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救済の恵みと魔物襲来11-1

 王城内とその敷地内は騎士達と魔導師達、更には王城で働く幾多の使用人達が、各村に向けての救援援助の準備で忙しく()()う。

 王都内の幾つもの食料庫を管理し取り扱う大手の商会や、王城で常に大量の兵糧(ひょうろう)を保管している倉庫から()き集めた大量の食料品を、王城の料理人達が総出で1日3食分を栄養バランスの良い保存食を大量に作り上げ、そこに魔導師達が品質の劣化と腐敗の防止の魔法―――〈保存(プリザベイション)〉を次々と掛けていく。

 流石の量である為、魔導師達の魔力は(ほとん)ど尽きる状態になる者は当然出る。

 そして出来上がった栄養価も味も良い保存食を、騎士達が箱一杯に仕舞い、王城敷地内の広大な訓練場に置いた大きく丈夫な20を超える幾多の大型荷馬車へせっせと運んで行く。

 村1つに半年分もの食糧を提供する為、時間は当然掛かってしまう。

 そしてその半年分は、1つの村の民1人1人に提供しなければ為らない。

 今回向かう計5箇所の村の平均人口は、(およ)そ210人。1日3食分を1人に半年分提供する場合、半年分約549食分。これを村1つ分として計算すると、約11万5290食分というとんでもない数になる。更にそれを村計5箇所に提供する為、今回保存食を作り提供する数は、約57万6450食分という驚愕の数値となるのだった。

 この数は言うまでも無く、異常な提供量だ。

 だが、この様な膨大な食糧提供をしなければならない原因を作ったのは、デベルンス家(やつら)だ。

 治めていた各村の農作改善の支援すらせず、警備兵を1人も派遣しない所為(せい)で時折現れる魔物に村の農作物や溜め込んだ食糧が食い荒らされ、村民に被害が及び生きていく事が困難な現状に晒されている。にも関わらず、ある物全てを不当な徴税で取れるだけ奪い取る、非道な行為を永年していたのだ。

 結果、村に提供しなければ為らない食糧は膨大な数になった。

 本来なら、これはデベルンス家がしなければならない責任である。しかし、彼等は幻神獣フォルガイアルスに莫大な財産を喰われ尽くされた為、莫大な賠償金を支払う事が出来なくなっていた。

 だが、ラウラルフ国王は己の財の損失を恐れず惜しむ事無く、デベルンス家の()いた薄汚い愚者の種を取り払う姿勢で、大手の商会に多額の金銭を支払い、可能な限りに大量の食料を買い占めた。そして王城の食料庫からも保管していた大量の兵糧をも掻き集め、今回の村の飢饉(ききん)問題を迅速(じんそく)に解決する事を進めた。

 王としての責任と、この国に生きる全ての民達の信頼に答える為に。

 王は全国民を護る為に、責務を全うするのだった。

 王に仕える者達も護るべき民達の為に、下された王命を全うする。


 そんな(あわただ)しい様子の王城敷地内の練兵場。

 運んでは取りに行って、また運んでは取りに行く、幾多の騎士達が行き交う光景を遠くから、芝生(しばふ)絨毯(じゅうたん)が生い茂る場所でガイアは鎮座(ちんざ)し観ていた。

 作られた保存食を詰め込んだ木箱を運んで荷馬車に積み上げるという単純ではあるが、既に1時間は経過していた。

 彼等は休む事無く、ひたすら動き続けていた。それも1時間ぶっ通しでだ。

 その様子はまるで、無数の働き(アリ)が食糧をせっせと運ぶ様な光景だった。

 どんな単純作業であっても、休まず動き続ければ疲労は必ず身体に溜まっていく。

 その蓄積されていく疲労が、僅かに(おもて)に浮かべる者が徐々に増えていく。

 だが、誰も弱音を吐かない。苦悶(くもん)も浮かべない。

 ただひたすら運び、積み上げ、また取りに行く。

 既定の量が荷馬車に積み終わるまで、ひたすら運び積み上げる。

 そんな彼等の姿を傍観(ぼうかん)し続けていたガイアは、落ち着かなくなっていた。

(う~ん。このまま出立の準備が終わるまで、何もしないまま待っているのも何か時間的に勿体無いな)

 準備が終わるまでゆっくりしていってくれと気を遣ってくれたのだが、ガイアにとってはその気遣いに狭苦しさを感じていた。

 退屈という意味では無い。

 自分も何かしたい。

 村が飢饉問題になっているのに、何もしない(まま)ただ待っているだけなのは、何だか申し訳無く思えてしまう。

 自分に出来る事をしたい――――何か手助けをしたいと。

(……うん! 無理! 落ち着かん!)

 そんな思いが我慢出来ず、ガイアは立ち上がった。

(えっと…彼方(あっち)の方から持って来てるんだったよね)

 保存食を詰め込んだ木箱を取りに行く騎士達の方向を確認し、行き交う彼等の邪魔にならない様に歩き出した。

 身体が大きい為、彼等騎士達の進路を塞がない様に(はし)っこにくっ付く様に通り、取りに行く騎士達の後を追う様に目的の場所へとゆっくりながら進んで行く。

 そして、向かった先に広がるのは王城料理人達が作り終えた大量の保存食に魔導師達が次々と魔法を掛けて、魔法を掛けられた保存食を騎士達が箱に詰め込む忙しい光景だ。

(まるで食品生産工場みたいだ)

 そんな流れ作業を見て、この異世界にも前世の世界の様な仕事場所があるのかもしれないと、親近感に近い思いをガイアは浮かべるのだった。

 そんなせっせと作業をする所とは別に、離れた位置で幾人かが邪魔にならない場所で一塊で集まり、その場で胡坐(あぐら)をかき座り込んでいた。

 彼等は全員、魔導師だった。

 目を(つむ)り、じっとしたまま動かない。

(休憩中かな? ……あー、交代制でやってるのか)

 そりゃあそうだと、ガイアは理解する。

 彼等が何の魔法を掛けているのかは分からないが、魔力は有限である。魔法を行使し魔力を使い続ければ、使った分だけ消耗する。そして魔力が枯渇(こかつ)すれば、魔法は行使出来なくなる。これに関しては必ず交代制が必要になる。

 そんな休憩している彼等の様子に、ガイアは違和感を感じた。

 休むにしては楽にしている感じがしない。(むし)ろ、何か集中しているかの様に見える。

 その様子はまるで、座禅(ざぜん)でもしているかの様に見える。

(やっぱり如何(どう)も休憩してる様には見えないなぁ。…どれ)

 ガイアはもしかしたらと思い、特殊技能(スキル)〈魔力感知〉を有効化(アクティベート)し、休む魔導師の彼等の魔力を感知してみた。

(……おや? あの人達の中の魔力が…)

 休憩中の魔導師達の魔力の回復速度に、ガイアは気が付いた。

 魔力は消耗した後、少しずつではあるが徐々に回復する。一生回復しない事は無い。だが魔力の自然回復速度は遅く、魔力量が多ければ多い程、全回復するのにかなりの時間が掛かってしまう。

 しかし、休憩中の魔導師達の魔力回復速度が、自然回復よりも明らかに速いのが〈魔力感知〉でガイアは感じ取れていた。

 彼等の魔力回復が速い理由、それは特殊技能(スキル)〈精神統一〉と言われる魔導師に必須な基本特殊技能(スキル)の1つである。特殊技能(スキル)の発動条件は決して動かず、心を静め、己の内の意識に集中する。言わば瞑想(めいそう)である。必ず座禅みたいな姿勢をする必要は無く、集中さえ出来ればどんな姿勢でも構わないのだ。基本的には座って瞑想するのが一番し易い。

 (よう)は自分に合った集中の仕方で心を静め、内の意識に集中が出来れば〈精神統一〉が発動し、魔力の自然回復力を大幅に増すのだ。

 勿論、ガイアは〈精神統一〉と言う特殊技能(スキル)は知らない。だが、彼等の様子と〈魔力感知〉で感じ取れた魔力の回復速度から仮定、()しくは予想がガイアは頭の中で直感的に浮かび上がるのだった。

(もしかして、瞑想すれば魔力が回復するのか?)

 ガイアにとっては仮定であり予想ではあるが、とても近い答えに辿り着いていた。

(ふむ…。時間が出来たら賢者のお爺ちゃんに()いてみるか)

 餅は餅屋に、魔法や魔力に関する特殊技能(スキル)等は魔導師に。ならば熟練の魔導師である賢者エルガルムから聞くのが一番だろうと、ガイアは考えた。

(さてと、此処(ここ)で僕が出来るお手伝いは2つって所かな。()ずは…)

 先ず最初に、ガイアは瞑想する魔導師達の所へと近寄って行った。

 近付く聴き慣れない重い足音に気が付き、全員が目を開き驚いた表情でその足音の主、幻神獣フォルガイアルスを凝視する様に見るのだった。

 何故(なぜ)、神獣様が此処(ここ)に? と言いたげな困惑が見て取れた。

 そんな彼等にガイアは、岩石の両手を(かざ)す様に向ける。

 そして更に困惑の色が濃くなる。

 ガイアは困惑する彼等に向けて特殊技能(スキル)を発動した。

特殊技能(スキル)〈魔力譲渡〉)

 ガイアの中の膨大な魔力が一斉に彼等の中へと流れ込む。

「こ…これは…!」

 其々が己の消耗した魔力があっという間に全回復した事に驚愕(きょうがく)し、この現象を誰が起こしたのか直ぐに理解した。

 幻神獣フォルガイアルスが、魔力を譲渡(じょうと)してくれたのだと。

「おお! 神獣様! 我々に魔力を御与え下さり感謝致します!」

 全員一斉にその場で一糸乱れぬ土下座をし、感謝と敬意を示すのだった。

(……これも慣れなくちゃいけないのかも…)

 驚愕される事には充分慣れた。

 今度はこういったガイアにとって過剰(かじょう)ともいえる感謝と敬意、そしてこの土下座し平伏する者達に慣れなくてはならないのだろうと困るのだった。

 そんな光景を離れた作業場から、騎士達や他の魔導師達もついその手を止め、瞠目(どうもく)していた。

 土下座していた魔導師達は一斉に立ち上がり、作業場へと早歩きで向かって行った。

「神獣様から魔力を分けて頂いた! 直ぐに手伝う!」

 魔力を分け与えられた彼等のやる気が高揚(こうよう)し、休息から作業へと再び(いそ)しみ始めた。

 ガイアは作業を続けていた魔導師達にも〈魔力譲渡〉で魔力を与えた。魔力を与えられた作業中の魔導師達も感謝と敬意を次々に述べた。流石に作業場では土下座をするとかえって他の邪魔になる為、代わりにその場で御辞儀をするのだった。

 出来上がった保存食に、急ピッチで次々と保存の魔法が付与されていく。魔法付与に関してはかなり作業速度が大幅に上がった。

(さて、次は此方(こっち)だ)

 1つ目のお手伝い―――魔導師達に魔力を分け与える事を終えて、次は2つ目のお手伝いへと移行する。

 保存食が沢山詰め込まれた積み重なった大量の木箱へとガイアは視線を動かし、積み上がった木箱に両手を伸ばしながら近付いて行く。

 (てのひら)と腕に過剰な力を入れない様に注意しながら、積み上がった食糧箱を(まと)めてガッチリ掴み、積み上がった木箱が崩れ落ちないようにゆっくりと(すく)い上げる様に持ち上げる。掌は大きく広い為、箱が(こぼ)れ落ちる心配は無い。気を付ける事は、運んで行く際のバランスと掌の力加減を間違えない様にする事だ。

 騎士達も魔導師達もまた手を止めてしまい、ガイアのその善行行為を目を丸くし、全員関心を抱くのだった。

(よし! 運ぶか!)

 ガイアは彼等の視線など気にせず、そのまま荷馬車がある訓練所へとのっそのっそと歩いて行くのだった。

「俺達も急ぐぞ! 神獣様がわざわざ我々の手助け下さってるのだ! とっとと終わらせるぞ!」

「おう!」

 ガイアの行動に皆はより一層やる気が高揚し、より迅速に各々の作業を進めるのだった。



 救援援助の準備を始めてから1時間半。正午前。

 全ての荷馬車に、村1つ分の保存食が詰め込まれた大量の木箱が積み終えられていた。

 本来の予定なら早くても約2時間程掛かると予想がされていたが、ガイアが魔導師達に魔力を分け与え、更に積荷(つみに)まで運んでくれた御蔭で時間短縮が出来たのだ。

 そして村に派遣する警備兵も、セルシキア騎士団長の迅速な人選の御蔭(おかげ)で各村に派遣する必要人数を保存食の準備が終わる前に揃えていた。その数30名の内、王城からは20名、残りの10名はD等級(ランク)の冒険者である。

 村1つに付き派遣する警備兵は騎士が4名、冒険者が2名の計6名で其々担当する事になっている。

 今回人選された冒険者達は、其々の各村出身の出稼ぎ冒険者である。デベルンス家の村に対し為出(しで)かした問題について話をしたら、全員が自ら各村の、自分の生まれた村の警備兵になると志願を申し出たのだ。

 最初に向かう村、ルースン村へ行く為の準備が整った。

 幾多の荷馬車に積み込んだ大量の保存食に6名の警備兵、幾多の騎士団とフォビロド魔導師団長を含む土系統の得意とする魔導師団、6名の神官と10名の上級助祭が、何時(いつ)でも出立出来る様に練兵場で待機をしていた。

 ガイアも彼等と一緒に残りの者達を待っていた。

 出立しない他の騎士団と魔導師団は王城に残り、次の村に提供する食糧の規定量を確保する為、引き続き保存食の詰め込み作業を続ける事となっていた。

 待ち始めてからほんの数分後、レウディンとシャラナ、そしてエルガルムにベレトリクスがやって来た。

 そして遅れてセルシキアが騎士を数人(ともな)い、ある3人を連れて来た。

 元貴族、犯罪者にして反逆者、ダダボランとメゼベンリアとガウスパーの3人だ。

 彼等は囚人服を着せられ、みすぼらしい姿で現れる。あの強欲に満ちた(きら)めきは、僅かな欠片も無かった。

 手枷(てかせ)を付けられた儘、手枷から伸びた鉄の鎖を騎士が其々1人に1人ずつ手綱(たづな)の様に握り締め、決して逃げられない様に連行する。

 突然待機していた者達から10名が、セルシキアの下へと早歩きでズカズカと近付いて行った。

 そんな彼等の装備は統一性が無い者達ばかりだった。

 そう。彼等10名全員、これから各村の警備兵として働く者―――冒険者である。

 彼等の表情には、怒りと不快に満ちていた。

 そんな冒険者達はセルシキアの前に立つ。

其奴等(そいつら)が俺達の村を治めてた領主で間違い無いんだな?」

 代表で最初に確認の問い掛けをしたのは青年の冒険者だった。

 彼の怒りと不快を(あらわ)にした問いに対し、セルシキアは頷き平然と答えた。

「そうだ。此奴等(こいつら)が冒険者組合(ギルド)で話した通り、君達の村を形だけ治めていた()領主だ。補足を加えれば、主に此奴が、だがな」

 それを聞いた冒険者達は更に怒りの色を濃くした。

 その怒りの矛先は当然、主に此奴と言われたダダボランにだ。

「テメェか!! 俺達の村から金も食い物も好き放題に搾取(さくしゅ)してたのは!!」

 青年の冒険者は、ダダボランに迫り胸倉を力一杯に掴み掛かる。

「俺が稼いだ村への仕送りすら全部奪い取りやがって!! この(クズ)野郎!!」

 彼はダダボランに己の怒りと不満をぶつけた。

 青年の冒険者はルースン村出身で、戦士の才を以て生まれた彼は子供の頃から、時折出現する魔物を退治をしていたそうだ。畑仕事で(きた)えた身体に加え、剣の腕は数少ない実戦だけでそれなりの技術を身に付けた。そんな彼は自身の剣の腕で村の為に金銭を稼ごうと16歳に村を出て、冒険者と為った。そして日々冒険者組合(ギルド)の依頼をこなし、その報酬の大半を村に仕送りしていたのだ。

 しかし、それが全てデベルンス家による不当な徴税(ちょうぜい)(むし)り取られていた事を、セルシキア騎士団長から事実を聴かされた彼は、酷くショックを受けた。

「な…何をする…! 放せ…! この私を誰だと思っている……!」

 ダダボランは弱腰ながらも、自分が高貴な存在だと遠回しの言い方で虚勢を張るのだった。

「犯罪者だろ!! 罪侵して没落した奴がなに偉そうに言ってやがる!!」

 即答でズバッと言われたが、それでもまだ虚勢を張るのだった。それも先程までは持っていた中身の無い空っぽの地位を盾に。

「ぶ…無礼者! 貴族である私に汚い言葉を口にする下賤者(げせんもの)めが!」

「何が無礼者だ、反逆者が!! お前はもう()()()()()()だろ!! 中身まで(きたね)え奴に言われたくねぇんだよ!!」

 今度は別の冒険者が怒りと不満を上げた。

「そうだそうだ!! 此方(こっち)はお前と違って冒険者稼業を日々こなして生きてんだ!! ただ好き勝手に村の皆から税を巻き上げるだけ巻き上げて、楽して生きてる屑とは違うんだよ!!」

「騎士団長さんから色々と聴いたぜ! 国王陛下に俺達の村に関する嘘の報告書を出し続けたってな!!」

「警備兵をケチって自分だけ贅沢三昧(ぜいたくざんまい)しやがって!! 村の税はテメェを楽させる為の物じゃねんだよ!!」

 次々に冒険者達の怒りと不満の声が上がっていき、デベルンス家――――主にダダボランを責め立てる。

「わ…私は領主だから当然だ…! 村の物全ては私の物だ…! 徴税して当たり前だ! それの何が悪い!」

「取り過ぎなんだよ!!! 村の皆を殺す気か!!!」

 ダダボランの自分勝手な考えの言葉に、冒険者全員が口を揃えて怒声を張り上げた。

 彼等の怒りは、更に熱を増す。

 ダダボランの言動はまさに、火に油を注ぐという愚かな発言である。

「領主だってほざくんなら、俺達の村をちゃんと護れよ!! ()()()が!!」

「村の農作物育てるのも楽じゃねんだよ!! 村にとっての生命線なんだぞ!!」

「食い物も好き勝手に取られたら餓死(がし)しちまうだろ! そうなったら誰が作物育てるんだよ!!」

「それを解ってるのか!!? この馬鹿野郎が!!」

「テメェなんざゴブリン何かよりずっと(たち)(わり)い略奪者だ!!」

 遂には冒険者全員がダダボランを囲って、ボコボコに殴り付け始めた。掴み掛かり、無茶苦茶に弛んだ身体を揺さ振り、冒険者稼業で鍛え上げられた(こぶし)で殴り、()り飛ばし、罵声(ばせい)を飛ばし浴びせ続ける。

 その状況を、セルシキアと騎士達はそれを止めようとは一切しなかった。

 彼等を止めないのは、彼等にはその権利があるからだ。

 デベルンス家は彼等に暴力を振るわれるだけの罪を犯したのだから、彼等冒険者の暴力は正当な行為として成り立つ。

 ダダボランは大きな報いの一部分を、彼等から物理的かつ精神的に受けるのだった。

 だが、ダダボランは最後の最後まで、その強欲で黒く染まった汚い心は変わらず、自分は高貴な存在だと言い張るのだった。

「黙れ黙れ黙れぇぇぇ! たとえ貴族でなくとも、私は一流魔導師だぞ! 下賤で野蛮な冒険者風情が調子に乗るなぁぁぁ!」

 彼等の憤怒(ふんぬ)ゲージが限界を超え、火山の噴火(ふんか)の如く殺気の混じった怒りが大爆発した。

「テメェ!!! 調子に乗ってんじゃ――――」


「ンンンンンンンン」(調子に乗るな、ダダボラン)


 空気を重く振動させる様な野太く鼻の掛かった低い(うな)り声が、冒険者達の後ろから響いて来た。

 その唸り声には、怒りが含まれているのが誰もが直ぐに理解出来た。

 唸り声を耳にした彼等の大爆発した憤怒は一瞬で鎮火(ちんか)し、怒りの表情は驚愕と動揺の表情へと塗り変えられた。

 その怒りを含む唸り声を響かせた存在、幻神獣フォルガイアルスがゆっくりと迫る様に歩いて来た。

 冒険者達は無意識に道を開ける様に各々、左右に退(しりぞ)く。

 ダダボランは迫り来る幻神獣フォルガイアルスを、恐る恐る見上げた。

 その瞳には、慈愛といった優しさや穏やかさが一切無かった。

 其処に宿るのは静かな憤怒が満ち溢れた、如何(いか)なる眼前の者を畏怖(いふ)させる瞳をしていた。

 その場に居る誰もが、幻神獣のその憤怒に満ち溢れた威圧的な(まなこ)を見て畏縮した。特に恐怖の思いをしているのは、そんな視線で睨まれているダダボランだった。

 流石のダダボランも、幻神獣の前では愚かな言葉を発する蛮勇は起こらなかった。

 幻神獣の前では、虚勢何て物は無意味だ。

 地位、爵位、権力という盾は、幻神獣に対してはただの薄っぺらい紙でしかないのだ。

 ガイアは紙が載ったボードと羽根洋筆(ペン)を取り出し、それを高速で紙に走らせた。怒りに満ち溢れた目を変えずに文字を書き(つづ)り、それを突き付ける様にダダボランに見せるのだった。


〝お前はもう貴族ではない。領主でもない。お前は薄汚い独裁者であり、彼等の言った通り略奪者だ。そんなお前を領主だと心から認める者は誰1人居ない。支持する民など居ない。そして彼等冒険者は決して下賤な者なんかじゃない。1人1人が勇敢(ゆうかん)なる者達だ。犯罪者であるお前が彼等を、冒険者を語るな。そして王座を狙い、国王陛下の命を狙った反逆者が調子に乗るな。〟


 ガイアの書き記した内容を恐怖しながら読み終えたのか、身体を震わせながら土下座をし、幻神獣フォルガイアルスに()()()()()のだった。

「ど、如何か…! 如何か御助け下さい! もし、私達を助けて下さるのならば、の…望みの物を、幾らでも、よ…用意いた―――」


(―――ふざけるなぁぁぁぁ!!!)

 ドゴオオオオオオォォン!!!


 大地を揺るがすが如くの轟音(ごうおん)が鳴り響き、その場に居る者全員は愕然し、恐怖した。

 幻神獣フォルガイアルスが地面に向かって、右拳を叩き付けたのだ。

 その行為を突如と起こしたガイアからは、更なる憤怒が満ち溢れている事がはっきりと見て取れる恐ろしい光景だった。

 特に眼前で巨大な岩石の拳を地面に叩き付けられたダダボランは、尋常(じんじょう)ではない恐怖に支配され、腰を抜かしていたのだった。

「………!!」

 レウディンとセルシキアは初めて見た。最初の穏やかで優しい印象だった幻神獣フォルガイアルスの恐ろしき怒りを。

 ベレトリクスもその光景に目を見開き、何時振り以来の大きな恐怖を生じ、普段の気怠そうな表情が完全に吹き飛んだ。

 エルガルムとシャラナは幻神獣フォルガイアルスの怒りを見て、初めて遭遇し、野盗捕縛の時に最後の残りの(かしら)に向かって全てを揺るがす怒りの咆哮(ほうこう)を思い返すのだった。

 地面を叩き付け怒りの色に染まったガイアは、ダダボランに咆哮を浴びせた。

(もう一度言うぞ!!! 調子に乗るな!!! 貴様の様な人を食い物にする奴を誰が手を差し伸べる!!!? 独裁思考の王を全ての民が支持すると思うか!!!? お前は何もかもが望み過ぎだ!! 他者を蔑ろにする自分勝手なお前に、救いを求める資格など無い!!! 略奪者に奪い取られた者達が、その略奪者を助けると思うか!!!? ()加減(かげん)に自分自身の過ちを理解しろ!!!)

 響き渡る怒りの声と、放たれる怒りの気配が、王城敷地内の練兵場全体の空気を揺るがす。

「何事だ!!? 今の地響きと咆哮はいったい…!!?」

 其処に聞き付けたラウラルフ国王が、その場へと駆け付けた。

「何があったのですか!?」

 更に共にしていたソフィア教皇も駆け寄る。

 そんな彼女の問い掛けに、神官の1人が答えた。

「ダダボランめが、神獣様の逆鱗に触れたらしく……!」

 そんな恐怖と困惑する彼等を他所に、ガイアは続けて咆哮を上げる。

(いいか!!!? お前達はこれまで為出かしてきた大きな罪を背負い続け、それ相応の罰を受け続けろ!!! 彼等冒険者達の正当な暴力もその1つだ!!! そしてこれから残りの人生で、自分達がどれだけ愚かだったか思い知れ!!! これはお前達が招いた当然の報いだという事を!!!〟

 言葉を発せない為、何を言っているのかは解らない。

 特にダダボラン―――いや、デベルンス一家は何が原因で怒りの矛を向けられているのか、理解が出来ていなかった。

 その威圧な咆哮に、頭の中は恐怖で飽和し、真面に思考が回らない状態である。

「教皇様…!? いけません! 今近付かれては!」

 憤怒の幻神獣の下へと歩み寄り出すソフィア教皇の行動に、神官の1人が慌てて呼び止める。

 しかし、ソフィア教皇は歩みを止めず、現状最も危険な場所へと向かって行った。

「ひぃぃぃぃ! ゆ…許して下さい~! 如何すれば許して下さるのでしょうか!?」

 ダダボランは恐怖しながら、理解していないながら許しを請う。

「見苦しい言動をお止めなさい、ダダボラン」

 そんな彼に、ソフィア教皇は告げ出す。

「貴方は許されざる多くの罪を犯した身、許しを請う資格など有りません。それを認めず、民達を下賤と罵りおきながら、形だけの謝罪をすれば許される道理は在りません。彼の偉大なる幻神獣、フォルガイアルス様がそう御怒りに為っているのが解らないのですか?」

 普段は温和で優しい、母性に溢れた笑みを浮かべる彼女だが、今は違っていた。

「何より貴方は、フォルガイアルス様に対し冒涜を働いた。……あの様な愚行が、許されると御思いですか?」

 その蒼玉(サファイア)の如き瞳に静かな怒りを宿し、双眸(そうぼう)を細める。

「己の犯した罪と愚かさを理解しなさい。さもなければ、フォルガイアルス様から更なる神罰を下される事に為るでしょう」

 彼女の笑み無き表情で告げられたダダボランは理解し、口を(つぐ)んだ。

「ンンンンンンンンン…!!」((わか)ったな、ダダボラン…!!)

 ガイアも確認を問う様に、低く唸りながら顔を近付け、睨み付けるのだった。

 ダダボランは声を一切発さずに、恐怖の色一色に染まり切った顔を震わしながら何度も頷くのだった。その唸り声に含まれた言葉が何なのかが察した様に。

 目を閉じ、振り返った後に(まぶた)を開いた幻神獣フォルガイアルスは、先程までの恐ろしい怒りに満ち溢れていた瞳が最初から宿って無かったかの様に、優しく穏やかな瞳へと戻った。

 ガイアは青年の冒険者にゆっくりと歩み寄る。大きな岩石の手を優しく彼の肩――――というよりも左半身を覆い被さる様に()え、ゆっくりと1回だけ頷く。

「ンンンンンンンンン」(大丈夫。必ず君達の村を救うよ)

 そしてそのまま、ガイアは元の位置へとゆっくり歩き戻るのだった。


 冒険者達は目を丸くした儘、背に小さな樹木を生やす謎の岩石の存在を見る。

「あれっていったい……?」

 ルースン村出身の青年冒険者は呟く。

 そしてその疑問を解く為に、近くに居た騎士団長に問い掛けた。

「なぁ…あれはいったい何なんだ…?」

 青年冒険者の質問に対し、セルシキアは答えた。

「聴いていただろ? あの者は神獣様だ」

「し……神獣様…!!?」

 青年に限らず、その場に居る冒険者全員が口を揃えて驚愕の声を上げるのだった。

「そうだ。これから各村に、神獣様が豊穣の恵みを分け与える。その為に我々と同行する事になっている」

「えっ!? それって…まさか農作物が大量に作れるって事か!?」

「ああ。それも想像以上だと思うぞ。私もこれからその奇跡を確かめる。どれ程の物かは行ってからのお楽しみだがな」

「…マジかよ……」

 冒険者全員が再び、幻神獣フォルガイアルスへと目を丸くしたまま視線を動かした。

「さぁ、急ぐぞ! 先ずはルースン村から向かう! ルースン村担当の警備兵は直ぐに集まれ! 王城に残る者は引き続き保存食の生産作業を続けてくれ!」

 セルシキアの命令に従い、各々各持ち場へと移動し、出立の時を迎えた。

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