村人と不思議な魔獣2-1
フォラール村。
ラウツファンディル王国内に幾つも点在する村の1つ。東南に位置する村であり、他の村と比べると規模は大きい方であり、農作物が豊かな土地である。
その村を囲い広がるフォラール大草原での魔物の脅威は珍しい程無く、大自然による災害も殆ど無い。遭っても、ちょっとした大雨や台風による被害が少し出る程度だ。壁はただ石を積み上げただけの簡素な造りに見えるが、セメント材で石の間を隙間無く塗り固め、堅牢と迄では無いがしっかりとした頑丈な壁造りである。
村の人口は273人。48世帯からなる村は、ラウツファンディル王国内の村としてはとても多い規模だ。
此処では多くの農作物を生産をしており、大麦や小麦は勿論の事、人参に馬鈴薯、更には葡萄も栽培している。その葡萄を発酵させて造る醸造酒――――葡萄酒造りもされており、それは大人の村人達にとって人生の内で数少ない楽しみの1つになっているのだ。
因みに、この村で造られた葡萄酒は甘口であり、栽培されている葡萄の糖度が高い。
そして偶に旅人や商人、冒険者が訪れる事もあり、旅人からは酒盛りの場で現在の国内の様々な情報を聞いたり、商人からは丈夫な農具や狩りに使う弓、病気や大怪我といった緊急時用の魔法薬を金銭――――村では殆ど貨幣を使う機会が殆ど無いので、有り余った蓄えの農作物や造った葡萄酒での物々交換が主流――――で買い取り、そして冒険者からは様々な冒険体験談を聞かせてくれる。
後は年に一度、王都からやって来る徴税吏ぐらいだ。
此処の村は、豊かさと安全さに恵まれている土地である。
薄暗い空は青く染まり始めていた。
村の朝は基本的に何処でも早い。太陽が昇る時刻には村の人達は起き始める。
畑仕事は其々の世帯でするのではなく、皆で仕事をするのが当たり前だ。お互いを支え合い、助け合っている此処の村民はとても素晴らしい絆で結ばれている。とても善い人達ばかりだ。
そんな村に王都から派遣された1人の警備兵が、この村に住んで居た。
春の時期はとても過ごし易く、布団から身体を起こし易い。布団から身体を起こした彼は大きな欠伸をし、布団から身体を出した。未だ少しだけ眠気が残っているが、まるで身体が習慣付いている様に何時も通り行動をする。
朝食は村で採れた馬鈴薯や人参などを適当に刻み、幾つかの干し肉の欠片と一緒に煮込んで作ったスープとパン。そして大麦と小麦のオートミールをお湯で煮詰めて作ったポリッジ。所謂お粥だ。とても簡単な料理だが、栄養はしっかり取れる良い食事である。
彼の名はタンタ。冒険者だった者だ。
彼の日課は基本門番の仕事ぐらいしかない。偶には村の仕事などを手伝いや、此処から東に在る森へ狩人と一緒に狩りに出掛ける事もある。
しかし、フォラール村は安全で平和な為、とても暇な時が多いのだった。
食事の後は軽く運動をしてから身支度を整える。服の上に革鎧と肩には鉄製の肩鎧、そして腰にロングソードを身に付けてから自分の仕事場へと向かう為外に出る。
朝の春風はほんの少しだけ肌寒いが、それが心地良くも感じる。
「やぁ、おはよう」
既に幾人が仕事の準備に取り掛かっていた村人の1人が挨拶をして来た。
「あっどうも、おはようさんです」
タンタは軽く会釈をする。
「やぁ、おはようさん。今日も門番頑張れよ。ま、安全だけどなっ。ハハハハッ!」
「いやぁ、ハハハ……まぁ危険よりかは全然良いので。此処での生活に不満なんてこれっぽっちも無いですよ」
2人は嫌味すらない言葉を交わし、互いに笑った。
「何より此処は綺麗な景色が見れますからね」
タンタは此処で生活する事に、不満や抵抗は一切無かった。
冒険者だった頃の彼は、E等級の依頼を多少こなして生活費を稼ぐ少しギリギリな生活を送っていた。しかし、D等級のある依頼を受けたその日、不運な出来事に遭ってしまった。決してD等級は難しいレベルと言う訳ではないが、それなりの実力は必要である。だが、その時の依頼でレベルに見合わない強力な魔物に遭遇してしまったのだ。
その時には既に依頼が達成されていたので、後は冒険者組合に報告するだけだった。帰る途中で危険度の高い魔物に遭遇してしまったが、一目散に全力で走り、命からがら運良く逃げ切る事が出来たのだ。
しかし、その不運の出来事が切っ掛けで、タンタは心が半分程圧し折れてしまったのだ。この先自分は冒険者として生きていけるのだろうかと、後ろ向きな思考に陥ったりもした。
そんな時、国に仕えるとても気の良い騎士が現れ、村の警備の仕事を紹介してくれたのだ。
突如と幸運が、彼の下に転がり込んで来た。
タンタは直ぐに承諾し、派遣の手続きをその日に済ませ、その後日にフォラール村へと赴いた。
そして現在では退屈かも知れないが、代わりに安全と言う安らぎを得る事が出来たのだ。
タンタは村の門へと向かって歩き始めた。
門へと続く道の途中で、2人の男性が姿を現した。
「やぁタンタ、おはよう」
1人は面頬が付いていない兜を被り、服の上に鎖帷子を着込み、肩には肩鎧、靴は装甲靴、全て鉄製だ。右手には槍が握られており、腰にはロングソードを装備していた。
同じ門番仲間だ。
「よう、ちゃんと飯食ったか?」
もう1人は革鎧と、靴や手袋も丈夫な革使用の物であり、弓と矢筒を背負っていた。彼は村生まれの狩人であり、何時も朝早く森へ出掛けるのが日課だ。
何時もの朝のメンバーが集まり、一緒に門に向かった。
「今日もあの森に行くのか?」
「おうよ。何で又そんな事訊くんだ?」
「遠くないですか? 此処から結構な距離ですよね?」
此処の村から東に在る森は自然豊かな恵みが実ってるのだが、同時に魔物も多く住み着いている場所でもある。しかし、強力な魔物は存在せず、頑張れば村人1人でも倒せる弱小の魔物が沢山居るだけだ。ただ人や農作物に被害を与えてくる所は一緒だ。
「なぁに言ってる。酒の肴が無きゃつまらないだろぅ?」
狩人のロノタックは、酒を呷る仕草をしながら笑い語り掛ける。
「ハハハッ、確かにそうだな。楽しみが無いとつまらんからな」
同じ門番仲間のカヌンは肩を竦め同意する。
「何か森とかに変わった事ってないですかね?」
「うん? 変わった事? そうだなぁ…」
ロノタックは昨日の森の様子を思い返し、「あっ」と声を発したと同時にある場所を思い出す。
「そうだ! 確か森の奥に妙な穴があったんだ!」
「穴? 洞窟とかか?」
カヌンは首を傾げながら問い掛ける。
「いやいや、洞窟じゃなくってな。地面に穴が空いてたんだ。ただ……まるで何かが地中から這い出て来た様な空き方だったんだよ」
「這い出て来た? 地中から?」
「あぁ。未だ新しかっなありゃ」
「…まさか不死者が這い出たのか?」
死して尚生きる屍――――アンデット。
生きる者の命を求め、襲い掛かる負の生命を宿す不浄の存在。死体が不浄の下に晒され続け、負の生命を宿し生まれる生きた屍である。
「流石にそれは無いだろ。此処いらじゃ先ず見ないしな」
ロノタックの言う通り、此処フォラール大草原周辺は不死者が発生する事は先ず無い。
しかし、それを聞いてもタンタとカヌンは安心する事が出来なかった。
「少なくとも、魔物の可能性は充分にある筈だ。狩りの次いでに調査もしないとな」
彼等は地面から這い出て来た何かについて、思案をし続けた。
情報は殆ど無い。姿形も分からない。
情報を集め、もしもの時の対策を練らなければと3人は考える。
「ならタンタ、今日は俺と一緒に来てくれないか?」
「俺か? ああ、問題無い! 元冒険者としてある程度は経験してるから大丈夫の筈だ!」
「よしっ! 決まりだ! じゃあ済まんがカヌン、門番の仕事は今回1人で頼む」
「分かっているさ。1人でも問題無い」
カヌンは親指を立てて了解の意を示した。
そして彼等は今回やるべき事を頭の中に入れ、村の外に繋がる門へと向かった。
門の扉が重い音を立てながらゆっくりと開いていく。
その扉は二人の門番に両開きに開けられていく。
開かれた扉の先は、広大な大草原が広がっていた。
今日も良い天気だ。
「さてと。久し振りに出掛けるとするか」
元冒険者タンタは、自分の装備と水が入った革袋と小袋に入れた携帯食料を確認する。
調査といった仕事をするのも、冒険者をしていた頃以来だ。
少し冒険者としての感覚が抜けてしまっているのではないかという不安はあった。
剣の鍛錬は欠かさずにしてはいるものの、暫くは実戦から離れてしまっているので、闘いの勘が鈍っているだろう。
「別に戦う必要は無ぇよ、あくまで調査だからさ。もし危険な魔物とかなら下手に手を出さず、観察する方が良い。其奴の生態や動向を知ってから対策を練る事が重要だ。ま、倒せるんなら倒しちまうがな!」
ロノタックも自分の装備と水や携帯食料、そして矢筒に入った矢の本数を再度確認した。
「まぁ、何事も無いのが一番なんだが」
今回1人で門番をするカヌンは普段よりも気を引き締めていた。
2人がもしもの事が遭った場合に、1人でこの村を護らなくてはならないからだ。
「無茶はしないでくれよ」
「分かってるさ。自分の身の程は弁えている。無謀な事なんてしようとも思わないよ」
「俺もさ。此処での楽しみが二度と味わえないなんて御免さ!」
彼等はもしもの時の覚悟を決め、タンタとロノタックは東にある森へ向かおうとした。
が、その前に、タンタはある物の存在に気付いた。
「ん? 何だこの岩?」
門の隣に大きな岩が、何時からか知らぬ間に現れ、最初から其処に在ったかの様に鎮座していたのだ。
その岩は白に近い灰色の色をしていた。何とも妙な岩で、上には植物が生えていた。苔の様にくっ付いているのではなく、実際に岩から生えているのだ。
「何だぁ、この岩!? こんなの昨日まで無かったよな? 何処から転がって来たのか?」
ロノタックの訪いに2人は首を横に振り、昨日まで此処にこんな岩は無かった事を肯定する。
「いったい誰が? 魔物の仕業か? …それは無いな、こんな大きな岩を動かす事が出来る魔物なんて、この辺りには居ない筈だ」
森に生息する魔物を思い浮かべても、その様な怪力の生き物を見た記憶がなかった。
「まさか! この近くに居るんじゃ!?」
カヌンは両手で槍を構え、周囲の警戒をした。
「流石にそれは無ぇんじゃねえか? もし居るなら直ぐに見付けられる筈だ」
「そ……そうだな。けど、もしもの事も考えとかないとな」
彼等は門の隣に出現した謎の岩で、思う様に考えが整理出来なかった。
昨日まで無かった物が、今日になっていきなり出現したのだから無理はない。
そんな状況の中、タンタは違和感を感じた。
「……これ、ホントに岩か?」
よく見ると、腕や手の様な形をしている部分がある。
頭の様な部分まである。
顔の様な形まである。
まるでこの世界に存在する最強種である竜の顔を彷彿させていた。
見れば見る程、奇妙な岩だった。
ぺしぺしと岩を叩いてみても、特に何も無かった。
「変な岩だなぁ」
今日は何だか変な1日になりそうだな、と。
此処で考えても意味が無いとタンタは悟った。
「もうこれは後回しにしよう。先に森の調査だ」
タンタは2人の方へ振り向いた。
すると、その2人の顔が驚愕の表情を浮かべているのを目にする。
いったい如何したと訊こうとする前に、ロノタックが何かに指を刺しながら口にする。
「お……おい…それ…!」
2人の目が飛び出てしまいそうなくらいに、指差す方向に凝視していた。
「そっ、その岩っ! 生きてるぞ!!」
「……えっ!?」
彼はもう一度、岩の方へ振り向いた。
その岩には大きな生き物の目が付いていた。人の頭ぐらいの大きい目が其処に在った。
「………ヘッ!?」
それは彼等を見ていた。
静かに此方をジッと見ていたのだ。
そしてその岩は――――突如と動き出した。
「うわっ、うわっ、うわたたたっ!!」
タンタは慌てて動き出した謎の岩から離れた。
手や腕の様な形をした部分は、本物の手と腕だったのだ。ゆっくりと動いていた。
そして頭の様な部分と顔の様な形は、本物の頭と顔だったのだ。
その姿はまるで動像を彷彿させる様な形をしていた。
動像は魔導師が使う土系統魔法を用いて創る事で生まれる、命を持たない動く人形である。動像は創造主である魔導師の命令に従うか、予め仕込まれた命令に沿って半永久的に行動する無機物だ。勝手な行動をする事は出来ない様に出来ているのだ。
だが目の前の存在は、異様な動像と言うべきだろうか。
抑々、動像にあんな生き物の目を持っているなんて見た事も聞いた事も無い。
「なっ…何だ此奴!!? いったい何なんだ!!?」
生きた岩は顔を此方に向けていた。
その場で立ったまま、此方をジッと窺う様に見ていた。
謎めく岩の生き物は首を傾げながら、驚愕の表情を浮かべている彼等をジッと見続けるのだった。