルトーズは嫌そうな顔をしながらそう口にする。
ガディッツも彼と同じ心境だった。
その原因である大柄な小鬼も他の小鬼と同様、武装しているのだ。
上半身は鉄製の鎧、腕と手甲は鉄製の籠手、脚は鉄製の脛当てで護られている。そして手には石壁を叩き砕いた鉄製の大きな棍棒を持っている。
徒でさえ大柄な小鬼は膂力が高いのに、大きな武器を持たれたらとんでもなく危険だ。
あの硬い棍棒で殴られれば無事では済まない筈だ。
最悪即死、良くても重傷を負い動けなくなり、そんな状態で追撃など躱せず結局は殺されるだろう。
逃げるという生存の選択は失った。
残るはこの場の小鬼全てを倒すという選択肢だけである。
4人の冒険者を視界に映す大柄な小鬼は、「追い詰めたぞ」と内心で口にしながらニヤリと嗤う。
そして手に持つ鉄製の大棍棒を前に突き出し、野太い濁声を上げた。
大柄な小鬼の声に触発された様に他の小鬼達は、一斉に襲い掛かり出す。
「来るぞ!! 何が何でも抗うぞ、カルトーズ!!」
「やってやらーっ!!」
2人は気合を口から発し、己が内の恐怖を抑制する。
前に出て来た剣持ちの小鬼がゲタゲタと嗤いながら、ガディッツとカルトーズに目掛けて剣を上から振り下ろす。
2人は振り下ろされる小鬼の剣撃を横へ弾き逸らし、その際によろめいた小鬼の首を透かさず一刀両断する。
先ずは2匹倒した。
しかしその直後に、別の小鬼4匹が同時に襲い掛かって来た。
互いに剣を振り、牽制をしながらの攻防を幾度か繰り返す。
「イッテ…!」
そんな攻防に水を差す様に矢が飛んで来て、ガディッツの腕に刺さる。
矢傷を負い怯んだ隙を捉えた小鬼がニヤリと嗤いながら、ガディッツに目掛けて剣を振り下ろそうとする。
「んのやろっ…!」
ガディッツは矢傷の痛みに耐えながら、眼前に迫る小鬼の醜い顔面を突き刺し、地面へと払い捨てる。
「イッタ…! 此畜生め!!」
カルトーズも飛んで来た矢に刺さり、痛みに耐えながら剣を振るい牽制を続ける。
「ティル! 弓持ちの小鬼を出来るだけで良い、減らしてくれ!」
ガディッツは刺さった矢を無理矢理引き抜き、それを後ろに居るティルに投げ渡す。
鏃が血濡れた矢を弓に番えたティルは弓弦を引き絞り、遠くから矢を射飛ばす小鬼の頭部を狙い撃つ。
しかし、狙った場所が外れ小鬼の胴体に刺さる。
一射で仕留められなかった事に、ティルは険しい表情を浮かべる。
「ティル、これ! 少ないけど」
後ろに居たニーファは魔法で支援が出来ない代わりに、小鬼が射飛ばし外れた矢を数本拾いティルに手渡す。
「ありがとうニーファ!」
とても有り難い。そうティルは胸中で感謝し彼女に笑みを向ける。
手持ちの矢が少ない状況でこうも献身的に手助けしてくれる事に、こんな最悪な状況下でも思わず笑みが浮べてしまう。
「舐めんな小鬼! オラァ!!」
カルトーズは力押しで一気に小鬼を2匹斬り伏せる。
ガディッツも剣を幾度交え、もう1匹の小鬼の首を斬り飛ばした後、ちらりと大柄な小鬼の様子を窺う。
――――動いて来ない。
大柄な小鬼の膂力に加えあの鉄製の大きな棍棒でなら、他の小鬼共に任せるよりも早く自分達を撲殺出来る筈だ。
自ら前線に出ないのは面倒臭いという怠惰な理由か、それとも小鬼達の上位種であるが故と小鬼側が圧倒的に有利から生じる傲慢からなのか。
何方の理由にせよ、此方にとっては都合が良い。
他の小鬼が多数居る現状で、大柄な小鬼に動かれれば勝機は小さく為ってしまうのだから。
そう為る前に、大柄な小鬼を除く小鬼共を最低でも半分以上倒さなくてはとガディッツは剣を振るい続ける。
「キョリヲトレ! ヤリデセメロ!」
自らは動かない大柄な小鬼が言葉を発し、配下の小鬼達に指示を出す。
指揮官の指示に従い槍持ちの小鬼が8匹ガディッツ達の前に現れ、槍を構え躙り寄って来る。
先程逃げる時に倒した野蛮な狼に乗ってた小鬼達は両手で持つショートスピアを彼等に向け、幾度も突き出す。
「くっそ、遣り辛ぇ…!」
突き出される小鬼の槍の対応し辛さに、カルトーズは焦燥の感情を吐き出す。
振って来る武器なら対応し易いが、長柄武器の速い突き攻撃は慣れていない。
それだけなら未だ良かった。
「イデッ!」
槍持ちの小鬼に手間取る2人に、飛来した矢が突き刺さる。
小鬼達からの攻撃は槍だけでなく、弓矢による遠距離攻撃もある。この2つを同時に対処しながら小鬼全てを倒さなくてはならない。
駆け出しが故の経験不足の彼等4人にとっては、余りにも厳しい状況である。
それでもガディッツとカルトーズは必死に応戦し、ティルも弓持ちの小鬼の数を減らそうと射るが未だ1匹も仕留める事が出来ずだった。
4人は己の実力の低さに対し、酷く痛感する。
もっと自分に力があればと。
そして自身を慰める言い訳を心の中で口にする。
未だ駆け出しの冒険者なんだ。弱くて仕方ないと。
そんな必死な彼等の耳に小鬼達の嗤い声が入って来る。
煩わしい。その汚い口を閉じて黙ってろ。
まるで必死に努力する人を嘲笑う下劣な声を浴びせられている様な不快さに苛立つ。
そんな苛立ちを剣に乗せ眼前の小鬼達に喰らわせようとするが、槍に貫かれる恐怖で脚が一気に前進する事を躊躇ってしまう。
このままではジリ貧だ。
そう不安を抱いたその時、重い足音を耳にしその鳴る方へ視線を向けた。
「ヤバい…! 動き出した……!」
視線を向けた先、大柄な小鬼が手に持った大きな鉄棍棒を肩に担ぎながら歩き出し、悠々と此方に迫って来るのをガディッツは見た。
最悪な状況が訪れてしまった。
大柄な小鬼が1歩1歩近付く毎に、彼等4人の確実な死が迫り近寄って来る。
「こんの野郎が!! 退きやがれってんだ!!」
カルトーズは眼前の邪魔な槍持ち小鬼を早く倒そうと剣を振るが、焦りが大きく為った所為か剣撃が雑に為る。
カルトーズに限らず、ガディッツもティルも死が迫る恐怖で焦りが色濃く為り、徐々に攻撃は粗く、狙いも思うように定め辛く為る。
如何する―――?
如何すれば―――?
如何したら良い―――?
ガディッツは剣を振り、槍の突きを身体に掠め、矢傷を負いながら全員生き残る為の最善を必死に考える。
だがこの状況を直ぐに打破出来る術が今の彼等には無い故、考えようにも浮かばなかった。
死んでたまるか―――!
そんな生存への抵抗心を抱く。
此処で死ぬのか―――?
そして相反する絶望が刻々と色濃く為る諦めを抱く。
だが、諦めという負の感情を気合で無理矢理押し退け、眼前の小鬼達に対し抗い続ける。
何度も剣を振り、幾度も眼前の小鬼共の首を狙い、抗戦する。
しかし、最悪な状況に更に悪い事が起こってしまった。
(!? う…、腕が……!)
急激な痛みが生じた腕に力が入らなく為り、ガディッツは握り締める剣を振れなく為ってしまった。
無理に力を込めようとすれば激痛が伴い、力を込めても抜けてしまう。それはまるで、腕は穴の開いた風船の様にだ。
(頼む…!! 頼むから動いてくれぇ…!!)
激痛に耐えようと歯を食いしばり、腕に力を込め剣を持ち上げようとする。
「う、くぅ……!」
しかし、上がらず―――。
「ガディッツ、避けろぉ!!」
その時、カルトーズの上げた声に気付く。
眼前の小鬼がガディッツに向かって槍を突き出しているのを視界に映る。
「しまっ――――」
剣を持ち上げようと必死に為り過ぎ、眼前の小鬼達への注意が緩んでしまった。
反応が遅れ、避けようとしても手遅れ。
たとえ腕が動かせたとしても、防御すら間に合わない。
―――――死ぬ。
ガディッツは目を閉じ、穿ち殺されるという望まぬ死を受け――――。
視界を閉じたガディッツの耳に、何かを弾き防ぐ硬質な音が入った。
(……何だ? 何が起こった?)
槍で貫かれた感覚が無い事と、視界を閉ざした見えぬ世界で何かしらの異変が起こった事に疑問を抱き、ガディッツは恐る恐る目を開いた。
「………え?」
目を開き、視界に映るのは小鬼達ではなかった。
目の前には突如と、勇敢なる4人の人間が現れたのだった。




