新たな変化12-3
錬金の魔女ベレトリクスの魔法の巻物の製作授業を終えた後、シャラナは両親に訓練に出掛けると伝え、エルガルムとベレトリクス、そしてガイアと共に、サイフォン家の屋敷へと馬車で向かって行った。ガイアは当然、小走りで馬車の後を付いて行く。
シャラナの乗る馬車が早歩き程度の速さで貴族区画を抜け、アルドカスト城城壁近くの道を通り、3人と1体は目的の場所へと辿り着いた。
尊厳さを醸し出す屋敷の敷地外の門前には、たった2人の騎士が仁王立ちで警備をしていた。
何方も成人男性より少し背が高く、がっしりとした鍛えられた身体に全身鎧を身に纏い、背にはカイトシールド、腰にはロングソードを携え、2人は鏡合わせの様に其々右手と左手、利き手で斧槍を握り締めていた。
フォルレス侯爵家の騎士達や王城騎士達とは、雰囲気が明らかに違っていた。
重装騎士団長のタルカドスと似通った見た目ではあるが、頬面付き兜の細い隙間から覗く眼光には、歴戦の戦士を思わせる威圧感が見て取れた。一般人や中途半端な武力を持つ者でも彼等2人に近寄るどころか、危機回避本能でその眼光から目を逸らそうとするだろう。
シャラナの馬車が門前にゆっくりと停まり、中に居るエルガルムは馬車の窓から顔を出した。
「こ、これは賢者エルガルム様!」
2人の屈強な門番騎士は異口同音で驚愕の声を発し、更に同時に鏡合わせの敬礼をした。
「おお、急に来て済まんのう」
「いえ。賢者エルガルム様なら、何時でもサイフォン家の全ての者が心より歓迎致します」
エルガルムの急な来訪の謝罪に対し、2人の門番騎士はまた同時に異口同音で受け答えた。
「今日はゼルクルスとキルセミーゼは居るかの?」
「はっ。旦那様と奥方様、そしてセルシキア御嬢様も屋敷内に居ります」
エルガルムの質問に、2人の騎士はまた同時に答えた。
「そうかそうか。今回はフォルレス侯爵家の令嬢の戦闘訓練の為に、ちと此処の訓練所を借りたくての。ベレトリクスも居るが戦闘訓練の見学目的じゃ」
「畏まりました。只今、旦那様に御伝えします」
「おお、それとじゃな…」
「はい、何でしょうか?」
左利きの門番騎士は、頬面付き兜の下にある右耳に付けた耳飾り型マジックアイテムを起動する為に兜越しに右手を当てようとしたが、不意に続ける賢者エルガルムの言葉で右手は一時停止した。
「ガイアも一緒じゃ」
エルガルムの言葉の後に、馬車の真後ろから重い足音を立てながらガイアは2人の門番騎士に姿を現した。
「し…神獣様!」
2人の騎士は同時に凝視し、同時に驚愕の表情を頬面付き兜の下で浮かべ、同時に驚愕の声を異口同音で上げるのだった。
幻神獣フォルガイアルスの存在は、既に王都アラムディスト中に伝わっていた。この王都に住む者誰もが知っている。なので彼等も、ガイアがどの様な存在であるかは知っている。
(あれ…? 驚く反応は一緒だけど、予想とは違う言葉が飛んで来たぞ? 何で僕が幻神獣だって知ってるんだ?)
ガイアは2人の門番騎士の反応に違和感を感じ、疑問符を頭の上に浮かべ首を傾げた。
初対面での何時もの驚く反応は一緒ではあったが、今回ガイアに飛んで来た言葉が真っ先に〝神獣様〟と呼ばれ、ガイアは違和感を感じた。今迄は「な、何だ此奴は!?」とか「ま、魔獣か!?」とかがお決まりであったのに、今回は事実の言葉が飛んで来たのだ。
「伝えるならセルシキアが一番早いと思うぞ」
「か、畏まりました! 直ちに!」
幻神獣が来たという驚きで、彼等2人を慌せた。
そして連絡は難無く伝わり、屋敷領地内への入場許可が下りた。
「どうぞ! 御通り下さい!」
2人の騎士が門扉を其々左右に押し開き、敷地内への入口を開けた。
「うむ、御苦労」
エルガルムは彼等に労いの言葉を送り、顔を馬車の中へと引っ込み戻した後、馬車は再びゆっくりと前進し門を潜り抜けた。
ガイアもそれに続き、再び小走りで後を付いて行きながら門を潜り抜けるのだった。
2人の騎士は、幻神獣フォルガイアルスの極小規模な芝生の草原の背に宿り生えた小さな樹木と数種類の鉱石と原石の煌めく塊をつい凝視しながら、その異様にして神秘的な後ろ姿を見送るのだった。
潜り抜けた門の先でガイアの視界全体に広がり映るのは、王城とは似て非なる尊厳のある大きな屋敷と綺麗に整えられた芝生や幾本の植木、そして屋敷へと続く綺麗な白亜の石畳が隙間無くかつ幅広く敷き詰められていた。
フォルレス家に限らず、他の貴族の屋敷と一風違った雰囲気が、其処に住む屋敷の主である騎士としての威厳さが体現されているかの様だった。
(おお……凄く広い…。間違い無くフォルレス家の所より広いや…)
フォルレス家の敷地よりも広大なサイフォン家の敷地を見渡すガイアは、内心驚きを浮かべた。
馬車は前進し、ガイアはその後を小走りで付いて行き、サイフォン家の屋敷へと続く石畳の道を進んで行った。
馬車は屋敷前に停まり、馬車の扉が開いた。最初に中から出て来たのはエルガルム、次にシャラナ、最後にベレトリクスという順にだ。
屋敷前には既に待っていた者が1人居た。
「ようこそいらっしゃいました」
サイフォン家の1人娘、セルシキア・ケイナ・サイフォンである。
「歓迎を致します。賢者エルガルム様、魔女ベレトリクス様。よく来たな、シャラナ」
セルシキアは顔を少し斜め上に向けて、最後の来訪者の姿を視界に映し、挨拶を告げる。
「そして良くぞ起こし下さりました。幻神獣フォルガイ…アル…ス……様……」
セルシキアは、ガイアの身体の異様にして神秘的な新たな変化の姿に目を見開き、驚きの色を浮かべていた。
驚いて当然。無理も無い。
初めて見る新たな姿なのだから。
「………いったい何があったのですか?」
セルシキアは顔をエルガルムへと向け、当然の疑問を尋ねた。
少し困惑気味である彼女の質問に対し、エルガルムは満面な笑みの色を浮かべ、機嫌良く答えるのだった。
「新たな特殊技能が派生し得て、その得た特殊技能の影響が身体に現れたのじゃよ」
「新たな特殊技能…!? その特殊技能とは…?」
「それは未だ訊いとらんが、間違い無く幻神獣フォルガイアルスだけの特別な特殊技能じゃよ。太古の歴史書に書かれた一説の通りのな」
セルシキアはもう一度、ガイアに視線を向けた。
小規模の草原に樹木を生やした大きな背に、更に数種類もの鉱石と原石の煌めく塊が突き出し生えている異様な姿ではあるが、そのミスマッチが神秘的な雰囲気を醸し出している不思議な姿を、セルシキアはまじまじと観察のだった。
「……取り敢えず、詳しい話は中で話しましょう。先に父上と母上にも顔を合わせた方が良いかと」
「そうじゃな。今回は久し振りに顔を出すのと、此処の訓練所を借りる為の許可を貰う話をゼルクルスとキルセミーゼに直接したくてな」
「分かりました。賢者様方の来訪は既に父上と母上に伝えてあるので、私が御案内します」
「では、この子は外の敷地内で――――」
シャラナが身体の大きいガイアを此処の敷地内の何処かで待たせて貰う事を告げようとしたその前に、ガイアに袖をクイクイッと引っ張られ、何かを訴えたがっている事に気付いた。
「ん? 如何したの?」
シャラナの質問にガイアは紙と羽根洋筆をサッと取り出し、大きな岩石の指を器用に使い文字を書き綴った。そして直ぐに書き綴った文字を見せた。
〝僕も一緒に入る。〟
「えっ!? でも身体が……」
流石にシャラナだけでなく、エルガルムやセルシキアもこの申し出に困るのだった。
人間の成人男性の倍以上の高さと大きな横幅がある為、屋敷内に入るのは無茶なのは言う迄も無い。
「何か入る方法とかあるの?」
ベレトリクスはガイアの〝一緒に入る〟という言葉が〝入る事が出来る〟という意味ではと勘付いた。
今迄フォルレス家の屋敷に無理に入り込もうとしたり、中に入りたいと強請ってきた事は1度も無かった。そもそも、無理だと自分自身でも解っている事をしようとはしなかった。
しかし、今回初めて屋敷の中へ自ら入ろうとしているのだ。
自らそれをしようとする事は、つまり、それが可能に為ったという事なのではと、ベレトリクスはガイアの意思表示の意味を理解に近い予想が付いたのだ。
そしてガイアは、彼等に論より証拠というある現象を自らに起こして見せた。
「え!? あれ!?」
「な…!?」
「ほほぅ! これは!」
「あれまー!」
人間の倍以上に大きかったガイアの身体全体は縮み、背の高さはシャラナの半分程にまで小さく為ったのだ。それに合わせ、背に生えた樹木や鉱石原石も縮小されていた。横幅も縮んだ御蔭で、人の通りの邪魔にならずに済む丁度良い大きさに為ったのだ。
そんなガイア自身が小さく縮む現象に、その場の皆は驚愕するのだった。
「これは〈縮小化〉の特殊技能ではないか!」
「あらぁ、何時の間に覚えてたのぉ? 鉱石と原石が生成出来る様に為った時かしらぁ?」
エルガルムとベレトリクスは、縮んだガイアの姿を面白そうな生き物を発見した様な煌めく瞳で観るのだった。
「わぁ……これなら屋敷の中にも入れる」
シャラナは今まで少し見上げていたガイアを、今はその小さく為ったガイアを見開きながら目線を斜め下に下ろして観るのだった。
「……本当に、神獣様には驚かされる事ばかりだ…」
セルシキアはガイアの起こす事に対する驚愕は多少は慣れてきてはいるが、それでもガイアの起こす不意な現象には未だ驚くのだった。
「ホッホッホッホッ! 更に話す事が増えたのう。さてさて、折角身体を小さく出来る様に為ったから一緒に入るとするかのう」
「そ…そうですね。御話の方は父上と母上も交えて屋敷の中でしましょう」
(やった! やっと人の家の中に入れるぞ!)
ガイアは漸く人が入れる大きさの扉を潜れる事が叶い、喜ぶのだった。
そんなパアッとフワフワした花が咲いた様な嬉々の表情を浮かべるガイアを見て、その場に居る者達は先程の驚きの色が和やな色へとあっという間に変化していた。
ガイアは前世を含め初めて屋敷の中に入り、屋敷内の光景を目にした。
やはり屋敷内も王城に似た尊厳さが醸し出している内装と、決して過剰な豪華さが無い気品さを醸し出す黒色と白色を基調とし、そこに金の美麗な細工が施された調度品が幾つも置かれていた。
中央には艶のある黒い騎士の大きな石像が1つ置かれていた。その石像は黒曜石製で、騎士の武具全てを精巧に象られ、全身の黒曜石に金の細工を施し美麗な紋様を彩っていた。
(おおー! これが屋敷の中かぁ! フォルレス家の屋敷もこんな感じなのかなぁ)
ガイアは初めての屋敷の光景を見渡し、フォルレス家の屋敷内を自分なりに頭の中で想像する。
「客室の間は此方です」
セルシキアは客間に案内する為に先頭となり先に進み、来訪者達は案内に従い彼女の後ろに付いて行く。ガイアは辺りをキョロキョロ見渡していた為、ほんの少し遅れて慌てて後を付いて行った。
屋敷内の廊下を暫く進み、案内先である客室の間へと到着した。
セルシキアは客室の間の扉を押し開き、そのまま先に入室した。
「父上、母上、御客人を連れて参りました」
扉を開けた先、セルシキアの視界に映ったのは客間の大きなソファーに座っていた男女2人、セルシキアの両親が待っていたのだ。
巨軀に見合った鍛え上げられた逞しい肉体と獅子の様な少し長めの金髪、美麗な顔にほんの少しだけ強面が醸し出している彼こそが、サイフォン家の当主にしてセルシキアの実の父親――――ゼルクルス・ボルダ・サイフォンだ。
そして彼の隣に座るセルシキアと容姿が良く似ており、異性の誰もが見惚れる曲線美のある身体付き、整った美麗な顔立ちは威厳さで引き締まっているが、不思議と自然な凛々しい表情を浮かべる。そんな彼女はサイフォン家の当主であるゼルクルスの妻であり、セルシキアの実の母親――――キルセミーゼ・レレナ・サイフォンだ。
何方もラウツファンディル王国全ての騎士を纏め統率していた最高位騎士――――ゼルクルスが騎士団長を、キルセミーゼが副騎士団長を――――であり、ラウラルフ国王の直轄の騎士を務めていた最強の騎士である。現在は騎士団団長の地位はセルシキアに引き継がせ、2人は騎士団を引退してはいる。
だが、時折騎士団の修練に顔を出したりして、騎士達を鍛え上げる為に相手をしたりしているのだ。
引退しても尚、現在もその実力は劣らず。電気系統を扱える魔導騎士のセルシキアですら未だ何方にも勝てた事が1度も無いのだ。
(おおー! 騎士団長さんに凄いそっくりー!)
髪型は少し違えど、セルシキアと容姿が瓜二つと言って良い程似ている母親のキルセミーゼを目にしたガイアは驚くのだった。
「御苦労、セルシキア」
ゼルクルスが腰掛けていたソファーからスッと立ち上がり、エルガルム達の下へと歩み寄った。
「これはこれは、賢者エルガルム様にベレトリクス様。それにフォルレス侯爵家のシャラナ嬢。よく御越し下さった」
「久しいのう、ゼルクルスよ。急に来て済まんのう」
エルガルムは久し振りに会う友人に、急な来訪に関して謝罪を交えながら挨拶を交わす。
「いえいえ、エルガルム様なら急な来訪でも構いませんよ」
「話はセルシキアから聞き及んでる。フォルレス家の1人娘を連れて、我々の所有する敷地内の訓練所を借りに来たのだろう? 賢者エルガルム様」
キルセミーゼは夫のゼルクルスの隣に立ち、エルガルムに大体予測出来ていた来訪の理由を訊くのだった。
「そうとも。そしてシャラナの相手は今日一緒に連れて来たガイアじゃ」
(どうもー、初めましてー)
エルガルムの言葉の後に、ガイアは特殊技能〈縮小化〉で小さくした身体をひょっこりと出し、ゼルクルスとキルセミーゼの前に歩み寄って行った。
「おお! 其方の彼の者が王都中の話題になっている幻神獣フォルガイアルス様か!」
「彼の者が噂の大地の化神…! 何と神秘的な御姿か…!」
幻神獣フォルガイアルスの異様にして神秘的な姿を目にした2人は、歓喜に近い驚愕の声を上げた。しかし、話に聞いていたガイアの身体の大きさが余りにも小さい事実に、少しだけ疑問の色を浮かべるのだった。
「……何だか、随分と小さいですね。聞いた話では人の倍以上の大きさだと聞いたのだが…」
「それは特殊技能で、本来の身体の大きさを縮小しているからじゃよ」
「何と! 〈縮小化〉の特殊技能を保有しているのですか! それで話とは大きさが違っていた訳だったのか…」
ゼルクルスはまじまじと幻神獣フォルガイアルスの縮んだ身体全体を観察するのだった。
(ん? 話に聞いていた? 噂? 何か僕の事を前以て知っている口振りに聞こえるんだけど……どゆこと?)
ガイアは知らなかった。各村の飢饉を救済した後に、ラウラルフ国王やソフィア教皇、そして賢者エルガルムが大体的に弦神獣フォルガイアルスの存在を映像公開して王都中に周知させた事を。
何せガイアはフォルレス家の敷地内から1歩も出ていないのと、その情報をフォルレス家の者達から知らされていなかった為、当然知っている訳が無いのだった。
(しかし……ゼルクルスさんだっけ? この人若干強面だけど、また違った美形の男性だなぁ。かなり格好良いなー)
ガイアも、ゼルクルスの鍛え上げられた巨軀と強面ながら整った美形顔をまじまじと観るのだった。
「まさか神に等しき存在を、この目で見れる日が来ようとはな。今日は何と素晴らしき日か」
キルセミーゼは感嘆の想いを内に秘め、夫と同じ様に幻神獣フォルガイアルスの神秘的な姿を観察するのだった。
「確かに、今日はある意味素晴らしき日かもしれんな」
エルガルムは誰の断りも無く堂々とソファーに座り、笑いながら今日の楽しみを遠回しに言うのだった。
「そのある意味とは、今回此処の訓練所での戦闘訓練ですな」
無断にソファーに座るエルガルムに対し一切咎めず、彼の言葉の意味を読み解き、ゼルクルスはそれを確認するかの様にエルガルムに訊ねるのだった。
「察しが良いのう。今回はシャラナの成長とガイアの未知の実力を観る為に、此処の訓練所を借りに来たのじゃよ。今回の戦闘訓練は豪華じゃぞ」
「おお! それは是非、我々も拝見させて頂きたい!」
「勿論だとも。滅多に見れん戦闘訓練じゃから、儂も楽しみにしておる」
ゼルクルスとエルガルムは、今回のシャラナと幻神獣フォルガイアルスの戦闘訓練がどの様な展開になるのかを楽しみにしながら話し合う。
何せシャラナは神聖系統を扱える数少ない魔導師であり、対してガイアは扱える系統以前に、未知に溢れた生まれて約1ヶ月の神に等しき幻神獣である為、かなり豪華な対戦の組み合わせである。
「流石にシャラナに分が悪過ぎると思うのですが…」
ほんの一部ではあるが、セルシキアは幻神獣フォルガイアルスの力の一端を実際に見知っている。あの圧倒的な膨大かつ強大な質の魔力と、その魔力によって発動する質の高い魔法を。それをシャラナに向けられたら、間違い無く即死する圧倒的な実力の差があるのは明らかだった。
「そこは心配無い。今回ガイアには主に動像でシャラナの相手をして貰う。直接的な攻撃魔法は妨害程度で行使するなら大丈夫じゃろう」
エルガルムの模擬戦内容の説明に、セルシキアはホッと胸を撫で下ろした。―――シャラナが死なずに済むと安堵して。
「なるほど、動像か。訓練の際に常人の魔導師が動像を創造出来る数は良くて10体程度。しかし、その程度の数では物足りないが、幻神獣フォルガイアルス様の魔力量なら大量に想像出来るから長時間の訓練が可能になる。しかも、場合によっては上位の動像も創造して貰えば尚、良い戦闘訓練になるな」
キルセミーゼは模擬戦の内容が実に良いと頷き納得する。
「して、数は大量として動像の種類は幾つ程創造するのだ? 流石に岩石の動像だけではないのだろう?」
「まぁ、最初は粘土の動像と岩石の動像からじゃが、そこからはガイアの遣り方次第じゃのう。今のガイアが〈動像創造〉でどれ程の種類の動像を創り出せるか判らんが、儂はそれも楽しみにしておる」
「ほぅ…。どの様な動像を創造出来るかは未知と…」
「ガイアの身体に生えとる鉱石と原石を見れば、大体想像が付くがのう」
「なるほど…。もしかすると、強力な上位動像も創造出来る可能性もあるか…」
キルセミーゼは、エルガルムと模擬戦で創造されるかもしれない幾つかの種類の動像を予想する。
「まぁ先ずは模擬戦前に少し休むと良い。お茶を用意してくれ」
ゼルクルスは控えていた自邸の侍女に命令し、主人の命令に従いお茶を用意しに客間から退出するのだった。
そしてシャラナとベレトリクスもソファーに座り、ゆったりと寛ぐ。
流石にガイアはソファーには座れないので、シャラナの近くで床に鎮座するのだった。
ほんの数分後に侍女が綺麗に磨かれた煌めく銀のお盆に、金の細工が施されたティーカップとティーポットを載せて、僅かすら姿勢を乱れぬ滑らかな足取りで運んで来た。ティーカップを洋卓に其々の位置へと置き、既に上等物の紅茶がたっぷり入ったティーポットで全ての空のティーカップに注ぎ満たす。
そして侍女は流れる様な一連を終え、部屋の端へと戻り控えた。
(そういえば、ずっと気になってたけど……)
ガイアは抱いた興味と疑問が無意識に目で追っていた。
(……何で侍女さんも帯刀してるの?)
ガイアはさっきからずっと侍女の腰に下げている剣が気になり、少し凝視する様に観ていた。
実は彼女だけではなく、屋敷内で見掛けた他の使用人達全員が腰に剣を下げていたのだ。
そう、此処は他とは違い、サイフォン家に仕える者は戦士としての技量と実力を有しているのだ。只の使用人だからといって甘く見た者は、必ず痛い目に遭う。
サイフォン家に仕えるとは、必ず戦士としても仕えるという事なのだ。
無論、その事に関してガイアは知る由も無かった。
「そうか、鉱物をその身に宿すあの姿は金属物と宝石を喰らい続けた結果なのか。何とも不思議かつ神秘的な姿だな」
「御主等も既に知っておるじゃろうが、ガイアがデベルンス家の馬鹿共の財産を喰らい尽くした。その御蔭で鉱石と原石の生成特殊技能を得る為の条件を満たす事が出来たのじゃよ。まぁその時に発現した訳じゃないが、まさに一石二鳥というものじゃよ」
そんな中、ガイアが帯刀している使用人達に気になっているのを他所に、ソファーに座る他の皆は幻神獣フォルガイアルスについて話を交わしていた。
「いやぁ、私も今日驚いたわよー。古の歴史書の一説通りの姿に急変化したものだから。もうこれは宝の山と言って良い姿よ」
ベレトリクスは研究者という魔導師として純粋な嬉々の色を浮かべ、これ程喜ばしい事は無いという様子で話していた。
キルセミーゼはそれを聞きながら、幻神獣フォルガイアルスの身体に生え宿る精錬されたかの様な高純度の様々な鉱石と原石を1種類1種類、それ等全てが如何に上質な代物であるかを見定めていた。
「ガイアの御蔭で今日の魔法の巻物製作授業が出来たし、魔法薬の素材だって困らないし、此方はかなり大助かりよ」
「しかし……あの姿となると、良からぬ輩が幻神獣フォルガイアルス様を狙って来るのではないか? 場合によってはこの国に限らず、諸国からも狙われる可能性が…」
今の現状のラウツファンディル王国なら、未だ大丈夫ではあるかもしれない。しかし、幻神獣フォルガイアルスの存在とその詳しい情報が国外にも周知されれば、間違い無く悪しき輩が現れ、一攫千金を欲しさに狙ってやって来るとセルシキアは危惧していた。
場合によっては一攫千金どころではない。幻神獣フォルガイアルスを無理矢理捕らえ永久幽閉してしまえば、鉱石原石を無限に手に入れられ、幾らでも金を生み出せる。
幻神獣フォルガイアルスはまさに――――〝金の成る樹〟其の物と言える存在なのだ。
「まぁ…間違い無く狙われるじゃろう。じゃが、そこまで心配は無いと儂は思うがの」
エルガルムはその事を理解した上で心配無いだろうと気楽に発言する。
「ガイアは未だ赤子とはいえ、力ある幻神獣じゃ。儂や御主等の実力でも勝てん存在じゃ。ガイアを私利私欲で狙う輩は、間違い無く返り討ちに遭うだけじゃよ」
エルガルムは肩を竦めながら、自分が幻神獣フォルガイアルスに闘いに挑んでも勝てないと、遠回しに気楽な口調で告げるのだった。
実際に魔法抜きのその純粋な近接戦闘力を初めて遭遇した際に見ていた為、エルガルムは確信を持って言えるのだ。そこに魔法という力が加われば、まさに敵無しと言って良い。
「ほぅ…。賢者様にそこまで言わせる程、幻神獣フォルガイアルス様は想像を絶する強大な存在なのですな」
「その実力は未だほんの僅かしか観とらんが、その僅かですら如何にガイアが強大な存在であるかを理解してしまう程じゃよ。ゼルクルス」
「なら、今回の戦闘訓練で更に未だ見ぬ未知の実力を拝見出来るという事ですかね」
「うむ、実に楽しみじゃ」
エルガルムとゼルクルスは今回の戦闘訓練で、幻神獣フォルガイアルスがどの様な魔法を見せてくれるのかと、少し子供の様な心境で期待をしていた。
「ちょっとエルガルム、シャラナの事忘れてないでしょうねぇ。ガイアの使う魔法に期待するのも良いけど、シャラナの成長にも期待して上げないと可哀想でしょ」
そんな2人に、ベレトリクスはちょっと呆れ顔を浮かべるのだった。
シャラナは笑みの上に困った色を浮かべるのだった。
「勿論じゃとも。寧ろ、今回の戦闘訓練はシャラナにとって非常に良い訓練になると言っても良い。必ずシャラナには質の良い経験が得られる事間違い無しじゃ。これは滅多に出来ん経験じゃぞ、シャラナよ」
これから得られる経験に関してはシャラナだけでなく、その場に居る者が納得をしていた。
何せ戦闘訓練の相手が神に等しき存在なのだ。これは賢者エルガルムが歩んで来た人生ですら、幻神獣を相手に闘うという経験は訪れなかったものだ。いや、エルガルムに限らずこの世に存在する誰にもその様な運命的な経験は、たった1度の人生で出来るか出来ないかですら滅多に無い事だ。
「そうですね。幻神獣であるこの子と闘える機会を得られる事自体、奇跡な事ですよね」
シャラナは視線をガイアに向けながら、初めて遭遇したという出会いを思い返す。
「ならば、この奇跡の機会を無駄にしない様、全力で挑まねばならないな」
キルセミーゼは凛々しい表情でシャラナに告げるが、彼女も内心シャラナだけでなく、幻神獣フォルガイアルスの未知の力に対して期待を膨らませていた。
そんな会話をガイアは、ソファーに座る彼等の顔を交互に傍観するかの様に見ながら、身体が小さく為った事で丁度良い大きさとなったティーカップに入った紅茶を口の中に注ぎ込み、喉を潤していた。
(あ~、紅茶美味しい)
それも模擬戦の事など頭の中からすっぽ抜けて、暢気に―――。
暫くの時間が経過し、ティータイムの終わりを賢者エルガルムが告げるのだった。
「さて、そろそろ訓練と行こうかの。シャラナよ」
「はい、先生」
エルガルムはゆっくりと、シャラナはスッと素早くソファーから立ち上がった。
(あれ? もう時間?)
エルガルムの言葉で此処へ来た目的を思い出したガイアもゆっくりと岩石の身体を起こすのだった。
「さて、それでは我が訓練所へ案内しよう」
その場の全員がソファーから立ち上がり、キルセミーゼが先に客室の間の出入り口の扉へと進み、敷地内の訓練所へと案内をするのだった。




