救済の恵みと魔物襲来11-3
(さて、やるか)
ガイアはルースン村の端側で、外側に向けて大きな岩石の両手を翳した。
フォビロド魔導師団長と土系統魔法を得意とする魔導師団、セルシキア騎士団長と村の外の警戒を担当する騎士団にルースン村に派遣された警備兵6名、レウディン侯爵とシャラナ、更には賢者エルガルムに魔女ベレトリクスが、これから行使する幻神獣フォルガイアルスの魔法をある程度離れた位置から見て待ち望んでいた。
「さてさて、どれ程の速さかしらね」
ベレトリクスは気怠い声に含む好奇心の言葉を口にしながら笑みを浮かべる。
「ホッホッホッ。度胆を抜かれるぞ、間違い無くな」
「確かに、デベルンス一家を即座に拘束したあの魔法行使は驚きの速さでした。しかし、今回は魔導師が戦闘の最中で護りに使用し生み出す防壁よりも規模が大きい物、創造するのに少々時間が掛かる魔法がどれ程の速さで創造し終えるか見物ですね」
フォビロドは目を見開きながら、瞳を爛々と知識欲で輝かせる。
そんな様々な視線を浴びる中、ガイアはこれから創造する防壁を考えていた。
(さてさて…。早く済ませるなら一気に村の周り全体を囲う様に造れば良いけど、細かい所までは把握してないからなぁ…。下手をしたらうっかり村の何かを壊しかねないから、大きな防壁を1つ1つ造りながら、繋げる様に調整していった方が良さそうだな)
そして次に、防壁の高さと厚さを如何するかを考え出す。
(防壁だから丈夫に造らないといけないから…7メートル位の厚さが妥当かな? 高さは高過ぎると村の人達が大変になりそうだし、低過ぎると魔物に飛び越えられて防壁の意味が無くなるから……う~ん。10メートルから15メートルの高さ範囲位が良いかな?)
ガイアはこれから創造する防壁の大体の高さと厚さを決め、後の細かい所は魔導師団の者に任せてしまう事にした。村の外への出入り口の門扉は、日を改めて造る事になっている予定だ。
そしてガイアは膨大な魔力を込め、定めた場所に魔法を発動させた。
(〈石壁〉!)
瞬間、巨大な石壁が地面から出現し、高さ約10メートルから15メートル、厚さ約7メートル、横幅約4、500メートルの防壁をたった1秒程で創り上げたのだった。
(うん、こんなものかな)
ガイアは出来具合に対し、まぁまぁかなと頷く。
そして後ろを振り向けば、それを目にしたほぼ全ての者達があんぐりと口を開け、目を見開き、驚愕の色一色に染まっていたのだった。
「い……一瞬で…!」
「というかこれ、中位級魔法の〈巨石壁〉じゃないか…!」
「流石は神獣様だ…。桁違いの膨大な魔力だ…」
「魔力だけじゃない…! あんな速度で魔法を行使する魔力制御も相当なものだぞ!」
魔導師団の者達は次々に、幻神獣フォルガイアルスの膨大な魔力と魔力制御技術、そして圧倒的な魔法行使速度に驚愕と称賛を口にするのだった。
「う……嘘……」
幻神獣フォルガイアルスの異常とも言える圧倒的な魔法行使速度に、ベレトリクスは少し引き攣った笑みを浮かべ、ポツリと呟くのだった。
エルガルムからは「儂等が束になっても決して勝てない存在」だと聞いていたが、幻神獣フォルガイアルスのたった1度の魔法行使を実際に見て確信――――いや、悟ってしまった。
――――これは絶対に勝てない存在だ、と。
ベレトリクスは幻神獣フォルガイアルスに対し、脱帽するのだった。
「こ……これが大地の化神の力なのか…!」
セルシキアは圧倒的な力の一端を目の当たりにし、幻神獣フォルガイアルスに対し畏敬の念を抱いた。
そしてレウディンは驚愕の表情が固まった儘、圧倒的魔法の力量差に絶句していた。
隣でシャラナは父親の身体を何度か揺らすが、「まぁ、こうなるのも無理も無いですよねぇ」と諦めて、暫くそっとしておく事にしていた。彼女は以前に1度だけガイアの〈石壁〉を実際に見ていたので、驚きはするも受け入れられる様になっていたのだ。
そんな中、歓喜という意味で驚愕する者が居た。
「素晴らしい!! 何という魔力の質!! そして圧倒的な魔法行使速度!! 一瞬で〈石壁〉の上位互換である〈巨石壁〉を出現させるには、ただ膨大な魔力を使用するだけでは決して出来ない芸当だ!! そんな膨大な魔力をこうも完璧と言わざる得ない魔力制御技術を有しているとは!!」
幻神獣フォルガイアルスの魔法行使に対し、フォビロドは感嘆の声を上げ、瞳を輝かせていた。
「賢者エルガルム様には失礼を承知で申しますが、ここまで魔力制御技術に長けている魔導師は、私の知る限りでは存在しないでしょう!!」
その言葉、その見解は本来なら非常に失礼に値するものであり、魔法に長けた上の者に対して「もしかすると同等の力量では」とか「貴方以外存在しないでしょう」と顔を立てて言うべきだ。ましては賢者エルガルムに対して。
しかし、エルガルムは一切気にしていなかった。
「ホッホッホッホッ、失礼も何も無い。当然じゃし同感じゃよ。あそこまでの繊細な魔力制御は儂でも出来ん高度な技術じゃよ。儂も未だ未だという事じゃのう」
寧ろ、己の培い極めた魔力制御よりも格が上であると素直に認めていた。
そして更なる高みがある事に歓喜するのだった。
(よーし、次々っと)
ガイアはその場から移動し、さっきと同じ様に〈巨石壁〉――――本人は〈石壁〉発動しているつもり――――を発動し新たな防壁を創造し、隙間が出来てしまった所を形を調整しながら埋め、次へと次へと村の防壁を創り出す作業を勤しむのだった。
それを観ていたフォビロドは、魔導師としての更なる向上心が湧き起こり、こうしてはいられないと思い己が率いる魔導師団の者達に告げるのだった。
「我が魔導師団の諸君! 大地の化神の偉大なる魔法をその目で刮目したな! そして感じたであろう! 驚くべき膨大で強大な魔力を繊細な制御技術による魔法行使速度を! 我々は魔導師として目指すべき高みを今目の当たりにしている!」
彼は一流の魔導師として、高みを目指す1人の魔導師として、同志の魔導師達に目指すべき高みの1つを指し示す様に語る。
「高みを目指せ! 同志達よ! そして決して私利私欲に溺れるな! 我々が高みを目指すのは、国を、民を護る為の力を得る為である! それを忘れるな!」
「はっ!」
魔導師団全員は一斉に張りのある返事をし、敬礼をした。
「さぁ、始めるぞ! 各員、行動開始だ!!」
フォビロド魔導師団長の命令で一斉に防壁へと向かい、土系統魔法による細かな改装を始めるのだった。防壁を加工して石の階段を造り上げ、そのまま階段を防壁の頂上まで駆け上がり、胸壁を次々と造り出すのだった。
ガイアはどんどん魔法で防壁を造り上げ、凄まじい速さでルースン村を囲っていく。魔導師団達はガイアが造った防壁にそのまま降りず、造り上げた防壁という新たな道へと進み、ガイアを追い掛ける様に次々と胸壁を造り出していくのだった。
着々と作業は進んでいた。
5分経過後、ガイアはルースン村の半分以上を魔法で防壁を創り囲っていた。
予想以上に速いペースで進んでいた。
魔導師団は必死にその後を追う様に、階段や胸壁といった防壁の改装作業を進めていた。流石にガイアには追い付く事は出来ないが、それでも彼等の魔法による作業速度は実に迅速なものだった。
(良し良し。順調、順調)
ガイアはどんどん防壁を造り上げていく。
魔法を行使する度に、防壁を造り出す度に、魔力の操作と制御の技術が更に向上していく感覚があった。
使用魔力量、細かな魔力操作、繊細な魔力制御、そして発動させる魔法の具体的想像図を瞬時に、それも無意識に近いレベルで己が手足の如くに魔法を行使する感覚。
ただ魔力を消費し魔法を使うだけでは意味が無い。
魔力を消費する度に、魔法を発動する度に、必ず何度も意識し、魔力を使う感覚と魔法を発動させる明確な想像を頭の中に、そして身体にその感覚を刻み込む。
ぶっちゃけ、スポーツをしているのと同じ感じだ。
魔法競技と言っても良いかもしれない。
例えば、いくら野球に関する知識やサッカーに関する知識を身に付けていても、実際に身体を動かすとそう簡単には出来ないものだ。
野球でピッチャーの投げる球を、ただバットを振るだけでは100%当てられる訳ではないし、サッカーだってただサッカーボールを蹴れば良い訳ではない。
必ずそれに見合った技術を身に付けなければならないのだ。
ピッチャーの球をバットを振って当て飛ばすには筋力だけでなく、高速で飛んで来る球を正確に捉える動体視力に、バットを素早くかつ効率良く最大限の力を発揮出来る正しい姿勢が必要だ。サッカーも味方チームにボールをパスする際に、蹴る脚の力加減や蹴飛ばすボールの高さ加減、逆にパスされる時の受け止め方だって大事だ。
これらはたった1度だけで身に付く技術ではない。何度も何度も反復して、練習を積み重ねなければ身体は技術を身に付けられないのだ。
魔法も一緒だ。
知識だけでは、魔法は直ぐに習得出来ない。
1度でも魔法が使えれば完璧に使える訳ではない。
必ず積み重なければならないのだ。
要は魔法の知識は習い、魔法の使い方は慣れろ、という所だ。
ひたすら防壁を造り続けている途中で、ふと村落内の方へと顔を向けたガイアの視界に生き物が映り込んだ。
(ん? あれって…)
視線の遠く先に居る幾多の生き物。
牛らしき生き物と豚らしき生き物。おそらく家畜なのだろう。
遠くからでも視認出来る程に、牛と豚の群れは痩せていた。
痩せてはいるが、未だ何とか活力というものは残っている様だ。
其処等に生えている牧草をモソモソと食みながら、何とか飢えを凌いでいる。
しかし、牧草だってそんな多くは生えていない。飢えから逃れようと僅かな牧草を探していた。
(……早く此方を終わらせなくっちゃ)
ガイアは防壁の建築作業を再開し、これが終わったら急いで栄養を分け与えて上げなければと、頭の中で遣るべき優先事項に書き加えながら防壁を迅速に造り続けるのだった。
そして防壁建築作業を初めてから10分後、ルースン村はあっという間に大きく堅牢な石の防壁で囲まれたのだった。
村の防壁にしてはかなりの重圧感。普通の村でこの様な防壁は先ず見ないだろう。
非常に立派な防壁だ。
(良ーし! 防壁造り、終わり!)
ガイアは最後に造り出した防壁から周りを見渡した。
村を防壁で囲っただけではあるが、まるで違う場所でも見ているかの様なルースン村の風景が視界全体に映った。
魔導師団の者達は未だ防壁の上で胸壁を造り続け、途中では防壁を登り降りする為の階段を造り出していた。
未だ彼等の防壁改装作業は終わらない。
だが、着実に進んでいる。
ガイアは自分の造り出した防壁と、それを立派な防壁に改装する魔導師団達を視界に映し、満足そうに頷く。
(彼方も順調そうだ)
ガイアは自分のすべき優先事項の1つを終わらせ、村の防壁から離れて行った。
大きな岩石の脚を動かしのっそのっそと歩き、ガイアはある群れが居る所に辿り着いた。
それは痩せ細った牛と豚の群れが居る牧場だ。
(……牧場…だよね…。何だか酷く殺風景だなぁ…)
この牧場の地面も、まるで荒野の様だった。
(此処の動物達もか……)
ガイアは群れに近付いた。
重い足音を耳にした牛や豚の群れは、その足音の発生源であるガイアに顔を向ける。
近付いて来るガイアを目にした家畜の群れは、逃げようとは一切しなかった。
恐怖で動けない訳ではない。ただ、何か来たぞ? という見掛けない存在に対する視線を向けているのだ。
痩せ細って活力が少ない所為なのか、警戒心がとても薄かった。若しくは判断力が鈍くなっているのか。
何方にしろ、ガイアにとっては好都合である。
その御蔭でガイアは、牛と豚の群れにかなり近い距離まで歩み寄る事が出来た。
(よーし。君達にも沢山栄養を分け与えて上げるからねぇー)
ガイアは両手を前に翳し、特殊技能を発動させた。
(特殊技能〈栄養素譲渡〉!)
ガイアの身体から薄緑色の光が溢れ出し、その暖かな光は群れに流れ包み込んだ。そして牛と豚の痩せ細った姿が見る見る肉が付き始め、特に豚はまるで風船が徐々に丸く膨らむかの様な面白い肉の付き方をしながら本来の姿へと戻っていくのだった。
ガイアは元の姿に戻った牛と豚を見て、面白いという意味で少し驚いた。
(ま……丸い)
この異世界の牛と豚は前世のとは違い、全体の姿形が丸いのだ。特に豚は牛なんかよりも丸かった。
(な…何か可愛いな)
過剰に栄養は与えてはいない。
丸々太っている様に見えるその可愛らしい姿が正常なのだ。
前世の世界から転生して来た白石大地から見れば面白可愛い妙な姿だが、この異世界ではこれが普通である。
因みに、如何やら牛は乳牛種の様だった。
(やっと可愛い生き物に出会えた)
ガイアは丸く可愛らしい牛と豚の群れを見て和む。
この異世界で初の可愛い動物に巡り合えた事に嬉しく思い、笑みを浮かべるのだった。
以前にポフォナ森林で出会した動物――――というより魔獣ではあったが兎を思い出す。
兎にしては身体が大きめのずんぐり体型、灰色の毛皮、ピンと立った長耳。
――――そして非常に憎たらしい嘲笑を常に浮かべる、兎とは思えない可愛くない顔。
可愛くないからと言って醜い訳でもない。
ただ1つ言える事、物凄いムカつく顔をした兎である。
ガイアは皮肉顔の兎の群れとの思い出を思い返すのだった。
(懐かしいなぁ)
この世界に転生してからか、若しくはフォラール村から旅立った時から約1ヶ月が経ち、最初に訪れた村での記憶が懐かしく感じていた。
少しだけ思い出に耽った後、ガイアは最後にやるべき事に向かって畑へと歩き出した。
(さてと、次は農作物を大量に創りに行こうか――――)
しかし、ガイアは歩みを遮られてしまった。
(――――な?)
目の前には丸く可愛い牛と豚が行く先を遮っていた。
(あれ? ちょっと? 僕これから行かないと……え!?)
周りを見渡せば、牛と豚の群れに押し競饅頭の様に囲まれていたのだった。
(え!? ちょっとぉ!? 何これー!?)
ガイアに向かってどんどん群がって来る。
まるで救いを求めているのか、将又別の何かを求めているのかの様だった。
(クサガアルー)
(え!?)
(クサタベターイ)
(オナカヘッター)
(チョーダイ)
(オイシソウナクサ)
両方だった。
前者と後者の両方であった。
次々と人間には聞こえない言葉が聞こえてくる。
牛と豚の群れが、ガイアの背に生えた芝生を食べたいと求めているのだ。
栄養を分け与えられ元の姿に戻り、餓死を免れてはいるが、空腹状態はそのままなのだ。なので当然空腹を満たそうと、ガイアの背に生えた新鮮で草食動物にとって美味な芝生を食べようと群がっているのだ。
(ちょっ、まっ、お願い通して! まだ僕やる事あるから後で!)
ガイアは困りながらも、群がる牛と豚の群れに退いて欲しいと訴える。
(クサノイイニオイー)
(タクサンタベターイ)
(チョーダイ)
しかし、退かない。
全く退こうともせず、背中に生えている芝生を食べたいと欲し群がる。
というか全然聞いていなかった。
(ムゥ~。仕方ない、こうなったら!)
ガイアは特殊技能で背に生えている樹木に多数の花を咲かせ、花弁が萎むと同時に、花の中心から小さな実が一気に膨らませ、艶のある真っ赤な林檎を実らせた。
群がっていた牛と豚の群れは一斉に動きを止め、樹木に実った林檎に釘付けとなる。
(よーし。後は…)
ガイアは身体を斜め横に傾けた。
そして熟した多くの林檎をそのまま傾けた方へと、地面に落とすのだった。
ボトボトと落ち転がる林檎に顔を向け、群がる対象をガイアから林檎へと変えたのだった。
(そーら。未だ未だ出すぞー)
ガイアは次々と林檎を沢山実らせ、どんどん落としていく。林檎はガイアの背に1度落ちてから転がり、そのまま地面へと落ちて転がっていく。
群がり囲っていた牛と豚の群れは、大量に落とされた林檎を食べようと互いを押し退け、割り込み、空腹から来る食欲の赴くままに大量の林檎に群がるのだった。
(良し! 今の内!)
大量に林檎を実らせた後、ガイアは透かさずその場から離れ、まん丸動物の群れから脱出するのだった。
ガイアは視界に広がる荒れ果てた耕地に到着し、ゆっくりと見渡した。
耕地内に足を踏み入れ、その土壌を手で掬い取って確認した。
(もう殆どが土じゃなくて砂だな。水分だけじゃない。植物が育つ為に必要な養分も殆ど無い。これじゃあ作物なんて育つ訳が無い)
殆どサラサラな砂と為った土壌を掌で擦る様に触りながら、ガイアは険しい表情を浮かべた。
そして思い出す。
――――前世で最後に止むを得ず暮らし生きた、あの枯れた荒地の風景を。
ガイアは頭を振り懐かしくも苦しい前世の思い出を払った。
今は前世の感傷に浸っている場合ではない。
村を救わなければいけないのだ。
(先ずは村全体の土からだ)
ガイアは両手を耕地へと翳した。そして特殊技能を発動させた。
(特殊技能〈栄養素譲渡〉!)
通常よりも、村人全員やまん丸動物の群れに分け与える量よりも、ガイアの内に蓄えられた膨大な栄養素が一気にルースン村全体へと広がっていった。
ルースン村内の大地が、薄緑色の光を放って輝いている様だ。
そんな神秘的な異変に、遠くに居る村人達は仮の宿泊施設から外に出て、その温かく神秘的な光景を目の当たりにしていた。
村人達だけではない。村人達を護衛する騎士団、村周囲を警戒する騎士団、防壁の設計作業をしていた魔導師団も作業の手を止め、此処ルースン村に居る全ての者が、神秘で奇跡の光景に見惚れていた。
そして、その神秘の奇跡はルースン村の枯れた大地に潤いを与えていた。
殆どが砂と化した畑の土壌は、元の潤いのある栄養豊かな土壌へと成る。牧場には栄養を与えられ復活した大地から牧草が生い茂り、一面は色鮮やかな緑に彩っていた。
「……美しい…」
遠くから見ていた誰かが思わず、無意識に呟いた。
そして誰もが、心の中でその神秘的な光景に感動していた。
充分に栄養を大地へと与え終え、暖かな光は役目を終え儚く消えて行った。
(良し。後は農作物を沢山……ん? これは…)
耕地の土壌に栄養を与え下準備が整い、直ぐに農作物を創造しようとした時、少し枯れてはいるがとても小さな実の粒が幾つも付いた稲の様な植物を目にした。
ガイアは試しに〈栄養素譲渡〉で栄養を与えてみる事にした。
少し枯れていた稲の様な植物は潤いを取り戻し、幾つも付いた小さな実の粒は大きくなり、全体が綺麗な黄金色へと変わった。
(あっ! これって麦か! この粒の大きさからすると大麦か!)
ガイアは地面に生えていた大麦の稲を引っこ抜き、手に取って全体をしっかり観察する。
大麦は穀物の一種であり、粉砕し粉にする製粉をし、出来た麦粉から麺やパンの材料となる。因みに、小麦と違い大麦を製粉にしてパンにした場合だと余り膨らまず、どっしりとした重い感じのパンが出来るそうだ。
もう1つは麦が発芽させた状態―――麦芽にすれば醸造酒である麦酒の原料にもなり、蒸留酒であるウィスキーの原料にもなる。更に大麦の麦芽には酵素が多く含まれており、適温の湯を加え、正規の手順をすると中の澱粉が糖に分解される。分解された糖を麦芽糖―――別称で言えばマルトースと呼ばれる糖であり、水飴の原料になる。
大麦から取れた糖蜜の原料となる麦芽糖からは酒精を作る事も、つまりお酒を造る原料が出来るという事だ。
そして大麦は、家畜の飼料として最も多く使用されている。多くの家畜は大麦を好み食べ、家畜にとって栄養価の良い食事になる作物である。
(なるほど、此処は麦畑か)
ガイアは手に取った大麦を口の中に放り込み、ある程度齧ってから飲み込んだ。
その瞬間、特殊技能〈植物記憶蓄積〉が機能し脳に直接大麦の情報が流れ込み、大麦の構造や含まれる成分を自動的に記憶した。
(さぁ! 始めるぞ!)
これで準備は整った。
ガイアは何も生えていない殺風景な麦畑に向けて、両手を翳した。
少し遠くでその様子を見物しに、村人達と護衛隊の騎士団に聖職者達もがやって来ていた。
ガイアは彼等に気付いていなかった。
其処に居る彼等だけではない。
遠くから、近くからと其々違った場所から、幻神獣フォルガイアルスがこれから何かをするであろう様子を静かに観ていた。
そして――――美しくも神秘的な奇跡が起こる。
(特殊技能〈豊穣の創造〉!)
再び薄緑色の優しく暖かな光が発せられ、何も生えていない麦畑を包み込む様に光が広がっていった。
麦畑の土壌の表面全体に緑の小さな芽が一斉に地面から顔を出し、ありえない速さで背を高く伸ばし生長し、小さな実の粒を幾多もぎっしりと付け、そして一気に、緑に彩る麦畑が秋の季節を彷彿させてしまう美しい黄金色の麦畑に彩られたのだ。
今まで何も無かった麦畑には、黄金色に輝く豊作の大麦が一面に広がっていた。
その美しき光景を誰もが瞳を輝かせ、奇跡の光景に感動を抱き見惚れていた。
(よーし! どんどん創るぞー!)
ガイアは小走りで次の畑に移動し、恵みの特殊技能で農作物を無から生み出す。
(〈豊穣の創造〉!)
畑一面を甘藍が実り埋め尽くす。
(〈豊穣の創造〉!)
別の畑一面を赤茄子が実り埋め尽くす。
(〈豊穣の創造〉!)
更に別の畑一面を幾多の葉を付け、土壌内に馬鈴薯が幾多も実る。
(沢山実れー!)
次々とガイアは畑に実りを与え、ルースン村に恵みを齎す。
次々と起こす幻神獣フォルガイアルスの恵みの奇跡で、ルースン村が恵み豊かな鮮やかな色へと染まる美しく神秘的な光景を、全ての者が見惚れる。
ガイアは村の枯れた大地に潤いを与え、村の無辜の民に恵みを齎し与えた。
ルースン村に救済の恵みを齎し与えてくれた幻神獣フォルガイアルスの神秘の奇跡を目にし、村の者達の心は歓喜に満たされ潤う。
「……奇跡だ」
神官の誰かが言った。
「……救いの奇跡だ!」
全ての者の思いを代弁する。
「……恵みだ!」
そしてルースン村の誰かが言った。
誰もが満たされ溢れ続ける歓喜を、外に勢い良く解き放った。
「恵みの奇跡だー!!」
村人達の歓喜の声が響き渡った。
幻神獣フォルガイアルスの齎した救いの恵みに1人1人喜びが溢れ、互いに溢れる喜びを分かち合う様に身体を抱き合ったり、肩を組み合ったり、両手を繋いで回り踊ったり、中には歓喜が極まり過ぎて涙をぼろぼろと流す者も居た。
ルースン村は救われ、恵み豊かな村へと為ったのだ。
「何て美しい光景だ……!」
遠くから幻神獣フォルガイアルスの奇跡を観ていたレウディンは、驚愕と感動の表情を浮かべ呟く。
「わぁ……! 凄く綺麗…!」
隣で一緒に観ていたシャラナも神秘的な奇跡に純粋な感動を抱き、瞳を輝かせていた。
「おおー! 何と美しくも神秘的な光景じゃ!」
エルガルムもその光景に思わず笑みを浮かべ、不思議と心が安らぐのだった。
「……もうこれは特殊技能なんて次元じゃないわね。――――まさに奇跡ね」
ベレトリクスは驚愕や感動を通り越して、少し呆れた様な笑みを浮かべるのだった。
「何という力…! これが、恵みを齎す幻神獣の力…!」
セルシキアはルースン村に齎し分け与えた幻神獣フォルガイアルスの奇跡に驚愕し、思わず笑みを浮かべる。
「素晴らしい!! 何という神秘的な光景!! そして神秘的な奇跡!! これぞまさに、神の御業だ!!」
フォビロドは幻神獣フォルガイアルスの起こした奇跡に瞳を爛々と輝かせ、子供の様に大はしゃぎするのだった。
全ての者が感謝と敬意を抱く。
全ての者が驚愕と歓喜を抱く。
そして、全ての者が畏敬の念を抱く。
――――大いなる恵みを齎す大地の化神、フォルガイアルスに。
しかしその時――――
「魔物が出たぞー!! 複数の魔物が出たぞー!!」
奇跡の恵みによって歓喜に満ち溢れたルースン村に、歓喜を切り裂く悪報が防壁から響き飛んで来たのだった。
歓喜の空気が一変し、村人達は不安の色を浮かべるのだった。
そして騎士団と魔導師団の表情も一変し、歴戦の戦士の面構えへと変え、悪報が発せられた方角へ顔を向けた。
遠くの防壁から響き飛んで来た悪報をガイアも耳にし、即座に悪報を伝える声の発生源に向かって、重い足音を響かせながら駆けて行った。




