救済の恵みと魔物襲来11-4
ルースン村北部防壁。
既に出来上がった防壁の上で、村の警備兵と警備隊騎士団、魔導師団が遠方からやって来る複数の魔物を胸壁から覗き込む様に遠くの様子を窺っていた。
未だ遠くである為、とても小さく、何の魔物なのかは詳しく判別出来ない。
だが、何の魔物か予想は出来ていた。
セルシキア騎士団長も防壁に急ぎ駆け上がり、状況確認を訊くのだった。
「魔物の種類は確認出来たか?」
彼女の冷静な問いに、望遠鏡で遠くの魔物の影を観察していた騎士団の1人が答えを返した。
「いえ、未だかなりの距離がある為、魔物の正確な種類までは視認出来ておりません」
「数は?」
「複数としか。見た所ではざっと15から20という予想です」
「そうか。なら…」
セルシキアはフォビロドへと顔を向けた。
「フォビロド。此処から〈千里視〉で確認してくれ」
「了解した」
彼女の頼みにフォビロドは短く了承を即答した。
フォビロドは北の方角から来る遠くの魔物へと視線を定め、魔法を発動させた。
「〈千里視〉」
魔法によって遠方視認可能となった両目で、フォビロドは遠くからやって来る魔物達を望遠鏡の様に拡大し、はっきりとした魔物の姿形を視認した。
「やはり、小鬼か」
予想通りだった。
「小鬼のみか?」
「いや、平野狼に騎乗している」
「小鬼の騎手…。平野の狼を飼い馴らしたのか」
ゴブリン。
別称、小鬼とも呼ばれる亜人に属する魔物。背の高さは低いが人間の子供よりは少し高く、非常に醜く邪悪なその顔と目は純粋無垢な子供をこれでもかという位に醜く邪悪に歪めたものである。そして基本的な容姿は、薄汚い緑の肌に貧相な身体に汚い腰布を着用している。身体的能力は人間の一般人より劣るが、明かりの無い夜闇を見通せる特殊技能〈暗視〉を有している。
夜目が利かない駆け出しの冒険者が闇夜で襲われれば、人間より弱い小鬼でも殺される事がある。故に、小鬼の危険度は〝F〟ではなく〝E〟と、冒険者組合での魔物危険度表記されている。
しかし、実の所詳しく言うと、F等級以上E等級以下の強さなのだ。
性格は非常に悪質で、複数の敵の中で1番弱い者を執拗に狙い、特に女子供を中心に嗤いながら嬲り殺しをする残忍な殺戮行為をするのだ。そして武器や食糧など、小鬼達にとって敵を殺す為に必要な武器、生きる糧になる食糧を躊躇無く奪えるだけ奪って行くのだ。
悪質な盗賊と小鬼を比べて何方の方がマシか誰かに訊ねれば、何方も何方だとか、何方も似たり寄ったりだと言う答えしか返ってこない。
何方も略奪者だからだ。
そして小鬼が騎乗している狼―――プレインウルフ。
別称、平野狼と呼ばれ、平野をうろつき旅人を襲い喰らう狼の魔獣である。姿形や大きさは前世の狼と殆ど変わらないが、全身の毛皮の所々に短い線を引く様に緑色の毛が生えているのが特徴である。そして小鬼と同じ〈暗視〉を有し、夜目も利く。間違い無く小鬼よりも強いが危険度はEである為、脅威度は低い部類である。
因みに、平野狼は〈暗視〉を有してはいるが、夜行性の魔獣ではない。主に昼間の時間帯で獲物を探しにうろつく。大きい群れを作らず、5,6匹位の少数で共に行動する群れらしい群れを作らない狼である。
「魔物の様子は如何だ?」
遅れて防壁の階段を上って来たレウディンが、真剣な面立ちでセルシキア騎士団長に訊ねる。レウディンの後を追い掛ける様にシャラナも上って来た。
「敵は複数の小鬼の騎手だ。飼い馴らした平野狼共に乗って遠く北の方角から来ている」
「ほぅ、小鬼の騎手とな。それは此処ら辺りでは珍しいのう…」
更に後から賢者エルガルムと魔女ベレトリクスが、階段をゆっくりと上って来た。
「大方、平野狼が小鬼共が居る森林地帯に入り込んじゃろう。その後に捕まり調教されたか、利害の一致で共存したのじゃろう」
「まぁ、只の小鬼だけじゃ無理だろうけどね」
ベレトリクスから不穏の言葉が告げられた。
「御主の言う通りじゃ」
エルガルムは彼女の不穏な言葉に同意し、更なる不穏の言葉を口にする。
「間違い無く、あの中に小鬼の上位種が居る」
「小鬼の…上位種ですか…」
小鬼は闇夜の奇襲や数の暴力という大群で襲撃しない限り、優位に立つ事が出来ない程弱い亜人の魔物である。1匹残らず殲滅させれば、上位種へと育ち進化する小鬼は居なくなる。
故に小鬼の上位種を実際に見た者は余り居らず、冒険者組合に限らず、殆どの者達はそれに関する生態や特徴といった知識や情報を余り知らないのだ。
シャラナは師であるエルガルムから、小鬼の上位種に関する知識はある程度聞き知ってはいるが、実際に見た事が無い所為か、何とも言えない表情を浮かべるのだった。
基本的に弱い部類の魔物である小鬼の上位種は、ある意味珍しい存在と言えるのだ。
(到着っと)
最後に遅れて来たガイアは重い足音を鳴らしながら防壁へと近付き、〈石柱〉を足元に発動させる。出現させた石の柱の上に乗り、そのまま防壁の上へと石の柱を伸ばし、皆が居る防壁の頂上へと着いた。
「おお! 来たか」
(や、来たよ)
ガイアはエルガルムに片手を軽く上げ、「やぁ」と気軽な挨拶を交わした。
そして、ガイアの到着の後にフォビロドが新たな情報を告げるのだった。
「居ました。群れの中央に上位種が1匹――――大柄な小鬼です」
ホブゴブリン。
大柄な小鬼、又は大きく為った小鬼とも言われる小鬼の上位種である。
貧弱な小鬼が戦いで経験を重ね、その中で鍛え上げられた肉体を得る事で進化した魔物だ。
性格は一般の小鬼と一緒ではあるが、背の低い小鬼とは違い背は高く、人間の成人男性程の高さかそれよりも少し高く、大男の様に身体の幅も大きい。そしてその身体の大きさと相まって身体的能力が高く、たった1匹で数人の駆け出し冒険者を殺せる実力を有している。更に〈暗視〉も有している為、場合によっては自身よりも1段上の実力者を闇夜からの奇襲で殺す事だって出来る。
そして武器を持てば、元は小鬼とは思えない脅威の魔物と化す。
よって、大柄な小鬼の危険度はDと確定されている。だが、強力な個体の場合だとC等級になる大柄な小鬼も居るのだ。
「なるほど。其奴が間違い無く小鬼共の頭目だな」
(ゴブリン?)
ガイアは彼等が向けている視線の方向へと顔を向け、目を凝らし、遠方から此処に向かって来る小さな存在を視認する。
(あれがゴブリンか……)
ガイアは視界や視力に関する特殊技能は有してはいないが、この身体に転生した御蔭なのか、常人よりも視力が高く為っていた。流石に〈千里眼〉とまではいかないが、かなりの遠方をはっきりと視認する事が出来た。
(うわー……想像していたのよりも随分醜いなぁ。まぁ、ゴブリンらしいっちゃらしいけど)
前世で空想上の存在として知ってはいたが、この異世界で実際に見て、前世での空想上よりもリアルな醜い姿と邪悪な顔に思わず顔を顰めるのだった。
(ゴブリンが乗ってるあの狼は魔獣かなぁ? 前の世界の狼と殆ど一緒の姿だけど、何て名称の狼なんだろ?)
ガイアは純粋な高い視力で、遠くのゴブリンと狼をじっと観察した。
「やはり大柄な小鬼が騎乗するのは森林狼の上位種――――森林の大狼だ」
グレート・フォレストウルフ。
森林に生息する狼の魔獣―――森林狼の上位種であり、森林狼よりも身体が倍程の大きさである。戦闘力だけでなく、その大きな身体とは相反し、通常種よりも俊敏かつ走る速度が速い脚力を持っている。何より森林狼は森の中で暮らす魔獣である事から、森での狩りが非常に優れており、平野をうろつく平野狼とは違い、特別な特殊技能は無くとも森での隠密が得意であり、己の姿、気配を隠す技術を森という環境によって自然と身に付けている。光が届かない森の奥でも〈暗視〉がある為、森林狼にとって、森は恰好の狩場なのだ。
因みに、森林狼と平野狼は毛皮の色と模様以外姿形がほぼ同じである為、互いは近親種の関係だそうだ。
「小鬼の上位種1匹と森林狼の上位種1匹で計2匹か。他に上位種は居るか?」
「いえ、上位種はその2匹だけだ。後は正確な数だけだ」
(なるほど。あの大きいのがホブゴブリンで、そのホブゴブリンが乗っている大きな狼がグレート・フォレストウルフって言うのか。じゃあ他のゴブリンが乗ってる狼もグレート・フォレストウルフ……なのか? 明らかに身体があれより小さいから違うよね。あの大きいのが上位種って言ってるから、他の狼の名称は近いやつなのかな?)
ガイアはセルシキアとフォビロドの話から、今観察している遠くの魔獣達を照らし合わせ、小鬼とその上位種の大柄な小鬼の姿、森林の大狼の大きさと毛皮の色と模様を聞いた情報と視覚情報を、頭の中にある魔物に関する知識の白紙ページに書き記すのだった。
「どれ、この距離なら〈魔力感知〉範囲内じゃから儂が遣ろう」
賢者エルガルムはそう言った後に特殊技能〈魔力感知〉を発動させ、遠方の小鬼と狼の宿る魔力を瞬時に感知した。
「ふむ。上位種を含めると小鬼は36、狼も同じ36、合わせて計72匹じゃな」
「72匹ですか…」
エルガルムから告げられた魔物の数に、セルシキアは少しだけ険しい表情を浮かべた。
「頭目の大柄な小鬼が1匹、小鬼が35匹、森林の大狼が1匹、平野狼が35匹か…」
(あの小さい方の狼はプレインウルフって言うのか。じゃぁ、あの大きいのとは別の種類なのか)
ガイアは小さい方の狼の名称がプレインウルフである事が、セルシキアの言葉で判明した。
「可笑しい…」
突然疑問の声を発したのは、冒険者からルースン村の警備兵となったベウクである。
「あんな数で小鬼共が狼と徒党を組んで来るなんて、今まで1度も無かった。しかも上位種まで居るなんて、いったい何が如何なってるんだ?」
この村から遠く北の方角にある森に、小鬼が棲み処にしているのは子供の頃から知っていた。だが、小鬼の上位種である大柄な小鬼が居る事実にはベウクは動揺していた。
「やはり、この北の遠方の先にある森林地帯に何かしらの異常が起こっている可能性があるやもしれん」
エルガルムは髭を撫でる様に扱きながら、この状況から浮かび上がった仮説を言う。
「確かに、此処ルースン村周辺であの様な数の出現は聞いた事が無い。ましては上位種もそうだ。森林の大狼が居るのは知ってはいたが、大柄な小鬼が居るという情報は一切聞かない」
「私もダダボランが隠し所有していた各村の被害情報は目を通したが、セルシキア殿の言う通り、大柄な小鬼に関してだけでなく、この様な多数の小鬼共が出現したという情報は無かった」
では何故、その情報が入ってこなかったのか、レウディンは顔を顰めながら今回の状況を考察する。
情報が入ってこなかったという点で考えるなら、魔物による村の被害情報をダダボランが揉み消した可能性があるのではと、レウディンは直ぐに疑った。実際にそういう事をしても可笑しくない人物であるから。
しかし、その考えを捨て去る言葉が不意に飛んで来た。
「情報が一切聞かないのは当然よ」
ベレトリクスが少し気怠そうな声で何か確信めいた事を言った。
「その当然とは如何いう事ですか? ベレトリクス殿」
レウディンは頭の中で疑っていたダダボランを投げ捨て、彼女のその先の言葉に耳を傾けた。
そしてベレトリクスは1番可能性のある殆ど確信と言える仮説を告げる。
「最近になってゴブリン共の中から1匹、ホブゴブリンに進化したからでしょ」
彼女の仮説に全員が、特にレウディンが「そうか!」と気付いた表情を面に浮かべ納得した。
今迄は大柄な小鬼が存在して居なかっただけという単純な事だった。
しかし今回を含め、この1年の間、各村での上位種の魔物の出現情報は未だ存在してなかった。
つまり、永い時の経過で偶然にも1匹の小鬼が進化し、大柄な小鬼が誕生したという事だ。
確証は無い仮説ではあるが、最も可能性が高く確信に近い仮説に、レウディンは眉を顰めた。
「もしそうだとしたら、何てタイミングの悪い事だ」
「だが、この悪いタイミングで我々が此処に来れたのは不幸中の幸いという所だ。レウディン殿」
そう。セルシキアの言う通り、もし今回このタイミングでルースン村に赴いていなければ、この村は群れを引き連れた大柄な小鬼に蹂躙され、滅ぼされていただろう。
「そうだな。セルシキア殿の言う通りだな」
レウディンは運良くこの日このタイミングで来れて寧ろ良かったと、ポジティブな考え方へと切り替えた。
「ならば、この幸運を決して逃してはならないな」
「ああ、此処で確実に殲滅する。今後のこの村の為にも」
レウディンの言葉にセルシキアは同感だと頷く。
そして、魔物の群れが此処に辿り着く前に、許された猶予ある残りの時間で戦闘態勢を整え始めた。
「これより! 大柄な小鬼の率いる群れの殲滅準備を始める!」




