善者と悪漢の茶番試合17-2
視界に映る試験場内には、決して建物内では自然発生しない現象が発生していた。
膨大な量の空気がごうごうと重く鳴らしながら大きな気流が地面を巻き上げながら渦巻き、黒く染まった巨大な旋風の柱が作り出されていた。そして上へ上へと伸ばし渦巻く旋風は、試験場内の天井に迄達していた。
(おおー、回ってる回ってるー)
ガイアの視界に映る光景の中に宙を高く舞う小さな何かが3つ、グルグルと大きく円を描く様に回っていた。
「ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
大旋風内でその3つの小さな何かから絶叫が発せられ、吹き鳴る風音に混じり響かせる。
絶叫を発し続けている何かの正体、それはヴォンボとその取巻きの男2人である。
彼等3人は試験場内に発生している大旋風に飲み込まれ、現在進行形で渦巻く強大な気流に弄ばれているのだった。
そして、そんな彼等を飲み込む大渦の風を発生させたのはシャラナの風系統中位級魔法――――〈竜巻〉による魔法的現象である。
「おおー、こりゃあ凄ぇ風系統の広範囲魔法だなぁ」
ダムクは竜巻の魔法を見上げながら感心の言葉を口にする。
「うむ。少女という若い身でありながら中位級の魔法を扱えるとは、大した侯爵令嬢殿だ」
ヴォルベスも感心の言葉を口にしながら幾度か頷く。
「ミリスティよ、同じ風系統を扱う者として彼女を如何評価する?」
「え~、純粋な魔導師系じゃない私に訊く~?」
ヴォルベスの問い掛けに対し、ミリスティは少々困った色を混ぜた可愛い表情を向けた。
「ん~。試合短かったから判断材料は少ないけど、魔導師としての技術は私よりも上だよ。さっきの〈水の弾丸〉と〈高速空気弾〉もそうだけど、〈竜巻〉に使用している多量の魔力も安定してる。魔力も発動した魔法も完全に制御出来てるよ。間違い無く制御系特殊技能も複数修めてるね」
「ほう、御主〈魔力感知〉特殊技能の精度が随分と高いのう」
ミリスティの考察を耳にしたエルガルムは感心する。
「魔導師系職業に加え、野伏の職業も修めておるからかの。感知感覚が良く養い鍛え上げられておる」
「ありがとう御座いますぅ、賢者様。わぁ、私褒められたよー」
偉人に感心の言葉を送られ、ミリスティは嬉しさでふわふわとした満面の笑みを浮かべた。
「後衛職を修めているにも関わらず、近接戦闘の最中に魔法を的確に放つあの身のこなしと冷静さ。戦士系職業の誰もが驚く洗練された俊敏性と動体視力が実に素晴らしい」
シャラナに対する評価を述べた後、ヴォルベスは浮かべた笑みをエルガルムへと向け、興味津々に問い掛けた。
「御令嬢殿に如何いった修行をさせていたので?」
「特別な事はしとらんよ。じゃが、此処に来る前の数日間は、ガイアの御陰で非常に質の良い戦闘訓練が出来た事が大きな要因じゃのう」
「ほう…」
ヴォルベスは顔を謎の存在へと向けた。その直後、彼の内に在る闘志が燻り出し、瞳をキラリと輝かせた。
「それは実に興味深い」
「おいおいヴォルベス、お前闘う気じゃねぇだろうな…」
「無論! 許可さえ頂ければ!」
ヴォルベスの即答にダムクは片手を額に当て、困った表情を浮かべた。
「あのなぁ、賢者様達の………えー…何だ、ミリスティは精霊獣か聖獣かもしれないって言ってけど……。うん、 賢者様達の精霊獣に手を出すのは流石に不味いだろう」
「何を言うダムクよ! 未知の存在にして最低S等級の力を秘めた存在だぞ! そんな高位の存在と闘えるのは滅多に無い機会だぞ!」
そんな会話を聞いていたエルガルムは、少し何かを頭の中で思考をする。
「ふむ、そうじゃのう…。ガイアにとってもこれは滅多に無い機会かもしれん…」
その呟かれた言葉に堅実の踏破一党4人は視線をエルガルムへと向けた。
そして、エルガルムは彼等に問い掛ける。
「御主、ガイアの意思次第ではあるが闘ってみるか?」
その驚きの問い掛けに、4人は信じられないと言わんばかりに驚愕した。特に一党内の1人は喜色で輝かせていた。
「誠か!! いえ、誠ですか!! 賢者様!!」
言う迄も無く、その1人はヴォルベスである。
「うむ。今回の依頼でガイアも共に来るのじゃから、御主達にガイアの現時点での力量を知って貰った方が良い。それにガイアは身体能力と魔力に関しては問題無いが、戦闘経験が浅くての。特に近接戦闘は相手を一発で即死させてしまう程の強過ぎる膂力が有るから、其方の訓練はさせられなかった」
「そ…、即死級の膂力って…」
「まぁ、そうは言っても、その時は王都内でガイアを相手出来る人がかなり限られてたからね。あたしとエルガルム、後は〝銀雷の女騎士〟の3人で相手しても勝てる可能性はかなり低いしね。良くても拮抗、悪けりゃ大苦戦を強いられるわね」
「それは、全身全霊の力を以て挑んでも、ですか?」
ミュフィは恐る恐る偉人2人に尋ね、その疑問に2人は肩を竦ませながら自嘲気味の様な笑みを浮かべた。
「まぁの、正直勝てる気はせんの」
エルガルムから告げられた肯定の言葉に4人は息を呑み、再びガイアへと視線を向ける。
魔導師の偉人2人に加え、彼の王国の騎士団長である〝銀雷の女騎士〟ですら超える力を謎の存在が秘めている事実に、彼等4人は心にあるものが生じ抱いた。
――――畏怖。
S等級冒険者4人が心に抱いた畏怖の念を向ける先は、謎めく存在――――ガイアである。
しかし、ガイアの醸し出す雰囲気は彼等が抱いた畏怖とは真逆のものを漂わせていた。
どんなに観ても不思議と恐怖を感じさせないふわふわとした穏やかさが感じ取れ、大粒の蒼玉の如き純粋無垢な瞳には慈しみを宿している様に思えてしまうのだった。
「さて、それよりシャラナの評価は如何なるかの」
話は途中で区切られ、全員は視線を大旋風が渦巻く闘技場へと戻した。
「アアアアアアアアアアアァァァァ下ろしてえええぇぇぇ!!!」
竜巻に飲み込まれたヴォンボは中空を大きな円を描きながら強大な気流に流され、今も絶叫を上げ続けていた。彼の取巻きである2人の男も絶叫を上げ、ぐるぐるとひたすら気流の渦に弄ばれていた。
「そろそろ乾いたかな?」
シャラナはそう言った後、発生させている竜巻の魔法を解除した。
魔法によって発生していた渦巻く強大な気流は鎮まり、空気の重く響かせていた風音も止み、黒く染まった旋風の柱は形を無くし消え失せた。
試験場内の空気は静寂一色へと一変し――――
「どわぁああああああ!!!」
――――たが、そんな静寂の中、竜巻から解放されたヴォンボ達は、中空高くから落下しながら絶叫を響かせるのだった。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅうううぅぅ助けてくれええぇええぇ!!!」
このままでは確実に落下死してしまう恐怖で泣きっ面を晒すヴォンボは救助を乞う。
散々傲慢な態度を取っていたヴォンボが余りにも無様で情けない様相に、シャラナは溜息を吐いた。
正直、助けようとは思わなかったが、流石に冒険者組合内で死人を出してしまうのは不味いだろうと思い、落下する彼等を助ける為にシャラナは魔法を行使した。
「〈上昇噴流〉」
指定した離れた場所に強烈な上昇気流を発生させ、其処へ落下して来たヴォンボ達は吹き上がる気流の風圧によって急減速する。そして4、5メートル程の高さ辺りで上昇気流が解除され、そのまま地面へと不時着するのだった。
ヴォンボの衣服は大旋風によって遠心式脱水の如く回され、更に激しい気流によって風乾されたが、ヴォンボ達の顔は多量の冷や汗と涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「ふう。流石にもう終わりですよね?」
「はい。無論、侯爵令嬢様の勝利で御座います」
其処まで時間は掛かった訳では無いが、漸く模擬試合を終える事が出来た。
「しかし見事な威力の魔法でした! 個人的な見解ですが、これならB等級に認定されると思います」
「B等級! ……ですが、それは流石に過大評価し過ぎでは…」
「いえいえ何を仰いますか! 先程の魔法だけでなく、試合での戦士顔負けの近接戦闘に於ける俊敏性と回避力に加え、魔法の連続速射、これ等全てを総合すれば当然の評価ですよ!」
試験官は彼女に対し、総合的力量は絶賛という高評価を述べる。
「では、私は今回の模擬試合記録を上に報告し、評価し終えた後直ぐに冒険者証を発行致しますので」
そう言った後、試験官は視線をへたり込んでいるヴォンボ達に向け冷徹な言葉を告げる。
「んじゃ、お前達は収容所行き決定な。機会はやったからな、もう文句言うなよ」
魔導師の偉人であるエルガルムがわざわざ提示して貰った機会を掴めず、敗北した彼等には収容所行きという無慈悲な未来しか残されていなかった。もう何も言い訳をする事は――――
「違う…! 今のは…、この試合は無効だ!」
――――未だあった。
「私は冒険者だ…! そう、冒険者は人を相手にするのではなく、魔物や魔獣を相手にするのだ。だからこの試合は意味の無い事だ! 無意味なのだ!!」
「あーはいはい、そういうのはもう良いから。とっとと収容所に連絡しよっと」
必死な形相をするヴォンボの喧しい言い訳など試験官は聞き耳を持たず、シャラナの冒険者証の発行とヴォンボ達を収監して貰う為に冒険者組合の上の者に報告しようとその場から立ち去ろうとする。
「おい待て! 待て、待て!」
ヴォンボは必死に無い知恵を絞り、周囲を見渡し何か打開出来る方法は無いか探す。
そしてふとある存在がヴォンボの視界に映った。
観戦席場から俯瞰している人外の存在にガッチリと視点を固定した後、天は我に味方したかの様な閃きが頭の中に舞い降りた。
「そ、そうだ!! 其処の、あの魔獣!! あの魔獣と闘わせろ!」
「は?」
観戦席場に居るガイアに指を差しながら取り繕い出すヴォンボに対し、いきなり何を言い出すんだ此奴は、と内心思いながら試験官はポカンとした。
「対人が駄目でも、対魔物や対魔獣なら今まで負けた事は無い! だから私はC等級に成れたのだ! もう一度だ、もう一度試合をさせろ! 相手をあの魔獣に変えて本番をさせろ!!」
「お前なぁ、もう文句言うなってさっき言っただろ。好い加減にしろよな」
「煩い!! 兎に角、さっきの試合は無効だ!! さっさとあの魔獣と闘わせろ!!」
何が何でも負けを認めないと言い張り、再戦させろとヴォンボは騒ぎ立てるのだった。
「彼奴、何処まで我儘言えば気が済むんだか…」
完全に敗北したにも関わらず、負け惜しみの減らず口を騒ぎ立て出したヴォンボに対し、それを俯瞰し聞いていたダムクは呆れるのだった。
「しかも、再戦相手に精霊獣を指名。最低S等級に勝てる訳無い」
「だよねぇ。あの人勝てる相手を選んだつもりみたいだけど、余計勝てない相手選んじゃってるねぇ」
ヴォンボの再戦要求に対し、ミュフィも呆れながら、ミリスティは呆れ笑いの表情を浮かべながらそれは愚かな要求だと口にする。
しかし、一党4人の中で1人――――ヴォルベスだけ少しばかり怒っていた。
「彼奴め、勝手に次の対戦を横取りするとは…!」
彼等の次に対戦しようと楽しみにしていた時に、ガイアという対戦相手を先に取ろうとしている事に腹を立て、僅かに眉を顰めながらムッとした表情を浮かべ、喉から小さく唸り声を鳴らすのだった。
「折角の又と無い機会がもう直ぐの所で…」
「お前の場合は其方かい」
彼等4人がヴォンボの軽率な提案に対し様々な意見を口にする。
そんな彼等とは別に、今も観戦席場の胸壁に引っ付く様に上り、ギャアギャアと騒ぎ立てるヴォンボの様子を覗き込む様に俯瞰していたガイアはポカンとした表情を浮かべていた。
(え? 僕? え~、僕と闘うの?)
収容所に収監されたくないが為に負け惜しみを吐き出す彼に再戦相手として指名された事に、ガイアは呆然とするのだった。
おそらく彼がガイアを相手に選んだ理由は、己の都合の良い妄想による私考からだろう。
図体が人間よりも半分程の大きさ、岩石の身体であるから鈍重、強くても自身程の力量程度、何より相手は所詮、下等な魔獣であるから知性は殆ど無いだろうという表面上のみだけで判断した、余りにも浅はかな見解で彼は選んだのだ。
もう1つは、単純に藁にも縋る必死な思いから選んだのが大きな理由なのかもしれない。
何方にしろ、彼は収監されたくないが為に、自分勝手な都合の考えで勝てるであろうガイアを相手に選んだのは間違い無い。
ガイアは正直な所、別に何方でも良いという如何でも良い気持ちしかなかった。
ぶっちゃけ、相手しても構わないがするのも面倒臭いのだった。
「兎に角、今直ぐ本戦を始めろ!!」
「さっきのが本戦だろうがこの馬鹿! これ以上侯爵令嬢様だけじゃなく、エルガルム様とベレトリクス様にまで迷惑掛けさせるな!」
「煩い!! おい小娘!! とっととあの魔獣を此処に連れて来い!!」
「これ以上迷惑掛けさせるなって今言っただろ!! 好い加減人の話を聞き入れろ!!」
試験官の言葉に対し、ヴォンボは聞き入れる所か我儘を通そうと叫び訴え、必死ながらも傲慢無礼な態度の姿勢を崩そうともせずに取り繕うと一歩も引かなかった。
シャラナは呆れ果てた目でその様子を傍観しながら待つのだった。
ヴォンボとその取巻きの男2人以外、早くこの笑えもしない駄作な茶番じみた物事が終わらないだろうかと誰もが思っていた。
その時、エルガルムから軽いノリの発言が飛んだ。
「そんなに闘いたければ別に良いぞ」
そんなエルガルムの発言に対し、ベレトリクスとライファ以外の誰もが驚き、視線を彼に向け注目した。
「エルガルム様!? これ以上この馬鹿にその様な機会を与える必要など有りません! 直ぐに収容所に連行しますので!」
「構わんよ。それに、ある意味丁度良い」
エルガルムは試験官にそう告げた後、視線をガイアの方へと向けた。
「ガイアよ、ちょいと試しに遣ってみるか?」
(え? 僕? う~ん……)
彼等と今から闘ってみるか如何しようかとガイアは少し考える。
そして直ぐに選択し決めた。
(うん、少し遣ってみようかな)
ガイアは選択した「一応闘ってみる」という答えを頷き伝えた。
「ふむ、如何やら良いらしい様じゃ。シャラナよ、今度は此方で観戦じゃ」
「はい、分かりました」
(そんじゃ、シャラナと交代っと)
ガイアは一度胸壁から離れ、そのまま胸壁を飛び越えて一気に下へと向かおうと跳躍した。
(あ)
が、飛び越えた際にガイアはうっかり足を引っ掛けてしまい、その過程で岩石の身体が前に120度程回転し、そのまま真っ逆さまに落下してしまうのだった。
「ン~ア~」(あ~れ~)
身体の重さも相まった落下速度でガイアは闘技場の地面に顔面強打し、それと同時に砲撃音の様な重低音を試験場内全体に響かせた。
「あらまー、すんごい地鳴り。思いっ切り地面に激突しちゃってるわねぇ」
頭から落下してしまったガイアは見事、平らな地面に減り込んでいた。特に顔面は深く減り込んでいた。
(あービックリした。痛たた……って痛く無いんだけどね)
ガイアは減り込んだ顔を地面から引っこ抜き、頭を幾度か左右に振り顔面に引っ付き頭の上に乗った土砂を落とす。
「もぉー、ちゃんと足元気を付けないと駄目でしょう」
「ンンン~」(ごめ~ん)
シャラナは困った様な笑みを浮かべ、うっかり足を胸壁に引っ掛け落下し豪快に不時着したガイアに駆け寄りながら声を掛け、ガイアは後頭部を片手でゴリゴリと掻き「うっかりうっかり」と仕草で表現し、平然と和やかな笑みを浮かべるのだった。
ヴォンボ達と試験官は目を丸くし、何であの高さを頭から落下したのにあの生き物は平然としているんだ? と内心驚愕し、絶句した儘その様子を遠くから観ていた。
「あら流石、全然平気みたいねあの子」
「ホッホッホッホッ。頑丈じゃのう」
ベレトリクスとエルガルムの2人はガイアのうっかりに微笑し、ライファもガイアが足を胸壁に引っ掛け落っこちた光景に若干湧き起こる笑いを堪えていた。
「顔面から思いっ切り落下したのに痛痒無しかよ……」
「おお、相当頑丈な身体をしているのだな」
「ええ~、あれ痛く無いの~?」
「……落下地点に人が居たら間違い無く潰れて即死するレベル…」
堅実の踏破一党も各々ガイアの落下した後迄の一部始終に驚きの言葉を口にするのだった。
「それじゃあガイア、私は上に行くからちょっと手を貸してくれる?」
(ンンンン)「うん、良いよ」
ガイアは頷いた後にシャラナの前へと歩み寄り、岩石の両手を結び前に差し出した。そしてシャラナはガイアの結んだ両手の上に乗る。
「せーのっ」シャラナは両膝を曲げ、ガイアも彼女に合わせ両腕に力を込める。そしてガイアはシャラナを上空高く飛ばし、同時にシャラナも両脚を発条の如く一気に伸ばし、跳躍する直前に魔法を発動させた。
「〈空噴の推進足〉」
両足の靴裏底に2つの魔法陣を展開と同時に付与し、跳躍の瞬間に魔法陣から膨大な空気が一気に噴射され、ガイアの腕力に加え、風系統魔法による空気噴射による推進力がシャラナの跳躍力を飛躍させた。
中空高く跳躍したシャラナは観戦席場へとあっという間に昇り、綺麗に着地しエルガルム達の元に着いた。
「只今戻りました、先生」
「うむ、お疲れさん」
シャラナは着地後、師の隣にちょこんと座った。
「等級評価の方は上々そうじゃな」
「はい。総合評価としてB等級に成れる可能性が高いそうです」
彼女の言葉に堅実の踏破一党は感嘆の声を上げた。
「もし本当にB等級に成れたら、それは運が良い方だな」
今回の模擬試合では、シャラナは魔導師とは思えない軽快にして俊敏な動きという高い評価があるが、魔法は水系統1つと風系統3つだけしか使用していない。魔法に関しては判断材料が少ない為、高い評価を付け難い試合結果と成っている。
これ等の総合評価でB等級と認められたら運が良い方だというのはそういう事だ。
「少しだけ聞いた事があるのですが、B等級に昇級するのは難しく苦労すると。実際は如何なのでしょうか?」
シャラナからの質問に対し、一党代表として、幾多の冒険者代表としてダムクが答える。
「最初の駆け出しのF等級からC等級に迄上がって行くのはそこまで苦労しないさ。依頼をきっちりこなし続ければ、遅くても1、2年でC等級に成れる。けど、C等級からが昇級が難しくなるんだ。C等級に成った殆どの冒険者はB等級への壁にぶち当たって昇級に苦労するのさ」
「B等級昇級への壁ですか」
「うむ、謂わば上を目指す全ての冒険者に対する通過儀礼だな」
そこにヴォルベスが懐かしそうな口振りで口にする。
「懐かしいなぁ、B等級への昇級審査。皆と一緒に受けたよねぇミュフィ」
「うん。個別だったけど、一緒に審査受けたね」
ミリスティとミュフィも、堅実の踏破一党4人が未だC等級だった頃にB等級昇級審査を受けた事を懐かしむ。
「やはり皆さんもB等級に昇級するのは苦労したのですか?」
「いや、俺達は直ぐには受けなかったよ。昇級審査をする前準備に力量を上げて、新しい特殊技能と武技や魔法を幾つか修めてからB等級昇級審査に挑んだのさ。そんで審査を一発で合格、B等級に昇級したって訳さ」
冒険者として経験豊富な歴戦のS等級である彼等の昇級経験談をシャラナは聴き入り、叩き上げで冒険者達の上位者へと成った彼等に尊敬の念を抱いた。
「何事も準備が大事って事さ。特に冒険者稼業をやってると、不足な事態に対する前以てのあらゆる保険が如何に大事かって事が何度も身に染みてるしな」
「然り、然り。特殊技能と武技も大事だが、やはり基礎的身体能力と戦闘技術が物を言わす」
一党の代表であるダムクの言葉にヴォルベスは相槌を打ち、力量という基盤が重要だと言う。
「前以ての準備で一番苦労したのは消耗品とそれを揃える為の資金だねぇ。特に未だ等級が低かった頃は資金面が大変だったしねぇ」
「うん。投擲ナイフ、回収出来ない時は幾らでもある。状況に応じた緊急用も補充して、常に携帯する。特にミリスティ、弓使うから一度の依頼や探索前、矢の手持ち数を充分に補充しないといけないから大変」
「ホントだよぉ。しかも危険度が高い魔物とか魔獣相手になると只の矢じゃ射抜けない事が良くあるから、上質な素材で作った矢を買わないといけないし、前と比べて値の高い矢を補充する様に為ってからお金の消費が増えちゃって大変だよぅ」
ミリスティとミュフィも当時等級が低い頃での消耗品補充による資金の苦労を語り合い、矢の手持ち数を補充するのに前の頃よりも資金の消費が多く為ったと、ミリスティは困った表情を浮かべながら頬をぷくっと可愛らしく膨らますのだった。
S等級冒険者である彼等の経験談は、貴族令嬢であるシャラナにとって非常に為になる話であった。特に冒険者稼業での苦労する面を知る事は、世の中の冒険者という者達の生活事情を理解する事に繋がる。
大半の貴族は冒険者を自由奔放な傭兵、悪く言えば礼儀知らずの無法者と、実際に見聞した訳でも無いのにそういった認識で捉えている。
シャラナは冒険者に対しそういった認識はしてはいないが、彼等の話を聞くまでは、冒険者というのは実際如何いった稼業や生活事情なのかは知らなかった。
シャラナは今まで冒険者を「対魔物と魔獣の傭兵」という社会的な常識として知っている程度だった。
彼女の知り得ているその知識からなる認識は、決して間違ってはいない。
ラウツファンディル王国を含む、各国に点在する冒険者組合が斡旋している仕事は殆ど魔物や魔獣の被害を止める為の討伐である。
騎士は王と王が治める国、そしてその国に暮らす民達を敵国の侵略から守護し、冒険者は騎士達が対処し切れない魔物や魔獣を討伐するのが一般的なのだ。
冒険者という存在は貴族にとって、決して無関係な存在では無い。
彼等の社会的身分は平民と同じではあるが、逆に王族や貴族は身分の高さ故に自由に動く事が出来ない場合がある。特に身分が高ければ高い程、それに比例し権力が強くなる程、ちょっとした独断――――悪く言えば恣意――――による行動は貴族に関する法的により強く制限されてしまう。
そこで貴族に対する法律に当て嵌まらない冒険者が出番となる。
冒険者組合を介し、魔物や魔獣討伐の依頼をすれば良い。そして依頼難易度に応じた金銭を報酬として払えば、依頼する貴族、依頼を受ける冒険者、そして冒険者組合も得する有利な関係に成る。
そしてその関係をより良くするのは、貴族が特定の冒険者に対し名指しの依頼をする事である。
特定の冒険者、若しくは冒険者一党に依頼し、善き関係を作る事で彼等の普段の生活やちょっとした個人的事情、そして様々な冒険談や魔物や魔獣に関する知識を知れ、縁を深めれば頼もしい味方にも成ってくれる。
冒険者側も貴族と親しい関係と成れば、貴族だからこそ出来る権力による助力もして貰える可能性もあるのだ。
なので、決して冒険者を蔑ろにしてはいけない。
彼等は様々な強さの可能性を秘め、貴族では知り得ない知識を知る存在なのだから。
「それに魔法も使うから魔力回復薬も必ず補充しないといけないし、下級魔力回復薬でもそれなりに値段高いから、お金かなり消費しちゃうんだよねぇ」
「そうだな。俺達の中で一番消耗品使ってるのはお前だもんなぁ」
「仕方なかろう。弓は矢、魔法は魔力が無ければ意味を成さんからな」
「でも、この一党の中で唯一の後衛。何時も助かる」
「全くだ。俺達の一党は前衛が3人も居るからな。そんな中に後衛が1人居るのと居ないとで全然違うからな」
「うむ。何時も感謝しているぞ、ミリスティ」
「えへー。皆ありがとー」
ミリスティは一党仲間から是迄の後衛として仲間の補佐を称賛され、ふわふわとした笑みを浮かべる。
「ホッホッホッ、実に善き冒険者じゃな」
彼等の話を聞いていたエルガルムは浮かべた笑みを向けながら口にする。
「御主等になら、護衛を任せられるのう」
「いえいえそんな…、俺達なんか賢者様の足元にも及ばないですから」
エルガルムの言葉にダムク達はむず痒い気持ちが生じ、気恥ずかしそうな表情を浮かべるのだった。
魔導師の偉人にそう言われれば、彼に憧れる誰もが内心嬉しく思ってしまうものだ。
「あんた達、そろそろ2試合目が始まるわよ」
ベレトリクスがそう言った後、全員は顔を試験場へと向け、観戦席からガイアを俯瞰する。
「さて…、最低S等級の強さ、どれ程のものか…」
堅実の踏破一党は内心にこれから始まる2試合目に対する楽しみを抱き、そして刮目し、見極めようとする。
精霊獣、若しくは聖獣らしき謎めく存在の秘めたる力を――――。




