救済の恵みと魔物襲来11-2
「さぁ、行くぞ。〈転移門〉」
賢者エルガルムが杖を翳し、魔法を発動させた。
何も無い空間に小さな孔がポツンと現れ、その次の瞬間、小さな孔が大きな楕円状の孔へと変化した。
無系統に属する中で最上位級に位置する空間転移魔法――――〈転移門〉。一度行った事のある場所へと空間を繋ぐ事の出来る魔法であり、逆に行った事が無い場所には決して繋ぐ事が出来ない魔法である。この点に関しては同じ転移魔法である〈転移〉と同じではあるが、〈転移門〉にはある長所がある。
それは転移失敗率が0%である事だ。転移先を意図的にずらされたり、強力な転移防止の結界の中といった外的要因が無い限りは、何処でも好きな場所に空間を繋げる事が可能な転移距離が無限の魔法である。敵地からの脱出も容易にする為、非常に便利な魔法だ。
(おおー! これが転移魔法かぁ!)
初めて見る転移魔法に、ガイアは瞠目した。
楕円状に大きく広がった先の見えない闇、それは暗く黒色に限りなく近い紫色が鈍い光を放っているかの様に空間の孔が揺らめく。その空間の孔は闇に近い様な、闇に遠い様な、何とも言えない暗い光を放っていた。
出現した転移の門に向かって全員が一斉に動き出し、躊躇う事無く先の見えない門へと近付き、その身を暗い楕円状の孔へと正面から浸からせる。
そして入った者の姿は、完全に見えなくなった。
ガイアも転移の門へと歩み近付き、大きなその身を正面から潜り抜ける様に入るのだった。
潜り抜けた瞬間、視界に広がる暗い空間がルースン村の風景に切り替わる。
その村の風景を見たガイアは目を見開き、胸を締められる悄愴の感情が心の底から湧き起こった。
(何だ……これ……)
転移の門を潜り抜けた先に広がるのは、荒れ果てた村の悲惨な光景だった。
小さな木造建築物は穴が幾つも開き、屋根も窓も人為的に壊された跡が見て取れた。
広大な畑は荒れに荒れ、土壌は砂に近い水分が殆ど無く、農作物は実を付けられずに枯れていた。
枯れた農作物を何かが踏み荒らされた跡も多数在る。
周囲には簡素な木の柵が圧し折られ、彼方此方に木材の残骸が散乱していた。
ガイアは村の周囲を見渡し、村人を探す。
見当たらない。
人の影も形も無かった。
全員家の中に居るのだろうか。
更にガイアは、嫌な予想を浮かべてしまう。
(まさか……村の人達……死んでしまったのか?)
外は誰1人見当たらない。家から出て来る気配も無い。
酷く静かだった。
まさに廃村と言って良い程の静寂だった。
「おーい!! 俺だー!! ベウクだー!!」
そんな悲寥な静寂のルースン村に、青年の冒険者―――ベウクが大きな声を響かせ、居るであろう村人達に呼び掛けた。
「誰かー!! 返事してくれー!!」
もう1人の冒険者も大声で呼び掛ける。
2人の声を聴き、ボロボロになった家の中からゆっくりと、村人達が姿を現した。
ガイアは姿を現した村人の悲惨な姿を目の当たりにし、悲痛を生じた。
よろよろと出て来た村人達の身体は、酷く痩せこけていた。頬も痩せこけ、艶を無くした髪の毛は酷くパサつき、その瞳には一切の輝きが無く虚ろで、表情は無気力の色だけが色濃く浮かべていた。
男も、女も、子供も、老人も、誰もが悲惨な姿をしていた。
「ベウク……? ベウクなのか……?」
村人の1人が掠れた小さな声で問い掛けてきた。
「そうだ…! 俺だ、ベウクだ! 他の皆は大丈夫か…!? 未だ生きてるよな!?」
「ぁぁ…何とか全員…、辛うじて生きてるよ……。だが……何時飢え死ぬか……」
「安心してくれ! 国が大量の食糧を提供してくれるんだ! 皆助かるんだ!」
ベウクはこの場に居る村の皆に朗報を伝え、希望を与える。
「各員! ルースン村の者達を集めろ! 急ぎ食糧の提供だ! 急げ!」
「はっ!」
セルシキア騎士団長の命令に騎士団は一斉に動き出し、残りの村の者達全員を探しに散り散りになり、駆け足で向かって行った。
「此処で待っててくれ! 他の皆を集めて来る!」
青年冒険者のベウクも焦りながら駆け出し、他の村の人達を探しに行った。
「……よくこんな状態の村から徴税を強いたものだな、ダダボラン」
レウディンはギロリと鋭い目付きでダダボランを睨み付けた。
「領主として村の民を護らず、ただひたすら彼等の生きる糧を奪う。そんな事を続ければ、こう成って当然だ。飢饉に陥り、餓死する者が現れ、それが更に増え、全員死に絶え、村が滅ぶ。誰でも理解出来る事だ」
そして更に問い詰める。
「貴様はそれを解った上で、不当不正な徴税をやったのか。それとも、そんな事など考えていなかったか。何方なんだ?」
レウディンの怒り口調の冷徹な言葉にダダボランは何も言えず、俯き、ただ黙り込む。
「黙るという事は、解ってはいないが少しは考えてはいたという所か。…いや、違うな。解ろうとしていないな。貴様はただ己の利益のみしか考えていないんだったな」
黙り込むしか出来なくなったダダボランに、追い打ちを掛けるようにレウディンは更に問い詰める。
「民の命など、如何でも良いとしか考えていないのだろ。ダダボラン」
冷徹な瞳の中に静かに燃える怒りを宿したレウディンに睨まれるダダボランは、額から滲み出た冷や汗を流した。
完全に図星の様だ。
「……貴様は端から貴族の器では無い下賤な人間だ。己が領地に住まう護るべき民達を護りもせず、権力を好き勝手に振り翳し、民達の生きる糧をも過剰に奪い取る。しかも王に成る為に国王陛下の命を狙う貴様が高貴な存在だと? 貴族以前に人として恥を知れ!」
静かな怒りを含んだ低い声音でレウディンは告げ、ダダボランから離れ去った。
そして愛娘のシャラナに近寄り、語り掛けた。
「シャラナ、言わずとも解っているだろうがよく聴いてくれ。何れ私の後を引き継ぐ事に為った時の為に、今のこのルースン村の惨状を憶えておきなさい。そしてこの様な惨状に為らない様、我々フォルレス家の領地としてこの村を治めるんだ。もし、何かしらの原因で惨状が起きた時の対策を常に思案するんだ。村の農作物の現状や魔物に関する被害に対する対策もだ」
レウディンは父親としてではなく、侯爵貴族としてシャラナに貴族としての必要な事を伝える。
「我々貴族は、己が治める領地に住む民の御蔭で生活する事が出来ている。そして民も、我々貴族が護り協力する事で生活する事が出来ている。互いに支え合わなければならない大切な存在だ。力無き民は財力や兵力の有る貴族の庇護が無ければ、略奪者や魔物に命を奪われる。王族や貴族は農作物を育てる民が居なければ、真面な食事も出来ず、地位も権威も無意味と化し無力な存在になる」
シャラナはそれに対する質問はせず、真剣に侯爵貴族レウディンの貴族として努めなければならない義務を聴き続ける。
侯爵令嬢として。
「どんなに地位や権威を有した貴族であっても、結局は同じ人間だ。だからシャラナ、民の言葉をよく聴く事を憶えといて欲しい。民の信頼無くしては貴族は決して務まらない。民の支えが在ってこそ、王族や貴族は存在する。その事は忘れるな。良いな?」
「はい、御父様」
シャラナは未だ大人ではない。
しかし子供でもない。
だが、彼女の心は大人へと少しずつ成長している。
賢者エルガルムと修行の旅を始めた時から。
そして今も、レウディンの貴族としての義務の話を聴き、更に大人へと近付いて行く。
「さて、私達も村の現状を視て回ろう。セルシキア殿は如何する?」
「私も行こう。此奴等3人には村の現状をしっかりと理解して貰わなければな」
セルシキアも村の現状を詳しく確かめる為、レウディンとシャラナに同行する事にした。勿論、3人のデベルンスも一緒にだ。
「フォビロド。魔導師団員と共に集めた村の者達を頼む」
「了解した」
「神官及び上級助祭達も、村の者達の中に怪我や病を持つ者が居れば、直ぐに治療に当たってくれ」
「分かりました」
セルシキアの言葉に其々が承諾し、行動に移す。
「なら、儂は仮の宿泊施設を造っておくかのう。御主は如何する?」
近くで話を聞いていた賢者エルガルムは、ベレトリクスに問い掛ける。
「んー、私も此処に残るわ。念の為、神官の魔法でも治療出来ない怪我人や病人が居た時の為に魔法薬を用意しておくわ。念の為にね」
「最もじゃな。さて……」
賢者エルガルムは、ガイアの方へと顔を向けた。
「ガイアも此処に残ってくれんか。いざという時の緊急時に儂等に魔力の譲渡を頼みたい」
いざという時。それは此処に居る魔導師団の者と教会の聖職者達、更には賢者エルガルムと魔女ベレトリクスが敵との遭遇によっての戦闘、及び村の者達の治療などの魔法使用によって万が一魔力が消耗し切ってしまった時に、ガイアの特殊技能〈魔力譲渡〉による瞬時魔力全回復で万全の状態にする為である。
ガイアはエルガルムの言葉に頷き了承の意を示した。
「………大丈夫か?」
エルガルムは、ガイアの優しく穏やかな瞳の中に悲痛が混じっている事を見抜く。
「安心せい。これは未だ一番最悪な状況ではない。御主の御蔭で、村の者達が餓死する前に儂等はこうして動く事が出来たのじゃ。もし、御主に出会さず王都に来てくれなかったら、間違い無く手遅れじゃった。じゃから未だ間に合う。救える筈じゃ」
エルガルムはガイアを励ました。
手遅れではない。未だ間に合う、と。
(…………)
そんな励ましの言葉をガイアは聞いたが、直ぐには生じた悲痛な思いを取り去る事は出来なかった。
だが、ただ立ち尽くしたまま悲しんではいられない。
ガイアは悲痛の思いを、深く深く心の底に秘め留めた。
「エルガルム様」
神官の1人が賢者エルガルムに尋ねて来た。
「神獣様の御様子は……?」
神官も、幻神獣フォルガイアルスの様子を心配していた。
「……面には出しとらんが、目には悲痛が宿っておった。ショックだったのじゃろう。幻神獣とはいえ、未だこの世に再誕して間も無い赤子じゃ。あの様な惨状を見て悲しむのは当然じゃろう」
次々と魔法で造られた仮の広い宿泊施設内へと、騎士団に運ばれて来る痩せ細った村人達を見詰めるガイアを視界の端に映しながらエルガルムは言う。
「じゃが、ガイアにしかこの飢饉を救う事が出来ん。此処以外の村もそうじゃ。儂等では決して直ぐには成し得ないこの問題を、ガイアは直ぐに解決する術を持っておる。じゃから充分間に合う。しかし、急がねばならんがな」
エルガルムは大きく広い石で造った仮の宿泊施設内を出来る限り住み心地良くする為に大理石の床や壁、椅子や洋卓を幾つも魔法で創造する。
「さて、後は寝床を造れば終わりじゃな。毛布の準備もしておいてくれ」
「分かりました。では、魔導師団の方に御願いしに参ります」
「うむ、頼む」
神官の1人は魔導師団の所に行き、エルガルムは引き続き仮の宿泊施設の寝床の創造し始めた。
ルースン村の人達を集め始めて20分程経過し、殆どの村人が仮宿泊施設内に集められた頃にレウディン達が戻り、食糧の配給を始めようとした。
その時、1人の騎士が村の者の1人を抱え持ちながら声を上げた。
「団長! 赤子が! 赤子が居ました!」
1人の騎士の声に反応したセルシキアは早歩きで近寄った。
騎士が抱えてる女性の腕の中には、小さな赤子が居た。その村人の女性は母親の様だ。
細く痩せ細った母親の腕の中に抱かれる赤子の有り様を見た瞬間、セルシキアは目を見開く。
「な…!」
酷く痩せ細っていた。
それも赤子とは思えない容姿だった。
(そんな……嘘だろ……)
ガイアも赤子の姿を目にし、悲痛のショックを受けた。
まるでミイラだ。赤子の柔らかな肉は殆ど無く、骨と皮に近い状態だった。
未だ生きてはいるが、表情を一切変えない無気力の表情だった。
とても大人しかった。
余りにも大人しかった。
赤子はお腹が空いたと泣こうともしなかった。
いや、泣く元気が、活力が無いから、泣けないのだ。
「ど……どう…か……」
赤子を抱く母親が力の無い掠れた声を発した。
「どうか……この子だけでも……」
母親は痩せ細り貧弱となった身体を震わせながら、僅かな力を振り絞る様に嘆願を口にする。
「この子だけでも……。私の子を……どうか…お救い下さい……」
母親は虚ろな瞳から涙を流す。
自分の命の代わりに、我が子を命を救って欲しい、と。
「不味いわね。完全に栄養欠乏状態ね。このままだと、後1日持たずに餓死するわ」
近寄り赤子の容態を見たベレトリクスは、少し険しい表情を浮かべた。
「ベレトリクス殿! 何か栄養剤の様な魔法薬とかは無いのか!?」
「無理よ、レウディン。有るには有るけど、強壮魔法薬だと赤ん坊の身体に刺激が強くて負担が掛かるわ。何より、この状態で与えるのは尚更危険よ」
「参ったな…。食糧の中には離乳食は無い。今から転移して王都中を探し回るのにも時間が無い」
今回提供する大量の食糧は栄養価が高いが、赤子では食べれない。未だ歯も生えていない赤子には、物を噛んで飲み込む事が出来ないのだ。持って来た食糧を細かく刻んだり磨り潰したりしても、飲み込んでくれるか如何かも判らない。赤子が食べられる離乳食だって無い。
セルシキアは頭の中で高速で思案を巡らせる。
「なら、神官の! 神官の魔法で何とかならないのか!?」
青年の冒険者ベウクは、藁にも縋る思いで神官や上級助祭達に尋ねる。
しかし、彼等は頭を横に振る。
「無理です。神聖系統魔法で怪我や病気は癒せても、飢えを癒す事は出来ません」
「く……!」
ベウクは悲痛と焦燥を面に浮かべ俯く。
――――何も出来ない。
敵と闘う力を持つ冒険者の自分には、生まれ育った故郷の飢えを救う事が出来ない事に、苛立ちさえ湧き起こってくる。
ベウクは赤子に近寄り、涙を流しながら、まるで懺悔でもするかの様に謝るのだった。
「済まねぇ…! ホントに済まねぇ…! お前を助けられなくて…! せめて、俺の中の元気を分けて上げれたら……! 血でも肉でも良い、俺の身体の中の栄養を分けて上げられたら……!」
――――ガイアは彼のある言葉に反応した。
(栄養……)
彼の言葉を直ぐに思い返す。
(栄養……分けて上げられたら……?)
その時、ガイアの心が希望の光で満ち溢れた。
(そうだよ…!! 栄養を分け与えれば良いんだ!! 僕にはそれが出来るじゃないか!!)
ガイアは瞳に希望の光を宿し、赤子を抱える母親の下へと歩み寄る。
(僕なら救える! 僕が救わなくちゃいけないんだ!!)
ガイアは赤子に向けて大きな岩石の手を翳した。
「い、いったい何を―――」
周りの困惑など無視し、ガイアは特殊技能を発動した。
(特殊技能〈栄養素譲渡〉!)
特殊技能の発動と同時に、ガイアの身体が薄緑色の優しい光を発せられた。
その場に居る者全員が、その神秘的な光景を困惑しながらも見惚れていた。
「こ…これはまさか…!」
エルガルムは、この光景を王都アラムディストに帰還する途中で見た事があった。
それは草木や花々に栄養を与え、成長を促し、新たな生命の種を生み出させる神秘の力。
そしてエルガルムはガイアが何をするのか、誰よりも早く理解した。
ガイアから発せられた暖かな光は、赤子へと流れ包み込む。
光に包まれた赤子に、奇跡の現象が起こった。
ミイラの様に殆ど骨と皮まで痩せ細った赤子の身体が、見る見るうちに肉が付き始め、痩せ細った顔も肉が付き、柔らかく丸みのある可愛らしい本来の赤子の顔へと為っていくのだった。
その神秘に満ちた奇跡の光景に、誰もが瞠目し、感嘆の声を漏らすのだった。
光は消えた後、微動だにしなかった赤子が身体をピクリと動かした。そして――――
「オギャアー! オギャアー!」
――――必死に泣く声が響き渡った。
「き…奇跡だ! 赤子の痩せ細った身体が元に戻った!!」
神官の誰かが声を上げた。
間近で神秘の――――救いの奇跡を目の当たりにした母親は、虚ろだった瞳に希望の光が灯され、歓喜に満ちた涙を流すのだった。
(良し! 成功だ! 出来ると解れば、後は全員一遍に分け与える!)
ガイアは集まった村人全員に向けて両手を翳し、再び〈栄養素譲渡〉を発動し、己の蓄え続けた膨大な栄養素を村人全員に分け与えた。
薄緑色の優しく暖かな光に包まれた村人達の痩せ細った身体は見る見る肉が付き、本来の元の容姿へと戻ったのだ。
「嘘だろ…。マジかよ…」
神秘の光景に、奇跡の光景に驚きを呟き、冒険者のベウクは歓喜の笑みを浮かべ、歓喜の涙を流した。
「おお…! 何という奇跡…! 流石は神獣様です!」
神官の誰かが言った言葉に、村の者全員が弾ける様にガイアの方へと向けるのだった。
「神獣様……?」
「神獣様だって……?」
歓喜から一変し、衝撃の事実に驚愕の色へと変えた。目をパチクリさせながら神獣と呼ばれる存在に視線を移し、ざわりざわりと騒めくのだった。
「本当じゃ。此処に居るのは〝大地の化神〟にして大いなる恵みを司る幻神獣―――フォルガイアルスじゃ」
何処の誰とも知らない者が言えば、信じる者は居ないだろう。
しかし、賢者エルガルムの言葉であれば、その言葉に真実味が強く出る。
だから、村の者全員は賢者エルガルムの言葉を疑う事をしなかった。
そして村の者全員は、両膝を床に付け、頭を垂れ、奇跡の救いを齎した神に等しき存在、幻神獣フォルガイアルスに感謝と敬意を示すのだった。
「ありがとう御座います…! 神獣様…! 私達の命を御救い下さり感謝致します…!」
村の皆は涙を流しながら歓喜し、嗚咽しながら、心の底からの感謝の言葉を告げるのだった。
「ありがとう御座います。私の子を御救い下さり…ありがとう御座います…」
赤子を強く抱きしめる母親は特に感極まり、歓喜の色を浮かべ嗚咽しながらも感謝を告げるのだった。
彼等はそれ程迄に追い詰められていたのだ。でなければこうも歓喜で涙を流さないだろう。
(良かった。先ずは村人全員の命はこれで大丈夫そうだ)
ガイアは安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
そんなガイアの前にガバッと土下座をし、頭を垂れ、涙を流す冒険者ベウクが現れた。
「ありがとう!! いや、ありがとう御座います!! 俺の…俺の故郷の家族同然の皆を救って下さり、ありがとう御座います! 神獣様!」
彼から出せる物は感謝しかなかった。
感謝以外の物は無かった。
ただひたすら、心の底からの感謝を土下座で示し、言葉で示し、歓喜の涙を流し示すしか出来なかった。
救済の奇跡を齎した存在―――幻神獣フォルガイアルスに。
「さぁ! これから食糧を配給する! 受け取った者はしっかりと食べる様に!」
今度は我々の番だと代表するかの様に、レウディンが声を上げた。
騎士団が荷馬車から降ろした食糧が詰み込まれた大量の木箱から保存食を取り出し、ずらりと並ぶ村の者達に次々と渡していく。
仮の宿泊施設の大広間に魔法で造られた幾つもの大理石の洋卓を村人達が囲い、簡易的な椅子に座って永く久しい真面な食事に在り付いていた。
今迄の無気力に近い悲しい表情に虚ろな瞳が嘘の様に、笑みが零れ落ちていた。
口の中に広がる美味しい味、噛めば噛むほど更に広がる旨味、飲み込み食道を通り胃袋へと入り、空腹が満たされていく幸せな感覚。
食事という幸せの1つが戻って来たのだ。
一方で、セルシキアの下には騎士団が集い、ルースン村の全体状況の報告をしていた。
「村全体の様子は如何だ?」
「はっ。ほぼ全ての村の民家が何者かによって壊され、耕地は僅かに実っていた農作物が食い荒らされた形跡が多数発見されました」
「…魔物によるもので間違い無いな?」
「はい。明らかに魔物によるものです」
「どの様な魔物か、特定は可能か?」
セルシキアの質問に別の騎士が答えた。
「多数の足跡とその大きさから推測と村の者の証言から、小鬼だと確定出来ました」
「何…? 小鬼だと…」
セルシキアは疑問を抱いた。
「妙だ……。この辺りで出没するのは皮肉顔の兎と、偶に現れる平野狼の魔獣種しか居ない筈だ」
デベルンス家の隠蔽による偽装の報告を暴く際に聞いた内容、魔物による村の被害内容には前から気になってはいた。
魔物による被害が妙に大きい、と。
皮肉顔の兎なら被害は農作物を食い荒らされる程度で済む。村民に被害が遭っても、引っ掻かれたり齧られたりするだけで、悪くても軽傷で済むくらいだ。
平野狼の場合は襲われて怪我を負うか、運が悪ければ喰い殺されるという被害だが、偶にしか現れない為、1年を通して見れば被害は殆ど無い方だ。
この2種類の魔獣種に共通する事は1つ、それは家や柵などを破壊する程の力を持っていない事だ。
そして騎士の1人の推測で挙げられた元凶、小鬼が候補として消去法で挙げられた。
だが、小鬼でも民家や柵をああも素手でぶち壊す事など出来る訳が無い。恐らくは、小鬼は武器を使って民家や柵を壊したのだろうとセルシキアは推測する。
そして残る疑問は、この村周辺には現れない筈の小鬼が村に現れた事だ。
「済まない。ちょっと訊きたい事がある」
セルシキアは青年の冒険者ベウクに問い掛けた。
「君が未だ村で暮らしていた時に、小鬼が時折現れる事はあったか?」
「確かに出た事はあったが……たった1度だけだ。それもたった1匹な」
「その時に、君が追い払ったのか?」
「いや、ちゃんと仕留めた。最後の止めに脳天に一刺ししてな」
「その小鬼は武器を持っていたか?」
「いや、腰にボロい腰布を着てる以外何も持って無かった」
「なら、その小鬼は何処から来たのかは分かるか?」
「えっと……ん~…」
ベウクは過去の記憶を思い出そうと脳を絞る。
小鬼が現れた時の場面と、村の誰かがその小鬼を発見し叫び知らせた事を思い出す。
「ん~……確か…村の北の方角からだった気が…。随分前の事だからはっきりとは思い出せないなぁ」
「北の方角…。確か、此処から遠く北の方角には森林地帯が在った筈…。まさか其処から?」
ルースン村から遠方の北に在る名も無い森林地帯。確かに、其処の森の何処かに小鬼が棲み処を作り棲んでいるのは間違い無い。小鬼以外の魔物も棲み付いている。
しかし、遠方の森林地帯から此処ルースン村までの距離はかなり遠い。小鬼がわざわざ長距離を徒歩で移動して来るのだろうかと、疑問が浮かぶ。森の中でも充分に食糧となる弱い魔獣種だって居るのにも関わらず、何故此処までやって来るのかが謎だった。
遠方の森林地帯に、何かが起こっている可能性は高い。
「……その森林地帯を調査する必要がありそうだな」
だが、それよりも優先すべき事がある。
「村の護りを固めよう。農作物は後回しにして防壁を直ぐに建設する」
セルシキアはガイアの下へと歩み寄り、改めて頼む。
「幻神獣フォルガイアルス様。村の防壁建設を御願いしても宜しいか?」
(勿論!)
ガイアは大きな岩石の握り拳を作り、グッと大きな親指を立てて彼女の――――皆の願いを了承の意を示した。
「良し! では騎士団一同は此処に集めた村民達の警護隊と、村周囲を警戒する警備隊に分かれて行動する! クロクタス魔導師団長は魔導師団員に指示し、神獣様の造る防壁の改装作業を進めてくれ!」
「承知した」
「防壁が造り終えた所から、この村で警備する者を村の外の見張りに就いて貰う! 作業の最中に魔物が現れる可能性も在る! 充分に警戒し、迅速に作業を進めるぞ! 良いな!?」
「はっ!」
セルシキアの命令に、一同は了解の返事を上げた。
「では、行動開始だ!!」
その一声で一斉に動き出し、外へ出て各々決められた役割を遂行する場所へと迅速に向かって行った。
ガイアも彼等の後を追い、村の端周辺に向かって少し早歩きで行くのだった。




