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強欲な愚者、天罰招く9-7

 豪邸内は荒れに荒らされ、あらゆる高価な調度品や宝飾品等は全て、ガウスパーが招いてしまった謎の魔獣に喰われてしまった。

 元凶たるガイアは、未だ豪邸中を歩き回る。

 広大な黄金豪邸全ての部屋を潰す様に、高価な代物を喰らい尽くしながら堂々と闊歩(かっぽ)する。

 もうほぼ全ての部屋は見て入った。

 ガイアは(いま)だ行っていないエリアを思い出しながら、その場所に向かい歩く。

(確か…下に向かった階段が()ったような……)

 憶えたばかりの屋敷の構造を自分の記憶から思い浮かべ、決して急がずに未だ踏み入れていないその場所へ歩いて向かうのだった。

(おっ! 在った在った。此処(ここ)だ)

 ガイアは未踏の場所階段前に辿り着いた。

 間違い無く地下への階段だが、とても緩やかな広い通路の下り階段が奥まで続いていた。しかし、どの位の距離まで続いているのかは判断出来なかった。

(うん、メッチャ怪しい! まーだ何か隠してそうだし、行ってみる価値有りだね!)

 ガイアは躊躇(ためら)い無く地下へ続く下り階段を進み出した。

「い…いかん! 地下は……地下は不味い!」

 身に着けていた宝飾品を全て喰われ、暫く項垂(うなだ)れていたデベルンス一家と無力な騎士数人がガイアの後を追って、遠くから地下へと降りて行った姿を視認し、顔を青白く染めるのだった。


 広く長い階段を歩み(くだ)り、抜けた先には床と壁と天井が黄金で(きら)めく、だだっ広い空間が視界全体に広がった。

(うおっ! 何だあのデカいの?)

 ガイアの視線の先に在ったのは、重厚な金属で作られた巨大金庫だ。それが大きな壁一面に設置されてしていた。

(これってもしかして、金庫か! だとしたら、この中には彼奴等(あいつら)の財産の殆どが有る筈だ!)

 これだけの巨大な金庫は、前世の世界の大手銀行の一番大きな金庫でも、ここまでの大きい物が在るのだろうかとガイアは思った。

 高さ40メートル以上、横幅50メートル以上、金庫の重厚な扉の厚さは予想で10から15メートルの間だろうか。人が開けるには余りにも重く大きい過ぎて何十人―――いや、最低100人でなければ開けるのにかなりの時間が掛かる非常に重い扉に違いない。()しくは、魔法的な何かで開く様に設計されている可能性が高そうだ。

(よーし! 早速ご開帳と行こうかな!)

 ガイアは両手と両腕に力を入れ、目の前にある金庫の重厚な扉に手を掛けた。

 そして一気に全身に力を入れる。

「待てっ…!! それ以上……動くな…!!」

 その時、ダダボラン達が追い付いて来た。

 肉体的に一般人よりひ弱な所為か必死に追い掛けて来た為、ダダボラン、ガウスパー、メゼベンリアのデベルンス一家はかなりの疲労状態だった。彼等に(ともな)っている装備品が無い騎士達数人も、少々疲労の色が(うかが)えた。

「これ以上、デベルンス家の財産に勝手に触ると如何(どう)なるか――――」

(んな事知るかーっ!!)


 ベギゴギゴギャンッ!


「ワァアアアアアァァアアアァアアッ!!!」

 幾重(いくえ)にも厳重に重ね固く閉じた重厚な金庫の扉は、固く閉じる役目の幾本もの強固な金属栓が()し折れ、互いの金属同士が(こす)れ、重くけたたましい金属音が(うるさ)く空間全体に響き渡るのだった。

 重厚な巨大金庫の扉を完全に引っぺがしたガイアは、それを無造作に床へ投げ捨て、投げ捨てられた巨大な扉は黄金の床と激突し、重い金属音を更に煩く空間全体に鳴り響かせるのだった。

(うわぉ……!)

 巨大金庫の扉を引っぺがし壊した先、巨大金庫の中を目の当たりしたガイアは、素直に驚いた。

 ガイアの視界に映る巨大金庫の広大な中は、数え切れない程の金貨が大量に積み上げられ金の山と成っていた。

 金貨だけに限らず、金貨と大体同じ位の沢山の銀貨や、一般には中々使う機会や見る機会が無い白金貨もある。

 そして貨幣だけに限らず、見た事が無い金属のインゴットがずらりと並び置かれていた。恐らく、白金より上の貴重な金属なのだろう。更に一塊の大きな様々な宝石が、陳列棚(ショーケース)の中で鎮座(ちんざ)していた。

(これがこの世界の通貨か……。初めて見たなぁ)

 ガイアは巨大金庫の中に入り、其処(そこ)に積み重ね積み上げられた金貨と銀貨と白金貨を適当に鷲掴(わしづか)む様に取った。輝き煌めく硬貨同士がぶつかり、擦れる際に鳴る澄んだ金属音が心地良く響く。

 手に取ったこの世界の通貨を改めてじっくり見てみると、1枚1枚の硬貨は精巧な芸術的彫刻が施されていた。金貨には魔導師、銀貨には騎士、白金貨には王の姿が其々(それぞれ)、細部まで木目細かく精巧に彫られていた。

(そういえば…この世界の通貨の価値基準って、全く分からないまんまなんだよなぁ。金貨は銀貨何枚分の価値なんだ? 10枚? 白金貨も金貨10枚の価値って所か? う~ん……)

 ガイアは少し、この世界の通貨価値基準の考察し出す。

 ガイアの中での仮設では、一番通貨価値が低いであろう銅貨1枚を10円玉と考え、次に銀貨を100円玉、金貨を1000円札、最後に一番通貨価値が高いであろう白金貨を1万円札と、前世の世界での通貨に置き換えて考えてみた。

 しかし、この仮説が正しいか如何(どう)かは定かではない。

(……うん。後で考え―――いや、明日にでも教えて貰えば良いや)

 なので、この世界の通貨価値基準については後回しにする事にし、頭の中の片隅に暫く置いておく事にした。

(今は此方(こっち)だよねぇ!)

 ガイアは再び口を大きく開き、(てのひら)に納まった煌めく数十枚もの硬貨を口の中へと放り込み、バリバリバリンッ! と噛み砕き、喰らい始める。

 

 豪華な晩餐(ばんさん)が再開された。


 同時に、悲劇と絶望の晩餐が再び開始されてしまった。


「ギャアァアアアアアアアアアアアアアア!!! ()めろぉおおおおおおおおっ!!! その金を喰うな!!! その金庫の中身を喰うなぁあああああああああっ!!!」

 人生で初めて大きく発せられた悲痛と絶望に満ち溢れた絶叫が、ダダボランの口から煩く響き渡る。彼の傍に居た息子のガウスパーと妻のメゼベンリア、数人の無力な騎士達は目を丸くし、顔は青ざめ絶句するのだった。

 視界全体に広がる、煌めき輝く積み重ねられ積み上げられた豪華な山の晩餐に、ガイアは何度も大きな手を伸ばし、掴む度に山は崩れ、金庫の床や硬貨にぶつかり澄んだ金属音が鳴り響き、掴んだ金貨銀貨を口の中に放り込んでは噛み砕く毎に、硬貨が砕かれる金属の硬い咀嚼(そしゃく)音を口の中から何度も鳴らし、飲み込み喰らう。

 何度も、何度も、鷲掴み、口に放り込み、噛み砕き、飲み込み、喰らう。

 金庫の中の金銀財宝がある限り、何度も、何度も、喰らう。


 バリン、ベキベキッ、バキン、バキバキッ、ベキャベキャッ、ベキベキンッ、メキメキ、バギィンッ、ベキッ、ボギンッ、ゴリッゴリッ、ベギバキッ、ギャリッゴリッ、ベキョンッ。


 金貨の山を口の中に流し込む様に喰らい、銀貨の山も口の中に流し込み喰らい、白金貨を鷲掴んで口の中に放り込み、頬張りながら噛み砕き、喰らう。

()めろぉおおおおおおっ!!! あの魔獣を今直ぐ殺せぇええええええっ!!!」

 悲痛と絶望が入り混じった怒声をダダボランは上げ、伴っている無力な騎士に命令を下した後、直ぐに1人で先に視線の先に居る魔獣に向かって走り出した。遅れて武具を持たない無力な騎士達も彼を追う様に走り出す。その次にガウスパー、最後尾はメゼベンリアと遅れながらも慌てて走り出す。

 贅沢に浸り続けた所為で、主にお腹に贅肉(ぜいにく)が溜まり、肥えて重く成った身体を余り脚力が無い脚で必死に前へと走る。後ろから遅れて駆けて来た騎士達は鈍足のダダボランをあっさり追い抜き、急ぎ謎の魔獣の下へと走る。

「このぉおお! 止まれっ! 止まれ!」

 無力な騎士達は太く大きな岩石の腕にしがみ付き、真正面から金庫の外に押し出そうとし、上に登り頭と口を押さえ付けようと、必死になってガイアの晩餐を邪魔を阻止しようとする。

 しかし、全くビクともしない。

 ガイアに対する全力の妨害は、微々たる結果すら生まなかった。

 ガイアは必死になって邪魔をし止めようとする彼等に目も()れず、ひたすら金銀財宝の山を喰らい続ける。

「もういい、退()け!! この私の魔法で焼き殺してくれる!!」

 騎士達に追い抜かれたダダボランが金庫入り口前に漸く到達し、全く魔獣を止められていない無能な騎士達に苛立ち怒鳴る。

 腰のホルダーから短杖(ワンド)を引き抜き、その短杖(ワンド)をガイアに向けた。

 彼が取り出した笏の形をしたタイプの短杖(ワンド)は、白金に金の細工が施され、先端には大粒の紅玉(ルビー)()め込まれている物だ。

(ん? あぁ、そっか。彼奴の父親だから一応魔法は使えるんだっけ)

 ガイアは一時食事を中断し、此方(こちら)に真っ赤な顔と短杖(ワンド)を向けているダダボランへと顔を振り返った。その時には止めようと邪魔をしていた騎士達は、金庫の外へと逃げる様に避難し出していた。

(さてさて。話だけは聞いていたけど、口だけ傲慢(ごうまん)な貴族の魔導師が実際にどの程度なのか、拝見させて貰おうとするか)

 ガイアは敢えて、相手の行動を待つ事にした。

「喰らうがいい!! 私の偉大な裁きの炎を!!」

 ダダボランの持つ短杖(ワンド)の先端に魔力の炎が集まり始めた。

(あぁ…炎系統ね。はいはい)

 ガイアは炎系統魔法の発動を、その場でただ観ながら待った。賢者エルガルムから聞いた最近の貴族魔導師の実力というものを、ちょっと気になっていた故の傍観である。

 小さな炎が球状となり、その大きさを増して……増して……増し―――――。

(………何か……遅くない?)

 もう30秒はとっくに過ぎている。

 にも関わらず、炎の――――いや、火の球は(いま)だ人の握り拳よりも小さい状態だった。

 遅過ぎる。

 今まで見てきた魔法の発動の中で、1番遅いものだった。

(え~嘘でしょ~? シャラナの魔法発動と比べようもない遅さでしょ。というか、もう30秒は経ってるのに未だ小さいし)

 ガイアは視線の先に居る自称一流の魔導師ダダボランの魔法に対し、呆れた目で観るのだった。

(あれじゃあ、何時(いつ)でも敵にやられる恰好(かっこう)の的じゃないか。全く実戦なんて出来る訳が無いよ…そりゃあ)

 そう。敵の真正面で時間の掛かる魔法を発動するという事は、余りにも無謀にして愚行、魔導師としての闘い方では明らかな自殺行為だ。

 それだけではない。ダダボランは魔法は使えるが魔力の使い方、つまりは魔法を扱う為の魔力の操作と制御という魔導師の基本中の基本である技術水準(レベル)が非常に低い。それを鍛え磨く所か、習得すらしていない儘でその様な行為を行うなど、愚劣極まりない。

 傲慢さと実戦に対する無知さが、その様な愚行な選択肢を選ばせているのだろう。

(未だかな~)

 ダダボランの何かしらの炎系統魔法が発動してから、1分が経過した。

(未だ小さいなぁ…)

 1分と10秒が経過―――。

(遅いな~)

 1分と20秒が経過―――。

(………)

 1分と30秒が経過―――。

「さぁ、覚悟しろ!! そして後悔しながら焼かれ死ね!!」

(やっとかい。本当に遅いなぁ、もう…)

 やっと魔法を放てる準備が整ったダダボランは不敵の下卑(げび)た笑みを浮かべ、高々に張った声を上げる。

「喰らって焼かれ死ぬがいい!! ―――〈火炎球(ファイアーボール)〉!!」

 遂に炎系統の魔法が放たれ――――。

(………()っさ!! しかも遅っ!!)

 ――――確かに魔法名通り、球状の炎の塊ではあった。

 しかし―――小さい。

 何か―――小さかった。

 放たれた炎の球は、人の握り拳ぐらいか、それより若干大きいかぐらいの微妙な大きさである。

 これには、ガイアは呆れるのだった。

 何かショボい、と。

 炎というより、火だ。

 しかも、放たれた〈火炎球(ファイアーボール)〉の飛来速度も遅い。人の歩く速度より若干速い程度の微妙な速度だった。

(うわぁ……。これで一流なんて名乗ってるのか…。これは(ひど)いや)

 賢者エルガルムから聞いた、殆どの貴族魔導師の内容と目の前のダダボランという悪徳貴族魔導師の魔法を実際に見たガイアは、より理解し納得が出来た。

 ノロノロと飛んでいる〈火炎球(ファイアーボール)〉が漸くガイアの目の前に到達した。

「さぁ!! 燃やされるがいい!!」

 ショボい〈火炎球(ファイアーボール)〉を放ったダダボランは自信に満ちた下卑た笑みを浮かべ、謎の魔獣に対し焼き殺すと宣告する。

 余程このショボい魔法の威力に自信があるのだろうか。

 だがそれは、彼の主観からでの話だ。

 ガイアは片腕でダダボランの〈火炎球(ファイアーボール)〉を躊躇い無く直接振り払った。

(熱っ)

 ガイアの片腕に触れた火の球は弾ける様に爆発し、片腕を適度に焦がし、役目を終え跡形も無く魔法の火は消えた。着弾による爆発は思ったよりもショボく、威力も余り無かった。

 この程度なら、ガイアにとっては脅威でも何でもなかった。

「そ……そんな…私の最高威力の魔法だぞ…! 何故(なぜ)死なない!?」

(えぇ……。あれで最高威力って…。それ本気で言ってるの…?)

 確認したかった事を確認し終えたガイアは彼等に背を向け、再び食事に(いそ)しむのだった。

「この魔獣風情が! この上級魔導師(アーク・メイジ)であるガウスパーの魔法で焼き殺してくれる!」

(あー…はいはい)

 今度はお前かと、呆れた視線をガイアはガウスパーに送る。

 流石にただ突っ立ったまま待つのも暇なので、ガイアは適当に硬貨を自分の周りに()き集め、集めた硬貨を鷲掴み、口の中に放り込み、喰らいながら待つ事にした。それも映画館で映画鑑賞しながらポップコーンを食べるかの様に。


 ――――1分と30秒経過。


「さぁ、喰らうがいい! ―――〈放火ファイア・レディエーション〉!!」

 ガウスパーの短杖(ワンド)の先端から、炎の塊がガイア目掛けて放射される。

 しかし、放たれた炎は火力も放射速度も低く微妙であった。

(はぁ……。もう付き合ってられないや)

 これ以上、こんな茶番の様なショボい魔法に付き合う気は無いガイアは、彼等に初めて魔法を行使する所を見せた。

(〈水壁(アクアウォール)〉)

 何も無い中空に水を創り出し、視界全体に多量の水を広げた。

「なっ、何だと!!?」

 その場に居る全員が驚愕(きょうがく)の声を上げ、魔法によって出現した無重力の様に浮かぶ水が広がる光景を目にする。

 巨大金庫の入口が、あっという間に水の壁で塞がれたのだ。其処にガウスパーの放った火炎が突撃する様に向かい、ボシュゥゥゥ、と間抜けな蒸発の音が鳴り、鎮火(ちんか)されるのだった。

(魔力で固定してっと……良し。これで心置きなく晩餐の続きが出来る。―――あ、そうだ。もう1つ壁創っとこ)

 ガイアは水の壁を固定設置した後に、更に別系統魔法で壁を創り出した。


「何だあの魔獣は…!? おいガウスパー!! 何故あの魔獣が魔法を使える事を教えなかった!!」

 ダダボランは息子のガウスパーの胸倉を乱暴に掴み、困惑と激怒で歪めた顔面を一気に近付け怒鳴り付ける。

「わ…私も今初めて知りました、父上!」

 父親のそんな顔を間近にするガウスパーは、今にも泣き出しそうな目を浮かべ、自分も知らないと父親に弁明をする。

 実の所、賢者エルガルムをも上回る魔力を秘めている事実を、前の不法侵入の際で聞いたが、ガウスパーはその事を完全に忘れていたのだ。

「そんな事より、今は金庫に在る私達の財産を護るのが先でしょう!! 早く何とかしてよ!!」

 メゼベンリアは魔法を使う魔獣なんかよりも、金庫内の財産全てが喰われる心配をするのだった。この先、買いたい物が買えない、豪華な食事をする事が出来ない、あらゆる贅沢が消えてしまう事に不安を駆られるが、彼女は魔法も使えない無力な貴族、故にただ何も出来ないまま焦燥するだけである。

(くそ)…! お前達!! 魔獣はもう良い!! 金庫の財産全てを持ち出すんだ!! 急げ!!」

 ダダボランの命令に騎士達は戸惑う。

「し…しかし、魔法による壁では金庫の中に入れないのでは…」

「壁でもあれは水の壁だろ!! 泳げ!! そしてとっとと持ち出して別の場所に移さんか!!」

 苛立つダダボランの怒声を浴びせられた騎士達は、慌てて巨大金庫の中へと駆け出し向かう。

 巨大金庫の入り口を隙間無く覆う魔法の水壁の前まで到達した騎士達は、少し水壁の中に入るのを躊躇っていたが、決死の覚悟を決めたかの様に勢い良く突っ込んで行った。

 息を止め、水の中を両手で掻き分け泳ぐ様に進む。しかし、水の中の浮力の所為で思う様に速く前に進めない。

 思ったよりも水の壁は分厚く、向こう側の金銀財宝が広がる金庫内という空間までそれなりの距離がある。大体で4,5メートルぐらいだろう。

 必死に水中を掻き分けながら進み、水の壁の向こう側へ到達する。

 出られると思い、騎士達は手を伸ばした。

 しかし、見えない硬い壁にぶつかってしまう。

「……!?」

 見えない壁にぶつかり、水の壁の向こう側である金庫内に進む事が出来ず、如何して進めないのか困惑する。

 見えない硬い壁の正体。それは、ガイアが氷系統魔法で作り出した壁――――〈氷壁(アイスウォール)〉だ。

 ガイアの創り出した氷の壁は水の様に透明度が高い為、水の壁越しからでは視認する事が殆ど出来ない。水中でも同様に透明度の高い氷の壁は中々視認する事は出来ない為、騎士達は何故先に進めないのか理解出来ず困惑する。

 見えない壁を何度も叩く。

 分からない。

 何故進めない。

 この見えない壁は何だ。

 見えない壁を壊そうと力の限り何度も叩くが、水の抵抗の所為で思う様に拳を振り抜けなかった。

 息が持たず、騎士達は慌てて水の壁の外に戻ろうと引き返す。

「何で引き返しているんだ!! とっとと行けと言っただろ!!」

 何も出来ずに水壁の中から戻って来た無力な騎士達に向かって、ダダボランは顔を真っ赤にして怒鳴りつける。

「ゼェ…ゼェ…す……進めないんです…。何か見えない壁が水の壁の先にあり……金庫の中に…入れません…」

「何をふざけた事を抜かす!! この役立たず共が!¹」

 ふざけた事など1つも言っていない騎士に対し、自分の雇う騎士の言葉を信じず、ダダボランは理不尽に怒声を浴びせるのだった。

「もう良い!! お前達に頼んだのが間違いだった!!」

 更にダダボランは理不尽な怒声を飛ばした後、ズカズカと金庫へと歩き出した。そのまま水の壁の中へと躊躇う事無く入った。

(糞ぉ…! あんな魔獣如きに……あんな魔獣如きの魔法にぃぃ!)

 ダダボランは苛立ちで表情を歪ませ、水の壁の中を必死に泳ぐように進む。中々思う様に進まないのも相まって、より苛立ちが増していく。

(殺してやる! 殺してやる!! 絶対に殺してやる!!)

 増していく苛立ちに触発された殺気も漏れ出す。

 そして水の壁の向こう側に出られると思ったその時、ダダボランも騎士達と同じ様に見えない壁にぶつかる。

(何だ…!? 何だこれは…!? 何で進めない!? 何でだ!?」

 苛立ちながら、困惑する。

 ダダボランは脆弱な腕力で見えない壁を叩く。何度も、何度も叩く。

 奴が―――魔獣が視線の直ぐ先に居るのに、進めない。自分の金庫の中に入れない。

 ただ見えない壁を無駄に叩くだけのダダボランのその姿は、余りにも無力だった。

 彼は魔法を使おうとしない。いや、この中では使う事が出来ないのだ。

 ダダボランが使える魔法は炎系統しかない為、水中で発動しても瞬間的に即鎮火する。(ちな)みに、ガウスパーも炎系統魔法しか使えず、父子(おやこ)揃って使える炎系統魔法は〈放火ファイア・レディエーション〉と〈発火(イグニッション)〉、そして〈火炎球(ファイアーボール)〉の3つしかないのだ。

(止めろぉおおっ!! 喰うな!! 私の…我々デベルンス家の財産を喰うなぁあああっ!!)

 透明な壁の先、金庫の中で金銀財宝を喰らい続ける魔獣を視界に映し、怒りと焦りで歪んだ表情を浮かべ、ただただ見えない壁を叩き続ける。その壁がガイアが創り出した氷の壁とも理解出来ずに。たとえ見えない壁が氷の壁だと理解しても、彼には何も出来ない。

 金庫内の空間と水の壁の間を氷の分厚い壁が(へだ)ち、水の壁の中に居るダダボランは必死に見えない壁という氷壁を何度も叩き続ける。無駄な努力である事に気付かぬ儘。

(…! い、息が…! 息が持たない…!)

 鍛えられていない贅肉が溜まった貧弱な身体だ。当然、肺活量は一般人よりも少ない。水の壁の中に入って1分が経過し、身体の中の酸素は既に無くなり欠けていた。

(財産…! 私の財産…!)

 だが彼は、愚かにも水の壁の中から出ようとしなかった。

 叩く。

 叩く。

 何度も叩く。

 ダダボランは自分の貧弱な拳では決して砕くどころか、壁に(ひび)を入れる事すら出来ない事実にすら、理解以前に考えようともせず、無駄に殴り叩き続ける。

 目の先に居る魔獣に、金貨や銀貨、貴重なインゴットに宝石を噛み砕かれる硬質な音が透明な壁越しからダダボランの耳に伝わる。

 ダダボランは見えない壁をひたすら無駄に叩き続ける。目先の強欲だけを優先して、息継ぎをしようという生存本能をも捨ててまで、無駄な努力をし続ける。

 息が後僅かで切れそうになったその時、ダダボランの身体が後ろへと引っ張られた。そのまま水壁の外へと、誰かに引き()り出されたのだった。

 無謀で愚かな彼を水の壁から引き摺り出したのは騎士達だった。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ! ゼェ…ゼェ…ゼェ…ハァ……何をする…! 勝手に私を引っ張りやがって…!」

 息が切れそうになった所を助けたのにも関わらず、ダダボランは騎士達に対し、また理不尽に怒鳴り付ける。

「あのままだと溺死(できし)してしまうのでしたので…!」

「そんな下らん事でこの私を引っ張り出すな!! 金だ…! 金が全てだ…!! 金が最優先だ!!」

 余りにも愚かな発言―――いや、考えだった。

 己の命よりも金が全て、金が最優先だと愚かな彼はほざく。

 彼は馬鹿だった。

 いや、彼を含むデベルンス一家が馬鹿なのだ。

「糞…! 糞…!! 糞ぉおおっ!! 燃やしてやるぅううぅ!!」

 ダダボランは再び放つまで時間の掛かる魔法を発動しようとする。

「ち、父上! 私も加勢します!」

 ガウスパーも愚かな父親に続き、魔法を発動しようとする。

 そう。彼等は本当に愚かで馬鹿な悪徳貴族なのだ。

 己が使える魔法で、視界に広がり留まる水の壁に穴などあけられる訳が無い。ダダボランとガウスパーのショボい炎系統魔法では分厚い水の壁を壊す事など出来ないと、先程の結果を見ていたにも関わらず、また放とうと2人は愚直で無意味な行動を起こすのだった。

「〈火炎球(ファイアーボール)〉!!」

 放たれたショボい炎の球は水の壁に触れ、水の蒸発音の発生と同時に鎮火し、あっけなく消えるのだった。

「〈火炎球(ファイアーボール)〉!!」

 時間を掛けて、もう一度放ち、また同じ様に鎮火し、消える。

「〈火炎球(ファイアーボール)〉!!」

 また時間を掛けて、もう一度放ち、また鎮火し、消える。

 何度も、何度も、水の壁に炎の球を放つ無駄な行為を続ける。

 結果、何も進歩していない。

 何も変わっていない。

 当然の無駄という結果だ。

「ウワアァアアアアアアァァァッ!!!」

 絶望に満ちた悲痛の叫びが響き渡る。

 魔法を無駄に放つ以外、ただ叫ぶ事しか出来なかった。

 己の繁栄という黒い欲望を叶える為に招き入れてしまった謎の魔獣によって、デベルンス家は人生のどん底へと落とされてしまったのだった。



 1時間後―――。

 金属の砕かれる音が鳴らなくなった。

 宝石の砕かれる音も聞こえなくなった。

 その理由はただ1つ――――晩餐が終わったからだ。

 巨大金庫の中に在った膨大な量の金貨や銀貨、白金貨に鎮座していた様々な宝石は何処(どこ)にも無かった。

 いや、無くなったではない。

 1つ残らず喰われたのだ。

(ふう。食った食ったぁ)

 金庫の中の山の様な金銀財宝はガイアによって全て喰われ、金庫の中身はスッカラカン状態と為り、ただただっ広いだけの何も無い空間と化してしまったのだ。

「あ……あ……金……私の金が……」

 両膝を床に付け、悲痛の嗚咽(おえつ)を吐くダダボランは涙を流していた。

 彼だけではない。ガウスパー、メゼベンリア、幾人の騎士達も両膝を床に付け、絶望の色に染まり切っていた。

 だが、同情なぞこれっぽっちも湧いて来なかった。

 湧く筈も無い。

 彼等はそれだけの悪行をし続けてきたのだから、これは当然の報いだ。

(まぁ、どうせ自分達が為出(しで)かした悪行を悪行だと認めも反省もしないだろうなぁ)

 ガイアはデベルンス家には一切期待しない。彼等が己の過ちを正そうとする意志が芽生える事に。

(さーてと、帰るか)

 ガイアは魔法的固定設置していた〈水壁(アクアウォール)〉と〈氷壁(アイスウォール)〉を消し解き、巨大金庫の中から悠々(ゆうゆう)と出るのだった。

 絶望に打ち(ひし)がれるデベルンス一家とそこに仕える騎士達の横を通り過ぎ、ガイアは財産を殆ど失ってしまったデベルンス家の屋敷から勝手に出て行くのだった。


 デベルンス家は一夜にして、幻神獣フォルガイアルスから下された罰によって、未来の私利私欲な繁栄を永遠に失い、ほぼ全ての財産を喰われ失うという、深い深い絶望へと蹴り落とされたのだった。


(夕飯は何かな~)

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