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王との謁見、粛清の時10-2

 貴族区画の大通り、アルドカスト城へと続く綺麗に整えられた石畳の道を、馬車が2台と数頭の馬に乗った国王陛下に仕える騎士達が駆けて行く。馬に騎乗する騎士達は馬車を囲い、護りの陣形を保ちながら並走する。

 そして最後尾には幻神獣フォルガイアルスが、馬車と馬に騎乗する騎士達の後を追う様に小走りで付いて行く。小走りで重い岩石の足で地面を踏む度に、ドスンドスンと一定の律動(リズム)で重い足音を何度も響かせていた。

 王城へと向かう前、フォルレス一家と賢者エルガルム、魔女ベレトリクスの後ろから姿を現したガイアに対し、迎えで待機していた王城の騎士達は(ヘルム)の下で驚愕(きょうがく)の表情を浮かべていた。もうそういったリアクションに、ガイアは慣れてしまっていた。というよりは、驚かれて仕方ない、驚かれて当然だろうと悟っているのだ。

 ガイアが小走りで後を追う理由は、高い身体能力が原因だ。ガイアの全速力の疾走は身体の大きさと重さに似合わない速度の為、走る速度を調整する必要があった。もし全速力で後を追い掛ければ即追い付いてしまい、下手をすればうっかり激突して前方の馬車と騎士達を王城まで吹っ飛ばしてしまい()ねないからだ。

 なので、ガイアは自身の高過ぎる身体能力の制御を(こな)す為に、小走りで力の調整を身体で感覚的に覚える努力をしていた。身体能力の制御は随分前から練習していた為、ガイアはかなり純粋な身体的力の制御が上手くなっていた。

(相変わらず見所が無い風景だなぁ)

 馬車と共に走るガイアは周りを見回しながら、王城への道を小走りしながら進む。

 何処(どこ)彼処(かしこ)も似たり寄ったりの屋敷と風景が視界に映る貴族区画は、綺麗ではあるがつまらない。進んでいる王城への道には自分達以外誰1人も見当たらない。何とも寂しい風景だった。

(他の貴族達って普段は何してるんだろう?)

 ガイアは些細(ささい)な疑問を浮かべたが、ほんの僅かの時間で疑問は消え悟る。きっと賢者エルガルムの言うように私欲を肥やす為の算段を考えているか、己の地位をより高くする為に都合の良い自身より地位の高い貴族に取り入ろうと胡麻擂(ごます)りをしてるかだろう。

(そういえば、魔導学院の貴族もそうらしいしなぁ)

 この世界の貴族がなのか、それともこの国の貴族がなのか、何方(どちら)かは分からないがどうもその傾向を強く感じてしまうのだった。エルガルムから話を聞いた所為(せい)なのか、デベルンス家を見聞きした所為なのか、()しくはその両方が他の貴族のイメージがより悪い方に感じてしまっているのだろう。

(う~ん……止めよう。こんな事考えても気分が滅入(めい)るだけだ)

 如何(どう)せ自分がその事を考えても、傲慢(ごうまん)な貴族達が変わる訳が無い。考えても意味が無い。そう思ったガイアは他の貴族の事について考えるのを止め、頭の隅に追いやった。


 フォルレス侯爵家の敷地から出発して走り続けて数十分が経ち、アルドカスト城の城壁、門扉(もんぴ)前に到着した。

(立派な城壁だなぁ)

 ガイアは王城を囲う堅牢で立派な城壁を見上げ、心の中で呟く。

 王都を囲う市壁も堅牢で立派であるが、王城の城壁は更に威厳さを(かも)し出している様に感じる。

 そんなガイアの姿を門扉前の警備をする騎士達は、(ヘルム)の下に隠れている表情を驚愕の色を浮かべ、零れ落ちそうなくらいに目を見開き凝視していた。

「あ…あれが報告にあった魔獣か…」

「本当に岩石の動像(ストーンゴーレム)の様な姿だ…」

「あんなに大人しい魔獣は初めて見たぞ」

「いや、何か報告とは違くないか?」

「だよな。あの背に生えた()は何だ…?」

 騎士達の(ささや)き合う声が、彼方此方(あちらこちら)(ざわ)めき立っていた。

 彼等からの声にはガイアという未知に対し、純粋な好奇心や不安に恐怖心が混じっていた。無理もない。彼等がガイアについて知っているのは報告上での情報だけで、実際にガイアの姿とその様子を見た訳ではない。何より、彼等が知る記録や知識といった中に無い初めて見る未知の存在だ。

 しかし、騎士達は暫くガイアの姿、特にその澄んだ青空の様に輝く蒼玉(サファイア)の様な瞳を見ていると、恐怖心や不安が不思議と治まり、逆に安心感を感じ始めていた。その()み出す様に湧く安心感に騎士達は、何故こうも安心してしまうんだろう? と困惑する。

 ガイアは彼等の視線や騒めきは気にしなかった。というよりも、気にしても如何しようもないと悟り、余り気にしない様にしているのだった。

(如何せ何処(どこ)にいっても驚かれるだろうから、気にするだけ無駄だしね)

 今となっては、そんな気楽な気持ちで考える様になっていた。

「開門!」

 王城への門扉の警備する責任者の騎士が張った大きな声を上げた後、大きな門の扉が重い音を立てながら開き始めた。

 馬車の中に居る者を確認しないのは、誰が馬車の中に居て王城に来たのかを知っているからだ。何より、馬車の御者台(ぎょしゃだい)や馬に乗っている騎士達の身に着けている装備品を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。同じ王城に所属する騎士仲間だと直ぐに判る。それに、此処まで来る前に馬車に乗った人物を彼等が必ず確認しているのだから信用されているという事だ。

 大きな扉が開き切ったと同時に、門扉の警備をする騎士達は馬車が通れる様に左右の道の(はし)に並び、敬礼をしながら馬車と馬に騎乗する騎士達、最後にガイアが馬車の後を追いながら小走りする後ろ姿を見送るのだった。


 大きな門を潜り抜け城壁内側、王城敷地内へとガイア達は踏み入れた。

(おおー! これが王城かぁ!)

 門を潜り抜けた先に広がり視界に映る美しく尊厳さを醸し出す王城に、ガイアは目を見開き感動した。

 夢の様だった。

 まるで御伽(おとぎ)の国に入り込んだ錯覚に陥っているかの様だった。見慣れない場所の所為か、ガイアはソワソワと心が落ち着かない気分に為っていた。決して悪い意味ではない。純粋な子供の様なワクワク感が湧き上がって来てるのだ。

(これだよ、これ! やっぱり異世界(ファンタジー)はこうでなくっちゃ!)

 ガイアは小走りしながらも、(そび)え立つ大きな王城と王城敷地内を見回す。

 とても広い。間違い無くフォルレス家の敷地だけでなく、何処の貴族の敷地よりも圧倒的に広大だ。

 石畳で敷き詰められた道は非常に綺麗に整えられ、適度の高さで切り揃え整えられた広大な緑鮮やかな芝生(しばふ)絨毯(じゅうたん)に、幾つも置かれている花壇には色鮮やかな花々が咲き誇っていた。

 そんな綺麗な敷地内を進み、王城内入口前で馬車が止まる。

 ガイアも徐々に小走りの速度を緩め、ゆっくりと脚を止めた。

 やはり王城なだけあって、入口も広大だ。難無くガイアが通れる広さと高さだ。

 2台の馬車の扉が開き、前の馬車からはフォルレス侯爵家当主のレウディン・レウル・フォルレス侯爵、フィレーネ・ルウナ・フォルレス侯爵夫人、侯爵令嬢シャラナ・コルナ・フォルレスが地面に降り立ち、後ろの馬車からは〝賢者〟エルガルム・ボーダムと〝錬金の魔女〟ベレトリクス・ポーランが降り立つ。

 王城入口前には、3人の騎士が(たたず)んで居た。その内の1人は、他の2人とは明らかに違う立派な大鎧を身に(まと)っていた。

「御待ちしておりました、フォルレス侯爵家の皆様。そして賢者エルガルム様。…おや? ベレトリクス様も御一緒でしたか。これは珍しい」

 張りのある声で迎えてくれたのは大柄な体軀(たいく)の男、ラウツファンディル王国の騎士団長の次に並ぶとされる重装騎士――――〝黒鉄(くろがね)の鉄壁〟タルカドス・ゴルベルクだ。

 彼の身に着けている武具は(ほとん)どが漆黒の色彩ではあるが、実際に黒鉄ではなく、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)胸当て(ブレストプレート)背中当て(バックプレート)上腕当て(リアブレイス)籠手(ガントレット)肩甲(ポールドロン)腿当て(クウィス)脛当て(グリーブ)装甲靴(サバトン)と、全身のあらゆる鎧部位全てがアダマンタイトで作られ、特殊な染料で黒く染めた大きな全身重鎧(ヘビー・フルプレート)だ。

 更にはタワーシールドと呼ばれる巨大な盾と、グレートソードを背中に背負っていた。ただでさえ重厚な全身重鎧(ヘビー・フルプレート)だけでも一般の騎士では歩くのがやっとであるのに、鍛えられた戦士の膂力(りょりょく)と脚力であっても軽装鎧で特大剣1本を背負うのがやっとの所に、更に重い巨大な盾を装備するのは常識的に無理がある。

 しかし、彼はただ体軀が大柄なだけでなく、ラウツファンディル王国の全ての騎士――――いや、この国全ての戦士(クラス)を修める者達の中でトップクラスの異常な身体能力の持ち主である。それ故、大きく重厚な黒い全身重鎧(ヘビー・フルプレート)を身に纏いながら黒い特大剣(グレートソード)巨盾(タワーシールド)を軽々と持ち歩けるのだ。

 彼の闘い方は、基本的に相手の攻撃を防ぎながら鍛え上げられた強靭(きょうじん)な肉体で強引に敵に迫り、重く鋭い一撃で相手を(ほうむ)るという力業(ちからわざ)の戦闘スタイルだ。

 だがこれは、タルカドスであるからこそ出来る戦闘方法だ。

 重厚で非常に頑丈な鎧と武器と盾で闘うには、それに見合った肉体を有していなければならないのが前提条件であり、タルカドスの様な強靭な肉体を有していなければ、相手の重い攻撃を防げずに吹っ飛ばされ、もっと不味ければ重過ぎる武具によって直ぐに体力が尽きて動けなくなる。

 なので、タルカドスが率いる重装騎士団は、毎日必ず訓練用の全身重鎧と特大剣に巨大な盾を背負わせながら強靭な肉体作りを励んでいるのだ。結果、戦士としては鈍足ではあるが、強靭な肉体による豪快で重い一撃を繰り出せる様に成り、敵からの重い攻撃は強靭な肉体に纏う全身重鎧(ヘビー・フルプレート)巨盾(タワーシールド)で防ぎ弾く。決してどんな重い攻撃にも怯まず微動だにせず、圧倒的膂力(パワー)で敵を力業で圧倒する。

 そんな彼等こそ、ラウツファンディル王国の〝重厚鉄壁〟という最高の防御力と、重く鋭い一撃で敵の鎧すら砕き叩き斬る最高の攻撃力を誇る前線部隊だ。魔法による支援強化、特に魔法に対する防御力を上げる魔法が付与されれば、荒れ狂う魔法の弾幕の中でも強行突破すら可能になるのだ。

「ゴルベルク殿、御久し振りです。相変わらず強靭な肉体作り励んでいるそうですね」

「うむ、勿論だとも。我が重装騎士団は常に己が肉体の向上を心掛けなければ務まらないのでな。でなければ、民達を敵から護れん。日々、私を含む部隊の者達は屈強で強靭な肉体(からだ)作りを励めばならん」

 タルカドスはレウディンに慣れ親しむ様に腕を組みながら何度も頷きながら、自身が統率する部隊の日々の訓練を力説をするのだった。

「しかし驚きましたぞ。報告では聞いてはいましたが―――」

 タルカドスは報告で聞いた謎の存在、ガイアに顔を向けた。

「――――まさか、賢者エルガルム様が王都に入れたと噂に聞く魔獣を御目に掛かれるとは思いませんでしたぞ」

 困惑する所か、ガイアを目にしても驚いたと言いつつ、平然と張った声で軽く笑いながら喋るのだった。

 そんな彼にガイアは驚いた。

(この人、僕を見ても全く動じてないや。逆に新鮮だなぁ、こんな人も居るんだ)

 そして関心もした。

(第一印象的に凄く親しめそうな人柄だな。かなり肝が据わってそうだし、何より鎧を着てても肉体的屈強さが判る雰囲気を感じる。それに相まって(しん)も強そうだ。……うん、この人は間違い無く()い人だ)

 ガイアは彼に善良な人間だと心の中で太鼓判を押すのだった。

「いや実はな、ガイアは魔獣ではないのだよ」

「むっ!? 魔獣ではないと! …では妖精獣か!」

「その事は国王陛下の前で伝えるから、今は先に王の間に案内してくれ。謁見(えっけん)の際にガイアについて話もするつもりだから」

「ほう、ガイアというのか…。うむ、分かった。では行くとしよう」

 タルカドスは大きく頷き、フォルレス一家に賢者エルガルムと魔女ベレトリクス、そしてガイアを王の間へと先導する為、先頭を進み始めた。

「しかし、暫く見ない内にフォルレス侯爵殿の御令嬢殿は随分と立派に成られましたな」

 王城内の広く長い廊下を進みながらタルカドスはお互いの気晴らしに会話をしていた。

「加えて賢者エルガルム様の魔導師としての正しき教えを授かり、立派な良き魔導師と成ったのが見て取れますな」

「勿論だとも。私とフィレーネの自慢の愛娘なのだからな」

 レウディンは自信満々に娘のシャラナの自慢をする。

「御父様、()だ私は魔導師としては未熟者ですから…」

 シャラナは緊張気味に加え、父親に自慢の娘だと言われ困りながら恥ずかしがるのだった。

「いやいや、その御謙遜(ごけんそん)さがより立派である証拠ですぞ」

 タルカドスは包み隠さず、堂々と彼女の謙遜さも褒め称えるのだった。

「しかし、その謙遜さが他の貴族魔導師達にもあれば良いのじゃがのう」

「それは私も同感です、エルガルム様。サイフォン騎士団長殿やフォビロド魔導師団長だけでなく、国王陛下も現在の貴族魔導師に対し落胆しております」

 タルカドスの言葉には失望という色は全く無く、(はな)から傲慢で魔法は使えるが使いこなせていない他の貴族魔導師達に対して、何一つ期待なんてしていないという解り切った上での気楽な話し方をするのだった。

「如何してフォルレス侯爵家の様な善良な貴族が居ないのだろうか。逆に何故(なにゆえ)あの様な傲慢な者達が増えてしまっているのか。とても嘆かわしく思いますな」

(なるほどなぁ。フォルレス家以外の殆どの貴族魔導師は魔法が使えるという力を圧倒的な力と勘違いして、他の凡人より優れた存在だと更なる勘違いが助長して、自身の人格内に傲慢が生じてしまった。それに加えて貴族という地位と権力に魔法が使えるというだけで、一流の魔導師と誇張して名乗ってる。それが生じた傲慢をより大きくしてしまってるんだろうなぁ)

 ガイアは最後尾から付いて行き、彼等の話を聴き入っていた。

 タルカドスは気楽に話してはいるが、実際は頭を抱える問題なのだ。

 特にこの傲慢な貴族の問題に関しては、この国の王が一番頭を抱えているという。

(そりゃぁ頭抱えちゃうよねぇ。王様に政治や経済とかで支え仕えている貴族が、自分の利益ばかりしか考えない迷惑者が多いと)

 そんな迷惑者の貴族代表のデベルンス一家が、ガイアの頭の中に勝手に浮かんで来た。

 下の者を(さげす)む目や下卑(げび)た笑みを浮かべる頭の中の彼等を、とっとと頭の外に放り出した。

「それに貴族魔導師と言えば、バーレスクレス魔導学院に関してもそうですな。魔導師が魔法を学ぶ場所であるのにも関わらず、ただただ地位の高い貴族の者に取り入ろうとしかしない、貴族の社交場と成り果ててしまう始末」

 歩き進みながらタルカドスは顔を後ろをに向けた。

「シャラナ殿はさぞ、嫌な思いをなされたのでしょうな」

 相変わらず張った声で喋るが、彼の張った声にはシャラナを思う憐憫(れんびん)の情が込められていた。

「はい…。彼処(あそこ)は本当に学ぶべきものが無い嫌な場所でした。ただ神聖系統魔法が使えるのと、フォルレス侯爵家の地位に目を付けて私に付き纏う他の生徒や教師達に魔法以外の事、私を通して御父様との繋がりを持とうと(こび)を売る事ばかりでした」

 少し暗い顔を浮かべ、シャラナは魔導学院の日々の無駄で嫌になる同じ様な出来事を思い返していた。

(やっぱり、シャラナはその学院で無駄だと判っていながら、永い間ずっと耐えて――――」

「ほぅ……。私のシャラナに纏わり付いて来た愚かな馬鹿共は、何処の何奴(どいつ)だい?」

 レウディンの目が殺意に満ち輝き、恐ろしい笑みを浮かべながらシャラナの方へと顔を向けた。

(うぉっ! 顔怖っ!)

 恐らくはフォルレス家との繋がりを作ろうと媚を売る事ではなく、自分の愛する可愛い娘に纏わり付く貴族の男共という害虫共に対する憤怒(ふんぬ)である。

 要するに、親馬鹿が炸裂仕掛かっているのだ。

「やっぱ彼処はとっとと潰した方が良いんじゃない?」

「よし。謁見が終わったら早急に潰そう…」

 ベレトリクスの一言が火に油を注ぐかの様に、レウディンの父親としての憤怒の業火が更に勢いを増すのだった。

貴女(あなた)、ただ勢いのままで事を起こしては駄目でしょう」

 憤怒の業火を内に秘めた暴走仕掛かったレウディンを、フィレーネが彼の業火を鎮火させようと止めるのだった。

 彼女に続き、エルガルムも親馬鹿炸裂という暴走をしそうな彼を止めるのだった。

「気持ちは解るが考え無しではいかんぞ、レウディン」

「しかし! 私の娘が(ろく)な貴族共の毒牙に掛からせる訳には絶対にいかんのです!」

 魔導学院を憤怒の勢いで潰そうとする恐ろしい面は、ただ純粋に娘のシャラナを護ろうとしている事はこの場に居る誰もが理解はしている。

 しかし、だからといって何も考え無しで勢いのままに潰してしまえば、他の傲慢な貴族共と同類になってしまうのだ。

「儂もあの学院を潰すのは賛成じゃが、ただ単に潰すでは意味が無い。学院の奴等が反論出来ない理由と事実を目の前で突き付けなければ、奴等は幾らでも言い訳を言い続ける面倒な連中じゃよ。特に学院の名ばかり教師共がのう」

「ならば、今回の謁見で(つい)でに進言してみては如何(どう)だろうか」

 タルカドスは彼等に提案をしてみた。

 彼の提案はとても簡単なものだが、現状では一番良い提案とも言えるものだ。

 しかし、その提案を聞いたレウディンは直ぐに冷静になり、その提案に対する答えを言う。

「いや、それは後回しで良いさ。今は魔導学院よりも重大な案件があるのだから、それが完全に終わってからだ」

 デベルンス家の犯罪と反逆での問題とバーレスクレス魔導学院の問題、レウディンの中の天秤に乗った2つの問題、何方を優先すべき案件かは直ぐに答えが出ていた。

 デベルンスだ。

 天秤に乗ったデベルンス家の問題が下へと下がったのだ。つまりはそういう事だ。

(流石は侯爵だな。ちゃんと優先すべき事を冷静に判断してる。この人は――――いや、フォルレス侯爵家の人達は王様が信頼出来る、数少ない貴族なんだろうなぁ)

 彼等が国王陛下に呼ばれるだけの信頼と、この国に貢献(こうけん)する立派な姿勢と意志があるからこそ、国民達は彼等に支持をしてくれるのだ。

(だからかなぁ。僕が彼等と会えたのは)

 神様がそんなフォルレス家に、幻神獣フォルガイアルスとの出会いという運命を授けてくれたのだろう。

(僕を彼等の前に導いてくれたのは、貴女ですか? 豊穣の女神様)

 ガイアは心の中で届くか如何かも分からない質問を、顔を天井に向けながら天上の世界に居るであろう豊穣の女神に問い掛ける。

 彼等フォルレス家を、苦しむ民達を、僕という救いの使いとして導いたのか、と。

「だが()の道、(よこしま)な貴族共が集まるあの学院を潰す事は変わらないがな…」

 再び恐ろしい笑みを浮かべ、学院を潰すとレウディンは宣言をするのだった。

(わー、こりゃあ学院終わったなー)

 ガイアはレウディンの恐ろしい笑みを見て、学院を潰す宣言を聞き悟るのだった。

(どんなに止めようとしても、この人絶対に魔法的な何かで潰しに掛かりそうだ)

 レウディンが何かの大魔法で学院を跡形も無く消し飛ばし更地にする様を、ガイアは想像するのだった。

「御父様…。出来れば穏便に…」

 流石のシャラナも、父親の親馬鹿気味に困っている様子だった。

「その件は儂も協力しよう。お前さんの案件が終わった後にラウラルフと相談して、魔導学院の取り潰しを進めておくから安心せい。もうシャラナには彼処へ通わせる事などさせんよ」

「助かります。賢者様」

「なぁに構わんとも。儂だって前々から考えてた事じゃよ。あんな中途半端以下な魔導師しか排出されん学院なんぞ、在っても無意味なだけじゃ」

 賢者エルガルムの言う通り、中途半端以下なただ魔法が使えるだけの魔導師は魔物との闘い、若しくは戦場での戦いに於いて、味方から見れば(ただ)足手纏(あしでまと)いという邪魔者だ。そして敵から見れば恰好(かっこう)の的という、容易に殺せる傲慢な弱者である。

 魔法が使えるというだけで自分を魔導師という強者だと勘違いし、自惚(うぬぼ)れから傲慢が生まれ、そして更に傲慢から生じる(おご)りによって、敵にいとも簡単に殺されるのだ。

 己が強者ですらないと認識出来ず、己が如何(いか)に自惚れていたのかすら反省すら出来ずに、だ。

「やはり。その者達の意識改革が必要ですな」

「そこなんじゃがのう…。タルカドスよ、御主(おぬし)が奴等に腐った根性を叩き直して意識改革を率先してくれんかのう」

「いやぁ、それは私の領分ではないですな。相手は貴族出身の名ばかり魔導師。私と私の部隊は騎士という名の戦士でありますから、そこは戦闘経験豊富な魔導師団の者達が適任でしょう」

「まぁ、確かにそうじゃが。結局は奴等の心次第じゃがのう」

 もし、現在の貴族魔導師が傲慢を捨て過ちを気付き、心を入れ替え真っ当な魔導師として魔法を学び鍛錬(たんれん)をするのであれば、魔導学院はそのままとなるだろう。

 だが傲慢を捨てず、過ちを過ちだと認めず、魔法を知識を学ぶ事と鍛錬を怠り続け、これからも地位と権力だけを求めるのならば、魔導学院という場所は不要と見做(みな)し、潰す事になるのは確実だ。

 エルガルムは2つの結果の内、何方になるのかを判り切っていた。

「期待は最初からせん方が良いがな」

 肩を(すく)ませながら、期待しても無駄だろうと口にするのだった。

「そりゃあそうでしょ。彼奴等(あいつら)(いま)だに間違った魔法適正理論を、今も正しいってほざき続けてる馬鹿ばかりなのよ? あんたの証明して公開した正しい魔法適正理論を一切取り入れようともしないし、潰そうが潰さないが彼奴等の考え方は変わらないわよ」

 ベレトリクスも現在の貴族魔導師が考えを改める事などしないだろうと語るのだった。

(むし)ろ、何故(なぜ)間違っている魔法適正理論の違和感にすら気付かないのかが不思議なくらいです」

 シャラナは魔導学院に通っていた初めの時から、間違った魔法適正理論の違和感を感じていた。魔法の偉大さとそれを使える魔導師の偉大さをただ語るだけの授業ではない授業、己が使える魔法をただ的に放ち当てるだけの魔法実技。

 ただ自慢と傲慢を聞いているだけ、ただ魔法を使っているだけだ。

 学べている気がこれっぽっちもしない。

 こんな簡単な実技だけで実力を上げられるとは到底思えない。まるで小石を的に投げ当てるだけの遊びでしかない。

 ――――余りにも無意味な場所だ。

「簡単よ。認めてしまえば〝常人よりも強い〟っていう権力が無くなるからよ。間違いの中でしか彼奴等は威張れないのよ。威張れるイコールが貴族の権力ってしか考えていない馬鹿共だから、正しい枠の中では完全に無能なのよ」

 ベレトリクスは少し気怠(けだる)げで平坦な声音で、現在の他の貴族の無能さを口にする。

「まさに(おっしゃ)る通りです。ベレトリクス殿」

 レウディンだけでなく、この場に居る全員が彼女の言葉に頷き同意する。

「まぁ、先ずは先に目の前にある案件を片付けてからじゃ。片付けた後に儂が伝えておこう」

「本当に助かります。エルガルム様」

「構わんよ」

 エルガルムはレウディンに笑い掛けながら言うのだった。

「それよりも、今回の謁見が楽しみですな」

 急にタルカドスが話を変えるかの様に口を開いた。

「エルガルム様が御連れした其方(そちら)の者について、気になって仕方ないですな」

 タルカドスは視線を最後尾にいるガイアへと向けた。

「こうも大人しく我々に付いて来る魔獣――――おっと、魔獣ではないのでしたな。この様な妖精獣は見た事が無いですな。さっきから我々の会話を理解しているかの様に聴き入っておりますし」

「ホッホッホッ。御主の言う通り、ガイアはちゃんと人の言葉を理解出来るぞ。ついでに言うとじゃが、ガイアは妖精獣でもなければ精霊獣でもないぞ」

 妖精獣でもなければ精霊獣でもない。そんな言葉にタルカドスは驚愕を(あらわ)にした。

「なぬっ!? 妖精獣でも精霊獣でもないですと!?」

(おっ、中々良い驚きっぷり)

 ガイアの姿を見ても動じていなかった彼も流石にこの事実には驚きを隠せない様子だった。

「いったい、ガイアとやらはどの様な存在なのですか…!?」

 やはり食い付いた。

 当たり前だ。魔獣でも妖精獣でも精霊獣でもないという存在だと言えば、誰でも食い付いて来る筈だ。

 だが、未だガイアの正体は言わない事にしていた。

「既にガイアの正体を知っとる者は居るが、それは謁見でのお楽しみじゃ」

「おお! それはより一層楽しみですな!」

 ガイアについて、遭遇という出会いを語りながら、王の間へと彼等は向かい歩くのだった。ガイアは言葉が話せないので、ただそのまま彼等の会話を聞きながら、後に続く様に付いて行くのだった。

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