冒険者集いし大都市16-3
(おおー!)
目的の地下ダンジョンが在るテウナク迷宮都市へと脚を踏み入れたガイアは、視界全体に映る光景に蒼玉と彷彿させる大きな瞳を輝かせた。
テウナク迷宮都市の門を潜り抜けた先の風景は王都アラムディストとは違った街並みであり、そんな大都市内を行き交う人は王都とは比べようが無い程に数多の人達で溢れ返り、道という面積の大半を埋め尽くしていた。
(すっごい人の数! 都市だ何て思えない人口数でしょ、これ!)
途轍もない広大さと人口数にガイアは驚く。
前世で暮らしていた都会もごちゃごちゃとした人混みの光景を、幾度となく日常的に見て生きていた。その幾度を幾多も積み重ね、そんな光景を何時の間にかぼんやりとしか認識せず、ただ視界に映していただけだった。
しかし、此処テウナク迷宮都市の人混みは随分と違っていた。
前世と違うのは人の活気だ。
現在朝の9時過ぎ頃にも関わらず、一目見て判る程の活気さが窺えた。
前世では朝早く会社に出勤し、普段は定時で、時々は残業で遅く帰宅するまでの1日の流れの光景は殆ど変わらい。明日の仕事の為に就寝するも、心身の休息を充分に取れ切れずに残った疲労を明日に持ち越し、心身の状態が不充分なまま仕事へと向かい、更に疲労を溜め続ける悪循環の毎日がほぼ全ての人に活力減退を与えていた。
そんな悪循環の影響による人の表情には余り活力は宿らず、無表情か少し衰弱しているかの様な顔をする者ばかりの人混みをずっと見てきた。
だが、今視界に映る殆どの幾多の人の表情には活力が満ちていた。耳を澄まさなくとも、自然と会話での心地良い笑い声が聞こえる。ぼけーっと気怠そうな人もチラッと見掛けるが悪い意味では無い。
前世とは似て非なる、活気が満ち溢れた素晴らしき光景だ。
「相も変わらず此処は人が多いのう」
「ホントねぇ。ま、此処は冒険者に人気な都市だから多くて当然っちゃ当然ね」
エルガルムとベレトリクスは微笑を浮かべ、久々に訪れたテウナク迷宮都市に懐かしさを感じていた。
「しかし、昔と比べて随分と街並みが綺麗に為ったものじゃのう」
「そうなのですか? 昔の街並みは現在よりも荒れていたのですか?」
初めてこの大都市に訪れたシャラナには、昔の街並みは勿論知らない。なので、シャラナはそれを知るエルガルムに質問をした。
「まぁちっとばかしは荒れてはいたが、決して汚い都市では無かったぞ。此処は王都ではなく大都市じゃから、治安は少々不安定なのは仕方ない。何せ、この大都市には人口の大半以上の冒険者が居るからの」
此処テウナク迷宮都市には王族や貴族を守護し、都市内を警邏する騎士や衛兵といった身分の高い者は存在しない。大都市の出入口の門に居た警備員も兵士ではなく、武器を持って嗜む程度に闘えるだけの大都市に住む一般人である。
そしてこの大都市では、社会的地位と権力を有する冒険者組合を運営する責任者である冒険者組合長以外、身分其の物を持っていない。それ以前に、此処は基本的な身分制度というものが存在しないのだ。
特に冒険者は国境無き自由な存在である為、一般的社会での身分から外れる存在だ。
冒険者はその場所その都市その国に永住する事は基本せず、己が自由意思で彼方此方と移住し、時には数年数十年その場所に棲み付いて冒険者稼業をこなすといった、気の向く儘の人生を過ごしている。
そして当たり前ではあるが、ピンからキリまで――――職業や等級は抜きに――――様々な冒険者が存在する。
人々から信頼される善良な者から、逆に誰からも信頼されない悪質な者まで。そんな者達が大小様々な出来事を起こし、彼等が紡ぐ様々な物語が人から人へと幾多の者達に伝えられる。
「昔は少々質の悪い冒険者が多く居ての、治安も街並みも荒かった理由は其奴等が起因してたんじゃよ」
冒険者は身分に関係無い自由な者達だ。
しかし、その自由も極端に分けて2つ――――人としての道徳を遵守し自由を謳歌するか、非道徳という悪質で自分勝手な自由を欲望の赴くままに犯すかである。
そして昔の街並みが荒かった原因は後者の存在が多かったからだ。
「ま、昔と言うても、シャラナが未だ生まれとらん時代じゃよ。現在は見た所、全体的に随分と改善されておるしのう」
(へぇ~、昔はこの都市ってそれなりに荒れてたんだぁ)
ガイアこと白石大地も同様に、このテウナク迷宮都市の歴史など知る訳が無い。当然、今視界に映る光景から昔は荒れていたという言葉にはピンとこなかった。
「さて、あんまりゆっくりしてると冒険者達がダンジョンに潜ってしまうから早く行くぞ」
「だったら冒険者組合前まで転移すればいいじゃないの」
「効率を考えるならそうするが、今回はシャラナとガイアも居るからな。此処の街並みを観て、雰囲気を感じ、道を憶させた方が後々に良い」
「んー、まぁそうね。今後この街に来る際に街並みとか道は憶えといた方が良いわね」
ベレトリクスは内心面倒臭く思うが、シャラナやガイアの今後の事を考えエルガルムの意見を受け入れる。
「では、冒険者組合に行くぞ」
「はい、先生」
「ンンー」(はーい)
シャラナとガイアは返事をして直ぐ、幾多の人の流れの中へと入り込む。そして多くの人が作る流れに従う様に大都市内の道を歩み、冒険者組合へと向かって行った。
大都市の長い道程を暫く歩み続け、エルガルム一行は目的の場所へと辿り着いた。
(おおー! でかーい!)
テウナク迷宮都市の中心、地下ダンジョンと接する様に建設された巨大な建築物をガイアは視界全体に映し驚く。
そんな巨大建築物へと幾多の人達が出入りしていた。
其処は幾多の冒険者達が訪れ、様々な依頼を斡旋して貰う大都市の要所。
テウナク冒険者組合。
最も冒険者が集うと言われている、世界最大の冒険者組合の1つである。
「やはり、冒険者組合も昔と比べて立派に為っとるのう」
エルガルムは久し振りに訪れたテウナク冒険者組合の外装全体を視認しながら言う。
「あーらホント、前より大きくも為ってるわねぇ」
ベレトリクスも冒険者組合の建物の外側全体をざっと見渡すが、エルガルムと同様に昔と比べて変わった事に驚く様子は無かった。
「凄いですね。今まで見てきた冒険者組合とは比較にならない大きさですね」
シャラナは初めて見るテウナク冒険者組合の巨大さに瞠目する。
王都アラムディストにも冒険者組合は在るが、テウナク迷宮都市の冒険者組合とは比べようがない程の大きさである。
「さて、内装の方は如何かの」
エルガルムはそう言いながら、目の前のテウナク冒険者組合へと向かい進み出す。そして彼に続き、シャラナ達も冒険者組合へと向かい歩き出した。
テウナク冒険者組合の出入口を潜り抜け、冒険者組合の建物内へと足を踏み入れた。
初めて冒険者組合に訪れ、視界に映る新鮮な光景にガイアは目を輝かせた。
直ぐ最初の冒険者組合内の階であるエントランスホールは外装の大きさ通りに広く、大きく横長い掲示板やロビーラウンジ、受付カウンターといったエントランスホール全体には各職業の特徴の有る衣服・武器・防具等を身に付け身に纏った幾多の者達が居た。標準的な物から造形の凝った物、更には防具とは思えない奇抜な意匠や肌の露出度が高い物――――所謂、お洒落を重視した衣服や防具等と、様々な個性を醸し出す恰好が次々と目に入って来る。歳の層はざっと見た所、30代辺りが多く見受けられる。良く見れば未だ10代前半の少年少女も少なからず居た。
依頼人や冒険者組合職員以外、此処に居る者達全員が冒険者なのだ。
冒険者組合へと入った直後、エントランスホールに居る全ての者がエルガルム一行の方へ目を向けた。その直後、彼等は一斉に驚愕の表情を浮かべ、尊敬と憧憬の視線を冒険者組合に現れた偉人に固定し、大きな騒めきがエントランスホールを包み込む。
そんな騒めく空気の中、エルガルム達は一切気にしていなかった。
ガイアもそんな中、キョロキョロと広いエントランスホールを見渡し、一番に気になるある者達が視界に映り、視点を映った者達へと固定した。
(あっ、居た! 獣人!)
冒険者全体の種族比率として人間の次に多い亜人に属する種族――――獣人族にガイアは視界に映し、前世では空想上の存在に対し向けた瞳を喜悦の感情で輝かせた。
(わはー、獣耳だ! 尻尾もある!)
獣人族の代表的な特徴である獣耳と尻尾、更には獣人種族で誰もが知る犬人族や猫人族を初め、虎人族、兎人族といった様々な獣人達が居た。
そしてガイアは、遠くから彼等獣人族の容姿を観て気付いた。
(あれ? 全身毛皮に動物頭の獣人と、手脚と獣耳と尻尾だけの獣人で分かれてる)
獣人族のもう1つの特徴――――男性は種族的特徴の獣姿を2足歩行の人型にした容姿であり、女性は種族的特徴の手脚と獣耳と尻尾だけで、外見は人間と余り大差が無い容姿だ。
(お! あの小柄で御鬚生やした人はドワーフか!? 殆ど想像してた通りの姿だぁ!)
次に視界に映したのは山小人族と呼ばれる種族だ。身長は人間の子供よりは高めで、身体が収縮状態のガイアと良い勝負と言って良い小柄さだが、それに見合わぬ屈強な肉体を有した種族である。
(あ! あの長い耳、エルフだ! わあ、モデルみたい!)
そして更に視線を動かし、誰もが知る有名な種族――――森人族を視界に映した。特徴的な長い耳にモデル体型の如き華奢な身体、男女共に美麗な顔立ちをした種族である。
(んー…。エルフとドワーフはそんなに居ないなぁ)
何度も周りを見渡すが、森人族と山小人族の数はちらほら程度しか見当たらなかった。
「おお、内装も随分と綺麗に為っとるのう」
そんなガイアを他所に、エルガルムはエントランスホールを見渡し、感心の言葉を口にする。
「とても綺麗な内装ですね」
シャラナは初めて踏み入れ視界に映した冒険者組合の内装に感心を抱く。
「随分綺麗に為ってるわねぇ。此処の冒険者組合の懐事情が、以前よりもかなり良い証拠ね」
ベレトリクスも綺麗に改装された冒険者組合の内装に感心する。
「じゃな。おそらく冒険者組合が大量の資金を回して、このテウナク迷宮都市全体を改善改装したのじゃろう」
「相当此処は金銭が回ってるって事ね。良い事じゃない」
幾種幾多の依頼を数多の冒険者が達成する事により、難易度による規定報酬額――――依頼人が冒険者に支払う報酬金に応じた依頼税を冒険者組合側に、冒険者側には依頼達成後に依頼書に記された報酬額が払われる。
依頼以外にも採取採掘した素材を冒険者組合が買い取り、買い取った素材を素材の種類に応じた専門として扱う者や商人達に冒険者から買い取った金額よりも高めの適正価格で売り、いざという時の緊急事態や大都市内でのあらゆる面で改善改装をする為の資金を冒険者組合は上手く蓄え備えているのだ。
「ふむ…。見た所、未だダンジョンに潜る前の様じゃの」
「なら、さっさと雇いましょ。流石にのんびりしてるとS等級冒険者が潜ってっちゃうしね」
「そうじゃな。ではシャラナ、ガイア、行くぞ」
「はい、先生」
「ン? ン、ンアァー」(ん? あっ、待ってー)
シャラナは返事をして師であるエルガルムの後に続き、ガイアは少し遅れて少し慌てながらエルガルム達の後を追う様に受付カウンターへと歩み出す。
その時、先程迄の騒めきが別の騒めきへと一変する。
彼等はエルガルム達の後ろから姿を現した奇妙にして神秘的な存在、ガイアへと視線を移し、見開いていた目を更に大きく見開き、先程とは違う驚愕の色を浮かべた。
そんな彼等からの視線を浴びるガイアは平然としており、エルガルム達と共に気にせず歩み進む。
もう驚かれる事に関しても、奇妙な存在に対し向ける視線も、ガイアは慣れていた。
そんなガイアは悠々と歩み、エルガルム達と共に進みながらエントランスホールを見渡し続ける。依頼書が貼られている掲示板前に居る冒険者達や椅子やソファーに洋卓が幾つも設けられたロビーラウンジに居る冒険者達の――――装備している武具や装身具――――姿、そして他にも別の種族は居ないだろうかと、幾度も見渡すのだった。
騒めくエントランスホールをエルガルム一行は真っ直ぐ進み、受付カウンターへと辿り着く。
「ようこそテウナク冒険者組合へ。賢者エルガルム様」
エルガルム一行を前にした受付嬢は何時も通りに綺麗な笑顔で対応するが、流石の彼女も有名な偉人を前にし、驚愕により生じた動揺が漏れていた。
しかし、そんな彼女は冒険者組合受付嬢として自分のすべき義務を全うする為、心に生じた動揺を無理矢理抑え込みながらエルガルムに用件を伺った。
「本日はどの様な御用件でしょうか?」
御決まりの台詞を噛まずに言えた受付嬢は、内心で「良し! ちゃんと言えた!」とガッツポーズを取るのだった。
「うむ。此処の地下ダンジョンの最下層部の探索をしにの」
エルガルムが口にした驚愕の内容に、目の前に居る受付嬢に限らず、それを耳にした組合職員達や冒険者達も驚き、新たな騒めきを立てた。
「さっ、最下層部の探索ですか!?」
彼等に対応している受付嬢は思わず声を上げてしまう。
「久々にの。そこでちと頼みたい事があっての」
「は、はい! 何でしょう」
「現在テウナク冒険者組合に居るS等級冒険者一党を雇いたいのじゃが、未だダンジョンには潜ってはおらん一党は居るかの?」
「少々御時間を。直ぐに確認を致しますので」
「後は念の為にじゃが、実力に限らず人間性も重視して選考しとくれ」
「分かりました。では、再度冒険者雇用内容を確認致します。最下層部探索に赴く際での雇用条件はS等級冒険者一党、冒険者一党をエルガルム様御一行の護衛という内容で、候補となるS等級冒険者一党に以下の内容を御伝え致しますが宜しいでしょうか?」
「うむ、それで大丈夫じゃ。これは出来ればで構わんが、最低でも前衛を得意とする戦士職の居る一党に絞っとくれ」
「畏まりました、見付かり次第直ぐに御知らせ致します。それまで御待ちの間は特別待合室を御使い下さい。では先に、特別待合室まで御案内を致します」
「良い良い。儂等は其処のロビーラウンジで待っとるから、S等級冒険者一党の選考は頼む」
「はっ、はい!」
受付嬢はエルガルムから冒険者一党雇用条件の確認を終え御辞儀した後、直ぐにその場から離れ、小走りで他の職員達に大至急伝える。現在未だダンジョンに潜っていないS等級冒険者一党の確認で職員達は急ぎ慌て出すのだった。
(ありゃりゃ、随分と慌て出してる)
ガイアはひょこっと顔をカウンター越しから覗かせ、慌てている様子から冒険者組合職員達が現在居るS等級冒険者一党の詳細とダンジョン出入り記録を急いで確認している事を理解する。
「さて、知らせが来るまでロビーラウンジで待つとするかの」
エルガルムはそう言いロビーラウンジに向かって歩き出し、シャラナ達も彼に続き其処へ向かい歩き出す。
エルガルム達が歩き出したその後、ガイアはシャラナの裾をくいっと引っ張り歩みを止めさせた。
「如何したの? ガイア」
「ん? 何じゃ如何した?」
エルガルムを含むベレトリクスやライファも気付き、歩みを止めシャラナとガイアの方へと振り返る。
「ンンンンンンー。ンンンンンー」(中を見て回りたーい。一緒に行こうよー)
そのままシャラナの裾を掴んだ儘、ガイアは岩石の人差し指を依頼書が貼られている掲示板に向けながら声を発する。
ガイアのその様子、仕草はまるで子供だった。
そんな愛らしい様子のガイアを間近で見たシャラナは、ガイアのその行動の意図を直感で理解し、和んだ表情を浮かべてしまうのだった。
同様に近くに居たエルガルム達もそんなガイアの様子を見て、ガイアの意図を理解した後に和むのだった。
「先生、ガイアが冒険者組合内を見て回りたいだそうなので、少しの間だけ宜しいですか?」
「うむ。儂等はロビーラウンジで休んで待っとるから、行っておいで」
シャラナとほんわかとした声音でエルガルムに訪い掛け、エルガルムもほんわかな声音でシャラナに了承を返答する。その会話はまるで、お爺ちゃんとその孫娘の遣り取りであった。
「ではエルガルム様、ベレトリクス様、私も御嬢様とガイア様と共に行って参ります」
「おお、頼んだぞライファ」
「はい」
ライファも珍しく破顔し、声音もほんわかとなっていた。
「行ってらっしゃーい」
ベレトリクスも普段の少し気怠そうな声音がほんわかとなり、ひらひらと手を振りながらシャラナとガイア、そして伴うライファを見送る。
ガイアはシャラナの裾を掴んだ儘、のそりのそりと一緒に依頼書掲示板へと歩いて行く。
傍から観れば子供が可憐な美少女と手を繋ぎ、美麗な侍女も伴い歩く光景である。そして子供と喩えられたガイアは、岩石の身体と背に小さな草原に樹木と幾種の鉱石と原石を生やした人外という奇妙な存在である。にも関わらず、不思議と彼女達と歩むその姿はとても愛らしく想えてしまう和む光景だった。
掲示板の前へと女性2人と人外1体は近寄り、そして其処に居た冒険者達は視線を掲示板に貼られている依頼書から2人と1体へと移り、声を一切出さず目を見開き凝視する。
そんな視線に対し、シャラナとライファ、そしてガイアは一切気にせず掲示板に貼られている幾枚の依頼書を視界に映し、依頼書の内容を見詰め出した。
(これは薬草類採取か。此方は鉱石採掘。お、あれは魔獣の素材の依頼だ。ヴァルグの毛皮を20枚で報酬額銀貨14枚、依頼難易度はD等級か)
ガイアは様々な依頼書の内容を見ながら、求める素材による依頼者がどの様な仕事をしているのか想像し、知らない魔獣の名称からどんな姿形なのか、その魔獣の毛皮20枚で銀貨14枚の報酬額はこの難易度で安い方なのかと思考する。
しかし、ガイアは転生者である故、この異世界の知識常識は未だ未だ分からない事だらけだ。
どんなに思考しても分からない事は分からない。
(ねえねえ、シャラナ)
なので、分からない事は素直に訊く事にした。
「如何したの、ガイア?」
再び裾を引っ張られたシャラナは顔を隣直ぐに居るガイアに向けた。
(えーっと、紙と洋筆っと。〈収納空間〉)
ガイアは片手を翳し、テウナク迷宮都市に来る前に王都アラムディストで一番苦労し習得した無系統に属する空間魔法を発動する。
何も無い中空に黒く小さな孔が出現し、その光景を見ていた周りの冒険者達は顔に浮かべている驚愕を色濃くした。そして幾人程、驚愕の声を僅かに漏らす者も居た。
そんな周りの者達の驚愕する様子などガイアは一切気にせず、魔法によって作られた別空間に繋がる孔へと岩石の手を突っ込む。
そして収納空間の孔に突っ込み途切れた腕を引き戻し、空間からボードに載った白紙と試し書きの羽根洋筆を出した。その後直ぐ、ガイアはボードに載った紙の表面を慣れた手付きですらすらと羽根洋筆を走らせた。
文字を直ぐに綴り終えたガイアはそれをシャラナに見せ、訊きたい事を伝える。
〝ヴァルグってどんな魔獣なの?〟
「ヴァルグはね、別称は魔狼って呼ばれる狼の魔獣種よ。危険度はD等級だけど無系統の下位級魔法を使う少し厄介な魔獣でね、個体差だと3つ4つ魔法が使えるのも居るのよ」
(ほおー。無系統魔法を使う狼の魔獣、魔狼かぁ)
魔獣に関する新鮮な情報に脳が刺激され、ガイアは直ぐに次の訊きたい事を書き綴り見せる。
〝この依頼書に記載されてる報酬額は安い方?〟
「んー。私も今回が冒険者組合に入るのは初めてだから、依頼報酬額の相場はよく分からないなぁ。ライファは分かる?」
「私も冒険者組合に出入りする経験は御座いませんので、依頼報酬額相場に関する詳細は存じません。ですが、魔獣の素材に関する報酬額は魔獣の強さと希少さによって決まるのは間違い無いと思います。其方の魔狼の毛皮20枚納品に対する報酬額銀貨14枚は、冒険者側にとっては好条件の額になりますね」
(へぇー、銀貨14枚は良い方なのか…)
ライファの説明をしっかりと聴いたのだが、ガイアは額に関してはピンとこなかった。
この異世界で流通する実物の貨幣は見た。
しかし、貨幣に関する金銭的価値が全く知らない為、銀貨14枚がほんのちょっとした高額なのか、それとも低額なのかすら未だ分からない。
(銀貨1枚って銅貨何枚分の価値なんだ? 前の世界で当て嵌めると銅貨1枚は10円かな? じゃぁ銀貨は100円? いや待て待て、あの依頼書に記載された報酬額銀貨14枚に当て嵌めたらたった1400円になっちゃうな…。これだと流石に安過ぎる報酬額だよね。う~ん…)
ガイアは首を傾げながら思考する。
しかし、この異世界の通貨価値は前世の世界――――生まれ住んで居た日本――――の通貨と同じ、若しくは似通っているのか、それとも全く当て嵌まらない通貨価値基準なのか判断も出来ない上に、頭の中に浮かべた予想は少々ぼんやりとしていた。
やはりそういった様々な事に関する知識が無いと、はっきりとした答えが出て来ない。
なので、ガイアは紙に教えて欲しいこの異世界での貨幣価値の常識を書き綴り、シャラナにそれを見せた。
〝お金の数え方を教えて欲しい〟
「あ、そっか。ガイアは未だ貨幣の価値基準が分からないんだっけ。じゃぁ、後で硬貨を見せながら教え上げるね」
シャラナはにこりと微笑を浮かべ、ガイアに優しい声音で約束を告げ――――。
「おい貴様、ふざけてるのか!!」
その時、冒険者組合での社会見学をしている最中、突如と怒鳴り声が響き渡った。
(! 何だ?)
ガイアは不快を煽る怒鳴り声に表情を顰め、その声の発生源へと顔を向けた。
ガイアだけでなく、傍に居るシャラナとライファ、そしてエントランスホールに居る冒険者達もガイアと同じ感情を抱き、顰めた顔を向けた。
視線の先、受付カウンターの前で3人の男性と受付嬢が何やら揉めている様子だった。
「それは此方の台詞です」
その怒鳴り声を発した相手に対応している受付嬢は冷静かつ冷徹な声で、そして冒険者組合の看板である受付嬢スマイルの無い冷たい態度で言い返していた。
「この様な状態の素材を出して、依頼者が納得すると思っているのですか?」
カウンターの上には焦げて黒ずんだ何かの素材が十数枚置かれていた。
「完全に焼き焦げて革製品の素材として使えないのは一目瞭然です。しかも穴だらけの状態なのですよ、それも全て」
「それが何だ!! 私がわざわざ狩猟したのだぞ!! 依頼内容通り毛皮を持って来たのだからとっとと金を寄越せ!! 平民の分際が私に意見するな!!」
(ん? 平民の分際?)
嫌な意味で聴き慣れた傲慢無礼な言葉を離れた場所から聴いていたガイアは、怒鳴り声を吐き出す男に視点を合わせた。
眼前の受付嬢に怒鳴っている男の格好をよく見れば、冒険者らしくない高価そうな上質の衣服を身に纏っていた。艶のある黒革製の半長靴を履き、同じ艶やかな黒革帯、ホルダーに納まっている短杖は一目見て高価な物だと直ぐに判る。そして首には金製の金属板が下げられていた。
そして彼の取巻きであろう柄の悪そうな男2人の格好は冒険者らしい標準的な衣服と武具を身に付けている。
1人は金属製の胸当て、前腕当て、肘当て、膝当て、脛当てと、背にはクレイモアと呼ばれる大剣を背負っている。
もう1人はこれといった特徴の無い衣服の着ており、両手には拳当て――――解り易く言い換えればメリケンサックを嵌め込んでいた。
彼等2人も首に同じ金の金属板を下げていた。
その男の格好と傲慢無礼な言葉遣いから導き出し、確信という答えが頭の中に浮かび上がった。
(彼奴、貴族か)
そう導き出した答えと、受付嬢の発した貴族と思しき男に対する冷徹な言葉により、その男の表面上の素性を知った。
「此方では社会的身分は適用されないと何度言えば理解出来るのですか? それに貴方は貴族ではなく、元貴族でしょ。何時迄も貴族振らないで下さい」
(あー…。元貴族なのね)
受付嬢の口から発せられたその男の素性を離れた場所から聴いたガイアは、内心で呆れながら非常に納得するのだった。
「何だと貴様っ!! 平民如きが貴族として生まれた私に楯突く気か!!」
「貴方も好い加減に冒険者組合での規則を守って下さい。これ以上問題を起こし規則を守らないのであれば等級降格、最悪の場合は冒険者証を剥奪させて頂きます」
如何やら元貴族であるその男は、何時からかは分からないが失った身分を笠に着続け、傲慢無礼を振り撒いているらしい。
しかし、冒険者組合では社会的身分は意味が無いのにも関わらず、その元貴族の男は今も一切聞き入れない上に、職員や自分よりも等級が低い駆け出しの冒険者をいびっているという。
「剥奪だと!!? ふざけるなぁ!!」
そして今彼は、自分で積み重ねて来た愚行が実を結びつつあるのだった。
しかし、その元貴族の男はそんな事など分かってもいなかった。
「元貴族の冒険者ですか…。あれは流石に頂けないですね」
シャラナはその傲慢無礼な元貴族の男の様子を暫く観た後、凛とした大人の女性らしい表情へと変えた。
「ライファ」
「はい、御供致します」
2人の短い言葉での言い交しを傍で聞いたガイアは、シャラナが今から何をするかを即座に理解した。
「ガイア、一緒に来てくれる?」
(良いよ)
ガイアはこくりと頷き、共に行く意思を示した。
そしてシャラナは前へと歩き出し、視線の先へと近付いて行った。




