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善者と悪漢の茶番試合17-3

 シャラナを押し上げる様に上空に飛ばし、無事に彼女が観戦席場へと着地したと確信したガイアは闘技場の中央へと歩み出し、試験官の元へのそりのそりと近寄った。

 間近に歩み寄られた試験官は身体を硬直させ、丸くした目で謎の存在を凝視する。

「ンンンンンン」(どうも、ガイアでーす)

「うおっ!」

 ガイアの発するキーンと優しい音響が混じる鼻の掛かった様な声に、試験官は不意でも突かれたかの様に少し吃驚(ビックリ)するのだった。

「えっと…、じゃぁ今から試合を始めるから、彼処(あそこ)の定位置に着いてくれ」

 試験官は目の前に()謎の存在(ガイア)に言葉が通じるか如何(どう)か不安を抱きながらも、何とか伝わる様に所定の位置に指を指し示したりし、解り易く説明をした。

「わ…、解る?」

 ニコッと笑みを浮かべるも、内心は戸惑い気味だった。

 伝わったのだろうか?

 彼はそう自信無く思う。

「ンンンー」(解ったー)

 そんな試験官にガイアは返事を発しながら頷き、理解したという意を示した。

 その後にガイアは試験管が指し示した所定の位置へと向かい出し、のそりのそりと歩いて行った。

「おお…、ちゃんと言葉が解るのか」

 試験管は感心という驚きが(しょう)じた。

 あの謎の生き物の発する声の意味は当然解らないが、此方(こちら)の説明に対し頷くという反応が、伝えた内容を理解したという事が確信出来た。頷くという誰が見ても非常に解り易い意思表示を示した後、ちゃんと指し示した場所へと向かって行く行動が何よりの証拠だ。

随分(ずいぶん)と大人しい生き物だなぁ…。いったい何の魔獣種だ? いや、妖精獣? まさか精霊獣の類か?」

 その奇妙にして神秘的な姿の生き物を観て、魔獣なのか、妖精獣なのか、精霊獣なのか、いったい何に属する生き物なのだろうかと思考を巡らし予想を出そうとしたが、それは後回しにしようと頭を切り替え戻した。

 試験管は視線をヴォンボ達へと向けた。

「ほれ、お前等も突っ立ってないで早く位置に着け」

 (いま)だ突っ立ったまま目を丸くし、謎の存在(ガイア)を凝視しているヴォンボ達に声を掛ける。

「ほら見ろ、あの動像(ゴーレム)みたいな生き物は素直に人の言う事聞いてるんだぞ。ちょっとは見習ったら如何だ」

「な…! 私があの下等な魔獣を見習えだと!?」

「そうだよ。聞く耳持たないお前なんかより、少なくとも彼方(あっち)の方がずっと御利口(おりこう)だよ」

「貴様――――」

「何だ、散々冒険者組合(うち)に迷惑掛けたお前が利口だと言える立場なのか?」

 試験管の言葉に流石のヴォンボは反論出来ず、言い返せない悔しさで顔を歪ませた。

「これ以上言われたくないならとっとと所定の位置に着け。彼方はもう定位置に着いて待ってるぞ」

 試験管は(あご)をクイッと動かし、あの謎の存在を見ろと(うなが)す。そしてシッシッと追い払うかの様に片手を前に振り、ヴォンボ達にさっさと位置に着けと促した。

 ヴォンボは取巻き2人と共に、苛立ちを(くすぶ)らせながら所定の位置へと向かった。


 両者が定位置に着き、第2試合へ移行しようとしていた。

「えー、ではこれより、第2試合を始めます」

 中央に立つ試験官はガイアの方へと視線を向けた。

 視界に映った不思議な生き物(ガイア)は「何時(いつ)でも行ける」と試験官に頷き伝える。

(ホントに言葉を理解してるんだな。相当知能が高いな)

 試験官は不思議な生き物の知能に感心した。いったい何の種なのかは定かでは無いが、人の言葉を理解するだけでなく、その言葉に従い自ら行動するのはそうそう居ないと。

(それに比べ……)

 次に視線を利口な生き物から迷惑者へと移し替える。

此奴(こいつ)はある意味、魔物より面倒臭(めんどくさ)い奴だからなぁ)

 ヴォンボは(ただ)の人間だが、その傲慢(ごうまん)無礼な言動への対応は魔物討伐よりも非常に面倒な相手だ。襲い掛かって来る魔物なら倒して直ぐ解決するが、ヴォンボの場合は人間社会に属する(ゆえ)に対応が難しい。特に人間性的に問題を持っている為、余計に対応し難い。

 そんな思いをしてきた冒険者組合(ギルド)職員達は、事故でも何でも良いから魔物に殺されてくれないだろうかと、今も小さな黒い苛立ちをずっと燻らせていた。

 しかし、そんな芽吹いた悩みの種は今日で漸く摘み取る事が出来る。

 彼等という厄介者と関わるのはこれっきりだと試験官は内心喜び、その後の未来に安堵(あんど)するのだった。

「それでは、第2試合――――」

 そして今は、(おのれ)のすべき職務を(まっと)うしようと片手を上げた。

「――――始め!!」

 上げた手を勢い良く下ろし、第2戦の開始を宣言した。

 開戦の宣言と共にヴォンボ達は武器を構え戦闘態勢を取り、先程の試合での考え無しの突撃をせず、相手の出方を(うかが)う。

「………んん?」

 しかし、少し(しばら)く時間が経過するも、お互い膠着(こうちゃく)状態が続いた。

 ヴォンボ達はその場を動かぬ(まま)、内心に疑問を生じ、疑問の表情を浮かべるのだった。

 その疑問の原因は彼等の視線の先に居る謎の存在――――ガイアである。

「……向かって来ない?」

 動く気配が全く無い。

 何かを仕掛けようとする素振りもしない。

 ヴォンボは視線の先に居る存在――――魔獣と勝手に思い込んでいる――――を(いぶか)しげに観察する。

 何故(なぜ)、あの魔獣は本能のままに襲って来ない?

 大抵の魔物は人間相手に容赦無く喰い殺しに来る筈だ、そうヴォンボは疑問を浮かべる。

 知識としては間違ってはいないが、この世に存在する魔物は必ずそうだと極端な見解を持つヴォンボにとって、それは大きな疑問だった。


(うーん…、如何(どう)するかな…)

 一方のガイアは開戦したのにも関わらず、戦闘態勢を取ろうともせず、暢気(のんき)にある事を考えていた。

 それは手加減前提で如何やって闘うか、現在(いま)の自分の会得し有するどの力を確かめようか等、模擬試合での勝敗ではなく、これから先の事を考え、色々試して把握しておこうとガイアは思考していた。

(魔法は散々訓練したから近接戦闘が中心(メイン)かなぁ。此方(こっち)から先手を打っても良いけど、相手からの直接攻撃に反応出来るか自身無いしなぁ。……少しの間は回避の練習でもしてみるかな)

 相手(ヴォンボ)側の力量は先程の試合で大体は把握出来ている。シャラナが圧倒出来るなら、彼等は自分にとって脅威になる以前に万が一でも敗北する要素が無いと、ガイアは試合が始まる前からそう確信しているのだった。

(それにしても()だ向かって来ないなぁ。さっきの試合は始まって直ぐ突撃してたのに)

 開戦直後に直ぐ迫って来るのかと予想をしていたが、ほんの少し時間が経過しても中々行動を起こそうとしないという予想外に少々呆然とした。

 てっきり後先考えない愚直(ぐちょく)な性格だと思っていたが、完全に極端という訳ではないらしい。

(…………)

 此方を今も訝し気に観察するヴォンボ達は未だ動かず。

 そんな彼等を待つガイアは、少し頭がぼーっとし出すのだった。

(………暇だなぁ)

 模擬試合が進まず、そんな状態が続く中で試験官は困りながら両者を幾度か観ていた。

「クァ〰〰〰〰〰」

 そしてガイアは、大きく口を開けながら堂々と欠伸(あくび)をするのだった。

 その直後、ヴォンボからいきなり怒声が響き渡った。

「この魔獣風情が!! この私を前にして欠伸しやがって!!」

(んあ?)

 ヴォンボの怒鳴り声には驚かなかったが、突然の事にガイアはポカンとした表情を浮かべた。

「下等な魔獣の(くせ)に余裕振りやがって!!」

(え~…。ただ欠伸しただけなんだけど…)

 如何やらガイアの欠伸する様子がまるで眼中に無いと(とら)えたらしく、それがヴォンボの(かん)(さわ)ったらしい。

 確かにガイアはヴォンボ達に対して眼中に無いが、欠伸をしたのはただ単に眠気が生じたからである。

「私にその態度を取った事を後悔させてやる! 下等な魔獣めが!!」

 ヴォンボは短杖(ワンド)をガイアに差し向け、魔法を放った。

「喰らえ!!〈火炎球(ファイアーボール)〉!!」

 短杖(ワンド)の先端から魔法の火炎球が放たれた直後に、取巻きの2人は真っ直ぐガイアへと走り向かい出した。

(〈火炎球(ファイアーボール)〉か。芸が無いなぁ)

 ガイアは少々呆れながら飛来し迫る火炎球を視界に入れ、()えてその場から動かず待った。

 飛来する火炎球が取巻き2人よりも早く目の前へと迫った瞬間、ガイアはその場から俊敏(しゅんびん)に左へと横っ飛び回避をした。そしてガイアに命中せず地面へと着弾した火炎球は弾け、内部に溜め込まれた炎が一気に広がり周囲を焼き焦がした。

(ふむ、あの位の飛来速度は全然大丈夫か)

 ガイアは〈火炎球(ファイアーボール)〉が着弾後の広がる炎の範囲を把握していた為、(わず)かすらも焼かれ焦がされず、範囲外――――敢えてギリギリな位置――――の場所へと回避する事に成功した。

(やっぱ〈魔力感知〉は便利だなぁ。実際に自分が使える魔法を相手が使う時に、系統も効果とその範囲が不思議とはっきり判っちゃうんだよねぇ。後は相手が放つ方向を予測出来れば回避するのも容易くなるし、この特殊技能(スキル)の感知力をもっと高めれば、もっと細かな所まで感知出来るんじゃないかな)

 ガイアは魔導師の基本的特殊技能(スキル)の1つである〈魔力感知〉の奥深くに秘めたる可能性を考察する。

(感知系特殊技能(スキル)の向上方法は集中力が要因するのか? それとも感知した魔力に対する認知力……、おっと、来たか)

 迫り来る足音が近付く毎に段々と大きく為っていくのに気付いたガイアは、感知系特殊技能(スキル)に関する考察を一時中断し、ヴォンボの取巻き2人を見据(みす)える。

 剣士の男は大剣を振り上げ、格闘士の男は拳当て(ナックルダスター)を握った拳を構えつつ、ガイアに向かって走り迫る。

(んー、未だかなー)

 そんな彼等2人をガイアはその場から動かず、迫り来るのを待って上げた。

 そしてお互いの距離は縮み、近接による攻撃が届く域に入る。

「喰らえ!! 武技(スキル)〈剛斬撃〉!!」

「砕けろ!! 武技(スキル)〈剛拳〉!!」

(よっと)

 ガイアは眼前に迫る物理的攻撃の軌道を完全に捉え、最小限の動きで(かわ)す事に成功した。

「な…!?」

 取巻き2人の表情は驚きの色へと一変した。

「こ、このっ!」

 内心に(あせ)りも生じた2人は「ギリギリ避けれたのは(まぐ)れだ」と自身に言い聞かせ、続け(ざま)に攻撃をする。

 それに対しガイアは身体を傾け、顔だけ傾け、自身の(じく)を小さな動きでずらし、敢えてひたすら躱し続けた。

(ふむふむ…。この程度の相手は全然大丈夫そうだ)

 別に彼等の攻撃はガイアにとって、何の脅威にすら成り得ないものだ。ガイア自身、眼前の2人にどれだけ殴られ斬られ様が掠り傷付かないだろうと確信を持っている。

 実際の所、彼等2人にはガイアの身体に掠り傷を負わせる事は決して出来ない。ガイアにとって、彼等2人の攻撃は避けるに値しない――――躱す必要が無いものである。

 しかし、ガイアは今回だけ敢えて回避する。

 その理由は、自身の回避力・動体視力を確認する為、若しくはそれ等を向上させる為である。

 ガイアは岩石の身体と強化系特殊技能(スキル)によって非常に高い物理防御力を有している為、大抵の物理攻撃は効かなくなっている。

 しかし、その防御力は決して無敵ではない。あくまで防御力が高過ぎるというだけだ。

 この異世界には未だガイアが知らない特殊技能と武技(スキル)や魔法が存在する。その中に高い防御力を脆弱化(ぜいじゃくか)させたり、防御力自体を無視した強力な特殊技能と武技(スキル)や魔法がある可能性だってある。

 ガイアは転生し恵まれ得た神獣の身体と特殊技能(スキル)という強さを過信しない様、シャラナやエルガルム達と出会ってからずっとその可能性を幾度も考察していた。

 護る為に――――。

「何なんだこの魔獣! 魔獣のする動きじゃねぇぞ?!」

「知るかよ! 糞ったれが!」

 ひたすら大剣と拳を振り続ける2人は眼前のガイアに全て躱され続け、焦燥(しょうそう)()られていた。

彼奴等(あいつら)は何を手間取っているんだ? たかが下等な魔獣を相手に」

 開戦からその場を動かず、取巻き2人が未だガイアを倒せず進展しない様子に苛立っていた。

(んー、避け続けるのはもう良いかな)

 ほんの数分の間、幾度も躱し続けるガイアは、これ以上続けても得るものは無さそうだと判断した。

「さてと、そろそろおちょくってみるかな」

 ガイアはグッと脚に力を込めた後に地面を蹴り、右へと疾風の如くの速度で移動した。

「な!!? 速――――」

 視界から一瞬で消える様なガイアの速度に、取巻き2人は驚愕の声を上げた。

此処(ここ)だよー)

 何処(どこ)へ行ったと探そうとする直前、2人は背後を軽く小突かれ、反射的に後ろを向いた。そして浮かべた驚愕の表情を色濃くした。

 取巻き2人、遠くからそれを観ていたヴォンボ、そして離れて観ていた試験官は絶句する。

「ンアー」(ばあ)

 取巻き2人の背後へ瞬時に回り込んだガイアは両の(てのひら)をパッと広げ、適当に脅かす様な仕草(しぐさ)を見せ付けた。

 こうもおちょくらてしまえば普段のヴォンボ達なら直ぐに怒り出してしまう。

 しかし、彼等の内心に怒りは一切生じる事は無かった。

 逆に驚愕を通り越し、僅かだが、更に生じたのは恐怖だった。

 予想を(はる)かに超えた速度で背後に回り込んだ謎の存在(ガイア)を視界に入れた直後、取巻き2人は背筋に悪寒が(はし)った。

(おーい、どったのー)

 そんな2人を前にガイアは首を傾げ、(おど)ける仕草をするのだった。

 ほんの僅か数秒が経過し、取巻き2人は大きな驚愕による動揺から我に返った。

「こっ、この…!」

 取巻きの剣士は慌てて大剣を振り上げ、攻撃を再実行しようとし出した。

 しかしその直前、目で追えない速度で再び視界の外へと逃げられてしまった。

此方(こっち)だよー)

 そしてまた背後から軽く小突かれ、最初と同じ仕草を見せ付けられながらおちょくられる。

 攻撃しようとするも直前にまた逃げられ、瞬時に背後を取られる。

 背中を小突かれ、振り向いた直後にはまた一瞬で視界から居なくなり、また背後を取られる。

 何度も。

 幾度も。

 背後を取られ、突然目の前に現れ、攻撃する(いとま)すら与えられず、ひたすらおちょくられ続けられるのだった。

 そんな異常な光景を、ヴォンボは驚愕と困惑が入り混じった目で凝視していた。

(あ、そうだ)

 ガイアはふとある人物を思い出し、おちょくり行動を一時中断する。

 そして背後を振り向き、視線の先に居る人物を視界に映す。

 ガイアの視線と合った人物――――ヴォンボは振り向き視線を向けてきた謎の生き物にギョッとする。

「え? なっ、何だ?」

 睨まれている訳ではない。しかし、ただジーっと此方(こちら)を敵意が一切無い視線を向けてくる事にヴォンボは妙な恐怖感を抱き、困惑するのだった。

(良ーし、次はお前だ)

 ガイアは次におちょくる相手の元へ行こうと脚に力を込めた。

「くっ、来るっ! ファ、〈火炎(ファイアー)――――〉

 今度は此方に迫り来ようとするガイアの素振りを見たヴォンボは、迎撃する為に慌てて魔法を発動しようとする。

 だがその直前、地面が爆発したかの様なけたたましい音が響き、視線の遠く先に居た筈の謎めく生き物はヴォンボの眼前へとあっという間に接近していた。

「ンアー!」(ばあ!)

「――――(ボー)、な?!!」

 ヴォンボは驚愕し、無意識に後ろへと慌てて下がろうとする。

「へっ、へひゃあっ!!」

 しかし、驚愕によって生じた動揺で体勢を崩し、尻餅を付いてしまうのだった。

 今さっき遠くに居た小さな生き物がいきなり大きく為ったと思わせてしまう一瞬だった。

 だが、身の毛が弥立(よだ)つ驚愕の理由はそれではない。

 予想を遥かに超える恐ろしき速度(スピード)である。

 上級魔導師(アーク・メイジ)でも無いのに自身を上級魔導師(アーク・メイジ)だと誇張し、己を強者と自惚れているヴォンボの慢心に怖気(おぞけ)という亀裂が生じた。

(やっほー。来たよー)

 そんな無様を(さら)すヴォンボを前に、ガイアは両の掌をひらひらと振りながらおちょくっていた。

 ヴォンボは困惑するも、眼前に居る魔獣と思しき生物(ガイア)が明らかに自分を馬鹿にしている仕草だとはっきり判り、鎮火した苛立ちを再び燻らせた。

「こ、この…、魔獣風情が…!」

 ヴォンボは右手に握る短杖(ワンド)をガイアに差し向け、焼き焦がしてやると魔法を行使しようと――――

(ばいばーい)

 ヴォンボが短杖(ワンド)を差し向ける直前、ガイアは余裕の表情でその場から瞬時に消え去った。

「はっ、速…!」

 今度は視界から消える様に居なくなったガイアを探し、せめて視界に捉えようと――――

(ただいまー)

「ギャアーッ!!」

 ――――する前にいきなり眼前に現れ、ヴォンボは驚きの絶叫を上げた。何せ視界全体が一瞬でほぼガイアの姿で(おお)い尽くされたのだ。吃驚(ビックリ)して当然である。

(ほらほらー、此処だよー)

 ガイアはヴォンボの視界から消える様に逃げては再び視界に突如と入り込み、それを何度も不規則に行い続ける。

 ヴォンボはおちょくってくる謎の生物に攻撃を仕掛けようと目を動かし、顔を動かし、身体の向きを幾度も変え必死に捉えようとする。

 だが、視界に捉えられない。目が追い付かない。

 魔法を発動する暇も無く、ヴォンボはガイアに遊ばれるのだった。

「この野郎が! 逃げんなコラァ!」

(およ?)

 ガイアは背後を振り向き、離れた距離から追い掛けて来る取巻きの2人を視界に映した。

「ちょこまかと逃げてんじゃ――――」

(呼んだー?)

「どわーっ!!」

 ガイアはヴォンボから取巻き2人の眼前へと急速接近し、突然目の前に迫り来られた取巻き2人は吃驚仰天(びっくりぎょうてん)するのだった。



「あー…、遊んでる…」

「遊んどるのう」

「プッ、プフフ…、何あれ面白(おもしろ)

 シャラナは困った様な笑みを浮かべ、エルガルムは気楽そうな笑みを、そしてベレトリクスは可笑(おか)しそうにくつくつと笑っていた。ライファは片手で口元を抑え、笑いを若干(こら)えていた。

「何という速度だ…!」

「おいおいあの重い岩石の身体であの速度って、どんな脚力してるんだよ!?」

「えー、凄い速ーい! あれヴォルに近い速さだよね、ミュフィ!」

「うん…。それよりも、あれ、全然闘ってない…」

 堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)はガイアの移動速度に目を見開き驚く。だがその中で1名だけは、ガイアの驚く速度よりも模擬試合の状況に呆然としていた。

 試験場内の観戦席場から、もはや闘いではないその茶番としか言えない状況を俯瞰(ふかん)し、其々(それぞれ)生じた感情や言葉を口にする。

「これは東邦(とうほう)の言葉で言うなら、〝鬼ごっこ〟というやつじゃな」

 そう。それは鬼ごっこと言えるであろう光景で、模擬試合で普通は起こり得ない可笑しな状況だった。

「しっかし、あそこまで速いとは驚いたわ。話は聴いてたけど」

「そうじゃろう。儂も初めてガイアの速度を目にした時は、恐怖さえ感じてしまったもんじゃよ」

「でもあれ、未だ全速力じゃないんでしょ」

「まぁの」

「え!!?」

 エルガルムとベレトリクスの会話のある内容に、堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)は驚愕の声を上げた。

「あれで未だ全速力じゃないんですか!?」

 信じられないと言わんばかりにダムクは問い掛けた。

「全く全速力ではないぞ。(むし)ろ、ガイアは本気を出さぬ様に手加減しておる」

「何と! ではやはり、あの動きは特殊技能(スキル)による動きではない、純粋な身体能力による動きですか!」

 そこにヴォルベスもエルガルムに確信めいた質問をし、その返答に期待を膨らました。

「うむ、初めて出会ってからは魔法中心の特殊技能(スキル)ばかり習得しておったからな。戦士職系の特殊技能(スキル)は強化系1つだけだしの」

「おお…!やはり、あの速度は〈縮地(しゅくち)〉や〈疾風走駆法(しっぷうそうくほう)〉による動きではなかったか!」

 賢者エルガルムから告げられた返答を聴いたヴォルベスは歓喜し、目を輝かせた。

「えー!? 特殊技能(スキル)無しであの動き!? しかも手加減してぇ!?」

 ミリスティはエルガルムの回答に驚くと同時に浮かんだ疑問を問い掛けた。

「あの、賢者様。あの精霊獣って魔法使えますよね?」

「うむ、使えるぞ」

「ど、どれ位の階級魔法が使えるんですか?」

「中位(クラス)は大半以上扱えると言って良いかの。上位(クラス)もそれなりの数は使えるぞ」

「えー!! じ、じゃぁ使える系統魔法は…」

「水、土、風、氷、電気、自然、神聖、そして無系統の計8系統を扱えるわよ」

 ベレトリクスからの驚愕な回答に、一党(パーティー)一同は度肝を抜く衝撃を受けた。

「8系統…!!? しかも自然と神聖系統も使えるって…!!」

「えー!!? 8系統ってそれ明らかに上級魔導師(アーク・メイジ)の域を超えてるよー!!」

「しかも上位(クラス)も使える……、S等級(ランク)より確実に上…、魔導の熟達者(アデプト・メイジ)を超えた域…!」

 賢者エルガルムや魔女ベレトリクスを除く、力量の高い一般魔導師でも扱える系統魔法は多くて4つ、そしてその魔導師の数は多くはない。それは冒険者も例外ではない。更には魔物や魔獣、妖精や精霊も多くの系統魔法を扱える種は余り多くは存在しない。

 しかし、今闘技場で動き回る精霊獣、若しくは聖獣と思しき存在――――ガイアが扱える系統魔法数は8つという高水準を逸脱した事実に対し、S等級(ランク)冒険者である彼等が驚愕してしまうのも無理もない事である。

「素晴らしい!! 何と素晴らしい!!」

 そんな事実によって驚愕に染まる一党(パーティー)の中、ヴォルベスだけは驚愕を通り越し歓喜に満ち満ちていた。

「あの身体能力に加え、8系統もの魔法を扱えるとは!! しかも上位(クラス)の魔法を!!」

 そして満ち溢れる歓喜が内に秘めた闘志に多量に注がれ、今迄(いままで)に無い程に燃え上がり出すのだった。

「早く…!! 早く俺の番…!!」

 内で燃え上がる闘志でヴォルベスは興奮気味と為り、この茶番と言って良い試合を早く終わって欲しいとうずうずするのだった。

「ホッホッホッ。儂も早く御主の番になって欲しいものじゃよ」

 エルガルムはヴォルベスの抱いてるであろう思いに同感する。

 今も続いている鬼ごっこという茶番劇は観ていて面白くはある。しかし結局の所、ガイアの秘めたる強大な力を引き出すのにヴォンボ達では役不足である事は判り切っているので、とっとと負けるか降参して欲しいと皆は思っているのだった。


此方(こちら)に御出ででしたか」


 その時、試験場の観戦席場にとある人物が後ろから現れた。

 年齢は30代後半から40代前半辺りだが、屈強な身体をしている所為かその男性は若々しく見える。武装は一切していないが、雰囲気から戦士職を修めた歴戦の強者であろうと見て取れる。

 まさに精悍(せいかん)壮年(そうねん)な男と言える。

「お、グルエドさん」

「よう、ダムク。(しばら)くだな」

 グルエドと呼ばれた男は片手を上げ軽く挨拶を交わした。

御初御目(おはつおめ)に掛かります、賢者エルガルム様、そしてベレトリクス様、私が此処テウナク冒険者組合(ギルド)の責任者を務めております、グルエド・マスカーディアです」

 そしてグルエドは姿勢の正しい御辞儀をし、エルガルムとベレトリクスに臣下の様な挨拶を送る。

「ほう、御主が現在(いま)冒険者組合長(ギルドマスター)か」

「はい、現在(いま)は私が冒険者組合長(ギルドマスター)を務めています。前任者であるクリウケット・ノーダンさんは20年前に引退し、今は既にこの世を去っています」

「クリウケットか…、懐かしいのう。儂が若かった頃には随分と世話になっとったなぁ。そうか、既にこの世を去ってしまったか」

 エルガルムは少しばかりの哀愁(あいしゅう)(おもて)に浮かべ、懐かしき若き思い出を蘇らせる。

「そうなの…、クリウケットの爺さん()っちゃったのね…」

 ベレトリクスも少しばかりの哀愁を浮かべ、懐かしむのだった。

「まぁ仕方ないわよね、あの頃から随分時間が()っちゃってるもの」

「そうじゃな。して、クリウケットは(いく)つで眠ったかの?」

「ええ、100と4歳で生涯を終えました」

「え!? 104歳!?」

 シャラナは前冒険者組合長(ギルドマスター)の生涯年数の(なが)さに驚愕した。

「魔力を扱える訳でも無いのに良く長生きしたわね、あの爺さん」

 ベレトリクスは少し呆れた様に微笑を浮かべるが、再び僅かな哀愁の表情に戻る。

「でも、あの人には随分世話になったわ」

「ああ、彼は冒険者組合長(ギルドマスター)としても、元S等級(ランク)冒険者としても偉大な男じゃった」

 そう思い(ふけ)る2人に、シャラナはその懐かしき過去について(たず)ねた。

「その前冒険者組合長(ギルドマスター)とは親しい関係だったのですか? 先生」

「儂とベレトリクスが若かりし時代にな。その当時から既にクリウケットは現在(いま)の儂ぐらい歳を取っておったが、それでも肉体は一切衰えない圧倒的身体能力を有しておった。そして彼は、その時代この都市で唯一のS等級(ランク)冒険者だった者じゃ」

「当時その時代には、S等級(ランク)冒険者は殆ど居なかったのですか?」

「まぁ、現在(いま)の時代でもS等級(ランク)の実力者はかなり少数じゃが、その当時の時代はもっと少なかったがの」

「そうねぇ、あの時代は実力高くても平均的にB等級(ランク)が主だったからねぇ。……ていうかエルガルム――――」

 ベレトリクスは笑みを浮かべ、エルガルムの(ひげ)(つね)る様に引っ張り出す。

「あたしは現在(いま)も若いから」

「あ痛たたたたた、分かった、分かったから髭を引っ張らんでくれ」

 (おもて)に浮かべている笑みとは相反する(おぞ)ましさを内心から漂わせるベレトリクスに対し、髭を引っ張られるエルガルムは慌てて謝るのだった。

 その様子を観ていた男性陣は、内心で彼女に恐怖するのだった。

 絶対に彼女(ベレトリクス)の年齢を()いてはならない、と。

「あーそうだ、先程冒険者組合(うち)の職員から聴きました。ヴォンボが其方(そちら)の侯爵令嬢様に無礼を働いたと」

「ああ、それは事実だぜグルエドさん。職員に限らず、他の同業者達も観てたからな」

 グルエドの訪い掛けに対し、その現場の目撃者の1人としてダムクが最初に答えた。

「未遂だけど、最初は人質に、最後は癇癪(かんしゃく)起こして殺そうとした」

 続いてミュフィから告げられた内容を聴いたグルエドは、呆れ果てる思いを抱きながら片手で両目を覆うのだった。

「あの馬鹿…! 何つう事してくれたんだ…」

 冒険者組合(ギルド)では身分が通用しない場ではあるが、だからといって、実際に貴族の身分を持つ者に手を出せば社会的問題は当然発生する。最悪の場合、現在所属する冒険者組合(ギルド)に責任を課せられるといった巻き込む形にまで発展してしまう。

 今回はヴォンボが侯爵家の者に対し、人質未遂と殺人未遂を為出(しで)かす大問題を起こしてしまった。これはテウナク冒険者組合(ギルド)に責任を問われても可笑しくない事である。

 そんな大問題に冒険者組合(ギルド)の責任者であるグルエドが頭を痛めるのも無理もない事だ。

「〰〰〰。……それで、あの馬鹿は今何処に?」

「闘技場で今も闘ってるよー」

 ミリスティは試験場内の闘技場を指し示しながら、ヴォンボの居場所と現状を伝えた。

「え!? 確か、侯爵令嬢様と模擬試合してるってさっき聴いたんだが!? え!? 今此処に侯爵令嬢様が居るから終わってる筈だよな!?」

 グルエドは如何いう事だと余り理解出来ず、詳しい状況を教えて欲しいと周囲に問い掛ける。

「てか、ヴォンボと闘ってるの誰!?」

「儂等の連れじゃよ」

「エ、エルガルム様の連れ…ですか? その連れとはいったいどの様な御仁で?」

 偉人である彼が連れて来たのだから、(さぞ)かし高い力量を有する隠れた実力者なのだろうとグルエドは予想する。

「あれだ、組合長(ギルドマスター)殿! 滅多に御目に掛かれない存在だぞ!」

 ヴォルベスに強く促されるグルエドは観戦席場の胸壁へと近寄り、賢者の連れが居る闘技場を見下ろした。


 グルエドはその存在を目にした瞬間、表情を過剰といえる程の驚愕へと一変した。


 今まで見た事が無いグルエドの表情に、堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)はきょとんとした。

「ギ、組合長(ギルドマスター)殿? 如何したのだ?」

「グルエドさん?」

 今迄に無い表情の冒険者組合長(グルエド)に対し、ヴォルベスとダムクは恐る恐る声を掛ける。

「あ…、あれは、まさか――――!!」

 不意にグルエドは声を上げ、目にした存在の名を無意識に口にしようと――――。

「その先は、未だ言っちゃ駄目よ」

 その直前、グルエドが言おうとした言葉を愉快そうにベレトリクスが(さえぎ)った。

「やっぱ知ってたみたいね。冒険者組合長(ギルドマスター)なだけあって流石の情報網ね」

「や……、やはり…、()()()()()なのか…!!」

 彼女の言葉を聴き、グルエドは驚愕の表情に(おそ)れの色を(にじ)ませた。

「グルエドさん、あの生き物知ってるのか!?」

 グルエドがあの精霊獣、若しくは聖獣と思しき生き物を知っている様子から、ダムクはその存在の正体に対し非常に興味を惹かれ、彼に訊ねた。

 ダムクだけに限らず、他の一党(パーティー)3人もその謎めく存在の正体に対し非常に興味を惹かれ、視線をグルエドに向けるのだった。

「それは、これが終わってからのお楽しみよ」

 妖艶(ようえん)な笑みを浮かべるベレトリクスにそう告げられた堅実の踏破ステディー・プログラス一党(パーティー)は、仲間同士で顔を見合わせた後、視線を謎の存在(ガイア)へと移した。

「なぁに、そんなに永い時間は待たせんよ。そろそろ終わらせようとする筈じゃろうしな」

 エルガルムの言う通り、皆が俯瞰するその模擬試合は終了の直ぐ近く迄へと近付いているのだった。

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