探索前の下準備19-1
テウナク冒険者組合に設けられている20以上もの一般待合室、其処は冒険者と依頼者、又は冒険者同士といった1対1や一党同士等の複数人が打ち合わせする目的の場。
他の冒険者達と一時的に組み、掲示板や受付から受注する依頼を相談し、各々互いの修める職業を把握し合い、戦闘に於ける役割と陣形を決める。そして指名依頼による依頼者との場合、提示された報酬金額に対し依頼内容を基に交渉した後、受けるか受けないかを決める場だ。
それとは無関係に、一党での素材収集や宝捜し等を目的としたダンジョン探索に於ける活動方針を相談する場でもある。
エントランスホール内に設けられているロビーラウンジで打ち合わせを済ます事は多いが、依頼の難易度や探索の危険度が高い場合は待合室で相談するのが基本である。
そんな目的で使用される冒険者組合の待合室の中でたった1部屋、王族や貴族といった高い身分の者や大手商会の最高責任者といった特別な者を迎える為に設けられた特別待合室が在る。貴賓室と言った方がしっくり来るだろう。
テウナク冒険者組合に限らず、各所に点在する冒険者組合にも特別待合室は必ず設けられている。
そして現在、テウナク冒険者組合の特別待合室にはエルガルム達を初め、S等級冒険者一党の堅実の踏破に冒険者組合長グルエド、ガイアが向かい合い、長方形の洋卓を囲いソファーに座っていた。流石にガイアは座れないので身体を特殊技能で収縮させ、ちょこんと床に座り込む。
(広いなぁ。それに豪華な作り)
ガイアは特別待合室を見渡す。
豪華と言っても部屋の作りに派手さは無く、綺麗で品の良い落ち着いた意匠である。室内に置かれている調度品や部屋の雰囲気を作り出す装飾品も同様、使われている素材は上質な物ではあるが派手さの無い作りだ。
貴族が住まう屋敷の部屋とはまた違った綺麗な内装に、ガイアは新鮮さを味わっていた。
「さて、今回のダンジョン探索をする目的を話す前に、先ずは御主達への依頼から伝えよう」
今回の話の口火を切り出したのは、当然エルガルムからだった。
「御主達への依頼は儂等と共にダンジョン探索の同行と護衛じゃ。そして護衛はシャラナの方を優先で御願いしたい」
「御令嬢さんを優先護衛というと、御令嬢さんにダンジョン探索に於ける戦闘経験を養わせる方針って事ですか」
ダムクは永年の冒険者稼業の経験上から、シャラナを優先に護衛して欲しい理由を直ぐに確信した。
「そうじゃ、話が早くて助かる」
エルガルムはその通りだと肯定し、細かい内容を話し出す。
「護衛というても、下層部まではガッチリ護衛する必要は無いぞ。シャラナの力量を底上げする為に実戦経験を積ませるのが1つじゃ」
「下層部まで……。というと、今回のダンジョン探索は最下層部にも潜る訳ですね」
「うむ、その通りじゃ」
賢者の単純明快な肯定を聴いた堅実の踏破一党は、最下層部という未知の領域に挑戦する好奇心と不安が入り混じった笑みを浮かべ、互いの顔を見合った。
「おお…! 遂に挑む時が来たか! 未知の領域へ!」
ヴォルベスの場合は不安よりも好奇心の方が比率的に勝っていた。
「エルガルム様、フォルレス侯爵家の御令嬢も最下層部に連れて行くのですか? それは流石に危険です」
グルエドは冷静にシャラナの実戦させる方針に異議を唱えた。
「実力は申し分無いですが、最下層部に挑むには早過ぎです。今回の模擬試合での実力と修めている職業を照らし合わせた評価は高くとも、最低でもS等級の実力でなければそう簡単に承諾出来ません」
元冒険者としての客観と冒険者組合長という立場として、彼の言っている事は正論である。
冒険者組合は全ての冒険者達に対し、己の等級よりも高い難易度の依頼や危険度の高いダンジョン階層の探索をしない様に警告はしている。しかし、その警告はあくまで注意を促す程度にしかならないものであり、法律や規則の様な抑止力は余り無いものである。極端に言えば無意味な促しでもある。
その理由は冒険者組合の監視が及ばない場所へ行ってしまったり、好奇心で危険度が高過ぎるダンジョン階層に奥深く踏み入れてしまう無謀な冒険者が居るのだ。そして、そんな彼等は凶悪な魔物や魔獣種に殺されるといった無残な死を迎えるのが殆どである。
簡単に言うとこうだ。
己の命は己で護れ。
警告を無視するなら御勝手に。
自分の行動に関しては自己責任で。
つまりは身の丈に合わない無謀な行動や挑戦で死んでも、警告した冒険者組合側は一切責任は取りませんという事だ。
しかし、冒険者組合側としては当然彼等に死んでは欲しくない。
冒険者という人材数が減少すれば依頼は多く残溜してしまい、特に難易度の高い依頼を受けられる高い等級の冒険者の数が減れば冒険者組合の運営に支障を来してしまうのだ。
冒険者に対し己の等級よりも上の難易度の依頼や危険度の高いダンジョン階層に挑むなと警告するのは、人材を減らさぬ為と、彼等の強者と成り得る可能性を消さない為であるのだ。
「流石に最下層部では強化と回復支援に専念して貰う。逆にその方が護衛の彼等にとって各々戦闘し易く成る筈じゃ。特に御主」
エルガルムは視線をダムクに向ける。
「最前線で仲間を護る守護戦士は一手に敵からの攻撃を引き受ける過酷な役目を持っとる。そんな御主にはシャラナの支援魔法は非常に重宝する筈じゃ」
「確かに、一党に1人でも回復役が居るだけで戦闘に於ける生存率は高くなる。盾役の俺にとっては願っても無い事です。内の一党で回復手段を持ってるのはヴォルベスだけですから、攻撃役と回復役をハッキリ分けた方が此方としては護衛し易いですね」
ダムクが率いる仲間のヴォルベスは〈気功治癒術〉という修行僧の特殊技能を習得しているが、彼は前衛での戦闘が殆どで、戦闘中での回復支援をする余裕が余り無い。
だが今回の護衛対象は無力な者ではなく、しっかりとした自衛手段を有する上に強化も回復も扱える令嬢である。護衛する側としてはかなりの好条件だ。
「回復役が護衛対象なら、前衛に限らず周囲全体を立ち回れるな、ヴォルベス」
「然り。御令嬢殿に支援を任せられるなら、敵の掃討に集中出来るというもの」
ヴォルベスは腕を組みながら頷く。
「冒険者組合長さん、私が最下層部へ潜る事を反対する理由と気持ちは理解しています。ですが、私もただ護られるだけでなく、護衛して下さる方々を出来うる範囲で支援致します。親切な警告を蔑ろにする身勝手な事ですが、危険は覚悟の上です」
そんな覚悟の意志が籠ったシャラナの言葉に対し、これ以上警告を促すのは侮辱になるとグルエドは無理に引き止めるのを止めた。
「組合長殿、御令嬢殿がこう言っておられる。彼女の覚悟に対し、我々が誠心誠意と己が力を以て応えるのが道理といもの」
「だな。それに俺達はS等級を預かる冒険者だ。その覚悟に応えなきゃあS等級冒険者の名が廃っちまうってもんだ。2人は如何だ?」
「最下層部は怖いけど、シャラナちゃんが一緒なら凄く心強いよぉ」
「良い機会。ヴォルベスじゃないけど、腕が鳴る」
堅実の踏破の彼等は意気込みを口にする。
「けど、マジでヤバい時は透かさず帰還の巻物で脱出するさ。未だ探索目的は聞いてないが、目的達成よりも命の方をちゃんと優先するさ」
「分かった。お前達も其処まで言うなら承諾しよう。依頼を受けたからにはしっかり護衛しろよ、お前達」
「勿論だグルエドさん。堅実の踏破の代表として、護り抜く事を誓うぜ」
ダムクは拳を胸に当て、ニッと笑みを浮かべながら答えた。
「安心せい、冒険者組合長よ。最下層部からは儂とベレトリクスも彼等の主力として戦闘に参加する。何より――――」
エルガルムはジッと座っているガイアの方へと顔を向ける。
「儂等よりも遥かに上のガイアも付いておるからの」
エルガルムに釣られる様にダムク達もガイアの方へと顔を向けた。
(え? 僕?)
顔を向けられたガイアはポカンとした表情を浮かべるのだった。
「ああ…、そうでした。あれ程の力を持った神獣様が一緒なら、私の心配も警告も不要ですな」
グルエドはヴォルベスと神獣の豪快熾烈な特別試合を思い返し、苦笑いを浮かべた。
賢者と魔女が加わるだけでも最強の一党に成ってしまう所を、何方をも超える力を秘めた神獣が加わるのだ。それはもう、ほぼ無敵の一党が出来上がると言って良い。
「聖騎士に聖剣というか、暗黒騎士に邪剣というか、今回限り組むとはいえとんでもない一党に成りますなぁ」
「ホッホッホッホッ。確か東邦の言葉じゃと〝鬼に金棒〟とも言うたのう」
「それだと鬼は何方になるんです?」
「さてのぅ、少なくとも、ガイアは鬼にも金棒にも当て嵌まるかのう」
エルガルムは楽し気に話をするのだった。
(あ、なるほど。今のは此方で言う鬼に金棒と同じ意味の諺か。それに東邦か…)
ガイアはそんな彼等の会話から、東邦という言葉が気になった。
(聴いた感じだと東の国って意味だよね。それに鬼に金棒の諺は東邦の言葉って……、もしかして、東邦って日本みたいな国なのか? もしそうなら、その国の背景は江戸時代なのかな? 前世の世界の日本と同じ巨大な大陸内じゃなくて海に囲まれた列島の国なのかな?)
ガイアは東邦という言葉から次々に予想を浮かべて出す。
(東邦かぁ。気になる)
前世の日本で生きてたガイアこと白石大地にとって、東邦は非常に気になる場所であった。
「それじゃあ改めて、俺の一党仲間の自己紹介を」
ダムクはダンジョン探索前に互いの持つ職業を把握する打ち合わせに進ませる為、話を切り出した。
「堅実の踏破の代表をやっているダムクです。職業は豪戦士と剣豪、そして盾豪の3つ、良く居る純粋な戦士です」
「俺はヴォルベス・ディバーヌ。試合で大体は判るとは思うが、職業は格闘の玄人と武術匠、そして熟練の武僧伽の3つを修めている。前衛の攻撃役である」
「私はミリスティ・フィム・ララナ・トミスティアでーす。職業は弓術の名手と上級魔導弓術士に、野伏の熟知者と森伏の熟知者の4つを修めてまーす。弓と魔法の支援役をしてまーす」
「ミュフィ・ニニス。職業は盗賊匠、暗殺匠、斥候の熟達者、追跡の達人の4つ。探索での斥候役です」
4人は各々順番に、自身の名と修めている職業と一党での役割をエルガルム達に伝えた。
「上級魔導弓術士…、流石は森人族ですね」
シャラナはミリスティの修めている職業を聴き、感心を口にする。
森人族は森林に住まう種族であり、森での狩りでは必ず弓を使用し生活をしている為、他の種族よりも弓の技術が秀でた種族である。更には生まれ持っての魔力が非常に高く、魔法の技術にも長けてもいる。
弓術と魔法の技術に優れた森人族はその2つを合わせた技術――――魔導弓術という〈魔力の矢〉系の魔法を特化させる技術を編み出した歴史上最初の種族であるのだ。
「えへー、ありがとー」
シャラナの感心が嬉しかったのか、ミリスティは浮かべているフワフワな笑みをより咲かせた。
(ん~良い笑顔。メッチャ可愛いなぁ、あの娘)
そんな彼女のゆるふわな笑顔に、ガイアは和み表情を緩めるのだった。
(しっかし凄いな…、全員達人級の職業を修めてるのか)
ガイアは彼等から聴いた修める職業、強者特有の風格、そして人狼族の彼との試合での体感から納得を抱けた。
これが、S等級冒険者なのだと。
「でも、シャラナちゃんの方が凄いと思うなぁ。私、神聖系統魔法使えないから羨ましいよぅ」
「いえいえそんな、私なんか皆さんと比べれば大した事無い未熟者です」
シャラナは頭をふるふると横に振る。
「では私も改めて自己紹介を。フォルレス侯爵家の娘、シャラナ・コルナ・フォルレスです。職業は上級女魔導師、女神官、上級強化術師、上級付与術師、召喚術師、錬金術師の6つを修めています。そして此方は私の専属侍女のライファです。彼女も今回のダンジョン探索に同行します」
シャラナが言い終えた後、ライファは礼儀正しく御辞儀をする。
「フォルレス侯爵家に仕えるシャラナ様の専属侍女兼護衛、ライファ・ベラヌと申します。職業は暗影の暗殺者、偵影の斥候、潜影の追跡者、上級女魔導師、潜影術師の5つを修めております」
彼女から修めている職業を聴いたグルエドとダムク達は、感嘆の声を上げた。
「これは驚き! まさか暗殺者でありながら特殊職業持ちとは!」
「ああ! これまた珍しい盗賊系の職業持ちを御目に掛かれるなんてな!」
珍しい職業持ちの彼女に対し、ヴォルベスとダムクは関心を抱く。
「その3つの職業の存在、知っていたけど、実際に修めてる人、会えたの初めて」
一党内で特に関心を抱いたミュフィは金の瞳を輝かせた。
「今回は私も御嬢様の護衛として同行致します。斥候・奇襲役として出来得る限りの助力を尽くします」
「斥候役がもう1人か。流石は侯爵家、凄ぇ侍女さんが居たもんだな」
「だねぇ。斥候が2人なら索敵が凄く捗るー」
ミリスティは索敵仲間が増えた事に喜ぶのだった。
「魔法を操る暗殺者、これは実に恐ろしくも頼もしい手練れですな! して、潜影術師は初めて聞くが、職業名通り影を操る魔導師という事であるかな、ライファ殿?」
「はい。影を操る魔導師――――影術師は人や物等から生じる影を魔力で干渉し、形を変化、性質を与え操る無系統魔法に特化した特殊な魔導師系職業です。そして私の修めている潜影術師は、その上位に位置する職業で御座います」
「ほう! 若しやと思うが、その職業は他の3つの特殊職業を修める為に必要な条件だと予想する! 如何だ!?」
「はい、ヴォルベス様の仰る通りです」
ライファから肯定の言葉に、ヴォルベスは新たな発見をしたという楽しさでニカッと笑うのだった。
「なあ侍女さん、その影の魔法って真っ暗闇な場所だと効力やその範囲は如何なるんだ?」
ダムクも影術師の魔法効力が気になり、彼女に質問を投げ掛けた。
「…それは機会が訪れましたら、御披露目させて御覧に入れます」
「おっと、これはホントに恐ろしい侍女さんだ」
ライファは目を細め微笑を浮かべるが、その美麗な微笑の内に秘めた冷気の様な恐ろしい気配がほんの僅かだけ覗かせ、ダムクはそれを一瞬で感じ取った。
(最近思うんだけど、やっぱ怖いよこの侍女さん! その笑みの裏、敵さんを無慈悲に惨たらしく殺戮して御覧に入れましょうって感じだよ絶対!)
此処に居る中、ガイアだけは彼女の敵に対する恐ろしい冷酷な気配を一番感じ取り、内心に恐怖が生じていた。
(……ん?)
ライファはそれを察知したのか視線をチラッとガイアの方に向け、ニコッと笑みを浮かべ直した。
(えっ、何!? 何で此方見るの!? ええ!? 何その素敵な笑み、逆に怖いんだけど!)
もし彼女の視線から目を逸らしてしまったら、内心思っている事を見抜かれるのではないかと思い、ガイアは視線ごと身体を硬直させるのだった。
「では、今度は儂じゃ。言うまでも無いが、名はエルガルム・ボーダム。修めとる職業は叡智の魔導師、司教、森林の信奉者、強化術の熟達者、付与術の習熟者、弱化術の熟知者、妨害術の熟知者、召喚術の精通者、幻想術師、錬金の熟知者、上級錬金医術師、熟練の魔道具職人じゃ」
「うおっ、凄ぇ! ほぼ魔導師系の上位職業が勢揃い! 流石は賢者様!」
賢者の修める12もの上位職業にダムク達は驚嘆の声を上げた。
「んじゃ、最後はあたしね。ベレトリクス・ポーランよ。職業は叡智の女魔導師と心霊呪術師に、森林の呪術師、強化術の熟達者、付与術の習熟者、弱化術の熟知者、妨害術の熟知者、召喚術の精通者、幻想術師、錬金の探究者、錬金医術の名医、魔道具の名工よ」
魔女の修める12もの上位職業にも当然ダムク達は驚嘆の声を上げた。
「如何よ? あたしもエルガルムに引けを取らないでしょ?」
ベレトリクスは得意気そうに妖艶な笑みを浮かべる。
「因みに支援系の職業等級はエルガルムと同じだけど、あたしの方が強化も弱体化も技術力高いわよぉ」
「まぁ、御主は魔道具製作の専門じゃからの。悔しいが、そういった魔法技術は儂より上手なのは間違い無い」
エルガルムは肩を竦ませながらベレトリクスの支援に関する技術を評価する。
「さて、これで互いの修めた職業を知れた。中には詳細を知らぬ職業も在ると思うが、それは後で詳しく教えるとしよう」
互いの自己紹介を終え、エルガルムは次の話を進め出した。
「では本題に移ろう。今回、儂等が最下層部へ潜り探索しに行く目的はある鉱石の発見と採掘じゃ」
「鉱石?」
ダムクはある鉱石という言葉に好奇心が疼いた。
彼に限らず、他の仲間も同じ心境に為っていた。
何せ賢者の口から出た言葉だ。ある鉱石が単なる鉱石や誰もが知る貴重な鉱石等ではないと期待が膨らんで当然だ。
「ほう、そのある鉱石とはいったい何です?」
冒険者組合長のグルエドも当然気になり、エルガルムに問い掛けた。
「――――アポイタカラと呼ばれる鉱石じゃ」
初めて聞いた鉱石名に対し、グルエドとダムク達は抱く好奇心が更にそそられた。
「初めて聞く鉱石だな。ミュフィ、お前は知ってるか?」
様々な情報を収集するミュフィなら、アポイタカラに関してほんの僅かでも知っているかもしれないと思ったダムクはミュフィに訊ねた。
「全く知らない、初めて聞いた」
ダムクに訊ねられたミュフィは知らないと答えた。
「知らぬのも無理はない。何せ実物は誰も見た事が無い幻の鉱石で、その存在は文献にしか記されておらん代物じゃからな」
そう言いながらエルガルムは〈収納空間〉を発動し、別空間から1冊の書物を取り出し開く。
「これじゃよ」
そして特定のページを指差しながら、エルガルムは開いた書物を洋卓の上に置き彼等に見せた。
その書物をダムクが手に取り、他の仲間とグルエドはダムクの両側をギュッと詰め、書物の中身を覗き込む。
「その鉱石、暗き青を煌めかせる神秘の紺碧。虚ろに輝くそれは、夜陰の天に昇る暗月の如く……か。見た目は紺碧色の鉱石なんですか?」
「その文献に記されている通りならそうなる」
ダムクはその文献に記された文章から鉱石の色調を想像し、エルガルムは彼の想像を肯定する。
「して、この文献に記されたこの神秘の鉱石を探す理由、やはり魔道具製作の新たな発展という事ですか」
「まぁね。最近魔道具製作に使う貴重な部類の素材が少なく為ってきたし、その貴重な素材を使っても、今迄以上の物が出来ない停滞状態が続いてたのよねぇ」
そしてグルエドの言葉に対しベレトリクスも肯定し、発展に関する生業の停滞状態が暫く続いていた事を少し愚痴る様に話す。
「んで、そんな時に今回の探索をする切っ掛けを作ったのがガイアなのよ」
そう言いながらベレトリクスは視線をガイアへと向ける。
「神獣様が、ですか?」
「そうなのよ。この子にもシャラナと同様に魔道具の製作と知識を教授して上げてね、最上位級の魔法の巻物が出来ない事を言ったその時この子に質問されたのよ。〝金剛鉄よりも貴重な鉱石って無いの?〟ってね」
その話を聴いてたガイアは「そういえば、あの時そんな質問したなぁ」と魔法の巻物製作の授業を思い返す。
「現在までに発見され、世に出回るあらゆる素材の大半以上はダンジョン産なのは知っておろう?」
「勿論です。ダンジョンは魔獣の様々な部位から採取出来る素材、薬草、鉱石、原石等の産地とも言える場所ですから」
エルガルムからの確認に対し、グルエドは存じていると答えた。
「うむ、しかしそれ等は上層部から下層部迄の階層からの物じゃ。未だ最下層部産の素材は世に出ておらず、それ以前にどの様な物が存在するか知られておらん」
「つまり、未開の最下層部に在るであろう幾種もの未知の素材の中に、その幻の鉱石が存在する可能性が在ると御考えで」
「そういう事じゃ」
グルエドの考察に対しエルガルムは肯定し、話を続ける。
「この探索で最下層部の詳しい構造や環境、其処に生息する魔物や魔獣種などの把握、そして新たな素材を発見し獲得する事が出来れば、たとえ目的の鉱石が見付からなくともそれ以外の情報を持ち帰れるだけでも充分と言える。危険は確実に伴う探索になるが、情報だけでも今後の探索に於いて有益なものと為る。そうじゃろう、冒険者組合長よ?」
エルガルムはニッと笑う。
「それはもう、冒険者組合側にとっても願っても無い事です」
グルエドは当然エルガルムの言葉に同意する。
「では依頼内容を纏め、もう一度確認として伝える。今回儂等と共にダンジョン内の同行、そして目的である幻の鉱石アポイタカラを捜索する為に最下層部へ潜り探索。そしてダンジョンの最下層部迄の護衛を担って貰う」
もう一度依頼内容を言った後に再び〈収納空間〉を発動し、別空間から中身が詰まった大きめな袋を取り出し洋卓に置いた。かなりの量が袋の中に詰まっているのか置かれた際にゴスンと重い音が鳴り、それと同時に金属が擦れる綺麗な音が短く響いた。
「最後に報酬についてじゃが、先に前金を支払っておこう。確認しとくれ」
そう言われ、代表でダムクが貨幣の詰まった袋を手に取り、中身を確認する。
そして他の仲間とグルエドも中身を確認しようと覗き込む。
「こりゃあ前金にしては凄ぇぞ…!」
袋の中には煌めく金貨がギッシリと詰まっており、それを目にした彼等は目を丸くした。
「これ、いったい幾ら入ってるんだ?」
「丁度金貨100枚じゃ」
「金貨100枚!?」
前金にしては多過ぎる金額を聴いたグルエドとダムク達は驚きの声を上げた。
(金貨100枚……、日本円でいったい幾らに為るんだろう?)
ガイアは未だこの世界での貨幣の価値基準が知らない為、何とも言えない微妙な驚きを抱くのだった。しかし、金貨100枚は多額だという事だけは何となく判断出来た。
「なぁに、今回の報酬金と比べれば大した事の無い駄賃の様な物じゃよ」
エルガルムは軽く笑いながらそう告げる。
「……今回の成功報酬額は幾らに…?」
ダムクは恐る恐るといった感じで今回の依頼報酬額を依頼主に伺った。
「目的のアポイタカラを見付け持ち帰れば金貨3000枚じゃ」
「金貨3000!!!?」
依頼成功報酬額を聴いたダムク達は更に大きな驚愕の声を上げた。
「…これは歴史上、今迄に無い高額報酬ですな」
グルエドも当然驚愕するが、思わず上げてしまいそうな声を抑える。
「まぁ正確には依頼発行をした冒険者組合側にその5分の1、そしてその残りは御主等の一党に支払う形じゃがの」
金貨3000枚から5分の1、つまり600枚が冒険者組合側に支払う形で引かれても、冒険者側のダムク達が貰える報酬額は金貨2400枚――――4人で等分しても1人金貨600枚という大金である。
「依頼の目的が達成出来ずとも、最下層部の構造把握に於ける地図作成の出来上がり具合で金貨数百枚単位で支払う。その他は……そうじゃのう…、追々の結果で追加報酬額を決めるとしよう」
そして成功報酬が余りにも多額であるのにも関わらず、更に追加報酬金も支払うと言われたダムク達は驚嘆の声を上げるのだった。
(報酬金貨3000枚と前金金貨100枚に加えて追加報酬で金貨数百枚って、お爺ちゃんいったいどんだけ大金持ってるの!?)
そんなエルガルムの貴族にも劣らぬ財力に、ガイアは口をあんぐりと開け目を丸くした。
「探索の決行は明日とし、それまでに今日は万全を期す為の準備をする。既に請け負った予定が有るのなら決行日を延ばすが、大丈夫かの?」
「問題有りません! 今日は依頼を受けてませんから、決行日の延長は不要ですよ!」
ダムクはニカッと笑みを浮かべ、明日共にダンジョンへ潜る事を快く了承した。
「うむ、決まりじゃな。では冒険者組合長、正式な依頼書の方は明日までに頼む」
「分かりました。直ぐに内容を纏めた依頼書と侯爵令嬢様の冒険者証を発行致します。明日の依頼の正式受理に冒険者証を御渡し致しますので、如何か明日までの御時間を」
グルエドはエルガルムにそう約束を告げた。
「それじゃあダムク、今日と明日お前達に指名依頼が来た場合は断っておくように受付職員に言っておくから、其方は明日の最下層部の挑戦に向けて万全の準備をしっかりしろよ」
「応! 助かるぜグルエドさん」
そしてグルエドはダムク達にそう言い、一党代表でダムクは了承を含んだ感謝をグルエドに告げた。
「では依頼の話は此処までにして、儂等は明日に向けての準備を始めるとしよう」
依頼内容を話し終えたエルガルムは、ゆっくりとソファーから腰を上げ立ち上がった。
「さあ、先ずは互いの出来る術の把握からじゃ」




