幕間 新たな旅立ち前
王都アラムディスト、貴族区画と都民区画を境に引かれた道を、1人の人間と1体の樹木と幾種の煌びやかな鉱石と原石を背負う様に生やした岩石が歩いていた。
人間の方は少女であり、柔肌は透き通る様な美白で非常に美麗で整った顔立ちと容姿、瞳は蒼玉の様に美しく煌めき、絹の如き滑らかな金色の長い髪は日の光によって輝きを放っていた。
そんな容姿端麗な美少女の名はシャラナ・コルナ・フォルレス。
彼女はフォルレス侯爵家の1人娘であり、賢者エルガルム・ボーダムの弟子にして、修める者が数少ない聖職者の職業を修めた由緒正しき貴族魔導師である。
そして可憐な彼女の隣で一緒に歩く岩石は実に奇妙な存在であり、魔導師が造り出す岩石の動像の様に大きく太い腕と脚が生え、身体は成人男性の倍以上の高さと横幅は小さな巨人の如く大きく、大きな頭は竜を彷彿させる造形である。更には大きく広い背は小さな草原が茂り、小さくも立派な樹木と幾種もの煌めく鉱物を生やしていた。
その生きる岩石の正体は大地の化神にして恵みを司る偉大なる存在―――フォルガイアルスと呼ばれる幻神獣。そして、その幻神獣は白石大地という名の人間が前世の世界で死去し、この異世界に転生した存在である。
現在では親しい者達から“ガイア”と呼ばれている。
そんな1人と1体が区画の境道を歩み通っている姿を、都民区画側から幾多の都民達は視界に映し、無意識に目で追うのだった。
可憐な貴族令嬢には美麗な容姿に見惚れる男性の視線と憧れを抱く女性の視線が向けられ、幻神獣には老若男女問わず、神秘的で神々しい姿と存在感に誰もが瞠目し、崇敬を抱いた視線を無意識に向けていた。
幾多の民達からそんな視線を浴びるのも無理はない。何せシャラナは貴族として数少ない良識の有る人柄の善いフォルレス侯爵家の令嬢であり、そしてガイアは飢餓死寸前だった村落の民達の生命を救い、荒れ果てた地を癒し、農作物の恵みを齎したのだ。
何方も民達は知っている。
だからそういった視線が、シャラナとガイアに向けられるのは当然なのだ。
そんな遠くから向けられた視線を気にせず、シャラナとガイアは何やら楽しそうな笑みを浮かべ、ある場所へと向かい歩いていた。
「フフッ、今日から楽しみね、ガイア」
「ンンンンンンン」(凄く楽しみー)
シャラナとガイアの浮かべる笑みは楽しそうではなく、正確には楽しみという意味での笑みであった。
そして1人と1体が楽しみにしている事、それはテウナク迷宮都市のダンジョンである。
そう。シャラナとガイアは今日向かう迷宮都市のダンジョンに潜る事を、まるで遊園地に向かう子供の様に楽しみにしているのだ。
ダンジョンには薬草や鉱物といった様々な素材、そしてダンジョン内の何処かに存在する宝箱からマジックアイテム類や金銀財宝などの富が眠る夢が溢れる場所である。しかし、魔物を始め、様々な幾種の怪物が徘徊する危険な場所でもある。
子供の様に夢しか見ず、入れば贅沢が出来る富を得られると楽しみを抱くのは宜しくない事だ。何せ命の危険が常に伴う場所であり、下へと潜れば潜る程に危険度は増していく。
ダンジョンに潜った経験が無いシャラナとガイアでも、決して楽観してはいけない事をエルガルムやベレトリクスから話を聴き、ダンジョンの危険度に関して知識だけは得ている。
しかし、ダンジョンが如何に危険な場所である事だと知っていても、未知に溢れた冒険という響きには如何しても好奇心が刺激されてしまうのは、幼さが有る故かシャラナとガイアにとって無理の無い事である。
(早く行きたいなー、ダンジョン)
冒険。
その言葉の響きだけでガイアの心はワクワクとときめき輝かせ、元居た前世の世界では決して味わえないこの幻想の異世界での冒険に夢を抱き膨らます。
1人と1体はそんな楽しみを抱きながら区画の境道を進み、迷宮都市に赴く前にある場所へと向かい行く。
屋敷から暫く歩き、シャラナとガイアは巨大で純白な建造物の前に辿り着いた。
聖職者としての修行をする場所であり、怪我人や病人を受け入れ治療する診療所、そしてこの世界を創造した神々を信仰する神聖なる大聖堂――――ルミナス大神殿。
シャラナとガイアが此処ルミナス大神殿に赴いたのは、迷宮都市へ向かう前にソフィア教皇に挨拶と、ダンジョン探索の無事を祈願する為に来たのだ。
1人と1体は目の前に聳え立つ大神殿へ入ろうと前へ進み、敷地入口へと歩み近付く。
そんな彼女と幻神獣が歩み来る姿を神殿の入口警備する2人の聖騎士は視認し、挨拶を交わした。
「これはシャラナ御令嬢様、幻神獣フォルガイアルス様。ようこそ御越し下さいました」
「御勤め御苦労様です」
「ンンンンンンンン」(御苦労様でーす)
シャラナも挨拶を交わし、ガイアも鼻に掛かった様な野太い声にキーンと優しく響く音を発し挨拶を交わした。
「ソフィア様はいらっしゃいますか?」
「はい。教皇様は何時も通り、礼拝堂で祈祷を為さっております」
「分かりました、直接礼拝堂に伺います。行きましょ、ガイア」
「ンンンン」(はーい)
シャラナとガイアは再び歩み出し、大神殿の敷地入口門を潜り抜ける。
大神殿入口への道の両端にある花壇は綺麗な花々が咲き誇り、其処に居る幾人の聖職者達は其々、花々が咲き誇る花壇への水遣りや石畳の道の掃き掃除などをしていた。そしてシャラナとガイアが敷地内の道を歩み進む姿を目に映した聖職者達は、両膝を地面に付け、両手を結び祈祷を捧げる。
彼等聖職者達の祈祷を向ける相手は当然、幻神獣ではある。シャラナを無視している訳ではない。
目の前に神と等しき存在が居るのなら、膝を付き、頭を垂れ、祈りを捧げなければならないと、聖職者としての使命感がそうさせるのだ。
それに対してシャラナは一切気にしていなかった。
そしてガイアも同じく、気にしてはいなかった。
ガイアは崇敬に満ちた祈祷の光景にはもう慣れていた。
そんな光景の中をシャラナとガイアはそのまま道を進み、神殿内へと入って行った。
純白な天井に世界を創造した4柱の神と、その神々に仕える天使達の美麗にして神々しく描かれた大壁画が神殿全体を見下ろし、大神殿を支えている巨大な白亜の柱が幾本聳え立ち天井を支えている。綺麗に磨かれた白亜の床は硝子窓から入る日差しを受けて反射し、艶やかに煌めき輝く。そして広い大神殿の回りに設置されている暗闇を照らし、不浄と邪悪を祓う幾つもの浄化の聖角灯が聖なる光を輝かせる。
大神殿内にも居る聖職者達や数少ない聖騎士達もシャラナとガイアの姿を視認し、白亜の石畳に両膝を付き、頭を垂れ、両手を結び崇敬の祈祷を送り捧げる。
(うーん……楽にしてくれても良いんだけどなぁ…)
大神殿に限らず、この王都で幾多の民達から驚愕と感嘆、そして崇敬に満ちた反応にはもうすっかり慣れてはいた。
しかし、毎回自分という幻神獣に会う人達にそうさせてしまう事に、ガイアは申し訳無く思う。出来れば友好的に接してくれる方が、過度に崇敬されるよりずっと良い。しかし、気軽に接してくれても大丈夫だと伝えても、幻神獣を崇拝する者にとってそれは畏れ多い事である。
シャラナとガイアは大神殿内にある最奥の場所、礼拝堂へと向かい進む。
礼拝堂へと続く白亜の長い通路には青色の絨毯が奥へと続く様に敷かれ、静寂に満ちた通路にはシャラナとガイアしか居ない為、コツコツと靴の鳴る音と、ズシリズシリと重い足音だけが響き渡る。
そして一定の等間隔で通路の両端に設置されている浄化の聖角灯が、広く真っ直ぐな白亜の通路を明るく照らしていた。
進み続けたシャラナとガイアは長い通路を抜け、広い空間へと足を踏み入れた。
世界の全てを創りし神々と、神に仕える天使達を祀る祭壇には、銀を基調として作られた大きな聖なる十字架が置かれ、左右には白亜の天使像が飾られていた。そして祭壇より上にある絵硝子からは、天界から地上界へと神聖なる祝福が光と成って差し込んでいると思わせてしまう神秘的で美しい光景がシャラナとガイアの視界全体に映り込む。
そして礼拝堂の奥の祭壇前には、腰にまで伸びた青よりも薄い水色の輝く綺麗な髪をし、上等なドレスと言える様な純白を基調とした美しい祭服で身を包む女性が1人、両膝を敷かれている絨毯に付いて祈祷を捧げていた。
「御待ちしていました」
シャラナが声を掛けようとする前に、祈祷をしていた最高位聖職者――――ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇は後方の礼拝堂出入口から入って来たシャラナとガイアに声を掛ける。
「シャラナが此方に来るのは、エルガルム様との修行へ行く時以来ですね」
ソフィア教皇はその場からスッと立ち上がり、後ろへと振り返る。そして女神の如く母性に満ち溢れた柔らかな笑みに青く輝く蒼玉と彷彿させる美しい瞳を、シャラナとガイアに向けた。
「はい。此方に赴くのはあの時以来ですね」
シャラナも微笑み返し、ソフィアの下へと歩み寄って行った。
(何で僕とシャラナが来た事が判ったんだろう?)
ソフィア教皇が後ろを振り向かず、誰が来たのかを如何やって判断したのかに対し、ガイアは疑問を浮かべながらシャラナの後を追う様にのそのそと歩む。
「此処へ来たという事は、再び王都を出て修行に赴くのですね」
「はい。今回修行で赴く場所はテウナク迷宮都市のダンジョンです。ダンジョンの最下層は非常に危険な場所ですので、無事に帰還出来る様に祈願しに来ました」
「まぁ…! ダンジョンの最下層に潜るのですか」
シャラナがダンジョン最下層に潜る事を聴いたソフィアは、不安気な表情を薄く浮かべた。
ソフィア教皇はダンジョンの最下層にほんの僅かだけ潜った事があるが、そのほんの僅かだけでも其処がどれ程危険度であるかを知っている。
彼女は教皇に成る前、大司祭であった頃に3名の聖騎士とA等級冒険者一党と共にダンジョンに挑み、下層まで制覇という賢者エルガルムと魔女ベレトリクスに並ぶ偉業を成し遂げていた。
しかし、共に挑んだA等級冒険者一党が「最下層も行けるのでは」という軽率な気持ちによる独断で最下層へと足を踏み入れてしまい、危険度の高い幾種幾多の魔物に襲い掛かられ、絶え間無い熾烈で過酷な戦闘を招いてしまった。
そんな無謀な挑戦をしてしまった彼等をソフィアと彼女に伴う3名の聖騎士は護り、即座にダンジョン脱出用の帰還書を起動させ、全員を助け無事脱出する事に成功した。
その時に最下層最初の階で、下層とは比べものにならない異常と言える強大な力と、その数による暴力を超えた暴虐を目の当たりにしたソフィアは理解し悟った。
――――あれはほんの一端にしか過ぎない、と。
そんな不安と恐怖が色濃く混ざる未知の領域に、自分にとって妹の様な存在であるシャラナを行かせたくない気持ちが心の底から込み上げていた。しかし、危険だからといって、彼女を無理矢理にでも引き止めようとはしなかった。
これはシャラナにとっての、シャラナが成長する為の試練である。
シャラナに限らず、力の有無を関係無しに誰もが強く成ろうと、強大な力を有する敵対存在に立ち向かい、様々な知識を蓄え、そして己の弱さを理解し乗り越えなければならない。
ソフィア自身もそうして強く成り、現在が在るのだ。
昔を振り返え、彼女を止めたいという込み上げた気持ちをグッと抑え込む。
「心配しないで下さい、私1人で行く訳ではないですから」
ソフィアの薄っすらと浮かべる不安気な表情から、内心はかなり心配をしている事をシャラナは感じ取った。
「今回は先生だけでなくベレトリクスさんも居ます。ダンジョンに潜る前には腕利きのS等級冒険者一党を雇う事になっています。それに――――」
シャラナは隣に居るガイアへと顔を向ける。
「――――とても心強いこの子も一緒ですので」
(僕?)
シャラナにそう言われたガイアは、自分を指さしながら首を傾げた。
(ん~……如何だろうなぁ…)
ガイアは正直な所、未だ其処まで戦闘経験をしていない故に余り自信は持ってはいなかった。
シャラナとの実戦経験の差は大きい。
魔力と身体能力だけならエルガルムやベレトリクス、騎士団長のセルキシアを遥かに上回る戦闘力は有する。しかし、実戦で周囲を把握しながらの立ち回りと様々な状況への対応力が乏しい。
なので、危険な状況に陥った時に彼女を護れるだろうかと、ガイアは内心不安を抱いていた。
「そうですね。偉大なる神獣様が一緒に居て下さるのでしたら、安心出来ます」
ソフィアの薄っすらと浮かべていた不安が消え、何時もの母性が満ち溢れる柔らかな笑みに戻った。
ソフィアからの信頼以上の崇敬と安堵に満ちた言葉を送られたガイアは、不安と気恥ずかしさが入り混じった何とも言えない感情を抱いた。
期待されるのは悪い事ではない。正直嬉しくはあるが、やはり如何しても不安は引っ付いて来る所為で、期待に対してガイアは少しばかり困るのだった。
そんな首を傾げた儘のガイアを見るソフィアは、語り出す。
「今思えば、シャラナが修行の旅へと赴いたのは運命だったのかも知れません」
「え?」
(ん?)
シャラナとガイアは、ソフィアの言う運命とは何なのだろうと疑問符を頭の上に浮かべる。
「シャラナ、貴女が魔導師の修行へと旅立つ事こそが、運命の始まりだったのです」
「私の…あの時の旅立ちが…?」
(シャラナの旅立ち?)
シャラナとガイアはお互いを見た後に、視線をソフィアへと戻した。
「ええ。そしてこの世界に再誕した赤子の神獣様と出会い、貴女と私を含む様々な善なる者達が導き、私達の善意の導きに応え、神獣様は私達に恵みと救済を齎し、幸福へと導いて下さった。それは神々が齎して下さった運命なのです」
(神様が齎した…運命か……)
ソフィアの言葉に、ガイアは不思議とそうに違いないと確信を抱いていた。
(確かに…この異世界では右も左も分からなかった僕を導いてくれた人達は、地位や権威だけじゃなく、力とその力に溺れない善の人格者達だ。最初の内は驚かれたり怖がられたりしたけど、直ぐに人外の僕を受け入れてくれた善い人ばかりだもんな)
此処に居るシャラナとソフィアを含む出会った人達は皆、其々が高い地位や権威、名誉、多大な信頼、技や魔法といった戦闘に秀でた高い技能を有している。
ガイアから見れば、そんな殆どの彼等は全員偉人と言える存在だ。
そして彼等の共通するものは皆、正しき道を歩む善人である事だ。
そんな彼等に出会った事、あの時シャラナと初めて出会った事が如何しても偶然とは思えないと、ガイアはその時から心の奥底で思っていた。
彼女の言う通り、これはきっと運命なのだとガイアは共感するのだった。
「そして貴女と賢者エルガルム様が善意を以てこの王都へと導き受け入れた事が、世界が大きく動き出す切っ掛けになるのです」
(ん? 何かさっきから、まるで是迄の事を知っているかの様な話し方をしている様な…)
先程からのソフィア教皇の語り方に違和感をガイアは感じ取り、再び首を傾げた。
「運命の始まりとは、いったい何なのですか?」
「〝生きとし生ける善なる種族達に、調停と調和を齎す兆しが訪れる〟……そう御聴きしたわ」
(えっ? 聴いた?)
より違和感の強いソフィア教皇の言葉に、ガイアは目を見開いた。
「聴いた、とはいったい誰から聴いたのですか?」
シャラナも彼女の言葉に妙な違和感を感じ、その言葉の意味を尋ねた。
シャラナの問い掛けにソフィアは両手を結び、驚愕の答えを告げた。
「―――この世界の創造主である神々からです」
「え!!!」
(え!!!)
シャラナは驚愕の声を上げ、ガイアは目を更に見開き驚愕の表情を浮かべた。
「ソ、ソフィア様!! それって神々の神託を授かったという事ですか!!?」
「ええ。神獣様と共に祈りを捧げ、豊穣の女神様が御降臨なされた後の時に、神託を授かる事が出来る様になったわ」
ソフィアは人生初めて神々から神託を授かった時の事を思い返し、とても嬉しそうな柔らかな笑みを咲かせるのだった。
聖職者にとって神託を授かる事は、生涯で最も光栄な事の1つである。
ソフィアは教皇という聖職者としての生涯を歩む中、降臨した豊穣の女神の姿を目にしただけでなく、更には神々からの神託を授かる資格を得た。
神々を崇敬し信仰する聖職者にとって、これ程光栄な事は無いだろう。
「凄いです、ソフィア様!!」
シャラナは感嘆の声を上げ、瞳を輝かせた。
「ありがとう、シャラナ」
ソフィアはシャラナから賛美の言葉を受け取る。
「そして幻神獣フォルガイアルス様には、多大なる以上の感謝をしなければなりません」
(え、僕?)
何故に自分に感謝を? とガイアは疑問を浮かべた。
「偉大なる神獣様を大神殿へと導いた事で、神々から感謝として神託を授かる資格を賜る事が叶いました。神獣様がこの王都に、我が大神殿に赴き下さらなければ、私は決して神々からの神託を授かる資格を得る事は永遠に叶わなかったでしょう」
そう言った後、ソフィアは幻神獣の目の前で両膝を絨毯の上に付き、両手を結び、頭を下げた。
「大いなる大地の化神にして、恵みを司り齎す偉大なる幻神獣フォルガイアルス様。我等の国に、我等の下に御姿を現し下さり、深き敬意と感謝を致します」
(えっ!? え、あ…いや、其処まで感謝される事してないんだけどなぁ…)
教皇という1人の偉人からとても大きく深い崇敬の祈りという感謝を送られ、ガイアは気恥ずかしさと困惑が同時に生じた。
ガイアは気恥ずかしく困惑めいた顔をシャラナの方へ向け、助けを求める視線を送るのだった。
その視線の意図を直ぐに理解したシャラナはクスッと笑い、両膝を付きガイアに祈るソフィアに声を掛けた。
「ソフィア様、もうそれぐらいで大丈夫ですよ。ガイアが困ってるみたいですので」
「あら、そうなの?」
ソフィアは祈りの結び手を解き再び立ち上がった。
「ふふふ、そうでしたね。気兼ね無く接して上げるのが宜しかったのですね、ガイア様」
(いや…あの、様付けで呼んでる時点で気兼ね無さが……)
様付けで呼ぶのも如何だろうかと、そう思うガイアは微笑の上に判り易い困った表情を浮かべた。そしてそんなガイアの表情を見た2人は、微笑ましく笑うのだった。
「では、シャラナとガイア様の無事を祈願しましょう」
そう言いソフィアは礼拝堂奥の祭壇へと歩み、シャラナとガイアも共に祭壇へと歩んで行った。
(また来たよ。神様、女神様)
礼拝堂の祭壇へと歩み近付きながら、ガイアは天界に居るであろう神々に心で挨拶を呟く。
そして礼拝堂の祭壇前に着いたソフィアとシャラナは、両膝を付いて両手を結び、ガイアは祭壇前で立った儘、可憐にして美麗な女性2人と偉大なる幻神獣は目を閉じ、神聖なる領域で神々に祈りを捧げる。
「世界の創造主にして至高なる神々よ。再誕せし幼き神獣様と清純なる乙女、そして叡智と魔導を極めし偉大なる賢者様、錬金の叡智と術を探求せし偉大なる魔女、そして新たに出会う善にして勇敢なる冒険者に、苦難過酷な迷宮から無事に帰還出来る様、如何か御護り下さい」
ソフィアは祈祷の言葉を唱え、神々にシャラナとガイア、エルガルム、ベレトリクス、そしてこれから出会い共にダンジョンを探索する冒険者の無事を祈願する。
(偉大なる至高の神々よ、幼き大地の化神様との出会いの運命を御与え下さり感謝致します。そしてこれから 向かう迷宮の最深部へ共に挑みに参ります。如何か全員無事に帰還出来る様、私達を御護り下さい)
シャラナも同様に祈り全員無事に帰還出来る様、無事家族の元へ帰れる様に至高の神々に祈願する。
しかし、ガイアは――――
(もしもーし。神様ー、女神様ー、聞こえますかー? もし僕のこの祈りが届いていましたら出来れば返事して下さーい)
それは祈りというよりも、何処かの誰かの御宅に訪問するかの様な感じでの語り掛けであった。
(………やっぱり返事来ないか。教皇様が神様の言葉を聴けるから、幻神獣の僕にも出来るかなと思ったけど……無理っぽいかな。出来れば色々と訊きたかったけど、仕方ないよね。相手は神様と女神様だもん)
もしかしたら、ソフィア教皇みたいに神託を授かる事が出来るのではと期待を抱いていたが、神々からの応答が無かった。しかし、ガイアはその事に悲観は全くせず、しょうがないかと楽観的に諦めた。
ならばせめて、彼女2人と同じ様に無事の祈願と新たな御礼を伝えようと心で語り掛ける。
(神様、女神様、また御礼を伝えに来ました。〈縮小化〉の特殊技能、あれは神様達が僕に与えてくれたものですよね? もしかして僕の言葉、其方に筒抜けで伝わってますか? 僕のあのちょっとした不満とか全部聞いていたのかな? そんな僕の不満を叶えてくれたんですよね? もしそうでしたら、感謝を伝えなければとずっと思っていました。僕にあの特殊技能を与えてくれて、ありがとう御座います」
この祈りという感謝が天に届き伝わるか如何か、ガイアは判らない。
たとえこの祈りが届かなくとも、ガイアは心の底から深い感謝の祈りを捧げた。
(そして神様、女神様、如何か僕を受け入れ導いてくれた人達の命を護って下さい。僕も幻神獣として出来る限り、皆を護る努力をしますので、如何か御願いします)
ガイアは自身よりも、シャラナを含むこれから共にダンジョンに潜る人達の無事を祈り願うのだった。
(シャラナは僕に優しく気軽に接してくれるとても善い娘です。可愛くて美人だし、魔導師と聖職者としての才能が有るし、決して生まれ持った才に溺れない謙虚で立派な貴族令嬢です。そして将来、あの子は王子と共に暮らし人生を歩む筈です)
シャラナとの初めての出会いから王都までの旅路、家族との驚愕な出来事やほんわかな日常など、是迄の彼女との共に過ごしてきた毎日の一時を思い返し、彼女の笑顔を心に浮かべる。
(エルガルムのお爺ちゃんは凄く探求心旺盛な人です。御年の割には結構若く、未だ未だ長生きしそうな凄い御老人です。僕に沢山の知識を教えてくれた御陰で、様々な魔法が扱える様に成りました。初めて出会った時から僕に興味を持ち、探求心の赴くままに調べてくれて、今の僕の正体を明かしてくれました)
初めての出会いでガイアという奇妙にして不思議な存在に臆せず、共に来て欲しいと受け入れくれたエルガルムとの最初の出来事、シャラナと共に彼の授業を受け、自身の正体を解き明かした時のエルガルムの驚愕と感動の表情と声、そして彼の微笑を浮かべながら笑う姿を思い返し心に浮かべる。
(ベレトリクスのお姉さんも、お爺ちゃんに負けないくらい探求心旺盛な人です。普段は何時も若干気怠そうにしているけど、かなり妖艶な人です。けど少し……いや、ある程度……とも言えないけど恐ろしい一面を持ってはいますが、善悪の分別はしっかり弁えてるかな? 彼女からも沢山の事を学び、魔法薬作りや魔法の巻物の製作を教えて貰いました。異世界での物作りは凄く楽しいです)
初めて出会い見た彼女の印象的な妖艶な姿と気怠くも色っぽい声音、そんな魅惑的な雰囲気とは違った可愛い一面、時に敵に対する恐ろしい一面といった魔女らしさ、シャラナと一緒に学んだ魔法の巻物製作、そして自身の新たな変化で幾種もの鉱石原石を背に生やした時の可愛らしい嬉笑の表情を思い返し心に浮かべる。
この異世界に転生して早1ヶ月と数週間、新たな人生を歩み出して未だ間も無いが、この異世界で生まれ変わった時から今日までの出会いと出来事を思い返し、内心で微笑を浮かべながら感謝の想いを送った。
(今、とっても幸せです)
前世での二十数年の人生よりも、たった1ヶ月と数週間の新たな人生に詰まった幸福の質と量の方が圧倒的に大きく、そして温かかった。
ガイアにとって今が1番幸せな〝生〟なのだ。
(だから如何か、僕に幸せを与えてくれたシャラナやエルガルムのお爺ちゃん、シャラナの御両親、侍女のライファさんにベレトリクスのお姉さん、セルキシアさん、ソフィア教皇様、王様、王妃様、王子様――――沢山の人達に出来る限りで構いませんので、神様達の御加護を与えて下さい)
ガイアは真心を込めて、神々に祈り願った。
自分は神々からの御加護を一切求めず、出会い、受け入れ、導いてくれた善なる人達に御加護を恵んで上げて下さいと祈り願うのだった。
祈祷の時を終えたシャラナとソフィア、そしてガイアは目を開けた。
もしかしたら、最初に初めて此処へ来て感謝の祈りを送った後に、また姿を現してくれるのではと淡い期待を抱き見上げたが、ガイアの視界に神の姿は映る事は無かった。
(……会えないか…)
今回は会えなかった事に、ガイアは残念に思うがショボくれはしなかった。
シャラナとソフィア教皇は祈り結んでいる両手を解きながら立ち上がり、ソフィアはシャラナとガイアの方へと身体正面を向けた。
「さl、エルガルム様を待たせては悪いわ。気を付けて行ってらっしゃい」
柔らかな優しい微笑みを浮かべ、見送りの言葉を送った。
「はい。行って参ります」
シャラナも微笑み、ソフィア教皇に門出の一時的な別れの挨拶を交わした。
「フォルガイアルス様も、如何か御気を付けて」
「ンンン、ンンンンン」(うん、ちゃんと無事に帰って来ます)
ソフィアは幻神獣にも微笑みの表情を向け見送りの言葉を送り、ガイアは頷きながら野太く鼻に掛かり、キーンと不思議で優しい高音が混じる声を発し返事を交わした。
そしてシャラナとガイアは礼拝堂から退出し、ルミナス大神殿を後にした。
シャラナとガイアを礼拝堂から見送ったソフィアは再び両手を結び、目を閉じて祈る。
「如何か必ず、無事に帰って来て下さい」
再び無事を祈ったその後――――
「―――世界を歩み、廻りなさい。愛しき我等が子よ」
「―――え?」
後ろから突如聞こえてきた神託で聴いた事のある美しい女性の美声に、ソフィアは反射的に振り向いた。
しかし、振り向いた方にその声を発した人物は居らず、視界に映ったのは礼拝堂の祭壇上に緑色に輝く光の粒子が美しく儚く消える光景だった。
後少し、僅かに振り向くのが早ければ、ソフィアは再び至高なる存在の姿をその瞳に映せただろう。




