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眠りし闘争心の目覚め18-2

「凄いのう! 実に豪快な近接戦闘じゃわい!」

 エルガルムは視界に映る久方振りの激闘に心を躍らせていた。

「ホントすっごい…。あの重い身体でよくあんな速度で動けるわね。いやホントはっや」

 ベレトリクスも、初めて観るガイアの攻撃や移動の脅威的速度に驚いていた。

「ガイアも凄いですけど、あの人も凄過ぎです…」

 シャラナも驚き、ガイアとヴォルベスが動き回りながら強烈な攻撃を応酬する光景を俯瞰(ふかん)する。

 そして普段から冷静なライファですら、その繰り広げられている光景に内心驚愕(きょうがく)し、内心に(しょう)じた驚愕を少しばかり表情に浮かべていた。

(すげ)ぇ…! 何つう闘いだよ…!」

「神獣様、機動系の特殊技能(スキル)持って無いのに凄い速い…! ヴォルの動きに付いて行ってる!」

 ダムクとミリスティも、互いの攻撃と攻撃をぶつけ合い、凄まじい速度で回り込んではそれを追って、優位を取り合う戦闘光景に目を見開く。

()だヴォルベス、全力出してない。けど、ヴォルベスが相手と拮抗するの、凄い久し振り…」

 ミュフィは神獣の膂力(りょりょく)にも驚くが、何よりもヴォルベスが力で拮抗している状況に驚きを抱いていた。

 次第に増していく打撃音と衝撃波の強烈さ。

 徐々に加速していく移動速度。

 そんなガイアとヴォルベスの闘いを観る者達は釘付けであった。

「ガイアの力量を拝めるのも楽しみじゃが、あの若者の力量も非常に楽しみじゃのう!」

 エルガルムは実に楽しそうに口にし、そして更なる展開を楽しみにしていた。

「やっぱ、神獣様も未だ全力出してないですよね、賢者様」

 そんな彼にダムクは判り切っている事を質問した。

「うむ、未だガイアも全力では無いぞ」

「……神獣様の全力って、どんな感じですか? やっぱかなり凄いですか?」

 そしてダムクは続けて、純粋に興味を抱いていたガイアの力量の全貌について質問をした。

「残念な事に、儂等は未だ見た事無いんじゃよ」

 そんなダムクの質問に対し、エルガルムは肩を(すく)めながら答えた。

「えっ!? 賢者様も未だ見た事無いんですか!」

 ダムクは意外という意味で(わず)かに驚きの表情を浮かべる。

「あら、あたしてっきり見た事あるんだと思ってた」

 ベレトリクスはエルガルムに対し意外だと口にするが、驚く様子は無かった。

「あ、初めて遭遇した際にドゥドウルを殴り飛ばしたのがそうじゃないですか? 先生」

「おお、あれか! 確かにあれは全力で殴り飛ばしてたと言える光景じゃったな。(なに)せ天高く大口の剛力獣(ドゥドウル)が吹っ飛んで即死したからのう」

大口の剛力獣(ドゥドウル)を一撃でかぁ…。想像が付くな~」

 それを聴いた堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)の3人は、神獣がドゥドウルを豪快な拳の突き上げ(アッパーカット)で天高く殴り飛ばす一場面(ワンシーン)を頭の中で容易に想像出来た。そして其々(それぞれ)、身体に巨大な拳が減り込んだ(あと)、巨大な風穴、バラバラといった殴り飛ばれたドゥドウルの絶命の末路を想像するのだった。

「あの子、今まで本気を出す事はしない様にしていましたから」

「え? 何で何で?」

 シャラナの言葉に、今度はミリスティが疑問を問い掛ける。

 そしてその疑問にエルガルムがシャラナの代わりに答えた。

「ガイアは生まれ持った自身の身体能力が強過ぎるが上に、他者を容易くに殺してしまう事を自覚し危惧(きぐ)しておったんじゃよ。誤ってもそうならない様、ガイアは敵を倒す戦闘技術よりも、相手を殺さぬ力加減の技術の方を優先しとったんじゃろう」

「じゃあ、前の試合での魔法も」

「うむ、例え相手が如何(どう)し様も無い(クズ)であってもの」

「あの子は、とても優しい子なんです。何時(いつ)ものほほんとしてて、何処(どこ)暢気(のんき)そうで神獣なのに威厳さが感じないけど、一緒に居るだけで不思議と心が安らぐんです」

 シャラナの温和な語りに堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)の3人――――特にミリスティは瞳を輝かせて――――は聴き入った。

「さっきの試合前みたいにちょっとしたドジ踏んだり、色んな事に興味や疑問を持って、困ったり甘えて来たり。私にとって、まるで純粋無垢な可愛い弟みたいでしょうか」

 シャラナは是迄(これまで)観て来たガイアの心温まる行動や有り様を思い返し、温和な笑みを浮かべるのだった。

「あらぁ、あの子が弟ねぇ。可愛い事言うわねぇ~」

「ホッホッホッホッ、確かにシャラナにとっては弟みたいなものじゃのう。ちと身体が大き過ぎるが」

 そんな惚気(のろけ)みたいな話の内容に、ベレトリクスとエルガルムは(なご)やかな笑みを浮かべた。

「未だ赤子なのもあると思いますけど、あの慈愛深い優しさはあの子の生まれ持った本質なんだと、私はそう思います」

「そうじゃのう。シャラナの言うその本質こそが、神獣フォルガイアルスが大地の化神にして豊穣の化神とも言われる所以(ゆえん)の1つなのじゃろうな」

 シャラナの語るガイアの本質に、エルガルムは深く幾度か頷き共感する。

「えっ!? 豊穣の化神!? もしかして神獣様って、自然の恵みを実らせる力を(つかさど)っているの!?」

 豊穣の化神という言葉にミリスティは反応し、相手が偉人であるにも構わず、好奇心で瞳を輝かせながらグイグイと迫る様に尋ね出す。

「ホッホッホッ、ガイアはあらゆる農作物をあっという間に実らせる特殊技能(ちから)を有しておるのじゃよ。荒れ果てた大地を(うるお)し、枯れ果てた麦畑を一面に蘇らせたあの奇跡と言って良い光景は実に神秘的じゃったわい」

「わあ~っ! 観た~い! 凄く観てみた~い!」

 ミリスティは更に感動で瞳を輝かせる。

「そ、それってもしかして、ダダボランが所有してた領地内の5つの農村で、食糧枯渇(こかつ)と農作物の不作を1週間も掛からずに解決出来たのって、まさか神獣様が…!」

「あら、その事も知ってるのね。御名答よ、黒猫ちゃん」

 ミュフィは独自で仕入れた情報の真相に気付き、ベレトリクスはそれを肯定した。

「あれはホントにヤバかったわ。もしガイアが居なかったら、村5つ全て死滅確実だったからねぇ」

「村が死滅って…。あの悪徳貴族、自分の領地の農民見殺しにするつもりだったのかよ」

 ダムクは農村が5つも死滅寸前だった事実に驚く。

(ただ)の見殺しじゃない。貧困状態にも関わらずに、金品や食糧を徴税(ちょうぜい)と称して無理矢理取り上げてた」

「マジかよ! かなり屑なのは知ってたけど、ホントに史上最低の屑野郎だな!」

 更にミュフィから聴かされ内容に、ダムクは内心に少しばかりの怒りが生じた。

「食糧枯渇だけでなく、農作物の不作は早くとも10年程様々な援助をしながら改善せねばならん悲惨な状況じゃったが、それをガイアが各村の枯れ果てた耕地(こうち)全てを潤いと豊穣を与え、全ての農民達を救済したんじゃよ」

 そしてエルガルムが口にした内容に、堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)の3人は其々感嘆の声を上げるのだった。

(ちな)みに、デベルンス家が所有していた全ての領地はフォルレス家が引き継ぎ管理する事に成りました」

「お! そりゃあ農村の皆は大歓迎だろうな」

「だねぇ。何たってフォルレス家は信頼出来る貴族だもんねぇ」

 その領地をフォルレス家の領地と成ったとシャラナの補足を聴き、ダムクとミリスティは晴れやかな声を発し、ミュフィは良かった良かったと数度頷く。

「おっと、ガイアの力量(ちから)についてからちと話が()れてしまったの」

 エルガルムはガイアの力量についての話内容へと修正し、続きを語り出した。

()(かく)ガイアは非常に穏和でな、相手が悪人だろうと最低限に生命(いのち)を気遣う子なんじゃよ。じゃが――――」

 エルガルムは浮かべていた笑みを真剣な表情へと変えた。

「もし、ガイアが本気で怒りを(あらわ)にした時、どれ程恐ろしい事が起こり得るかは想像が付かん。今は未だ赤子でも、少なくとも1つの大国を滅亡させる程の、神獣としての強大な力を秘めとる筈じゃ。ガイアが怒りし時、その力の全貌が明らかに成るやも知れん」

「大国1つ……!」

「触らぬ神に祟り無しってやつだねぇ…」

 ダムクとミリスティは、大国を跡形も無く壊滅させる怒り狂う神獣を想像し、思い描いた光景に恐怖するのだった。

「あ、今怒りに触れたらヴォルベス、死ぬかも」

 ミュフィの不穏な言葉にダムクとミリスティは「それは不味い!!!」と言わんばかりの表情へと瞬時に一変する。

 幾ら異常に頑丈なヴォルベスであっても、大国1つ滅ぼす強大な力には流石に敵わない。

 というより、絶対跡形も無く消し飛ぶ。

 それがこの試合で起こってしまうのではと、3人はヴォルベスが豪快に死ぬ可能性に危惧するのだった。

「いえいえ、試合なんですから怒って暴れたりしないですよ」

 そんな3人に対し、シャラナは彼等の不安を(なだ)める。

「じゃが…、たとえ怒らなくともガイアが全力出したら……、ちと不味いかも」

 しかし、エルガルムの言葉に3人は抱いた不安を大きくしてしまうのだった。



 試合が始まってから数分経過。

 ガイアとヴォルベスはひたすら強烈な物理攻撃をぶつけ合い、闘技場を縦横無尽に高速で動き回り続けていた。

「〈飛膝剛烈破(ひしつごうれっぱ)〉!!」

(せぁあああっ!!)

 徐々に増す攻撃の威力は幾度も衝突し、幾度も弾かれ合う。

 互いのほんの僅かな隙を瞬時に狙い、高速で迫り、回り込み、それを予測し、即座に反応し、拮抗した戦況から優勢を引き込み劣勢を()退()け続ける。

「〈剛烈迅速脚ごうれつじんそくきゃく〉!!」

(くあっ!!)

 ヴォルベスは武技(スキル)に更に武技(スキル)を掛け合わせ、攻撃威力に加え攻撃速度を上昇させた迅速蹴りをガイアに喰らわせ、ヴォルベスの強烈な迅速蹴りを喰らったガイアは衝撃と痛みを(ともな)い勢い良く吹っ飛ばされる。

 豪快に地面を転がるが、ガイアは直ぐに態勢を立て直す。

「〈剛烈迅速裏拳ごうれつじんそくうらけん〉!!」

 そのほんの僅かな隙をヴォルベスは瞬時に(とら)え、〈縮地湾曲・迅〉でガイアの背後を取り、即反転と同時に武技(スキル)による裏拳を繰り出す。

(何のっ!!)

 そしてガイアも負けずと彼の攻撃に即対応し、再び拮抗の戦況へと押し戻す。

 ガイアは流れる様に透かさず空いた拳を振り抜き、ヴォルベスの攻撃速度を上回る速度で迎撃する。

「オォオオオオッ!!」

「かあぁっ!!」

 ガイアの振り抜かれた迎撃にヴォルベスは再び〈剛烈迅速裏拳〉で応戦する。

 拳と拳が衝突し、強烈な衝撃波を起こした拳同士が弾かれた後、また互いは縦横無尽に動き回り、攻撃を叩き付け合う。

 何度も、幾度も、ガイアとヴォルベスはそれ等を繰り返し、戦況という名の天秤は幾度も左右に傾き揺れ続ける。

 攻撃の威力は更に増し、あらゆる行動速度も更に上がり、拮抗状態の戦闘は更に激化する。

 しかし、互いは(いま)だ全力では(あら)ず。

 ヴォルベスは武技(スキル)を使用しているが、現在使用しているそれ等は彼にとって最大級の威力を誇る武技(スキル)ではない。何より、彼は修行僧(モンク)武技と特殊技能(スキル)を未だ使用していない。

 ガイアは純粋な高い身体能力のみで、武技(スキル)で強化されたヴォルベスの高い身体能力に対抗し、彼が攻撃の威力を上昇させる毎に呼応し、更に力を上げていく。

 しかし、ガイアは未だ内に不安が抱いており、全力を解放する事を躊躇(ためら)っていた。


 この有り余る強大な力を、解放して良いのだろうか。

 自分でも(ほとん)ど把握出来ていないこの強大な力を、彼にぶつけても良いのだろうか。

 もしこの強大な力が、いとも簡単に彼の生命(いのち)を滅ぼしてしまうものだったら。


 激しい戦闘の最中(さなか)、ガイアは迷い続ける。

 誤って殺してしまうという限り無く確実に起こり得る可能性に(おそ)れ。

 だが、抱く不安という迷いとは別の感情が(くすぶ)っていた。

 高揚感――――いや、以前感じた高揚感とは違う、似て非なる感情の燻りだ。

 (ヴォルベス)という強者に対する、期待感や修めた武技と特殊技能(スキル)への好奇心。

 そして、初めて心に生じた熱い感情が燻り、徐々に熱を増していた。

 ガイアは全身を少しずつ熱していく初めて生じた感情が何なのか、未だ理解が出来ずであった。

 その感情は向上心にとても近い――――いや、それを超える感情の(たかぶ)りがガイアの内に秘めた有り余る力を少しずつ、無意識に解き放させていた。

 拳が衝突する度、殴り飛ばす度、殴り蹴り飛ばされ激痛が生じる度に、岩石で構成された身体全体が徐々に熱く為っていく。そしてそれが内に抱く不安と迷いを徐々に小さく溶かしていた。

 ガイアはヴォルベスの顔を――――表情を幾度も無意識に観る。

 彼は――――笑っている。

 とても楽しそうに――――笑っている。

 彼が浮かべるその笑みは、闘志から生じた感情だ。

「オォオオアアア!!」

「ぬう…!!」

 ガイアはヴォルベスを殴り、心の中で彼に届かぬ疑問を問い掛ける。


 ―――君は怖く無いの?


「せぇえああああああ!!!」

 そんな最中、殴られたヴォルベスはガイアの巨大な拳を両腕で掴み取り、殴られたにも御構い無しにそのまま背負い投げを繰り出し、ガイアを地面に叩き付けた。

「ゴアァッ?!!」

 ガイアは投げられ地面に叩き付けられながらも心の中で疑問を問い掛ける。

 ―――(ひど)い怪我を負うのが怖く無いの?

 ガイアは(ひる)まず直ぐに態勢を立て直し、透かさずヴォルベスに拳を放つ。

 ―――君は、僕自身でも計り知れない強大な力に恐怖しないの?

 互いの拳が衝突し、弾かれ合う。

 ―――君は恐ろしく無いの? 死んでしまうかも知れないんだよ?

 ヴォルベスは肘打ちを構え即座に突撃し、ガイアは拳で迎撃する。

 ―――誤って殺してしまうかも知れないんだよ?

 ガイアは抱く不安を心の中で問い掛ける。

 そして自身に対し疑問が生じる。

 そんな不安が心中に()るのに、迷っている筈なのに、何故(なぜ)更に力を上げているのか。

 燻る感情が更に熱を増し、身体中の熱が徐々に増していく感覚に促され、ガイアは今この時を楽しんで――――。


(―――()()()?)


 ガイアは身体を無意識に動かしながら、生じた感情の正体に対し内心で困惑した。

(僕、何で楽しいんだ?)

「〈剛烈迅旋脚〉!!」

「クガァッ!!」

 ヴォルベスの強烈な迅速回し蹴りが横顔を直撃するも、ガイアは生じた〝楽しい〟という感情に対し疑問を抱き、思考する。

 ―――この楽しさはいったい何なんだ?

 身体中を熱していく、この感情の根源はいったい何なのか。

 身体を無意識に任せ、頭を思考させる。

 ―――分らない。

 何故、今こんなに楽しいのか。

 ―――判らない。

 いったい、何が楽しいのか。

 ―――解らない。

 そしてこの〝楽しい〟という感情は、いったい心の何処から湧き起こってるのか。

 その燻り続ける感情は更に熱を増し、己を高揚させる根源はいったい何なのか。

(―――この人も、僕と同じこの感情を抱いてるのか?)

 ガイアはもう一度、ヴォルベスの表情(かお)を観た。

 彼は今抱く感情を(おもて)(さら)け出し笑っている。

 その抱く感情は、間違い無く〝楽しい〟という感情だ。

 ガイアとヴォルベスは今、同じその感情を抱いている。

 しかし、ガイアとヴォルベスの違いは、その感情の根源を理解しているか理解していないかであった。

 彼はその根源を、自身の心の中から解放しているのだろう。

 ガイアも知らず知らずの内に少しずつ解放しているが、その根源の正体が解っていなかった。

 次第に抱く不安と迷いは更に小さく為り、燻り続ける感情が大きく昂る。

 高熱を帯びた未だ火が灯っていない燻る感情が、ガイアの心に潜む本能を揺り動かす。

(―――未だこの人も、全ての力を出していないんだよね)

 拳同士が激突し拮抗する僅かの時の中、ガイアの好奇心が大きく(うず)き出す。

(こんな身体の重い僕を飛ばすんだ。この人の全力は、どれ程凄いんだろう)

 抱く大きな期待も疼き、胸が高鳴る。

 この異世界に存在する強者達の内の1人の強さを——彼の力量(ちから)の全てを観てみたいと。

 では、自分は如何すれば良いのか。

 それはもう既に解っている。


 ―――彼の望みに応える事だ。


 ヴォルベスがガイアに望む事――――それは秘めたる強大な力全てを解放した神獣(ガイア)に挑む偉大なる試練。

 そしてガイアも、ヴォルベスの全力に挑んでみたいと心の中で望んでいた。

(今だけ……、この時間だけ……、良いんだよね?)

 ガイアは拳を放つ彼に、そして己自身に心の中で尋ねる。

(もう、抑えなくても良いんだよね?)

 身体中の力に対する意識的抑制が緩んでいく。

 そして内に抱いていた不安と迷いは、燻る感情へと溶け込み完全に消えていた。


 更に力を――――少しずつ、無意識に解き放っていく。


(ああ、そうか。この感情はそういう事なのか)

 ガイアは理解した。

(僕は今――――楽しんでるんだ)

 その抱く感情は何に対してなのかを理解した。

 武技(スキル)による強烈な攻撃で殴られ蹴られ、幾度も痛みを伴わせられるも、それ等は苦には成らなかった。

 心の中で燻り続けるある本能が鼓動する。

 鼓動する毎にそれは膨れ上がり、抑制という堅牢な(じょう)を掛けられた未開の扉を押し叩き、扉の僅かな隙間からそれが漏れ出していく。

 漏れ出す本能が内に秘めたる力の解放を少しずつ促していく。


 心の中の奥で扉を押し叩くある本能が語り望む。

 ―――解き放て。


 己が身に秘めた有り余る強大な力が語り望む。

 ―――解放せよ。


 自身のある本能と力に望まれ、ガイアは心の底からはっきりと感じる。


 この試合が――――この闘いが楽しいと。


 身体中に込め続ける力を更に高揚させ、彼の攻撃を迎撃する。

(――――楽しい)

 ガイアは自身の心の中――――未開の扉の前に降り立った。

(何て楽しいんだ)

 ガイアは未開の扉を固く閉ざす抑制という錠に手を伸ばす。

(こんなにも、こんなにも――――)

 そしてガイアは自ら、抑制の錠を外した。


 その瞬間、未開の扉は強烈な力で勢い良く開かれ、同時に抑え込まれていたそれは爆裂するかの勢いで解放され――――。



「〈肘突剛烈迅破ちゅうとつごうれつじんは〉!!」

「ゴガァッ!!」

 ヴォルベスは高速で繰り出す強烈堅強な肘打ち突撃をガイアの(ふところ)に叩き込み、ガイアは後方へと勢い良く吹っ飛ばされる。

 ガイアは岩石の両脚は地面を踏み締め、吹っ飛ぶ自身を止めようと踏ん張る。

 自力で吹っ飛びを止めた神獣(ガイア)を見たヴォルベスは透かさず構え、〈縮地・迅〉で接近し次なる攻撃を仕掛けようと――――。

「―――む?」

 ヴォルベスは直ぐに気付き、仕掛ける事を取り消した。

 ガイアが急に停止し、動かなくなったのだ。

「何だ……?」

 試合の行く末を監視していたグルエドも、急に不動状態と為った神獣(ガイア)に違和感を感じ取る。

 先程まで激闘から一変し、不気味な程に鎮静(ちんせい)した神獣に対し、グルエドはこの先何が起こるのか――――未知の未来に恐怖を抱いた。

 彼等2人だけではない、観戦席場からその様子を俯瞰している者達も違和感を感じ取っていた。

「……急に如何したんだ? 動かなくなったぞ」

 独り言なのか、この場の誰かへの問い掛けなのか、そんなダムクが発した言葉にミリスティとミュフィは私も分からないと頭をふるふると横に振る。

 3人はこの場で神獣について一番知っているであろう人物――――賢者エルガルムへと顔を向けた。

「賢者様…。神獣様、如何しちゃったんですか?」

 そしてミリスティは抱く違和感という疑問を、賢者エルガルムに尋ねる。

 しかしエルガルムは返答せず、ガイアの様子をジッと観察し、何か思い当たる節を探っていた。

 僅かその後、エルガルムは(いぶか)し気に口にする。

「……あの時と似た光景じゃのう」

「えぇ。似てるけど、前の時とは様子が違うわね」

 ベレトリクスも同じく訝し気な言葉を口にする。

「前の時?」

 ミリスティは続けて短く尋ねる。

「前に一度だけ、シャラナと実戦訓練させてね。急にああ為った事があるのよ」

「その時は特殊技能(スキル)を習得した際にじゃったな。ああ因みに、実戦訓練と言ってもガイアは魔法と動像(ゴーレム)の操作のみじゃがの」

「じゃぁ、あの状態ってまさか、特殊技能(スキル)か何かを習得する前触れなんですか?」

 神獣が習得した特殊技能(スキル)が何なのか非常に知りたい。そんな好奇心をダムクは抑え、優先すべき疑問を賢者エルガルム、若しくは魔女ベレトリクスに問い掛けた。

「その可能性は充分に有り得るわね。…だけど、今回は妙な感じがするのよね」

「うむ。あのガイアの様子、如何にも妙な胸騒ぎがしてならん」

 神獣(ガイア)から初めて感じる違和感、そして胸騒ぎ、そんな2人の偉人からの不明瞭な見解は、この場に居る者達に名状し(がた)い危惧を抱かせた。

「……ガイア…?」

 シャラナは不安な声を漏らす。

 是迄共に過ごし見て来たガイアの穏やかな姿を思い浮かべ、今のガイアの様子を俯瞰する。

 あんなにも人畜無害と言える穏和な子から、如何言い表したら良いのか分からない恐ろしさを初めて感じ取った。

 そんなガイアの急な変化に、シャラナも妙な胸騒ぎを抱くのだった。


 まるで鎮座する奇妙な巨岩の様にピクリとも動かなくなった神獣(ガイア)を、ヴォルベスは不用意に近付かず、その場からジッと訝し気に観察する。

 (ドラゴン)彷彿(ほうふつ)させる頭は(うつむ)かせる様に斜め下を向き、重い岩石の両腕をだらんと垂らしたまま不動。そして、顔は〝無〟の如き抱く感情や思考が全く読み取れない表情。

 いったい何故急に攻撃を止め動かなくなったのか、ヴォルベスは困惑気味にその原因――――或いは理由を探る様に思考する。

 だが、はっきりと判る事は1つ在る。

 神獣(ガイア)は戦意喪失をした訳では無い。

 神獣(ガイア)蒼玉(サファイア)と彷彿させる瞳には未だ光が――――闘う意志が宿っているのがヴォルベスの目にはっきりと捉えていた。

 ヴォルベスは再び構えを取り、何時再び起こるか判らない激しい戦闘に直ぐ対応出来る様に警戒をする。

 構えを取ったまま視線の先に居る神獣(ガイア)の様子をジッと観察し続けるヴォルベスは、ある事に気付いた――――いや、直感した。

(俺を見ていない…。いや、あの目は、己自身を見詰めている目だ…!)

 視界に映る神獣の大きな瞳は此方(こちら)に向いてはいる。しかし、神獣自身の意識は何処にも向けていないという違和感をヴォルベスは明確に感じ取った。

 そして予感する――――。

(来るのか!? 遂に…!)

 ヴォルベスは鍛錬(たんれん)に鍛錬を重ね鍛え上げた全身の筋肉を引き締め直し、起きな期待を抱いた。


 静寂に支配された空間の時間が少し経過した後、ガイアは自身の岩石の巨体をゆっくりと動かし出した。

 ガイアが動き出した瞬間、試験場内に居る者全員はガイアを凝視する。

 いったい何をするのか、如何動くのか、今から未知の展開を起こそうとするガイアの一挙一動を見逃さないと、誰もがその姿を視界全体に映す。

 そんな視線を浴びるガイアは、ゆっくりと、腕を動かし、脚を動かし、戦闘態勢を作り出す。

「む?! あれは…!」

 ヴォルベスは目を見開き、驚愕の声を漏らす。

 視界に映るガイアが、自身と同じ構えを取ったのだ。

 ヴォルベスに限らず、他の誰もがそのガイアの姿に驚愕を抱いた。

「まさか、戦闘技術を模倣(もほう)しようとしとるのか…!」

 エルガルムは驚愕を抱きながら、確信を口にした。

 だがその確信は、後に起こった一連で否定される。

「カハァー」

「!」

 構えを整え終えたガイアが(うな)る様な低い呼吸音を鳴らしながら息を吐き出すと共に、大きな口の口角から肉眼ではっきりと視認する事が出来る白い息吹(いぶき)が漏れ出していた。

 そして、ガイアの瞳が此方を定める様に向けられているとヴォルベスは感じ取り、瞬時に全神経を集中させ待ち構える。

 ヴォルベスは全身に久方振りの――――いや、是迄に無い緊張感を(はし)らせた。

 ガイアの両脚がグッと力が溜め込まれ、岩石の肉体が独特の(きし)みを鳴らす。

 ――――動き出す!

 そう誰もが心の中で声を上げる。

 神獣(ガイア)の繰り出されるであろう何かしらの行動に即対応出来る様、ヴォルベスは鋭い眼光で注意深く監視する。



(―――〈迅縮剛力正拳〉!)



 瞬間、ヴォルベスの眼前に巨大な拳が迫っていた。

 気付いた時にはガイアの拳は(すで)にほぼゼロ距離まで迫っており、気付いた直後の瞬間、ヴォルベスは激烈な衝撃に襲われていた。

「――――!!!?」

 爆弾が炸裂したかの様な巨大な衝撃音と衝撃波が試験場内全体を(とどろ)き渡る。

 ガイアの一撃を喰らったヴォルベスの視界に映る光景が一瞬で目まぐるしく幾度も超速で変化する。殴り飛ばされ分厚い壁に叩き付けられるかの様に背中から激突、そして分厚い壁はその激突によって一瞬で広い面積が凹み砕かれた。

 一瞬。

 ガイアが動き出しヴォルベスが殴り飛ばされた迄の一連の流れは1秒すら満たない――――まるで過程を素っ飛ばしたかの様な、常人の洞察力では決して捉えられない速度だった。

 そしてその一連で生じたけたたましい音、衝撃波、一面の壁の破壊もほぼ同時に重なり起こったのだ。

 僅かな時、ほんの一瞬で大きく一変した光景に誰もが目を見開き、余りにも強烈な驚愕の光景を刻み込まれ絶句する。

 余りにも一瞬だった所為(せい)で誰もが僅かな時間を呆然と立ち尽くし、何が起こったのかを直ぐに理解する事は出来なかった。

「……! ヴォっ、ヴォルベスっ!!!」

 そして我に返る様に今起こった光景を視認、そして認識したグルエドは殴り飛ばされたヴォルベスへと視線を移し、安否の声を慌てて掛けた。

 グルエドの声に他の全員も視線を殴り飛ばされたヴォルベスへと移す。

「カハッ、カハッ、コハァ」

 ヴォルベスは生きていた。

 僅かに口から血を吐き、全身の至る箇所に負傷を負っていた。だが、圧倒的な一撃を真面(まとも)に喰らった割には重傷と迄には至ってはいなかった。

 ヴォルベスの命に別状は無い事に全員――――特にグルエドと堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)の3人――――は安堵(あんど)した。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 地面に片膝を付いたヴォルベスは肩で息をし、心の底から驚愕をしていた。

 油断は一切していなかった。

 視線も神獣(ガイア)から一切離していない。

 だが、捉えるどころか、反応する事も出来なかった。

 特殊技能(スキル)による常時身体強化の〈金剛の肌〉のみではあったが、その自慢の堅強な防御力を突き破られた一瞬の出来事と、全身に伴う今迄に無い激痛に対しヴォルベスは困惑気味に驚いていた。

 そして、驚愕を浮かべた顔を上げ、視線を神獣(ガイア)へと向け定めた。

「……!」

 ヴォルベスは視界に映した神獣(ガイア)の表情を見たその後、浮かべていた驚愕の色は別の色へと変化した。

 開いた口元は笑みを作り、心は溢れんばかりの歓喜で震え出す。

「おお……!」

 今も伴う激痛など忘れ、逆に全身の力が今迄に無い程に高揚する。

「遂に……見せて下さるか…!」

 燃え盛る闘志が更に勢いを増し、その炎は(きら)めき輝く。

 ヴォルベスは立ち上がり、歓喜に満ち溢れた言葉を叫び上げながら偉大なる存在へと高らかに送った。

「感謝を…!! 心の底から感謝を!!! 偉大なる神獣フォルガイアルス様!!!」

 闘志と歓喜が合わさった声が試験場内を響き渡る。

「俺の――――いや、私の望みを受け入れて下さる事、深き感謝を!!!」

 圧倒的歓喜から生じる圧倒的感謝。

 ヴォルベスはそんな想いを言葉にし、偉大なる存在に捧げる。



 ()の偉大な幼き神獣は、心の底から笑みを浮かべていた。



 その浮かべる笑みは、優しさや穏やかさといった穏和な感情から生じる笑みではない。

 ヴォルベスと同じ、闘志から生じた笑み――――。

 闘いを、圧倒的な強者との闘いに歓喜する笑みである。


 ガイアは心で理解した。


 自分の内に秘めていた本能が求めていると――――。

 闘いを――――。

 強者を――――。

 本能と共に内に抑え秘められた強大な力を解放するこの機会を――――。


 ガイアは――――心のままに感情を曝け出した。


(――――あぁ。力の限りに闘う事が、こんなにも楽しいものだったんだ!)


 燻り続け高熱を帯びた本能は遂に点火され、本能という名の闘志の炎は一気にガイアの心全体に広がった。

 そしてガイアの心はその本能の色に染まり、輝き煌めく情熱を灯した。

 そう。ガイアは生まれて初めて、己の心に秘めた眠りし本能――――闘争心を解き放ったのだ。

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