衰亡辿りし魔導学院15-3
王都アラムディスト、都民区画。
朝9時過ぎの時間帯は既に幾多の民が溢れ返り、忙しい者やそうでもない者達が大通りや小道を行き交い、街を明るく賑わせていた。
何時も活気は有るが、是迄はそこまで明るかった訳では無い。
最近都民区画に住まう都民達が明るく為ったのは、私利私欲な貴族達が鎮静化した為である。
王都自体は豊かであり、同時に暮らしも不自由の無い適度な豊かさは有ったが、傲慢な貴族達が起こす問題や身分差別による見下しには当然不満を抱いていた。
ラウラルフ国王が元伯爵貴族の犯罪者にして反逆者であるデベルンス家を粛清した事が切っ掛けに、更にそんな傲慢な貴族達は間接的に鎮圧された。
そして何より、デベルンス家の粛清の切っ掛けを与え、ラウツファンディル王国領土内の各村の飢饉に恵みの救済を齎した存在が一番の理由と言えるだろう。
そしてそんな明るく活気付く都民区画、開けた街道を行き交う幾多の人達がある一行へと視線を向ける。
誰もが必ず目を向ける存在が、街中を歩いていた。
ラウツファンディル王国の英雄魔導師にして〝賢者〟の2つ名を冠する世界の誰もが知る偉人――――エルガルム・ボーダム。
魔法薬と魔道具の研究開発を生業とする玄人の錬金術師にして魔道具製作者、そして〝賢者〟と並び〝錬金の魔女〟と称される詳細が謎の魔導師――――ベレトリクス・ポーラン。
由緒正しき有力貴族、フォルレス侯爵家の貴族令嬢にして、神聖系統魔法を扱える魔導師と同時に聖職者の職業を有す貴族魔導師――――シャラナ・コルナ・フォルレス侯爵令嬢。
そして彼女に伴う侍女服を纏う銀髪ショートヘアの女性は、フォルレス侯爵家の使用人にして暗殺者の職業を有するシャラナの護衛役――――ライファ・ベラヌ。
魔導師の偉人2人に侯爵貴族の令嬢と付き添いの侍女が街中を歩いていれば、誰もが視線を向けて当然だ。
そんな名誉ある2つ名や身分を除いても、老人からは叡智溢れた風格を漂わせ、3人の女性は其々タイプの異なる美麗な容姿には、異性の誰もが必ず視線を向けてしまう魅力の持ち主である。
だが、そんな4人よりも視線を集める存在が、彼等と共に街中を歩んでいた。
恵みを司り世界に恵みを齎す大地の化神、遥かな古の時、世界の誕生と共に生まれし神の獣。
恵みの救済を齎した偉大な存在――――幻神獣フォルガイアルス。
今やこの王都では知らぬ者は居ない、有名にして偉大な存在だ。
幻神獣に対し向けられる視線は、主に2つの理由。
善人の敬意と崇拝の視線。
悪人の畏怖と兢々の視線。
そして全ての民が幻神獣に向ける視線は前者である。
そんな視線をガイアは集めていた。
ガイアが何かしたつもりが無くとも、だ。
しかし、街中を行き交う民達から向けられる視線にガイアは一切気にせず、久し振りの都民区画を歩きながら街並みを見渡すのだった。
ガイアは街中で通行の邪魔にならない様、特殊技能で自身の大きな身体全体を小さくし、エルガルム達と共にバーレスクレス魔導学院へと歩み向かっていた。
「相変わらず目立ちますね」
シャラナは隣で一緒に歩く小さなガイアに、チラッと視線を向ける。
「そりゃあ目立って当然じゃよ、何せ幻神獣が街中を歩けば誰もが目を向けてしまうからのう」
エルガルムは笑い、慣れた尊敬の視線を浴びながら堂々と歩き進む。
「それもそうだけど、先ずガイア抜きでもこの面子は目立つわよ」
ベレトリクスは少しだけ気怠そうな声で笑いながら言う。
ベレトリクスの言う通り、幻神獣が居なくとも、偉人2人に侯爵令嬢が一緒に街中を歩いていれば充分に目立つ有名人だ。そこに幻神獣が加われば、より視線を集め目立つ豪華メンバー揃いである。
「最初の時とは違って、今や民達は恐れる思いをせん様に為ったのは良い傾向じゃ。これなら、街中にガイアを連れ出しても問題は無いじゃろう」
ガイアが初めてこの王都に訪れた時は、都民の誰もが謎に満ちた岩石の魔獣として捉え、未知の魔獣に対する恐れがあった為、それまではガイア自身は街に出掛ける事を勝手にしない様に抑えていた。
しかし、ルミナス大神殿を管理する国王と同等の地位を有する最高位聖職者――――ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇が大衆の前で直接公表した事と、賢者エルガルムが監視目の下げ飾りの記録した映像を公開した事によって、現在は街中にお出掛けしても問題は無くなったのだ。
その事は、ガイアは今も全く知らない儘ではあるが。
「それに幻神獣の存在はあらゆる他国へと直ぐに伝わり、何れは全ての者に知られるじゃろう」
「でしょうね。ただ、知られたくない国には伝わって欲しくないわねぇ」
「特にゴルグドルグ独裁国ですね」
シャラナに付き添い歩く侍女のライファがそれに対する回答を口にし、会話に入る。
「確か先代国王の時代に、突如この国に侵攻して来た国家ですよね。その時に先生が御一人で撃退して、その功績を讃えられて〝賢者〟の2つ名を先代国王陛下から賜ったと」
「ああ、そうじゃ。懐かしいのう、未だ若かった時代は彼方此方旅して、未発見の魔物などの生態や強さを調べ、ダンジョンもひたすら探索し素材を片っ端から集めたものじゃ」
エルガルムは昔の思い出を頷きながら思い返し、笑みを浮かべる。
(へぇ~、お爺ちゃんの若い頃かぁ)
先程から街をキョロキョロと見回していたガイアも興味を惹かれ、顔を其方へと向け聴き入った。
しかし、笑みを浮かべてたエルガルムがその後、眉を顰めながら苛立つ嫌な思い出を浮かべ、昔の不満を語り出す。
「しっかしあの戦争に参加してた当時の貴族魔導師共は酷いもんじゃったわい! 其奴等は一番安全な最後方で魔法を放ってるだけの癖に、戦場から勝手に逃げ出したんじゃよ!」
「え…そうなんですか」
(えっ、マジか)
エルガルムの語る昔の貴族魔導師の内容に、シャラナとガイアは残念な人を見る様な表情を浮かべた。
「因みに、当時その貴族魔導師はどの程度の実力で……」
シャラナはほぼ予想出来ている事を質問をした。
「低位級魔法しか使えん現在の衰退しとる無能な貴族とほぼ同じじゃよ」
エルガルムの答えに「あ、やっぱり」とシャラナとガイアは内心で呟くのだった。
「そんな頃から彼奴等成長してないの? つくづく無能なのねぇ、あの馬鹿達は」
「そうなんじゃよ。昔のあの頃からちっとも変わっとらんし、先代の王から提示された意識改善をしようともせん。まぁ、儂が未だ幼かった時代よりは少しマシに為ってはおるがな」
「それ程までに昔の貴族達は酷かったのですか」
「まぁの、昔は身分差別が今の時代よりも色濃くての、力有る者、つまり強い魔力を生まれ持った者が貴族であり、魔力を僅かにしか持たん者は平民と、強者が弱者を見下し蔑む酷い時代じゃったよ」
(うわぁ……それは流石に酷いな…)
エルガルムが語る昔の時代の酷な内容に、ガイアは内心で眉を顰めた。
「んで、エルガルムが先代の王と共に身分差別を潰して、身分関係無しに僅かな魔力でも魔法は使える事を伝えた。でもって、誰もが魔導師に成れる可能性は必ずある事を広め、魔導学院設立して集めた平民達に基礎を徹底的に叩き込んで、その魔導師と平民達が今の魔導師団と成った、でしょ」
「そうだったんですか!?」
エルガルムが先代の王と共に魔導学院を設立し、平民達に魔法を教授し、魔導師と成った平民達が魔導師団を結成したという知り得なかった事実に、シャラナは目を輝かせながら驚愕した。
「うむ。皆、当時幼かった儂に集まり、儂は同じ平民の彼等に魔法の教授し、共に訓練をし高め合ったものじゃ」
(幼い時っていったい年齢幾つの時なの!? 凄いお爺ちゃんだな…)
ガイアはエルガルムが幼き頃の昔に行った変革と言える内容を聴き、エルガルムに敬意を抱くのだった。
「でも皮肉な事よねぇ、先代の王とあんたが共に設立した魔導学院を今日潰す事になるなんて」
「全くじゃな。あの頃に貴族共を過剰な程に牽制しておけば良かったと、今も後悔しておるわい。強欲で権力だけの無能貴族さえ居なければ、今頃はこの国は真面な魔導師の数が増えてた筈じゃ」
ベレトリクスとエルガルムは溜息を吐きながら口にする。
(そっかぁ、魔導学院ってお爺ちゃんが建てた施設なんだ。それを自らの手で潰す程までに学院は酷い物に成ってる訳か。国の為に建てた施設なのになぁ)
エルガルムと先代の王が国の為に設立した学院を己の権力の為に私物化し、学び舎から単なる権力争いとコネ作りという黒い私利私欲に満ち溢れた貴族の社交場へと、無能な貴族達が変えてしまった。
そんな学院を潰さなくてはならない設立者の1人であるエルガルムは、苛立ちを通り越して、きっと心の底から呆れ果てているのだろうとガイアは思うのだった。
「本当に酷いですね。それは魔導学院を設立した先生と先代の王に対する侮辱行為です」
「本当にのう。儂が旅して見て来た幾つもの他国なんかは魔導師の数が此処よりも多い上に、魔法に関する技術や熟練度は平均的に有しており、実戦での戦闘の立ち回りは実に良かった。それに比べてこの国の貴族魔導師共ときたら……ここまで無能な貴族共が価値観を変えぬのなら、最早この国にとって邪魔者以外の何者でも無い」
そしてエルガルムはニッと笑みをシャラナへと向けた。
「そして今日がこの国にとっての、本当の改革への第一歩の時じゃ」
「楽しみね~、彼奴等の浮かべる顔が」
(おぅ、お姉さんわっるい顔)
ベレトリクスの良い意味で悪い笑みを浮かべ、それを見たガイアは彼女が何を想像したのかを理解する。
「シャラナよ、朝レウディンが言ってた通りに容赦無く叩きのめして良いぞ」
(あの人の容赦無くって、絶対死ぬか死なないかギリギリのラインでの意味なんだろうなぁ…)
ガイアはレウディンの容赦無くという意味がどんなものかを容易に想像が出来た。そしてレウディンが容赦無くという言葉を、恐ろしい笑みを浮かべながら口にする表情も。
「え……まぁ、適度には…」
シャラナも自分の父親が如何いう意味で容赦無くという言葉を口にしたのか、屋敷を出る前から理解していた。
「御嬢様、適度だなんて控えめ過ぎますよ。やるなら徹底的に、たとえ相手が泣いても攻撃を止めずに容赦無く無慈悲に潰して下さい」
(ちょっ、侍女さん!!? 言ってる内容がレウディンさんよりも明らかにおっかないんですけどっ!!?)
涼しい顔を一切変えず、無能貴族に対する余りにも容赦無い恐ろしい言葉をさらっと告げるライファに、ガイアは仰天しながら内心でツッコむのだった。
「ライファ、流石にそこまでしたら相手が死んでしまいますから…」
(そうそう、流石に死人を出すのは不味いしね)
「大丈夫です、今の御嬢様なら相手が瀕死と重傷の丁度良いラインで調整出来る筈です」
(わーぉ、良い笑顔。そしてマジでおっかな~い)
ガイアは笑みを浮かべ、内心で悟る。
ライファはレウディンよりも怒らせてはならない人物だと、彼女を怒らせたら最後、相手によって最も嫌がる事を容赦無く、無慈悲に恐怖を刻み込むだろうと。
「ホッホッホッ、そこまで力を使わんでも良い。彼奴等は貧弱じゃから、どんな苦痛にも耐えられんから低位級魔法一発当てれば充分じゃよ」
「棍棒を持ったゴブリンの攻撃程度位、でしょうか?」
ライファは涼しい微笑を浮かべたまま、皮肉めいた例えでエルガルムに訊き返す。
その返しの問いに、エルガルムは笑いながら答えた。
「そうじゃな、ゴブリンの攻撃程度が丁度良いじゃろうな」
そんな会話をしながら街中を歩き、目的の場所へと向かうのだった。
広大な都民区画を約15分から20分程歩き進み、4人と1体は目的の場所の入口前へと辿り着いた。
(へぇー、此処が魔導学院かぁ)
視界全体に映る巨大で広大な建築物――――バーレスクレス魔導学院をガイアは見上げる。
「はぁ……来たくなかった…」
久方振りに訪れた学院を前にし、シャラナは溜息を吐く。
「その気持ち、解るわぁ」
ベレトリクスはそんな彼女に同感する。
「なぁに、今日でこの学院は最後なのじゃから、気を滅入らす事など無い」
エルガルムは内心で若干学院に来たくない思いは抱いていたが、これで見納めなのだから、これ位は我慢すべきだと既に心構えていた。
「さぁ、行こうか」
そしてエルガルムが最初に脚を前へと動かし、彼の後に続く様に彼女等3人とガイアも歩を進め、学院の門を潜り抜けた。
学院内の広い廊下を歩きながら、ガイアは学院の中庭を眺める。
幾つもの教室の扉を視界に映し、学院内の幾多の貴族生徒の視線を感じ取る。
(……なるほど、聞いてた通りだな)
彼等が送る尊敬の視線に、ガイアは気持ちの悪い違和感を直ぐに感じ取る。
その違和感が何なのか、直ぐに理解した。
黒くねっとりとした私利私欲の感情だ。
彼等貴族の強欲な心が瞳に反映し、それが視線に溶け込んでいるのだ。
ガイアはそれを嫌という程はっきりと感じ取れていた。
不思議と、確信出来ると言える程に。
此方に濁った敬意の視線を向ける貴族生徒達に対し、ガイアはチラッと視線を向けた。その直後、ガイアに視線を向けられた貴族生徒達は身体をビクッと竦ませ、一瞬で表情は畏れで染まり、目を逸らした。
「相変わらず気持ち悪い視線じゃな」
「ホーント、なーに考えてるのか直ーぐ判る」
「そうですね…。あの目は、久し振りに見ました」
エルガルムは呆れた表情を浮かべ、ベレトリクスは僅かに苛立った表情を浮かべ、シャラナは嫌悪の表情を浮かべるのだった。
「それでしたら、ガイア様が視線で牽制してくれてますので寄って来ませんよ」
ライファは相も変わらず涼しい表情の儘である。
彼女の言う通り、ガイアがチラッと視線を向けるだけで彼等は目を逸らす。それは彼等から見て、幻神獣がチラッと視線を向けてくる行為は威圧感のある視線で睨まれたと感じ取り、その目は心の内に有る黒く薄汚いもの全てを見透かされていると錯覚しているからだ。
当然、ガイアはただ向けてくるその視線にチラッと視線を合わせているだけであり、苛立ちや嫌悪感から湧き起こる内に秘めた怒りを込めた威圧の視線は一切送っていない。
「それにしても、彼奴等何処に居るのかしら」
「確かにちっとも見当たらんのう…。もしかすると、会議室にでも集まってるやもしれんな」
「ああ…学院存続会議ってやつね」
「わざわざ出向くのも面倒じゃし、学院の誰かにでも呼び出して貰うかの」
そう言いエルガルムは視線を動かし、誰にしようかと視界に映る生徒達を見ながら歩き進む。
そしてふと視界に1人の生徒が映り、エルガルムの視線はその生徒に固定された。
広い中庭でポツンと上質な木製長椅子に座り、何かの書物を読んでいた。髪は濃い茶色で瞳は黒色、これといった特徴は無いがそれなりに整った顔立ちの男子生徒だ。
エルガルムはその男子生徒へと歩み向かい、3人と1体もそれに続いた。
「ちょいと良いかの?」
「え? あ、は―――」
エルガルムに声を掛けられた男子生徒は顔を上げ、声の主の方へと顔を向けた。そして当然の如く、男子生徒は驚愕の表情を一瞬で浮かべ、慌てて長椅子から立ち上がった。
「けっ、けけけ…賢者エルガルム様!!? な、何か僕に御用でしょうか!?」
「ホッホッホッ、そう固く畏まらくても良い。ちと御主に頼みたい事があっての」
「ななな…何でしょうか!?」
畏まらくても良いと偉人に言われても、彼にとってそれは酷な願いであった。
(あれ? この子もしかして、貴族じゃない?)
ガイアはエルガルムの前に居る男子生徒の風貌を見て、彼は平民出身ではと予想する。
見掛けた生徒と同じ学院服を身に纏っているので、貴族なのか平民なのか一目では直ぐに判断出来ない。
ガイアは小さくした儘の岩石の身体を前に進め、彼の前に近寄って観た。
視界にひょっこり姿を現した存在を目にした男子生徒は、先程よりも色濃い驚愕の表情を浮かべ、全身固まるのだった。
「しっ、ししし…しし神…神獣さ……!!!」
(あ、メッチャ驚いてる。しかもカチンコチンに固まっちゃった)
賢者という有名人を前にして緊張している彼の前に、更に上の存在である幻神獣が姿を現し、間近でその姿を見た彼は思う様に口から言葉を発せられなくなっていた。
「大丈夫じゃよ、ガイアは全然気にせんから気を楽にして良い」
(お爺ちゃん、この面子だとそれはこの子にとって酷だと思うんだけど…)
ガイアは内心でエルガルムにツッコみを入れるのだった。
「それでじゃな、御主に此処の教師全員を――――」
「おい! 其処の平民!」
エルガルムが男子生徒に頼み事を伝える途中、突如話を遮る言葉が飛来し、エルガルム達はその言葉を吐き出した主へと顔を向けた。
「貴様、平民の分際で賢者様の前に立つとは、身の程を弁えろ!」
その声の主は此処の貴族生徒の1人であった。そして両隣には、取巻きであろう別の貴族生徒2人も一緒に居た。
その貴族生徒3人は、エルガルム達の方へと寄って来た。
「とっとと失せろ! 平民風情が!」
取巻きの1人が平民の生徒を強引に押し退け、取巻き2人の主であろう貴族生徒は平民の男子生徒と入れ替わり、エルガルムの前に立つのだった。
(うわぁ…何だ此奴)
ガイアはその貴族生徒の行為に苛立ち、顔を顰める。
「では賢者エルガルム様、栄えある魔導学院の生徒代表としてこの私が伺いま――――」
「――――おい小童」
エルガルムの静かな憤怒の声音に、その貴族生徒はビクッと驚く。
恐る恐る御辞儀で下に向けた顔を上げ、エルガルムの表情を視界に映した瞬間に恐怖した。
「儂は其処の彼と話をしとったのが見えんかったのか? それを横から勝手にしゃしゃり出て来るとは良い度胸じゃな、この阿呆が」
「ヒィッ…!」
鋭い目付きを載せた憤怒の表情で威圧される貴族生徒は竦むのだった。
(おお…お爺ちゃんの威圧顔、凄いな)
ガイアは見た事が無かったエルガルムの威風なる表情を目にし、彼が伊達に歳を取っていない実力者である事を理解する。
「今さっき平民風情と言ったな? 小童よ」
「へ……? は…はい、そうです! あれは平民ですから当ぜ――――」
「儂も平民生まれじゃが?」
エルガルムのその言葉に、貴族生徒はゾクッと更なる恐怖を感じた。
「貴様の言う平民風情は全ての平民に当て嵌まる言葉なのじゃろ? つまり、貴様は儂をも平民風情と見下しておるんじゃろ?」
その貴族生徒は、思いっ切り地雷を踏み抜いてしまったのだ。
「さぁ、もう一度言うてみよ。平民生まれの儂に先程の嘲笑の見下し言葉を」
言える筈がない。
鬼の形相で睨まれている貴族生徒は恐怖で心を凍て付かされ、絶句するのだった。
貴族生徒はチラッと視線をシャラナへと向け「助けて欲しい」と目で訴え掛けるが、シャラナはそれに対し慈悲の欠片も無い冷徹な目で傍観するのだった。
「……なら丁度良い、貴様に頼むとするかのう」
「な、何でしょうか! この私への頼み事とは!?」
その貴族生徒は賢者エルガルムに頼まれるという事に、やはり貴族である優秀な自分に目を掛けて下さっていると、余りにも馬鹿な勘違いをし、普段の調子に戻るのだった。
「なに簡単な事じゃよ、此処の教師全員を呼んで来させるだけで良い」
「おお、教師全員ですか! して、教師方にどの様な御用件で?」
「――――今日限りで学院を撤廃する用件じゃよ」
「………え?」
エルガルムの口から発せられた衝撃の言葉に、貴族生徒は己の耳を疑う。そして浮かべていた微笑は僅かに引き攣らせ、その表情をそのまま固めてしまう。
近くに居た平民の男子生徒も、エルガルムの発せられた言葉に錯愕するのだった。
衝撃の言葉の意味が脳に染み込み理解した貴族生徒は、引き攣らせた微笑の顔を青く染め、目を見開くのだった。
「てっ、てててて、撤廃!!? そそそそんなっ!! 御冗談を――――)
理解しても受け入れられないその貴族生徒は、きっと嘘だと自分都合の解釈を抱き、目の前に居る賢者の表情を窺う。
しかし、貴族生徒は抱いていた解釈はボロボロに崩れ、受け入れられない理解は絶望という悟りへと変色した。
エルガルムの口元はニッと笑ってはいるが、目は一切笑っておらず、鋭い目付きのまま貴族生徒を睨み付けていた。
その顔からは冗談を感じられなかった。
――――本気だ。
そんな貴族生徒の絶望状態など気にもせず、エルガルムは続けて告げる。
「解ったな? 教師全員集めて呼んで来い。儂等が此処に来た用件も伝えろ。良いな…?」
「はっ…はいぃっ!」
「ああそれと、儂等は学院内訓練所で待っとる事も伝えとけ」
「かっ、畏まりました!」
貴族生徒は賢者エルガルムの用件を伝える為、全力疾走で慌てて教師全員を呼びに行き、取巻きの貴族生徒2人も彼の後に続き慌てて走り去って行くのだった。
(うわー、貴族とは思えない小者感)
ガイアは品性の欠片も無く走り去る貴族生徒を見送る様に傍観しながら、その貴族生徒に対する感想を内心で呟くのだった。
「さて、儂等は一足先に訓練所に行こうかの」
そしてエルガルム達は、学院内の訓練所へと向かうのだった。
(およ?)
ガイアは一緒に向かおうとした途中で脚を止め、ある方へと振り向く。
振り向いた視線の先には、平民の男子生徒が呆然と立ち尽くしていた。
ガイアはそんな彼の下へと歩み戻った。
そして岩石の手で彼の手を掴む。
「えっ!?」
(折角だから君も一緒に行こー)
ガイアは困惑する平民の男子生徒の了承を得ずに、そのまま引っ張って連れて行くのだった。




