救済の恵みと魔物襲来11-6
剣を構え、盾を構えながら、前線の騎士達は大柄な小鬼が率いる小鬼と狼の群れに向かって一斉に駆け出し、戦いの雄叫びを上げ、完全に油断し隙を見せた小鬼達に圧力を掛けた。
群れを統率する大柄な小鬼も思考が停止していた為、敵軍勢の圧力に驚愕する。
直ぐに態勢を立て直すどころか、今から如何やって敵軍勢と戦うか戦略を思案する余裕も無く、精神的に圧倒されてしまっていた。
敵軍勢が迫り来る中、遠くの壁の上から弓弦がビンッと幾多の空を切り裂く音を鳴らし、同時、若しくは直後にヒュンッと風切り音を鳴らす幾多の矢が、数匹の小鬼と平野狼の頭や胴体に突き刺さる。
続いて後方からは、先程見たショボい火の球とは比べ物にならない大きな炎の球が複数敵軍の上を飛び越え、小鬼達の中へと着弾した瞬間、魔法によって圧縮された炎が爆ぜ、周囲を灼熱の炎で数匹の小鬼と平野狼の命を焼き殺す。
小鬼達は混乱に陥ってしまった。
頭目である大柄な小鬼も混乱に陥り、この状況を如何すれば良いのか頭が回らなくなっていた。
そして混乱する小鬼達に騎士団があっという間に接近し、その手に握られた剣で小鬼と平野狼の身体を斬り裂き、突き刺し、薙ぎ払い、態勢を立て直す暇をも与えない迅速な進攻で次々と魔物の命を速やかに奪って行く。
剣で斬り裂かれ、突き刺され、遠くから飛んで来る矢に突き刺され、小鬼と平野狼は地面に伏し、その身に流れていた赤黒い血を地面に流し、地面を赤黒く染め、血腥さが空気に漂う。
手に持っていた棍棒を振り上げる暇も無い小鬼達は、一方的に倒され続ける。
ガイアは初めて見る血が流れる光景に、少し嫌な気持ちを抱いていた。
(……これが殺す行為、か…)
殺す。
それは命を奪う行為。
ガイアこと白石大地は、前世で実際に誰かが殺す殺される光景は一切見た事は無い。
しかし、前世の世界では多くの殺人事件がよく起こっていた。
テレビでのニュースで、必ずと言って良い程にその情報はよく観ていたし聞いていた。だが、それを観たり聞いても大体は心の底から恐怖や嫌悪は余り抱かなかった。
それは実際に見てないし関わってもいないから「自分は関係無い」「自分には無縁の事だ」と、有っても薄い関心しか浮かばないのだ。
それは白石大地も同じだった。というよりも、そこまで関心を持つ余裕が無かったと言うべきだった。
前世で余り永くなかった人生の大半は仕事で手一杯だった為、他の事に関心を持てる余裕が無かったからだ。
そして今、この異世界で初めて実際に見る血みどろな光景、人間や魔物など関係無く相手の命を奪う光景、殺す殺されるという光景に、ガイアは胸焼けに近い初めての嫌な気持ちを抱いたのだった。
以前初めて遭遇した野盗の魔獣を殺してはいるが、ガイアは〝殺す〟ではなく〝倒す〟気持ちで殴り飛ばした。敵を殺すという黒い感情ではなく、敵を倒し襲われている者を助けるという白い感情で闘ったのだ。
その時は血飛沫が飛び散る闘いではなく、殴って魔法を当てる血が流れない闘いであった。
そして視界に映る魔物が血を吹きながら絶叫を上げ騎士団に殺されていく光景は、映画では感じ取れない圧倒的リアルな死を嫌と言う程に感じさせ、悟りに近い理解をさせられてしてしまう。
例え殺す相手が、例え殺される相手が何方も人間に害を為す魔物であっても、その血みどろな光景を、その残酷な死の光景でも、ガイアは心に罪悪感の様な気持ちの悪い感情を抱くのだった。
略奪者である魔物―――小鬼達から民を護る為に騎士達は剣で敵の命を斬り裂き、弓兵達は弓で矢を放ち敵の命を射抜き、魔導師達は魔法で敵の命を焼き尽くし、又は砕き潰し、又は爆ぜさせる。
その度に小鬼の悲痛の叫びが上がり、血が流れ飛び散り、最後に地面に伏し、黒い命が尽きる。
観ていて良い気分に為るとは、決して言えない光景だった。
(……嫌なものだな)
善と悪が其処にあっても、死という残酷さは変わらない。
(この光景にも……慣れなくちゃいけないんだろうな……)
これから先、この様な出来事も、この異世界で生きていく中で見て、嫌でも経験をする事になるのだろうとガイアは悟るのだった。
開戦してからものの数分で、小鬼36匹と狼36匹、計72匹の数が瞬く間に数を減らされ、残った数は計9匹――――小鬼が7匹と狼が2匹、その中の内の2匹は上位種の大柄な小鬼と森林の大狼だ。
完全ではないが、混乱から脱したゴブリン達とプレインウルフ達は、とにかく闘わなければと無策に襲い掛かる。
対する騎士達は、その無策な攻撃を簡単に防ぎ、反撃の一撃を喰らわせる。
あっという間に、そして呆気無く、1匹の小鬼は命を落とす。
小鬼は残り5匹――――。
小鬼の命を奪った騎士の僅かな隙を突こうと、別の小鬼が迫り棍棒で殴り掛かろうとした。
棍棒を振り下ろす直前、小鬼の頭を横から魔力で構成された矢――――〈魔力の矢〉に撃ち貫かれ、その小鬼も呆気無く命を落とした。
これで残りの小鬼は4匹――――。
人間と魔物との戦力差は見るまでも無く、人間側は圧倒的優位の差であり、魔物側は圧倒的劣勢――――いや、圧倒的絶望の数の差だった。
平野狼は前に出ていた1人の騎士に向かって走り迫り、吠えると同時に口を開け、鋭い牙で敵を噛み殺そうと突撃する。
しかし、1人だけ前に出ていた騎士は囮だった。
あっさりと目の前の騎士が持つ盾に防がれ、その直後、平野狼の胴体は両側面から何かで貫かれた感触と痛みが同時に襲った。
両側面から2人の騎士が、剣で平野狼の身体を貫いたのだ。
平野狼は2人の騎士を視界に捉えるどころか、気付く事も出来なかった。そして何をされたのかも理解出来ない儘、身体の力が勝手に抜け落ち、大地に伏すと同時に命を落とした。
これで35匹の平野狼は全て殲滅された。
残るは4匹の小鬼と頭目の大柄な小鬼1匹、そして森林の大狼1匹だ。
更に圧倒的戦力差が開く。
頭目の大柄な小鬼は焦燥で醜い顔を歪め、険しい表情を浮かべる。
本来なら戦況が圧倒的に不利に為ったと判断すれば、即座に棲み処へと必ず敗走をする。配下の小鬼達を見捨ててでもだ。
しかし、敗走という生きる手段は開戦前に断たれていた。
周りには10メートルを軽く超える壁が、敵味方問わずに囲い閉じ込めている為だ。
――――今、大柄な小鬼の頭の中に浮かぶ未来の選択肢はたった2つだけ。
敵の人間を皆殺しにして生き残るか、此処から先の未来全てを諦め死ぬか。
当然選択したのは前者の選択肢だ。
頭目の大柄な小鬼は生きようとした。
何が何でも生き残ろうとした。
残り僅かの戦力にならなくなった配下の小鬼達を盾にしてでも、捨て駒にしてでも。
弱かった小鬼の時の様に悪知恵を絞って敵を殺し、略奪し、己を鍛え、永い時間を掛け大柄な小鬼へと進化した様にまた更に強く為り、人間共を容易く蹂躙出来る力を求め、大柄な小鬼から更なる上位種へと進化を目指そうと考える。
だが、実力差以前に戦力差が絶望的な状況だ。
人間よりも劣る小鬼1匹程度では、農具か何かを持った一般人に勝つ事は出来ない。だが、そんな小鬼も数を揃えて徒党を組めば、武装をした数人の人間相手に数の暴力で勝つ事が出来る。人間相手でなくとも、全ての略奪対象に対してそうしてきたのだ。
しかし、今の現状はその真逆だ。
小鬼よりも強い人間の圧倒的数の暴力が、僅か少ない配下の小鬼達を率いる大柄な小鬼の周りを包囲しているのだ。数だけじゃない。武器も防具も性能が上だ。
頭目の大柄な小鬼は、それでも諦めなかった。
諦めてはいけなかった。
負けは即ち、死を意味するからだ。
大柄な小鬼と小鬼達にとって、この現状で諦めるとは死と同義語であるのだ。
だから、生に執着するのだ。
此処に居る人間全てを皆殺しにして生還する、と。
その時――――。
「ここからは手を出さないでくれ!」
突然、誰かの声が騎士団全員の動きを止めた。
全員が声の発生源へと顔を向ける。
声の発生源はルースン村の警備兵と為った冒険者――――ベウクだ。
「あの大柄な小鬼は俺が殺る!」
ベウクは前へと歩み、騎士達の包囲陣形の中を突き進む。
「おい、何を言ってる! 勝手な行動はするな!」
ベウクは他の騎士達に止められる。
それも当然。ベウクの行動は、命令に背く行為に近いものなのだから。
「元は小鬼とはいえ上位種だ! 大柄な小鬼を舐めているのなら後ろに下がれ!」
騎士からの言葉には罵倒の意味は込められていない。ただ自ら不利な闘いを挑んで命を落とす様な事はしてはいけないという、一緒に闘う仲間としての心配から来る言葉である。
ベウクは騎士からの言葉を後者と前者、両方の意味として取る。
「元が小鬼だからといって、舐めて掛かるつもりは一切無い! だが、俺1人で遣りたい理由がある!」
ベウクは抜き身の剣を視界の中心に映る大柄な小鬼に向けながら、その理由を話し出した。
「俺はこれから、この生まれ故郷の村を護らなきゃならねぇ! この先、また大柄な小鬼が出現する可能性があるのなら、俺は彼奴を倒せるか如何か確かめなきゃならねえ!」
彼の言葉、表情には真剣そのものが宿っていた。決して高慢な考えは無かった。
「俺がこれから大柄な小鬼に挑む行為は、傍から見れば蛮勇だろうな。けどな! だからこそ、俺はあの上位種と闘わなければいけねぇんだよ! 俺があの大柄な小鬼よりも上だって事を、証明しなくちゃいけねぇんだ!」
彼は名誉を求めておらず、功績も求めておらず、そして武勲を周りから求めていなかった。
「もし俺があの大柄な小鬼に負けるなら、俺はこの村の警備兵に相応しく無ぇ! だから何方に転んでも、この先、俺が村を護れるか護れないかをはっきりとしておきたいんだ!」
彼が求める事、確かめたい事、それは自分が生まれた故郷ルースン村を護る資格が有るか否か。今の自分の実力で、それが出来るか如何かを確かめたいが為の発言なのだ。
大柄な小鬼よりも弱いのなら、この村を護れない無力な警備兵だと、自分で自分を覚悟の上で追い詰めているのだ。
「止せ! 例えお前が大柄な小鬼より弱かったとしても、死にに行く必要など何処にも無い! 自分の命を大事にしろ!」
騎士の1人は、己の身を死という危険にわざわざ晒す必要は無いと必死に説得しようとする。彼のしようとする行動に対し、怒ってはいない。ただ死なせる訳にはいかないという心配から来る抑止だ。
お互い己の意見と意志を譲らず、お互いを説得し合う。
先の村の未来を考えての主張。
今現在の状況を安全に打破する主張。
何方も真っ当な意見だ。
だが、これに関する価値観は食い違う。
お互いは何方かが納得するまで、必死に説得し合う。
「何か意見が分かれているみたいですね…」
シャラナは防壁の上から、遠くで警備兵の1人と騎士の1人が言い合っている様子を観ていた。
「参ったな…。こんな時に…」
レウディンもその様子を観て、少し困るのだった。
「ふむ…。己の強さが通用するか否かを証明し、村を護る資格の有無を確かめる為の個人の挑戦か、余計な危険を負わず、複数で敵を殲滅する安全かを主張しておる様じゃのう」
エルガルムだけでなく、此処に居る者全員が遠くでの言い合いの内容を聞いていた。
「今回に関しては時間を掛ける訳にはいきません。数を活かして迅速に敵を殲滅した方が良い」
レウディンは騎士の主張に1票を入れた。
「私も御父様と同意見です」
シャラナも騎士の主張に1票。
「私もレウディン侯爵殿と同じ意見ですが、エルガルム様でしたら何方の主張に賛成でしょうか?」
フォビロドも騎士に1票入れ、その後に賢者エルガルムに尋ねた。
「儂か? ふむ…。正直に言えば何方にも賛成ではあるのう」
「何方にもですか?」
「うむ。戦場に於いて如何に危険を負わず、手際良く敵を排除する考えは騎士として正しい主張じゃ。しかし、あの冒険者の青年の主張は、先の事を見据えてでの考えからくる主張じゃ。もし再び、新たな大柄な小鬼が誕生し、この村を襲いに来た際に倒す事が出来ないのなら、力量不足という意味で村の警備兵になる資格が無いと己に対し、厳しく決めておるのじゃろう」
「ならば尚更、危険を負わずに複数で迅速に殲滅する方が、彼の今後の未来に繋がるのではないかと思いますが」
フォビロドの意見は今の現状を安全に打破し、その後は村の警備をしながら鍛えれば、その先の魔物の出現に対し問題は無い筈だと言う。
「それも最もな意見じゃな。しかし、今回現れた魔物は余り見られない、小鬼の上位種である大柄な小鬼じゃ。あれは中々闘える機会が無い魔物なのじゃから、これはある意味チャンスとも言える。大柄な小鬼相手に何処まで闘えるか、若しくは倒す事が出来るのかを此処ではっきりしておきたいのじゃろう」
「なるほど…。その点に関しましては納得出来ます。私の場合でしたら、中々遭遇しない珍しい魔物に出会したなら安全を取るより、多少の危険を冒してでも捕らえ、今後の対策といった様々な面の有用性を見出す為に調べますね」
フォビロドの場合は己の実力を測るよりも、知らない魔物などの生態知識の追求を優先する研究者タイプである。
彼にとって、知識とは己の力になるという価値観を持っているのだ。
「しかし、今回は村を救う為に我々は動いているのですから、私情で予定を狂わせる訳にもいかない。これは己の強さを示す為の決闘ではなく、魔物の殲滅戦なのです」
フォビロドはセルシキアへと顔を向け問い掛けた。
「セルシキア騎士団長殿は如何御考えで?」
「ん~……」
セルシキアは小さく唸り声を漏らしながら腕を組み、悩み考え込む。
確かに、今回冒険者を含め騎士達から人選した警備兵が大柄な小鬼よりも劣るのなら、この先、再び大柄な小鬼の様な上位種の魔物が現れたら、また村が襲われ、護り切れず蹂躙されてしまう可能性がある。かと言って、あの冒険者の青年の主張をそう簡単に受け入れる訳にもいかない。実際に闘わせて、もし負けて殺される可能性があるのなら、それは総指揮官として止めなければならない。
わざわざ死地に行かせるような切迫した状況でもない。無駄に命を散らせる訳にはいかないのだ。
総指揮官として抑止し迅速に魔物を殲滅するか、今後の有り得る悪い可能性を見据えて青年の主張を受け入れるか。2つの正当な意見が天秤の上で何方を選択すれば最も正しいのか揺らぎ迷う。
進攻が止まった状況に大柄な小鬼と小鬼達は困惑するが、大柄な小鬼はこの止まった戦況を逆転の好機だと直感し、困惑を頭から振り払う。
配下の小鬼達は無理でも、大柄な小鬼ならば進化し鍛え上げられた腕力で敵を薙ぎ払い、逆襲する事が可能だ。森林の大狼も居る。
大柄な小鬼は即座に悪知恵を思い付く。
残り4匹の配下の小鬼は囮、肉盾、捨て駒として使う事に決めた。そこで更に負傷し動けなくなった人間をより優秀な肉盾として取っ換え引っ換えし、蹂躙していけば勝てる可能性が上がる。森林の大狼に戦場を掻き回して貰い、そこで出来た隙に棍棒の強力な一撃を何度もでも叩き付ける。
これで勝って自身だけでも生き残れば、かなりの御釣りが来る。人間の武器や防具を持って帰れるだけ持って帰れば自身を強化にも出来るし、また他の何処かの小鬼達を集め、余った武具を渡して配下にすれば、以前よりも強固な群れを成す事が出来る。
頭目の大柄な小鬼は、ニヤリと嗤い醜い顔を歪ませた。
大きな棍棒を強く握り締め、視線の先で何かを言い争う人間を見据える。
――――先ずは直ぐに殺せそうな、隙のあるあの人間からだ。
大柄な小鬼は人間の敵軍にバレない様に、静かに全身に力を溜めながら右足を少し後ろに動かす。
何時でも直ぐに走り迫れる様に右足の位置を調整し、発進する際に最も脚の力が込め易い姿勢を取るのだった。
そして、逆襲の先手を取ろうと前へ一気に迫ろうとし――――。
「ンンンンンンー」
静かだが、唸る様な重く響く野太い声がその場全体に響き渡った。
警備兵を含む騎士団全員が一斉に後ろを向き、防壁の上の者全員は響く声の発生源を胸壁から顔を出し、俯瞰する。
それと同時に大柄な小鬼はその声にビクリと反応し、逆襲の好機を失った。そして他の4匹の小鬼と同じ恐怖の表情を、醜い顔に浮かべるのだった。
その場の全ての者の心を掌握するかの様に抑止した声の主、それは幻神獣フォルガイアルスの声だった。
人間、魔物問わず、全ての者が幻神獣フォルガイアルスへと顔を向けていた。
騎士達のそれは余りにも無防備に背中を向け、何時でも小鬼達に殺される隙だらけの状態だった。しかし、大柄な小鬼と小鬼達は、無防備状態の人間の軍勢に手を出す以前にその場から1歩も動こうとしなかった。
いや、出来ないのだった。
もし、無防備の人間を殺そうと少しでも動けば、謎の絶対的強者に即殺されると恐怖しているからだ。
決して動いてはならないと、本能が警鐘を鳴らすのだった。
ガイアは冒険者だった警備兵の青年、ベウクを視界の中心に映す。
ガイアは彼と騎士の両方の主張を如何すべきか、何方を選択するべきかを、まるで時間が止まったかの様な静寂に支配された戦場の中で考える。
(無理に命を懸ける闘いを挑む必要が無いのは当然の意見だよね。これは騎士としての考えというより、軍勢で闘う場合での考え方であり、戦い方であるのかな? そういった事はよく分からないからはっきりと正しいか如何かは言えないけど…)
ガイアは軍事に関しての知識はよく知らない。
というか、無い。
しかし、完全に理解が出来ない訳では無い。
人には其々の考えや価値観が必ず存在する。
そして食い違いが起こり、ああすべきだ、こうすべきだと、互いに意見を出し説得しようとする。
(けど、彼の命を懸けてでも闘う自分に対して厳しい考え…。僕も解る気がする…。護れる力が無かったら、また現れた上位種に殺られて村を護れずに命を落とすのは……嫌だよね)
ガイアの中の天秤は、青年の方へと少しずつ傾いていく。
(もし負けても尚生き残れたとすれば、今の自分の実力では護れない事がはっきり実感するだろうし、自分よりも強い別の警備兵と入れ替わる事が出来る。そしてまた、冒険者を続けて自分を鍛え直す事が出来る。彼は自分の実力をちゃんと弁えて先の事もしっかり見据えている)
ガイアは選択した。
(―――彼の意志を尊重しよう)
ガイアは覚悟を持った意志を侮辱してはいけないと思い、青年ベウクの主張を選んだ。
防壁の上に居るセルシキアへと見上げた。
そして頭を縦に動かし、頷く。
――――彼を闘わせてやって欲しい、と。
言葉は喋れない。文字も此処からでは遠過ぎて伝えられない。
だが、ガイアはただ頷くだけで、その意思を伝えようとする。
何となくという理由ではあるが、きっと伝わるだろうと思い、彼女に対し頷いたのだ。
「……解った」
セルシキアはガイアの意思を汲み取る事が出来た。
何故ガイアの意思が解ったのか、セルシキア自身は解らなかった。
ただ、不思議とガイアの伝えたい事が理解出来たのだ。
「其処の警備兵! 大柄な小鬼との闘いを許可するが、たった1人で挑むのは流石に認めない! その代わり、ルースン村に派遣する警備兵6名で大柄な小鬼を含む残りの魔物の討滅を許可する! 他の者は手を出すな!」
セルシキアは張った声で冒険者だった警備兵ベウクに条件を付け、大柄な小鬼に挑む許しを言い放った。
「警備兵6名、前へ!」
ルースン村の警備兵6名に命令を下し、ベウクを含む警備兵6名は命令に従い前に進み出した。
6名の内――――2名は冒険者だった者、残り4名は騎士団から選抜された者だ。
青年ベウクは、視線の先に居る上位種に向かって歩み近付く。
近付いて来る6人の人間に対し、大柄な小鬼と森林の大狼に4匹の小鬼は身構える。
互いの距離が4、5メートル程で警備兵6名は一度脚を止めた。
静寂の中、6人の人間と6匹の魔物は、相手の出方を睨み合いながら窺う。
何方も緊張が身体全体を廻り、固く険しい表情を浮かべていた。
最終戦の火蓋を切るのは何方なのか、そしてどのタイミングなのかを窺い待つ。
しかし、互いを窺う静寂な時間は短かった。
頭目の大柄な小鬼は窺い待つ事に焦れ、人間に対する殺戮衝動が抑え切れず、咆哮と共に配下の小鬼4匹に命令を下した。
「イケーッ!!! マズハソコノニンゲンタチヲコロセーッ!!!」
最終戦の火蓋を切ったのは、大柄な小鬼だ。
頭目の大柄な小鬼の命令に弾かれた小鬼達は、敵へと駆け出す。自棄糞になったのか、ただ真っ直ぐに突撃して行く。
「やってやるぜーっ!!」
小鬼達の無策な突撃行動の後に続く様に、ベウクを含む警備兵達も一斉に動き出し、互いの短い一定の距離を保ちながら広がり迎え撃つ。
1匹の小鬼に対して2人1組で対応し、迅速に排除し次の敵への対応へと移す。
1対1状態の方へ即座に駆け付け、もう1匹の小鬼を即排除し、更に次の敵へと対応する。
小鬼は手に握っている棍棒で殴る以前に振り被る事も出来ず、即殺されていくのだった。
ものの数十秒で小鬼はたった1匹だけとなり、その小鬼は戦力差に絶望し、戦意を喪失するのだった。
戦意を喪失して当然だ。1対6では絶対に負けるのが目に見えているのだから。
2人の人間に接近された最後に残った小鬼が諦めたその時、後ろから聴き慣れた足音が聞こえ、思わす振り向く。
其処に居たのは、大きな棍棒を振り被っていた頭目の大柄な小鬼だ。
最後の小鬼に希望が芽生えた。
助けてくれる、助かる、と。
――――しかし、小鬼の芽生えた若芽の希望は叩き潰された。
最後に残った小鬼は、頭目の大柄な小鬼に叩き潰される。
比喩ではなく、まさに文字通り。
大きな棍棒で小鬼は希望と同時に命を叩き潰され、血は地面に流れ、大きな棍棒にも血糊がぐちゃっと付着する。
大柄な小鬼が叩き付けた棍棒を持ち上げ、潰した死体を確認した。
頭がかち割れる所か砕き潰され、頭蓋骨の中の脳味噌もぺしゃんこに潰され、赤黒い血が溢れ出ていた。身体の骨もバキバキに叩き折られ、関節が有り得ない角度で曲がっていた。
大柄な小鬼は醜い顔を歪め、舌打ちをする。
死体はたった1体、配下の死体だけだったからだ。
「あ、危ねぇ…! 頭を潰される所だった!」
警備兵の2人は咄嗟に飛び退き、大柄な小鬼の棍棒による攻撃を回避していた。
「あの大柄な小鬼、端から見捨てるつもりで小鬼ごと俺達を潰そうとしたのか…!」
2人の警備兵は、額に冷や汗を滲ませた。
もし気付かずに避けられなかったら、自分らも囮という捨て駒にされた小鬼と同じ悲惨な死を迎えていたのだろう。たとえ兜を身に付けていても、大柄な小鬼の腕力と大きな棍棒によって潰されたであろう。
「だが、これで小鬼は全部倒した! 後は大柄な小鬼と森林の大狼の1匹ずつだ!」
直ぐ様に体勢を立て直し、残った上位種の2匹に視線を向ける。
ここからが闘いの本番だ。
闘いの本番前にベウクは声を上げ、他の警備兵に頼みを告げた。
「脚止めで構わないから、森林の大狼の相手を頼む! その間に大柄な小鬼は俺が仕留める!」
ベウクは大柄な小鬼との一騎打ちを挑むと宣言する。
「1人で無茶はするな! せめて2人で相手する方が得策だ!」
もう1人の冒険者だった警備兵も、ベウクに加勢しようとする。
しかし、ベウクはそれを拒否する。
「いや、1人で闘る! というよりも其方を抑えて貰った方が闘い易い! あの狼は機動力が高いから2,3人じゃ抑え切れねぇ! 全員で抑えてくれ! その方が邪魔されずに大柄な小鬼に集中出来る! だから其方の狼の脚止めは頼む! 大柄な小鬼は俺に任せろ!」
ベウクはそう告げた後、大柄な小鬼へと歩み近付いて行った。
「……仕方ねぇな! そこまで言うなら行って来い! 絶対に勝てよ!!」
「応!!」
絶対に勝てという圧力が掛かった言葉が、ベウクの闘志をより高めた。
燃え滾る戦士の闘志を瞳に宿し前に出る人間に対し、大柄な小鬼も燻った苛立ちの黒い炎を内から吐き出す様に殺気を剥き出し、醜い顔を怒りで歪め睨み付けるのだった。
「タッタヒトリデ、コノオレトタタカウキカ? ズイブン、ナメラレタモノダ」
大柄な小鬼は低い声で唸り、近付いて来る人間に不快だと言わんばかりの苛立ちの感情を口にする。
「舐める? 違うな。俺はただ手前と1対1で闘る方が、戦況としては最善を選んだだけだ。あのデカい狼も一緒に手前を相手にするのは骨が折れるからな」
ベウクは決して馬鹿にしていないと言いつつニッと笑みを浮かべ、大柄な小鬼を真っ直ぐ見据える。内心は一切嘲笑せず、大柄な小鬼を侮ってはいない。
しかし、大柄な小鬼は目の前に居る人間の内心なぞ解る筈も無く、言葉よりも彼の表情から侮られていると捉え、不快さを増すのだった。
「イッタナ、ニンゲンフゼイガ!! タッタヒトリデ、オレニイドンダコト、コウカイサセテヤル!!」
「意外と言葉が流暢じゃねぇか。後悔って言葉の意味は理解してるのか? もし意味を知らねえまま言ってんなら、言葉じゃなく、手前のデカい図体に直接刻み込んで教えてやるぜ!」
「ホザケーッ!!」
大柄な小鬼は彼の言葉を嘲笑の意味として捉え、殺意と憤怒の赴くまま、ただ目の先に居る人間を殺そうと真っ直ぐ無策に迫って行った。
成人の人間よりも太く長い大きな木の棍棒を勢い良く上に振り被り、眼前の敵を捨て駒の小鬼と同じ様に叩き潰そうと走り迫る。
棍棒の射程距離内に入った敵に向かって、力任せに思いっきり殴り叩き潰そうと右腕の筋肉に力を込め硬く膨らます。
そしてそのまま振り下ろす――――。
「遅ぇ!!」
ベウクは一気に大柄な小鬼の懐まで迫り、剣を両手で握り締め、全身の力を込め、冒険者と成り鍛え修めた戦士の武技を発動させた。
「武技〈剛斬撃〉!!」
ただ力任せに振らず、綺麗な弧を描きながら横一閃に剣を振り抜く。
剣は大柄な小鬼の分厚い身体を表面から内部へと斬り込み、内部の奥へと食い込みながら、皮膚、筋肉、骨、血管、内臓を一気に斬り裂く。
本来なら斬り裂く際に分厚い身体の所為で思う様に斬り裂く事が出来ず、分厚さによってはその分厚い肉と硬い骨が邪魔をし、途中で剣による斬撃が止まってしまう。
だが、武技によるベウクの斬撃は大柄な小鬼の分厚い身体に止められず、前進しながらの横一閃の斬撃は、あっという間に大柄な小鬼の分厚い身体を斬り抜ける。
その一振りは1秒に満たない僅かな時間――――ベウクの剣が大柄な小鬼を斬り裂いた。
斬り裂かれた大柄な小鬼の正面の腹と横腹から、一気に血を吹き出し流れ出す。
「ゴアァァァ…!!」
内臓まで斬り裂かれた大柄な小鬼は激痛で呻き声を上げ、醜い顔を歪めた。
手に持っていた棍棒を手放してしまいそうになったが、握り締め直し、全身に力を入れながらじわりじわりと熱が籠る様な激痛に耐えるのだった。
「ク……クソガァアアァッ!!」
もう考えるのが面倒臭くなってしまった大柄な小鬼はただ突進し、身体全身を廻る激痛を必死に振り払い、棍棒を振り上げながら敵である1人の人間に向かって殺そうと迫り行く。
「馬鹿力だけじゃ俺には勝てねぇぞ!」
再びベウクは懐へと入り込む。
大柄な小鬼はまた腹を斬られると思い、咄嗟に左手で腹を庇う様に、懐に入り込んだ人間を押し返そうと左手を前に突き出した。
しかし、突き出した左手は空振り、空を虚しく押した。
大柄な小鬼の視界に捉えている人間は横斬りの構えではなく、今度は剣を両手で上段に構え、右半身の方へと移動していた。
「〈剛斬撃〉!!」
ベウクは特殊技能の発動と同時に剣を振り下ろし、大柄な小鬼の右腕を切断した。
切断された右腕は棍棒を握り締めたまま中空を舞い、その後、どさりと重い音を鳴らし地面に落ちた。
「ギゲァアアアアァー!!」
大柄な小鬼は堪らず悲痛の声を上げるのだった。
切断面から赤黒い血が滴り流れ出し、じわりじわりと灼熱感と激痛が精神に宿る黒い闘志を圧し折っていった。
「ヤ…ヤメロ…! シニタク――――」
「終わりだ!!」
大柄な小鬼は見苦しい命乞いをする暇すら与えて貰えず、武技による強力な斬撃で首を斬り飛ばされ、中空を回転しながら舞った。
そのまま頭が地面に落下した後、残された大柄な小鬼の身体は崩れ落ち、力無く地面に伏すのだった。
頭だけとなった大柄な小鬼は自身の首無しの身体を視界に映し、絶望で醜い顔を歪めた。そして意識が時間経過と共に徐々に表情筋が緩み、最後に意識が切れた時には特徴すら無いただの醜い顔で、目を開けたまま死を迎えたのだった。
「見事だ。良い冒険者だな」
防壁の上でその死闘の一部始終全てを見届けたセルシキアは、笑みを浮かべ呟いた。
「よっしゃーっ!! 最後は森林の大狼だけだ!!」
ベウクは透かさずその場を離れ、森林の大狼を囲い追い詰めている警備兵仲間の下へと駆け付けた。
「悪いな! 遅かったか!?」
「いや! 寧ろ早い位だ! やるじゃねえか!」
ベウクは同じ冒険者だった同士で、拳と拳で小突き合う。
「此方は苦戦してたりしてたか?」
「ある意味苦戦しているな」
「今は囲って機動力を出来る限り封じてはいるが、中々決め手が欠けている」
「だが、君が来た御蔭で漸く攻める事が出来そうだ」
警備兵に囲われている森林の大狼は自慢の機動力が活かせず、苛立ちから低い唸り声を喉から鳴らしていた。
「さて、ここから如何するか」
「このまま距離を縮める。彼奴の動ける範囲を狭くしちまえば機動力も更に封じれるし、攻撃方法もかなり制限が掛けられる」
「良し、了解した! このまま焦らずゆっくり距離を縮めるぞ!」
「応!」
ベウクの案を採用し、全員が周りから徐々に森林の大狼との距離を縮め、円の囲いを徐々に狭めていく。
それに対し、森林の大狼は苛立ちながら周りを見渡し、今置かれている状況が不味いと内心焦り出す。
機動力を生かしながら獲物を翻弄させ、僅かな隙を突いてその命を喰い千切るのが本来の闘い方だ。しかし、移動範囲が周りから囲い狭まれ、駆け回り翻弄する戦法が封じられた。下手に攻撃しようとすればそれが隙となり、即死しなくとも悪くて重傷は免れない。
森林の大狼は必死にこの状況の打開策を思考するが、この様な経験や状況を考えた事が無かった所為か、何も思い浮かばなかった。
何せ此処は平野だ。樹々が茂る森林地帯とは全く違い、身を隠したり足場となる自然の障害物が無い。慣れていない環境下で、本来の戦闘力が十全に発揮する事が出来ない。
そして人間との距離が2、3メートル程までに縮まってしまい、更に不利な状況へと為ってしまった。
森林の大狼が生き残れる可能性は1つ、全力疾走で1人の人間に一気に迫り、喉笛を噛み切り殺す。決して最善とは言えないが、それを迅速に6回連続で成功させるしかこの状況から逃れられないのだ。
選択肢はそれしかなかった。
森林の大狼は決死の覚悟で、眼前の1人の人間に向かって一気に駆け迫った。
鋭い牙を剥き出し首目掛けて噛み付こうと口を開き、力の限りに噛み千切ろうと口を閉じようとした。
しかし、鋭い牙は人間の首ではなく鉄の板、鉄製の大型の盾に突き立てていた。
流石の森林の大狼の鋭い牙で生き物の頭蓋骨を噛み砕けても、鉄製の盾までは噛み砕く事は出来なかった。
森林の大狼は、早く下がらなければ生き残れる可能性が完全に失ってしまうと直感した。
その直感は正しかった。
だが、もう遅い。
森林の大狼が攻撃しに迫った時点で遅かったのだ。
「ギャンッ?!」
森林の大狼は自身の四肢に激痛が生じ、驚愕と同時に悲痛の声を上げた。
「良し! 脚を取ったぞ!」
森林の大狼が動き出した直後に、4人の警備兵が後ろから追い、囮役の警備兵の1人が盾で攻撃を防ぎながら少しの間だけ後ろから来る4人の警備兵の注意を逸らし、その隙を突き4人は其々の脚を1本ずつ剣で斬り裂き、脚の腱を切断したのだ。
脚の腱を斬られた森林の大狼は立つ事が儘ならず、地面に伏してしまった。
完全に機動力を奪われ、1歩も動く事が出来なくなった。
「これで終わりだ!」
死を告げる言葉を耳にし、森林の大狼はその言葉を告げた人間に顔を向けようとした直前に、最後の言葉と最後の一撃を貰った。
「〈剛斬撃〉!!」
直後、視界に映る大地と空が回った。
そして視界に映る景色の回転が止まり、右が大地、左が空という景色に固定された。
森林の大狼の意識は薄まり、失った意識は真っ暗な世界へと溶け込み、そのまま静かに命を落とすのだった。
大柄な小鬼1匹と森林の大狼1匹、35匹の小鬼と35匹の平野狼は見事に殲滅する事が出来た。
闘いが終わった戦場は、静寂が満ちた。
「勝った…」
だが、その闘いの後の静寂は直ぐに崩壊した。
「俺達の勝ちだーっ!!」
勝利の雄叫びが上がった。
剣を上げ、拳を上げ、確定し終えた勝利に殆どの者達が歓喜を顕にする。
ルースン村への脅威、魔物の群れを殲滅する事に成功したのだ。
「うむ。見事、見事。あの実力ならば、今後ルースン村は大丈夫じゃろう。良い冒険者を選んだのう、セルシキアよ」
「えぇ。今回の闘いで、彼を含む選抜した警備兵の評価を、良い意味で再認識する事が出来たのはとても大きい収穫です」
青年ベウクを含む彼等警備兵の実力は実に良いと、セルシキアは高評価と共に安堵の太鼓判を押した。
彼等なら任せられる、と。
(良かった。皆無事で)
ガイアは戦いが無事に終わった事に、ホッと胸を撫で下ろし安堵した。
これでルースン村は飢饉と魔物の問題は全て解消した。
再び村の中に入り戻った時には、避難していた村人全員が勝利の雄叫びを聞き付けやって来ていた。
ルースン村出身のベウクが颯爽と彼等に駆け寄り、無事と魔物の殲滅を伝え、今度は村人全員が再び歓喜の声を上げるのだった。
救われた。助かった。
これで飢饉に苦しむ事は無くなった。
これで魔物に悩まされる事も無くなった。
希望の僅かな灯火すら無かったルースン村に、煌めき輝く明るい未来が訪れた。
彼等は感謝する。魔物の群れを倒してくれた騎士団と魔導師団、そしてベウクと仲間の警備兵達に。
そして彼等は敬意と感謝を込めて祈りを捧げる様に、偉大なる存在に対し平伏する。
大いなる恵みを齎した大地の化神――――幻神獣フォルガイアルスに。




