探索前の下準備19-4
白銀の止り樹亭の宿部屋を取ったエルガルム達は、各自部屋の調度品や浴室といった内装を確認した後、ベレトリクスの部屋に集まり魔道具類の製作に取り掛かった。
ベレトリクスとエルガルムが製作し、シャラナとライファは2人の補佐、ガイアは製作に必要な素材の生成と提供である。
魔法薬や魔法の巻物、真の銀や宝石類を使用し魔法が込められた特別性の矢や投げナイフ、一度使えば壊れ二度と使えないがその分強力な使い捨ての魔法装身具や罠など、多種多様な消耗品魔道具をベレトリクスとエルガルムは手際良く、今日の残りの時間を無駄にしない為に出来る限り多く製作した。
一方の堅実の踏破は現在所有する武具の点検、魔法装身具、消耗品の種類と数を入念に確認し、明日に向けての準備をする。それも今迄に無いくらいに何度も入念に。
そしてエルガルム達とダムク達が1部屋に集い、製作された魔道具類の効力や使用方法をベレトリクスとエルガルムに教えて貰った後、各自配布された魔道具の種類と数を確認し、大収納小袋へと仕舞う。
凡そ2、3時間をフルに使い、それ等の準備を出来得る限り済ませた。
そんな永い時間は何かに取り組み集中すると短く感じ、あっという間に流れ過ぎ去る。
そして現在、エルガルム達はダムク達の行き付けの飲食店で夕食を取り、英気を養っていた。
「しっかり食しとくのだぞ、御令嬢殿。だが明日の朝食は腹八分目程度に止めなければならん。無理に胃袋に詰めると血の巡りが悪く為る故、戦闘に支障を来してしまうからな」
ヴォルベスは豪快に肉を食しながら、シャラナに為になる助言を伝える。
「長期でのダンジョン探索前日には必ず肉を多く摂った方が良い。戦士だろうと魔導師だろうと、身体に活力が無ければ動けなく為るからな」
「ヴォル、シャラナちゃんは女の子なんだからお肉そんなに沢山食べれないよぉ」
そこに野菜を頬張るミリスティが、ヴォルベスの助言に口を挟む。
「何を言うかミリスティよ、御令嬢殿は軽戦士の如く動けるのだ。少しでも多めに肉は食して活力を貯めておくべきだ」
事実、ヴォルベスの言っている事は正しい。
肉類に限らず、魚や卵、乾酪などから摂取しているタンパク質は生きる上で絶対に必要な栄養素の1つだ。
タンパク質は人の身体の組織を構成する材料であり、身体を動かす活力源でもある。特に筋肉が重要となる戦士職の者にとってタンパク質の摂取は必須となる。
人は水を一切飲まず生きた場合は凡そ4~5日が限界だ。かといって水だけで生きようとしても大体1ヶ月で死に至る。
故に依頼にしろ探索するにしろ、冒険者稼業では前以ての食事はとても重要なのだ。
「食べ過ぎたら肥っちゃうでしょー」
無論、ミリスティの言う通り食べ過ぎれば―――特に脂質や糖質―――肥るが、それは食べた分身体を動かさない場合の話だ。
肥り易い人と肥り難い人が居るが、その原因は何なのか。
大抵の人は「体質だろう」と言うが、確かにそれもあるがそれだけでは決まらない。
ガイアこと白石大地は、前世での雑学として知っている。
筋肉量が多い人は肥り難く、逆に筋肉量が少ない人は肥り易いという身体の仕組みを。
白石大地は前世で働いていた職場でダイエットの話題を良く耳にしていた。「走ってるんだけど中々痩せない」とか「食事量を抑えたのに余り減らない」とか、中には絶食したり、更にそこに運動まで追加するといった極端かつ危険な方法を試みた人が多く居た。
しかし、どれ程続けても中々痩せれず途中で挫折したり、急激に痩せて減量に成功した者は元の食生活に戻った数週間後にはリバウンドし、ダイエット開始時の体型よりも肥ってしまったという悲惨な結果を目にしたり耳にしたりした。
(あの方法じゃ脂肪は燃焼し辛いんだよねぇ)
そんな前世の過去をガイアは懐かしく思う。
「肉も野菜も両方しっかり食えば良いだけの話だろうが。2人とも、御令嬢さんを困らせるな」
ヴォルベスとミリスティの小さな主張に、困った笑みを浮かべるダムクが仲裁する。
結論、ダムクの言う通り肉も野菜も普段からバランス良く摂取する事が大事という訳である。
(……そういえばこの世界の場合、栄養素に関して何処まで解明されてるんだろう?)
そんな彼等の話を耳にしていたガイアは、ふと頭の中に疑問が浮かぶ。
生命維持に必要な栄養を摂るには食料を食べる事。その常識はこの世界の生き物全てに在る。
しかしこの世界の生き物、特に人は栄養素が多くの種類が在る事を、そして栄養素1つ1つ別の種類ごとにどのような働きをしているのかを知っているのだろうか、と。
(まぁ、これは暇な時に訊けば良いや。明日ダンジョンに潜るんだし、余計な事は後に回そう)
そう思ったガイアは、浮かべた疑問を頭の中の片隅に置いとく事にした。
「シャラナはもう少し多く食べても大丈夫よ。成長期の身体には栄養が不可欠なんだから、しっかり食べておきなさい」
「成長……ですか…」
ベレトリクスにそう言われたシャラナは、無意識に視線をベレトリクスの豊胸に動かす。
ミリスティとミュフィもシャラナの視線に釣られ、ベレトリクスの胸を思わず凝視する。
「……いったい何を食べたらそんなに大きく為るんですか?」
視線は彼女の胸から離れず、シャラナは希望を探し求めるかの様な思いを抱き尋ねた。
ベレトリクスは彼女達3人の向ける視線の先である自分の突き出した胸を見て、視線を正面に戻し答えた。
「ん? 別に普通な物しか食べてないわよ」
嘘だ。何かなければそんな大きな胸には為らない筈だ。
ベレトリクスの答えに対し、女性陣の内3人の目はそう語っていた。
やはり女性は自身の体型を気にする生き物なのだなと、ガイアは彼女達の様子を観ながら思う。
ただ、侍女のライファだけは表情は変わらず、冷静な色に僅かな変化すら無い様子だった。実際のところ気になっているのか如何か、彼女の胸中は判らなかった。
「生物の身体は無から出来ないんだから、ちゃんと充分に栄養を摂れば大きく為るんじゃない? 特に身体の成長に於いては絶対にね。だから成長期のシャラナは、しっかり食べないと大きくしたい胸も育たないわよ」
「ベレトリクス様……。私は? 私はもう大きく出来る余地無いですか?」
それを聴いたミリスティは、軽く絶望めいた顔を浮かべながら尋ねる。
ミュフィも自分の慎ましい胸を両手で触れながら、抱いた希望が喪失した様な顔を滲ませていた。
「ん~、どうだろ? 成長期を越した場合だと大きくし辛いかもね。食事だけでだと」
「何か方法在るんですか!?」
ベレトリクスの「食事だけでだと」という言葉に喰い付いたミリスティとミュフィは、胸に抱いた希望を再燃させる。
当然耳にしたシャラナも目を輝かせ、それについて知ろうとベレトリクスの言葉に耳を傾ける。
「ふふん。あたしは生体分野に関しても研究してる錬金術師よ。当然、美に関しての研究もね」
訊かれたベレトリクスは、得意げな笑みを浮かべ答える。
「じゃあ後で女性陣だけあたしの部屋に御出で。特別に良い物上げるから」
ベレトリクスからの魅力的な御誘いに対し、当然シャラナとミリスティとミュフィは必ず行くと目をより輝かせた。胸中に期待を膨らませ。
ライファも若干目を開いていた。彼女もこの食事の後でシャラナと一緒に行くのだろう。
ガイアはちらりと男性陣を覗く様に様子を視界に映す。
ダムクとヴォルベスは聞いていない振りを装い、エルガルムの場合は全く気にせずといった様子であった。
「ベレトリクス様ってお肌凄く綺麗ですよねぇ。美肌を保つ秘訣とか有るんですか?」
ミリスティは新たな質問をベレトリクスにし、話題は胸から肌へ移る。
「秘訣って訳じゃないけど、これに関しても研究してるのよ。大体の貴族、まぁ殆どの貴婦人って言った方が正確かしら。美容魔法液って知らない?」
(ビューティーポーション? それってこの世界での美容液? この世界にも在るんだ)
初めて聞く物に対しガイアは興味を惹かれながら、この異世界にも存在する事に意外だと驚きを抱く。
「知ってる! 上流階級向けの商会にしか置いていない魔法薬。値は高い上に納入数が少ない、商会の場所によってはたった1日で売れ切れる」
ミュフィの変わらず控えめな声からは、内心に生じた興奮が僅かに漏れていた。
「あぁ、あれは御主が開発した魔法薬じゃったな」
「ええ!? あれベレトリクス様が作ったんですか!?」
エルガルムが美容魔法液の開発者がベレトリクスである事実を口にし、それにはミリスティは驚愕で思わず声を上げ、ミュフィとシャラナも驚き目を見開く。
(まさかの開発者、直ぐ近くに居た!)
そしてガイアも美容魔法液を創り出した開祖がベレトリクスである事実に、驚愕を面に浮かべた。
「そうよ。世に出てる美容魔法液商品は全部あたしが開発した物。製作に必要な素材と方法は、ガストン鉱山国に居る山小人族の錬金術師達にだけ教えたの。美容魔法液の特許権は国王から直々に貰ってるから、販売に関しても彼等に任せてるわ」
ベレトリクスが開発した美容魔法液の製作方法を山小人族の錬金術師達に教えた場合、特許権を持つベレトリクスに売り上げの一部が自動的に入って来る。
現状は製作素材の仕入れの少なさと、使用されている素材が高級物である故に商品の値段が高く、仕入れている全ての店舗で月毎の仕入れ数は少ない。
だが、買い手は貴婦人に限るが必ず売り切れる。
そして再び仕入れれば必ずやって来る。
なのでベレトリクスは自分の持つ特許権を誰かに売らない限り、働かなくとも多くの金銭が定期的に入り、楽して悠々自適に人生を過ごす事が出来るのだ。
「あれ? ダウトン鉱山国の錬金術師だけにですか?」
その内容を耳にしたダムクは疑問を口にする。
「信用出来る腕の良い錬金術師が居るのが其処しかなかったのよ。この国内じゃ錬金術師そんなに居ないし、それに錬金術師の水準以前に信用出来そうな奴が居ないしね。特に大半以上の貴族連中がそうね」
「まぁ、御主が言う貴族連中は近い内に消え去るじゃろ。魔導学院の撤廃開始と同時に国王が不正貴族共の粛清しとるからの」
「え? あのバーレスクレス魔導学院無くなったんですか?」
今度はエルガルムが口にした内容に対し、ダムクは問い掛けた。
「無くなったと言うより潰したと言った方が正確じゃの。口先と傲慢さだけ一丁前の無能な教師共を、実力行使で完膚な無きまで叩きのめしてやったわい。―――シャラナが、じゃがの」
ダムクからの問いに、エルガルムは肩を竦めながら返答した。
「うむ、その様な場所は潰されて当然というもの。しかし、欲に塗れた貴族共の溜まり場と化しているのは噂で知っているが、其処の教師勢はいったいどれ程迄に無能だったのだ? 御令嬢殿」
そこにヴォルベスが魔導学院の教師達の実力について尋ねる。
「はっきり言って凄く弱いです。使える魔法は低位級だけな上に威力も乏しいです。それに魔法の発動がとても遅くて、試合にも成りませんでした」
「発動が遅いだと? 低位級魔法程度でか?」
シャラナからの返答内容に、ヴォルベスは眉を片方だけ上に引き攣り呆れた表情を浮かべた。
「あのヴォンボよりも格下って事か」
「物凄~くね。彼奴等は駆け出し冒険者の魔導師にも勝てない無能よ。学院の撤廃するか否かをわざわざ試合の勝敗で決定する機会を与えたのよ。そんでシャラナを相手に1人ずつか13人一遍か、敢えて教師側に2択を選択させたの。んで、彼奴等ときたら13人全員でシャラナを相手する方を選んだのよ」
ベレトリクスが魔導学院の教師達が如何に脆弱かを、嫌味ったらしく口にする。
「うわぁ……マジですか」
「大人気無ーい」
その内容にダムクは呆れ、ミリスティは可愛い目を半眼にし、魔導教師だった彼等に正当な軽蔑の念を抱く。
「そして予想通り、其奴等は決められた試合規定を破りおった」
「魔道具の使用」
エルガルムが口にした内容から、ミュフィはその破った規定を直ぐに浮かび口にした。
「そうじゃ、服の下に魔法装身具や魔法薬を隠しておってな。それに加えて貴族生徒を数人使って場外から束縛魔法による妨害を指図したのじゃよ」
「それは実に怪しからん。御令嬢殿1人相手に、教師総出で掛かるとはなんと情けない。規定を破り仮初の力に頼り、場外からの妨害を生徒に指図するとは、試合に対する侮辱行為だ」
その事実を聴いたヴォルベスは眉を顰め、一瞬だけ僅かな憤怒を胸中に生じた。
ヴォルベスは互いが有する力と術をぶつけ合い競う決闘を神聖視している故、不正を行い決闘を侮辱した魔導教師達に対する怒りが生じたのだ。
決闘に於いて不正や卑怯な行為は――――背徳にして冒涜なのだ。
「ま、当然シャラナの圧勝。魔法装身具で魔力と魔法発動速度を強化してても、魔導師としての技量が低水準だから結局弱かったわ」
ベレトリクスは肩を竦めながらそう口にする。
「その学院を撤廃した後は如何するんです? 何か別の施設でも造るんですか?」
ダムクはその後の事について質問をする。
「それは撤廃が完了してから追々思案する予定じゃよ。儂も少し考えてはいるが未だ浮かんどらん」
それに対しエルガルムは未定だと答える。
そんな食事をしながらの会話を傍観する様に聞いていたガイアは、ある事を思い出していた。
(〝神竜〟と〝神狼〟……)
宿屋の女将が口にしてた御伽噺に出て来る存在について、ガイアは気になる。
女将の後にエルガルムは口にしていた。――――ガイアはそれ等に属する幻神獣だと。
(僕以外にも神獣が存在するのか……)
ガイアは名の知らぬ幻神獣を知っているであろう賢者エルガルムに訊く為に、別空間から羽根洋筆と白紙が載ったボードを取り出し、質問内容を綴る。
そしてエルガルムの袖をくいくいっと軽く引っ張った後、書き記した質問を見せた。
〝宿屋の女将さんが言ってた、神竜と神狼ってどんな神獣なの?〟
「そうか、ガイアは〝神竜バハムート〟と〝神狼フェンリル〟の事は知らんか」
エルガルムが口にした2柱の幻神獣の名を聞いたその時、ガイアの鼓動が1度だけ大きく為った。
(あれ…? 何だろう……初めて聞いた筈なのに、何で懐かしく感じるんだろう…)
ガイアこと白石大地は元々この世界の存在ではない。前世から転生した元人間が異世界の文化や歴史、宗教、人種、生物などを知る筈がない。この異世界の存在其の物もだ。
だがガイアは、何故かその2柱の幻神獣の名に聞き覚えが在った。
まるで古き友を名を――――いや、違う。
この感じる懐かしさを如何例えれば良いか、見付からなかった。
「お、バハムートとフェンリルか。それを聞くのは久し振りだな」
エルガルムが口にした言葉にダムクは反応する。
「確か、ヴォルベスが居た国は神狼フェンリルを祭ってたよな」
「うむ。神狼様は我が故郷―――ラオファルグ獣王国が信仰する守護神獣だ。確か神竜バハムートは竜人族の国家―――ラグナバルフレスト竜王国が信仰しているのだったな」
「そうそう、全ての竜種と竜人族は神竜バハムートが生み出したって説があるからな。ミリスティの国は精霊だよな」
「そうだよぉ。特に四大精霊神の信仰はとても大切にされてるよぉ」
幻神獣の名に続き、国家名、種族、四大精霊神と、新たな情報にガイアは興味惹かれる。
「天を揺るがし轟かせ、歯向かう全ての敵を天災の如き力を以て葬り、天に限らず地すら畏怖を刻む天空の絶対者――――バハムート。一足の駆けりは山を越え、大陸隔てる大海をも容易く渡り、光超える速度を以て邪神の眷属を狩るが如く葬る神速の悪魔狩り――――フェンリル。未だ若輩の頃には良く読んだものじゃ」
(天空の絶対者に神速の悪魔狩りかぁ……。僕なんかより凄そうなんだけど…)
エルガルムの口から出て来る内容に、ガイアは神獣としての圧倒的知名度の差に驚く。
「極焔の覇者イフリート、水源の貴婦人ウンディーネ、自由なる風乙女シルフィード、大地の変性者ノーム。各属性の原初を司る四大精霊神の力は実に強大じゃったなぁ」
「え!? もしかして賢者様って、四大精霊神に会った事があるんですか!?」
まるで四大精霊神の力を目の当たりにした事があるようなエルガルムの口振りに、ミリスティは上半身を前のめりにし訊ねた。
「あるぞ。まぁ正確には各属性の元素霊濃度が最も濃密な場所に赴き、其処で召喚魔法で呼び出したんじゃがな。あの頃は未だ若輩だった故か、力を示し、正式な召喚契約を交わそうと意気込んだんじゃが、ほんの僅かすら優勢を取れずに負けてしまったわい」
エルガルムは肩を竦めながら敗北の過去を語るが、シャラナと堅実の踏破の4人は感嘆の声を上げた。
賢者と呼ばれる偉人が敗北したとはいえ、その相手が四大精霊神だ。偉大な挑戦をした者だと称賛が沸き起こって当然というものだ。
「特にイフリートとの闘いは熾烈の度が超えておった。他の精霊神の中で好戦的じゃ」
「ほう! ではイフリートと今回の神獣様、賢者様の観点から現時点で何方が上だと御思いだろうか!?」
ヴォルベスは好奇心を面に剥き出しながらエルガルムに問い掛ける。
「そうじゃなぁ……熾烈さでならイフリートが断然上じゃのう。イフリートは加減無しに最上位級の炎系統魔法をほぼ絶え間無く叩き込んでくるからのう。あれは灼熱荒れる場ですら、肝が極寒の如く冷える経験じゃったわい。じゃが魔力に関してはガイアが圧倒していると儂は思う」
「あの試合よりも熾烈って……どんだけ壮絶だったのか想像が付かないな」
ヴォルベスと神獣の試合は充分な程に熾烈だったが、原初の火を司る炎精霊神イフリートとの闘いがそれ以上と聴いたダムクは胸中に驚きを抱く。
そんな中、エルガルムが口にした四大精霊神の名を聞いたガイアは、また鼓動が大きく為る。再び不思議な懐かしさを覚える。
(……やっぱり知ってる。いや―――会った事がある?)
聞き覚えが在る。幻神獣の名を聞いた時はそう感じたが、それは間違いだと直感した。
そして朧気に、その姿と声が一瞬一瞬、ガイアの脳裏に浮かび響く。
だが、それに対し違和感を覚える。
会った事も無いのに、2柱の幻神獣と四大精霊神の姿と声を何故ガイアこと白石大地は知っているのか。
いや違う―――この記憶は自分の記憶のものではない。
この記憶は―――この世界に居た神獣フォルガイアルスのものだ。
(もしかして、この身体の持ち主の記憶なのか?)
魂は白石大地という別世界の人間だが、この身体は元々神獣フォルガイアルスの物だったのでは。
だから本来知る筈の無い記憶を懐かしいと感じてしまうのでは、と。
そんな仮説をガイアは頭の中で浮かべる。
「………何で神獣フォルガイアルス様は今まで認知されてなかったんだろう?」
そんな時、ミュフィはガイアに関する疑問をふと口にする。
「如何いう事だ、ミュフィ?」
ダムクは彼女の疑問に対し問う。
「四大精霊神は現在の時代でも、誰もが常識的に知ってる。神竜バハムートや神狼フェンリルだって世間は知ってるのに、神獣フォルガイアルス様は何で知られてないのかが可笑しい」
ミュフィが口にしたその内容に、全員が思った。
確かにそれは可笑しいと。
神竜や神狼などの古の時代からの伝承は世界に広く知れ渡っているのに、神獣フォルガイアルスの伝承が世界に伝わっていないのは妙だ。
恵みを齎す力を有する幻神獣ならば知ってて尚更の筈。
「御主の言う通りじゃな…。確かにバハムートやフェンリルなど神話に関する書物は原本を基に複写され、その伝承は人から人へ、親から子へと御伽噺と為って伝わり、現在もこの世界の者達に記憶されておる。しかし、ガイアに関する伝承は儂が調べるまで全く見聞しなかった」
「ですが先生、ガイアに関する神話の書物が魔導学院の図書館に在る事を存知てましたよね」
「うむ。じゃが逆に言い換えれば、何故あの魔導学院の図書館なんぞに在ったのかが、今思えば不思議でならん。各国の図書館であらゆる書物を読み漁った記憶の中で、魔導学院の図書館以外ガイアに関する書物どころか僅かな記述すら無かった」
エルガルムは〈収納空間〉を発動し、別空間から神獣フォルガイアルスに関するかなりの年季が入った書物を取り出す。
「その名、その姿形、神獣フォルガイアルスの歴史の痕跡は残っていない。これを除いてはな」
エルガルムは手に持った書物を前に出し、ダムクはそれを受け取り中身をざっと覧る。
他の仲間も神獣フォルガイアルスに関し記された内容や絵を覧る。
「こりゃあ凄ぇ……、悪魔の神ってようは邪神だよな。その邪神を打っ倒して、そんで世界の崩壊を止めて再生させる為に自分を犠牲したのか。……こんな壮大な内容なら御伽噺として伝わっても不思議じゃねえのに、ミュフィの言う通り可笑しいな」
「リーダーよ、僅かばかり寄越してくれぬか」
そうヴォルベスに頼まれたダムクは、手に持つ書物を閉じてから渡した。
渡された書物を手に取ったヴォルベスは古びた革製の表紙、裏表紙、背表紙を観た後に開き、最初のページと最後のページ全体を観た。
「むう……著者の名が見当たん。おそらくこの背表紙に著者名が記されてたが、殆どが掠れて読めなくなっている」
「ホントだ、文字凄い掠れてる。けど自然に此処まで掠れるものかなぁ? 何か人為的な感じがするけど」
「人為的っていうと?」
ミリスティの観点的な疑問に、ダムクは質問をする。
「ほら、此処の背表紙。小さくて見辛いけど鋭利な刃物か何かで斬り削がれた跡だよ。斬り口が綺麗なのがその証拠」
それを聴いたダムクは目を凝らし、斬り削がれた小さな跡を観る。
「ホントだ。流石ミリスティ、相変わらず目が良いな」
斬り口の状態を確認したダムクは、ミリスティに誉め言葉を送る。
そしてヴォルベスは書物をダムクに返し、それをダムクがエルガルムに返却した。
「だがそうなると、この著者名の部分の掠れって誰かが消そうとした痕跡か? いったい何の為にだ?」
疑問から更なる疑問がダムクの中で生まれる。
「著者の名が世間に知られると不都合な輩が居た……これは流石に安易過ぎるか。著者の存在を歴史の闇に葬ろうと、それを行った輩には余り得が無いだろう」
そんな更なる疑問に対し、ヴォルベスは浮かんだ推測を口にするが、自身が口にした可能性は限り無く小さいだろうと言いながら首を振る。
「でも有り得なくは無いと思うよ。特に不都合な輩って部分はしっくりくるし」
「うん、ミリスティの言う通り。多分、不都合の理由は別に在る」
「別っていうと?」
不都合という要因に関する推測が浮かんだであろうミュフィにダムクは尋ねる。
「著者じゃなくて、その本。正確には記された内容全てだと思う」
「内容? 待てよ、神獣フォルガイアルス様の伝承自体が不都合? 神竜バハムートや神狼フェンリルの伝承は根付いてるのに、何で神獣フォルガイアルス様だけなんだ? 何か凄ぇ可笑しいよな」
著者の存在ではなく、神獣フォルガイアルスに関する伝承が存在すると不都合な輩が居るのではというミュフィの推測に、ダムク――――いや、この場に居る全員の頭の中に不可解な疑問が生まれた。
「でも其方の方が筋が通るわね」
そんな中、ベレトリクスは何か心当たり有り気な口振りに皆他の皆は彼女に視線を向けた。
「神と幻神獣、精霊神といった善なる神々を排他し冒涜する連中が居るじゃない」
「邪教徒か」
ベレトリクスが言う連中の正体をエルガルムが口にする。
「シャラナよ、神々は我々人の信仰によって得た力で世界の均衡を保たせているのは教わったじゃろ」
「はい。信仰とは神々の存在的概念を認識、つまり神々の存在の有無は信仰の有無と同義であるという事」
「うむ、素晴らしい回答じゃ。そしてその信仰対象は幻神獣も例外ではない」
幻神獣も例外ではないという師の言葉に、シャラナはある事に気付く。
「もしかして、ガイアへの信仰を無くす為にその伝承を…!」
「神獣フォルガイアルスは、歴史上で我々人と深く関わっていた幻神獣じゃ。そして邪神にとって神々に等しく最も脅威な存在じゃ。邪神崇拝の者共ならその僅かな歴史的痕跡をも消し去り、邪神の障害である神獣フォルガイアルスという存在をこの世から無くしたかったのじゃろう。何せ邪神を葬ったのじゃからな」
その内容を幼稚な言い方に変えれば、崇拝していた邪神様を葬られた腹癒せに、神獣フォルガイアルスに関する事全て闇に葬ってやったといった所だ。
つまり、邪教徒共の逆恨みである。
「しかし、1度は読んだ事ある筈のこれを何故思い出せなかったのか不思議じゃ。この世でたった1冊なのが逆に印象がある筈じゃが」
「そりゃあもう歳だからじゃないの?」
「それを言う御主だって――――」
「ああん? 御主だってなぁにぃ~?」
「あだだだだだっ! 済まん、済まん! 何でもないです!」
またもやエルガルムはベレトリクスに髭を引っ張られる。
もうお決まりと化しているそんな様子を他所に、ミリスティはふと疑問を口にする。
「あれ? でも歴史的にも忘れ去られてた神獣様は如何して存在出来るんだろう? 賢者様達が遭遇する迄だって信仰が無かったのに?」
彼女の疑問を耳にした2人は寸劇を止め、ベレトリクスの手から解放されたエルガルムが答える。
「これはあくまで推測じゃが、ガイアが現在の世に再誕し存在出来ている要因はこれが在るからではないかのう」
この世に存在するたった1冊――――『恵みを齎す大地の化神』という書物が、神獣フォルガイアルスという存在をこの世界に繋ぎ留めている。若しくは、その本には書いた著者の信仰という思いが込められ、それが現在も尚留まり、神獣フォルガイアルスを再誕出来るよう導いたのかもしれない。
聖職者ならば納得出来る推測である。
「そしてガイアの存在に対する認知がこれから広がり、信仰と共に再びあるべき本来の力と姿を取り戻すのやもしれんのう」
「ほう、神獣様の本来の力! それが戻った暁には再び挑みたいものだ」
「お前…そんな神獣様と闘ったら今度は流石に死ぬぞ」
「かもしれんな。くはははははは!」
ヴォルベスは笑い、そんな彼に対しダムクは呆れ笑いの表情を浮かべる。
「でも見てみたなぁ、神獣様の本来の姿。そんな背中にも乗って世界を一望してみたいなぁ」
「ホッホッホッホッ、良いのうそれは。儂も未だ寿命が有る内に本来のガイアの背に乗ってみたいもんじゃ」
ミリスティが口にした夢に、エルガルムは穏和な笑みを浮かべそれに共感する。
「神獣様の背中に乗るって、なんかそれ罰当たりな事な気が…」
ダムクは神々と同等の存在の背に乗る行為に対し、不安を口にする。
「ガイアなら気にせんよ。のう、ガイア」
(うん、全然気にしないよ)
エルガルムの訪い掛けにガイアは大きく頷く。
「ガイアの背の上かぁ……」
シャラナは想像した。
山の如く巨大なガイアの背に立つ自分、そしてその背から見渡す世界。
「見てみたいなぁ」
きっと絶景だろうとシャラナは思うのだった。
(なんか……良いな)
ガイアは微笑を浮かべ、思った。
(何時か大きく為ったら、皆を乗せて世界を―――)
『―――――一緒に行こう』
突如、ガイアの頭の中に誰かの姿が一瞬浮かび、声が響いた。
(え? 誰だ、この2人?)
胸中で驚くガイアの頭の中に浮かんだ2人の姿は、子供だった。
だが、顔立ちはぼんやりとしか浮かばなかった。
(まただ……、この2人の人間も知ってる…?)
知っている筈だが、2人の名前が思い出せない。
いや、本来接点すら無い人物を思い出せないというのは可笑しな話だ。知らないも何も、会った事すらないのだから。
だが、とても懐かしい感情がガイアの中で滲み出る。
やはりこの記憶も、本来の神獣フォルガイアルスのものなのだろうと、ガイアは自分を納得させるのだった。
「さて、これ以上話を続けたらあっという間に明日に為ってしまう。そろそろ宿に戻って各自最後の準備をし、明日に備えしっかり寝て休養を取ろうとしよう」
エルガルムはそう口にし、食事と会話の一時は終わった。
そして飲食店を出て、宿屋〝白銀の止り樹亭〟へと戻るのだった。




