冒険者集いし大都市16-4
「私はC等級冒険者だぞ!! 誰が見ても将来有望な私から冒険者証を剥奪してみろ!! 其方にとって大きな損失に成り得るのだぞ!!」
「他者に迷惑を掛けて依頼を真面にこなさず、規則を守らない貴方が証を剥奪されても、冒険者組合側には何の損失にも成り得ません」
元貴族の男からの脅しにもならない怒鳴り言葉に対し、受付嬢は冷静かつ冷徹な表情を変えず、冷ややかな声音で正論を叩き付ける。
「駆け出しの冒険者達でも素材の品質状態に気を付けて魔物や魔獣種を狩猟し、依頼をこなしているのですよ。貴方はC等級であるのに、それすら出来ないのですか?」
彼女の言葉に、元貴族の男は顔を怒りで真っ赤に染め上げた。
「貴様ぁ!! それは私が駆け出しの雑魚共と同類だと言ってるのか!!」
「自惚れないで下さい。規則すら守らない貴方は駆け出しの者達よりも、人として底辺だと言っているのです」
「こっ、この女ァアアっ!!!」
受付嬢の言葉で癪に障った元貴族の男はホルダーから短杖を引き抜き、大きく幼稚な怒りを目の前のカウンターに居る受付嬢に短杖を突き出し向けた。
「其処迄です」
突如、横から飛んで来た抑止の言葉に、元貴族の男は怒りで真っ赤に染め上げた顔を其方へと向けた。
「其処の者、直ちにその短杖を下ろしなさい」
シャラナは凛とした態度で、此方を睨み付ける元貴族の男に抑止の言葉を告げる。
「何だ貴様…、貴族である私に指図するのか!!」
彼は零落れ失ったスカスカの身分を口にしながら、シャラナに対し怒鳴り散らす。
「貴方が元貴族である事は離れた場所から聴かせて貰いました。此処で失った身分を振り翳すのを今直ぐ止めなさい。貴方の身勝手さによる言動は他の者達に対する迷惑行為です」
シャラナは一切動じず、毅然にして凛とした声で指摘し返す。
「その通りだ! 良いぞ嬢ちゃん、言ってやれくれ!」
そんな様子を見物していた周りの冒険者達から、シャラナに対する声援が湧き起こる。
「その娘の言う通りだぞ! テメェ好い加減にしろよな!」
それとは逆に、元貴族の男に対しては非難の声が次々と上がっていく。
エントランスホールを2種類の声――――声援と非難の声――――が響き渡り、元貴族の男にとってそんな両方の声が煩く、喧しく、不快感が心の底から一気に溢れ生じる。
「小娘如きが生意気な口を叩くな!!! 私はケッテルダム子爵家当主、ヴォンボ・クヴォード・ケッテルダム様だぞ!!!」
「…貴族でないのに未だ自身を貴族と称すのですか、貴方は」
「黙れ小娘!!! 私がわざわざ名乗ったのだぞ!! ならばとっとと貴様も名乗れ、無礼者が!!」
(うわー、ひっどい性格してるなぁ。其方が無礼者じゃん)
男は零落れて貴族ですらないのにも関わらず、口から傲慢な言葉を吐き飛ばし偉がる。
そんな馬鹿の発言に対し、シャラナとガイアは呆れた表情を浮かべ溜息を吐いた。
そしてシャラナは直ぐに凛とした表情へと戻す。
「では、私も自己紹介させて頂きます」
シャラナは貴族令嬢としての礼儀作法を取り、自己紹介をし出した。
「初めまして。私は王都アラムディストから参りました、フォルレス侯爵家当主レウディン・レウル・フォルレスの娘、シャラナ・コルナ・フォルレスと申します」
彼女から自身の素性を耳にした元貴族の男ヴォンボは傲慢憤怒の顔を驚愕の色へと変え、頭の中は惑いふためき出した。
「何…!? フォルレス侯爵家だと…!」
ヴォンボに限らず、受付嬢や周囲に居る他の冒険者達も彼女の素性に驚愕し、驚きの声を上げた。
たとえ彼が未だ貴族という身分が有ったとしても、目の前に居る彼女を敬なければならない爵位が上の存在である。元とはいえ貴族であった頃の爵位は子爵、それに対し彼女は侯爵という五等爵第二位の家柄。そして、今の現状で何方が無礼者かは言う迄も無い。
自己紹介をし終えたシャラナは、ヴォンボに対応していた受付嬢の下へと歩み寄った。
「其方の素材を少し見せて頂いても宜しいですか?」
「はい! どうぞ御覧に」
カウンターに置かれていた黒焦げた何かの毛皮1枚を手に取り、軽く触り確かめる。
軽く触れただけで黒焦げた毛はボロボロとカウンター上に零れ落ち、黒焦げた毛は真っ黒な灰と化すのだった。
(うわぁ…、完全にボロボロの炭状態じゃん。そりゃあ誰が見たって使い物にならない事ぐらい一目で判るし、納品受付を撥ね付けられて当然でしょう)
ガイアもその場から動かず少し遠目で黒焦げた何かの毛皮を見て、内心で呆れるのだった。
シャラナはそれを手にした儘、ヴォンボの方へと振り向く。
「貴方は随分と冒険者組合を軽視しているようですね」
「何?」
「この様な製作素材にも成らない廃棄物を押し付けて報酬を取ろうとする。これを依頼者が見て納得すると本気で思っているのですか?」
「依頼者だあ!? 依頼者が如何思おうが関係無い! 貴族である私がわざわざ狩猟したのだから、報酬金を貰って当然に決まっている!」
(いや、そこ身分関係ないって言ってるだろ)
ヴォンボの自己中心的な発言に、ガイアは更に呆れながら思う。
そんな発言に対し、シャラナは反撃の言葉を透かさず発した。
「では逆に貴方が依頼する側だった場合、貴方はこれを受け取り、依頼を請け負った者に報酬金を支払う事が出来るのですか?」
「そんな塵屑に金など払う訳ないだろう!!」
「その塵屑を押し付けて報酬金を支払わせようと、貴方はそんな非常識な行為をしているのですが」
「うっ…、わ、私は貴族――――」
「身分は関係ありません。たとえ貴族という社会的身分が適用されても、貴方の身勝手な言動は許容されないのは当然です」
シャラナの論破にヴォンボはたじろぐ。
「貴方がしている行為は依頼者に対する軽蔑です。それと同時に、それは冒険者組合の信用を貶める愚行をしている事に成るのです」
「私が愚行を犯しているだと!? ふざけるな!! 私はこの通り依頼を受けてやってるではないか!! 受けてやっているだけでも、私に対し有り難いと敬服するのが当然だろ!!」
「それは間違いです。冒険者である貴方は冒険者組合から依頼を斡旋して貰っている側です。冒険者組合が成り立っているのはダンジョンに限らず、数多くの依頼者の存在もあるからです。その依頼者達からの信用を無くせば、信用出来ない冒険者には依頼が来なくなるのは当然の道理。それは冒険者組合の信用にも関わる事です」
ヴォンボの反論に対し、シャラナの冷徹な言葉で反論し返す。
「良いですか、依頼を出す側と依頼を受ける側で大切な事は身分ではなく互いの信用です。そしてそれを仲介し、依頼者から報酬が得られる仕事を斡旋しているのが冒険者組合だという事を理解して下さい」
まるで演説するかの様なシャラナの正論に、周りの冒険者達は更に声援を上げ彼女を讃える。
それに引き換え取巻きの2人はヴォンボの味方ではあるが、周りは敵ばかりであった。
「確か、貴方の冒険者等級はCだと仰っていましたね」
「そ…、そうとも! 私はC等級冒険者だ!」
等級を訊かれたその後、ヴォンボは内心ニヤリと嗤い開き直る。
「フォルレス侯爵家の小娘、此処では貴様の身分は意味を成さないぞ。等級を持たないお前より、C等級である私が上なのだぞ」
(うわ、出た。都合の悪い方は棚上げして都合の良い方だけで自分を良く見せようとするこじつけ)
こういう不都合な時に限って、空っぽの身分から今有する冒険者としての地位という都合の良い方へと摩り替える様にころっと変え、ヴォンボは何が何でも自分の方が立場が上だという状況を作ろうとした。
しかし、シャラナは呆れた表情を浮かべ溜息を再び吐いた。そして受付嬢に質問をする。
「彼は本当にC等級なのですか?」
「はい…。残念ながら…、一応はC等級です…」
受付嬢の〝残念ながら〟という言葉の意味、それは冒険者としての実力は有るのだが人として性格が難であるという事だ。
視線を受付嬢からヴォンボへと移し、残念な人を見る様な眼差しを向けた。
「駆け出しの冒険者でも気を付けているのに、C等級である貴方はそれすら出来ないのですか?」
「きっ、貴様っ! この私を侮辱しているのか!?」
「侮辱するも何もありません。貴方は自ら恥辱を晒しているという事を認識していないのですか?」
「わ、私の何処が恥辱を晒しているというのだ!?」
「先程から失った身分を笠に着た勝手な言動と、貴方が持って来た素材にも成らない黒焦げた毛皮を押し付け、報酬金を支払わせようとしていた不当行為です」
シャラナからの冷静な指摘にヴォンボは悔しい感情を抱かされるが、それでも傲慢無礼な態度は改める事は一切無く、聞き分けの無い言動を続ける。
「それが如何した! 私はC等級冒険者にして上級魔導師なのだぞ! 待遇されて当然の事だ」
(うわぁ~……、何つう我儘発言…。どんだけ酷く甘やかされてきたんだよ此奴は)
等級がそれなりに高かろうが上級魔導師という職業を修めていようが、それは関係無い。
どんなに力量が有ろうと、周りに迷惑を掛けている時点で待遇なんぞこれっぽちもされる訳が無いだろう、とガイアは内心で彼に対し呆れ蔑むのだった。
「好い加減にしなさい!! ヴォンボさん!!」
そのヴォンボの発言に対し受付嬢が両手をカウンターにバンッと強く叩き、怒りを顕にした大きな声を上げ、シャラナの援護射撃をし出す。
「貴方は最近の素材納品依頼57件全て失敗してるんですよ! その所為で依頼者達から苦情が来たのをもう忘れたのですか!? 此方は貴方の所為で冒険者組合の信用を疑われているんですよ!」
受付嬢は今まで抑えていた不満と怒りが爆発し、ヴォンボに殴り付けるかの様に説教を口にし出す。
「何が待遇されて当然ですか! 等級はその人の実力の高さを証明する階級であって、社会的身分の証明ではありません! 貴方は本当に馬鹿ですか!」
「な…! この…」
非常に分かり易く簡単で威力が抜群の〝馬鹿〟という言葉を思い切り投げ付けられたヴォンボは、不快という黒い感情で顔を歪めた。
「これ以上私を侮辱すると如何なるか………、ん?」
ヴォンボはシャラナのへと睨みながら視線を移した時、ある存在を視界に映し、怒りと不快さが急激に鎮火した。
その原因は、シャラナの隣に居るガイアを目にしたからだ。
ヴォンボの内に在った怒りと不快さは黒く下卑た金銭的欲望へと変わり、それと同時に表情も下卑た笑みを浮かべた。
(ん? 何だよ、此方見んな)
ヴォンボから下卑た視線を向けられたガイアは不快感を煽られ、顰めっ面を浮かべるのだった。
「おい小娘」
「? 何ですか?」
ヴォンボの態度の急な変化に、シャラナは疑問と嫌な予感を抱きながら返事を返した。
すると、ヴォンボはとんでもない発言を口走らせるのだった。
「其処の下等な魔獣を私に献上するなら、是迄の発言を全て許してやろうではないか」
「………は?」
(………は?)
彼の口走った愚案にシャラナとライファ、そしてガイアは更に顔を顰めた。
彼女2人とガイアだけではない。
彼に対応してた受付嬢、その他の組合職員達、周囲に居る冒険者達の表情も不快の色を浮かべ、嫌忌に満ちた視線をヴォンボに向ける。
そしてその馬鹿に対し、皆はこう思うのだった。
――――此奴、馬鹿か。
傍から見て、最初から傲慢無礼な言動で迷惑を掛けていたのはヴォンボである事は明らかである。にも関わらず、まるで自分は何1つ無礼も恥辱も晒していないかの様な態度を取り、更にはガイアを寄越せば許すとシャラナをまるで無礼者扱いをし出したのだ。
これには誰もが内心に不快感を抱き、顔を顰めて当然の発言だ。
「何故、貴方にガイアを渡さなければならないのか意味が解りません」
シャラナは僅かに不快さを含んだ声音で訊ねた。
眼前のヴォンボの唐突な目的が何なのか、シャラナは確信という予想は付いていた。
ヴォンボの愚案の目的、それはガイアの背に生えた鉱石と原石が目当てであるからだ。
貴金属の真の銀や神秘の銅に加え、紅玉や蒼玉、金剛石等の高価値な原石が直ぐ其処に在るのだ。それ等全てを換金すれば、金貨数千――――いや、少なくても白金貨100枚は確実に得られる。そんな小さな宝の山であるガイアを金銭目当てで狙っている事は明白だ。
そして訊ねられたヴォンボは、まるで自分は寛大な器を持つ高貴な者だと言わんばかりの態度を取りながら返答する。
「解らないかね? 貴様の様な小娘如きではその魔獣を使いこなせないだろうから、この私が有効に使ってやると言っているのだよ」
彼は親切に言っているつもりなのだろうが、明らかに軽視した発言である。
「如何だ? そうすれば先程迄の私に対する愚かな発言を全てを許すのだから、良い提案だろう?」
一方的な取引にして自分勝手な発言に対し、シャラナは怒声を放った。
「ふざけるのも好い加減にして下さい!! 何が許すですか、傲慢無礼を振り撒いておきながら!! 貴方は周りからの評価を認識出来ないのですか!!」
怒鳴られるとは思いも寄らなかったのか、ヴォンボはビクッと身体を竦ませると同時に、驚愕の表情を瞬時に浮かべた。
「そしてガイアは物ではありません!! 私にとって大切な家族を貴方の様な人に渡す訳が無いでしょう!!」
シャラナの怒りが波紋の様に広がり、周囲の冒険者達は彼女の怒りを共感し、一斉にヴォンボに対する非難の声を投げ付け出した。
「そうだぞヴォンボ!! テメェ何を阿呆な事吐かしてんだよ!!」
「アンタ頭可笑しいんじゃないの!?」
「何が許してやるだよ!! 零落れた元貴族が侯爵令嬢相手に偉そうに言ってんじゃねえぞ!!」
「お前貴族だったんだろ!? 貴族だった癖に今まで常識学んでねぇのかよ!」
「冒険者稼業する前にちったぁ常識学んでから出直して来いよ! テメェは嬢ちゃんより年上だろ、恥ずかしくねぇのかよ!」
「そうだそうだ!! 常識学べよ、常識をよ!!」
周囲は一気に幾多の非難の声が響き広がり、そんな幾多数から非難の声を浴びせられるヴォンボは焦燥を抱き、表情は再び不快感で歪ませるのだった。
「ええい黙れ黙れぇ!! これ以上私を侮辱するなら貴様等全員殺すぞ!! それでも良いのか!!?」
その狂言をヴォンボが口走った直後、周囲に居る冒険者達は一斉に武器を握り、何時でも抜き放てる様に構え、敵意の視線をヴォンボ一点へと睨み定める。
非難の声が急に治まった直後、エントランスホールはぴりついた空気へと一変する。
「な…、何だ…。何だその目は…!? その目を今直ぐ止めろ、無礼者共が!!」
何度も己の周囲を見渡しながら怒鳴り散らし畏怖させようするが、そんな力などこれっぽっちも無い彼の言葉には誰も通用しなかった。
「これ以上、貴方自身が是迄の失敗や身勝手を顧みず言動を改めないのでしたら、侯爵家の者として冒険者組合での立会人として、冒険者としての是迄の実績と人間性の評価を基に等級降格、場合によっては冒険者証の剥奪を冒険者組合の者達と話し合い、貴方の処分を決定させて頂きます!」
「な、何だと!? き、貴様っ、子爵である私に対して、その様な言動をして済むと思ってるのか!?」
「子爵として相対するのでしたら、私はフォルレス侯爵家の者として不逞行為をし続けている貴方の処分を決めさせて頂きます!」
「ぐ……!」
元は貴族とはいえ、それを盾に威張り散らしても相手は侯爵家の者。子爵であるヴォンボでは地位だけでなく侯爵としての権力には敵わない。冒険者での等級を突き出し自慢しようとも、是迄重ねて来た周囲に対する傲慢無礼行為や依頼実績の悪さといった膨れた悪評により、冒険者組合からは誰も居ない場所へ消えて欲しいと密かに迷惑がられている。
つまり、彼は何方を盾にしようとも逃げ場が無い最悪な立場なのだ。
ヴォンボは今の立場を漸く理解し、現状を恐れた。
冒険者としての、己の地位が剥奪される事に。
そして再び転落し、奈落の底というどん底人生に逆戻りしてしまう。
だが、ヴォンボは認めない。
己の是迄の行い全てが愚行である事を、ヴォンボは認めようとはしなかった。
そして彼の内に在る傲慢と貴族に返り咲くという黒い欲望が、暴走という愚行を衝き動かしてしまった。
「お前等!! あの小娘をとっ捕まえて人質にしろ!!」
遂に狂ったヴォンボの言葉に誰もが驚愕した。
ヴォンボの命令に取巻きの男2人が動き出し、武器を抜き放ち、構え出しながらシャラナに近付き、暴行を加え拘束しようとした。しかし直後――――
「その様な犯罪的暴挙を御嬢様に対し愚行するのであれば、それ相応の対処をさせて頂きますが――――」
間合いを音も無くヴォンボの眼前にライファは詰め寄り、喉元に麻痺の短剣の刃をギリギリ当たりそうな辺りで突き付け、脅しと言っても良い警告をライファは冷徹に告げた。
まさに一瞬。
たった一瞬の出来事にヴォンボは直ぐ理解する事が出来なかった。
しかし、ライファの警告を聞いた後の少しの間で理解し、恐怖の表情を浮かべた。
「――――宜しいですか?」
ライファの鋭い金の瞳に宿る冷酷さを感じ取ったヴォンボは両手を震わせながら顔の辺りまで上げ、口をぱくぱくさせながら両の掌を左右に数度振り、「命だけは」と言いたげな表情で情けなく伝える。
その一瞬の後、その一連を観ていた周囲の冒険者達と冒険者組合の職員達から盛大な拍手喝采が沸き起こった。
美人侍女の正当な牽制行為に皆誰もが称賛を送る。
ライファはすっとその場を離れ、シャラナの下へと歩み戻った。
その後、シャラナは受付嬢にある確認を問う。
「先程の彼の行為に対し、冒険者組合側はどの様な処分を下しますか?」
「はい。是迄の実績と不逞行為を含み、未遂とはいえ犯罪行為を行おうとした為、規則に則り、冒険者証剥奪と冒険者登録名簿からの抹消、そして冒険者登録不可と入出禁止を定め黒表に登録します」
受付嬢の言葉にヴォンボは驚き、絶望に近い驚愕の表情を浮かべた。先程迄の降格、若しくは剥奪という危ない可能性が悪化し、剥奪確定と成ってしまったのだ。
「お、おい、ちょっと待て! 何を勝手に決めてるのだ!」
最悪の決定にヴォンボは慌てふためいた。
「勝手などではありません。貴方が規則を破り続けるだけでなく、侯爵令嬢様に無礼を働き、未遂とはいえ人質に取ろうとしたではありませんか。その様な犯罪を起こす輩を置くのは、冒険者組合の信用に関わります」
受付嬢は慈悲の一欠片も無い冷ややかな声音でヴォンボに告げる。
「ですので証を返却して頂きます。今直ぐに」
「こ、断る!!」
首に下げた金の金属板を隠す様に握り、絶対に取られまいとする。
「これ以上、駄々を捏ねる様でしたら冒険者組合長を呼びますよ」
その言葉にヴォンボは顔を真っ青に染め、絶望の表情を浮かべるのだった。
冒険者組合長の名が出されれば、流石のヴォンボも口を閉ざさるを得なかった。此方に出て来られては、何も口答えをする事が出来ないからである。
ヴォンボの貴族へと返り咲くという欲望に塗れた道は崩壊し消え失せた。
(何故だ!? 如何してこうなったんだ!?)
ヴォンボは是迄の冒険者としての人生の過去を振り返る。
(私の何がいけないというのだ!?)
己の是迄の行いを振り返る。
(悪くない! 私は何も悪くない! 私は貴族なのだから、何も悪くない!)
しかし、ヴォンボは是迄の傲慢無礼な行いを正しい行いだと、己基準で決め付ける。
(何奴も此奴も…、平民共が貴族である私を虚仮にしやがってぇぇ!!)
ヴォンボは内心で溢れんばかりに生じる絶望感と苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざり、汚泥の様に汚くどす黒い感情で顔を歪め、頭を掻き毟るのだった。
そして、こうなってしまった原因をヴォンボは唐突に導き出した。
(彼奴だ…)
ヴォンボは頭を掻き毟る行為を急に止め――――シャラナを睨み付けた。
(――――あの小娘だ…)
この不幸な現状を招いたので私ではない。あの小娘が私を貶めたのだ。
そう己で己を弁護するのだった。
今のヴォンボには、そんな思考しか出来なかった。
そしてヴォンボは遂に狂い、奇声を急に上げ出した。
「ぉお前だああぁぁぁ!!! お前の所為でええぇぇぇ!!!」
短杖をシャラナに差し向け、一気に魔力を短杖の先端へと込め集め出した。
「おいあの馬鹿、殺す気だぞ!」
明らかに殺人を犯そうと狂い暴走するヴォンボに誰もが驚き、それを観ていた冒険者達は急ぎ止めようと慌てて動き出そうとする。
「死んで詫びろ小娘えええぇぇ!!!〈火炎――――」
(させるか!)
ヴォンボが魔法を放つ前に、ガイアはシャラナを護ろうと動き出そうとし、ライファは既に麻痺の短剣を構え再び急速接近で迫り行こうとしていた。
「――――動くな」
その直前、物静かな声がヴォンボの耳元で囁く。
その囁きを耳にした瞬間、ヴォンボの全身は無意識に硬直した。
何時の間にか、彼の背後に猫人族の女性が突如と現れたのだ。
程々の肌の露出度のある黒み掛かった紫色の忍び装束、内側には黒く艶の無い鎖着、腰には3つの革製小袋、両腕には漆黒の籠手、手には刀身が漆黒色で光を反射しない片刃の短剣が握られている。両太腿には投げナイフが両方合わせて6本収まっているホルダーに、脚には黒革製の半長靴を履いていた。
身体付きは華奢で成人女性の平均身長程の高さであり、綺麗な顔立ちと金色の猫目に、艶やかな黒髪のショートヘア、そして頭には可愛い大きな猫耳と腰下に長い尻尾が生えた女性である。
(えっ!? 何時の間に!?)
その一瞬はライファをも超えた速度であり、瞬きする間すら許さないあっという間の出現だった。
まさに瞬息の如く。
「僅かでも放とうとしたら、即座にお前の首を斬る」
猫人族の女性は感情が余り込められていない物静かな声音で、ヴォンボに脅迫の言葉を囁く。
ヴォンボは恐怖の色一色に染まり、心身共に震え出す。
脅されたから恐怖しているのではない。背後から鈍感な者ですら感じてしまう程の、静寂ながら悍ましい殺気を浴びせられ、ヴォンボの鈍い直感が警鐘をガンガン鳴らしている所為である。
「ひっ!? へひっ……!」
首に漆黒の短刀の刃を当てられているヴォンボは顔を恐怖で歪ませた。
「お前、今のはやっちゃあ不味い事だぞ」
今度は2人の男性がその場へと入り込み、其々がヴォンボの取巻き2人の背後に立ち、彼等の腕を掴み暴挙行為を牽制し封じる。
1人は一目で剣士だと解る風貌で、人間の男性で身長は一般男性より高く身体も全体的に大きめである。そして青色を基調とした兜無しの全身鎧を身に纏い、腰に革製小袋を身に付け、背にはバスタードソードと呼ばれる大剣と大型の盾を背負っていた。黒色の短髪に、顔付きは若干強面だが嫌な威圧感は全く感じない。
もう1人はその剣士よりも背が高く大柄であり、全身に生えた毛の色は灰色、金の瞳、そして頭全体は狼そのものである人狼族の男性だ。身に付けている衣服類は革製胴衣をそのまま肌着を着ずに羽織り、上質そうな素材で作られた洋袴を穿いている。両腕に腕輪、両足首に足首飾り、首には首飾りといった白銀色の金属を基調とし、其処に金を使用した芸術的な細工が施された装身具に、腰には黒革帯と革製小袋、そして足には短靴を身に付けていた。武器は何1つ所持していない身形から、彼は格闘士であると見て判る。
(うわぁ、あの獣人さん身体メッチャ大きい。犬……いや、狼の獣人?)
ガイアは更に現れた人狼族の男性を見上げ、威圧感のある体格全体をその場から眺めた。
「大丈夫ですかぁ? 侯爵令嬢様」
今度は突然、シャラナの背後からふわっとした声を掛けられると同時に別の者が現れた。
(ぬおっ!? 更にもう1人!)
ガイアに限らず、シャラナも吃驚しながら後ろを振り向く。
後ろを振り向けば、直ぐ傍に一目で見惚れてしまう美麗な女性が居た。
髪は腰まで伸びた美しい薄緑色に、パッチリとした目に蒼玉の如く透き通った青色の瞳、一般女性より少し長身で身体付きはすらっとしており、そして顔立ちは非常に整った美麗で可愛らしい顔をしている。
ガイアは彼女の特徴的な耳に注目し、彼女が何の種族かを即認識した。
(わぁ…! エルフだぁ!)
そう。背後に現れた彼女は森人族である。
薄い緑色を基調とした衣服に金糸で美麗で芸術的な模様を刺繍されており、魔獣の上質な毛皮を鞣し作られたであろう上質な毛並みの毛皮鎧に、手の甲部分に魔法陣の様な模様が銀糸で刺繍された革手袋、太腿半分まで覆う革長靴も革手袋同様に靴全体にも銀糸で芸術的な模様が刺繍されていた。そして背には、美麗で芸術的な弓と白銀金属の細工が施された矢筒を背負っていた。
間違い無く森人族の彼女は弓使いだと、ガイアは一目で理解した。
「おいヴォンボ。冒険者ってのは基本的に自由な奴等の集まりと言っても良いがな、度が過ぎた好き勝手を遣って他人に迷惑掛けちゃいけねんだよ。自分の自由ってのは自分で責任取らなきゃいけねぇもんなんだよ」
剣士の男は硬直状態のヴォンボに対し指摘を告げ出す。
「冒険者組合はな、実力だけで成り上がろうとする奴には向かない場所なんだ。どんなに実力が有ろうが素行も人格も悪けりゃ誰にも信用されねぇし、名指し所か他の依頼を斡旋してくれなくなるぞ」
「わ……、私は…、き、貴族なのだ――――」
「たとえお前が今も貴族であっても、犯罪者の子息だった事実は一生変わらない」
「犯罪者の子息? 彼はいったい何処の貴族だったのですか?」
猫人族の女性の口から初めて聞いたヴォンボの一部の素性に、シャラナは猫人族の女性に尋ねた。
「此奴は15年程前迄、王都アラムディストに居た貴族――――ケッテルダム子爵家当主ゲリメード・ベドン・ケッテルダム子爵の子息。此奴の父親は裏で違法である奴隷売買をやっていた。子爵へと昇格した時から永年し続けて、私腹を肥やしていた犯罪者」
「奴隷売買を…!」
(うわっ、此奴の父親そんな事やってたのかよ)
シャラナとガイアは彼の父親の素性を知り、嫌忌の表情を浮かべた。
「ライファ、知ってますか?」
「いえ、私も存じません。初めて知りました」
シャラナの訪いにライファは首を傾げる。
「侯爵令嬢様が知らないのも当然。フォルレス侯爵家の現当主なら知ってると思う。此奴はゲリメードの犯罪の所業に加担してた前科を持ってる」
(げぇ?! 前科持ちなの!?)
奴隷売買に加担という前科を持ちながら、何故此奴はのうのうと冒険者をやっているんだとガイアは驚く。
「奴隷売買行為を魔導師団の隠密部隊に暴かれ、是迄の所業全て国王に知られたケッテルダム子爵家は貴族の身分剥奪と全財産を押収され、ゲリメードとその妻は罰としてダウトン鉱山国に強制移送、衛兵の監視の下、罪人として採掘の奴隷労働をさせた。けど2年か3年で過労死した」
「では何故、彼は此処に居るのですか?」
シャラナからの質問に、猫人族の女性は知り得ている情報を答えた。
「此奴は永年犯罪を続けていた父親と違って加担は1年未満、余り犯罪を積み重ねてないから罪はそこまで重く無かった。此奴だけは永久国外追放。追放された後1人で此処テウナク迷宮都市に彷徨い着いた。その後は言う迄も無く冒険者に成った、という経緯」
「その事に関して冒険者組合側は…」
「随分前から冒険者組合職員に限らず、他の冒険者達も存じています」
シャラナがするであろう質問に対し、受付嬢が答えた。
「王国からの永久追放という罰を既に受けた彼を撥ね付ける権利は、我々テウナク冒険者組合に有りません。前科が持っていても、是迄の所業を悔い改めるのでしたら此方は受け入れます」
そう言いながら受付嬢は視線をヴォンボへと移し、呆れた眼差しをジロッと向けた。
「ですが、此方でも迷惑行為を続け冒険者組合での規則を破り続けるなら別ですが」
己の心を正しく改めるなら前科に関しては目を瞑るという冒険者組合からの慈悲を蔑ろにし、冒険者組合職員や他の冒険者達に傲慢無礼な言動をし続けきたのだ。呆れた目を向けて当然である。
もはや冒険者組合側にとって、ヴォンボは迷惑此の上ない存在なのだ。
「何より、侯爵令嬢様に対し殺人行為を行おうとしたのです。冒険者証の剥奪は当然確定の上、殺人未遂の罪で収容所に収監するか一応此方で話し合って決めます」
そして受付嬢は深々と頭を下げ、侯爵令嬢であるシャラナに感謝と謝罪の言葉を告げ出す。
「助けて頂きありがとう御座います。そして大変申し訳御座いませんでした。我々冒険者組合がこの様な身勝手な彼を改心させる所か、侯爵令嬢様に対する暴挙を未然に防ぎ抑える事も出来ない始末です」
「頭を上げて下さい。そして気負わないで下さい。貴女は冒険者組合の職員として当然の対応を立派にしたまでです」
シャラナは受付嬢からの感謝と謝罪の言葉に対し、如何か気にしないでと優しく気遣う。
「然り。侯爵令嬢様の言う通りであるぞ、受付嬢殿」
其処に人狼族の男性から張りのある声が飛んで来た。
「其奴は注意も指摘も聴かぬ上、幾度も規則を破り続けたのだ。受付嬢殿に非は一切無い」
「そうそう。寧ろ、ずーっと我儘やって迷惑掛け続けたその人が悪いんだから、冒険者組合側はぜーんぜん悪くないよねぇ」
人狼族の彼に続いて、森人族の彼女もふわっとした声音で受付嬢を気遣う。
「じゃあこれは私が返しておく」
そんな話の中、猫人族の女性は気付かぬ内にヴォンボから離れ、カウンターに居る受付嬢の前へと移動していた。そして彼女の掌には、3つの金の金属板が在った。
「え…、あっ、えっ!? 何時の間に!」
ヴォンボは慌てて首辺りを探り確認し出す。そして取巻き2人も慌てて、冒険者の認識票である金属板を探り確認し出す。
彼女が持っているその金の金属板の持ち主は、ヴォンボと取巻き2人である。
いや、もうそれは彼等の物ではなくなった。
猫人族の女性の手から受付嬢の手に渡り、ヴォンボとその取巻き2人の冒険者証剥奪は呆気無く完了するのだった。
「かっ、返せ! それは私のだぞ!」
ヴォンボと取巻き2人はバタバタと慌てて走り、受付嬢から冒険者証を奪い返そうとするが既に手遅れであり、カウンターからさっさと離れ去って行く受付嬢との距離は遠く、カウンターで隔たれている為どんなに手を伸ばしても届く事は無い。
ヴォンボは諦めず、カウンターを乗り越えようとした。
「おいヴォンボ、元は貴族だった癖にカウンターに上るなんざ行儀が悪いぞ」
剣士の男がヴォンボを片手で掴み、そのまま軽々と投げ飛ばすかの様にカウンターから引っ剥がした。
「お前達も好い加減に、それっ」
人狼族の男も取巻きの2人を同時に掴み、軽々と同時に2人を放り投げた。
(おおー、ああも軽々と)
ガイアは冒険者証を剥奪された3人が投げ飛ばされてる何とも間抜けな光景を内心で笑う。
(しかし凄いなぁ、あの剣士さんと獣人さん)
そして剣士と人狼の膂力に感嘆という驚きをガイアは抱いた。
(この人達も冒険者だよね? 等級はどれ位……)
人間の剣士、無手の人狼族、忍びの様な猫人族、弓使いの森人族、ガイアは彼等4人の首に下げられている煌めく金属板を視界に映した。
(神秘の銅の金属板だ!)
先程見た金の金属板よりも貴重な金属板である。
それを見た直後、ガイアは即理解した。そして直感した。
この人達は間違い無く強い――――強者と呼ぶ存在だと。
「大丈夫ですかい? 侯爵令嬢様」
剣士の男がシャラナの下へと歩み寄りながら話し掛けた。
「はい、助けて頂きありがとう御座います。御陰で被害が出ずに事が済みました」
「そう言って貰えるのは光栄な事です」
「如何か気を楽に。冒険者組合ではお互いが対等である場なのですから、少し砕けても気にしませんよ」
「そうで…、そうか、ならそうさせて貰おうかな」
剣士の男は少し照れ臭そうに頭をガシガシと掻き、若干強面の顔を緩め微笑を浮かべた。
「先程の対応は実に素晴らしかった。流石はフォルレス侯爵家の御令嬢殿だ」
そして剣士の男の後に人狼族の男もシャラナの元へと近寄り、張りのある声で感心の言葉を口にする。
「それに其方の侍女殿も実に見事だった。一瞬で間合いを詰め相手を牽制した技量は相当なものだ」
「御褒めに預かり光栄です」
人狼族からの称賛にライファは丁寧に御辞儀をする。
「一瞬ではあったが身のこなしからして、修めている職業は暗殺者と御見受けする」
「はい、御明察です」
「ほぉ、やはり只者ではなかったか」
人狼族の男は何やら嬉しそうに笑みを浮かべた。そして顔をシャラナの方へと向け訪い掛ける。
「侯爵令嬢殿は一目見た所、魔導師であるのは間違い無さそうだ」
人狼族の男は好奇心に近いものを宿した目でシャラナの顔を少しジッと見詰めだす。
「ミリスティ、如何感じる」
「うん。この娘、間違い無く上級女魔導師だよ。それに魔力が澄んでるし、聖職者の職業も修めてるよ」
「ほう! ミュフィの情報通りだな」
人狼族の男はミュフィと呼んだ猫人族の女性に顔を向けながら言う。
「皆、それよりちゃんと私達も名乗るべき」
「あ、そうだった。未だ名乗ってなかったな」
剣士の男は猫人族の女性ミュフィに気付かされ、自分達に関する自己紹介を始めた。
「俺はダムク。んで、此方のデカい人狼族は」
「うむ、ヴォルベスだ」
「ミュフィ。猫人族」
「私は森人族のミリスティだよぉ」
短く簡単ではあるが、4人其々の個性が感じ取れた自己紹介であった。
「初めまして、私はシャラナと申します。此方は私の専属侍女のライファです」
「初めまして、ライファ・ベラヌと申します」
「そしてこの子は――――」
シャラナがガイアについて紹介しようとしたその時、
「お前の所為だ…! お前が余計な真似をしなければ…!」
その怨嗟の様な声の発生源へと全員が顔を向け、呆れた表情を浮かべた。
「如何してくれるんだ! 責任を取れ!」
そう。ヴォンボである。
「お前しつこいぞ。これ以上問題起こせば即収容所行きになるぞ」
未だ何か遣らかしそうなヴォンボに対し、ダムクは呆れながら警告する。
しかし、ヴォンボはダムクの警告を無視し、シャラナに向かって軽蔑の言葉を口にし出す。
「安全な場所でぬくぬくと育った小娘が調子に乗るな! 魔物や魔獣種とも闘った事も無い癖に、C等級である私に対し冒険者でもないお前如きが意見するな!」
そんなヴォンボの見下しの言葉に対し、シャラナは内心更に呆れながら反論を言い返す。
「貴方は証を剥奪されてもう冒険者ではないのですから、C等級以前に、もう等級すら持っていないじゃないですか」
「そ、それでも私はC等級の力量を持つ上級魔導師である事は変わり無い」
「そうですか。ですが私は、先生の下で魔導師としての修行の旅をしてきた身です。魔物や魔獣種との戦闘経験は積んでおります」
「ほーう。その先生とやらは何処の何奴だね? ま、如何せ其処等に居る有象無象の下等な魔導師なのだろうがな」
シャラナの反論に対しヴォンボは高慢な態度を決して改めず、更には〝先生〟という存在を下等だと見下し嘲るのだった。
「未だ収拾ついとらん様じゃのう」
そんな時、ある老人の声が耳にした全員は顔を其方へと向け、その直後に顔色を変えた。
シャラナ側は安堵の色を、種族別々である4人は憧憬の色、そしてヴォンボと取巻き2人は畏怖という色を表情に浮かべた。
彼等の元へと歩み近付くのは〝賢者〟と称される偉大な魔導師、エルガルム・ボーダムである。
「まーた貴族絡みの面倒事に遭うなんて、もうやぁねぇ~」
そして彼と共に歩み近付く彼女は〝錬金の魔女〟と称される妖艶な女魔導師、ベレトリクス・ポーランである。
「まぁ貴族というても、元貴族じゃがな」
「それでも嫌よぉ。ああいう貴族と関わるのは」
「申し訳御座いません。我々職員は是迄何度も警告し続けたのですが、彼は何時もああなんです」
偉人2人の隣には、先程S等級冒険者一党の募集を頼んだ受付嬢が伴っていた。
「け……〝賢者〟と〝魔女〟だと…」
ヴォンボは顔を引き攣らせ、数歩その場から後退りをした。
そんな彼を其方退けて、受付嬢が4人種族別々の冒険者の元へ歩み寄り話し出した。
「ダムクさん、堅実の踏破一党に賢者エルガルム様からの名指し依頼が御座います」
それを聴いた〝堅実の踏破〟と呼ばれた4人の冒険者は目をキラリと輝かせた。
「何と!! 賢者エルガルム様から直々の指名依頼か!!」
特に人狼族のヴォルベスは目を喜悦に満ちた輝きを宿し、受付嬢にズイッと迫り寄るのだった。
「マジか! そりゃあ願っても無い事だな!」
剣士の男ダムクは、人生で初めて魔導師の偉人から名指しされた事に嬉々の色を浮かべる。
「わぁー! 賢者様からの依頼だって、ミュフィ! どんな依頼だろう!?」
「うん。賢者様からの依頼内容、凄くドキドキする」
森人族のミリスティと猫人族のミュフィも、偉人からの依頼内容に期待が膨らむのだった。
(え! この人達、S等級冒険者だったのか!)
受付嬢が4人の冒険者に告げた内容を聴いたガイアは、彼等がS等級冒険者である事を知り驚愕した。そしてガイアは、彼等の醸し出す雰囲気をジッと視た。
(ほぇー。確かに他の冒険者達とは風格が全然違うもんなぁ。何だろう、単に強いってだけじゃなくて、カリスマみたいな人を惹き付けるものもある感じがするし)
容姿から視て取れた意味では無い。容姿も中々のものではあるが、彼等は内に秘めた力量に限らず、善良なる人間性から生じ得た社会性の高い魅力をも有している所をガイアは感じ取るのだった。
「して、その依頼は如何な内容で!?」
ヴォルベスは依頼内容を早く聴かせて欲しいと言わんばかりに顔を受付嬢に近付け、目を誰よりも輝かせる。そして彼に迫られる受付嬢は、微笑の上に困った感情を浮かべていた。
「それは儂が話そう。此処で立ち話するのもなんじゃ、場所を変えて詳しく話そうではないか」
「それでしたら特別待合室が御座いますので、其方に御案内致します」
「うむ、そうしよう」
特別待合室を勧める受付嬢に対し、エルガルムは頷きながら了承した。
「では行こうかの」
「はい、先生」
「せ……、先生…!?」
それを耳にしたヴォンボは目を丸くし、驚愕の感情を含む掠れた様な声を発する。
そんな声を耳にしたエルガルムは彼に視線を向け、微笑を浮かべた。
「そうじゃよ、儂がシャラナの先生をやっとる其処等に居る下等な魔導師じゃが」
微笑は浮かべているがそれは口元だけであって、目は一切笑っていなかった。
「まぁ貴族生まれのお前さんから見れば、平民生まれの儂なんぞ、其処等に居る下等な存在に見えるのじゃろうな」
口元は笑い、目は一切笑っていないエルガルムの表情は非常に恐ろしく、その偉人から醸し出されている威圧感にヴォンボは心身共に寒気立つのだった。
そんな様子を見た堅実の踏破一党も、偉大な魔導師の貫禄から来る巨大な威圧感に畏怖の念を生じた。
凍て付くが如くの僅かな沈黙が経過した後、エルガルムは表情をパッと柔らかな色を浮かべ、今思い付いたかの様なある提案を口に出した。
「お前さんに今から、シャラナと模擬試合をして貰おうかの」
「……え?」
ヴォンボは固まった恐怖の顔の儘、エルガルムの言った事に疑問を抱いた。
「御主、今は訓練所か試験所は空いとるかの?」
「え、あ、はい! 試験所でしたら、現在誰も使用して居りません」
「良し。では彼等と今後の打ち合わせの前に、此方を片付ける序でに肩慣らしでもさせるかの」
エルガルムのニッと浮かべた笑みを見た瞬間、ガイアは理解した。
(あ、これシャラナに彼奴等をボコらせる気満々だ)




