衰亡辿りし魔導学院15-4
「い……今、何と……?」
バーレスクレス魔導学院に設けられた広大な訓練所に、エルガルム達と13人の教師、そしてガイアとその隣には平民出身の男子生徒が居合わす。
その場所が余りにも広大の所為か、彼等がポツンと小さく見えてしまう。
そんな訓練所内に呼ばれた教師達の代表であるルードン学院長が引き攣らせた笑みで、賢者エルガルムにもう一度確認の問いを口にするのだった。
それに対しエルガルムはもう一度、少し軽いノリで彼等にとっての絶望をさらっと告げた。
「じゃから今日限り、この学院を潰すと言うとるんじゃよ」
再び告げられた賢者の言葉にルードン学院長を含む全教師は、驚愕と絶望を混ぜた表情を顕にするのだった。
(お爺ちゃん、ド直球過ぎ…)
エルガルムの「お前達の学院、今日潰しまーす」という余りにも解り易い宣告に、ガイアは内心で「うわー」と同情の感情も無い感情を一切籠ってない感覚でツッコみをするのだった。
「エルガルム、直球過ぎるわよ。流石に言い方ってものがあるでしょ」
(お、まさかのお姉さんがちゃんと説明するのか?)
以外な事にベレトリクスがエルガルムの発言を指摘し、続いて彼女が教師達に告げた。
「今日はあんた等の人生を潰しに来たのよ」
(うん、違う、そうじゃない)
エルガルムの発言を言い直したのは間違い無いが、まさかの悪役の台詞へと悪化させたベレトリクスに対し、ガイアは内心で冷静にツッコんだ。
(後その顔、メッチャ悪人面に為っとるよ)
ベレトリクスの言葉に教師達は口をあんぐりと開け、顔を真っ青にするのだった。
(あー…この人、絶対わざと言ったな。何かちょっと楽しんでるっぽいし)
敵に対しては嫌がらせをするその様子と彼女の愛らしくも恐ろしい表情、まさに〝魔女〟と呼ぶに相応しい。
「い…幾らベレトリクス様といえど、我々と栄えある魔導学院を潰すという発言を看過する事は――――」
「あ?」
ベレトリクスのドスの利いた声に教師全員は一瞬で鎮圧され、口から反論を発せられなくなった。
(怖っ! お姉さんメッチャ怖っ!)
普段の少し気怠そうな声音が一切無いキレのある声と、感情が消えた表情に冷酷な目をしたベレトリクスを初めて見たガイアは、彼女の恐ろしさと未だ見ぬ実力の一端を一瞬だけ感じ取った。
「あ……あの…」
そんな中、ガイアが半ば強引に連れて来た平民の男子生徒が、不安な表情でエルガルム達に尋ねる。
「学院を撤廃された場合、僕や他の生徒達は如何なるのですか?」
学院が撤廃されるという事は、学院に在籍している全ての者が教師で無くなり、生徒で無くなる事である。特に平民出身の者は居場所が無くなり、この先如何すれば良いのか、誰から魔法を習えば良いのか、場合によっては生活費を稼ぐ事に時間を取られ、魔法の修学をする余裕が無くなるのだ。
彼はそんな未来を危惧するのだった。
「まぁ、潰すと言うても強引にではないがな。それに平民の生徒には是迄に支払った学費を利子込みで返すとラウラル…あ、いや、国王陛下が保証すると言っとったぞ」
「本当ですか!?」
「ああ、本当じゃ。安心しとくれ」
エルガルムから是迄支払ってきた金銭が保証される事を聴き、彼はホッと胸を撫で下ろした。
「さて、御主等は解っておるじゃろう。ラウラルフから提示された規定を受け入れるか受け入れないかを、既定期日に返答する約束を無視する事が如何いう事かを」
「そ…それは……」
エルガルムの言葉に対しルードンは反論しようとするが、良い言い訳が浮かんでこず、口を半開きにしたまま言葉は出て来なかった。
「約束の期日から既に4ヶ月も経過しとる。これは明らかに王に対し約束を違える行為じゃ」
「し…しかし、我々の許可無しに学院を撤廃するのは幾ら何でも勝手過ぎです!」
そこにポルゼが、愚かな反論をエルガルムに投げ付けてしまった。
「王の約束の期日を破っとる貴様等にそれを言う資格が有ると思うか! この無能共が!」
エルガルムの怒声に教師達は恐怖し、委縮する。
「なぁにが勝手過ぎるじゃ! 貴様等の方が好き勝手にやってた癖に、その愚論を正論みたいに口にするな! 相も変わらず間違った魔法適正理論を伝え、真面な魔導師が1人も輩出出来ず成果ゼロ、それ以前に此処に在籍する殆どの貴族共は真面目に努力もせん。ただひたすら己の権力と出世を得る事ばかりしか考えん、腐った強欲者ばかりが溢れ返っておる! その様な場所を学院と呼べるか、この馬鹿共が!」
憤怒に満ちたエルガルムの正論に教師全員は反論が口から出せず、逆に教師達がエルガルムという先生に激怒され叱られている生徒状態となり、ただ沈黙するしかなかった。
「良いか、学院を撤廃する事になったのは貴様等が招いた結果じゃ! これを理不尽だの勝手だの言える立場でない事を理解しろ!」
それを傍で聞いていたシャラナとガイアは、うんうんと頷く。
エルガルムに威圧されながら怒声の説教を浴びされている教師達の恐怖面を、ベレトリクスは観ながらニヤニヤと悪い笑みを浮かべ、内心で「ざまぁ」と正当に嘲笑うのだった。
ライファは相変わらず涼しい表情の儘、姿勢が整った不動状態を維持していた。
「ふん。まぁ如何せ今学院を撤廃しても、貴様等はひたすら意味の無い反論を口にし続けるじゃろう。そこでじゃ、貴様等には正々堂々模擬試合で決着を付け、勝敗で学院の存亡を決める事にした」
「模擬試合……ですか?」
エルガルムの言った内容の意味を理解したルードン学院長は、不安な声を漏らした。
「そうじゃ。模擬試合で貴様等が魔導教師として相応しい実力が有るか、勝敗で証明して貰うと言っても良い」
エルガルムはニッと良い意味で悪い笑みを、視界に映る教師達に向けながら告げる。
「ま…まさか、我々の相手はエルガルム様ですか!?」
魔導教師の1人であるケミスタッカーが声を上げた。
「んな訳ないわい。儂が遣ったら貴様等なんぞ瞬殺じゃ。それでは模擬試合の意味が無くなるじゃろう」
そしてエルガルムは顔と視線をシャラナの方へと向ける。
「貴様等の相手は、シャラナ1人じゃよ」
エルガルムの言葉を聴いた後、教師達は一斉に視線をシャラナへと向けた。
しかし、彼等は自分達の相手が何故彼女であるのか理解出来ず、困惑の混じった呆けた顔を浮かべていた。
そんな彼等の様子にエルガルムは「此奴等ホントに教師なのか?」と内心呆れ、溜息を深く吐き、仕方なく説明をするのだった。
「今回遣る模擬試合は、貴様等の実力が教師以前に、魔導師としてこの学院を存続するに値するかを見極める為であるのは、流石に理解出来てるじゃろう」
「で…ですが、何故に我々の相手が彼女なのです?」
ポルゼの殆どを理解していないという問いに、エルガルムは呆れたという感情を面に浮かべるのだった。
自分が相手だと力の差が在り過ぎる事は理解出来ているのに対し、何故シャラナが相手という事に意味を理解出来ないのかと、エルガルムは呆れた色を少し色濃くし、再び溜息を吐いた。
少し遠くで見ている3人と1体も、呆れた表情を浮かべるのだった。
「はぁ……別に魔導師団員が相手でも良かったのじゃがの。それでは貴様等が負けても、まーた苦しい言い訳を恥も無く吐き出すじゃろうから、此処の元生徒であったシャラナを相手として選んだまでじゃよ」
その説明に教師全員は少しの沈黙が流れた後、ハッと悪い意味で理解した表情を浮かべた。
彼等のその表情を目にしたエルガルムは、ニッと笑うのだった。
「やっと理解したか。そう、もし貴様等教師が生徒であったシャラナに実力で負ければ、教師である貴様等は努力と研鑽を重ね続けてきた元生徒であるシャラナよりも劣っている事を証明される訳じゃ」
「か…彼女は生まれながらにして才能を持った将来有望な魔導師です! 強いに決まっているではないですか!」
そして魔導教師の1人―――ニムオーノが愚かな言い掛かりをエルガルムへと投じてしまう。その流れに乗ろうとクルヌッドも彼に続き、愚論を正論の様に反論し出した。
「そ、そうですとも! 彼女は生まれながらの一流魔導師なのですから、我々が勝てる相手では―――」
「―――貴様等も一流魔導師じゃろう」
しかし、エルガルムの軽いノリで返された言葉に、教師全員は吐きだそうとしていた幾つもの言い掛かりの言葉を喉辺りで止められてしまった。
「御主等、いっつも自分で言うとるじゃろう。〝我々は優秀な貴族にして一流魔導師だ〟と誇らしげに」
エルガルムの追撃の言葉に対し教師全員は言い返す事が出来ず、口を噤むのだった。
「確かに、シャラナは生まれながらの一流魔導師であるかもしれん。じゃが御主等も同じ一流魔導師なのじゃろう?」
(お爺ちゃんグイグイいくねー)
エルガルムと教師達との遣り取りに、ガイアは僅かにニヤけた笑みを浮かべ、ちょっとした喜劇を見る感覚で内心笑い楽しんでいた。
ガイアの隣に並ぶ彼女等3人も、クスクスと若干笑いながらその様子を眺めていた。
特にベレトリクスの笑みは非常に悪い表情であった。
「如何した? 何故黙っておるんじゃ? ん? まさか元とはいえ生徒であったシャラナより、教師である一流魔導師のお前達の方が劣っておるから何も言い返せんのか?」
エルガルムの図星を指す言葉に教師勢は表情筋を強張らせ、額から冷や汗が滲み頬へと流れ伝う。
もしも、そのエルガルムの言葉を否定すれば、ならば今この場で直ぐに闘えと言われ、肯定してしまえば偽りの肩書きを自ら剥ぎ捨て無能という事実を晒す羽目になる。
結局、前者も後者も、何方に転んでも彼等教師達にとっては苦渋の道でしかないのだ。
「どんなに黙秘し続けようが、模擬試合は遣るからな」
もはや避けられない。
そう思ったルードン学院長は諦め、模擬試合を受け入れた。
そして模擬試合に必勝する為の裏工作を講じる時間を稼ごうと思考し、エルガルムに提案する。
「で…でしたら、模擬試合の準備は此方で用意致しますので、7日後に――――」
「駄目」
「で…では、4日後――――」
「駄目」
「み……3日――――」
「駄目」
「せ…せめて、明日に――――」
「絶対駄目。日時は今日。そして時は今じゃ」
教師達の先延ばしという悪足掻き提案に対し、エルガルムは彼等の悪足掻きの提案を容赦無く「駄目」という拒否の言葉で一刀両断にして切り捨てるのだった。
「ああ、後もう1つ、お前達に選んで貰う選択肢がある」
教師達は「今度は何だ、もう勘弁してくれ」と言わんばかりの嫌々な表情を浮かべた。
「1人ずつ闘うか、全員一遍に闘うか、何方か選んで貰う」
エルガルムから言い渡された選択肢内容に、教師達の嫌々な表情が一瞬で驚愕の色へと変わり目を見開く。その後、お互いの顔を見合いながら、如何すると言葉を発さず目だけで相談し合い出した。
(取り敢えず相談はするんだ。…まぁ、何方選ぶかは予想付くけどね)
ガイアは彼等の互いの顔を見合う様子を観て、彼等が何方を選択するのかを確信と言って良い予想が出来た。
少しだけの時間が経過した後、教師達は相談を終え、代表でルードン学院長がエルガルムに訊き返してきた。
「本当に、我々教師全員一遍に彼女を相手にしても良いのですね? エルガルム様」
「良いぞ」
エルガルムの軽い返答に、教師全員はもう一度互いの顔を見合わせた。
今度は先程の困惑めいた表情ではなく、僅かながら笑みを浮かべていた。
「で…では! 我々全員が彼女に勝てば是迄通り、学院を運営しても宜しいのですね!」
「ああ、お前達が勝てたらのう」
「では、決まりですね…!」
教師達は最初の時の表情とは違い、希望を抱いた笑みを浮かべるのだった。しかし、その笑みは彼等の黒い私利私欲が抑え切れず滲み出たのか口角が若干歪み、嫌な笑みと為っていた。
(やっぱりねー。自分達に不利な規則に関しては受け付けないで、逆に有利な規則は大いに利用する自分勝手な奴等だもんねー)
予想通り、自分都合思考の彼等は後者を選ぶのだった。
そして決まった後、スェルヌーは透かさず時間稼ぎする為に、エルガルム達の誘導を試み提案し出した。
「では、少々御時間を頂きますが宜しいですね?」
「何を言うとる、儂は時は今じゃと言った筈じゃ。その少々の時間で何をするか聞かせてくれんかのう」
「そっ、それはですね……ほ、ほら! 学院の存続を賭けた模擬試合を行うのですから、学院の生徒全員はそれを見届ける義務が御座います! それに今我々は杖を持っておりませんが故、取りに行かなくてはなりませんので!」
言っている内容に嘘偽りは無い。しかし、その内容の裏は絶対に勝つ為の姑息で卑怯な手段を思考する時間と、その手段の実行をバレぬ様にする時間を得る為の口実である。
「生徒全員を呼ぶのは理解出来るが、別に杖は必要無いじゃろう。如何しても時間稼ぎと模擬試合での仕込みの時間が欲しいのか?」
だがエルガルムは最初っから、彼の口にした内容の裏を解っていた。その上でエルガルムは意地悪に訊ね掛けるのだった。
「えっ! い…いえいえ! その様な不正行為などしませんよ…! それと我々は魔導師ですから、杖が無ければ魔法が使えなくなるではありませんか」
「へー、そうかそうか。因みにシャラナは杖は使わんが、それでも杖に頼るのか?」
「うっ……!」
杖はあくまで魔法の発動・制御・操作・威力を補助する為の触媒であり、魔法を行使するのに絶対に必要な物という訳では無い。
どんなに上等な杖で魔法を行使しても、其れを使用する者の魔導師としての熟練度が低ければ殆どその杖の補助は意味を成さない。結局の所、杖の有無は関係無いという訳だ。
〝杖に頼るのか?〟という賢者の言葉に、教師達は言い訳を返す事が出来なかった。
「はぁ……もう良い。杖を使いたければとっとと持って来い。それで負けても文句言うでないぞ」
「は…はい…。で、ではその間は、待合室で少しばかり休息でもしながら御待ち下さい」
「その必要は無い、此処で待たせて貰う。じゃから早く行ってとっとと戻って来い」
「う……。はい…では急いで参ります」
結局どの言い訳も最後のちょっとした誘導も上手くいかず、スェルヌーは渋々と諦め、各々自分の杖とその他の物を急いで取りに行くのだった。
「フン、実に裏が分かり易い言い訳じゃわい」
学院の教師全員が一時的にこの場から立ち去った後、エルガルムはシャラナ達の下へと戻る。
「ホントねぇ。それと彼奴等、絶対に杖以外のマジックアイテムも隠し付けて来るわよ」
「間違い無くな。それに他の貴族生徒達を呼ぶと同時に、横槍を入れる協力を得るじゃろうしな」
エルガルムとベレトリクスは彼等のするであろう不正を予想し、また呆れるのだった。
「此処に在籍する貴族生徒の実力は高が知れてます。基礎以下の攻撃魔法では障害にも成りませんし、協力を得るのでしたら拘束・束縛系の魔法を使える生徒ですね」
「良い考察じゃ、シャラナよ」
シャラナの予想される不正妨害への可能性の的確な考察に対し、エルガルムは頷きながら彼女を褒めた。
(ああ、そっか。攻撃魔法だと何処から攻撃してきたか方向で位置がバレるしね。拘束系の魔法なら対象の近くで発生するから、隠れている位置がバレずに済むもんね。……まぁ、それでも何の道バレるけどね)
ガイアはシャラナの考察――――言わば教師達の不正工作の方法を理解すると同時に、それを行おうとする彼等に対し考えが甘いなと内心ちょっぴり嗤笑するのだった。
「良いか、御主が相手するのは全教師だけでなく、場外から妨害してくる生徒もじゃ。魔法の威力も効力が弱くとも、充分に警戒するんじゃぞ。拘束系に加え、状態異常を与えてくる魔法への対策は必ず念頭に置く事も忘れるな」
「はい」
「良し。それと今回は必ず後手でじゃぞ。此方が先手してしまっては模擬試合が即終わってしまうからの。少しの間は手加減して上げる様にな」
「解ってます、先生」
シャラナはクスッと微笑する。
(シャラナなら大丈夫でしょ。戦闘訓練は僕の動像でキツめに相手したし、魔法も新しいのを結構習得してるし、阻害系の魔法と場外からの妨害に注意してれば、彼奴等なんてシャラナの敵じゃないしね)
ガイアは此処に来る前から、シャラナに対する心配事は無かった。何せ相手はあの元伯爵貴族家と同等にして低水準の実力である為、そんな彼等の魔法など、シャラナの魔法の足元にも及ぶ訳が無いのだから。
更に妨害への対策だって有る。万が一の阻害妨害が不意に降り掛かって来ても、対処が可能だ。
彼女なら、それ等を全て払い除けられるだろうとガイアは信じていた。
(そういえば……)
ガイアはチラッと平民の男子生徒が片手に持つ書物へと視線を動かし、あるちょっとした興味を抱いた。
(あれって学院の教材本なのかな? 低偏差値な学院が提供する教材ってどんな内容が書かれてるんだろう?)
予想は出来ていた。
恐らく―――いやきっと、碌な内容が記されていないのだろうと。
予想は付くとはいえ、実際にその中身を見た事が無い為、碌な内容じゃないと判っていても、ある意味興味を抱いてしまうのだった。
実際はどれだけ中身が酷い物なのかを――――。
(教師達が戻って来るまで暇だし、折角の機会だから見せて貰お。ねぇねぇ)
そしてガイアは、平民の男子生徒の袖をクイクイッと引っ張る。
「えっ! わっ! え、なっ、何でしょうか!?」
幻神獣に袖を引っ張られた平民の男子生徒は上げてしまいそうだった声を意識的に抑えるが、表情は色濃い驚愕を浮かべた。
(君の持ってるそれ、見ーせて)
次は彼の持つ教材本を岩石の人差し指で突っ突き、その後その指で自分に差し向け〝見せて欲しい〟と簡単な身振り手振りで伝える。
「え? もしかして…これが見たいんですか?」
(そうそう)
彼の問いに、ガイアは頷き肯定の意を伝えた。
「ど……どうぞ」
(ありがとー。さーてどれどれ~)
平民の男子生徒から差し出された教材本をガイアは受け取り、早速最初のページを捲った。
(………ん?)
ガイアは1,2ページに記された内容をざっと読んだ直後、僅かに表情を顰めた。そして3ページ、4ページと次々と大雑把に速読しながらページを捲る度に、ガイアの僅かに顰めた表情が徐々に徐々に色を濃くしていった。
ひたすら大雑把に速読し、1枚1枚ページをどんどん捲っていった。
そして1分も経たず、教材本の捲ったページ数が半分以上を切った辺りでガイアの手は止まった。
(………ナニコレ)
ガイアの表情は誰から見ても判る、とても色濃い顰めた顔へと変化し切っていた。そしてクワッと目を大きく開き、内心でその教材本とその著者に対し思いっ切り叫びツッコむ。
(ホンットに何これっ!! 魔法を使う為の基本的な基礎内容は何処だよぉ?!!〝魔法は生まれながらの魔力によって使えるか使えないか決まる〟ってなんだよ! 僅かな魔力でも使い続ければ、基本的に誰でも使える様になるってお爺ちゃんが言っとるだろうが!!)
更には魔法を行使出来る者は上位級魔法を習得出来る者であるとか、中位級魔法や下位級魔法を習得する必要が無いなど、弱い魔法を習得のは時間の無駄である事が記述されていた。
(必要だよアホっ!!! 基礎教えろよっ!! 基礎出来てないから上位級どころか中位級の魔法も使えないんだよあんた等は!! 寧ろいきなり基礎無しで上位級魔法を習得しようとする事が無茶だろうが!! 自分を客観的に見んかい!!
後これ何!!? 〝高い魔力を持った我々貴族こそが世界を変える偉大な存在である。高き魔力を持った貴族達よ、誇りに思い給え〟ぇ!!?
要らん事書くな!!! お前等の自慢とか価値観とか知らんから、魔法に関する基礎知識を記せよ!!)
魔法に関するかなり適当な内容、強欲な無能貴族の記された価値観、全く関係の無い著者の自慢―――。
それはもう、教材本に値しない物であった。
(これの何処が教材だーっ!!! 魔法を使う為の基礎を教えろや―――――っ!!!)
その教材本其の物に苛立ったガイアはそれを開いた儘、硬い素材で作られた表紙ごとバツンと豪快に引き裂いた。
その光景に傍に居た全員は、突然の事に驚愕する。特に平民の男子生徒は酷く驚愕し、目を丸くし、口をあんぐりと大きく開けてしまうだった。
「おぉ、吃驚したわい。如何した如何した?」
エルガルムはガイアに近寄り、ガイアの持つ引き裂かれた教材本に視線を動かす。
「…あぁこれか。そりゃあガイアが引き裂くのも無理も無い物じゃのう」
「うわぁ…懐かしい……」
シャラナもその教材本の中身の一部を目にし、嫌な意味で懐かしさを思い出すのだった。
「御主よ、これは幾ら読んでも一切知識が身に付かん駄作物じゃ。悪い事は言わん、此処で得た教材は全て捨てた方が良い」
エルガルムは平民の男子生徒に顔を向け、学院に提供された教材全てを捨てるべきだと告げる。
「その事は前から知っていました…。知った上で読んでいましたから…」
「知ってて何で読んでいたの? 読んでも何も役に立たない教材を何故?」
シャラナは何故と疑問を抱き、彼に質問を投げ掛けた。
「もしかしたら…僅かにでもヒントが在るかもしれないと思って、ずっと読んでました。此処の教師は真面に教えてくれませんし、だから自分で何とかして魔法に関するヒントだけでも見付けるしか、学ぶ方法が無かったので……」
(おいおい教師なのに教えないって、そりゃあ幾ら何でも酷過ぎるだろう。何の為に教師やってるんだよ彼奴等)
彼だけはない。彼以外の此処に居る全ての平民出身の生徒全員が、教師達から不当な扱いを受けているのは間違い無いだろう。それに耐えながらも魔法の知識を得ようと、ほんの僅かなヒントでも得ようと探し続けてきた彼等に、ガイアは同情を抱くのだった。
「残念じゃが、それを含むこの学院の書物からではヒントすら得られん。御主達平民出身の者にとって、此処では何も学べぬ無意味な場所じゃよ」
「そう……ですよね……」
エルガルムから学院では何も学べない事実を聴かされた平民の男子生徒は、しょんぼりとした表情を浮かべるのだった。
(何か可哀想だなぁ…。ん~……何か…何か無いかなぁ~…)
ガイアは彼のしょんぼり顔を見て、彼に対し何かの助けになれないだろうかと思考する。
「まぁこれは完全に不要物だから、処分しちゃった方が良いわ」
そうベレトリクスは言いながら、ガイアの両手に有る引き裂かれた教材本の片方を取り、同時にライファも同じタイミングでもう片方の引き裂かれた教材本をガイアの手から取るのだった。
2人は同時に手に取った教材本を上空高くへと放り投げる。
「〈発火〉」
そして同時に片手を翳し炎系統魔法を発動させ、放り投げた教材本に躊躇無くボンッと点火し、それを瞬時に灰塵にするのだった。
「はーい焼却っと」
(おぅ……教材本が灰に)
ガイアは彼女2人の流れる様な一連で灰塵と化した教材本を視界に映し、低位級の魔法にしては随分威力の高い〈発火〉だなぁと、感心を抱く。
「して、御主は何を目的に魔法を学びに来たのかのう? 少し暫くは暇の時間が有るのじゃし、折角じゃから訊いても良いかの?」
「はっ、はい! えっとですね……耕作や酪農を効率良くする為の魔法を学びに来ました」
「ほほぅ、魔法による農業効率化か。ホッホッホッホッ、良いぞ。魔法は必ずしも闘う為の技術では無い。御主の様な農作改善を魔法で試みる者も立派な魔導師じゃよ」
エルガルムは実に嬉しそうに微笑を浮かべ、平民の男子生徒の肩を叩きながら褒めるのだった。
(おおー、農業の為にわざわざ学院に来たのかぁ)
ガイアは学院で魔法を学ぶ彼の理由を聴き感心する。
「そうなると、御主は土系統と水系統の魔法を会得する為に此処へ来たという訳か」
「は、はい、そうです。特に自然系統の、大地の栄養を回復させる魔法を」
「ほぅほぅ、そうか。御主は森司祭を目指しているのか」
「そう…なりますね。低位級でも使えれば、農作物の栽培を安定させられればと」
「そうかそうか、良き目標じゃ。しかし、自然系統は他の魔法と違って修得難易度は高いぞ」
「えっ!? そうなんですか!?」
平民の男子生徒はその事実に驚いた。自然系統に関する知識が無い故の反応である。
「うむ。それと御主が言った大地の栄養を回復させる魔法は、自然活力が必要不可欠じゃ。低位級にも同様の魔法は在るが、自然活力を感じ取り操る事が出来なければ扱えん」
「そ……そうなんですか…」
彼は再び、しょんぼりとした表情を浮かべるのだった。
「まぁそうガッカリするでない。自然系統魔法を覚える初歩と言える土系統と水系統は、農作で非常に役に立つ。例えば土系統魔法の〈土壌操作〉は広範囲の土壌を動かせば耕せるし、水系統魔法で農作物を植えた土壌に水を撒く事が出来る。この2つが扱えるだけで、農業効率は向上するぞ」
「〈土壌操作〉…ですか」
平民の男子生徒はエルガルムの話を聴き、しょんぼりとした表情はパッと消え、真面な魔法講義に目を輝かせた。
「うむ。じゃが魔力の操作と制御、そして魔力量という基礎を鍛える前に魔力適正を知らねばな。先ずは御主の得意な系統を調べてみよう」
「は、はい!」
そしてエルガルムの指導の下、魔力の属性適正値を調べ、その後に初めて使う魔法に彼は胸を躍らせた。
(お、訓練するの? だったら僕も手伝うよー)
先程何かの助けになれないかと考えていたガイアも、エルガルム達と共に彼の成長を促す為に訓練の協力をする事にした。
そうして教師達が戻って来るまで、エルガルム達は1人の平民男子生徒に魔法の基礎を教えながら悠々と待つのだった。




