衰亡辿りし魔導学院15-2
バーレスクレス魔導学院。
魔導師を目指し為に魔法を学び、魔法を極めようとする者達が集う学院であり、ラウラルフ国王の1つ前の先代が王都アラムディストに設立させた魔導師教育機関。
先代の王が魔導師育成機関を設立させた目的、それは国力を増強する為である。
現代から50年以上前の時代――――先代の王の時代は魔導師自体の数がとても少なかった。そしてその時代の魔導師は、全て力に恵まれた貴族ばかりであった。
大きな魔力を持った者と持たぬ者、貴族と平民と格差がハッキリと分かれていた時代。
そしてそれが、身分と力の色濃い差別を生んでしまった。
当時の先代の王は、これに頭を悩ませていた。
この差別を――――地位と権力、常人よりも高い魔力を持った貴族が、力無き平民達を蔑み見下す格差社会を如何すれば無くす事が出来るのか。
そんな時、ある1人の平民が王に会わせて欲しいと突然王城へとやって来た。
王城の門前で警備する騎士達が追い返そうとしても、その平民は頑なに門前から動こうともせず「会わせてくれないなら、自分の力で会いに行く」と告げた後、目の前の騎士達を難無く払い除け、斬り掛かって来た騎士を魔法で捻じ伏せたのだ。
そんな王城の門前での騒ぎは、直ぐに王の耳に入った。
それを聴いた先代の王は騎士をも容易く1人で捻じ伏せるその平民に興味を抱き、その者を今直ぐ此処に連れて来てくる様に命令を下した。
そして王は玉座の間にて、突如とやって来た1人の平民と出会った。
平民の姿を見た王は目を見開き、驚愕した。
――――未だ、子供であった。
年齢は4、5歳程の小さな体軀の、何処にでも居る平民の子供だった。
玉座の間に居る騎士達と1人の魔導師は、心の中で驚愕した。そして思わず口から呟く者も居た。
若過ぎる……!
こんな平民の子供が魔法を使えるのか……。
平民の癖に王の前に立つとは、何て身の程知らずか。
当時の王に仕える騎士と魔導師は全員貴族である為、突然現れた平民の彼を余り良く思わない者ばかりであった。心の中で抱く傲慢を燻らせ、口から差別の嫌味ある言葉を吐き出し、蔑みの視線を隠そうともせず堂々と彼に向ける。
しかし、王は違った。
突如と現れた1人の平民の子供に、期待を抱いた。
彼は新たな可能性を齎してくれる存在だと。
だが、王の抱いたその可能性を1人の貴族魔導師が強い否定の声を上げた。
平民如きが出しゃばるな! 貴族である我々より劣る弱者め!
そう傲慢に満ちた怒声を吐き散らした。
王はその貴族魔導師の傲慢に満ちた言動を咎めようとするが、その前に平民の子供は冷静にその場の貴族全てに指摘の言葉を発した。
〝生まれが貴族というだけで強者とは決して成り得ない。ただ使えるだけの力は強者じゃない。力は決して権力と同義のものではない。力の使い方を熟知した者が強者であり、力を正しく行使出来る者が地位と権力を持つに相応しい存在だ〟と。
子供とは到底思えない彼の言葉に、王は感銘を受けた。
しかし、その言葉に貴族魔導師は酷く怒り苛立ち、その場で平民の子供を己が使える魔法を以て力の差を知らしめようと、貴族魔導師として己の誇りの為だけに、王の許可なく決闘を始めてしまう。
――――そして呆気無く、無様に平民の子供1人に敗北したのだった。
その一部始終の光景を目にしたその場に居た貴族達は、信じられないという心境を面に浮かべ驚愕した。
魔導師である貴族が魔法が使える平民に負けてしまい、成されてしまった下克上に誰もが言葉を失う。
そして平民の魔導師――――しかも子供に完全に敗北したという受け入れ難い結果に、その貴族魔導師の強者という誇りはズタズタと為ってしまった。
この国で一番の実力者と言われていた貴族魔導師に対し、今迄見た事が無い魔法やそれを扱う技術の圧倒的な実力で闘う雄姿を目の当たりにした王は、平民の子供に魔法の教えを、知識を求めた。
魔法は大きな魔力を生まれ持った者しか使えないのか、魔導師に成れる者は必ず限られているのか、と。
平民の子供は王の希望を持った質問に対し、希望のある否定の答えで返した。
人は生まれながら、最低でも僅かな魔力を有している。そんな彼等でも魔法を使える可能性、魔導師に成り得る可能性は充分にある。たとえ最初は僅かな魔力しか使えなくとも、使い続け鍛え上げれば己に宿る魔力の容量は増え、そして魔力の質は高くなり、上位級の魔法をも行使出来る様になる、と。
その答えを聴き、魔力が僅かしかない平民達に魔法を使える事と魔導師に成れる可能性に、先代の王は喜んだ。
しかし、敗北した貴族魔導師は己の負けたという事実が受け入れられず、勝手に始めた決闘の余りにも見苦しい言い訳と平民の魔法に関する理論をデタラメだと、間違いだらけだと反論し騒ぎ唱えた。
流石の先代の王は貴族魔導師の発する言葉と見苦しい姿に怒り、貴族という地位を剥奪し、王城から追い出した。
そして平民の魔導師の希望の言葉を信じ、小さな力を大きな力へと育つのなら、力有る我々が導くべきだと王は思考し、その為の育成機関を立ち上げるべきだと即断即決した。
先代の王は身分問わずの未来の魔導師達の為に、多額の資金を投資し、魔導師育成機関を設立。
ラウツファンディル王国領土の全国民を集め、更に生まれながらに常人よりも魔力を有した才有る者、力を有する魔導師達を集め、幾多の小さな力を強くする為の道標に為る様、先代の王は魔導師と成る未来の者達に己が知る魔法の知識と技術を教授せよと、貴族を含む才有る彼等に命を与え、教師の資格という地位と権力を与えた。
言う迄も無く、それ等の中心と成ったのが若過ぎる平民の子供であり、後に英雄と呼ばれ賢者と称される魔導師――――エルガルム・ボーダムである。
バーレスクレス魔導学院設立後、それは改革といえる劇的な変化であった。
年齢問わず、身分問わずに魔力の低い者達は幼き魔導師――――エルガルムを中心に力有る魔導師達の教えの下に魔法を習得、時に互いに魔法に関する疑問を交わし合い解明をし、高め合い、遂には実力の備わった平民の魔導師が誕生し、時を経て、彼等平民の魔導師達は王に仕え、国を守護する新たな部隊――――魔導師団と成った。
王は実力が有る者ならば身分は問わないという考えで、魔導師団だけでなく、当時の貴族のみで構成された騎士団も身分を問わずに実力有る善き人格者を積極的に募集し、肩書だけの者、特に人格的に問題の有る者は即座に所属している団から追い出し、地位と権力を国王権限により剥奪した。
急激な改革により実力と人格を同時に選別し、新たな騎士団と魔導師団が構成された事で戦力・防衛力といえる国力は急激に増強された。
そして12歳と成った平民の魔導師エルガルム・ボーダムはバーレスクレス魔導学院から、王都アラムディスト――――いや、ラウツファンディル王国から旅立ち、更なる高みを目指し、未だ見ぬ物や未だ知らぬ知識を探求し、世界を渡り行くのだった。
――――しかし、彼が国を去った後、改革は衰退へと切り替わってしまった。
その原因を作り出したのは貴族達だ。
彼等は幾多の平民魔導師を生み出した事に対し、実に気に入らないと大きな不快を抱いていた者達である。
そんなプライドの高い貴族魔導師達は、エルガルム・ボーダムが魔導学院を去った後、王に与えられた教師の資格という地位と権力を悪用し出した。
学院を密かに乗っ取り、其処を貴族だけの相応しい場へと王の目と耳を誤魔化しながら改悪してしまったのだ。
魔力が小さき者と魔力の有無の関係無しの平民に対し、威張り散らし見下す行為を再び始めた。
魔法に関する知識や技術は貴族魔導師のだけのものと化し、学びに来ている平民にはそれ等を教授させないという、王命に反した行為を続けたのだ。
力を持つのは貴族だけで良いという、傲慢な価値観を誇らしげに掲げながら。
だが、彼等貴族達の私利私欲な黒く輝かしい人生は永遠には続く事はなかった。
切っ掛けとなったのは、突然侵攻して来たゴルグドルグ独裁国軍との戦争である。
ラウツファンディル王国は全戦力で敵軍に応戦したが、全戦力の内に入っていた魔導師団に属していない貴族魔導師達は、10年もの努力を怠り続けてしまった為、低位級魔法しか使えなかった。
そして情けない事に、その貴族魔導師達は一時離脱という名目で戦場から逃げ出したのだ。
それを視界に映した先代の王は、戦場から逃げ出した貴族魔導師達に激しく苛立ち怒った。
あれだけ力がある魔導師だと言い張りながら、何故逃げ出すのだと疑問が混じった怒りを抱く。
貴族魔導師等が彼の若過ぎる魔導師が国から旅立った時から怠慢をひたすら募らせ、その結果殆ど戦力にならない無能な権力者となってしまった事など王は知る筈もない。
しかし、そんな彼等を戦後に如何叱咤するべきかと考えるは余裕は無く、侵攻して来る敵軍を撃退する事で手一杯の状態だった。
国の戦力にして防衛力である全兵力は前よりも数は増え質も上がったが、ゴルグドルグ独裁国軍はおおよそ10万7000。それに対しラウツファンディル王国軍は徴兵した平民を含めて大凡6万4000、戦力差は明らかに不利の状況である。
そんな劣勢な戦況が続いていた時、修行の旅路から帰還したエルガルム・ボーダムが戦場の上空に現れ、広範囲上位級魔法を敵軍へと放った。
彼の帰還と参戦の御蔭で、戦況の優劣は逆転した。
ラウツファンディル王国軍は彼が作り出した好機を活かし、防衛から攻勢へと転じ、ゴルグドルグ独裁国軍に逆襲進攻する。戦場の上空を魔法で飛翔するエルガルムは広範囲上位級魔法で幾千の敵軍を容赦無く殲滅し飛び回る。
ゴルグドルグ独裁国軍は突如現れたたった1人の魔導師により、主戦力である兵全てを含む数千を殲滅された。
主戦力を失った事によりラウツファンディル王国軍の逆襲進攻により、更に数千と幾百もの兵力が地に伏し、敗走しながら自国へと逃げ帰った。
ラウツファンディル王国はエルガルムの大きな助力により、敵国の侵攻の危機を脱し勝利を得た。
しかし、王は勝利という結果よりも、勃発した戦争の過程に目を付けていた。
それは一部を除き、貴族魔導師達が戦場から逃げ出した件についてだ。
王はその事実を帰還したエルガルムに伝え、共に魔導学院と貴族魔導師達の現状を隠密裏に調査をした。
そして不正や悪用による魔導師育成機関の現状を目の当たりにし知った王は落胆し、エルガルムは心の底から貴族魔導師達に激しい怒りと苛立ちを抱いた。
戦後処理後は即座にその貴族魔導師達に対する意識改善を行い、同時に傲慢と怠慢への罰を下した。現時点での爵位を降格、爵位が最も低い貴族は爵位を剥奪し、学院での魔導師教育方法の見直し改善、そしてエルガルムが発見した魔法適正理論を導入などを急ピッチで行った。
それ等を全て終えた後、王は国民全ての目が届く公式の場でエルガルム・ボーダムに英雄魔導師の勲章を授与し、王族と同等の特別な地位と権力と共に〝賢者〟という2つ名を与えた。
不安を心の中で残しつつも賢者エルガルムは後の事は全て王に任せ、再び国を発ち、世界を旅しに行くのだった。
しかし、私利私欲な貴族達は凝りもせず、再び過ちを繰り返し始め出す。
だがそれに対し、王は直ぐに監視による対策を行った。それが功し、全体の4分の1程の私利私欲な貴族達が次から次へと監視に引っ掛かり、己の有する地位と権力を失い、零落れて貴族社会から追い出されていったのだ。
そして現在。
午前9時5分前、バーレスクレス魔導学院内の広い廊下をツカツカと若干速足気味で歩く者が居た。
魔導学院教師の1人、自称上級魔導師のスェルヌーである。
小さな丸眼鏡を載せた彼の表情は、不安の一色で染まっていた。
不安を浮かべたまま廊下を進み、ここ最近では恒例の様にある場所へと急ぎ足で向かっていた。
肩書きだけとはいえ、教師であるスェルヌーは広大な学院内を把握している為、目的の場所へと迷う事無く進む。というよりも、目的の場所はここ最近毎日通い続けている為、これから行く場所だけは感覚で道を記憶しており、無意識に近い感覚で己の脚が向かって動くのだ。
そしてそれは彼だけではない――――。
長い廊下をスェルヌーは速足気味で歩き進み、目的の場所、とある部屋の扉の前へと着いた。
扉の把手に手を掛けたスェルヌーの顔に浮かぶ不安の色は、更に濃く為る。
その理由は扉の先の部屋ではない。
刻々と近付いている先の未来に対してだ。
スェルヌーは今日もその扉を開け、部屋へと足を踏み入れる。
「来たか、スェルヌー」
部屋の一番奥から、高齢者手前の中年男性の声がスェルヌーへと掛けられた。
既に広い空間には、スェルヌー以外の名ばかり魔導教師達が大きな洋卓を囲み座っていた。殆どが30代から40代といった中年と中年に成る前の者ばかりであり、顔は揃いに揃って不安一色の表情を浮かべていた。
スェルヌーが空いている席に座り、魔導学院長を含む彼等12人の魔導教師はまた、無駄な会議を始めるのだった。
「では、今日も我が栄えある魔導学院の存続会議を始めよう」
今回も会議の口火を切るのは、バーレスクレス魔導学院の最高責任者――――ルードン魔導学院長である。年齢は凡そ50代後半という教師の中では最高齢者であり、歳相応の皺の有る老け顔に、白髪の生えた頭部は額が後ろに広がる様に剥げていた。
「国王陛下からの提示を撤回させる良い案は無いか?」
二言目も前回と同じ、他力本願と言って良いお決まりの質問を12人の魔導教師達に投げ掛ける。
「…………」
今迄は即座に案を上げては必死な形相で会議を騒がせていたが、今回は誰も案を上げる者は1人も居なかった。
困苦の無言。
つまり、ネタ切れというやつだ。
主に不正工作での案が殆どではあったが、提案者にだけ都合なものばかりな所為で、其々は衝突し合い、話が進まず仕舞いで終わるパターンが続いていた。
その結果、愚案は殆ど出し尽くしてしまったという事だ。
永く感じてしまう僅かな沈黙の空気が漂う中、魔導教師達の中で一番若い教師の1人――――ポルゼがゆっくりと挙手をし、重い沈黙が漂う空気に声を発し言葉を投じた。
「……そうだ。フォルレスは……フォルレス嬢は如何ですか。彼女は我が学院の優秀な生徒。フォルレス嬢の実績を提出し、我が学院が齎した成果として示せば――――」
彼の言葉に誰もが希望を抱き、不安な表情を少しながら明るいものへと変えた。
「――――それは無理だ、ポルゼ」
しかし、ある者がそう口にし、全員はその言葉の発生源へと一斉に顔を向けた。
その言葉を発した人物はスェルヌーである。
「な、何故です? フォルレス嬢は我が学院の優秀な生徒にして、学院の看板として王都中が知る侯爵令嬢なのですぞ? 未だ戻って来ては居ないですが、帰郷すればまた通う事に為るでしょう」
「……もう彼女は、この学院に戻って来ません」
眉間に皺を寄せた絶望の表情で口にしたスェルヌーの言葉に、全員が目を見開いた。
「そっ…それは如何いう事だ!? 何故彼女が学院に戻って来ないと断言出来る!?」
彼の言葉にルードン魔導学院長は声を荒げ、問い詰めるかの様に質問を投げた。
問われたスェルヌーは視線を斜め下に向けながら、受け入れ難い答えを口にする。
「……フォルレス嬢は学院に在学させる必要は無いと、つい最近此方に来訪した賢者エルガルム様から直接…そう言われました」
「けっ、賢者様が…! では今後の彼女は如何なるのだ!?」
「国王陛下と魔導師団からの推薦で、魔導師団員に何時でも成れるとも仰っておりました…」
「そ…そんな馬鹿な! それでは我々は、我が学院は何も意味を成さないではないか!」
ルードン魔導学院長はその事実を聴き、己を含む12人の教師とこの学院の存続危機に対して王が見限り始めているとハッキリ認識した。
だが、その認識は余りにも遅い。
そして彼等は勘違い、若しくは今迄気付いていなかった。
既に王は、先代から現国王へと王位を継承した時代から、バーレスクレス魔導学院は存在の意味を成さない汚点だと見限られているのだ。
「国王陛下の提示された規定を受け入れれば地位も権力も意味が無くなり、それを拒否すれば学院そのものを撤廃され、我々の学院の地位と権力そのものが無くなってしまう…!」
もう1人の魔導教師ズッケンドも、顔に浮かぶ不安の色が絶望へと変色し俯く。
前者を選び受け入れれば学院は撤廃されず己が職は無くならずに済むが、王に提示された規定により、是迄の様に好き勝手に権力を振るえない肩身の狭い人生を歩まなければならない。
しかし、後者を選び拒否してしまえば、学院撤廃は決行される。更には魔導教師の資格という、地位や権力を全て失ってしまう事になる。
何方を選択しても、彼等にとっては地獄の様なものだ。
「な、ならば彼女の代わりとなる優秀な生徒を! 誰かこの学院で彼女と並ぶ…い、いや、最低でもその次に優秀な生徒は居ないのか!?」
魔導教師ボウナンは必死に己が私利私欲の人生を護ろうと、この会議の場に居る者達に問いを乱暴に投げ掛けた。
「無茶を言うな! フォルレス嬢は神聖系統魔法を使える魔導師なんだぞ! そんな彼女に近い実力を持つ生徒は我が学院には居ない!」
その問いに対し、この栄えある学院にシャラナに近い実力の有る生徒は存在しないと、魔導教師クルヌッドは絶望の事実を告げる。
以前はシャラナ以外にも、優秀という立ち位置の生徒が学院に在籍していた。
その生徒の名はガウスパー。デベルンス家の馬鹿子息だ。
ガウスパーはシャラナと同様に優秀な生徒として祭り上げられていたが、実力に関してシャラナと比べて遥か格下、優秀とは程遠い名ばかり魔導師である。
だが、そんな彼は腐っても伯爵家の子息だ。そんな彼を好待遇で在籍させる事で、父ダダボラン伯爵との繋がりは非常に良い利益を齎してくれた。
実績の改竄、不法行為の揉み消し、違法物の裏取引の紹介、そして多額の賄賂。
後援者と為ってくれたダダボラン伯爵の御蔭で、魔導教師として欲望に塗れた人生を謳歌する事が出来た。
しかし、数週間前にデベルンス家が処断された事により、既に衰退していた全教師の人生は完全に引っ繰り返った。
援助も裏取引も完全に失った。
そして教師にとって――――いや、貴族魔導師にとって大きな痛手と成った要因は、ダダボラン元伯爵とその子息が小鬼に嬲り痛め付けられる映像が大々的に公表された事だ。
たかが小鬼如きに蹂躙されるその無様な姿が、王都の大衆に現在の傲慢な貴族魔導師達が如何に惰弱であるかをはっきりと知らされた。
これにはダダボランと同類の貴族達は、今まで通りにしては貴族としてだけでなく、社会的立場すら危うく為ってしまうと漸く理解し、殆どの貴族が萎縮してしまった。
「如何するんだ!? もうあれから既に4ヶ月も経ってしまっている! これ以上返答を先延ばしすれば、近い内に再び国王陛下から呼び出しをくらうのも時間の問題だ!」
魔導教師ガガナムも絶望の含んだ焦りの声を上げる。我々に残された時間は少ない事を、その少ない時間が着々と磨り減り、同時に絶望が迫り来ていると。
今日も再び、彼等は焦りに駆られ騒ぎ出す。
お互いに「如何するんだ」「何か良い案は無いのか」と他力本願の言葉を投げ合い、会議室は哀れな光景で染まるのだった。
会議は踊り、話は一切進展せず、不安の色は絶望の色へと塗り潰されていく。
スェルヌーは十数日程前に会った賢者エルガルムのほぼ脅しに近い警告の言葉を思い出す。
『近い内に必ず魔導学院は潰される』
その時が迫って来ている事に関し、スェルヌーが一番実感していた。
(不味い……!! 賢者様の言っていた通り、このままでは学院が撤廃されるのは確実だ…!! そうなれば我々の―――いや、私の栄えある人生が失ってしまう…!! こうなったら、今からでも辞職し学院から逃げ出して最低限の地位と権力は護らねば…! 魔導教師としての地位は惜しいが、全てを失うよりは幾分かはマシだ…! この会議が終わり次第、辞職届を書いて誰も居ない深夜に学院長の認印を押して提出しよう! そうすれば此奴等とは無関係に――――)
この会議室に居る者達の中で、スェルヌーだけは己の保身を護る為に必死に思考を巡らす。
このまま学院に居れば此処に居る連中と共に全てを失ってしまう。そうなる前に此処の連中と縁を切り、蹴落としてでも己の人生を最優先に護るべきだと。
そんな騒がしい会議室の扉が急に開き、同時に扉を開けた者が声を発した。
「会議中失礼します!! ルードン魔導学院長はいらっしゃいますか!!」
扉をノックもせず、入る許可も取らずに勝手に開けたのは、1人の貴族生徒だ。
何かに差し迫られたかの様な不安も含んだ形相を浮かべ、助けでも乞うかの様に大声を上げ、広い会議室の空間全体を響かせた。
心に溜まりに溜まった不安と絶望いうストレスの所為で酷く神経質と為っていた彼等は、生徒のいきなりの大声に大きく苛立ち、その貴族生徒へと一斉に顔を向け、眉間に皺を寄せられるだけ寄せて目を見開き、苛立ちを顕にした形相でその貴族生徒をギロッと睨み付けた。
しかし1人だけ、スェルヌーだけはその生徒の慌て様を一目見て、嫌な予感を感じてしまうのだった。
「何だね煩いぞ!! 今我々は大事な会議で忙しいのだぞ!!」
「もっ…申し訳御座いません…! ですが、如何か今御聞き下さい!」
クルヌッドは苛立ちの怒声を放ち、怒声を浴びた貴族生徒は委縮しながらも口を開き、緊急を告げた。
「賢者エルガルム・ボーダム様が…教師全員を御呼びで御座います!」
「なっ…?!!!」
1人の貴族生徒から告げられた言葉に、会議室に居る13人の魔導教師達は顔を一瞬で真っ青な驚愕の表情を浮かべるだった。
「御呼びとはいったい何処にだ…!? 賢者様は今何方にいらっしゃる!?」
ルードンの質問に対し、貴族生徒は絶望の事実を告げた。
「今此処、魔導学院の訓練所に……」
「何ぃいいいいいっ!!!? 此処に来てるだとぉおおおっ!!!?」
まさかの此処バーレスクレス魔導学院に居るという更なる事実に全員はあんぐりと口を大きく開け、より真っ青な顔色を色濃くするのだった。
(まさか…嘘だろ…! タイミングが悪過ぎにも程があるだろう…!!)
特に一番頭を抱えていたスェルヌーは、心の中で絶望に満ちた叫びを上げるのだった。




