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王との謁見、粛清の時10-3

 長く広大な廊下を(しばら)く進み、通り抜けた先、ガイア達は大広間へと足を踏み入れた。

 大広間の先には大きな両開きの扉が鎮座(ちんざ)し、扉の前には2人の王城騎士の門番が立ち塞がる様に立っていた。

 此処(ここ)は玉座の間へと続く道という広大な空間。

 静寂に満ちた大広間の空間を、其々(それぞれ)違った足音が響き渡る。

 革靴特有のコツコツと鳴る足音が複数響き、たった1人からは装甲靴(サバトン)が床の大理石とぶつかる金属特有の硬質な足音が響く。

 中でも一際(ひときわ)、ドスンドスンと巨大な存在から発せられる重々しい足音が、ゆっくりとした律動(リズム)で大広間に響かせるのだった。

 此処の大広間と玉座の間を(へだ)てる扉を守護する2人の王城騎士門番は、その巨大な存在を目にして驚愕(きょうがく)の色を(ヘルム)の下で浮かべていた。

 玉座の間へと通じる扉に近付いて来る一行を視界に映し、互いの距離が2メートル程に縮まった時、2人の王城騎士は一行の最後尾に居る巨大の存在に対する驚愕の思いを内に留めながら、敬礼をするのだった。

 2人の王城騎士の敬礼に対し、先頭のタルカドスも敬礼で返した。

「開けてくれ」

 タルカドスの張った一声で2人の王城騎士は迷う事無く、玉座の間に続く扉をゆっくりと開けるのだった。

 扉がゆっくり開かれる中、ガイアはこの異世界で初めて緊張が身体を(はし)った。

 この国の王と対面するのだ。前世では自国のトップに会う機会など決して無い完全に無縁な一般人だったのだから、緊張して当たり前だ。100人に国のトップと緊張せずに平然と会話が出来るかと聞けば、100人全員が間違い無く無理だと答えるだろう。

 前世では特に何か地位に繋がるものが全く無い一般人の白石大地と、この異世界の一国――――ラウツファンディル王国のトップである国王とで明らかな天と地程の差があるのだから。

 だが同時に、ガイアの中には純粋な子供の様にワクワク感が満ちていた。

 楽しみだった。

 純粋に楽しみだった。

 この異世界の自分の未だ見ぬ知らない様々な国の内の一国、ラウツファンディル王国の王様に会える事に純粋な楽しみを抱いていた。

 更なる出会い。

 この先の出会いも、女神様の導きによるものなのだろうか。

 その答えは誰にも分らない。

 たとえ分からなくても、悪い事ではなければ、自分の思った通りに歩み前に進もう。

 ガイアはそう心の中で思考するのだった。

 玉座の間への扉が開き切り、2人の王城騎士は再び敬礼をした。

「どうぞ、御通り下さい。国王陛下が御待ちして居ります」

「うむ。では、行きましょう」

 タルカドスが一声上げ、先頭を切って玉座の間へと歩み進み出す。彼に続き、フォルレス侯爵一家、賢者エルガルム、魔女ベレトリクス、そして幻神獣フォルガイアルスが玉座の間へと歩み出し進むのだった。

 扉を潜り抜けた先に広がる空間に、ガイアは見開き感嘆するのだった。

(おお……! 凄い……!)

 視界全体に広がるその広大な空間は、豪華絢爛(ごうかけんらん)な世界だった。

 ただ豪華絢爛なだけでなく、其処(そこ)には尊厳さという偉大な力強さを空間全体から(かも)し出されていた。

 まるで神殿の様な美麗さも輝いてた。ルミナス大神殿とは異なる、荘厳な空間にガイアは目を輝かせた。

 豪華絢爛かつ尊厳さが醸し出す空間を構成する壁や床は、綺麗に磨かれた白色の大理石を基調とし、金や銀が広大な空間にある物全てに精巧な細工が施されていた。

 壁には何かの象徴(シンボルマーク)が金糸で刺繍(ししゅう)し描かれた国旗が垂れ下がっていた。恐らくは、ラウツファンディル王国を示す象徴(もの)だろう。

 踏み締める足元には長い真紅の絨毯(じゅうたん)が最奥にまで続き、低い階段の上に敷かれた絨毯は隙間無く綺麗に敷かれている。

 長い絨毯を挟むかの様に、王城の騎士達がずらりと並んでいた。騎士だけでなく魔導師も同じ様に騎士達の間に入り、均一感覚で綺麗に並んでいた。

(あの人が…この国の王様か)

 そして階段の先、豪華絢爛で尊厳のある空間の最奥、金と銀をふんだんに使い作られた玉座に座る者をガイアは遠くから視認した。

 ラウツファンディル王国を統治する王。

 ラウラルフ・ディウズ・フルード・ベレガルズ国王。

 そして(となり)には、最近会っていなかった女性が2人が立っていた。後1人は見知らぬ男性が立っている。

 1人はラウツファンディル王国の全ての騎士を統率する騎士の頂点、セルシキア・ケイナ・サイフォン騎士団長だ。頭以外は美麗な白銀色の鎧で身を包み、腰にはロングソードを(たずさ)えている。

 もう1人はラウラルフ国王と同等の地位と権威を有し、ルミナス大神殿の最高位聖職者、ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇だ。そして彼女の隣には聖騎士が2人、神官が2人、計4人が(ともな)っている。おそらくは彼女の護衛だろう。

 セルシキア騎士団長の隣に立つ上質な頭巾(フード)付き魔導衣(ローブ)を着ている魔導師が1人。頭巾(フード)は被らず、頭は外に(さら)している。手には金や銀の木目細かな細工が施されている漆黒の(スタッフ)を所持していた。

(騎士団長の隣に居るって事は、此処の王城で偉い魔導師団の人かな?)

 ガイアは先程此処まで来る間に話していた内容を、思い出しながら予想をする。しかし、完全に憶えている訳ではない為、魔導師団の偉い人の名前が浮かんで来なかった。

(名前……何だっけ?)

 頭の中に埋めた記憶を大雑把に掘り返し思い出そうとしながら、深紅の絨毯を踏み締め、ゆっくりと歩を進めるのだった。

 玉座の間へと足を踏み入れたガイアの異色の神秘さと不思議な雰囲気、そしてその巨体の姿を見た玉座の間に居る者全てが驚愕の色を滲ませ、ほんの僅かな声を無意識に漏らす者がちらほらと居た。

 最奥の玉座に座るラウラルフ国王も、報告では聞いたガイアの姿を目を見開き凝視していた。彼の驚愕の表情には、困惑が少しながら混じっていた。

 セルシキア騎士団長も視線をガイアの身体、特に背中に生えた樹木へと向け、困惑の表情を浮かべていた。

 ソフィア教皇に伴っている聖騎士と神官からは「おお…!」と驚愕と感嘆の声を上げていた。彼等は以前にガイアが大神殿に訪問した時にソフィア教皇と共に居た所を見ていたか、教皇からガイアの事について伝えたからだろう。

 ソフィア教皇はガイアの姿を見て、穏やかで優しい瞳に純粋な感嘆を宿し輝かせていた。

 そんな中、此処の玉座の間に居る者達の中で、一番ガイアの姿を凝視する者が1人居た。

 それはセルシキア騎士団長の隣に居る魔導師だった。それも眼球が零れ落ちのではないかというくらいに、目を見開き凝視しているのだ。

(メッチャ見てる…。何かメッチャ見てる…。何かメッチャ此方(こっち)見てる!)

 ガイアへと向ける彼の視線は、途轍(とてつ)もなく怖い目をしていた。

 しかし、実際の彼の視線は驚愕と未知に対する興味から来るものである。決して睨み付けている訳ではないのだ。

(メッチャ怖いよあの人!)

 だが、(はた)から見れば、結局その視線は睨み付けているとしか言えないのだった。

 ガイアは前に居る皆の後に続き、最奥に続く絨毯の上をゆっくりと歩み進む。

 玉座に座るラウラルフ国王の低い階段前に止まったタルカドスに続き、彼の後に付いて来たレウディン、フィレーネ、シャラナ、賢者エルガルム、魔女ベレトリクス、ガイアも脚を止めた。

 そしてガイア以外、全員その場で片膝を床に付けながら(ひざまず)き、(こうべ)を垂れる。

(え、あ、えっと……如何(どう)しよう…。僕、如何やってすれば…)

 ガイアは内心焦り慌てた。

 ガイアの身体の構成は人間とは違った骨格である為、彼等の様に膝を付いて跪く事が出来ないのだ。無理にやろうとすればバランスが崩れ、そのまま横たわってしまうだろう。

(せ…せめて、御辞儀はした方が良いのかな? いや、御辞儀じゃ駄目だったりするのかな?)

 そもそも、ガイアこと白石大地はこの様な場には慣れていない。その所為(せい)で少々困惑しているのだ。

 不安が浮かび上がるガイアは視線だけを動かし、焦り慌てながらも周りの様子を(うかが)った。

 周りからの非難の目は無かった。

(よ……良かった)

 たった1体、自分だけが王の前で跪かない事に対し、(とが)める者が居ない事にホッと胸を()で下ろし、ガイアは安堵(あんど)するのだった。

 そして、謁見(えっけん)の口火を最初に切ったのは重装騎士団団長、タルカドス・ゴルベルクだった。

「国王陛下。フォルレス侯爵家、及び賢者エルガルム・ボーダム様、及びベレトリクス・ポーラン様を御連れ致しました」

「うむ。(おもて)を上げよ」

 ラウラルフ国王の口から許可が下り、皆は面を上げた。

「急に呼び出して済まない、フォルレス侯爵よ」

「いえ、つい先ほど此方から謁見を御願いしようとしていた次第でした」

「うむ。…其方(そちら)がフォルレス侯爵の娘だな」

「は…はい! シャラナ・コルナ・フォルレスと申します!」

 ラウラルフ国王から声を掛けられ、(わず)かにビクッと肩を(すく)ませたが、顔を真っ直ぐに向け何とか平静を保ちながら自己紹介を告げた。

「中々立派な娘だ。以前に話で聞いてはいたが、魔導師としても優秀だと見て取れるな」

 ラウラルフ国王は軽く笑いながら、視線をシャラナからレウディンに戻す。

「はい。私の自慢の愛娘(まなむすめ)です」

「ハッハッハッハッ! そうか、自慢の愛娘か。さて―――」

 一泊置いてからラウラルフ国王は息を深く吸い、再び話し出す。

「――――皆、立ってくれ構わない。特にエルガルム殿にベレトリクス殿、君達2人が私の前で跪くのはやはり違和感がある。と言うよりは、全く合わないぞ」

「何を言うとる、今回は正式の謁見の場なのじゃから当然じゃろう」

(ありゃ? 賢者のお爺ちゃんって王様と面識以前に随分と仲が深いのか?)

 国王と賢者のお互い気を許した会話に、ガイアは驚いた。

「それにベレトリクス殿も、忠誠心というものは持って無いのはずっと前から知っているのだから、もう普段通りにしてても構わないんだぞ」

「え~、そんな事言われてもねぇ」

(うわぉ……。ベレトリクスのお姉さん、王様に対して平然とため口で話してるぅ)

 ベレトリクスの国王に対する傍から見れば明らかに非常識かつ失礼な言動に、ガイアは出ない冷や汗を心の中で流すのだった。

 しかし、そんな彼女に対し誰も咎める声を上げなかった。

「まぁ、あんたの言う通り、忠誠心はこれっぽっちも無いのは事実だけど、誠意というものはちゃんと示している筈よ」

「確かにな。魔法薬(ポーション)の件は非常に助かってる。何時(いつ)も済まないな」

「良いのよ。お互い様ってやつよ」

「ハッハッハッ、そうだな」

 ラウラルフ国王は彼女のため口を平然と笑うのだった。ベレトリクスもエルガルムと同じ特別な地位を持つからか、国王と賢者に魔女はお互いに対等とも言える特別な存在なのだ。

「さて、賢者エルガルム殿。本題に入る前にだが、此方(こちら)では魔導師団員の者がある証拠映像で映っていた……その、エルガルム殿が此処王都に入れた其方の存在についてなんだが…」

 ラウラルフがガイアに視線を向け、それに釣られる様にこの場に居る殆どの者達もガイアへと視線を向ける。

「報告では聞いたが、魔獣ではない上に、妖精獣でも精霊獣でもないとは……いったいどの様な存在なのだ?」

 国王の言葉の直後、立ち並ぶ騎士た達と魔導師達が一斉にエルガルムの方へと注目する。

 騎士達と魔導師達だけではない。ラウラルフ国王にセルシキア騎士団長、タルカドス重装騎士団長もだ。特にセルシキアの隣に居る魔導師は目をクワッと見開いており、その眼力も相まってかなり怖い視線となっていた。そんな中、ソフィア教皇と彼女に伴う聖騎士と神官は注目といった視線を向けていなかった。

 彼等の視線の理由は、今其処に居る謎の存在の正体を知りたいが為にだ。

「聴けば間違い無く驚くぞ?」

 ニヤリと笑うエルガルムの言葉に、誰も言葉を発する者はいなかった。

 しかし、賢者エルガルムへと視線を向けながらも言葉を発さないのは、彼の言葉を聴いていなかった訳でも理解出来なかった訳でもない。

 言葉を発さないのは、賢者エルガルムであろう御方が驚愕に値するの存在なのか、という意味の表れなのだ。

「今此処に連れて来たガイアはの正体は――――」

 この玉座の間に(つど)う全ての者が賢者エルガルムのその先の言葉に、未知の答えに対する好奇心が内で高鳴りながらも、玉座の間という空間は静寂に満ちていた。

 そして、エルガルムから告げられる衝撃の答えによって、一瞬で玉座の間全体に満ちた静寂が崩壊した。


「――――幻神獣じゃよ」


 巨大な驚愕が、静寂を一瞬で塗り替えた。

 衝撃の事実に対し、愕然(がくぜん)の色を浮かべ、どよめき、(ざわ)めき、(かす)れた(あえ)ぎ声が一瞬でこの場の全ての者に伝染した。ラウラルフ国王は勿論の事、以前フォルレス家の敷地で会ったセルシキアも愕然の表情を(あらわ)にしていた。彼女はその時未だ、ガイアの正体について知らなかったからだ。

 そんな驚愕が支配した空間の中、異常な程に愕然としているある人物が声を上げた。

「それは(まこと)ですか!!!? エルガルム様!!!」

 声を上げエルガルムに問い掛けたのは、セルシキアの隣に居た眼力がかなり怖い魔導師だった。彼の見開いたその目は、好奇心と感動に満ち輝いていた。

「本当じゃ。〝究明の水晶〟で鑑定したのじゃ。間違い無く()の者は幻神獣じゃよ」

「おお!」と騎士達と魔導師達の驚愕と感嘆が入り混じった声が、王の間全体に響き渡る。

「で、では! 彼の者はいったい、どの様な…如何いった神獣様なのでしょうか!!?」

 見開いている目を更に見開こうとする勢いで、かなりの興奮が沸き上がっている様子でエルガルムに更なる問いを掛けるのだった。

(ひぇ~…。あの人、メッチャ怖い)

 そして余りにも怖かった。

「まぁまぁ、ちゃんと説明するから少し落ち着け、フォビロドよ」

(へ…へぇ~。あの人…フォビロドって言うんだ)

 そう。彼は魔導師団を統率する魔導師、フォビロド・クロクタス魔導師団長だ。彼は賢者エルガルムの教えを授かった、数少ない弟子でもある。(ゆえ)に探求心といった知識欲が旺盛(おうせい)なのはエルガルムと似通ったものがあるのだ。

「正式な名は―――幻神獣フォルガイアルス。(はる)(いにしえ)の時代、世界が創造された原初の時代から存在していた大地の化神であり、世界を(めぐ)り歩み、その身に宿りし恵みの力で枯れた大地を(いや)し、干乾びた水源を復活させ、幾数の種族、無辜(むこ)の民達に恵みを分け与えていたと記されておったのじゃ。じゃが、遥かなる古の時代での大戦にて、幻神獣フォルガイアルスが滅ぼした悪魔の神は世界に巨大な爪痕を残し、世界は崩壊へと進んだ。しかして、幻神獣フォルガイアルスは自らの全てを犠牲(ぎせい)にし、我々の祖先たる人と世界を救済した。そして―――」

 エルガルムは後ろを、ガイアの方へと身体ごと向ける。

「――――幾千幾万の永き時を経て、幼き姿となって幻神獣フォルガイアルスは今、この現代に再誕したのじゃ」

「おお!」と更に驚愕と感嘆が入り混じった声が更に響き渡る。

「幻神獣だと…!」

 ラウラルフ国王は今視界に映る神に等しき存在の衝撃的な事実に、愕然の声を上げるのだった。

「何という事だ…! 我々は…奇跡の存在を目の当たりしているのか!」

 ラウラルフ国王を含む全ての者達から見れば、神と同等の存在が、幻神獣が我々の前に御降臨(ごこうりん)なさったと、それ以外の思いは湧き起らない。ただ現れた奇跡に対し、感嘆の思いだけが溢れ湧き起こるのだった。

「解るぞ、その心境。儂も今迄(いままで)に無い感動が湧き起こったのじゃからな。じゃが、儂も見ていない奇跡もあったそうじゃからな。のう、ソフィア教皇よ」

 今度はエルガルムからソフィア教皇へと注目が集まった。

「それは如何いう事だ? 賢者殿が見ていない奇跡とはいったい…?」

 大勢の困惑の声が騒めく。

 賢者が見ていない奇跡とは何だ?

 その見ていない奇跡と教皇に何の関係が?

 ラウラルフ国王にセルシキア騎士団長、フォビロド魔導師団長、タルカドス重装騎士団長、この場に居る全ての騎士達と魔導師達はその答えを求める様に、ソフィア教皇に視線を固定するのだった。

 そして、ソフィア教皇は自身の目で見た奇跡を語った。

「数日程前、私は幻神獣フォルガイアルス様の願いにより、ルミナス大神殿に招き入れ、礼拝堂で共に祈りを捧げていました。その時に、豊穣の女神様が目の前に御降臨なされたのです」

 傍から聞いてれば空言の様な新たな驚愕の事実に、また驚愕し騒めく。

 彼女の言葉を疑う者は誰1人居なかった。

 疑うどころか、更なる驚愕と感嘆の声が上がるのだった。

「女神…!? 豊穣の女神様が、この世界に降臨なさった…!?」

「ええ。そして私と幻神獣フォルガイアルス様の前に、豊穣の女神様が御姿を顕現(けんげん)したその後、女神様の光が礼拝堂ごと私と幻神獣フォルガイアルス様を包み込みました。そして光は消え、豊穣の女神様は天界へと帰還なされました」

 決して彼女の言葉が虚偽(きょぎ)でも欺瞞(ぎまん)でもなく、空言(そらごと)の類だと疑う者はいない。

 ソフィア教皇の言葉の真実味は、彼女の人格、そして特別な能力を有している事が大きく起因している。その事はこの場に居る全員が知っている。だから誰も彼女の言葉を疑わない。

「そして幻神獣フォルガイアルス様の背にある恵みの力を宿す豊穣の樹こそが、豊穣の女神様から贈られた祝福の証なのです」

 玉座の間はまた再び、驚愕と感嘆が入り混じる声が上がり騒めくのだった。

(……何か、凄く恥ずかしいんだけど…)

 皆、感嘆に満ち溢れた瞳をガイアへと向けていた。

 王への忠誠とは違う、もっと特別な念が込められた視線――――崇拝の眼差しが全方向からガイアに浴びせるのだった。

 ラウラルフ国王も例外無く、その瞳に感嘆で輝かせ、神に等しき存在、幻神獣フォルガイアルスに対し崇拝の眼差しを向けるのだった。

「何と! 何と素晴らしい!! で、では、幻神獣フォルガイアルスはいったいどの様な高位の魔法を扱えるので!? 保有する特殊技能(スキル)は!? 身体はどの様な構成で!?」

(うおー怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ! メッチャ目が怖いよ!)

 フォビロド魔導師団長がじりじりと詰め寄り出す。感嘆と好奇心で輝くと相反し、その目は非常に狂気に近い怖いものだった。ガイアはそんな彼に対し、悪い意味ではないが恐怖を感じるのだった。

「止せ止せ、落ち着けフォビロド。気持ちは解らんではないが、今回の謁見の本題は幻神獣フォルガイアルスの事ではない。デベルンス家の件だろ。それが完全に終わってからでも遅くはないから、もう少し辛抱しろ」

「ぐっ…! …も、申し訳ない。余りの感動に取り乱してしまいました」

 セルシキアがフォビロドの暴走気味の状態を鎮静させ、話の軌道修正をする。フォビロドは彼女の言葉に従い自重し、渋々(しぶしぶ)な様子はあったが、今回の謁見の内容の事をしっかり考えて元の位置へと戻るのだった。

「済まんのう、ラウラルフ。話を脱線させてしもうて」

「いやいや。謝罪するのは此方(こちら)の方だ、賢者殿。私から()いたのだからな。しかし、本当に驚いた。まさか神獣様に会えるとは…夢にも思わなかった」

 そして今回の謁見、幻神獣フォルガイアルスから本題へと軌道修正され、空気が一変し、全員が引き締まり直った。

「さて、先程セルシキア騎士団長が言った様に、今回急遽(きゅうきょ)この謁見の場を設けたのはデベルンス家の件についてだ」

(ん? デベルンス?)

 ガイアは疑問というより、違和感を感じた。

(何か、タイミングが良すぎる気がするんだけど。いったい何だろう?)

 昨日の夜、ガイアはデベルンス家の屋敷で金銀財宝を(ほとん)ど喰らい尽くし、彼等を絶望のどん底に泣かせながら落とした。そして今日、この謁見を急遽設けた理由がそのデベルンス家についてだ。

 余りにもタイミングが良過ぎる。

(まさか昨日の夜の事、知っている?)

 ここまでタイミングが良いのだ。ガイアはそれ以外考えられないと予想をする。

「では話を始める前に、デベルンス伯爵家の者達をこの場に召喚する」

 ラウラルフ国王はセルシキアに目を()り、セルシキアは頷きその場から離れる。そのまま玉座の間から退出し、ほんの暫くした後に再び彼女が玉座の間へと入室した。

 彼女の後ろから、足取りが重そうに歩く者が3人姿を見せた。

 その3人はガイアも知っている人物だった。昨日の夜で嫌と言う程その顔、声、目付き、何より悲痛に満ちた絶望の絶叫は良い意味でも悪い意味でも鮮明に憶えている。

 デベルンス伯爵家当主、ダダボラン・ボズド・デベルンス伯爵。その妻、メゼベンリア・ガアネ・デベルンス伯爵夫人。そしてその両親の息子、伯爵子息ガウスパー・ドウブ・デベルンスである。

 高価な衣服で身を包んではいるが、普段の彼等3人に有る物が無かった。それは身を飾る高価な装身具(アクセサリー)類だ。それが1つも見当たらなかった。それもその筈、昨日ガイアが喰らったのだからだ。

 普段の無駄に輝く(きら)めき、特に嫌な意味で顔の煌めきは一切見受けられなかった。その瞳からは不安と困惑の色が浮かび上がっているのが見て取れた。

「もたもたするな。進め」

 周囲を取り囲む騎士達に抜き身の剣を向けられ、進む様に促される。

 彼等デベルンス一家は強制連行される形で、前へと進まされる。

 その最中で、ダダボランはレウディン達の存在を目にし、驚きと困惑の色を浮かべた。

「…! レウディン!? 何故此処に…!?」

「気安く私の名を呼ぶな」

 そんな彼の問いに対し、レウディンは冷たくあしらう。

「止まるな。さっさと進め」

 脚を止めたダダボランに、同伴する騎士は剣の切っ先を頬に当たる寸での所で差し向け、早く進めと強要する。

 無理矢理に進まされる彼等の中、ガウスパーはシャラナに助けを求める視線を送る。

 それに対し、シャラナは当然の様に目を合わせず、冷たい表情を見せるだけである。

 そして、王の前に突き出され、跪く。

 セルシキアは王が座る玉座の隣へと戻り、デベルンス家を包囲する騎士達はそのまま、彼等を見張り続けるのだった。

「こ……国王陛下…」

 ダダボランは恐る恐る顔を上げ、ラウラルフ国王の厳かな表情を目にする。

「デベルンス伯爵。…いや、ダダボラン。今日この場に呼ばれた理由は、理解しているな?」

 ラウラルフ国王は冷徹な眼差しで睨み、先程とは明らかに違った声色で問い掛ける。

 彼だけではない。その場に居る者全ての視線が冷徹を宿し、不快に満ちた目でデベルンス家を睨み出す。

 場の空気の一変に、デベルンス家一同は恐怖する。

 重い。

 まるで見えない重石が伸し掛かる様だ。

 そんな重圧の中で、ダダボランは溢れ出る不安を必死に隠そうと、何時もの()びた笑みで(おお)い隠し、口を開いた。

「そ……それは…財政についてでしょうか?」

「まぁ…当たりではあるが、浅いな」

 その答えに、ラウラルフ国王は少し呆れた感情を滲ませた。

「お前達を連行する際、聞かされた筈だがな」

 そう呟く様に口にし、連行役の騎士に視線を向ける。

其奴等(そいつら)を連行する際に伝えたか?」

「伝えております。強制連行の前、簡潔に罪状を全て述べました」

「そうか」

 1人の騎士から確認を取った後、再び視線をダダボランへと戻す。

「お前の行いは全て、調べが付いている。それを解った上で(とぼ)けるとは…随分舐められたものだ」

 双眸(そうぼう)を細めた鋭い視線に、ダダボランは顔を青褪(あおざ)め出す。

「と…とんでも御座いません…! このダダボラン…いえ、我がデベルンス家は貴族としての義務を忠実に果たし、この身全てを国王陛下に忠誠を捧げております!」

 国王陛下の機嫌を損ねない様に必死に綺麗な言葉を並べ、自分なりの凛々(りり)しい表情を浮かべる。

 しかし、彼の言葉はこの場に居る者達の心には届く事は無かった。

「ほぅ…? 忠誠を捧げている、か。私から王位を簒奪(さんだつ)しようと企んでいる貴様が、よくその様な言葉を口に出来る物だな」

「え…!?」

 ラウラルフ国王の言葉に、ダダボランは錯愕する。

 無論、メゼベンリアにガウスパーも同じ心境だ。

 更に周囲からの重圧が増し、精神が締め付けられた。

 内心は焦り、冷や汗が背中を流れ、顔に浮かべる不安の色を更に色濃くする。

「い……いったい…何の話ですか…?」

 ダダボランは誤魔化(ごまか)そうとした。しかし、素知らぬ作り表情は余りの不安で歪んでしまう。

「それだけではない。貴様は貴族としての義務を務める所か、与えた権威を悪用し、己が欲を肥やしていた事もだ」

 ダダボランはゾッと背筋を凍らせた。

 ラウラルフ国王の怒りが滲み出た声と、その冷徹に怒りを宿した視線に。

「今迄の間、何も知られていないと思っていたのか? 此方は前々から貴様の所業を調べていてな、確実な証拠を揃えるのには苦労したよ」

「そんな……私は何も…!」

「未だ惚けるか。お前の所業は全て調べが付いている」

 ラウラルフ国王は、ダダボランの悪しき欲望の所業に関する調査報告の内容を口にし出す。

「お前が所有している領土内の各村、テウナ村、ニニカ村、フォボット村、ルースン村、ナウバ村の計5箇所に警備兵の派遣と農作改善支援、徴税(ちょうぜい)など、是迄(これまで)のお前から貰った報告書は全て記録を改竄(かいざん)されている物である事は調査済みだ。各村の調査は冒険者組合(ギルド)から人選された信頼性のある冒険者達に依頼した結果、実際は農作改善支援などされていなかった。だがそれだけで止まらず、飢饉(ききん)問題が数年前から起こっている事あ村の者達からの証言で判明した。更に警備兵は全ての村に誰1人派遣されていない所為で、時折出現する魔物により大きな被害が出ているという報告もある。その時に調査依頼を受けた冒険者が、一時的に出現した魔物を退治してくれた御蔭で最悪の被害は抑えられた。最後の報告からでは徴税の時期ではないのにも関わらず、徴税官と名乗る者と数名の騎士達がルースン村に現れ、僅かな金品と食糧を無理矢理持って行ったそうだ。しかも、彼等を追跡した結果、お前が取引していた犯罪組織―――〝背徳の金鼠〟の者達だったそうだ」

(あ…彼奴(あいつ)、自分の領地の民達をほったらかすだけほったらかして、ただ税金を必要以上に(むし)り取っていたのか! 何て奴だ…!)

 ダダボランの所業を初めて詳しく聴いたガイアは、ダダボランに対して怒りを、食糧不足問題で長い間飢饉(ききん)状態となっている5箇所の村の民達に対して驚愕と悲痛の思いが浮かぶのだった。

「〝背徳の金鼠〟から工作員を裏で雇い裏工作をさせていた件、そして5名の貴族がお前の行っていた改竄と隠蔽の共犯を行っていた件、何方もお前の自領税と我が国税を使っていたと証拠と共に報告が上がっている。犯罪組織には裏取引、5名の貴族には賄賂、更には貴族の職務に関係の無い高額物品の買い漁り。……これは明らかな横領なのは理解出来るな?」

(うぇっ!? 国税を横領!?)

 ガイアは更に驚く。

 前世の世界でそれなりに会社の横領事件に関するニュースは観ていたが、まさかの国税を横領という規模(スケール)のデカい事実には、思わず目を見開いてしまうのだった。

(国税横領は流石にヤバ過ぎだろ……!)

 何せ国の税だ。其処からどれ程膨大な金額を横領したのかと、ガイアは目をひくつかせる。

 完全に調べが付かれているダダボランは、内心で更に焦り出す。

「そ…そのような事実は在りません! 全て出鱈目(でたらめ)です!」

 必死な形相を浮かべて否定を口にする。

「出鱈目? 貴様の耳は飾りかね?」

 そんな彼に対し、魔導師団団長のフォビロドが不快そうな表情で口を開いた。

「全て調べが付いているのだよ。それに調査していたのは、冒険者組合(ギルド)から人選した冒険者達だけじゃない。私が率いる隊の1つ、隠密部隊も動いていたのだよ。いくら貴様でも、私の部隊は知っているだろう?」

 魔導師団の隠密部隊。それは隠密系の魔法を扱う者で構成された諜報部隊であり、裏工作部隊だ。

 流石のダダボランでも、彼等の存在は知っている。

「では、出鱈目か如何か証明し、貴様の弁明の口を閉ざそうか。クロクタス魔導師団長、例の物を此処へ」

「はっ!」

 ラウラルフ国王の命令に、フォビロド魔導師団長は懐からビー玉よりも小さな水晶の球を取り出し、ラウラルフ国王の(そば)まで近寄る。

(ん? あの水晶…、何か見た事がある気が……)

 ガイアは彼の手に持つ小さな水晶の球を遠くから視認し、何処(どこ)かで見た様なと記憶から思い出そうとするが、思う様に掘り返す事も浮かび上がる事もなかった。

 フォビロドが水晶を起動すると、光が灯り出す。

 そして水晶から飛び出す様に、まるで何処かの空間を切り取ってこの空間にひっ付けたかの様に、映像が映し出された。

 映像に映ったのは、ダダボランだ。

 映し出された記録映像から彼の音声が発せられ、玉座の間に響き伝わる。


此奴(こいつ)さえ居れば、全ての連中は我々に逆らう事など出来なくなるぞ! 上手く此奴を調教して思い通りに言う事を聞かせられれば、我が最強の武力に成る。国王を脅して王座から地に引き摺ずり落とす事など簡単だ。そしてこの私がこの国の王に成る! 王の絶対権力が手に入れば、自国の金は全て我がデベルンス家の所有物となる! 欲しい物が好きなだけ手に入るぞ!』


(あっ! これって昨日の! 何時の間に撮ってたんだ!?)

 ガイアはその映像に驚き目を見開く。

 全く気が付かなかった。いや、実は気付く方法はあった。

 それは特殊技能(スキル)〈魔力感知〉だ。ガイアはこの王都に来てから余り必要性を感じなかった為、この特殊技能(スキル)は常時発動を切っていた。なので、この映像を記録した者の気配には気が付かなかったのだ。

 決定的な証拠映像だ。

 映像に映し出された過去――――昨日のダダボランが口にした国王陛下に対する反逆声明が流れていた。

「ダダボラン伯爵。これを()て、もう一度聞かせて貰おう」

 ラウラルフ国王もダダボランを威圧する様に睨み付けた。

 ダダボランの顔は色濃く青ざめ、偽りの笑みや先程の怒りが剥がされ絶望の表情を(さら)すのだった。

 最早完全に言い逃れ不可能の絶望的状況にへと陥った。

()()()()()()()()()()と、ほざくか?」

 何も言い返せない。何か良い言い訳も思い浮かばない。

 ダダボランは絶望の表情のまま(うつむ)き、口を半開きしながら黙るしか出来なかった。

 決定的な証拠映像は音声と共に流れ続ける。

「それとお前が犯罪者組織―――〝背徳の金鼠〟との繋がりを持っている事も証拠も掴んでいる」

 ラウラルフ国王の言葉に続く様に、新たな別の証拠映像が次々と流れ出した。

 その映像には黒い頭巾(フード)付き外套(ローブ)で全身を覆い隠し、顔は覆面で隠した集団とダダボランの姿がはっきりと映し出されていた。映像に映るダダボランは、その集団に金貨が大量に入っているであろう袋を手渡し、真っ黒集団の首領(リーダー)と思しき者から、大きめの首輪を下卑(げび)た笑みを浮かべながら受け取っていた。

「お前が〝背徳の金鼠〟から裏で買い取った物は〝隷属(れいぞく)の首輪〟。違法のマジックアイテムだと解っていながら買った証拠は見ての通りだ」

「そ…それは誤解です!」

 突如、ダダボランは否定の声を上げた。

「誤解? これの何処がだ? 決定的な証拠だ」

「確かに……其処に移っているのは私ですが、あれは脅されて仕方なくなのです…!」

「脅された?」

 映像に移っているあの表情でと、ラウラルフ国王は呆れてしまう。

「そ、そうです! 私は隷属の首輪を手に入れろと……其処のクロクタス魔導師団長に脅されたのです!」

(……いや、それは無理があるだろ)

 その思い付きの言い訳に、ガイアは呆れる。

 無論、他の者達もダダボランの発言に呆れた色を浮かべるのだった。

「……ダダボラン。それはつまり、この私が隷属の首輪を隠し持っていると言いたいのかね?」

 フォビロドは極寒の如き冷たい眼差しを向けながら、呆れた口調でダダボランに問うのだった。

「そ……そうだとも! 私は持ってなどいない! 屋敷にだって無い! 持っていないのだから、どんなに探したってそんな物は出てこない! ならば私を脅し命令した貴様が隠し持っている筈だ!」

 ダダボランはそう口にするが、実際は屋敷内に隠している。

 自室の大きな衣装棚、3重底の作りをした引き出しに、そのマジックアイテムを厳重に保管しているのだ。

 たとえその3重底の引き出しの空洞があると見破ったとしても、2重底だと勘違いさせられる事が出来る。引き出しの底蓋(そこぶた)を開けて、特に証拠となる物が無いと錯覚させられる。つまり、更に引き出しの底を調べようとしない様に仕向けられるという寸法だ。

()だ……未だ私に挽回の好機(チャンス)は在る筈だ! 隷属の首輪の件を奴に被せる事が出来れば、未だ弁解が出来る筈だ!)

 絶望のどん底に落ちながらも、未だ自分が助かる真っ黒な希望を抱き、必死に掴むか細い希望の糸は、彼にとっての希望という偽りの物だった。

「なら、これを観てもその嘘をほざけるか、試しに観てみよう」

 フォビロドはまた別の見た目は他のと同じ小さな水晶を取り出し、それを起動させ新たな映像をこの場で映し出した。

 最初に映し出されたのは煌めく黄金の豪邸、デベルンス家の豪邸だ。

 流れる映像は誰かの一人称視点で映る風景が動き、デベルンス家の屋敷へと近付く。屋敷に近付いた後、徐々に視点が高くなっていき、2階の屋敷の窓が映る。誰かの手がその窓へと伸ばし、何かの魔法を行使していた。カチャッ、と静かに鍵の開く音が鳴り、そのまま窓を押し開き屋敷内へと侵入した。

(あ、この部屋って彼奴の部屋だ)

 窓から映り変わったその映像に映ったのは、ダダボランの自室だ。

 ダダボランの自室へと侵入し、視点はある(たな)へと向けられ、棚がズームアップするかの様に誰かの一人称視点が大きな棚へと近付く。

 その映像を観るダダボランは冷や汗を流し、心臓の鼓動が早くなる。

 そう。その大きな衣装棚――――その大きな引き出しには隷属の首輪が隠されている所だ。

 映像に映る手は迷う事無くピンポイントにその引き出しへと伸ばし、音を立てずに静かに引き出しを引いた。引き出しに仕舞われている衣服を丁寧かつ素早く退かされ、引き出しの底が顕となった。映る手は底を静かに触れ触診し、底蓋(そこぶた)を音を立てずにそっと外した。

 底蓋を外し、更に底に映ったのは鍵が掛かった綺麗な箱が3つ。それ等を魔法で解錠(かいじょう)し蓋を開けて見ると、箱の中には大粒の宝石だけが入っていた。3つの箱全て。それだけだった為、そのまま箱は蓋された。

(良し! 掛かった! バレて―――」

 内心助かったと喜んだダダボランだが、この映像を見せている時点でそこで終わる訳が無い。

 3つの箱を引き出しの外に出され、呆気(あっけ)なくもう1つの底蓋、3重底がバレるのだった。

「―――な…!?」

 喜びは一瞬で(ちり)と化し、内心は絶望で凍て付くのだった。

 更に底に映し出された物、大きめの首輪――――隷属の首輪が映し出された。

「この記録映像の通り、お前の屋敷から発見された」

 ダダボランの偽りの言い訳、嘘が立て直す事すら出来ない程に完全に崩壊した。

「そして、お前が〝背徳の金鼠〟から裏取引した隷属の首輪は、既に此方で回収させて貰った」

 魔導師団員の1人がフォビロドの傍まで、例の隷属の首輪の現物を持ってダダボランに見せ付けた。

 この場に居る全て者が、ダダボランに――――いや、デベルンス家に対し冷徹な(さげす)む視線で睨みを浴びせる。

 王に対し反逆を目論(もくろ)む強欲な反逆者に対して。

 貴族以前に、人としてやってはならない犯罪に手を染めた強欲な犯罪者に対して。

「ち…違う!! これは捏造された映像だ!! 其奴が私を陥れる為に仕組んだ物だ!!」

「未だ言うか! 見苦しいぞ、ダダボラン!」

 決定的な証拠がこうまで揃っていながら、否定を喚くダダボランにレウディンが怒りの声を上げる。

「ならばレウディン、あれが捏造されていない保証は何処に在るというのだ!?」

「あんた馬鹿ねぇ、その記録水晶は改竄出来ないわよ」

 そんな彼の問いを、ベレトリクスが呆れた物言いで答える。

「魔導法律、魔道具製造法にて、製造した記録水晶の3つの機能の内、保存機能に改竄防止を施さなければ為らない。改竄されてるか否かなんて、防止機能を調べれば直ぐに判るわよ」

 記録映像のマジックアイテムに関して、彼女の発言力は強い。

 何せ〝錬金の魔女〟と呼ばれる程の、多種多様なマジックアイテムの開発や製作技術に長けた魔導師だ。

 専門家の言葉は実に、説得力が有るというもの。

 しかし、ダダボランは新たな言い訳を思い付き、荒げた声を上げた。

「そ…そうか…解ったぞ! 貴様があの有りもしない映像を捏造したのだな…!」

「は?」

 これには思わず、ベレトリクスは間の抜けた声を上げた。

「そうだとも! 貴様はマジックアイテムに関して詳しいではないか! ならばその防止機能など擦り抜けて捏造するなぞ容易い筈だ! 一度防止機能を剥がしてから捏造し、その後に戻せば誤魔化せるだろうさ!」

「あのねぇ、改竄を防止する機能は記録の保存機能の一部として組み込まれてるのよ。それを一度でも引っぺがしたり記録済みの状態でもう一度組み込もうとしても、中の記録が破損しちゃう仕組みだから、捏造の隠蔽は不可能よ」

「嘘を吐くな!! でなければこの様な在りもしない映像が―――」

「うっさい」

「ほぎゅ?!」

 専門的な正論に対し否定を続けるダダボランに、ベレトリクスは驚きの早歩きで迫り、顔面を躊躇い無く片手で鷲掴む。

「身の潔白の証拠が有るなら多少の喧しさは許容するけどねぇ、それが無いなら(さえず)んな。―――実験台(モルモット)にするわよ」

(うわ?! 怖!)

 彼女の豹変を目にしたガイアは、驚きで身体を硬直させた。

 滲み出す見えない筈の黒い気配を幻視し、一部を覗きこの場の誰もが委縮する。

 特に間近で彼女の表情を目にしているダダボランは、恐怖の余りに口を噤んでしまっていた。

 そんな黒い気配は忽然と消え、ベレトリクスは掴んだ標的を解放する。

「それでも潔白だって証明したけりゃ、やる? ―――〝審問〟」

「……!」

 それを聞いたダダボランは、心の底から溢れた不安が全身を駆け巡った。

 審問。

 それは単なる問い質しでは無い。

 そしてそれを行うのは――――聖職者だ。

 これが何を意味するのか、ダダボランは理解している。

「如何したのぉ? 潔白なんでしょ? だったら受けても問題無いわよねぇ?」

 ベレトリクスは僅かながら、ニヤケた口元を浮かべて揶揄う様に訊ねる。

 言えない。

 審問を受けるなどと言えば、人生の転落は免れない。

 しかも、審問をするのはあの教皇だ。

 彼女相手に、高度な自己精神操作による秘匿は絶対に効かない。

「如何した、ダダボラン。己の身が潔白ならば潔く審問を受けたら如何だ」

 ラウラルフ国王に催促されるが、ダダボランはその場で固まる様に動かず、黙り込む。

 重い静寂な空気に支配された。

「……決定だな」

 しかし、ラウラルフ国王の言葉によって、破られた。

「ダダボラン・ボズド・デベルンス! 今この時を以て、爵位と財務相の地位を剥奪(はくだつ)、及びメゼベンリア・ガアネ・デベルンスとガウスパー・ドウブ・デベルンスも同様に貴族の地位と権威を剥奪! デベルンス家の所有する全ての領地を強制返還、不当不正の徴税及び農作改善支援、警備兵派遣に関する記録の改竄と隠蔽(いんぺい)による偽造罪と隠匿罪、自領税と国税の不当使用による横領罪、更に犯罪組織〝背徳の金鼠〟と貴族5名との共犯、そして王位簒奪(さんだつ)の企みによる反逆罪! 本来ならば極刑が望ましいが、このまま死んで楽にはさせん! よって、貴様等には罪の清算をさせる為に無期懲役の刑を科す!」

 鋼の声から放たれた、デベルンス家への絶望な運命の宣告。

 この瞬間、デベルンス家は爵位、地位、権威、領土、そして金銭の全てを失った。

 彼等は絶望のどん底の深淵(しんえん)へと落ちた。

 全てを失い、その代わりに手に入れたもの。

 犯罪者と、反逆者という汚名だ。

「無期懲役の内容は追って伝える。其奴等(そいつら)を地下牢獄へ直ちに幽閉せよ!」

 ラウラルフ国王の命令に、デベルンス一家を取り囲む王城騎士達は拘束しようとする。

「ふ……ふざけるなぁああああっ!!」

 遂にダダボランは本性を(さら)け出した。

「私は、いや我々デベルンス家は貴族だぞ!! 愚民共の上に立つ高貴の存在なのだ!! そんな我々を牢獄に幽閉されるなど間違っている!! あってはならないのだ!!」

 ダダボランは騎士を押し退け、ガイアに向かって走り出した。

(え? 何だ?)

 何故此方に来るのかと、ガイアは疑問に感じながら棒立ちする。

「私には未だ…これが有るのだよ!!」

 ダダボランは懐から、金属製の輪を取り出す。

「〈拘束魔法陣ホールド・マジックサークル〉!」

 その瞬間、フォビロド魔導師団長が魔法を行使しダダボランの動きを止めた。

「それで何をする気か知らんが、残念だったな」

 まるで時間を止められたかの様に全身が固まったダダボランに、フォビロドは近付く。

「出したそれは何だ? 答えろ」

「それなら儂が視よう。如何せ素直には答えんじゃろうて」

 エルガルムが特殊技能(スキル)〈鑑定の魔眼〉を行使し、ダダボランが手に持つ金属環を鑑定し出す。

「……! これは…!」

 そして金属環の詳細が判明し、顔を(しか)めてしまう。

 だがその時、標的を拘束する魔法陣が崩壊した。

 突如の事に、誰もが不意を衝かれたかの様に驚いてしまう。

 その隙を衝く様に、解放されたダダボランは金属環を投げ飛ばした。

「し…しまった!」

 投げ飛ばされた環は、とんでもない所に当たってしまうのだった。

 直撃した対象は――――なんとガイアである。

(え!? ちょ―――)

 すると金属環は光を灯し、大きさを変えてからガイアの首に嵌め込まれてしまったのだ。

 その瞬間を目にした誰もが、驚愕の色に染まってしまった。

「ハハ……ハハハ…! アハハハハハハ! やったぞ! 形勢逆転だ! アッハハハハハハハ!!」

 そんな中、ダダボランは違った。

 逆転の希望の糸を掴み取り、下卑た笑みを晒しながら高らかに(わら)う。

「此奴…拘束解除のマジックアイテムを隠し持ってたのか!」

 フォビロド魔導師団長はダダボランの胸倉を掴み上げ、問い質す。

「貴様!! いったい何をした!!? あれは何だ!!?」

「見ての通り、隷属の首輪だよ! それも伸縮自在、人でも魔獣でも大抵の生物に付けられる特別性だよ!」

 そう、ガイアの首に嵌められたのは違法マジックアイテム――――隷属の首輪である。

「貴様!! 何という事を!!」

 その事実を耳にした神官の1人が、ダダボランの冒涜行為に対し怒りの声を上げた。

 ガイアは幻神獣。そんな神聖なる存在に対し、精神を縛り支配する首輪を嵌めた。

 それは(すなわ)ち、神への冒涜(ぼうとく)である。

 しかし、ダダボランは謎の魔獣(ガイア)が幻神獣である事など知らない。

 そんな状況の中、メゼベンリアとガウスパーは周囲を囲う騎士の意識が其方へ向けられている隙を見て、ダダボランの下へと非難する様に駆け寄る。そしてダダボランと同様に、同じ下卑た笑みを浮かべるのだった。

「さぁ…動くなよ! 全員だ!! 国王陛下――――いや、ラウラルフ! 今だけ選択肢(チャンス)()れてやろう。私に王位を今直ぐ寄越せ! さもなくば此奴でお前を殺してやる!」

 この場に居る全ての騎士団と魔導師団は戦闘態勢に移行し、デベルンス一家を睨み付ける。セルシキア騎士団長、フォビロド魔導師団長、タルカドス重装騎士団長も何時でも迎撃が出来る様に構える。

 だが、フォルレス家と賢者エルガルム、魔女ベレトリクスは一切身構えていなかった。完全に無防備の状態だった。

「フォルレス侯爵家の皆様! エルガルム様にベレトリクス様も! 早く私の後ろへ!」

 無防備の彼等にタルカドスは焦りながら避難警告をする。

「その必要は無い」

 タルカドスの言葉に対し、エルガルムは平然とした表情で言う。いや、平然というよりも余裕の表情と言うべきだった。

「賢者様の言う通りだ。愚かだな、ダダボラン。形勢逆転したつもりだろうが、残念ながらお前達は勘違いをしている」

 不敵の笑みを浮かべながらレウディンは言う。

 周りの騎士団や魔導師団、ラウラルフ国王にセルシキア騎士団長、フォビロド魔導師団長にタルカドス重装騎士団長は困惑の色を浮かべた。

「何を馬鹿な事を! この通り隷属の首輪を付けた! この魔獣はもう私の言いなり! つまり、私に従う従属魔獣(ペット)だ!」

 デベルンス家は困惑の色を一切浮かべず、今も勝ち誇っている下卑た表情を晒していた。

「流石は父上! これで私はこの国の王子だ!」

 ガウスパーも此方の勝利は揺るぎないと確信しながら、下卑た笑みを晒す。

「やったわ、やったわ! これで遂に私は女王に成るのよ! ドレスも宝石も装身具(アクセサリー)も、全て私の物になるのよ!」

 メゼベンリアの頭の中はキラキラドレスに煌めく宝石や装身具(アクセサリー)がいっぱい浮かび上がり、今よりも贅沢な王城での暮らしを妄想し、酷くニヤけた笑みを晒していた。

 ダダボランは絶望のどん底で掴み取った希望の糸を手に、隷属の首輪を嵌めたガイアに命令を下した。

「さぁ!! 命令だ!! 我々に敵対する愚か者共を皆殺しにしろ!!」

 これで、デベルンス家の繁栄が叶う。

 そう確信し、嗤う。

 だが、彼が掴み取った希望の糸は、偽りの希望だった。


 ――――動かない。


 ガイアは動こうとしなかった。

「………? おい、如何した!? とっとと此奴等を殺せ!」

()だ)

 プイッと、ガイアは外方(そっぽ)を向くのだった。

 フォルレス家と賢者エルガルムに魔女ベレトリクス以外の者達は、更に困惑の色を濃く浮かべた。

 その困惑はデベルンス家にも伝染し、ダダボランは困惑から生じた焦りで、下卑た笑みが薄れていくのだった。

「おい?! 私はお前の主人だぞ! 此奴等を殺せ!」

()だ)

「おい!! 主人の命令だぞ!! とっとと殺せ!!」

()~だ)

「おいこら!! 言う事を聞けー!!」

()だ~)

 ダダボランはガイアの顔正面へと向かい何度も命令を下し、その度にガイアは何度も外方(そっぽ)を向き続けるという何とも可笑(おか)しな光景を繰り広げていた。

(後これ……邪魔!)

 バギィン!

 ガイアは首に嵌められた隷属の首輪を、いとも簡単に引き千切り取った。

「エェエエエエッ!!?」

 ダダボランは驚愕し、目を見開いたまま、口を大きく開けるのだった。

 彼だけでなく、メゼベンリアとガウスパーも同じ顔を浮かべ口を大きく開けるのだった。

「な……何故……何故だ? 隷属の首輪を嵌めたのだぞ?」

「無駄じゃよ、ダダボラン。幻神獣フォルガイアルスには特殊技能(スキル)〈精神操作無効〉が有る。隷属の首輪の効力など受け付けんよ」

「え……? 幻…神獣…?」

「そうじゃ。今お前さんが利用しようとした魔獣と思っている()(もの)は、神に等しき存在―――幻神獣じゃよ」

 ダダボランの掴んだ偽りの希望の糸は――――神罰だった。

 彼は自らの手で掴み引っ張ってしまったその糸は、薄汚い強欲を宿す罪人に下される神罰を引き寄せる物だったのだ。

 ダダボランは――――いや、デベルンス家は恐怖した。

 如何(いか)に愚かな悪徳貴族だった彼等でも、ガイアに対して何を行ってしまった理解出来た。

 恐怖の理由、それは幻神獣フォルガイアルスに対し冒涜行為を行った事だ。

 それは神を冒涜するのと、同意義の意味でもある。

「へ、へひぃいぃ!」

 だがダダボランは、理解していながらも最後まで愚行を続けた。

 神獣に対し煌めく白金(プラチナ)製の短杖(ワンド)を向け、魔法を放とうとする。それに釣られてか、ガウスパーも父親に続き短杖(ワンド)を幻神獣に向け魔法を放とうとする。

「何をしている!? 話を聴いてないのか!?」

 これには、神官の1人が錯愕(さくがく)の声を上げた。

 ガイアを幻神獣だと知らされても、また冒涜行為をしようとする。

 何と愚かなのかと、呆れさえ生じてしまう。

(はい、没収)

 しかし、そんな愚かな2人から、ガイアはあっさりと短杖(ワンド)を取り上げた。

「あ……」

 ジロリと視線を向けられ、ダダボランとガウスパーは固まった。

(さぁて……如何してくれよ――――)

 ガイアは彼等に近付こうとし―――

「う…うわぁああああああああ!!」

 ―――た直前、ダダボランは悲鳴を上げ、玉座の間の扉に向かって逃走し出した。それも妻と子供を置き去りにしてである。

(ちょっ!? 家族置き去りかよ!)

 これには思わず、ガイアは困惑した。

「ち、父上!? 待って! 置いてかないで下さい!」

「貴方!? 私を置いて逃げないで!」

 置き去りにされたメゼベンリアとガウスパーも後を追う様に逃走し出した。

「逃がすと思うか! 奴等を捕らえ――――」


(―――逃げるなコラぁ!!)


 騎士達が動き出すその前に、ガイアは魔法を発動させた。

 足元から氷結現象が起こり、逃げ出した標的目掛けて床を氷結させながら一直線に伝う。

「な…何だ…!!? 動けない…!!」

 デベルンス一家は脚を氷で覆われ、逃走を阻止されてしまった。

「さ……さむ……寒い……!」

 捕らえた標的の身体の大半以上を、一瞬にして氷で覆い出す。

 幻神獣が行使した魔法に、全員が驚愕し瞠目(どうもく)した。特に魔導師団の者達、その中で一番瞠目していたのはフォビロド魔導師団長だった。

 もう、逃げられない。

 彼等の黒く汚れた黄金人生は霧散(むさん)し、終わりを告げるのだった。


 この時を以て、デベルンス家はラウラルフ国王の権限によって粛清(しゅくせい)され、爵位、地位、権力、領地、財産を失い、強欲な犯罪者にして王位簒奪を目論んだ反逆者として、人生をどん底にまで転落するのだった。

 そしてその事件は、ラウツファンディル王国全土で広まったのは、そう時間は掛からなかったそうな―――。

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