いざ、ダンジョンへ20-1
早朝6時。
未だ朝日が顔を覗かせていないが、暗闇は殆ど無い青空広がる。
そんな時間帯に、宿屋で泊まり就寝するエルガルム達と冒険者一党の堅実の踏破は起床する。
ガイアも同様、薄っすらな光に身体が自然と反応し目を覚ます。
普段よりも早く起床したのにも関わらず、不思議と頭の中はスッキリとしっており、瞼も軽い。重い岩石の身体も軽く感じ、身体を持ち上げる様に立つ事が容易だった。
各自起床してから武具や魔法装身具を装着し、昨日入念に確認し整理した魔道具類や携帯食糧などが多く入っている大収納小袋をしっかり身に着け、身支度をさっさと済ませる。
身支度全てを終えた後に部屋を出て、宿屋内のエントランスホールで1度集う。女将に暫くは戻れない旨を伝え、各自の部屋鍵を渡し宿屋を後にする。
そして昨日行った行き付けの飲食店で腹八分目の朝食を摂り、食事を終えた彼等はテウナク冒険者組合へと真っ直ぐ赴いた。
テウナク冒険者組合出入口前に着き、時は朝7時頃。
出入口の扉をダムクが先頭に立ち、押し開いた先に広がる冒険者組合内のエントランスホールは既に幾十人もの冒険者が居た。依頼掲示板には組合職員が依頼書の束を手に持ち、それを次々と掲示板に張り出していた。
既に張り出された依頼書の内容を確認し、どの依頼を受けるか選ぶ冒険者が幾多数集まり、其々が自分の力量に妥当な依頼書を取ったり、妥当な依頼書が先に取られ報酬額が低い方に妥協し、それを受付カウンターへと持って行き依頼受注をしている。
(未だ朝に為ったばかりなのに、もう人が居る。早いなぁ)
ガイアはそう思いながら、視界全体に映るそんな光景をざっと見渡す。
だが、彼等冒険者が朝早々に来る理由が何なのか確信と言って良い予想が出来、それに対する理解と納得も出来た。
依頼は幾多在るが無限では無い。難易度によって依頼の数や報酬額、内容によって向き不向きのものが存在する。
依頼抜きでダンジョンに潜り、素材を集めてそれ等を冒険者組合に換金して生計を立てる事は可能ではあるが、それは最低B等級の冒険者一党でなら可能の話だ。
ダンジョン下層部の上層中層辺りに巣くう危険性の等級が高い魔物から取れる素材や、薬草、鉱石、原石などは価値や希少性が高い物が多々存在するからである。
それに比べて、ダンジョン上層部と中層部に存在する素材はダンジョン外でも手に入れられる物が多く、下級魔法薬類に使われる素材は良く群生している為、当然その価値は低い。
魔法薬以外にも、武具の素材となる鉱石類も同様だ。最も安価な武具の生産で使われている原料の鉄、そしてそれが含まれている鉱物である鉄鉱石――――更に種類を挙げれば磁鉄鉱・赤鉄鉱・褐鉄鋼・菱鉄鉱・黄鉄鉱など――――も鉱石類の中で良く見付かり多く採掘されている為、換金の値も低い。
故に世に出回る下級魔法薬類の値段も安価であり、鉄製の武具の値段も安価なのだ。
そんな詳しい相場に関しては、ガイアは流石に分からないのだが。
冒険者組合内へと足を踏み入れたエルガルム達と堅実の踏破は、そのまま真っ直ぐ受付カウンターへと向かって行く。
そして昨日と同じ受付嬢が居る受付カウンターの前に立った。
「おはよう御座います。エルガルム様方、堅実の踏破の皆様、御待ちして居りました」
受付カウンターの前に来た彼等に対し、受付嬢は笑顔で挨拶を交わす。
「うむ。シャラナの冒険者証は出来たかの?」
エルガルムは今回の依頼の前に、シャラナの冒険者証――――言い換えれば等級審査の結果について訊ねた。
「はい、既に出来ております。昨日の模擬試合での映像記録を基に審議した結果、シャラナ・コルナ・フォルレス様はB等級と認定致しました」
その結果に堅実の踏破の4人は感嘆の声を口にし、彼女を称揚する。
シャラナもその吉報に喜々の色を浮かべる。
(おおー、やったやったぁ。おめでとー)
そんな彼女を、ガイアは心中で祝福の拍手を送った。
「此方がフォルレス御令嬢様の冒険者証になります。御渡しする前に、冒険者証に生体記録を取らせて頂きます」
受付嬢が手で示した直ぐ傍、カウンターに厚みのある正方形状の黒曜石盤が置かれていた。
その中心には大男の掌も納まる真銀の金属板が嵌め込まれており、黒曜石盤の縁には冒険者証を嵌め込む為の窪みが在り、その窪みからも真の銀が底から覗いていた。
「何方の手でも大丈夫ですので、此方の魔導生体記録機盤に手を置いて下さい」
受付嬢からB等級冒険者の証である白金の金属板をその窪みに嵌め込み、シャラナは受付嬢の指示に従い広く露出する真銀の金属板に手を置いた。
(へえ、この世界にも指紋認証的な物が在るんだ)
ガイアはその魔道具とそれを使用する様子を観てそう思う。
シャラナが魔導生体記録機盤に手を置いた直後、真銀の金属板から発した魔力がシャラナの手から腕へと伝い、そして全身を波紋の如く広がり伝った。
(おお! なんか近代的なスキャン方法)
その現象にガイアは新鮮な驚きを抱く。
魔力がシャラナの全身を伝い終えた後、再び真銀の金属板が淡く光り、その光は窪みに嵌め込まれた冒険者証へと伝わる。魔力の光が灯った冒険者証に術式の様な光る文字が刻まれ、それが終えた直後には魔力の光は消え、刻まれた文字も冒険者証に溶け込む様に光を失った。
「これで正式登録が完了致しました。どうぞ、御確かめ下さい」
受付嬢から発行された冒険者証を受け取ったシャラナは、自分の姓名、等級、発効日を確認する。
「冒険者登録した方には東邦を除く、全国の冒険者組合が管理する冒険者組合銀行を御利用する事が出来ます。依頼報酬・素材換金で取得する金銭は魔導金庫に預金を、そして武具や装身具、魔道具類も保管する事が出来、預けた金銭や物品の取り出しが出来ます。その際には必ず御自身の冒険者証の提示を御願いします。冒険者証が無いと預けた物の引き出しが出来ませんので、冒険者証は無くさないように御気を付け下さい」
(なるほど。冒険者証は銀行カードでもあるのか)
受付嬢の説明内容をシャラナの傍で耳にしていたガイアは、預金とその引き出しの仕組みが前世の銀行と大体似ている事にちょっとした親近感を抱いた。
「それでは堅実の踏破の皆様には此方の依頼書、賢者エルガルム様からの依頼内容の確認と受理の署名を御願いします」
続いて出された依頼書に、堅実の踏破の一党代表であるダムクが受け取り、ざっと内容を確認を終え、依頼書の署名欄に自分の名と一党名を記入した。
「はい、依頼の受理を確認しました。御健闘と無事を御祈り申し上げます」
「応、行って来る。グルエドさんにも宜しく伝えてくれ」
ダムクはそう言い、受付嬢に別れの挨拶を告げる。
「良し! 今回は是迄の中で一番デカい依頼だ! しっかり気合入れろよ!」
ダムクの言葉に仲間3人は其々承知の色を面に浮かべ、ダムクは仲間の表情を一瞥しニッと笑みを浮かべる。
「じゃあ行きましょう」
「うむ」
そして賢者エルガルム達と堅実の踏破の一党はエントランスホールを後にし、共に冒険者組合が管理するダンジョンへと向かった。
一行は広大な冒険者組合内を進み、ダンジョンが在る空間へと入る。
(おおー! あれがダンジョンの入口かぁ!)
視界に入った建築物は遺跡の様な見た目だが、使用されている石材は余り劣化はしておらず、悪烈な環境に晒されなければ未だ未だ自然崩壊する事は無さそうな状態である。地下ダンジョンへと繋がる出入口も広く、大男が1人入ってもあと数人横に並んでも余裕がありそう――――。
(あれ? 聞いてたよりも広いなぁ)
ガイアの現時点での元の大きさだと入る事が出来ない。そうエルガルムから聞いた内容と目の先の地下ダンジョンへの出入口の広さが相違している事に、ガイアは首を傾げる。
「あら? 昔より入口広く為ってるわね」
そんなガイアと似た疑問を、ベレトリクスが口にする。
「ああ、それは以前に一時期此処のダンジョンに来てたヴォルベス以上の大柄な冒険者の要望で広くしたんですよ。獣人族以外にも蜥蜴人族や竜人族には通常よりも大柄な者がそれなりに居るから、そんな彼等でも入れるようにしたんですよ」
その疑問に対し、ダムクが答えた。
(狼さん以上にデカいって……、まさか身長2メートルをも超えるのか…?)
ヴォルベスの身長はぱっと見で180センチメートル位は優に超えている。そんな彼すらも超える他種族はどれ程巨大なのだろうかと、ガイアは想像する。
「まぁ、流石に巨人族も入れる広さ迄には出来ないですけどね」
「ホッホッホッ、そりゃあそうじゃろう」
ダムクのそんな言葉にエルガルムは笑う。
(へぇ、巨人族も居るのかぁ。それに蜥蜴人族、どんな感じなんだろう?)
また新たな種族名を耳にしたガイアは、自分なりに各種族の姿形を想像するのだった。
歩を進め、地下ダンジョン出入口前へと近付き、改めてその建築物の大きさと出入口の広さを間近で観察する。
「ふむ……確かに入口は広いが、やはりガイアの元の大きさじゃと高さが足りないのう」
エルガルムは出入口の高さをざっと目測し、ガイアが通るには低いと確信を口にする。
(う~ん……確かに。もうちょっとか? いや、もっと高ければ入れるなぁ)
その言葉を耳にしていたガイアも目測し、横幅は充分余裕だが高さ的に元の大きさでは入れないだろうと確信する。
(ホントに〈縮小化〉の特殊技能が有って良かった)
そしてガイアは、この特殊技能を与えてくれたであろう神々に感謝の念を送る。
「さて、心の準備は出来とるか? シャラナ」
「はい。今日は何故だか、不思議と今迄の中で一番落ち着いています」
エルガルムからの問い掛けに、シャラナは胸に手を当てながら返答する。
「ほう、珍しい。普通初めて潜る者はそれなりに緊張するものだが」
そこにヴォルベスが会話に混ざる。
「大した御令嬢殿だ」
「いえ、普段だったらある程度の緊張感は湧き起こります。けど…、今日は本当に不思議なくらい冷静でいられる感じで……」
「御令嬢殿は賢者様の下で修業を為さってたのだろう。その成果が精神面にも顕れたという事だ」
自分でも不思議だと口にする彼女に対し、ヴォルベスはニッと笑みを浮かべそう言う。
「御主の言う通りじゃ。是迄積み重ねてきた経験が精神面にも影響しとるという事じゃよ、シャラナ」
「そう……なんでしょうか…?」
師である賢者エルガルムがそう言うのだからそうなのだろう。が、シャラナは今迄に無い位に落ち着いている自分自身に、若干ながら違和感を抱くのだった。
楽しみにしていたとはいえ、これから幾多種もの魔物や魔獣が巣くう地下ダンジョンに潜るのだ。命の保証が無い弱肉強食の領域に足を踏み入れるのだから、普通は胸中に死への恐怖がある程度は生じる筈だ。
しかし、今のシャラナは生じている筈の恐怖を容易に抑制していた。
(本当に今日は何でこんなにも落ち着けるんだろう?)
そう疑問を胸中に抱くシャラナは、視線をガイアに向ける。
(もしかして、ガイアの御蔭?)
昨夜はガイアと共に宿屋の同じ部屋で寝てた。自分が寝ていた時にガイアが何かの呪いでも掛けたのだろうか。
シャラナの視線に気付いたガイアは「どしたの?」と首を傾げる。
その様子からガイアは一切何もしていないという事を、シャラナは不思議と確信が出来た。
「もし怖くても、それは決して恥じゃねえからな」
そんなシャラナにダムクは語り掛ける。
「初めてダンジョンに潜る際、一切恐怖を抱かねえ奴は下らない原因で死ぬもんだ。死ぬのが怖ぇから警戒する。これは俺達冒険者にとって当たり前の事だ。危険が常に伴う未知に対して警戒しない奴は直ぐ死ぬ。特に自分の力を過信する奴はな」
「前は居たねぇ。一党組んでいる身なのに1人勝手に無茶苦茶する人」
「居た居た。自分勝手な行動で招いた危険に何度も仲間巻き込んで、それに嫌気差した仲間に見捨てられる馬鹿」
「あの手の者は縁を切られて当然だ。冒険者は落命の危険を伴う以上、組んだ仲間と共にその危険を退き乗り越えなくてはならない――――謂わば一蓮托生だ。それを無下にする愚人など誰も組む以前に関わりたくないものだ」
ダムクが口にする内容に、他の仲間は過去のダンジョン内で見掛けた他の冒険者一党の出来事を思い出し、其々は思った事を口にする。
「けど、恐怖にも呑まれちゃいけない。ヴォルベス曰く、己の中に生じた恐怖を飼い馴らせ、だ。それが出来れば〈気配感知〉や〈殺気感知〉の特殊技能が無くても、自身の中の恐怖が教えてくれる」
流石はS等級冒険者。経験豊富な彼の言葉には説得力が在り、ダンジョン探索未経験者のシャラナとガイアは無意識に彼の言葉を聴き入った。
「だから危ねぇ状況で何時でも逃げれる時は迷わず逃げろ。怖くて逃げ出す恥なんざ一時のもんだから気にするな。そん時に仲間が居るなら必ず力を合わせて逃げろ。命が有ればその時の経験は得られるし、反省も出来るし、対策してまた挑戦する事が出来る。そんで逃げ場が無くなっても諦めるな。自分が出来る事だけに集中して足掻け」
「リーダー、ちょっと心配し過ぎぃ。帰還の巻物ちゃんと有るんだからぁ」
「若しもの為の助言はしとくべきだろう。先輩として」
シャラナは依頼での護衛対象であるが、同時にダムク達と同じ冒険者――――同業者にして後輩だ。何れ彼女は1人で、若しくは自分達とは別の冒険者達と一党を組み、依頼やダンジョン探索をする機会が訪れるだろう。
だからこそ、現冒険者の頂点であるS等級冒険者として教えられる事は教えとくべきだ。
そうダムクは思い、シャラナに冒険者としての心得的な事を伝えたるのだった。
「まぁ、説明だけで直ぐに出来るもんじゃないからな。色んな状況下を実際に経験して、何が出来て何が出来ないか、その時の状況で自分は何をすれば最適解なのかを覚えてけば良いさ。如何しようもなくなった時には、俺達が補佐するからよ」
「はい。ありがとう御座います、先輩」
「………やべぇ、面として先輩言われると何か恥ずかしい…」
可愛い後輩から親しみを込めて言われ、ダムクは少しばかり赤面する。
「わぁ~、先輩が照れてる~」
「先輩言うな、恥ずいから!」
「良いではないかリーダー。俺は先輩と呼ばれると嬉しいぞ」
「良いね、先輩って響き」
仲間の面々も顔を綻ばせ笑みを浮かべる。
「でも満更でもなかったでしょ~? こんな可愛い後輩に先輩って呼ばれるの~」
そんなダムクをミリスティは揶揄い、唐突にシャラナをぎゅっとハグする。
(そりゃあそうだよ。だってシャラナ可愛いし)
ガイアも同様に、岩石の顔を綻ばせ笑みを浮かべた。
彼女に前世での学生服を着させ、今の台詞を言わせたら完璧だ。
(学園のアイドル……いや、マドンナかな? やっぱり御嬢様が一番しっくりくるな)
仲間内で戯れな会話を他所に、ガイアはちょっとした妄想をシャラナの姿を基に浮かべるのだった。
「ほら、もう立ち話は終わり終わり! 依頼人をこれ以上待たせちゃ悪いからとっとと行くぞ、お前等」
「応!」
「はーい」
「うん」
「済みません、時間取らせてしまって」
ダムクは半ば強引に戯れを御開きにした後、エルガルム達の方へ振り向き謝罪をする。
「ホッホッホッ、良い良い気にしとらんよ。寧ろ見聞してて面白かったわい」
ダムクの謝罪に対し、エルガルムは鷹揚に笑う。
「さぁて、久方振りの探索じゃ。改めて宜しく頼む」
「此方こそ、宜しく御願いします」
依頼人代表と冒険者一党代表が改めて互いに挨拶を交わした後、決められた隊列を作りダンジョン出入口へと足を踏み入れ、地下へと降って行くのだった。




