善者と悪漢の茶番試合17-5
模擬試合の一部始終を監視していた試験官は、驚きの表情を浮かべた儘だった。
試験官の彼が驚く理由は、ヴォンボ達がいとも容易く倒されたからではない。
謎めく生き物が原因である。
(……何て奴だ。5系統も魔法が使える上に、相手の魔法を利用するとは…。相当知能が高いぞ)
成人男性の半分程の背丈ではあるが、身体が岩石とは思えない恐ろしい速度に加え、ヴォンボの取巻き2人を其々デコピン一発で伸す身体能力、そして5系統もの魔法の行使。
5系統も使えるだけでも驚きな上に高い魔法行使の技術力、それは魔導師ではない試験官でも高精度であると判る程にだ。
(あれ? 試験官さん随分驚いてるみたいだけど、僕そこまで驚く程の大した魔法使ってないよ。……あ、魔法を使う事自体に驚いてるのか)
ガイアはそう頭の中で疑問を浮かべた後に自己完結に納得し、チラッと試験官の方に視線を向けた。
ガイアに視線を送られた試験官はハッと驚愕という疑問から我に返り、遣るべき仕事に戻った。
「しょ、勝負あり!! 勝者、…えーと」
「名はガイアじゃ」
そういえば、この生き物の名称は? と試験官が言葉を詰まらせた所に、観戦席場に居る賢者エルガルムが試験官に普段の呼び名を教えて上げた。
「あ、はい! 勝者、ガイア!!」
試験官は片手を高く上げ、勝者の名を口にすると共に試合終了を宣言した。
第2試合はガイアの圧勝と、ヴォンボ側は完敗という結果で幕を閉じた。
「良し来たあっ!! 漸く俺の番だ!!」
第2試合が終わった直後、ヴォルベスは待ち侘びたと言わんばかりに声を上げる。
「あはは、ヴォル気合入ってるぅ」
「当然だともミリスティよ! 久方振りの強者! しかも是迄に見聞した事の無い未知なる存在が相手! 滅多に訪れない機会なのだからな!」
暫く続いていた停滞という退屈感の発散と、最低S等級の精霊獣、若しくは聖獣らしき未知なる存在と闘える事に、ヴォルベスは胸を高鳴らせ刺激を求めていた。
「やっぱお前1人でやるのか?」
「無論だとも! ダンジョン内での戦闘なら兎も角、今回は試合形式による戦闘だ! 己を向上させるならば1対1、若しくは1対複数で試合に臨むとも!」
「おいおい、相手は魔法も使える最低S等級だぞ。…って、だからこそ挑むってか」
「くははは! 解ってるではないかリーダーよ! そうとも、だからこそ俺は強者に挑む!」
更に強く成る為には己と同等の力量、若しくは己よりも格上の存在に挑まなければならないと、ヴォルベスは常にそう考えている。それも幾度も挑まねばならぬと。
S等級に成って暫く以降から今迄、己よりも格上の様々な存在に遭遇する機会が無くなり、遭遇しても己の力量に近い格下の存在との戦闘機会しかなかった。
そんな停滞が暫く続いていた人生に突如、自身を遥かに超えた力量を秘めているであろう未知なる存在が現れた。更に幸運な事に、そんな未知なる強者と闘える機会をも訪れた。
そんな滅多に無い機会にヴォルベスが喜悦するのも無理も無い事である。
「では、行って来――――」
「ちょっ、ちょっと待てヴォルベス!」
ヴォルベスが観戦席場から下の闘技場へと飛び降りようとする直前、冒険者組合長は彼の進行を慌てて遮った。
「挑むってお前…それ本気で言ってるのか!!?」
「無論! ……というか、何故そうも慌て――――」
「わーっ!! 止せ止めろーっ!! これ以上手を出すなーっ!!」
「むぉっ!? 組合長殿!?」
「ちょっ、グルエドさん!?」
そんな慌てるグルエドの上げた声にヴォルベスとダムクは思わず驚きの声を出し、ミリスティとミュフィもそれに驚き目を丸くする。
「申し訳御座いませんエルガルム様!! これ以上無礼をさせない様、厳しく言い聴かせますので!!」
グルエドは急ぎ滑り込む様にエルガルムの前に移動し、畏れの色が多く含んだ誠心誠意の土下座をするのだった。
冒険者組合の責任者である彼の見た事無い様子に、ダムク達は心の底から驚き困惑した。
エルガルムの傍に座っているシャラナは困った笑みを浮かべ、彼の今の心境に同情するのだった。
「いやいや、其処までせんでも大丈夫じゃよ」
流石のエルガルムも少々困惑し、土下座する彼の心境を宥める。
「ガイアは儂等と同じ人の様に分別を持っとる。御主が恐れとる事は起こらんから安心せい」
「ほ……、ホントですか?」
「大丈夫じゃよ。ガイアは基本的に穏和な子じゃし、冒険者組合があの問題児に手を焼いている事も充分理解しておる」
賢者エルガルムの言葉にグルエドは頭を上げ、安堵の溜息を吐き、畏れで強張った表情は少し和らいだ。
「それにガイアの相手をして貰えるのは、此方としては寧ろ有り難い」
「え? 有り難いとは、それはいったい如何いう事ですか?」
「ああ、それはじゃな――――」
グルエドの疑問に対しエルガルムが答えようとしたその時、下の闘技場から騒ぎ声が響き出した。
その騒ぎ声の主はヴォンボであり、また何か問題を起こし出したのかとグルエドは内心苛立ち、疲れた様な表情を浮かべた。
「……ったく、今度は何を為出かしてるんだ彼奴は」
エルガルムとの会話を止む無く中断し、観戦席場の胸壁から下の闘技場の現状を知る為に見下ろした。
グルエドの視線の先で、試験官に捕まっているヴォンボが決してこの場を動くまいと抵抗しながら喚いていた。
「……ホントに最後まで面倒を起こしやがって…」
駄々を捏ねる悪餓鬼の様なヴォンボの恥辱的有り様に、グルエドは苛立ちを通り越し、呆れに呆れ果てるのだった。
「ホントに救いようが無ぇな」
ダムクもその光景を観て、僅かに苦笑する。
「大の大人なのにね~」
「ホント、ただの大きい子供」
ミリスティも苦笑し、ミュフィは蔑むかの様な表情を浮かべた。
「全くだ! 2度も敗北しておいて何と往生際の悪い! とっとと退いて俺に手番を回さんか!」
ヴォルベスはヴォンボの男らしくない無様な言動に不快感を声と顔に表す。
「……少し黙らせとくか」
そう言いながらヴォルベスは、喚きながら駄々を捏ねるヴォンボを殴って気絶させようと再び飛び降りようとする。
「待て待て、それは責任者の俺の仕事だ」
グルエドは再びヴォルベスの起こそうとする行動を止めた。
「今回の件は冒険者組合の信用に関わる事だからな。後の彼奴の処分は俺が――――」
「ねぇ、あれ早く止めた方が良いんじゃない?」
「ん?」
ミリスティの言葉にグルエドは視線を闘技場へと戻した。
短い遣り取りの間で、下の闘技場の状況に変化が起こり出していた。
「あ! あの馬鹿共! 何やってんだっ!」
グルエドは下の闘技場に居る彼等の状況にギョッと目を見開いた。
「今其処に居る相手はヤバい存在なんだぞ…!」
そして観戦席場の胸壁を慌てて乗り越え、そのまま下の闘技場へと飛び降りるのだった。
「ほれ、とっとと起きろ」
試験官は地面に倒れ伏し気絶しているヴォンボ達を起こそうとする。
「起ーきーろーやー」
試験官は気絶中のヴォンボ達の頬を遠慮無く引っ叩く。
ヴォンボ達は完全にぞんざいな扱いをされていた。
(わー…、敗者の扱い雑ぅ…)
そんな様子をある程度離れた位置からガイアは傍観ながら、是迄してきた態度や言動が今に至る悪い結果を必然的に生んだのだろうと呆れ思うのだった。
(まぁ、当然の扱いなんだろうけどね)
散々冒険者組合に迷惑を掛け続けた挙句、未遂とはいえ今回は貴族令嬢に対し人質や殺人を犯したのだ。そんな彼等に対する非難の視線と誹謗の言葉は正当化される。
模擬試合による戦闘後、気絶からぞんざいな起こし方をされても、誰もがその扱いをして当然の奴等だと思うだろう。
(あ、起きた)
頬を引っ叩き続かれたヴォンボ達は気絶から覚まし、頬が赤く染まった顔を動かし周囲を見渡す。
「良し、起きたな。じゃあ、とっとと行くぞ」
試験官はヴォンボの後ろ襟を掴み、無理矢理立たせる。
「へ…? え? 行くって何処にだ?」
気絶から目を覚ましたばかりのヴォンボは状況が理解出来ておらず、腑抜けた声で問い掛ける。
「収容所に決まってるだろ」
「は!!? ちょっ、ちょっと待てっ!! 何でっ、何でだ!!?」
「何でってお前…、負けたら即収容所行きって約束だろ」
「う、嘘だ!! 適当な事を抜かすな!!」
実際に完敗しても敗北事態を認めようとしないヴォンボに対し、試験官は内心で「もう好い加減に黙れ」と生じた苛立ちを少しばかり言葉に混ぜ込み問い詰めた。
「じゃあ何でお前達はさっきまで気ぃ失ってたか説明してみろ」
「えっ…。あー…、えっと、その……」
ヴォンボは適当な言い訳すら思い付かず、言葉を詰まらせる。
「まぁ、お前がどんなに下らない言い訳しようが、これが有るから無意味だけどな」
試験官は衣服の下の首元から小さな水晶が嵌め込まれた下げ飾りを取り出し、それをヴォンボに見せ付けた。
そう、試験官が隠す様に首に下げていた装身具は魔道具―――監視目の下げ飾りである。
「これに一部始終全て映し撮ってあるから。何方の試合もな」
「そ…、そんな……」
「もう文句は言うなよ。2度も機会を与えて貰ったんだからな」
試験官はそう告げた後、再びヴォンボを起こした時と同様に後ろ襟を鷲掴む。
「ほれ、とっとと収容所に行くぞ」
「い、嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だあぁぁ!!」
試験官がヴォンボを無理矢理にでも引き摺って収容所に連行しようとするが、それに対しヴォンボは叫びながら必死に抵抗をし、その場から動こうとしなかった。
(えー……。好い年してみっともない…)
その様子はまさに、駄々を捏ねる子供であった。
ガイアはそんな様子を視界に映し、只々彼の我儘に呆れるのだった。
「2度も負けといて嫌だじゃねぇよ! 負けは負けなんだよ! もうお前の我儘な言い分は聴かないからな! 賢者様からの約束は守って貰うぞ!」
「私は負けてない!! 負ける事など有り得ないんだ!!」
「負けてるっつってんだろうが!! 有り得ないじゃなくてもう有り得てるんだよ!! 現実を見ろ、この馬鹿っ!!」
(……ホント、如何すりゃ良いんだか…)
聞分けが全く無い子供を正論で怒鳴り叱り付ける親みたいな様子を見聞きするガイアは、彼奴はいったい如何やって諭せば不都合な現実を受け入れるのだろうかと少しばかり思考した。
が、もう彼とは今後遭う事は無いだろうとガイアは如何でも良く思い、思考した事を頭の中からあっさりと投げ捨てた。
「おい!! この糞魔獣!!」
(んあ?)
不意にヴォンボから飛んで来た元貴族とは思えない汚い言葉遣いの怒鳴り声に、ガイアは「今度は何だ」と相手にするのも面倒臭いと思いつつ、一応聞く耳を傾けた。
「お前の所為だぞ!! 下等な魔獣の癖に魔法何ぞ使ってんじゃねぇぞ!! しかも何だよあの速さ!! 岩なら岩らしく鈍間に動けよ!! この卑怯者が!!」
(えぇ~……。んな事知るかよ…)
卑怯も何も、只単に動き回り、魔法を使っただけだ。そして其処に手加減を付け加えているので卑怯要素は無い。にも関わらず、ヴォンボから卑怯呼ばわりされたガイアは呆れ返るのだった。
そんな救いようの無い馬鹿に対し、ガイアは呆れ果てた視線を送る。
「おい!! その目は何だ!!? その目を私に向けるな、この下等な魔獣風情が!!」
そんなガイアから送られる視線にヴォンボは苛立ちに駆られ出す。
「おいお前等! 何ぼさっとしてる、早く私を助けろ! 収容所に送られたくないだろ!」
ヴォンボは収容所行きから逃れようと取巻き2人に命令を下し、助けを求めた。
命令された取巻き2人は其々武器と拳を構え、ヴォンボを掴み捕まえている試験官を襲おうと躙り寄る。
「ちょっ、此奴…! 収容所行きだけで済まなくなるぞ! 解ってるのか!」
「煩い黙れ!! 平民風情がこの私に楯突くからだ!! 今直ぐに私を解放すれば特別に許してやる!」
「知るか、この犯罪者!!! この以上面倒事を起こすな!!! もうお前等の相手はしたくねぇんだよ!!!」
「いぎゃあ!!」
試験官は燻っていた苛立ちが一気に燃え上がり、ブチギレたと同時にヴォンボを力の限りに打ん殴った。
「お前等もだ!! 逃亡するなら今よりも罪が重く為る上、他国にもお前等の指名手配を撒く事になるからな!!」
試験官は躙り寄って来る取巻き2人に向かって、脅しの言葉を言い放ち威圧した。
試験官から怒鳴り告げられた脅しに取巻き2人はたじろぎ、躙り寄りの歩を止めた。しかし、僅か2秒程経過後に再び躙り寄り始め出した。
彼等2人もヴォンボ同様、頭の中の殆どが己の保身という欲深さで占めた者である。このまま素直に収容所へ行けば自由は完全に失い、残り全ての人生は何の彩りの無い無色か真っ黒な未来だけと成ってしまう。
そんな何も無い人生に成ってしまうくらいなら、汚名や罪という汚泥を心身に被ってでも欲を掴める人生を選択する。
彼等はそういう愚者なのだ。
武器と拳を構えじりじりと距離を詰めて来る取巻き2人に対し、試験官は動じず、ヴォンボを放さずに強気の目で見据える。
互いの距離が徐々に縮まり、取巻き2人が暴挙を開始するラインを踏もうと――――。
「ンンン」(コラ)
そんな状況の中、不意にガイアが悠々と割り込み、取巻き2人の進行を遮った。
(未だやる気なら僕が相手するぞ)
ガイアはジト目で取巻き2人を見据え、デコピンを構える。
そのデコピンの構えに、取巻き2人は無意識に1歩後退してしまう。
彼等の無意識による後退は、ガイアのデコピンの威力に対する恐怖から来るものである。何より、実際にその身を以て岩石の指から繰り出された強烈なデコピンを喰らったのだから、有り得ない威力という意味で恐怖して当然である。
(お、流石に大人しく――――)
ガイアは視界に映る取巻き2人が1歩後退し、恐怖で動きが硬直したかと思った。
しかし、取巻き2人は再び躙り寄り出した。
(――――しないのかい…。にしてはその表情は何だよ)
大剣を構え、拳を構え躙り寄って来る2人の表情を見たガイアは訝しく思った。
2人の顔には恐怖が張り付いており、反抗する意思が有るにしては感情と相反している。
彼等2人のその歩みは、まるで自ら断頭台へと進む死刑囚かの様だった。
(解ってるなら止めりゃ良いのに…)
絶対に勝てないと解り切った上で愚行を犯すか、これ以上足掻いても無駄だと大人しく諦めるか、2つの選択肢は自由に選べる。それなのに彼等2人は更に罪を重くする前者を恐怖しながら選択した事に、ガイアは呆れるのだった。
(仕方ない…、もう一発入れてもう一回気絶して貰うか)
取巻き2人がその気なら、此方はそれに対して迎撃する迄だと、ガイアはその場で彼等2人が近寄り攻撃して来るまで待つ事にした。
そして取巻き2人がガイアに攻撃が届く距離まで縮まる。
如何せ彼等から危害を加えられても、非常に高い防御力を有するガイアには一切の痛痒は無い。ガイアは余裕かつ暢気に待ち構えるのだった。
(さてと、もう一回伸すと――――)
その時、観戦席場からとある人物飛び降りて来た。
(うおっ?! ど、何方様!? ていうかあんな高い所から飛び降りて大丈夫なの!?)
突如の事に、ガイアは現れた人物を視界に映しギョッと驚いた。
ガイアに限らず、試験官やヴォンボ達も同様に驚愕するのだった。
「組合長!」
(えっ!? ギルドマスター!?)
ガイアは突如現れた人物の正体を知り、更に驚くのだった。
「来て下さり助かりました! 此奴等、次から次へと面倒事起こすんですよ!」
冒険者組合で一番の地位を有し、この現状を収集出来る権威を持つ責任者が来てくれた事に、試験官は心の底から安堵と喜悦が沸き起こるのだった。
「ギ…、組合長……!」
冒険者組合長の登場にヴォンボは顔を青く染め、逃げ出そうと暴れ喚き立てる事を止めた。冒険者組合長相手に傲慢無礼な言動は、流石の彼でもそんな愚行をする蛮勇は持っていなかった。
飛び降りて来た冒険者組合長グルエドは、ガイアの方へと近寄った。
(ぼ…、僕に何か御用で――――)
目の前に来た冒険者組合長にガイアは困惑するのだった。
その直後、目の前の冒険者組合長がいきなり土下座をし出す。
頭を力の限りに地に打ち付ける様に付けた後に、誠心誠意が込められた謝罪を口にし出した。
「この度はテウナク冒険者組合の冒険者が無礼を働き、誠に申し訳御座いませんでした!!! 神獣フォルガイアルス様!!!」
冒険者組合長のグルエドが謝罪と共に口にしたガイアの正体に、エルガルム達を除く試験場内に居る全ての者は余りの驚愕の事実に静まり返るのだった。
「今……グルエドさん何つったんだ…」
ダムクはぽつりと呟く様に周囲の誰かに問いを投げた。
「あ……あの、エルガルム様」
その後に続き直ぐに問い掛けるに相応しい人物が居る事を思い出し、ダムクは顔をエルガルムの方へと向けた。
「ん? 何じゃ?」
「今、グルエドさんが言った事…、神獣って……」
「本当じゃ。ガイアは神獣じゃよ」
和やかな表情のエルガルムにそう言われ、ダムクは絶句するのだった。
「えっ? えっ!? え~っ!? 嘘ぉ!! 神獣様!!?」
ミリスティは目を大きく見開き、愕然の事実に空いてしまった口を両手で隠す様に塞ぐ。
ミュフィに至ってはそんな弩級の事実を受け入れ切れず、中々見せない動揺した表情を浮かべていた。
もしガイアの正体が精霊獣か聖獣なら、驚愕しても未だ受け入れられた。
しかし、神獣という神話や御伽噺の架空的存在が現実に現れ、その大いなる存在の正体を知り、実際に目にすれば誰もが愕然とし動揺するのは必然というものだ。
そんな中、たった1人は僅かに肩を震わせる者が居た。
「神獣……だと……!!」
ヴォルベスは目が零れんばかりに見開き、ガイアの凝視していた。
そして彼の口元は無意識に笑みを作っていた。その笑みは、大きく揺り動かされた闘争心から来るものだ。
しかし、ヴォルベスも一党仲間と同様に、内心は完全にその事実を受け入れ切れていないという疑心部分も在った。だが、そんな疑心は大きく揺り動く闘争心の前ではちっぽけなものであり、それはあっという間に吹き飛ぶのだった。
ヴォルベスにとって重要なのは、神獣と呼ばれる存在が、神獣と呼ばれるに相応しい強さを秘めているかである。
そして望む事はたった1つ――――。
――――彼の者に挑みたい、と。
彼はそう心の底から強く願い、高揚するのだった。
(えっ、ちょっ、ちょっと? え?)
一方で、突然現れた後に土下座と共に謝罪され、ガイアは吃驚していた。
「この馬鹿共には、冒険者組合の責任者である私が相応の処分を致しますので!!! 如何か御怒り為さらないで下さい!!!」
(え、いやいや怒ってないし怒らないよ? というか頭メッチャ地面に減り込んでますけど大丈夫ですか!?)
冒険者組合長から嘆願と言うべき謝罪に対し、ガイアは如何対応すれば良いのやらと困惑するだった。
「しっ、神獣様……!!?」
試験官はぼそりと呟くが、内心には大きな驚愕を生じていた。
「………は? 何を言ってるんだ??」
そんな中、ヴォンボだけは耳にした驚愕する事実を理解も受け入れも出来ていなかった。
「神獣だと?? その下等な魔獣が??」
更にヴォンボがそう言った瞬間――――
「神獣様に向かって何つう口利いてんだ、この大馬鹿野郎!!!」
冒険者組合長の強烈な拳骨がヴォンボの頭を直撃するのだった。
「ほぶぁ?!!」
殴られたヴォンボは勢い良く頭を地面へと無理矢理叩き付けられ、同時にけたたましい音を響かせながら顔面を思いっ切り減り込まされるのだった。
(ちょっ、ええええーっ!!!)
そんな突如起こった光景にガイアは目を丸くし驚愕する。
しかし、それだけに留まらず――――
「お前等も何時まで神獣様に武器と拳を向けてやがる!!! とっとと下ろせやぁ!!!」
「ゴヘェ!!」
「ぐへぇ!!」
冒険者組合長は続け様にヴォンボの取巻き2人も容赦無く頭を打ん殴り、ヴォンボ同様に顔面を地面に減り込ませるのだった。
(えーっ!!! ちょっと、これ大丈夫なの!!? さっき殴った時も何か痛々しい音鳴ったけど、生きてるよね!!? 頭蓋骨砕けてないよね!!?)
顔面を地面に減り込まされたヴォンボ達と彼等3人を地面に減り込ませた冒険者組合長を、ガイアは驚愕と不安が混じった顔で幾度も交互に見た。
(あのー……、これ大丈夫ですかぁ…?)
その後に試験官に顔を向け、顔を地面に減り込んだ3人を指差しながら安否を目で尋ねる。
「あ…、ああ、大丈……、御心配に及びません。組合長はちゃんと手加減していますから、気絶程度で済んでいます」
(そ…、そうなんだ…。あれで手加減してたんだ。……ん? 何故急に敬語?)
3人は気絶させられただけだと試験官に聴かされたガイアはホッと胸を撫で下ろすが、試験官の口調が敬語へと変化した事に違和感を感じ取り、頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「本っ当に申し訳御座いませんでした!! 冒険者組合長として教育が至らなかった私の責任です!! 先程の無礼な発言も含め、この馬鹿共には是迄の素行不良に相応の処罰を必ず下しますので!! 如何か、我が冒険者組合に御慈悲を!!」
3人を打ん殴った冒険者組合長はその後に直ぐにガイアの前に戻り、再び土下座をし直すと共に誠心誠意の謝罪を告げ、慈悲の嘆願を乞うのだった。そして試験官も慌てて彼の隣に並び、共に土下座するのだった。
(いや、あの、大丈夫ですから。事情は大体判りますから頭上げて下さい。小父さんは全然悪くないですから)
再び土下座と謝罪と嘆願をする冒険者組合長にガイアはたじろぎ困惑する。
そして更に、そんな状況に追い打ちが発生した。
「組合長殿!!!」
上の観戦席場からその声が響き渡った後、その声の主が颯爽と飛び降りて来た。
(うおっ!! 今度は狼さんが飛び降りて来た!)
闘技場へと飛び降り現れた人物――――ヴォルベスの登場にガイアは驚く。
「先の言葉、其処に御在す者が神獣であるというのは真の事か!!!?」
飛び降りて来たヴォルベスは非常に嬉しそうな様子で冒険者組合長に問い掛けながら近付いて行く。
「本当だ、ヴォルベス。今我々の前に御在すのは大地の化神――――神獣フォルガイアルス様だ」
「おお…!! して、組合長殿は何時から彼の者の存在を知っていたのだ!?」
ヴォルベスは歓喜の声を上げ、更に質問を続けた。
「これは公表されて未だ間も無い事実だ。この都市に限らず、他所の各国も知らない情報だ。だからお前達が知らなくて当然だ」
その質問にグルエドは答え、頭を上げると同時に顔をヴォルベスの方へと向け更に事実を語り告げる。
「そしてその事実を公表したのは、今回冒険者組合に来て下さった賢者エルガルム様だ」
その事実にヴォルベスに限らず、他の一党仲間も非常に納得する。
彼の偉大な魔導師の言葉なら、視界に映る存在がそうであると信じられる。
だが、グルエドの口から更に語られる事実によって、その事実が信用を超えた絶対なる事実となる。
「そしてもう1人、神獣フォルガイアルス様を真の神獣だと、王都アラムディストで王都都民の前で大々的に公表した人物は――――教皇ソフィア・ファルン・シェルミナス様だ」
この世で存在する最高位聖職者の名を聴いたヴォルベスは全身に驚愕という衝撃が奔り、己の意思とは無関係に全身の灰色の毛が立つのだった。
「神々を信仰する聖職者の頂点であるソフィア教皇が彼の者を神獣であると公言したんだ。この意味が如何いう事か、解るだろう?」
神々を信仰する聖職者は神と思しき存在を神、若しくは神と等しきだと、たとえ本物であろうとその存在をそうだと軽々しく口にしてはならない。不用意にそれを口にする事は、神の存在と名を利用する罪深き行為に値するからである。特に聖職者の最高位――――教皇という立場の者は、安易にその事を口にしてはならないのだ。
「おい、それはマジかよ?!! あの教皇様がか!!」
グルエドの語る内容にダムクは観戦席場の胸壁から上半身を乗り出し、問い掛ける様に驚愕の声を上げた。
ダムクが驚愕した理由、それはソフィア教皇が神獣の存在を公言したという事実である。
そう。聖職者の最高位に坐するソフィア教皇の場合は例外なのだ。
ソフィア教皇は只単に聖職者として優れているだけで、教皇という地位に就いているのではない。彼女は神聖な高次元の存在を感じ取る事の出来る特別な力を有する聖職者だからこそ、教皇の地位に坐する事が認められている。それは世界各国にも知れ渡っている事実だ。
そんな彼女が王都アラムディストの全都民の前でガイアは神獣と呼ばれる神聖な存在だと公表した言葉は、虚偽や欺瞞、空言ではない絶対不変の真実の言葉と成るのだ。
つまり、ガイアの存在をソフィア教皇自らが、全ての宗教の代表として公認したという事だ。
そして同時にそれは、全ての政治に対し先手を打ったのだ。
――――神獣を邪な者達から護る為に。
「本当だ。だから今此処に御在す神獣様に欲を掻いて手ぇ出すなよ。神獣様を利用しようとして、天罰喰らって底辺よりも更に下まで零落れた貴族が実際に出たからな」
「えっ!? そんな事もあったのかよ! それで、神獣様を利用としたその貴族って何処の何奴だ!?」
「おお、その貴族はデベルンス家の事じゃよ」
グルエドの代わりにエルガルムが答えを告げ、ダムク達は驚いた。
「デベルンス家って、あのラウツファンディル王国で有名な悪徳貴族か!」
「知ってるー! あの金の亡者一家でしょ!」
「……あっ! そういえば」
ミュフィは大きな猫耳をピンと立て、是迄に仕入れた幾多の情報の中から最近仕入れたある新しい情報を思い出す。
「デベルンス家が不当不正で集めた莫大な財産が一晩で全て失ったって噂を聞いた。強固な巨大金庫も分厚い金属扉が無理矢理外し壊された。しかも何本も掛けられた金属製の巨大閂ごと。その後は金庫の中身全部無くなったらしい」
「えっ!!? 何だそれ、財産全部一晩で失うって呪いかよ!!」
「それ、絶対祟りだよぉ…! 神獣様を利用しようとしたからぁ…!」
ミュフィが口にした初めて聴く情報に、ダムクとミリスティはその怪奇的な噂に恐怖を抱き驚愕するのだった。
「ああ、それね、ガイアが全部喰ったのよ」
ミュフィが口にした情報に対し、ベレトリクスはクスクスと思い出し笑いをしながら彼等に補足を伝えた。
「あれは本当に愉快だったわ。彼奴等の屋敷中の金銀財宝類が情け容赦無く喰らい尽くすされるあの光景は。特に彼奴等のあの表情は傑作だったわ」
「喰った!? えっ!? いやいやいやいやっ、金銀財宝は食い物じゃないですよ?!」
「ガイアはね、鉱物類を食べれるのよ」
それを聴いたダムクは思わず息を吹き出す。
そのガイアに関する詳細の一部を聴いたミュフィは、デベルンス家の財産がどの様にして無くなったのかを察した。
「…! じゃぁ、デベルンス家の財産全て失った原因って、神獣様自ら下した天罰」
「正解。ダダボランの奴は国王の座を奪い取る為にガイアを利用するつもりだったけど、わざと彼奴等の屋敷に誘導された振りして入り込んだガイアはそれを知って、屋敷中の高額金品を喰い荒らし回ったって訳よ」
ベレトリクスはデベルンス家に降り掛かった天罰の詳細を楽し気に語った。
その内容、デベルンス家が自ら天罰を招いたという間抜けな事実にダムクは笑い出した。
「マジかよ、ダハハハハハ!! そりゃあ好い気味だな! その天罰喰らう其奴等の様子を観てみたかったなぁ!」
「その様子を隠し撮りした一部始終の記録映像有るわよ。後で観るぅ?」
「マジですか! そんな貴重な記録映像観ない訳にはいかないですよ!」
「わぁ! 神獣様が記録された貴重映像、私も観たーい!」
ダムクとミリスティはその貴重な記録映像の観たさに食い付く。
「あの、もう1つの噂、デベルンス一家が国王に反逆行為をした記録映像、有りますか?」
そしてその記録映像を聴いたミュフィは、自身で仕入れた情報の確認をしようとベレトリクスに尋ねる。
「えぇ、彼奴等の反逆行為も撮ったけど、その記録映像は魔導師団長のフォビロドが保管してるから今は持って無いわ」
「じゃぁ、一家共々地下牢へ幽閉されたのも事実」
「事実よ。それも後で教えて上げる」
ベレトリクスは僅かに口元をにんまりとした表情で、ミュフィの仕入れた情報は正しい事を楽し気な口調で告げた。
「流石ミュフィだな、既に情報を収集してたか」
下の闘技場に居る冒険者組合長がミュフィに対し感心の声を掛ける。
「でも、神獣様の事までは知らなかった。凄い吃驚」
「俺も吃驚転いたさ。まさか本物の神獣様が実在してるなんてな。しかも王都に現れるなんて、前代未聞を通り越してるからな」
(あー……。そりゃー…、そうですよねぇ…)
冒険者組合長のグルエドが言ってる事にガイアは内心納得する。
神獣は俗世から見れば神話や御伽噺といった、謂わば架空上の存在だ。それが実在し、その姿を視界に映せば誰もが驚愕して当然だ。しかも、その存在が人の俗世に突如と現れれば、余計に驚愕するものだ。
ガイアは元人間だった為、もし自分も同じ人間なら彼等と同様に驚愕するだろうと共感出来るのだった。
(というか…、僕って公表されてたんだ。道理で王都の人達が怖がる様子が無くなった訳だ。魔導学院潰した後にシャラナ達と一緒に帰る時も、観て回ってた街中の人達怖がってなかったし)
自身について知らぬ内に公表されていた事を今知ったガイアは驚く事は無く、「そんな事があったんだー」と軽く受け止める程度の暢気な気持ちだった。
そして視点を冒険者組合長へと固定する。
(なるほどねぇ。この人が僕の事を神獣だって知ってたのもそういう事だったのか。話を聴く限り、ラウツファンディル王国以外の各国には未だ知れ渡っていないみたいだけど)
聴いた話の中身を解り易く少し整理しながら、ガイアは冒険者組合長の身形や体格を観察し出す。
(あの狼さんと迄じゃないけど、体格大きいなぁ。服の上からでも筋肉凄いの判るし。うん、絶対に戦士職の人だよね)
そして彼はどの様な戦士職を修めているのだろうかと、ガイアは考察する。
「という訳で、お前達も神獣様には絶対に無礼は働くなよ。少しでもブチ切れた神獣様は誰の手にも負えないと噂も在るからな」
(え~…、それ何処情報なの~…)
いったい何処で誰がそんな噂を流したのか、というより自分は何時ブチ切れたっけと、ガイアは過去の出来事を思い返し、思い当たりそうな節を探る。
「無論だとも! 神に等しき彼の者を前に、天に唾吐く様な愚行愚挙はせん!」
ヴォルベスは金剛の如く堅い意志が宿った声で誓いを発する。
「そして、神獣様に御願いが御座います!!!」
(ぬおっ!? な、何でしょうか!?)
そしてその後にヴォルベスは、グルエドと張り合う様な力強く誠心誠意を示す土下座をし、急に眼前で土下座をし出したヴォルベスに対しガイアはギョッと驚くのだった。
「如何か、愚身なる私との手合わせを懇願致します!!!」
彼の土下座はグルエドの畏怖と謝罪を示した意とは違い、言葉・声量・佇まいから表す意は畏敬。そして、更なる高みを目指す純粋な向上心である。
「おまっ?!! 言った傍からいきなり何言い出してんだーっ!!!」
グルエドは再び驚き慌て出し、ヴォルベスを止めようとする。
「神獣様を打ん殴る気か!!? んな事して神獣様に万が一の事があったら如何するんだ!!」
「それは重々理解し承知している! 神罰をもこの身に受ける覚悟の上!!」
「いや止めて!! その神罰で此方も巻き添え喰う可能性有るから!! 下手したらこの都市が滅ぶかも知れないから!!」
(いやいやいや…、神罰下しませんし、都市も滅ぼしませんから…)
ガイアは何とも言えない困惑感を抱きながら、2人の遣り取りを目の前で傍観する。
別に手合わせをしても構わないとガイアは思っている。しかし、彼等2人――――特にグルエドは神獣と手合わせする行為は如何に畏ろしい愚行であるかと重く捉えていた。
(ん~……。如何しよう、この状況…)
ガイアは顔を上に向け、観戦席場に居るエルガルムに困った視線を向けた。
その視線からガイアが現状に困り、助け舟が欲しいと目で訴えている事に直ぐ理解したエルガルムは2人に声を掛けた。
「さっきも言うたじゃろう、大丈夫じゃて。それに手合わせしても構わんよ」
賢者エルガルムからそう言われたグルエドは驚愕し、ヴォルベスは感激に満ちた笑みを浮かべた。
「ほっ、本当に宜しいのですか…!!? 手合わせと言っても、神獣様に対し攻撃する事は冒涜行為に…!!」
「其処に居る人狼族の若者がそんな邪で外道な心を持っていない事ぐらい観れば判る。手合わせで損傷を負う事などガイアも重々理解しとる。手合わせで負傷したくらいで神罰なんぞ下さんよ。のう、ガイア」
(しないしない)
ガイアは冒険者組合長に対しコクリと頷き、エルガルムの言った通りだと肯定の示す。
「手合わせに関しては此方からも頼みたかった所じゃ。ガイアは儂やベレトリクスをも超える力を秘めとるが、未だ神獣としての本来の力が覚醒しとらん生後2,3ヶ月程の赤子なのじゃよ」
「あ、赤子…!!?」
ガイアが生後2,3ヶ月程の赤子である新事実に、グルエドとダムク達は予想外と言わんばかりの驚愕をした。
「魔法に関しては儂やベレトリクスが教授し訓練させたが、近接戦闘での訓練は一切しとらん。というよりも、させられなかったんじゃ。未だ赤子とはいえ、身体能力が高過ぎるが故に安易に近接戦闘の訓練をさせる事が出来んかったのじゃよ。現時点でのガイアの近接戦闘力と同等な力量を有した者が居らんかったしの。セルキシアが相手でも苦戦必須になる事間違い無いじゃろうし」
「な…?! あの〝銀雷の女騎士〟ですら…!?」
グルエドはエルガルムの言葉に息を呑む。
〝銀雷の女騎士〟と呼ばれるラウツファンディル王国最強の騎士――――セルキシア・ケイナ・サイフォンの実力は知っている。彼女が冒険者であるならば与えられる等級はS等級である事は絶対であり、そして此処テウナク冒険者組合に居る自身を含んだ数少ないS等級冒険者達の誰よりも格上である。
そんな力量を有する彼女でも、此処に居る神獣を相手取る事は苦戦必須だという事には驚愕してしまう。
だが同時に、エルガルムの口にしたその内容に納得も出来てしまうのだった。
「とはいえ、実戦の――――主に近接戦闘の経験は余りにも少ない。其処でS等級冒険者にガイアの相手を頼もうとさっき考えてな。改めて言うが、如何じゃ若いの、ガイアと手合わせして貰えるかの?」
「無論ですとも、賢者様!!! 此方も願っても無い事!!! 是非とも神獣様との手合わせ、このヴォルベス・ディバーヌに遣らせて頂きたく願います!!!」
エルガルムから改めての申し出に対し、ヴォルベスは張りのある声で快く承諾の意を伝えた。
「ホッホッホッホッ、実に頼もしいのう。儂等年寄りが相手じゃと身体が堪えそうでのう」
「だーれが年寄りですってぇ? その儂等にあたしも入ってるのかしらぁ? んん?」
「あだだだだだ! 悪かった! 儂が悪かったから髭を引っ張らんでくれ!」
禁句を耳にしたベレトリクスは笑みを浮かべると同時に悍ましいオーラを漂わせ出し、再びエルガルムの整った白髭を強めに引っ張るのだった。
「ま、まぁそういう事じゃ。ガイアよ、良いかの?」
(うん、良いけど…。お爺ちゃん大丈夫? 特に髭の方)
ガイアは髭を引っ張られてるエルガルムの様子に何とも言えない困惑を生じながらも頷き、今も土下座した儘の人狼族の冒険者と手合わせする事を了承した。
「うむ、良いらしいぞ」
「おお…!!! 感激の極み!!! 誠に有り難や…!!!」
ヴォルベスは上げていた頭を深く下げ、ガイアに誠心誠意の感謝を言葉と共に示した。
「では、審判はこの私グルエドが務めさせて頂きます」
グルエドはそう言った後に立ち上がり、試験官に指示を出した。
「言った通り、審判役は俺が引き継ぐ。お前は収容所に連絡を取り、その馬鹿共を引き取らせろ。雑に引き摺って構わないから其奴等を連れて直ぐに此処から退出してくれ」
「りょっ、了解しました!」
試験官は冒険者組合長の指示に従い、顔面を地面に減り込まされたヴォンボ達を引っこ抜き、そのまま3人纏めて引き摺りながら急ぎ試験場から出て行くのだった。
こうして冒険者組合の迷惑者、ヴォンボとその取巻き2人は少しして直ぐに収容所の者達に連れて行かれた。
その後の余談だが、ヴォンボ達は是迄に冒険者組合での悪烈な迷惑行為と侯爵令嬢に対する人質と殺人の2つの未遂による罪により、懲役刑が下される事が決定した。
死刑は免れた事に彼等は安堵したが、懲役期間は50年だと下され、先の視えた未来に絶望した。
そして懲役刑を終えた頃には老いに老い、残り短い惨めな余生を彼等は悔やみながら生きる事となるのだった。




