明日に向けての充実な日14-5
空の頂から天と地を明るく照らす太陽は降り、地平線から僅かに漏れる太陽の光が幾多の建築物などを基に長く大きな影を作り、世界を薄暗い黄昏時へと染め変えていた。
「さて、今日はここまでとするかの」
「はい、先生」
広い練兵場には3人と1体以外は誰も居らず、薄暗さも相まって寂しい風景がより濃く醸し出す。
(ありゃ、もうこんな時間か。時間経つの早いなぁ)
赤み掛かった夕焼けの光が僅かに差し込む薄暗い空を、ガイアは見上げた。
先の時間を意識すれば時間の流れは遅く感じるが、ふと気が付けば今迄永く感じていた時間はあっという間に過ぎてしまったと感じてしまう。時間を忘れ、何かに熱中していれば流れる時がより早く経っている様に感じてしまうものだ。
「魔法の御教授、ありがとう御座いました。エルガルム様」
「なぁに構わんとも。しかし、御主はやはり飲み込みが早いのう。短時間で魔法だけでなく、魔法関連の特殊技能を幾つも習得するとは流石じゃ」
今回の習練で、バルディスは無系統の魔法適正が高いという事がはっきりと判明した。
僅かな時間で基本的な低位級強化魔法を一通り、しかも更に幾つかの中位級の強化魔法を習得した。
攻撃魔法に関しては無系統で一番基本中の基本である低位級魔法〈魔力の弾丸〉の上位互換である弾速と連射性が高い〈魔力の高速弾〉や、貫通性能の有る〈魔力の騎士槍〉、範囲攻撃魔法の〈爆裂〉、そして短杖、若しくは杖を媒体として魔力の剣を創り出す近接戦闘用魔法の〈魔力の刀剣〉といった戦闘に最低限必要な術を習得し、そして〈無系統魔法操作〉〈無系統魔法制御〉〈魔導の熟練力〉の特殊技能3つをたった1日で習得までしたのだ。
「シャラナも制御系特殊技能を更に習得出来たしの。上々じゃな」
シャラナは新たに複数の中位級魔法を習得した過程で、〈炎系統魔法制御〉〈水系統魔法制御〉〈神聖系統魔法制御〉の3つの制御特殊技能習得を成した。
この時点で彼女は既に――――上級魔導師として上位の実力を有しているという事だ。
「ガイアは………随分と頑張っとるのう…」
エルガルムは初めて見るガイアの必死な様子を視界に映す。
(ムゥ〰〰〰! 上手く出来ない〰〰〰なんで~!?)
ガイアは先程から必死に、ある系統魔法を発動させていた。
その大きな岩石の掌中心に、魔法によって発生した火が揺らめき、ふよふよと浮いていた。
しかし、その魔法によって発生されている火は余りにも小さく、弱々しいかった。その蠟燭の灯火よりも僅かに小さい火はガイアの大きな掌にある為、より小さく錯覚してしまう程だ。
ガイアには〈魔力操作〉と〈魔力制御〉の特殊技能が有るのにも関わらず、更には膨大にして強大な魔力を有するのに関わらず、炎系統の魔法が思う様に発動する事が出来なかった。
その理由はとっくに理解していた。それは――――
「――――ガイアは炎系統適正値はかなり低い様じゃのう」
つまりそういう事だ。
ガイアの炎系統適正値は、非常に低いのだ。
ただ全く使えない訳では無い。
しかし、使いこなせる様に為るには理論上、膨大な時間を費やし、何度も訓練を繰り返さなければならないのだ。
(ムゥ……まさか炎系統の適正値がここまで低いとは……)
掌の上で発生させた小さな灯火を消し、ガイアはちょっとだけしょんぼりとした顔を浮かべるのだった。
「そっかぁ、ガイアは炎系統の適正値がかなり低いんですね。でも…何か納得出来ますね」
シャラナはガイアの思う様に発動出来ていなかった炎系統魔法を見て、ある納得を抱く。
「確かに、ガイアの炎系統適正値の低さは納得出来るのう。何せ恵みを齎す大自然の存在じゃからな、自然系統魔法が扱えるとはいえ、炎属性の魔力とは相容れ辛いのじゃろう」
(あ、そっかぁ……納得)
エルガルムの確信めいた仮説に、ガイアも納得をした。
「じゃが訓練を欠かさずすれば、何れは思う様に使えるのは間違い無い。ガイアには〈魔力操作〉と〈魔力制御〉の特殊技能が有る故、常人よりも早く出来る様に為るじゃろう。何事も基礎の積み重ねが大事じゃぞ」
(だよね! そうだよね! ちゃんと努力して基礎をしっかり固めて積み上げる事が大事だもんね!)
適正値が最底辺であっても、絶対に使いこなせない訳では無い事にガイアは安堵した。
何せガイアは魔力に限らず、特殊技能にも恵まれている。その御蔭でどんな系統の適正値が最底辺であっても特殊技能が底上げしてくれる上に、適正最底辺値の系統の熟練度の成長を補佐してくれるのだ。
「でも炎系統以外はすんなり習得出来るのは、羨ましいというか…」
シャラナの言う通り、ガイアは炎系統以外に関しては大体すんなり習得出来てしまうのだ。
魔法に関しては無系統、土系統、水系統、氷系統、風系統、電気系統、自然系統は勿論の事、新たに習得した神聖系統、計8系統の幾多の中位級魔法をあっという間に習熟し、更には得意の土系統や水系統、無系統に風系統は幾つかの上位級魔法までも習得を成したのだ。
そしてそれ等の魔法を習得する過程で新たな特殊技能――――〈風系統魔法制御〉〈電気系統魔法制御〉〈神聖系統魔法制御〉〈呪詛耐性〉、そして〈聖なる気〉は〈神聖なる気〉、〈聖浄化領域〉は〈神聖浄化領域〉へと変化し、計6つを習得獲得する事が出来たのだ。
「神聖系統まで扱える様に為って、幻神獣としての格が益々上がるのう」
神聖系統魔法を行使出来る様に為ったガイアはまさに、聖なる幻神獣と呼ぶに相応しい偉大な存在である。
「もはや神獣様には敵無し、という所ですね」
ガイアの異常な魔法と特殊技能の習得速度に対し、バルディスは神獣様だから当然だろうと悟りに近い納得をするのだった。
「まぁ、後は如何に使いこなせるかじゃがの」
そんな魔法習得訓練後に会話する中、遠くから黒を基調とした上質な執事服を身に纏った1人の中年男性が、彼等の下へと歩み近寄って来た。
「賢者エルガルム様、バルディス王子殿下、シャラナ侯爵令嬢様、そして幻神獣フォルガイアルス様。晩餐の準備が整いましたので御呼びに参りました」
先に綺麗な一礼をした中年男性の執事は、彼等に晩餐の時を告げる。
「おお、丁度良いタイミングじゃな。では直ぐに行くとしよう」
「では、御案内致します」
執事は踵を返し、エルガルム達を先導する様に前を歩き出す。そしてエルガルム達も彼の後に続き、本日の晩餐へと向かうのだった。
王城内を歩き目的の部屋の前に辿り着き、執事が部屋の扉を開けて先に中へと足を踏み入れた。
「ラウラルフ国王陛下、只今御連れしました」
「うむ、御苦労」
部屋には既にラウラルフ国王、リフェーナ王妃、魔女ベレトリクス、レウディン侯爵、フィレーネ侯爵夫人が広く長い食卓を囲い座っていた。
「さぁ、御好きな席へどうぞ御座り下さい」
ニコッと笑みを浮かべた執事は、食卓と椅子に手を向けた。
執事の手に促される様に、部屋に足を踏み入れた3人と1体は其々の席――――ガイアは流石に椅子に座れないので椅子が置かれていない空席――――に座るのだった。
〈縮小化〉で身体を小さくしたガイアは、食卓の高さに合わせ大きさを戻して座り込んだ。
(流石は王城…。綺麗だし、良い意味で豪華な造りだ)
椅子や食卓は上質な木材を綺麗に削り加工し、椅子には美麗な金細工や座金が施され、座と背凭れには柔らかく滑らかな素材で作られたカバーを取り付けられている。そして食卓には上質な繊維素材で作られた、色鮮やかな模様の洋卓掛けが敷かれていた。
ガイアは王族専用の食堂を見渡す。
この食堂に取り付けられている幾つもの調度品や装飾品は、ガイアでも間違い無く高価な代物だろうと判断出来る。しかし、それ等全ての高価な代物は過剰な豪華さは無く、高価な素材を適度に使用し美麗な細工を施された事により、王の品性の良さを醸し出す美術品の様な部屋の飾りとなっている。
(やっぱり人の良し悪しって、こういう所にも出るよねぇ…)
ガイアは強欲貴族の豪邸のあらゆる場所が金銀にまみれた欲望の世界を思い返す。
(……うん、あれは無いわ)
人間社会の中で地位を持った上に立つ者でも、こうも比べようもない程に品性の差が明らかに違い、それが王族貴族関係無しに人格の良し悪しがはっきりと表れるものなんだなぁ、とガイアは少しだけ理解―――いや、悟るのだった。
そんな事を思うガイアを他所に、王族に貴族、そして大魔導師といった豪華な面子が会話を弾ませていた。
「久しい訓練は如何だった、バルディス?」
「実に厳しく辛い訓練ではありましたが、己の為に成ったと実感出来る素晴らしいものでした」
バルディスは胸を張り、清々しい笑みを浮かべる。
「魔導師としての実力は余りにも未熟ですが、いざという時の戦闘で最低限の護身術を身に付けられました」
「そうかそうか、それは実に良き事だな」
息子の魔導師としての成長に、ラウラルフも笑みを浮かべた。
「済まないなエルガルム殿、私の息子にも魔法の教授を授けて下さり感謝します」
「なぁに構わんよ、此方も学院の件を頼んだ身じゃ」
「学院の件といえばエルガルム様、シャラナの現時点での実力は如何程になりましたでしょうか?」
レウディンが本日の訓練と学院の件に関しての質問を、賢者エルガルムに訊ねる。
「問題無い。あの名ばかり教師の馬鹿共全員は、シャラナ1人で充分に相手取れる。勝敗は既に決まっておる」
エルガルムの言う通り、実際に闘うまでも無く判り切った未来だ。
しかし、それはあくまで正々堂々純粋な実力勝負での話だ。
「あの無能達の事よ、十中八九仕込みや横槍を仕掛けてくる筈よ」
ベレトリクスは食卓に肘を付けながら顔を手で支え、溜息交じりに口にする。
「それに関してはクロクタス魔導師団長から聞いたが、エルガルム殿、本当に前以て奴等の不正手段を封じなくても良いのか?」
「構わん。シャラナが勝利が確定した直後に、その不正実行犯とその証拠を取り押さえれば良い。そうした方が奴等をより黙らせ易くなる」
魔導師団所属の隠密部隊が掴んだ不正証拠に加え、明日強制的に行う模擬試合で不正実行犯とその証拠を取り押さえ学院の教師勢に突き付ければ、彼等の見苦しい自分都合の言い訳を二度と口に出来なくする算段だ。
「なるほど。彼処の教師共もあの反逆者と同類の貴族ですから、遣る可能性は非常に高いですね」
レウディンの発した言葉には、不正を働くであろう教師勢に対する苛立ちといった不快な感情は一切無かった。その代わりに、彼等に対し呆れたという感情が込められていた。
「先ず魔力底上げと魔法発動の速度上昇のマジックアイテム、これは絶対に衣服の下に隠しながら身に付けて来るわよ~。彼奴等無能な癖に無駄に金銭だけは有るからねぇ。あと魔力回復薬も隠し持つ筈よ、こっそり飲んで相手の魔力切れを狙ってもくる可能性も多少はあるでしょうけど、其処は問題無いわね」
魔力が尽きた魔導師など、只の一般人。
それは大魔導師であるエルガルムやベレトリクスも例外ではない。
戦闘に於いて、魔力は魔導師にとっての生命線だ。そしてそれを補うのが魔導師御用達の魔力回復薬である。魔力回復薬は魔導師にとって肌身から離せない必需品なのだ。
しかし、元伯爵貴族家やバーレスクレス魔導学院の属する貴族達――――教師勢と平民と一部の貴族を除く殆どの生徒――――には普段必要無い物である。
特に魔物との戦闘をする機会が無い上に、それに対する努力もしない。
つまり、彼等は魔力を消費していないのだ。
消費しても低位級魔法を1、2発分程度しか魔力を使用していないのだ。
そんな未熟以下の彼等は、使用する機会すら作る事も無い魔力回復薬を必ず持ち歩き、そうする事で己が無能な平民達の上に君臨する高貴な一流魔導師であると誇示していた。
言わば魔力回復薬は、そんな貴族魔導師にとって只のお飾りなのだ。
「でしたら、魔法薬を使われる前に壊しちゃえば済みますね」
「そうね。単純な方法だけど、それが最も効果的ね。壊しちゃえば簡単に不正の1つを公衆の面前で晒せるからね」
シャラナの答えに、ベレトリクスはちょっとした悪巧みを考える様な愛らしい笑みを浮かべ、それが良い答えだと肯定する。
「ま、彼奴等は魔法の発動が遅過ぎるから、その前に瞬殺でしょうけどね」
「まぁの、じゃが今回シャラナには敢えて後手に回ってもらうがの」
「それも彼女が勝利した際の学院撤廃を呑ませる為なのだな?」
ラウラルフは理解していながらも、念押しに賢者エルガルムに訊ねた。
「無論じゃ。相手は魔法の発動が遅いから確実に先手が取れる上に、今のシャラナなら1人一発で即倒せるから勝つのは非常に容易い。しかし、それでは奴等にまた必死に言い訳をされて物事が進まなくなるのは目に見えるからのう。じゃから敢えて、奴等が有利な状況を与え、それ等全てをシャラナが後手で叩き潰せば、流石に何も言わなくなる筈じゃろう」
そしてエルガルムは、視線をラウラルフへチラッと送る。
「それでも奴等が減らず口の言い訳をするなら……」
「ああ、その後の事は任せてくれ」
ラウラルフは彼の言葉と送ってきた視線を理解し、ニッと笑みを浮かべた。
「さて、訊きたい事話したい事の続きは、食事でもしながらしようではないか」
ラウラルフは近くに居た執事の方へと顔を向けた。
「持って来てくれ」
「畏まりました」
王の命令に従い中年男性の執事は両開きの扉へと歩み、その扉を全開にした。
扉の外には既に幾人の使用人達と、銀を基調とし金細工による美麗な模様が施された大小のワゴンが幾つも在った。1つのワゴンには銀製の半球形状の蓋を被せた大きな料理が載った皿や、幾つもの料理が載った小さめの皿が使用人の手によってワゴンで運ばれて来る。
ガイアは次々に運ばれて来る被さった蓋で中が見えない幾つもの料理を視界に映し、何度も目移りをするのだった。そして銀のワゴンから食卓へと移されていく。
並べられた多くの料理が、食卓上の面積を占領する。
(わぁ…すっごい)
ガイアは視界全体に映る並べられた料理の数に驚く。
大小合わせて10や20以上の料理。これ程の数の料理を食べ切れる者は、相当な大食い者でなければ完食出来ないだろう。
(まぁ、僕は全部食べれるけどね)
空腹とはほぼ無縁の身体であると同時に幾らでも食べれる身体であるガイアにとって、〝食〟とは腹を満たす事が至福ではなく、美味を堪能する事が至福であるのだ。
なので出された美味な食事は、必ず全て味わって食べる。
それがガイアこと白石大地にとっての、大きな幸せの1つなのだ。
そして食卓の上に並べ置かれた料理に被さる蓋を使用人達が手に取り、隠された料理を公開した。
(おおーっ!)
公開された料理を視界に映したガイアは、目を大きく開き輝かせた。
前菜は萵苣に甘藍と人参の千切り、そこに切り分けられた艶やかな赤茄子が綺麗に並べ載ったサラダ。スープは甘薯を使用したクリームスープ。メインディッシュは2種、魚料理は遠方にある港貿易街から輸入した煌めく赤鱒の蒸し焼きに、肉料理は血気の凶暴牛の霜降りステーキ。その他にも、オリーブオイルを掛けた脂肪抜き薄切りチーズと薄切り赤茄子、数種類の焼き立てのパン、細かく切った焼きベーコンを混ぜ少量の胡椒を掛けたマッシュポテト等、メインディッシュ以外の肉料理や魚料理といった幾種幾多の豪華な料理が、ガイアの視界全体に映る食卓の上を豪華に彩る。
(メッチャ美味そ~う!)
全ての料理に使用された素材は、どれも上等かつ新鮮な食材ばかりだ。野菜は瑞々しく、スープは素材の仄かな甘い香りが漂い、蒸し焼きされた魚と焼いた肉から立ち上る香りが鼻腔を刺激し、食べたいという欲求を刺激し促す。
「本日は我が王城へ再び御出で下さった神獣様の為に、自慢の料理人総勢に腕を振るわせ御用意させました。存分に味わって下さい」
(やったーっ!! 食べるっ!! 食べるよ全部ーっ!!)
幾種もの豪華な料理を視界に入れ、それらの美味な香りを嗅いだガイアの美食欲求メーターは限界を振り切り、美食欲求の赴くまま、岩石の両手を眼前に置かれた銀製のフォークとナイフへと伸ばし、手に取ったフォークとナイフでメインディッシュの肉料理――――血気の凶暴牛の霜降りステーキにフォークで刺し押さえながらナイフで切り分け始めた。
本来ならこの場で勝手に食べ始めるのは余りにも失礼な行為であるが、王も、誰もガイアのその行為を非難しようとはしない。
それはガイアが幻神獣という、王や教皇、最高位精霊等よりも上である、神に等しき存在だからだ。
そしてそれ以前に、彼等から見てガイアは未だ未だ幼い赤子だ。勝手に食べ始めようとする行為に悪気というものは一切無い事は、この場に居る誰もが理解している。
何より、ラウラルフ国王は最初に神獣様に食べて戴きたいという思いもあるからだ。
そんなガイアは切り取った霜降りステーキの一部をフォークで刺し、肉汁が滴る霜降りステーキを大きな口の中へと運び、口を閉じ、フォークを口から引き抜き、じっくりと咀嚼し味わう。
そしてガイアは上質な肉の美味に感動し、輝く瞳を更に輝かせる。
(わはーっ!! 何これっ、すっごい柔らかい! 肉が舌の上で溶けてるのか!? しかもこの脂、旨味に甘味が混じって濃厚だ! けど全然しつこくないからどんどん食べれる! 滅茶苦茶美味し~い!!)
フォルレス家の所でも上質な料理は食べてはいたが、これ程にまでに味わった事の無い刺激――――美味という感動――――をガイアは初めて感じ、嬉しさの余りに顔を綻ばせた。
(あ~、幸せ~)
まさに、至福の味にして、至福の時だ。
「ホッホッホッホッ、如何やら口に合った様じゃのう」
ガイアのその様子に誰もが微笑ましく感じ、笑みを浮かべるのだった。
「実に嬉しい限りだ。神獣様にこうも喜んで戴ける事は、我が宮廷料理人達にとって今迄に無い誇りになる」
ラウラルフ国王は幻神獣フォルガイアルスに贈った感謝を非常に喜ばれた事に、喜びと安堵を抱くのだった。
「おっとそうだ、皆に葡萄酒を。神獣様にはあのゴブレットを」
「! 畏まりました」
執事は国王陛下の言葉に従い、食堂に飾られていた宝飾品――――ラウツファンディル王国の象徴である王家の紋章の周りに4色の小粒の宝石が嵌め込まれた金製のゴブレットを幻神獣フォルガイアルスの下へと持って行き、目の前の食卓に置いた後、銀のワゴンに載った幾本の未開封葡萄酒瓶を手に取り、コルク栓を手際良く抜き取り、躊躇い無く金のゴブレットに葡萄酒を注いだ。
本来なら、最初に国王のワイングラスに注ぐのが王に仕える使用人達の常識である。しかし、王命を受けた執事は王家の紋章が刻まれたゴブレットを持ち出し、王よりもガイアを優先した。
執事のその一連の行為は許されない事である。
――――この場で王が存在として頂点であるならば、だ。
しかし、今回に限り、執事の行為は正しい行為であり、優先すべき順位も正しかった。逆に神と等しき存在である幻神獣よりも先に王を優先するものなら、王自ら彼を叱咤する事だろう。
執事は次々と既に並べ置かれたワイングラスに、流れる様な綺麗な動作で注ぎ込む。注がれた全てのグラスには濃い赤紫色の液体が空の器を満たした。
「細やかながらだが、先ずはフォルレス侯よ。これまでの多大な苦労への感謝の一部を受け取ってくれ」
「勿体無き御言葉」
レウディンは片手を胸に当て、座ったまま礼をする。
「そして幻神獣フォルガイアルス様、貴方様の御蔭で我々が抱えていた大きな問題を解決する事が叶いました。王の身でありながら、己の私腹を肥やす幾多の貴族共、特にデベルンス家を永い間対処し切れなかった。神獣様が我が王都に訪れなければ、デベルンス家の処断や奴に属し共感する貴族共を鎮圧出来る時は、ずっと先となった事でしょう」
彼が告げる感謝と己の王としての力不足さに対し、ガイアはそれは仕方がない事だと思う。
元伯爵貴族を含む地位や権威で人を見下す多くの貴族達を相手に、ラウラルフ国王はフォルレス侯爵家を含む数少ない信頼出来る由緒正しき貴族達と共に、対処し続けて来たのだ。多勢に対し、少数で永い間抑え続けるのにも流石に厳しい事は理解出来る。問題が解決するのに時間が掛かるのも仕方がないのだ。
そしてそれを一変させた幻神獣に、ラウラルフは深い感謝と敬意を示す。
だが足りない。
幻神獣フォルガイアルスへの感謝も敬意も、晩餐という贈り物すらほんの一部だ。
たったこれっぽっちだけでは神獣様に対し、余りにも恩知らず、王として顔が立たない。
だから一生の時を掛けてでも、悪しき愚者に罰を与え、恵みを齎し無辜の民達を救済した偉大な幻神獣に恩を返さなくてはならないと、ラウラルフは己が心に誓いを立てた。
「もし神獣様が我々の力が必要となったならば、我が国力を用いて可能な限り助力致します。それが神獣様へ返す事の出来る精一杯の恩返しです」
(ん~……もう充分だと思うんだけどなぁ…)
ガイアは幻神獣とはいえ、中身は一般人だ。
前世では一般人であったガイアこと白石大地にとって、一生無縁と言える豪華な晩餐は、これ以上にない程の褒美である。
そんな一般人の価値観を持つガイアは、内心少し困るのだった。
「そして明日はいよいよ学院撤廃決行の時、我が国の改正への第一歩の時は目前だ」
ラウラルフは葡萄酒が満たされたグラスを片手で持ち掲げる。
「我が国の正しき栄光ある未来に!」
王に続き晩餐の席に座る全員も、ワイングラスを掲げ持つ。
ガイアも葡萄酒が満たされた金のゴブレットを大きな岩石の片手に持ち、共に高らかに掲げた。
「そして、恵みを齎す偉大なる幻神獣フォルガイアルス様に!」
王と共に異口同音で乾杯を口にし、豪華な晩餐が始まるのだった。




