眠りし闘争心の目覚め18-3
「笑ってる……?」
シャラナは呆然に近い驚きの表情を浮かべ、声を漏らす様に呟いた。
ガイアが笑う表情は是迄、共に過ごし沢山見て来た。
普段良く見せる穏やかな笑みや暢気そうな笑み、そして美味な食事を口に含み舌鼓を打ちしながら浮かべる至福の笑みといった優しい感情だ。
しかし、今視界に映るガイアの笑みはシャラナの知る笑みでは無かった。
何時も見る穏和な目ではなく、ギラリと煌めく闘争心を宿した目をしていた。
「何という事じゃ……!!」
エルガルムは驚愕の声を漏らす。
「今の一瞬の動き…、間違い無い、〈縮地〉による移動じゃ…!!」
エルガルムのその衝撃的な言葉に、ベレトリクスを除く誰もが驚愕する。
「なっ、えっ!!?〈縮地〉を使った!!? それってまさか、嘘だろ!!?」
ダムクは信じられないと言わんばかりの驚愕の言葉を上げる。
「儂とした事が、確信するのが少々早計じゃったわい。ガイアはもう既に模倣を始めておったのか」
「神獣とはいえ、赤子とは思えない学習能力ね…」
エルガルムとベレトリクスも、ガイアの潜在能力に驚愕をせざるを得なかった。
そして何より――――
「それに……今のあのガイア、完全に別者よ」
ガイアが何時も醸し出していた穏やかさは一切無くなり、強者特有の威圧感を醸し出す初めての様相に、ベレトリクスは畏怖を抱いた。
「ああ。あれは神獣としての威厳と尊厳――――謂わば己が神格を顕にした、ガイアのもう一つの顔じゃろう」
「ガイアの…もう一つの顔……」
シャラナは初めて見る神獣としての威光溢れるガイアの姿に瞠目し、師の言葉を聴き納得を抱いた。
そう。フォルガイアルスは生まれながらの神獣だ。
今は未だ赤子であっても、神獣として必ず備わる威光という名の神格的本質が内に秘めている。
何れはその本質を顕にする時が必ず訪れる。
そしてその時とは――――今である。
「さてさて…、此処から先は如何なるやら、実に楽しみじゃ」
そう口にした言葉とは裏腹に、エルガルムは威光を顕にしたガイアに畏怖を抱くのだった。
闘争心を解放し笑みを浮かべるガイアは、豪快に殴り飛ばした相手――――ヴォルベスの姿を視界の中心に映す。そして彼の有様に感嘆という驚きを抱いた。
全力――――純粋な膂力――――と特殊技能による移動速度を合わせた武技による圧倒的破壊力の拳を彼は真面に喰らった。
しかし、彼は生きていた。それどころか立ち上がり、僅かな苦悶も無い歓喜と闘志に満ち溢れた笑みを向け、感謝の言葉を高らかに告げたのだ。
全身のあらゆる箇所に負傷を負い血を流しているが、重傷と迄には至らせなかった彼の屈強な肉体には驚かされた。
常人なら全身がグチャグチャに成るか、最悪は爆発四散の如く身体が幾十以上もの肉片と化すだろう。そんじょ其処等の肉体に自信の有る強者でも、全身の骨が粉々に粉砕され、内臓も幾つか潰れる致命傷を負う――――若しくは大体即死だろう。
(ああ……凄い…! この人はいったいどれ程強いんだ…!)
完全に闘志一色に染まったガイアは、心を大きく躍動させた。
そしてガイアは嬉しさの余り、無意識に特殊技能〈威圧〉を発動する。
その直後、この場に居る者全てを圧し潰すかの様な強大な威光が空間全てを支配する。
「な、何という圧力…!!」
エルガルムは抱いていた畏怖が更に膨れ上がった。
「これが神獣の威光ってやつね……!」
ベレトリクスも抱いていた畏怖が膨れ上がり、僅かに畏れの感情を面に滲ませた。
シャラナはガイアの威光に圧倒され口を両手で塞ぎ、ライファは驚愕と畏れが混ざった表情を浮かべ、共に絶句してしまっていた。
「やっ…ヤベぇ…!! 何だこの圧力!!?」
ダムクはバクバクと鼓動を鳴らす胸に手を当て、ミリスティは震える自身の身体を力の限りに抱き締め、ミュフィは耳と尻尾をビンと立てたまま僅かに震えながら硬直し、其々は伸し掛かる神獣から発せられる強大な威圧力に畏怖してしまっていた。
(これが神獣の威光ってやつかっ…!!! ヤバいっ、意識が吹っ飛ばされそうだ…!!!)
精神が押し潰されしまいそうな強大な圧力に、グルエドは必死に抵抗し意識を保とうとする。
強大な神獣の気配から放たれる威圧感――――それはこの世の全ての者に畏怖を刻み、畏敬の念を抱かせる圧倒的な精神の掌握力。
この場に居る誰もがその影響を受け、錯覚を起こす。
視界に映る神獣が、試験場の天井を突き破るのではないかと思える程の巨大な姿だと幻視してしまっていた。
幻視するその巨大な姿は神獣の未来の姿か、それとも神獣の御霊が内から表に具現化した姿なのか、膨大な知識と経験を有する賢者と魔女でさえそれは判らなかった。
そんな空間の中、たった1人――――歓喜に満ち溢れる者が居た。
「おお…!! 何と強大な気配にして威圧感…!! これが、神獣の威光というものか!!」
神獣の圧倒的強大な威光を心身全てで感じ取るヴォルベスは畏怖と畏敬を抱くが、逆にその2つが燃え盛る闘志の燃料と成り、更に燃え盛らせる。
鍛え上げた全身の筋組織が躍動し、血は滾り、身体の奥底から力が漲っていく。
ヴォルベスは特殊技能を使用し出した。
「〈全筋金剛〉!!〈強靭金剛腕〉!!〈強靭金剛脚〉!!〈心眼通〉!!〈超直感覚醒〉!!」
強化系特殊技能を一気に使用し――――全身の筋組織を金剛の如く堅強と化させ、四肢の筋力を更に強靭化させ、動体視力を極限にまで高め、培ってきた戦闘経験による獣の直感を遥かに超えた直感力を向上させた。
(おお! 強化系の特殊技能か!)
その様子を視界に映したガイアは興味津々に使用された特殊技能を見極め、遠くから魔力とは違った力を感じ取る。
「カハァー」
そしてヴォルベスは構えを再び取り、闘志剥き出しの笑みの口から白い息吹を吐き出す。
そんな彼の猛々しい姿にガイアも闘志を剥き出し、浮かべている笑みを色濃くした。
「改めて、ヴォルベス・ディバーヌ――――推して参る!!!」
ヴォルベスが高らかに声を上げた直後、彼の姿は一瞬で消え失せた。
しかし、それと同時にガイアは既に拳を振り抜く動作を起こしていた。
そして言う迄も無く、ヴォルベスも既に拳を振り抜き急接近していた。
互いの闘志の笑みと気迫が交差し、試合の序曲は終わり、闘争の主楽章へと突入した。
「〈金剛迅速正拳〉!!!」
金剛の如く堅強な正拳突きを高速で放つ強力な武技をヴォルベスは繰り出す。
そしてガイアは――――
(――――〈剛力正拳〉!!)
特殊技能で肉体を強化し武技による金剛の拳と、圧倒的純粋な膂力に武技の力を纏わせた岩石の巨拳が衝突し、空間を揺るがす大衝撃波がけたたましい重低音を轟かせた。
「こっ、この感触はっ…!!」
拳同士のほんの僅かな拮抗の中、ヴォルベスは神獣の拳に驚愕を抱いた。そして弾かれ合った直後、確信した。
「やはり〈剛力正拳〉か!! まさか武技をも習得するとは!!」
ヴォルベスは腕に大きく響き伝わる強烈な衝撃に、大きな嬉々を抱き更に闘志が高揚する。
だが、そんなヴォルベスの様子など御構い無しに、ガイアは既にもう片方の拳を振り抜く動作を繰り出していた。
「〈金剛迅旋脚〉!!!」
ヴォルベスは極限にまで高めた動体視力と直感力で神獣の更なる追撃を捉え、即座に身体を高速で一回転しながら金剛の如く堅強な回し蹴りを繰り出す。
(――――〈剛烈正拳〉!!)
ガイアは新たな武技を振り抜き放った。
「せぇああああああっ!!!」
「オォアアアアアアッ!!!」
ヴォルベスの蹴りとガイアの巨拳が激突し合い、互いに押し返そうと拮抗する。
そして互いの猛撃は弾かれ合った。
「何と!!〈剛烈正拳〉をもか!!!」
ガイアが更に高威力の新たな武技を繰り出した事に、ヴォルベスは強者としての嬉々の感情が溢れ出る。
そんな感情が溢れ出した瞬間には、神獣の拳が既に迫りつつある光景を視界にはっきりと捉えていた。
(――――〈金剛正拳〉!!)
ガイアは更なる強力な武技を纏わせた拳をヴォルベス目掛けて放つ。
(もう〈金剛正拳〉を習得したのか…!!)
神獣が拳に纏わせた武技を直感で見抜いたヴォルベスは、透かさず超人的反射速度で身体を捻らせ、高速旋回しながら瞬時に回避する。
瞬時に回避した直後、ガイアの〈金剛正拳〉は空を切り、地面を豪快に砕いた。
(逃がさん!!)
ガイアはヴォルベスの回避行動を視界に捉え、地面を殴打した拳をそのまま地に突き刺し、重い巨体を捻らせ地面に突き刺した腕をスパイクとして移動速度の加速を促す。更にその勢いで身体を幾度も高速回転させながら、低空を飛行するかの様に腕の力のみで跳躍した。
その重い巨体が高速回転しながら跳躍する姿に、ヴォルベスは目を見開く。
いや、彼に限らず、全員が驚愕させられるのだった。
(――――〈金剛裏拳〉!!)
ガイアはヴォルベスに即追い付き、そのまま武技の使用と遠心力を加えた裏拳を繰り出す。
頭上から迫り来る強烈な裏拳に対し、ヴォルベスは両腕を上に構え防いだ。
「ぬおぉおっ!! きょ、強力っ…!!」
神獣の裏拳を防ぎ耐える事は出来たが、余りにも過度に重い追撃に、強化した肉体ですら強烈な衝撃と共に激痛が全身を奔り伝わるのだった。
そしてヴォルベスの足元の地面は幾十の亀裂を奔り広がり、ベゴンと円形状に凹んだ。
「オォオアアアアアアアアッ!!!」
ガイアは更に身体を捻らせもう一回転させ、裏拳から流れる様に大鎚を振り下ろすが如く拳をヴォルベスに振り放つ。
(〈金剛拳鎚〉!!)
「〈縮地退行・迅〉!!」
ヴォルベスは特殊技能〈縮地退行・迅〉を即座に使用し、脚を動かさず滑る様に後方へと瞬時に回避し距離を取った。
(なるほど、あれも〈縮地〉の応用技か!)
ガイアは彼の特殊技能による回避行動を全て視界に捉え、単なる〈縮地〉では無いと即理解した。
(じゃあこれは如何だ!!)
そして片腕を引き絞り、今度は拳を開きそのまま地面に向けて掌底を叩き付けた。
(〈大烈震掌〉!!)
ガイアの掌底が地面を叩き付けた直後、闘技場一帯の地面が激しく振動し、重い地鳴り音が響き渡る。
「これは、〈大烈震掌〉?!! まさか俺の〈烈震掌〉を喰らって、ただ覚えただけでなく更に上位の武技へと昇華させてくるとは!!」
激震する地面にヴォルベスは足を取られるも、驚きと同時に歓喜する。
そして直後、ゾクリと背筋を凍らせる感覚が奔り、直感した。
(来る!!)
ある感知系特殊技能をヴォルベスは有していない。しかし、それすら無くとも感じ取れてしまう強大な力が神獣から一気に溢れ出るのを感じ、漠然とだが神獣の次なる一手がどの様な攻撃かがヴォルベスは予想が出来た。
神獣の次なる一手、それは――――
(――――〈大地の怒涛槍撃〉!!!)
ガイアは掌底を地面から離さず、掌から一気に膨大な魔力を地面一帯に流し干渉させ、地の性質全てを掌握にする。そしてこの場の地を金剛の如く硬質な物へと変質させ、魔法で構成した大地の大槍を地面から次々と乱雑豪快に前方斜め上へと突き出し、ヴォルベスに向かって襲い掛かる。
「えっ、ちょっ?!! これ絶対最上位級の魔法だろ!! ヤバいヤバいヤバいヤバい――――」
ヴォルベスと神獣から一定の距離を置いて観ていた審判役は、ガイアの発動させた最上位級の魔法が思いの外効力範囲が広大だった為、これは流石にこの場から退避しなければ確実に巻き込まれると危険を直感し、一目散に逃げようと駆け出そうとした。
――――が、その直前、グルエドは下へと落下した。
「ぬおっ!?」
グルエドの視界に映る地面が目線の上へとあっという間に上がり、気が付けば視界は違う光景へと映していた。
「こ、此処は……観戦席場…!」
グルエドは降り立った場所を直ぐに理解した。
「済まん済まん、流石に危険じゃと思って咄嗟にの」
「エルガルム様!」
そして賢者エルガルムの言葉で自身に起こった事も把握した。
そう。グルエドは賢者エルガルムの転移魔法によって闘技場から観戦席場へと転移させられたのだ。先程居た場所から地面の下に落下したのは、転移魔法〈転移門〉による空間と空間を繋げる孔がグルエドの足元に出現した為である。
「た、助かりました!」
神獣が闘争する危険地帯から救出される形で脱出したグルエドは安堵する。
「さて……ベレトリクス」
「ええ、解ってるわ」
エルガルムとベレトリクスは杖を構え出し、膨大な魔力を触媒に溜め込むと同時にある強力な最上位級魔法の術式を構築し始め出す。
「久方振りの大結界防壁じゃわい」
「あたしも、これだけ広大物質量の強化付与は久し振りだわ」
これから神獣が起こす強大な未知の事象に対し、偉人2人は発動すべき状況を注意深く見計らうのだった。
大地の大槍がひたすら地面から貫き出し、その魔法の猛撃はヴォルベスを追撃し続ける。そしてヴォルベスは全力疾走で駆け抜け、大波の如く豪快に迫り来る大地の大槍の猛撃から逃げ回る。
「くはははははは!! これが神獣様の魔法か!! 何と強大な魔法か!!」
敵を無慈悲に貫く大地の猛撃から逃げ回るも、ヴォルベスは神獣の強大な魔法に感激し、危機迫る状況を楽しみ笑っていた。
「これは〈疾風走駆法〉だけでは直ぐに追い付かれてしまうな!!」
脚力の更なる強化―――走力―――を加え底上げしても、〈縮地・迅〉程度の瞬間的な高速移動でも追い付かれ、貫かれてしまう事をヴォルベスは直感で理解し切っていた。
質量の法則を反する恐ろしい速度で、次々と地面から突き出す大地の大槍。その神獣の魔法の射程圏内に入り込んでしまえば、防御力も強化した肉体でも防ぎ耐え切れず、重傷を負う。
そう、今迫り来る大地の大槍は膨大で強大な魔力が宿った事象――――魔法なのだ。
それは純粋な物理防御力だけでは防げない、圧倒的な猛撃である。
「――――むっ?!!」
ヴォルベスは幾度と響く重厚な音を耳にし、その音の発生源へと僅かに顔を向けた。
「何…?!!!」
そして視界に映した光景に、驚愕の色を一瞬で顔に彩らせた。
地面から乱雑に突き出した大槍の樹林の中を――――大槍から大槍へと脚や腕で跳ねながら高速で突き進み、中空を飛ぶ様にガイアが追って来ていたのだ。
跳ねながら突き進むガイアを喩えるなら、それは跳弾する巨大な砲丸である。
それが高速で迫り来るのだ。常人だろうと強者だろうと関係無く、誰もが驚愕し恐怖してしまう光景だ。
しかし、ヴォルベスは驚愕の表情に笑みを彩り、愉快に笑うのだった。
「あの重密度の身体で軽快な機動力、いったいどれ程俺の度肝を抜かれるか!!!」
ヴォルベスは疾走を続けながら迫り来る神獣の動きを視界に捉える。
(おお、速っ! なら、これは如何だ!!)
ガイアは跳ねる様にヴォルベスを追いながら片手を前に翳し、更に別の魔法を行使した。
(〈水弾豪雨〉!!)
疾風の如く大地の大槍から逃げ回るヴォルベスの上空高くに広大な魔法陣を展開し、直後に魔法陣から圧縮し形成された無数の水弾を一斉に放った。
雨霰の如く無数に降り注ぐ水の弾丸は広範囲に亘り、ヴォルベスを中心に撃ち付ける。
地面を撃ち付け抉る無数の水の弾丸の中をヴォルベスは疾走を続け、直感のみで躱し続ける。
「くははははははは!! 何という厳烈な状況か!! 実に愉快なり!!」
劣勢を強いられた厳しい状況の真っ只中に居るにも関わらず、ヴォルベスはその現状を心の底から楽しみ笑うのだった。
背後からは無数の大地の大槍が迫り、上空からは無数の水の弾丸、何方も喰らえばS等級冒険者であるヴォルベスでも重傷になる巨大な脅威である。
(さてさて、この状況を如何するか! ああ、実に愉快で堪らん!)
ヴォルベスは過酷な状況の中を楽しむと共に、現状を如何打開し攻めに転じようかと思考し出す。
その直後――――
(此方来ぉい!)
空間の大気が急激に動き、ある一点空間へと膨大な空気が吸い込まれるのをヴォルベスは肌で感じ取った。
――――異様だ。そう感じ取り、視線の先で今起こっている現象を瞬時に分析し出す。
(この空気――――いや、大気の流れ、…只の集束ではない! 大気の圧縮! これは風系統による爆裂系魔法!!)
ヴォルベスはそう答えを導き出し、敢えてそのまま全速力で前進する。
そして、ガイアは魔法を――――過剰な迄に急激圧縮し留めた膨大な空気を解き放つ。
(〈空圧超爆風〉!!)
一点に集まり圧縮された空気が烈風と為って炸裂する。
「此処だ!!」
その直前、ヴォルベスは爆心へと身体を横反転しながら瞬時に突っ込んだ。
(えっ!? 何する気だ!?)
自ら魔法の爆心へと身を投じるまさかの行動に、ガイアは目を丸くした。
「〈跳躍迅進〉!!!」
過剰圧縮された空気が炸裂したその瞬間に合わせ、ヴォルベスは突き出しながら迫り来る大地の大槍に向かって跳躍し発進する。圧縮空気の炸裂により生じる爆風と衝撃波の勢いがヴォルベスの身体を押し、〈跳躍迅進〉の移動速度を加速させ、一度の移動限界距離を更に引き伸ばした。
無数に降り注ぐ水の弾丸地帯を超高速で突破し、迫り来る大地の大槍地帯へとあっという間に突入する。
(うっそー!! 何ちゅう度胸!!)
自分が発動させた上位級風系統魔法の炸裂作用を利用する彼の瞬発的行動力と豪胆さを目にしたガイアは、驚きと共に感激を抱いた。
「〈跳躍走駆法〉!!!」
ヴォルベスは身体を捻りながら回転し、迫り来る大地の大槍の穂先を紙一重で躱す。そして直後に大槍の大身を力の限りに蹴り、勢いを殺さず跳躍し前進する。
既に突き出した大槍から大槍へと跳ねる様に超高速で突き進み、同様に跳弾する砲丸の如く迫り来る神獣へと向かって行く。
互いは拳を構え、抜き放つ。
「〈金剛迅速正拳〉!!!」
(〈金剛正拳〉!!!)
互いの拳による武技が激突し合い、強烈な衝撃波を生じさせた。
ヴォルベスは拳を激突させた直後、瞬時に拳を放った腕を引くと同時に再び身体を捻らせ、超高速回転しながら神獣の腕の上を直進する。
「〈金剛迅速輪転脚〉!!!」
そして幾度もの高速回転による遠心力を加えた武技による回し蹴りを、神獣の硬い横顔に炸裂させる。
「ゴガァッ!!」
ガイアは彼の重く強烈な回し蹴りを喰らい、蹴られた岩石の横顔に衝撃と激痛が奔った。
(何の!!〈硬質な大枝鞭〉!!!)
一瞬の怯みの直後、ガイアは透かさず魔法を発動させた。
己の背に宿る樹木の幹から幾十の枝を急速に伸ばし、鞭の如く、そして蛇の様にうねる幾十の枝がヴォルベスを打ち払おうと奇襲する。
「おっと!!〈跳躍迅退〉!!!」
ヴォルベスは即座に反応し、神獣の腕に両脚が着地した直後に後方へと瞬時に跳躍移動し、枝の鞭の奇襲を回避した。
ガイアは闘技場中央へと回避移動するヴォルベスを瞬時に目で追う。
(だったら―――)
そして更なる追撃へと移行し始める――――。
その神獣の行動を視界に映したヴォルベスは驚愕し、愉快と言わんばかりの闘志溢れる笑みを彩る。
「これはまた豪快な…!!」
ヴォルベスの視界に映る光景――――それは大地の大槍を片手で軽々と、尚且つ豪快に引っこ抜き、狙いを定めて投擲の構えを取っている神獣の姿だ。
「オォオオアアアアアァ!!!」
ガイアは重く低い咆哮を轟かせ、片手で自身よりも巨大な大槍を恐ろしい速度で擲つ。
投擲された大槍の穂先は空を裂き、ごうごうと大気を鳴り響かせながら標的へと迫り向かう。
そして飛来する大地の大槍は、滞空中のヴォルベスを貫こうとした。
「ヌンっ!!!」
だが、ヴォルベスは巨大な大槍の穂先部分を両手で掴み、貫かれるギリギリの所で防ぐ。そしてそのまま地表へと勢い良く押し込まれていった。
地表との距離が急速に縮まり残り10メートル程にまで迫った時、ヴォルベスは強烈な風圧の中、身体の軸を筋力のみで無理矢理ずらし、横方面へと回避移動した。その直後に大地の大槍はヴォルベスの身体を擦れ擦れに超高速で横切り、地面を豪快に砕きながら突き刺ささった。
(――――好機!!!)
地面に着地したヴォルベスは両腕を引き絞る様に構え、特殊技能を発動させた。
「特殊技能〈闘気〉!!!」
ヴォルベスの全身から蒼々とした靄が噴出する様に溢れ出した。
(何だあれ!? この感じ、魔力じゃない!)
ガイアは肉眼で可視出来る蒼い靄を視界に映し、驚きと好奇心を同時に抱いた。
彼の身体から溢れ噴き出す蒼い靄はまるで炎の様であり、揺らめき蒼々と光るそれは猛々しく、そして美しい輝きを宿らせていた。
特殊技能〈闘気〉――――それは修行僧の上位職業を修め〝気〟の力と技術を極めた者が得られる強化系上位特殊技能である。そしてその効力は、総合的攻撃力と防御力、総合的耐性力、機動力、反射神経の超強化である。この強化を以てすれば、子供が鋼鉄の動像を粉砕する事を可能にさえしてしまう強力な特殊技能である。
戦士職の者が幾つか修めている基本的な強化系特殊技能や、それ等の1つ2つ上の上位互換特殊技能の強化の上昇力など、特殊技能〈闘気〉の足下には及ばない。
一般的な戦士職の武技と特殊技能は気力を使用する事で発動が出来る。だが、それはあくまで発動させているだけであり、発動させる為に必要な気力を意識的に操っている訳では無い。喩えるなら、スイッチを押して動力源をただ流して起動させているだけである。
特に強化系特殊技能の発動方法はまさにそれである。
しかし、〈闘気〉の場合はただ単に気力を全身に流し巡らせるだけでは、効力を発揮する以前に発動もしない。
その特殊技能を身に付け発動させる為の条件は、修行僧が身に修める基本特殊技能――――〈気功術〉による己の〝気〟を自在に操り扱う術が必要不可欠であり、更に使用する気力の質を鍛え、上限量の最大値を増やす事。
そしてその過程で修められる上位職業――――それが熟練の武僧伽である。
(あれも強化系特殊技能か!!)
ガイアは彼が発動させた特殊技能が強化系であると直感した。しかし、その特殊技能は何を強化するのか、噴き出る蒼い靄の正体はいったい何なのか迄は分析出来なかった。
(なら、その強化の程を確かめさせて貰うぞ!!)
深く思考するのは後回し。
答えは攻撃して暴けば良い。
抱く闘志と好奇心の赴くまま、ガイアは追撃の魔法を発動させる。
(〈巨氷塊落下〉!!!)
強大にして膨大な魔力によって巨大な氷塊を僅か数秒で創り出し、それをそのままヴォルベスの頭上高くに出現させた。
「ひえーっ!!! 何あの魔法、氷山!!!?」
ミリスティは今まで見た事が無い氷系統魔法に、恐怖混じりな驚愕の声を上げた。
彼女の言う通り、試験場の天井に出現した氷塊は、まさに氷山の巨大な一角と思わせる様な巨大さだった。
試験場の天井が見えない程の巨大な氷塊の出現に、誰もが驚愕し目を見開く。
「これもまた豪快な!!! くはっ、くはははははははは!!!」
だが、ヴォルベスだけは天井に出現した巨大な脅威を視界に映し、歓喜の笑いを上げていた。
彼にとって、その巨大な脅威は望む苦難の試練。
己が全ての力量を解き放つ事が出来る最高の舞台なのだ。
だから彼は歓喜し、心の底から猛々しく笑うのだ。
「オォオオオアアァァ!!!」(落ちろおおおぉぉ!!!)
ガイアは咆哮と共に片手を振り下ろし、創り出した巨大氷塊をヴォルベスの頭上に向けて容赦無く急速落下させた。
巨大な質量による超重量の氷塊が落下速度を加速させ、広大な氷塊の表面は大気をごうごうと重低音を鳴り響かせながら押し出し、小さな標的へと迫り落下する。
迫り来る巨大氷塊に対し、ヴォルベスはその場から動かず――――構えた。
「コォー」
口から白い息吹を数度吐き、体内の〝気〟を練り上げながら全身を巡らせ――――〈闘気〉の効力を十全に発揮させる。そして腕を引き絞りながら拳を握り締め、視界全体を覆い尽くす巨大氷塊が落下し迫るのを堂々と待ち構えた。
強烈な風圧と共に押し寄せて来る巨大氷塊との距離が縮まり、ヴォルベスの頭上へと激突しようとした。
その瞬間――――ヴォルベスは引き絞った腕を、弾かれた弾丸の瞬間速度を超える速度を以て拳を突き上げ放った。
「〈砕破金剛瞬昇拳〉!!!!」
特殊技能による肉体能力の重ね掛けの超強化を加え放たれた武技による突き上げ正拳が、落下し迫った巨大な脅威を殴り付ける。
その直後の瞬間、巨大氷塊全体に一瞬で幾百幾千もの亀裂を生じさせ、幾千幾万もの氷塊へと砕け散らせたのだ。
それはまさに豪快な一撃。
そして砕かれ舞い散る氷塊は煌めき、闘技場という空間を美しく彩るのだった。
(す……凄い…!!!)
ガイアはその光景に見惚れてしまった。
その僅かな時の間が永く感じてしまう程に、ガイアは見惚れてしまっていた.
そしてその光景を作り出した武人狼――――ヴォルベスの圧倒的な力とその威風堂々たる姿に感激を抱いた。
ヴォルベスは闘志溢れた笑みを神獣へと向け、浮かべる表情を更に色濃くした。
(〈縮地〉!!!)
ガイアは彼のその笑みを見て、地表へ着地した直後に特殊技能による移動で愚直に真っ直ぐ迫り行った。
彼が向けてきた笑みには挑発の意図は一切無い、そうガイアは理解し切っていた。
――――さあ、もっと闘争を楽しもう!
そうヴォルベスはギラリと闘志で輝く目で語り掛けたのだ。
そしてガイアも大きな瞳をギラリと輝かせ、彼の意志に共鳴したのだ。
超高速で彼の真正面へと接近したガイアは既に引き絞った腕を放ち、重く強烈な掌底を喰らわせた。
(〈大烈震掌〉!!!)
武技による大きな掌底がヴォルベスの身体の真正面全体を打ち付け、肉体内部全てに強烈な大振動を――――
(――――え!!? あれ!!?)
ガイアは〈大烈震掌〉を打ち込んだ後、違和感に気付き驚く。
掌底を打ち込み触れているヴォルベスの身体が――――衝撃が殆ど浸透していなかったのがはっきりと掌から感じ取れた。そしてそれだけでなく、感じた事の無い魔力とは違った別の力が体内を力強く巡っているのをガイアは感じ取った。
「では、今度は此方の番と行こう」
神獣にそう告げた後、ヴォルベスは岩石の掌をスルリと抜け、決して速い速度ではないが独特な脚運びで前進し、両手は開き両腕をゆらりゆらりと動かしていた。その滑らかな動きはまるで前世に在る中国拳法であった。
実に洗練された綺麗な動きにガイアはつい見入ってしまい、気付いた時には既に懐に入られ、彼の手が身体に接触していた。
(な、何だ!? 掌底……じゃない!?)
てっきり、武技〈大烈震掌〉を撃ち込んで来るとガイアは思っていた。
その直後、ガイアは強烈な衝撃に襲われた。
「〈大発勁〉!!!」
物理的衝撃とは異なる衝撃が身体を一気に突き抜け、今まで感じた事の無い重い激痛が体内を一気に駆け巡った。その後はゆっくりと不規則に――――奇妙な重い感覚が体内を流れるのだった。
「カッ……ゴガァ…?!!」
(なっ……何だ、この感じ…!!? 頭が揺れる……! 視界がグニャグニャ揺れる…!!)
喰らった衝撃はまるで身体を貫かれたかの様な感覚を伴うが、外傷は一切無い。だが、彼からの一撃が己の精神に強烈なダメージを負わされた。
そう。ガイアは肉体ではなく、精神体に大きな風穴を抉り開けられた様な不快感に苛まれているのだ。
ガイアは奇妙な不快感と激痛で意識を揺らされ、その所為で思考が鈍く為り、反撃行動に移す事が出来なかった。身体はふらふらと揺れ、精神が不安定にされた事により立往生状態と為っていた。
「如何かな!? 気の力の威力は!」
(き……のちから…?)
ヴォルベスの言葉が余り染み込まず、思考が思う様に働かないガイアは〝気〟という言葉が理解出来なかった。
(ぐ…!〈大烈震掌〉!!)
ガイアは意識が不安定状態から無理矢理戻し、兎に角反撃をしなければと武技による掌底を放ち当てた。
(効いてない…!! 振動が殆ど伝わってない!!)
何故、激震の如き振動が彼の身体に殆ど伝わらないのか原因は感じ取っていた。しかし、感じ取れる原因の正体が何なのか、全く理解する事が出来ず困惑するのだった。
「ほほう、あの者の〈気功術〉――――気の質とそれを操る技術、達人級の洗練さじゃのう」
エルガルムは今も術式を構築しながらその様子を――――〈気功術〉を自在に操り行使するヴォルベスの技術力に感心していた。
「確か、〈内気功術〉ってやつね」
「〈内気功術〉?〈気功術〉の派生特殊技能ですか?」
エルガルムと共に別の魔法術式を構築しているベレトリクスの言葉に対し、シャラナは質問をした。
「ああ、御令嬢さんの言う通り、〈内気功術〉は〈気功術〉から派生する共通特殊技能さ」
シャラナの質問に対し、ダムクが答えた。
「〝気〟の力を操る特殊技能〈気功術〉の派生は2つ在って、1つは今言った〈内気功術〉と、もう1つが〈外気功術〉って言う特殊技能だ」
「〈内気功術〉と〈外気功術〉は如何違いが在るのですか?」
「簡単に言うと〝気〟の力を外に出すか内に留めるかの違いだな」
「それはもしかして、〈気功術〉の有無を問わず戦士職系の方が武技と特殊技能を使用する際にそうやって気の力を使っているのですか?」
「ああ、戦士職の武技と特殊技能の原動力は基本的に気の力さ。んで、さっきと今の神獣様の攻撃を防いだのは〈内気功防練術〉っていう特殊技能だ」
「〈内気功防練術〉…、身体の防御力強化とは違う特殊技能ですか?」
「ある意味では防御力の強化だな。正確には気力で肉体を強化するんじゃなく、気の力で身体の内側を防御する修行僧の防御系特殊技能さ」
「因みに、気の力で体内を防御する事を〝内功を練る〟って言うんだって」
ダムクの特殊技能説明の途中、ミリスティが区切れの良いタイミングで入り込み、ちょっとした豆知識という補足をシャラナに伝える。
「そうそう、内功を練る事で内臓や気道といった体内を攻撃から護れるんだ。気の質が高ければ高い程、強烈な衝撃に耐える事が出来る。更にヴォルベスみたいに極めれば、あんな風に殆ど衝撃が伝わらず効かなくなるのさ」
「では、〈外気功術〉の場合は〝気〟の力を鎧の様に纏い身を護る特殊技能ですか?」
「正解だがそれだけじゃないぜ。〈外気功術〉はイメージ的には気を外に放出する方だな。そんでその応用でヴォルベスが神獣様に放った武技が〈発勁〉って言って、気の力を直接相手の体内に浸透させて衝撃波を放つ技だ。盾や鎧とかの単純な護りや身体的に高い物理防御なんか貫通するぜ」
「なるほど、まるで形も実体も無い〝鎧通し〟ですね」
「御名答」
ダムクはニッと笑みを浮かべながら、彼女の明察力に深く感心した。
「ヴォルベス、私達に良く武技と特殊技能で使用する気の使い方、教えてくれた。〈気功術〉が無くても自身の気の流れを認識出来れば、通常の効力以上発揮するって」
その後にミュフィも話に入り込み、気を使用する武技と特殊技能について口にする。
「大抵の人、ただ使ってるだけ。殆ど意識してない。力任せだけの脳筋は強化の持続短い、精度も中途半端」
「意外と結構居るんだよなぁ。上位特殊技能修めてるのに気力の使い方が雑な奴」
戦士職系の武技と特殊技能の持続や精度、威力に関わるのが〝気力〟という内容に、魔法のあらゆる面に関わる〝魔力〟と似通っているとシャラナは思った。
何方の力もただ使うだけでは、魔法も武技と特殊技能も十全に発揮しない。
魔導師の修行を積み重ねて来たシャラナにとって、如何に魔力の操作制御が重要であるかを体感で理解していた。その御蔭で彼等の話す内容に深く納得を抱けるのだった。
「では更なる武技を!! 武術の真髄を御見せしようぞ!!」
ヴォルベスは困惑している神獣に反撃予告を発し、右腕を引き絞り構えた。
(何だ、あの右手!?)
ガイアは彼の右手を凝視した。
ヴォルベスの右手は拳を作っておらず、掌を開いていた。手の人差し指から小指を固く真っ直ぐ揃え、親指は折り曲げていた。
一瞬見た時、手刀による攻撃かとガイアは予想したが、掌ではなく指先を向け、腕を引き絞っている構えを見て浮かべた予想を即撤回した。
「〈縮地・瞬〉!!」
今度は一瞬で懐に入り込まれ、ガイアは慌てて迎撃しようと拳を振ろうとした。
しかし、迎撃するにはもう手遅れだった。
「行くぞ!!!〈砕破金剛瞬穿四連貫手〉!!! 四!!!」
ヴォルベスの引き絞られた腕が銃弾の如く弾かれる様に放たれ、神獣の硬質な懐を砕き貫いた。
「ゴガァ!!」
岩石の身体を砕き貫かれた激痛に、ガイアは思わず苦痛の声を上げる。
「三!!! 二!!!」
初撃は4本指、二撃目は3本指、三撃目は2本指と指の立てる本数を減らしながら、ヴォルベスは右手のみの貫手を連続で繰り出す。
(なっ、何だこの貫通力!!? ってかあの指、どんだけ硬いんだ!!?)
一撃毎に破壊力と貫通力が増す貫手を真面に喰らったガイアは強烈な激痛に襲われ、呻き声を僅かに漏らしながら苦悶の表情を浮かべる。
「一!!!!」
貫手による最後の一撃がガイアの懐を深々と貫いた。
「オア…!! アガァァ…!!」
今まで負った事の無い深手を負ったガイアは、余りの苦痛で呻き声を大きく漏らすのだった。
「未だ未だぁぁっ!!!〈砕破金剛瞬速双正拳〉!!!」
貫手による攻撃で怯み動揺する神獣に、ヴォルベスは更なる追撃を放つ。
両腕を同時に引き絞った後、両拳を其々上下と少し間隔を縦に広げると同時に神獣の懐へと諸手突きを打ち込み、押し込む様に殴り飛ばした。
「ゴアァッ!!」
大きな隙を突かれたガイアは更なる激痛を伴い、苦痛の声を吐き出しよろめいた。
「金剛の如く堅強に鍛え上げた俺の手指――――数え貫手は効きましたかな?」
ヴォルベスは苦悶を浮かべよろめく神獣を見据え、誇らしげな表情とは相反し油断無く構える。
「む?」
視界に映る神獣の深い損傷部分の奇妙な現象に、ヴォルベスは凝視した。
深く貫き砕かれた神獣の傷が見る見る小さく為り、亀裂も時が撒き戻っているかの様に消え、深手だった懐はまるで最初から損傷など負っていない様な状態へと完全に塞がったのだ。
「ほう、〈自己再生〉か。これは実に厄介」
ならば、自動回復が追い付かない程の破壊的攻撃力による怒涛の連続攻撃をするまでだ。頭の中でそう導き出したヴォルベスは全身の筋組織を――――拳と腕を中心に力を込め、武技による攻撃準備をする。
特殊技能〈光合成〉の効力で傷は完全に癒えたが、ガイアは未だ砕き貫かれた激痛に苛まれていた。
そんな激痛が伴う中、ガイアは体感した事を思考し、考察していた。
(あの攻撃…、確か〈大発勁〉だっけ。あの武技……明らかに物理攻撃の技じゃない)
僅かな時間の中、ガイアは思考を高速で巡らせ、その時の――――少し前の過去の流れを鮮明に思い返す。
(あの攻撃の後にあの人は何て言った? ええっと……キのちからの…いりょく…。キのちから…?)
打撃ではない。そして接触からの奇妙な衝撃。その2つの情報を基に〝きのちから〟の意味、正体を探る。
そしてガイアは閃くかの様に答えに辿り着く。
(そうか…〝気〟か! あれは〝気〟の力による衝撃波だったのか!)
体感した衝撃の正体を理解した事で、ガイアは更に彼が纏う蒼い靄の正体も理解した。
(なるほど、そういう事か!! あれは〝オーラ〟ってやつか!!)
そして更に、ガイアは〝気〟というキーワードから自身の有しているある特殊技能が頭の中に浮かんだ。
(そういえば、僕も〝気〟に関する特殊技能を持ってたんだった)
ガイアが1つだけ有している〝気〟に関する特殊技能――――それは〈聖なる気〉である。
その特殊技能は文字通り、神聖属性を宿した気を解放する技能である。使用者を不浄や呪いから身を護り、低位級の不浄や邪悪な存在に対しては神聖属性による浄化作用で消滅させる効力を有する特殊技能である。
気を解放する点では彼の〈闘気〉と共通するが、ガイアは自身が有する〈聖なる気〉との性能の差――――いや、自分と彼との気に関する技術の差に着目した。
ガイアは自身の気を操った事が無い。特殊技能で使う事は出来るが、それはただ解放するだけあり、気の力を扱うとは程遠いものだ。
そんなガイアに対し、ヴォルベスは己の気をはっきりと認識しており、手足を動かすが如く自在に操っている。
つまり、気の力を操作し制御する術の有無である。
(気って如何やって操作するんだ? 魔力を操作する要領な感じなのか?)
ヴォルベスが攻撃準備をし出し構える最中、ガイアは思考を高速で巡らす。
(操作するには先ず感じて、認識して捉えないと…。でも自分の気を如何やって感じ取れば? 如何すれば……、出すだけなら特殊技能で出来るけど)
その時、ガイアは閃いた。
(そうだ!! 先ず出してからそれを感じ取れば認識出来るかも!!)
ガイアは閃いた考えを実行しようと、特殊技能〈聖なる気〉を発動させた。
そして突如と神獣の全身から清らかな光を溢れ出す光景に、ヴォルベスは構えたまま繰り出そうとした攻撃を放つ寸前で止めた。
「あれは、〈聖なる気〉か!」
人が生まれ持つ気とは違う煌めき輝く純白な光、穢れ無き心魂によって己が気を聖なる力へと昇華し得る特殊技能。その美しき聖光の気を瞳に映し、燃え滾る闘争心を優しく鎮めてしまいそうになる清浄な気配をヴォルベスは肌で感じ取った。
だが、妙な異変を視界に映し感じ取る。
(む? 何だ?)
神獣の身体に纏う〈聖なる気〉の規則性が全く無い不安定な揺らめきと、気の強弱があらゆる箇所で定まらない状態を起こしていた。
視覚で観るだけでも、神獣の出す〈聖なる気〉の歪な状態に違和感を抱く。
何だかたどたどしい印象を与えるその様子をヴォルベスは観察する。
(初めての使用で慣れていないのか? それにしては制御が不安定。気の流れも妙な不規則さだ)
此方の特殊技能を見事に模倣する高い学習能力を有しているのに――――何故だ? そうヴォルベスは疑問を抱いた。
その時、神獣が此方に片手を翳す様に掌を向ける。
(…いったい何を――――)
更に疑問を抱いた瞬間、ヴォルベスの直感が危険を察知した。そして同時に右へ反射的に跳び緊急回避をした。
跳んだ直後、肉眼で捉えられる白光の衝撃波がヴォルベスを横切った。
(こっ、これはまさか、〈聖発勁〉!!)
ヴォルベスは神獣の放った衝撃波に驚愕した。そして違和感を抱いていた神獣の気の不安定さの理由を明察した。
(そうか! あれは気の使い方を探ってたのか! 今の〈発勁〉も放ち方を探る上での使用か!)
〈発勁〉を扱うには特殊技能〈外気功術〉の習得が前提条件と言って良い。それに〈気功術〉の特殊技能が無くとも、気を操る技術が有れば出来ない事は無い。その技術を鍛錬している内に、自然と〈気功術〉の特殊技能を習得出来てしまうのだ。
だが、目に映る神獣はそれを初めて――――おそらくは特殊技能無し――――で為した。
(精度は歪で未熟だが、〈発勁〉としての形を成し得るとは…!)
流石は神獣。
そうヴォルベスは畏怖と崇敬の念を抱くのだった。
「ンンン~……」
しかし、更に続けて〈発勁〉を繰り出すかと思えば、神獣は妙に面白可笑しな唸り声を上げた。顔は何か悩み困っている表情を浮かべ、発動させていた〈聖なる気〉を解除したのだ。
如何やら実用と迄に気の使用感覚が掴み切れていない様子だった。
ガイアは自身の掌を見詰め、「何か今一だなぁ」と少し首を傾げる。
(う~ん……。なーんかなぁ、魔法方面を主に鍛えてた所為か…気よりも魔力の方に意識が行っちゃうなぁ。一応は認識出来る様になったけど、初めて魔力を操った時より何か難しい…。あ、あれは特殊技能の恩恵が有った御蔭か)
ガイアは初めて自身の気を操り放った体感から考察し、理解を得た。
(やっぱり魔力と同様に気の操作制御の特殊技能が在るんだろうな。という事は、戦士の武技と特殊技能も魔法同様に気の質や操作制御で威力や効力に大きく作用する訳か)
であれば、気の操作制御の訓練で鍛え培えば、それに関する特殊技能が得られる。時間は必要だが。
(うん、これは後回しだな。間違い無く時間が掛かるだろうし、何より今は試合で闘い方を覚える事が優先だしね)
そしてもう1つ、この試合での目的――――ガイア自身の現在の力量を確認し、どれ程迄に自身の力を使いこなせるかを知る事だ。これに関してはもう大体は把握出来た。
後は己が使える力と技術を駆使し、何処迄どの範囲まで出来るかを色々試す事。そして其処から出た良し悪しの結果から、今後の実戦に活かせる様に多くの経験を己の頭と感覚に蓄積させるだけだ。
(良ぉし!! どんどん行くぞぉ!!)
ガイアは強烈な貫通攻撃による動揺や気が思う様に掴み切れないはっきりとしない気分を払拭する様に、バンッと勢い良く両手を合わせ、自身の精神に活を入れた。
そのガイアの動作を観ていたヴォルベスはさっきと同じ攻撃態勢を構え出す。
何を繰り出す? そう楽しみを抱きながら。
(こんな感じかな!〈岩石の手〉!)
魔法を発動した直後、ガイアの身体から岩石の腕が4本生え出した。
「これはまた面妖な」
ヴォルベスは異様な姿と変わった神獣を視界に映し、愉快そうに笑う。
巨大な六腕を身に持ったガイアの姿――――それは阿修羅と彷彿させる威圧的異様な姿だった。
(うん、ちゃんと動く)
ガイアは己の岩石の身体を媒体とし魔法で生やした4本の腕を動かし、手の指を動かし、動作とその感覚を確認する。
そしてその後、ヴォルベスを見据える。
(そんじゃあ――――)
ガイアは腕6本を同時に引き絞り、拳をガッチリと握り締める。
「ほう!! 面白い!!」
ヴォルベスは神獣の構えを視界に映し、どのような怒涛の攻撃が繰り出されるのか容易に予想が浮かんだ。
そして、燃え滾る闘争心が歓喜する。
「受けて立とうぞ!!!」
ヴォルベスはそう心の中で闘争の誓いを掲げ、燃え盛る闘志で全身により力が行き渡る様に込め、それに相反する冷静さで全神経を集中させる。
互いは準備を終え、構えた状態で互いを力強い眼光で見据える。
急に訪れた静寂の中、人狼と神獣の様子を観戦席場から俯瞰する者達は肝を冷やす思いを抱く。何時動き出す、何を繰り出す、いったいどれ程迄に熾烈に為るのかと冷や汗を流す者も居た。
そして僅かな時が経過した瞬間、ガイアとヴォルベスが同時に前へと踏み込む。互いの脚が踏み込む際に生じた地面が爆発したかの様な重低音が一気に響き渡り、静寂を粉砕した。
互いは攻撃が届く距離まであっという間に――――1秒すら掛からず接近する。
ヴォルベスは鍛え上げた肉体、感覚、戦闘技術、気の力、特殊技能、そしてこれから使用する武技を以て拳を放ち、熾烈なる闘いに跳び込み、偉大なる神獣に挑む。
ガイアも今有る全ての力を駆使し、挑み向かって来る武を極め高みを目指さんとする人狼を、魔法と武技による拳を以て迎え撃つ。
「〈砕破金剛瞬連正拳〉!!!!」
(〈砕破金剛迅連正拳〉!!!!)
互いの強烈な武技から放たれた破壊の拳が激突し、試験場内の空間に存在する全てを揺るがし始めた。




