明日に向けての充実な日14-3
王城内の綺麗に磨かれた大理石の床が広がる廊下を、バルディス王子は1人駆け抜けて行く。
彼の表情には、子供の様な輝く笑みが浮かんでいた。
その笑みの表情は、2つの理由から成るものだ。
前者は早くシャラナに会いたいという異性に対する好意から。
後者は幻神獣と呼ばれし存在をこの目で見てみたいという偉大な未知に対する好奇心からだ。
そんな2つの輝く思いを胸に抱き、バルディスは彼女と幻神獣が居る練兵場へと走り向かう。
廊下という長い道程を駆け続け、少し時間は掛かったが練兵場に辿り着く。
そして目にした練兵場の光景は、バルディスにとって初めて見るものだった。
幾多の魔導師団員と同数の金属製動像がズラリと並び立っていた。
初めて見る幾多に立ち並ぶ動像の光景に、バルディスは目を見開く。
そんな幾多の動像の前で魔導師団員達が互いに何かを相談し合いながら、眼前の動像に向けて何かの魔法を行使していた。
いったい何をしているのだろうと、バルディスは凝視する。
彼等の様子を見てみれば、フォビロド魔導師団長まで居た。しかも隣には英雄にして最強の魔導師――――賢者エルガルム・ボーダム、更には錬金の魔女と称されるベレトリクス・ポーランも居合わせていた。
3人も何か話をしながら、動像に向けて魔法を行使していた。特にフォビロド魔導師団長はかなり熱心に、実に楽しそうな様子だ。
彼等1人1人の前に並び立つ動像を良く観れば、どれも全てミスリルで造られた物である事にバルディスは驚く。
ミスリルは高価な貴金属だ。ダウトン鉱山国所有の鉱山や、ダンジョン内から大量に採掘出来る代物ではない。
ミスリルのみで動像1体を造り出すのにも、大量のミスリル鉱石が必要となる。それが幾多もズラリと立ち並んで居る。
いったいその大量のミスリルは何処から、そしてどの様な方法で入手したのか、大きな疑問がバルディスの中に浮かんだ。
だがその疑問は、練兵場に響いた硬質な金属音によって吹き飛んだ。それと同時にバルディスは、内にある好奇心の赴くまま、その音の発生源へと顔を向けた。
(居た!)
――――彼女だ!
バルディスはその瞳に、シャラナの可憐な姿を映した。
同年代の女性と比べ、上位に位置する美しい容姿と、未だ幼さが残っている美しく整った顔立ち、肌は日の光を反射し白く美しく輝くいていた。優しくも真面目そうな目をし、瞳はまるで蒼玉。そんな青く透き通った輝く瞳を、バルディスは何時までも見ていたいと心を熱くする。
だが、その熱くした心は是迄に無い驚愕によって、一瞬で掻き消された。
少し視線を横にずらした時に、偶然視界に入り込んだ巨大な存在にバルディスは目を奪われてしまった。
「な…ぁ……!」
その一瞬、視界に映った存在が岩石の動像などではないと即座に理解出来てしまった。
全身は白色に近い灰色の岩石で構成されており、腕や脚は身体から生えているのか、それとも其々の身体の部分をくっ付けているのか不明であり、大きな岩石の手の形は人と余り変わらない構成をしていた。そして顔は、この世界の最強種である竜に似た骨格で形成されている。
特にその彼の者の背中は、目を見張るものだった。
小さな草原の背中からは、小さくはあるが立派な神秘の樹木を生やしていた。そしてその背の草原に、1輪の白い花が咲いていた。
目を奪われる理由はそれだけではない。
更にその背には、幾種もの煌めきを放つ大きな鉱物の塊が突き出す様に生えていた。
バルディスは言葉が出なかった。
その異様な姿は神秘的で美しいと思えてしまい、心の底から驚愕と共に感動さえ湧き起こる。
目に映った彼の者の姿を見たバルディスは、聞かされた言葉を理解するのではなく、直感―――いや、心で理解した。
――――間違い無い……彼処に居るのは神獣様だ!
再び硬質な金属音が前方から響いた時、バルディスは驚愕と感動の煌めく渦から我に返り、シャラナの方へと視線を動かした。
「あれは…動像か?」
彼女の周りを、3体の金属製動像が囲っていた。
見た所、素材は鉄で造られた鋼鉄の動像であるのは間違い無い。だが、通常の動像よりも明らかに小さく、人と同じ大人位か、それより少し背が高い位の大きさだった。
1体は鉄製のロングソードとカイトシールドを装備し、1体は背丈よりも少し長い鉄製の杖を装備し、1体は武器無しの無手だ。
シャラナに向かって攻撃を繰り出す3体の鋼鉄の動像の動きに、バルディスは驚愕した。
大の大人程の大きさと言っても、人間とは違い硬質な金属で構成された重い身体だ。にも関わらず、動像とは思えない機敏な攻めと立ち回りをこなしていた。
その動きはまさに、洗練された戦士の動きである。
その2体の武器持ちと無手とは別の動像は、常に攻撃位置を変えては杖を掲げ、魔法を行使し味方の動像の戦闘補助をし、相手の隙を突く様に攻撃魔法や拘束魔法で妨害をしていた。
3体の鋼鉄の動像の攻撃に対し、シャラナは軽やかな身のこなしで躱し、攻撃魔法を流れる様に、無意識に近い集中力で行使し幾度も放っていた。
彼女からの攻撃に対し、3体の鋼鉄の動像も防ぎ躱し、反撃を繰り出す。
不規則に攻防が入れ替わる戦闘の光景に、バルディスの心は疼き出す。
自分もその中に混ざりたい。
久方振りの高揚感が魔法に対する熱意を湧き上がらせ、その想いの所為か無意識に脚を前へと動かし、彼女と神獣の下へと歩み寄るのだった。
真っ直ぐ歩み、残り3、4メートル程の距離へと近付いた時、誰かが此方に近付いて来た事にシャラナは気付き、バルディスの方へと美麗な顔を向けた。
そして彼女は吃驚した表情を浮かべ、戦闘を一時中断した。
「バルディス王子殿下!?」
それに合わせて、3体の鋼鉄の動像もピタリと停止状態と為る。
(ん?)
彼女に続き、幻神獣もバルディスの方へと顔を向けた。
初めてバルディスを見た幻神獣は「誰?」若しくは「どちら様?」と、まるで人間の様な仕草で首を傾げるのだった。
シャラナは訓練で乱れた髪や衣服を慌てて整え直し、バルディス王子の前へと近付き、侯爵令嬢に相応しい礼儀作法を取る。
そんな彼女の対応に、バルディスは顔を少し赤らめた。
「ああ…す、済まない。訓練中邪魔をして」
「い、いえ! バルディス王子殿下が謝罪する必要は御座いません!」
「ああ、いや…そこまで畏まらなくても構わない。如何か楽にして欲しい」
(あー、久し振りに見たなー。謝って謝り返す人ってこの世界でも居るんだなぁ)
お互いに「申し訳ない」「いえ、此方こそ」の謝罪返しをする様子に、ガイアは前世の社会で良く見るあるある光景を思い浮かべた。
(確か……王子って言ったよね)
ガイアは王子と呼ばれた美男子に視線を動かし、その姿を大きな瞳に映した。
(おおー、何というイケメン! まさに絵に描いた様な王子!)
視線を上から下まで動かし、容姿端麗な彼の全体容姿を観た。
王子としては他の貴族より派手さが無いが、それが大きな加点だ。その控えめで上質な衣服が逆に王子としての尊厳さや上品さといった人格の善さを醸し出していた。
(あ、腰に短杖がある)
彼の腰に身に付けているホルダーに納まった短杖を、ガイアは目にし理解した。
(へぇー、王子様って魔導師だったのかぁ)
一定の距離から2人の様子を眺めていたガイアは、ある事を思い出す。
(おっと、僕もちゃんと挨拶しなくっちゃ)
この国の王子がわざわざ来てくれたのだから挨拶をしなくてはと、ガイアは重い足音を立てながらのそりのそりと歩き、王子の下へと近付いた。
ガイアの近付く重い足音に気付き、バルディス王子とシャラナは足音の発生源へと振り向いた。
歩み寄って来るガイアの方へと振り向いたバルディスは一瞬、目をギョッと大きく開いた。
幻神獣という巨体が近付く毎に、バルディスの顔の角度は徐々に上へ上へと上がっていった。
遠くから見ても巨体なのは良く理解出来るが、近くで見ると本来の大きさよりもより巨大に見えてしまう迫力感がある。
しかし、不思議と恐怖を一切心の底から湧いて来なかった。
その穏やかで優しい大きな青い瞳を見ると、何故か安心感を抱かせてくれる。
異様にして神秘の姿の幻神獣から醸し出す、言葉では言い表せない不思議な雰囲気に、バルディスは呆然としてしまうのだった。
「ンンンンンンンンー」(どうもー、初めましてー)
ガイアの野太く鼻に掛かる様な、そしてほんの少しだけ低音の中にキーンと響く優しい高音が混じった不思議な声に、バルディスは呆然から覚ます。
「は…初めまして、神獣様。我が王城にようこそ御越し下さいました」
バルディスは慌てて片膝を付き、頭を垂れ、目の前に居る偉大な存在に敬意を表す礼をした。
それに対しシャラナは驚き、そしてガイアは内心困るのだった。
それもその筈、未来の国王という頂点の身分でありながら頭を下げるだけでなく、膝まで付いて臣下の様に礼を取っているのだ。普通は王族が決してしない行為だ。
そんな行為をする王子に、シャラナは再び慌て声を掛けた。
「バ、バルディス王子殿下! そこまでしなくても大丈夫です! この子はそこまで気にしないですから、バルディス王子殿下も楽にして下さい!」
「そ…そうなのか…? しかし、父上からは彼の者は神獣様だと聞いたのだが、礼儀を欠いて大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。寧ろ、余りそう畏まれると困るみたいですので」
彼女の言葉を聞き、そうなのかと幻神獣の方へと顔を向ける。
(そうだよー。気を張らなくて良いんだよー)
バルディスから顔を向けられたガイアはゆっくりと数度頷き、肯定の意を示した。
「そ…そうか…」
少し困惑気味ではあったが、バルディスはシャラナの言う通りにし立ち上がった。
「しかし驚いた…。父上から神獣様がこの王都に入来したという言葉には正直信じられなかったが、まさか本物の神獣様に会えるとは夢にも思わなかったよ」
バルディスはもう一度、幻神獣の異様にして神秘的な姿を観察し出した。
「それには私も同感です。初めて遭遇した時も凄く吃驚しましたから」
シャラナは困った表情に笑みを浮かべながら、最初の遭遇という出会いの時を思い返した。
「遭遇? いったい何処で神獣様と遭遇したんだ?」
「ラフォノ平野で野盗との戦闘前に突如とやって来たんです。野盗の騎乗してたドゥドウルを天高く殴り飛ばして、たった一撃で倒したんです」
「いっ、一撃!? ……流石は神獣様だ…」
(あ~、そういえばそ確かにお空に殴り飛ばしたなぁ。……あれ、ドゥドウルって言うんだ)
ガイアもその時を思い返す。
1月程経ってはいるが、今は不思議と随分昔の事の様に感じれる初めの出会いの思い出となっていた。
「未だその時は、この子が幻神獣だというのは判らなかったのですが」
(うんうん。僕も全然判んなかった)
シャラナはガイアの事を妖精獣か精霊獣、ガイアは自身の正体が魔獣の類なのではと思っていた約1ヶ月間の時期を懐かしそうに思い返す。
「だが、君の師である賢者エルガルム様ならば、特殊技能〈鑑定の魔眼〉で解明出来たのでは?」
「それが先生の〈鑑定の魔眼〉では全てが不明と出ちゃうんです」
(全部不明でしたー)
「全部不明!? そんな…賢者エルガルム様の〈鑑定の魔眼〉を以てして全て不明!? 種族名や固有名に等級すら判明出来なかったのか…!」
バルディスはその事実に驚愕の表情を顕にした。
「全部不明だから、最低等級は間違い無くS等級確定だと先生は仰ってました」
「最低でS等級…!」
驚愕の色を顔に浮かべたバルディスは、幻神獣の顔へと視線を向けた。
「いったい…どれ程の力を有しているんだ…」
S等級。簡単に言い換えれば化け物級とも言う。人の手には負えない異常にして強大な力を有する存在という位置付けだ。人なら英雄級、魔物なら災害級、妖精や精霊の類なら至高級と別称される。
では、今目の前に居る幻神獣は何に属するか。
否――――何にも属さない。
バルディスは悟りに近い確信を抱いた。
彼の者はS等級などではない。更に上の次元の域、決してこの世の全ての者が到達出来ない超越の領域。
強さの最高位階級名称を付けるのならこうだろう。
――――神話級。
バルディスは幻神獣の秘めたる未知の力を考察する中、そこにシャラナは新たな驚愕の事実を告げた。
「あ、因みにこの子は未だ生後1、2ヶ月程の赤子ですよ」
「赤子!!? この大きさで赤子…!!?」
(中身はただの青年男子なんだけどねぇ)
彼の驚愕から出た言葉に対し、ガイアは声に出さず文字で伝えず、心の中で生じた訂正の言葉を舌の上で転がすのだった。
そしてシャラナは語り続ける。
野盗との一方的な闘い、全てを揺るがす咆哮を放った幻神獣の片鱗、人の言葉を解し、時折する人間じみた仕草、人に対し非常に友好的な温厚さ、共に王都に行く道中でのガイアの特殊技能の現象に驚愕した出来事、王都に到着した後は兵や大勢の民がガイアを見て恐慌状態を起きてしまった事、家族に紹介した事、屋敷の敷地内で済み始めてから様々な魔法を自ら学び身に付けてた事―――。
ガイアとの出会いから今日迄の出来事の内容に、バルディスは耳を傾け、目を輝かせながら聴き入った。
「凄い…! そんな素晴らしく貴重な体験を…! 実に羨ましい!」
バルディスは彼女の是迄の経緯の中で、つい最近行った熾烈と言って良いガイアの動像達との訓練試合を心の底から羨ましがる。
「いや…あれは本当に物凄く辛い上に、恐ろしいですよ……」
「いや! 寧ろそれ位の厳しさがあった方が良いと私は思うぞ! その方が魔法での闘い方がより身に付く! その経験は実戦に近いものだ!」
バルディスは彼女の経験した実戦と言える熾烈な訓練試合は、誰もが己を強くしようとする者にとって、それは絶対に必要な事だと熱意の籠った言葉で力説するのだった。
「それに比べ、あの魔導学院は教育というものが皆無だ。座学内容や実技授業の質は低いし、それ以前に殆どの者は努力しない高慢な者ばかりだ。これでは国を護れる魔導師が排出される訳がない。このままでは権力を持った悪質な貴族連中が、我が物顔でこの国をのさばり続ける一方だ」
「確かにそれは同感です。魔法が使えるだけで、自分は闘えるという思い違いをしてますからね。1度も実戦した事無いのに」
「そう! そうなんだよ! 奴等は闘う術を有する事と使いこなす事を混同し、勘違いすらしている! あんな低水準の実技とも言えない授業を幾ら遣り続けても、何時まで経っても進歩すらしないのを何故解らないのか理解出来ない!」
バルディスは知っている。そしてシャラナも良く知っている。
あの学院の授業とは到底言えない内容をこの目で実際に目にし、教師達の口にする間違った魔法理論と価値観をこの耳で嫌という程聞いたのだ。
そしてバルディスはパッと明るい表情を浮かべた。
「だが、それはもうじき無くなると先程父上から聴いた! 何でも、シャラナが学院の教師勢を模擬戦で叩きのめすのだとか!」
「はい。今はその為の戦闘訓練を……とは言っても、正直今の私でも簡単に勝てる気がするのですが」
(まぁ、そうだよねー。だってあのデベルンス家と同じ低水準だって聞いたし)
ガイアは腹に贅肉を蓄えた元伯爵貴族と、その馬鹿子息の余りにも発動が遅過ぎる上に威力がショボい魔法を思い返す。
そんな低水準の相手と模擬試合を行う未来を、ガイアは想像しながら簡単に考察した。
無能な教師勢を叩きのめす為に、彼女をこれ以上鍛える必要はあるのだろうか。
正直、必要無い。
何せ相手の魔法発動がかなり遅い為、発動する前に先制攻撃してしまえば模擬試合は即終了、シャラナの勝利だ。
シャラナが負ける要素が見当たらないし、浮かばない。
はっきり言って勝負にならない実力差だ。
「だが、奴等の事だ。必ず卑怯な手を使う可能性は充分に有り得る。それを踏まえて己を鍛える必要は充分にあるさ」
(卑怯な手ねぇ…)
バルディスの言う通り、彼等教師達は私利私欲に満ちた黒く濁った甘美な人生の為に、己の地位と権威を護る為なら、必ず不正や裏工作といった愚行を仕掛けるだろう。何せ彼等も高慢な貴族であるのだから。
「それよりも! 急な御願いだが、私も君の訓練に参加させてくれないか!」
「えっ!?」
バルディス王子の急な願いという訓練参加の申し出に、シャラナは一瞬驚き目をパチクリさせた。
「先程遠くから観てて私も遣りたくなってな! ここ暫くは他国との外交で、魔法と戦闘に関する訓練が出来なくて鈍りそうだったんだ。久し振りに身体を動かしたくなってな!」
「わ、私は構いませんが……結構キツいですよ?」
「構わないさ! 寧ろ、そうでなくては意味が無いだろう!」
向上心溢れ輝くバルディス王子に対しシャラナは少々心配するが、彼のその意志を止める事は出来ないだろうと悟るのだった。
「分かりました。ガイア、私と王子を同時に相手、御願い出来る?」
(大丈夫。出来るよー)
ガイアは大きな岩石の親指を立てて、問題無いと意思表示を示した。
「ガイア、というのが神獣様の名か?」
「正式な名はフォルガイアルスと言います。私や先生は、親しみを込めてガイアと呼んでいます」
「ほぅ」とバルディスは大きく呟き、幻神獣の偉大な名を記憶にしっかりと刻み込む。
(じゃぁ更に動像追加だね。〈動像創造〉)
ガイアは左方向へと片手を翳し、動像創造魔法を行使し3体の鋼鉄の動像を創り出す。それも今居る3体の鋼鉄の動像と同じ型の動像だ。
バルディスは幻神獣の動像の創造速度に瞠目し、思わず「凄い…!」と呟く。
「ガイアの動像操作制御は、先生やベレトリクスさん以上の技術水準ですよ」
「賢者エルガルム様と魔女ベレトリクス殿よりも上なのか!? しかし、流石に2体以上を同時操作するのは至難だと書物で読んだ事があるのだが」
「大丈夫ですよ。この子は〈動像並列操作〉と〈動像並列制御〉の特殊技能を有していますから」
「それは凄い! 操作制御特殊技能の上位互換も有しているのか! それは実に楽しみだ!」
バルディスは彼女と共にやる訓練に期待を膨らます。
「それで、訓練する際の規則は何かあるか?」
「特に細かい決まりは在りません。ガイアの動像を全て倒せば勝ち、私と王子が拘束され完全に動けなくなったら負けという2つだけです」
「うむ、実に単純で解り易い! その上ほぼ実戦に近いのが尚良い!」
「では、あの動像が盾を鳴らした時が開始の合図ですので」
「理解した! 折角の貴重な時間だ、早速始めよう!」
バルディスは腰のホルダーから加工された上質な木に、金と銀の細工を程良く施された指揮棒タイプの短杖を引き抜き、配置場所へと歩んで行く。そして彼の後を追う様に、シャラナも配置場所へと歩み戻る。
ガイアは無意識レベルでの操作で6体の鋼鉄の動像を動かし、再配置させながら自分も元の位置に戻る。
「バルディス王子、全ての動像はガイアの高度な操作制御技術によって、通常の動像よりも全ての動作が恐ろしく精密です。ですので、精鋭の戦士と魔導師が相手だと思って下さい」
「おお! それは益々期待してしまうな! 久方振りの戦闘訓練、望む所だ!」
バルディスは短杖を前方へと突き出す様に構え、戦闘態勢を取った。
(おお、王子様やる気満々だ。じゃぁ、ご期待に応えて――――」
ガイアは6体中の1体――――ロングソードとカイトシールドを装備した鋼鉄の動像の腕を動かし、手に持つ剣で持っている盾を叩く構えを取る。
(――――上げなくっちゃね!)
そして刀身の腹が盾を強く叩き、戦闘開始の合図という硬質な金属音を鳴り響き、互いは一斉に動き出した。
「やはり、魔力が半物質状態にした動力源では魔力消耗が不安定ですね。この動力源を純粋な魔力からではなく、何かに魔力を蓄えさせ、それを動像の動力源として組み込めるマジックアイテムを作るべきなのではないでしょうか?」
「確かにそうじゃな。自動型動像の魔力が尽きれば、半物質状の動力源自体が消滅してしまうからのう。込め直すにしても、また動力源を創り出してから動作機能を一から組み込まなければならんのは、かなり手間じゃからのう」
一方、シャラナとバルディスを他所に、フォビロドとエルガルムは動像の動力源に関する意見を出し合っていた。
現在は〈機能術式作製〉で動力源に動作機能を組み込んでも、魔力が完全に消耗し切ると組み込んだ機能ごと消滅してしまう事実を発見し、組み込んだ機能が消滅しない解決方法を3人で模索しているのだった。
「だったら動像の核と成る心臓を作った方が良さそうね。それに動作機能の術式を組み込んでおけば、魔力が尽きても消えないし、魔力貯蔵の器として残るでしょ。後は魔力を補充するだけで、また何時でも起動出来るんじゃない」
「なるほど、動像の動力源と成る心臓其の物を作るか。となると何の素材から作り出すかじゃな」
魔道具製作に長けたベレトリクスの案に、エルガルムは心の底から理解と納得をする。
「では、その心臓の素材は宝石類が良いのではないでしょうか。宝石類は短杖に杖、魔法装身具といった魔力媒体としてだけでなく、魔力を多く蓄えられる性質があります。ですので、今回の着眼点としては魔力を大量に蓄積出来る素材が、自動型動像に一番相性が良いかと存じます」
「それは実に良さそうじゃ! では宝石の種類は何が良いかのう、ベレトリクスよ」
「そうねぇ~……純粋な魔力の場合だったら、やっぱり水晶が一番かしらねぇ。それもかなり大きいサイズの」
金属類にも魔力は蓄積させ宿す事は出来るが、宝石類の方が金属類よりも比べ、遥かに魔力を大量に蓄積出来る代物である。
それが小粒の宝石でも多くの魔力を、若しくは強力な魔法効力を宿す事が出来る。そして宝石の質量が大きければ大きい程に比例して、より膨大な魔力を蓄積出来る。
「良し。ならば早速ガイアから水晶を貰おうかのう」
3人は新たな次の方針――――自動型動像の動力源と成る心臓の製作――――を定め、それに必要な素材である大きな水晶をガイアから早速貰おうと、戦闘訓練中のシャラナとガイアの下へ行こうとした。
「む? あれは…」
脚を前に動かそうとした直前、エルガルムは視界に今迄此処練兵場に居なかった新たな人物を映し、ピタリと動きを止めた。
「ラウラルフの息子か。帰って来ておったのか」
ベレトリクスとフォビロドも、彼の視線の先を見た。
「あら、ホントだ。何時の間に帰って来てたの」
「恐らくは今日、ダウトン鉱山国の外交から御帰還為さったのでしょう」
「おお、そういえばラウラルフの息子が代わりに外交を務めておったんだったな」
ラウラルフの息子であるバルディス王子が、現在自ら他国との外交を買って出た事をエルガルムは思い出した。
「それにしても……」
そしてエルガルムは、バルディスとシャラナの様子を遠くから観る。
「随分と楽しそうじゃのう」
鋼鉄の動像達の容赦無い猛攻に対し、バルディスとシャラナが必死に対抗する光景にエルガルムは笑みを浮かべる。
「あらあら、ホント楽しそうね」
ベレトリクスもその光景に普段少しだけ気怠そうな表情に、愛らしい笑みを浮かべた。
「おお、あれは中々面白そうですな」
フォビロドはそう口にするが、2人よりも鋼鉄の動像達の攻防精度と機動力といった動作の高精密さの方を凝視する様に観察するのだった。
そんな重鎮3人に観られている事など気付いていないバルディスは、慌てたりしながらも魔法を放ち、迫り来る鋼鉄の動像達に対し必死に対抗していた。
動像の物理攻撃や魔法攻撃から全力で回避したり、時折、王子とは思えないちょっとだけ悲鳴混じりの声を上げていた。
余り戦闘自体慣れていない彼をシャラナが補助をし、彼女に見習いバルディスも良いタイミングでシャラナを援護したりと、色んな意味で2人は活き活きとしていた。
そして6体の鋼鉄の動像を高度な精密操作するガイアも何だか楽しそうに、まるで遊んでいるかの様に2人の相手をしていた。
「若いとは良いもんじゃ。のぅ、ベレトリクスよ」
「私に振るな爺、私は未だ若いわよ」
「なぁにを言うか、この若作り魔女が」
「その髭燃やすわよ、糞爺」
微笑を浮かべる2人から僅かに漏れ出し始めた不可視の黒いオーラに、フォビロドはそっと距離を置き、話を振られたりされない様に自身を空気の様な存在にするのだった。
エルガルムとベレトリクスの僅かに棘のある口喧嘩寄りの会話が少し続く中、フォビロドは此方に歩み近付いて来る見知った美麗な女性を視界に捉えた。
「これはリフェーナ王妃殿下。御帰りなさいませ」
近寄って来た綺麗なドレスを身に纏う女性――――リフェーナ王妃に対し、フォビロドは片膝を付いて家臣の礼を取る。
それに気付いたエルガルムとベレトリクスは棘のある会話を止め、リフェーナ王妃の方へと顔を向けた。
「ええ、御無沙汰ですね、クロクタス魔導師団長。そして賢者エルガルム様にベレトリクス様も、御無沙汰で御座います」
「久しいのう、リフェーナよ」
互いに挨拶を交わした後、レフィーネは彼等の後ろにズラリと並び立つ幾多の動像を視界全体で見渡し、その光景に呆然とするのだった。
「……この数の動像はいったい如何したですか? 見た所、全てがミスリル製の様に見えますが…」
「その通りで御座います。此方の動像は全てミスリルで造られた物です」
フォビロドの肯定の言葉に、レフィーネは少し目を見開く。
「全て真銀の動像なのですか!? そんな大量のミスリルを如何やって手に入れたのですか?」
彼女の抱いて当然の投じられた疑問に対し、エルガルムが代表し答えた。
いや、正確には答えである存在に指を差し示した。
「その答えは彼処に居るぞ」
彼の指差す方向へとリフェーナは後ろを向き、更に目を見開き、視界に映った偉大な存在に驚愕した。
「あ……あれが…夫が言っていた…神獣様……!?」
リフェーナは異様にして神秘的な幻神獣の姿に目を奪われた。
小さな草原の背に宿る神秘の樹木、そして背から突き出し宿る煌めき輝く幾種もの鉱物、植物という有機物と鉱物という無機物のミスマッチによる不思議な神秘さから、リフェーナは目を離せなかった。
「おや、ラウラルフからはもう聞いておったか。そうじゃ、彼処に居るのが大地の化神、幻神獣フォルガイアルスじゃ」
「大地の……化神…」
リフェーナは視線を、顔を、身体を固定されたかの様に動かぬ儘、その場から遠くに居る幻神獣フォルガイアルスの姿を観続ける。
「何て美しいのでしょう…」
岩石を基調とした巨体、その背に緑鮮やかな生命力、更にその小さな草原を彩る幾種の無機物、それはこの世界の大自然でも滅多に御目に掛かれない神秘の光景だ。
それを今、リフェーナは目にしている。
しかも、その神秘の大自然は生きており、自ら歩む事も出来る偉大な存在をだ。
編集中
「凄いじゃろう、今ではこの王都でガイアを知らぬ者は居らん。民達からは〝恵みを齎す救済の神獣〟何て呼ばれてもおる」
「恵みを齎す…? それはいったい…?」
リフェーナは神獣フォルガイアルスから視線を固定した顔をエルガルムの方へと向け、恵みを齎すという意味を尋ねた。
「言葉の儘の通りじゃよ。ガイアは荒れ果てた大地を潤し、枯れた泉を甦らせ、この世のあらゆる作物を創り出し、その恵みを人々に齎し与える力を有しておるのじゃよ」
「その様な奇跡の力を…!?」
「はい、本当で御座います。私もあの奇跡の光景をこの目で拝見しました。あれは決して忘れられない、実に美しい瞬間でした。その時は感動で満ち溢れ、感極まる想いでした」
フォビロドは胸に手を当てながらスッと立ち上がり、神獣フォルガイアルスの起こした恵みを齎した美しい奇跡の光景を思い返しながら語った。
「しかもそれだけじゃないのよねぇ」
ベレトリクスがリフェーナの元へ近寄り、フォビロドから話のバトンタッチをし、ガイアの方へと指を差しながら話し出す。
「あの背中から沢山生えてる鉱石と原石、幾らでも生成出来るのよ」
「えっ!? まさか此処に在る動像全て……」
後ろに並び立つ真銀の動像をリフェーナは改めて見渡す。
「貴女の予想通りよ。此処に在る動像を製作する為の素材は全部、ガイアから貰ったのよ」
ベレトリクスから告げられた事実にリフェーナは目を丸くし、再び神獣フォルガイアルスの方へと視線を向け戻した。
彼女の口から、最早これ以上の言葉は出て来なかった。
心の奥底から信じられないという圧倒的な驚愕が、考察する事が出来ない程に頭の中を占めるのだった。
「但し、現時点ではこの世に存在する全種の鉱石や原石を生成出来る訳じゃないのよ。ガイアが今迄喰らった鉱石や原石じゃないと生成出来ないから、未だアダマンタイト鉱石は創り出せないのよねぇ」
リフェーナの驚愕する様子など御構い無しにベレトリクスは続けて語るのだった。そんなリフェーナは彼女の語る内容など余り耳に入っていなかった。
唯々、驚愕するしか出来なかった。
神に等しき偉大な存在に。
殆ど思考停止状態の彼女の耳に遠く視線の向いている方から、聴き慣れた男性の声と聴き慣れない女性の声が入って来た。
その2人の声で驚愕から我を取り戻したリフェーナは視線を神獣から横にずらし、2人の男女を視界に映した。
「まあ、バルディスったらもう始めてたのね」
自分の産んだ一人息子であるバルディスの必死ながらも活き活きとした姿と、そんな彼を補助する見知らぬ令嬢の姿と、6体もの鋼鉄の動像が2人を相手に迫り猛攻を仕掛けている様子を目にする。
「…久し振りね、バルディスがあんなに楽しそうにしているのは」
バルディスは基本明るい寄りの性格である。しかし、ここ暫くの間ははっきりとした明るい表情を余り浮かべていなかった。時折、精神的に疲れた表情を薄っすら浮かべていたりしていた。
王妃としては未来の国王と成る息子が王族としての務めを立派にこなしている事に嬉しく思う反面、母親としては息子に肩身が狭い思いをさせている事に辛く寂しい思いを抱くのだった。
そんな今の息子の表情を瞳に映し、今迄抱いていた不安が全て浄化され、綺麗に消え去ったのだった。
「……隣のあの娘は…」
リフェーナは息子と共に戦闘訓練をする令嬢へと視線を移した。
「もしかして、あの娘がシャラナかしら?」
「ん? そうじゃが、はて…、御主とシャラナは面識があったかのう?」
「いいえ。ですが、彼女の事をバルディスから聞き及んでまして。実際に会うのは今回が初めてですが」
リフェーナは柔らかな微笑みを浮かべ、息子の若者らしい初めての恋という片思いを抱いた時の表情を思い出す。
「なるほどの。そういえばラウラルフの息子も一応は形としてあの学院の生徒じゃったな。シャラナと面識があっても可笑しくはないしのう」
「ええ、ですが遠くから見掛けただけで話し掛けなかったそうで…」
リフェーナはそう言いながら、柔らかな笑みに少し困った様な表情を浮かべた。
「数少ない由緒正しい貴族であるフォルレス侯爵家の令嬢以前に、あんな素敵な娘は中々居ないのですから、身分差なんて気にせず関係を学院初日で結べば良かったのに」
「あら~? もしかして、王子様はあの子に初恋してるぅ~?」
レフィーネの話からバルディス王子がシャラナに恋しているという事にベレトリクスはピンと気付き、実に楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「うふふ、そうなのよ。やっとバルディスに恋の春が訪れて、私は嬉しいわ」
「じゃあ、あの娘を王子の妃として迎えちゃう?」
「叶うなら迎え入れたいわ。いえ、何としてもバルディスの嫁に来て欲しいわ」
「あらー良いわねぇ、シャラナが王子様の妃に成っちゃうのか~」
リフェーナとベレトリクスの2人は恋バナに花を咲かせ、勝手にバルディスとシャラナの将来という未来を頭の中で決めてしまいながら、フワフワと花咲く会話を弾ませるのだった。
そしてエルガルムとフォビロドは、彼女等2人の会話から蚊帳の外という置いてけ堀にされた状態と為っていた。が、別に彼等2人は気にせず、此方は此方で別の会話をするのだった。
「しかし、本当にシャラナ御令嬢は強く為られましたね。ベレトリクス殿からあの記録映像を見せて貰いましたが、もう既に決着は付いている様なものです。学院教師共が全員で束になろうが、彼女1人には勝てないでしょうな」
「まぁ、魔法技術や戦闘経験といった総合的実力であれば間違い無くシャラナの圧勝じゃが、奴等の事じゃ、必ず卑怯な手を使って来る筈じゃろう」
「ふむ…、奴等が使いそうな卑怯な手段を予想するとすれば、外気に触れると気化する散布型の致死性では無い毒薬の類を予め彼女の立ち位置辺りに仕込む、魔法の威力や魔法の発動速度を上昇させる首飾りや下げ飾りといった衣服の下に隠せるタイプのマジックアイテムの不正着用、何人かの生徒を買収して魔法での横槍を入れさせる、魔力が底を尽きた際に此方から視認出来ぬ様に魔力回復薬を飲む、といった所でしょうか」
フォビロドは予想する教師達が使うであろう卑怯な手段を指で数えながら口にする。
「当日に私の隠密部隊を派遣し、奴等の不正手段を前以て封じておきましょう」
「いや、封じる必要は無い」
エルガルムはニッと不敵な笑みを浮かべた。
「逆にそれ等も奴等に対する不正証拠材料として最後に使えば、よりあの馬鹿共を黙らせ易くなるじゃろう」
「宜しいのですか? 対等な勝負をしない奴等に対し、彼女が不利に為る可能性も少なからずありますが」
「構わん。寧ろ、シャラナにはそれ位の不利をも跳ね除けて貰わねばな。不利を打破出来てこそ、真に実力を有するという事じゃ」
実力を示す闘いに、相手が不正行為を行うと判っているのなら未然に防ぐべきではある。
だが、エルガルムはそれをも利用し、学院教師勢が二度と反感も反論をも出来ぬ様に完全に鎮圧させる確実な方法を考えていた。
「あ、じゃが隠密部隊は派遣しとくれ。奴等の不正証拠映像を記録した後にその実行犯を取り押さえて、最後の最後にそれを見せ付ければ良いからな」
「解りました、御任せ下さい」
フォビロドはニッと良い意味で悪い笑みを浮かべ、エルガルムの頼みを了承した。
「うむ。さてさて、今後がどの様な展開になるか楽しみじゃな」
エルガルムは学院教師勢がどんな無様な負け方をするか想像しながら、戦闘訓練に奮闘するシャラナとバルディスの様子を遠くからもう暫く観戦するのだった。




