村人と不思議な魔獣2-5
村の中心の広場は、只今食後のお片付けの真っ最中である。
幸せな昼食が終わり、皆で食器や調理器具に大釜を綺麗にお掃除する。
普段は食器や調理器具などは直ぐに綺麗に洗う事が出来るが、大釜だけはかなり手間と労力が必要な為、時間が掛かり苦労する。だが、今回は不思議な魔獣の魔法によって食器などは勿論の事、大釜も水の魔法に掛かれば数十秒程度で汚れを洗い流す事が出来た。なので後は水気を拭き取るだけの簡単な作業で済むのだ。
村の人達は、相変わらず魔法を使っている岩石の魔獣に驚いていた。
(やっぱり水の魔法は便利だなぁ。イメージが鮮明な程、それが実際に具現化した魔法の形や動きにも影響するんだからなぁ。……洗濯機で洗うイメージすれば服とか簡単に洗えるかも。あ、そこに洗剤入れれば綺麗に洗えるんじゃない)
そんな魔法のイメージの重要性を考えながら、岩石の魔獣は村を散策していた。
先程までの朝は慌しくも忙しい光景は無く、静かでのどかな様子が視界に映っていた。
魔獣の特殊技能による大豊作現象で慌しかった様子は治まり、現在の昼過ぎの様子は皆ゆったりと寛ぎ過ごしていた。
先程の広場のベンチで昼寝をする人が居た。
婦人達は近居の世間話、主にこの村に来た不思議な魔獣についてだが、子供達は普段と変わらず遊んでいる様子だった。
ゆっくりする暇が出来たという事だ。
普段なら休む事が余りないが、決して過酷な日々を送っている訳ではない。
何より、今は収穫の時期ではない。
そんな時期を無視するかの如く、農作物を次から次へと大量にぽんぽん生やしては実らせた事が、この時間を作った大きな要因であった。
つまりは余裕が出来たのだ。その御蔭でゆったりと過ごす時間が設けられたという事だ。
そんなゆったり状態の村の中、岩石の魔獣はのんびり散歩をしていた。途中で子供達に群がられ、遊び相手として捕まる。悪い気は全くしなかった。更に子供達に懐かれた。なので、又さっきと同じ様に粘土の動像で遊んで上げる事にした。
「ねえねえ! まほうってどうやってつかうの?」
「おれたちもつかうことできる!?」
「おしえておしえてー!」
(ごめんよー。教えたくても、僕言葉話せないからー)
子供達は魔獣が使う魔法に興味津々で教えて貰おうと群がって来るが、先ず言葉を発する事が出来ない為、伝える事が出来ない。流石に如何しようも無いので困ってしまう。
だが、教える事が出来れば、少なくとも小さいながらの魔法は使う事が出来るのではないかと岩石の魔獣は思っていた。
岩石の魔獣が生まれ得た特殊技能の1つに〈魔力感知〉と言う特殊技能があり、ある程度の魔力を秘めた存在なら遠くからでも感知する事が出来る技能ではあるが、余り微弱かつ微量な魔力はかなり近付かないと感知出来ないのだ。だが、どの程度の魔力量なのかを測るには充分便利な特殊技能だ。
子供達だけでなく、此処に住む村人全員は微量ながら魔力を秘めている事に気付いた。
だから魔法さえ使う事が出来れば、後は訓練次第で徐々に魔力量が増えるのでは思った。
しかし、此処に魔法に関する知識を持つ者は誰も居ない。
唯一魔法を使える岩石の魔獣でも、魔法知識はほんの僅かだけ、若しくはその僅かは自分の中の仮説だけなのかもしれない。
魔物という存在もそうだ。
この異世界に転生してから、自分以外の魔物に出会した事が未だ一度も無い。なので如何いった種類の魔物がこの世界に存在しているのか、さっぱり分からないままなのだ。
たとえ自分は友好的な魔獣であっても、同じ魔獣がそうである可能性は非常に低いだろう。
本来、魔物は基本的、人間に害を為す存在である。
たとえ相手が人間でなくとも、種の違う魔物同士で食糧の奪い合いや縄張り争いによる殺し合いなんて当たり前だ。目が合えば即喰い殺す。
まさに、この世界に於ける自然界の定め。
弱肉強食だ。当然その中に人間も含まれる。
だから人間は魔物を殺し、身を護る行為をするのだ。
だが、岩石の魔獣は例外の存在だ。
身体は岩石で構成している魔獣の中に、白石大地と言う人間の魂が宿っている。人間の意思を持った魔獣なのだ。だが言葉を発する事が出来ない為、人間の相手に自分は無害だの仲良くしようだのと伝えようにも伝わらず、そして相手は魔獣の事など構わず殺しに掛かって来るに違いない。若しくは物珍しさで捕まえようとする者も少なからず居る可能性だってある。
なので、もし此処以外で他の人間に遭遇した場合は、何もせず、ジッとする。状況によっては助けて上げる。最低この2つを守っていれば少なくとも完全な敵対にはならないだろう、と岩石の魔獣は考えていた。
(このまま村に住み着くのも悪くは無いけど、折角生まれ変わったんだから、色んな場所を歩いて旅したいし、後は知識だ。魔法にせよ魔物にせよ、この異世界の事を知りたいしね)
そして、自分はどの様な魔物なのかを知りたかった。
フォラール村の人達は勿論の事、門の外で出会った3人からも、今迄見た事も聞いた事が無いと皆同じ事を口にしていた。
その言葉を聞いて、自分は魔物の中で珍しい部類に入るのではと予想をした。
(うん、明日にはこの村を発とう。御世話になりっぱなしになるのは流石に迷惑掛けちゃうだろうし)
岩石の魔獣は明日、此処フォラール村を明日出る事を決意する。
(何より、僕はこの世界の常識と言うものを知らない。此処にずっと留まってたら何も知る事も出来ないし学べない。折角生まれ変わったんだ。この新しい人生を無駄にしたくない)
そんな決意をした時、聞き覚えのある男の声が後ろから聞こえた。
「おーい! 〝恵みの使い〟さんやーい!」
(お?)
ロノタックだ。
そしてもう1人男が隣を歩いて近付いて来た。
(確か、弓を持ってる人がロノタックで……剣を持ってる人がタンタだったかな?)
記憶の中を辿り、2人の名前を思い出した。
最初に出会した時の状況が印象にあったからか、直ぐに名前と顔を一致させる事が出来た。
(それより……恵みの使いって…。え、それって僕の渾名?)
何時の間にか、知らない間に岩石の魔獣は名前みたいな呼称が付けられていた。
呼称の由来は単純。
本日朝一番の大豊作現象からの由来だ。
そう呼ばれても仕方がないとしか言えない。
その光景を見れば、誰もが恵みの奇跡としか言いようがなく、その奇跡を起こした張本人はまさに〝恵みの使い〟と言われざるを得ないだろう。
(う~ん……。ちょっと恥ずかしいんだけど…)
何だか心の中が少しモニョモニョする何とも言えない感覚が疼くのだった。
そんな感覚に苛まれている事など知らず、ロノタックは満面の笑みで話し掛けてきた。
「これから肉の調達がてら魔獣を狩りに行くんだが、一緒に如何だ? ちょっと遅めの出発だが」
如何やら狩りと言う名目のお出掛けの御誘いだった。
(魔獣の狩りとな!)
これは丁度良いかも知れない。
村の外のお出掛け次いでに、この世界の自分以外の魔物を見てみたかった。
断る理由など何処にも無い。
(行く行くー!)
岩石の魔獣は一緒に行くと頷き肯定した。
「おお! 助かるよ! もしもの時に護って貰えるのは有り難てぇ。見た感じじゃ間違い無く強いだろうし、魔法も使える! 怖いもの無しだな!」
勿論、危ない時は迷わず助ける。折角誘ってくれたのだから当然だ。
何より、何か手伝える事があれば進んで助けて上げたい位だ。
「よーし! それじゃあとっとと東の森へ向かうとするか!」
そしてそのまま、一緒に村の門へと向かった。
村の大きな門の扉が両開きに開いた。
扉の隙間から最初に覗かせたのは、岩石の魔獣だ。
その魔獣が門の扉をいとも簡単に開ける様を、隣に居る2人の男は関心していた。
「凄い力だな。魔法もそうだし、大したものだな」
「だな」
元冒険者タンタは、岩石の魔獣への感想をぼそりと呟いた。
その呟きに対し、ロノタックは短く同感の言葉を口にする。
門の扉を開けた先に広がる広大な大草原が、視界一杯に映り込む。
見渡す限りの草の絨毯が何処迄も続き、風に靡く草がさらさらと擦れる音がとても心地良かった。
太陽の光を浴び、フォラール大草原は緑輝く色鮮やかな光景を作り出していた。
(何度見ても綺麗だ…)
やはり、大自然の光景は見惚れてしまう。
そう思い耽る岩石の魔獣を他所に、大豊作が治まった後、見張りに外へ戻って居た門番の男が2人と話をしていた。
「そうか、なら安心だな。いざという時の良い戦力になるし。何より魔法も使えるしな」
「ああ! しかも良い魔獣だ! 村の皆を手伝ってもくれたしな!」
「特に頭が良い! まるで人と変わらない様な知能を持ってるとしか思えないな!」
「確かに! 寧ろあの知能なら尚更戦力としてかなり期待出来る程だろう」
3人はかなり岩石の魔獣を高く評価していた。
友好的な行動や人間の言葉を理解している事、大豊作を起こした特殊技能、そして魔法を自在に扱う事から、いざという他の魔獣との戦闘に期待をしているのだった。
そして話が終わり、ロノタックとタンタは〝恵みの使い〟と名付けた魔獣の下へ近付いて行った。
「それじゃ、そろそろ行くか。此処から東へ真っ直ぐ行った所にポフォナ森林が在るんだ。其処でサーカスムフェイス・ラビットを狩るんだ。偶にイナクティブ・ウルフも狩るけどな」
(サーカスムフェイス・ラビット? イナクティブ・ウルフ?)
岩石の魔獣は初めて魔獣の名前を聞き、首を傾げた。
サーカスムフェイス・ラビット――――通称、皮肉顔の兎。
見た目は少しずんぐりと太った兎の様な魔獣で、基本的に大人しい部類の弱い魔獣ではあるが、農作物を容赦無く食い荒らす。謂わば農業をする者にとっての害獣だ。しかし、弱いからと言って油断すれば、死ぬ事は先ず無いがそれなりの怪我を負わされる為、畑に現れたら直ぐに駆除しなければならない、農民にとっては迷惑極まりない魔獣なのだ。
それだけなら良いのだが、何と言っても顔の特徴が――――。
イナクティブ・ウルフ――――通称、無気力な狼。
大人しいと言うよりはやる気の無さそうな風貌が特徴の様で、森では余り遭遇しない狼の魔獣で、何時も森の何処かでぐうたらと寝そべっているらしい。しかし、獲物を発見するとやる気の無い風貌が一変し、異常という程迄の凶暴性を剥き出しにし、獲物を全速力で追い掛け喰い殺す。やる気の無さと凶暴性の相反する二面性を持つ可笑しくも変わった魔獣である。
だが何方の魔獣もF等級の強さで、そんなに脅威のある魔獣ではないとの事だそうだ。
「それじゃ! 夕方前には戻る!」
「言う必要が無いけど、気を付けろよ」
「おう!」
門番のカヌンと挨拶を交わした後、ポフォナ森林に向かおうと歩き出した時、ロノタックの両足が浮いていた。
「え?」
と言うよりもロノタック自身が浮いていた。
その原因は岩石の魔獣にあった。
ロノタックは身体を掴まれていたのだった。そしてそのまま持ち上げられていたのだ。
「……えっ? えっ??」
ロノタックいきなりの状況に、笑顔のまま固まり困惑した。
左の方を見てみれば、タンタも自分と同じ状況にあっていた。
タンタも困惑の表情を浮かべながらロノタックの方を見た。
お互いに大きな岩石の手の中だった。
そして2人は急に後ろへと引っ張られた様な感覚が襲った。
その後に視界の横に、岩石の魔獣の大きな顔が映った。
「えっ? 何? 何する気だ??」
2人は未だに状況が理解出来なかった。いったい何故こんな状況になったのか全く分からなかった。
(よーし。それじゃあ、行きますか!)
すると、2人の困惑している様子を気にも留めず、岩石の魔獣は急激なスタートダッシュをかましたのだ。
重量のある岩石の身体とは思えない速度で大草原を一気に駆け抜けて行く。
その速度はまるで、疾風の如くと言うに相応しい速度だった。
(これなら早く森に着く筈だ!)
時間短縮の為に2人を抱える様に持ち、全速力で突っ走った方が早く帰れると考えたのだ。
しかし、その考えは2人からは望まれていなかった。
「ギャアアアアア速い速い速い速い速い速い速いいいぃぃぃぁああああ!!!」
「ウワアアアアアちょちょちょちょと待ああぁぁぁぁぁ止めてええぇぇぇ!!!」
手の中の2人は絶叫を上げていた。
今迄で経験した事が無い疾風の速度を体験していた。
例えるなら、ジェットコースターに乗る様な恐怖であった。
そんな2人の絶叫を気にもせず、そのまま速度を落とさず真っ直ぐ東へと向かい、大草原を駆け抜けていった。
「……………が、頑張れよ」
そんな2人の絶叫を聞きながら見送っていた門番カヌンはぼそりと呟き、「……俺行かなくて良かった」と内心は安堵するのだった。