探索前の下準備19-3
「………マジで死ぬかと思った」
正午は過ぎて午後3時頃、冒険者組合を後にしテウナク迷宮都市内の大通りを歩く一行の内1人――――ダムクは疲弊の色を浮かべていた。
「だが良かったではないか。俺と同様に〈渾身不屈〉の特殊技能を得られたのだから」
そんな彼と共に歩くヴォルベスは、清々しい笑みを浮かべていた。
「それは素直に嬉しいけどよ……、今回のお前みたいに直ぐ特殊技能が得られる保証が無ぇからさぁ」
「たとえ得られずとも、あの超重力の負荷を長時間耐えるだけでも身体が鍛えられるだろう」
少し憔悴した顔をするダムクに対し、ヴォルベスは前向きな事を口にしながら笑う。
「それに比べて、お前達2人は良いよな。其方は無重力だったから」
ダムクは目を半眼にして共に歩くその2人――――ミリスティとミュフィを見る。
「〝無重力〟面白かったねぇ」
「うん。不思議な感覚だった」
ミリスティはふわふわとした笑みを、ミュフィは僅かに微笑を面に浮かべていた。
彼女2人はダムクとヴォルベスとは別に、神獣が重力魔法の操作制御訓練の過程で使用した〈無重力場〉による無重力体験をしていたのだ。
「次があったら2人にも超重力体験して貰うからな」
「御断りします」
「嫌だ」
ミリスティとミュフィは両腕で罰点を作り、ダムクに対し言葉と共に拒否を強調し示す。
「ホッホッホッ。仲が良いのう」
そんな4人の様子に、共に歩くエルガルムは笑う。
「じゃが流石は戦士職のS等級冒険者、英雄と呼ばれても良い程の膂力じゃ」
「いえいえ、賢者様に比べれば自分は大した事無い1人の戦士ですよ」
エルガルムからの評価にダムクは謙遜を口にする。
「いやいや判らんぞ? 儂との対峙で御主が勝つ可能性は在るぞ。その鉄壁以上の防御と、そこから転じての強大な反撃は決して侮れんからのう。それに儂もベレトリクスも歳じゃから――――」
「な~んであたしも入ってるのかしらぁ?」
「あだだだだだっ! 済まん済まん済まん、儂が悪かった。じゃから髭を引っ張らんでくれ」
お決まりの様に触れてはいけない言葉を口にしたエルガルムに対し、ベレトリクスは笑みを浮かべながら悍ましい気配を僅かに滲ませ、エルガルムの髭を引っ張るのだった。
「まぁエルガルムの言った通り、あんた達ならあたしとエルガルムに渡り合える力量なのは間違いないわよ」
ベレトリクスはそう言い引っ張っり掴んだエルガルムの髭をパッと放した。
そして自分の髭を引っ張られたエルガルムは、髭を引っ張られた際に痛みが生じた部分の皮膚を擦る。
(そういえば、お爺ちゃんとお姉さんってどんな風に闘うんだろ?)
ベレトリクスが口にした言葉をガイアは耳にし、自分なりに想像する。
何方も純粋な魔導師であるので、主力は当然魔法なのは言うまでもない。しかし、其処等の魔導師の様にその場から遠距離攻撃しかしない固定砲台ではない筈だ。
その根拠はシャラナに在る。
シャラナは魔導師でありながら近接戦闘が出来ていた。そして彼女に闘い方を教えたのは賢者エルガルムである。弟子のシャラナにあの近接戦闘の技術を教えたのだから、師であるエルガルムもおそらく近接戦闘技術を有している筈だ。
ベレトリクスに関しては――――想像が付かなかった。
「〈転移置換〉での戦術も短時間で大体ものにしたし、流石は冒険者の中の熟練者ね」
今日は茶番と苛烈の3つの試合に続き、依頼内容の確認、修めた各職業で出来得る術の確認を兼ねた実演、そして明日に向けての陣形や戦術といった様々な訓練を行った。半日もの時間経過はしてはいないが、その時間内の大半以上は訓練に費やした。
だが、それで明日に向けての準備は終わった訳ではない。
戦闘面に限らず、武具の状態や消耗品の数の確認、明日必要になるであろう魔道具類の準備もしなければならない。
そして彼等は今、堅実の踏破が拠点としている宿に向かっている途中である。
「後は保険をタップリ作って明日に備えるだけね」
「魔法薬作りですかぁ?」
ミリスティは興味津々な目でベレトリクスに訪い掛ける。
「ふふん。種類問わずに消耗型の魔道具類を作るのよ。今回は初の最下層階だから、あんた達にの分もたっぷり用意するわよ」
それを聞いた堅実の踏破の4人は喜々の声を上げる。
「という訳だからエルガルムも手伝ってね」
「ああ、勿論じゃとも。流石にたった1人では大変じゃしの」
「それとシャラナも、流石に上位級のは無理だからあたしとエルガルムの補佐を御願いね」
「はい、分かりました」
「んじゃ、ガイアは何時も通り素材を御願いねぇ」
「ンンー」(はーい)
魔道具製作での分担は直ぐに決まった。というより、上位級の物を作れる者が2人しか居ないので端から決まっていたようなものだ。
暫く都市内を歩き、堅実の踏破の案内で目的の宿屋――――〝白銀の止り樹亭〟に着いた。
「此処が俺達の拠点としている宿屋です」
(おおー)
ガイアは視界に映る宿屋の全体を下から上へ、そして下へと視線を動かし見る。
外装の第一印象は清潔感のある見た目だ。派手さは無いが外観は落ち着きのある意匠。ガイアには好ましい建物だった。
「ほほう、現在はこの様な宿屋も在るのか。中々良さそうじゃな」
エルガルムも同様に好印象の様だ。
「まぁ貴族にとっては地味だと思うが、内装の清潔さと部屋の広さは、この都市内に在る中で上位に位置する人気の宿屋さ。落ち着ける居心地さは保証出来るぜ」
「それに此処は普通の宿には無いシャワー付きの浴室が有るんだよぉ」
浴室という言葉にシャラナは目を輝かせた。
「あら、シャワー付きの浴室が有るの。それは良いわねぇ」
ベレトリクスもそれを耳にし嬉しそうな表情を浮かべる。
やはり女性というのは温湯浴が好きなんだなぁ、とガイアはシャラナとベレトリクスの反応を見てそう思う。
(………そういえば、僕この世界に転生してから一度もお風呂に入った事もシャワーを浴びた事も無いや)
この身体な故、温かい湯に浸かって身体を温めたりシャワーを浴びて汚れを洗い流す必要性は無い。だが、ガイアは元人間だ。久し振りに温湯に浸かる心地良さを味わいたい。そうガイアは思い自分の内にそんな欲求が生じるのだった。
「部屋は全部で21部屋ですが、現在は未だ7部屋空いているので直ぐに部屋が取れますよ」
「それは丁度良い。なら直ぐに宿泊手続きをして空いとる部屋を取ろう」
エルガルムはそう言い皆と共に宿の中へと入って行った。
「女将さん、居るか?」
宿屋の扉を開け先にエントランスホールへ入ったダムクは、受付カウンターに居るであろう宿屋の経営者に声を掛ける。
「あらダムク、御帰り」
其処に居た少しぽっちゃりとし愛嬌が良さそうな女将は、普段よりも随分早く帰って来たダムク達に少し驚いた様な顔をした。
「今日は随分早いわね。何かあったの?」
「あったぜ。女将さん、今日は特別賓客を連れて来たんだ。空いてる部屋を用意して欲しいんだ」
「特別賓客?」
女将は覗く様にダムク達の後ろに居る一行に視線を向けた。
「どうも女将さん」
「あら! あらあらあら! もしかして賢者エルガルム様!?」
女将は賢者エルガルム・ボーダムを目にし驚きと嬉しさの声を思わず上げる。
「どうも~。少しの間、お世話になるわ」
「まぁ凄い! 魔女ベレトリクス様まで!?」
続いて魔女ベレトリクス・ポーランを目にし声を上げる。
「驚いてるところ悪いが、更に驚きの特別賓客が居るぜ」
ダムクはそう言いながら偉人2人とは別の来客に目を遣り、女将は彼に促されその目の先に居る可憐な来客に視線を向けた。
「初めまして。王都アラムディストから参りました、フォルレス侯爵家当主レウディン・レウル・フォルレスの娘、シャラナ・コルナ・フォルレスと申します」
女将と視線が合ったシャラナは礼儀正しく御辞儀をしながら挨拶を交わす。
「そして此方は私の専属侍女、ライファ・ベラヌです」
「ライファ・ベラヌです。暫く宿泊の間、御厄介に為ります」
ライファも礼儀正しく、シャラナとは違うぴっしりとした態度で挨拶を交わす。
「フォルレス侯爵家!? まぁ如何しましょ、まさか侯爵令嬢様まで家の宿に来るなんて! ……これって夢?」
とんでもない来客に驚愕する女将は、問い詰めるかの様にダムクに迫り訊ねる。
「いや、現実現実。幻じゃねえし本物だよ女将さん」
そんな女将に対しダムクは困った笑みを浮かべる。
「ホッホッホッ。彼等とは明日ダンジョンに潜るのでな、別の宿屋に宿泊するよりも、彼等が住まう宿屋に泊まる方が打ち合わせしたい時に直ぐ集えるからの」
「良いんですか、家の宿なんかで? 此処よりももっと良い宿が他にも在りますよ? 値は当然張りますけど」
女将の言う通り、このテウナク迷宮都市内には白銀の止り樹亭よりもランクが上の宿が数軒存在する。そして当然宿泊代は高いが、外装内装や設備、更には豪華な食事提供といったサービスが付いている。
しかしそれ等は高級宿と分類され、その宿泊代の高さから泊まる者は貴族といった金持ちぐらいしか居ない。S等級冒険者のダムク達は金銭にとても余裕はあるので泊まる事は出来るが、彼等曰く、余計な贅沢を掛けるより、冒険者稼業で使う消耗品や、より強力な魔法の武具や魔法装身具の方に使った方が得だと。
「良いのよ、贅沢な旅行を満喫しに来た訳じゃないから。それに泊まる宿屋が豪華だと逆に落ち着かないわ。こういった落ち着いた内装が良いし、しかもシャワー付きの浴室が有るんでしょ?」
「はい! 1部屋に1つ、シャワーだけでなく大きめの浴槽を設けた浴室を完備しています! 勿論少しでも不快感を出さないようにしっかりと清潔にしてます! はい!」
「あら、大きめの浴槽も付いてるの。良いじゃない」
浴槽が大きめである情報にベレトリクスは破顔する。
無論、シャラナもその情報には喜々の色を浮かべた。
風呂に入れても、浴槽が狭いとリラックスし辛い。温湯浴をするならやはり身体が伸び伸び出来る広い方が良い。おそらく多くの女性がそうだろう。
「部屋はそうね、出来れば4部屋隣同士にしたいわね。後は彼等の部屋に近い所が良いわ」
「だそうだ。女将さん、出来るかい?」
ベレトリクスが2つの希望を口にし、ダムクは女将にその希望に添えるか尋ねる。
「出来るわよ! ほら、ダムクとヴォルベスの部屋とミリスティとミュフィの部屋の隣に丁度2部屋ずつ空いてたじゃない。其処の4部屋取れば丁度男性4人女性4人の並びになるわよ。特に女性はお隣同士が良いんじゃない? 如何です?」
「それは良いのう。ではその部屋を御願いしよう」
「はい! では4名様、直ぐにお部屋に御案内しますね!」
女将は有名人と貴族令嬢が自分が経営する宿屋に宿泊してくれる喜びを面に表し、宿内の各4部屋の鍵を取り出しに鍵が保管されている近くに在る施錠付きの引き出しへと向かう。
「あ、済みません! 後もう1人居るのですが…」
その時、シャラナは慌てて女将を引き留める。
「もう1人?」
シャラナに引き留められた女将はキョトンとした顔をし、視線を幾度か左右に動かし、そのもう1人の姿を探す。
しかし、もう1人という目にしていない存在の姿は見当たらなかった。
「女将さーん、此処此処」
ミリスティが両手の人差し指を下に向け、そのもう1人は此処だと指示す。
女将は受付カウンターから少し身を乗り出し、ミリスティが指差す方へと見下ろした。
「ん?」
(や、どうもー)
そして見下ろした女将の視界に人外の存在――――身体を縮めたガイアの姿が映り込んだ。
「んんんん~!?」
見た事の無い奇妙な生き物を目にした女将は目を丸くした。
誰もが予想出来る当然の反応である。
「驚かせて済みません。迷惑なのは重々承知の上で御願いしたいのですが、私と一緒の部屋で構いませんのでガイアも入れて欲しいのですが」
「え!? え!? その子も一緒に!?」
女将は驚きの表情で、シャラナと予想だにしなかった珍妙な来客を幾度か交互に見る。
「あ、あの! ガイアはとても大人しい子です。魔物の様に人を襲う事はしませんので大丈夫です」
いきなり襲われるのではという不安を抱いているであろうと、シャラナは驚いている女将を説得でもする様に宥める。
「そ…そうなんですか? そうですねぇ……まぁこの大きさでしたら大丈夫ですけど…。あのぉ御聞きしても宜しいですか?」
女将は好奇心を抱きながら、シャラナに恐る恐るな感じで問い掛ける。
「はい、何でしょうか?」
「動像みたいなその子、いったい何の生き物なんです? 魔獣? もしかして妖精獣とか?」
知識が余り無い者には如何しても魔獣という予想が真っ先に浮かんでしまう。だが女将は魔獣という単語を口にする際、失礼な事を言って申し訳ないという様子が声調から窺えた。
なのでこの場に居る誰も女将を不快に思う者は居ない。
「彼の者は神獣様だ、女将よ」
問いに対する答えはシャラナではなく、ヴォルベスがニカッと笑いながら答えた。
「………へ?」
そんな決して予想だにしない答えを耳にした女将は呆けた顔をした。
「神獣って……御伽噺に出て来る、あの神竜とか神狼みたいな?」
(神竜? それに神狼?)
女将が口にしたその内容にガイアは反応し、神竜と神狼という存在に興味が惹かれた。
「そうじゃ、ガイアはそれ等に属する幻神獣じゃ」
エルガルムは女将の問いに対し肯定を口にする。
「………やっぱり夢!?」
「うん解る、解るよ。その気持ちは凄く解る。でも本当だ、今女将さんが見ているのは本物の神獣様だ」
ガイアの正体が神獣だと信じ切れない女将は威圧感ある顔で再びダムクに迫り、ダムクは彼女の気持ちを共感しながらガイアは神獣であると口にする。
「ガイアの正体が神獣であるのとその存在の事実は、公表されて余り日が経っておらんからのう。ガイアが神獣だと知っておるのは、ラウツファンディル王国内で王都アラムディストに住む者達と複数の農村の者達ぐらいじゃ。未だ知れ渡っておらん事実じゃからな。知らぬ者にこの事を言うても疑って当然じゃ」
「そしてそれを公表したのが賢者様と、最高位聖職者の女教皇様なんだとよ」
「ええ!? あのソフィア教皇様が!?」
話の内容に女教皇が挙げられ、女将は仰天の表情を浮かべた。
「まぁ如何しましょ! まさか神獣様まで来て下さるなんて夢みたい!」
ソフィア教皇が公表したという事を知った女将は、ガイアは神獣だという事実を直ぐに受け止めた。
流石はソフィア教皇。聖職者としての彼女の発言力は他者に真実を伝える力が在る。
そんな王都アラムディストのルミナス大神殿に居る彼女に対し、ガイアは胸中で感心を抱き感謝する。
ソフィア教皇の様な存在がこの世界に居なかったら、きっとガイアが神獣である事実を誰も信じず認めなかっただろう。
「先程は魔獣だと思って申し訳御座いません神獣様! 知らなかったとはいえ私なんて失礼な事を言ってしまったのかしら!」
(いやいや大丈夫ですから。そりゃ誰だって知らなきゃ、僕を魔獣だって思うよ)
女将の謝罪に対し、ガイアは片手を軽く振り気にしてないと意思を伝える。
自分が神獣である事が判明する前は自分も魔獣の類なのではと思っていたし、先々で出会った者達からも魔獣種と思われていたので全然気にしていない。
ガイアがそれに関して気にするとすれば、何もしていないのに迫害的な扱いをされる事ぐらいだろう。
魔獣だろうと神獣だろうと、自分は自分なのだから。
「大丈夫ですよ。女将さんが悪気有って言った訳ではない事は、ガイアも理解していますから安心して下さい」
シャラナはそう言い女将の罪悪感を優しく掃い、彼女の言葉がより深く心に安堵を齎せる様にガイアは数度頷く。
「まぁそういう訳じゃ。ガイアも此処に泊まるのでちと厄介させて貰う事になる」
「いえいえ、厄介だなんてとんでもない! 神獣様が家の宿に泊まって下さるなんて光栄です!」
感激と言わんばかりの表情を面に浮かべる女将は、鍵が保管されている施錠付きの引き出しに向かい、4つの鍵を取り出した後に受付カウンター内から外へ出た。
「では早速ご案内します。どうぞ此方へ」
女将は張り切り豪華な来客を各部屋へと案内するのだった。




