強欲な愚者、天罰招く9-6
レウディン侯爵の命を受けたライファは音を立てる事無く、影から影へと特殊技能を駆使し、誰の目にも映らない様に転移を繰り返しながらガイアの後を追う。
ライファが身に纏う服は普段の侍女服ではなく、遥か東の国――――東邦に存在する忍装束呼ばれる衣服を基に作られた隠密装束であり、肌をほぼ覆い隠す全身黒尽くめの装束だ。この服は彼女にとって、暗殺者としての戦闘装束でもあるのだ。
特殊技能〈潜影転移〉を駆使しながらガイアの行く先へと素早く影から影へと転移しながら向かう。
日が沈み、物から出る影が伸び広がるこの時間帯、ライファにとっては特殊技能〈潜影移動〉と〈潜影転移〉が輝き始める時間帯だ。時間が経つにつれ日が沈み影が広がれば、潜伏出来る影の数や面積が増え、夜に為れば明るい場所以外を彼方此方と縦横無尽に影の中に入ったまま移動する事が出来る。
茜色の夕焼け空が黒く染まり始め少し時間が経過した後、ライファはデベルンス伯爵家の豪邸に着く前にガイアに追い付いた。
ライファは影の中から、ガイアとその先に居るデベルンス家の子息を確認した。
(なるほど、本当に分かり易い罠への誘いですね。流石はデベルンス家の馬鹿子息)
幾つもの果実を落として屋敷へと誘い込もうとするその姿を見ながら、素直な感想を浮かべる。
視線をガイアへと戻し、周辺に人の視線と気配を確認する。誰も周辺に居ない事を確認し終え、ライファは気付かれずにガイアの大きな影へと転移し、そのまま影の中に潜伏した。
彼女はそのまま、ガイアと共に一緒に付いて行く影の中で、共にデベルンス伯爵家の豪邸へと一緒に行くのだった。
影の中からガイアが落とされた果物を拾い喰いをする行動と向かう先を、ただ静かに様子を監視し続ける。
ライファは理解していた。
ガイアはとても賢い子。
だからわざと誘われる振りをしながら、デベルンスの所へ案内して貰っているのだと。
ガイアの大きな影に運ばれながら、目的の場所へ楽々と到着し、ライファは賢者エルガルムから下賜された下げ飾り型マジックアイテム―――監視目の下げ飾りを起動し、これから起こる出来事を少し楽しみに思いながら、影の中から見届け記録する。
同刻―――。
デベルンス家の敷地の外、門の付近に3人の魔導師団員がやって来た。
しかし、門を警備する2人の金ぴか騎士は、眼前に居る3人の魔導師団員に全く気付いていなかった。
その理由は、3人の魔導師団員は2つの隠密魔法、自身から発する音を消す魔法―――〈無音化〉と自身の身体を透明化し視認されなくなる幻術系の魔法―――〈不可視化〉を其々自身に掛けているからだ。
彼等3人は魔導師団の隠密部隊に所属する魔導師であり、習得している魔法は主に隠密活動に必須のものだ。戦闘用の魔法も幾つかは修めてはいるが、あくまで隠密と裏工作を重点とした部隊だ。戦闘員ではない為、他の魔導師団の部隊より戦闘面は劣る方だ。
そして彼等は隠密部隊ではあっても、微かな音や気配を感じ取る特殊技能を持つ野伏や、己の姿気配を隠す隠密に関する特殊技能を持つ盗賊系の職業を持たない純粋な魔導師なのだ。なので、此処に居る彼等は隠密に関する特殊技能は有していない。
何方かか、若しくは両方を有している者は、魔導師団の隠密部隊全員の中でほんの数名しかいないのだ。
因みに、その数名は既にデベルンス家の豪邸内に潜入し、犯罪に関わる物的証拠を探っているのだ。
門付近に居る魔法的透明無音状態の彼等はマジックアイテム、監視目の下げ飾りでの言質と映像を証拠として記録し持ち帰るのが目的だ。
お互いに見えない姿を特殊技能〈魔力感知〉で確認し、門を飛び越えようとした。
その時、此方へと向かい歩いて来る者を特殊技能で感知する。
感知先の方を見れば、此処の子息であるガウスパーの姿があった。
(……何やってるんだ彼奴は? 袋から果物なんか落として…)
此方へとやって来るガウスパーの謎めいた行動に3人は疑問を浮かべ、そのまま様子を窺う。
そして彼等の〈魔力感知〉範囲に、ある謎の存在の膨大かつ強大な魔力が入って来た。
(! な、何だ…!? この強大な魔力、いったい何者だ…!?)
魔導師団員3人は特殊技能〈魔力感知〉の感知範囲に入って来た謎の存在に驚愕し困惑した。
その強大な存在に集中して感じてみると、その存在も此方に近付いて来ている事が判明した。
そして、その謎の存在の姿を視認し、目を丸くした。
ガウスパーの後ろの先に、人外の者が落ちている果物を拾い喰いしながら此方に向かって来ていた。その姿は岩石の動像に酷似し、背中には小さいが立派な樹木が生えていた。
(あれはもしかして…報告にあった例の魔獣か!)
魔導師団員の3人は、王都の城壁の門を警備する衛兵からの報告にあった、賢者エルガルムが入れた謎の魔獣の事を思い出す。
しかし、疑問が浮かび上がる。
(何故あの魔獣は此処に?)
報告からの内容を考えれば、あの謎の魔獣は賢者エルガルムの下に居る筈であるのに、誰も伴わずにたった1体で外を出歩いているのか疑問があった。
ガウスパーと謎の魔獣の行動の様子から、あの魔獣はガウスパーによってこの豪邸に誘導されている事が見て取れた。
恐らくは魔獣を何かしらの企みに利用しようとしているのだろうと、魔導師団員の3人は予想する。
「とっとと門を開けたまえ!」
ガウスパーは門に居る2人の騎士に命令を下し、2人の金の騎士は何も言わず、門の扉を開けるのだった。
門の扉が開き切った直後に、3人の魔導師団員はガウスパーよりも先に敷地内へと侵入する。消音の魔法と透明化の魔法の効力の御蔭で、堂々とガウスパーと金の騎士の視界に入っても視認されずに済むのだった。
敷地の外で何やら騎士が騒ぎ出した様だったが、ガウスパーの怒鳴り声によって治まった。その後に下卑た笑みを浮かべたガウスパーが敷地内へと入り、それに続く様に例の魔獣も入って来た。
そのまま3人の魔導師団員は謎の魔獣の隣を歩きながら、デベルンス家の強欲に満ち溢れた豪邸へと潜入する。
そして現在―――。
ライファと魔導師団員は、姿を魔法や特殊技能で隠した儘、デベルンス家の悲劇を目の当たりにしていた。
「ワァアアアアアアァァァッ!!! 止めろっ!!! 止めてくれぇええっ!!!」
ダダボランは悲痛と絶望の叫びを上げていた。
ダダボランを含むこの豪邸の家族、騎士、使用人の全員が愕然とし、青ざめた表情で視線の先に居る彼等にとっての絶望の原因を見る。
デベルンス家にとっての絶望の原因――――それはガイアだ。
ガイアは黄金の照明を次々と壁から容赦無く引っぺがし、次々とそれを口の中へと放り込み、口の中でベキバキと金属の硬質な音を立てながら喰らう。次にデベルンス一家の座っていた黄金椅子を掴み、上質な真紅の革を力任せに引き剥がし、齧り付き、噛み砕き、喰らう。
食堂にあった黄金椅子を全て平らげ、次に目を付けたのは天井に飾られている黄金に沢山の水晶がぶら下がったシャンデリア。ガイアは大きな両脚に力を込め、シャンデリアまで勢い良く跳躍する。身体が重い岩石で構成されているとは思えない跳躍力に、全員が目を見開き腰を抜かす。そして天井まで跳躍したガイアは、黄金のシャンデルアを両手でガッチリと掴みぶら下がる。無論、シャンデリアはガイアの重さに耐えられず、天井の壁は一瞬で亀裂が広がり、砕け散る様に天井の壁は崩壊し、落下し出す。
シャンデリアに掴まるガイアは、真下に在った大きく広い食卓へと墜落。食卓は落下速度を加えたガイアとシャンデリアの重さに当然耐えられず、ベキベキと砕け潰れる。そしてその衝撃で数々の豪華な料理は宙を舞い、床や洋卓掛けに飛散するのだった。
「ギャアアアアアアアッ!!!」
全員は絶叫する。
そんな彼等を無視し、ガイアはシャンデリアをベキンッ、バキンッと噛み砕き、ひたすら喰らい続ける。そしてあっという間にシャンデリアは、跡形も無くガイアに平らげられてしまうのだった。
(ふぅ。さて、次は…)
ガイアは食堂の出入口である黄金の扉へと歩き出す。
のそりのそりと悠々歩き、黄金扉の前で脚を止める。
(よいしょーっ!)
片手で扉を掴み、思いっきり引っぺがす。
「うわぁっ?!! 何だぁ!!?」
食堂の外で立っていた騎士は、後ろで扉が引っぺがされる事態に驚愕し腰を抜かした。
ガイアは腰を抜かす騎士を気にもせず、引っぺがした黄金の扉を齧り付き噛み砕く。
(やっぱりこの扉、純金で作られた物だ)
齧り噛み砕く毎に、硬質な砕かれる金属音が響き渡る。この扉は木製や石製の上に金を塗った物ではなく、扉全てが金そのものだった。
「止めろ――――――っ!!! その扉を喰わないでくれ――――――っ!!!」
(止めな~い)
ダダボランの悲痛な叫びをガイアは無視し、ベキンッ、バキンッと金の砕かれる硬質な音を響かせながら純金製の扉を喰らい続け、大きな黄金の扉は跡形も残さず全て喰らい尽くした。
そして食堂から出て行き、次に喰らう貴重で高価な物を物色し始める。
「と、止めろっ!!! 誰かあの魔獣を止めろ―――――っ!!!」
ダダボランは慌てて食堂出入り口に居る腰を抜かした騎士に命令を下し、命令を下された騎士は慌てて体勢を立て直し、ガイアの真正面に回り込み、全身の力全てを使い押し返そうとする。全く歩の速度が緩む事は無く、逆にガイアが歩くだけで簡単に押し返される。体重だけでなく、力の差が余りにも大き過ぎるが為、騒ぎを聞き付け次々とやって来る騎士達が集まり押し返し押さえようとも、僅かすら歩の速度は緩ます、全く歯が立たなかった。
(在った在った)
群がる騎士達を難無く押し返しながら広い黄金の廊下を歩み進み、廊下の先へと並び続く獅子の白金像へと近付く。
口を大きく開け。
「おい待て!! 止めろ!! それは――――」
そのまま獅子の白金像の頭を思いっきり噛み付き、ベギャンッ! と噛み砕く。
「アァアアアアアアアアアァァァァァァッ!!! 私のっ!!! 私の白金像がぁあああぁぁぁっ!!!」
ガイアの後を追い掛けて来たダダボランは、自慢の獅子の白金像の頭を捥ぎ取られたかの様に噛み砕かれる光景を目にし、悲痛の叫びを上げる。
ガイアはダダボランの叫びも騎士達の必死に止めに掛かる行動もお構い無しに、獅子だった白金像をベキバキとひたすら噛み砕き、獅子の白金像は跡形も無くなった。
(先ずは1つっと)
ガイアは別の獅子の白金像へと近付き、また同じ様に獅子の頭を思いっきり齧り取り、喰らい尽くす。
喰らい終えたらまた別の白金像へと近付き、また齧り取り、喰らい尽くす。
そして更に別の白金像を齧り取り、喰らい尽くす。
喰らい終え、また別のを齧り取り、喰らい尽くす。
齧り取り、喰らい尽くす。
更に齧り取る。
更に喰らい尽くす。
喰らう。
喰らう。
ひたすら喰らい尽くす。
ベキバギャンッ! と白金像が齧り取られ噛み砕れる硬質な金属音が響き、ガリゴリと口の中で更に噛み砕かれる咀嚼音が鳴る。
「止めろ!!! 早くあの魔獣を止めろ!!! もう殺しても構わん!!! 止めろ――――――っ!!!」
ダダボランは悲痛と焦りが混じった怒声を上げながら、騎士達に魔獣を殺せと命令を下した。
「ち…父上! 折角私が手懐けた魔獣を殺すのですか!?」
「あれのどこが手懐けただ!! 従属すらしてない野蛮な魔獣の儘ではないか!! 今あの魔獣を殺さねば、我々の財産全てが喰い尽くされてしまうのだぞ!!!」
息子のガウスパーの言葉に、ダダボランはブチ切れ怒鳴り付ける。
デベルンス家の全財産と魔獣の何方が優先すべきか天秤に掛ければ、この状況では全財産が必ず下へと天秤が傾く。
これはデベルンス家にとって当たり前に優先すべき物、絶対に失ってはならない財産なのだ。その財産を今目の前で喰らい続けている魔獣を優先すべき大切な物だと、ダダボランの頭の中に浮かぶ筈が無い。
だからダダボランは、息子のガウスパーに怒鳴り付けたのだ。
優先すべき物は魔獣ではなく――――金だと。
命令を下された黄金纏う騎士達は、手に持っていた金で作られた様々な武器、ロングソード、バスタードソード、ハルバード、スピアを構え、今も獅子の白金像を喰らうガイアに目掛けて、剣を振り下ろし、剣で薙ぎ払う様に斬り掛かり、斧槍を振り下ろし、槍を構え突進しながら突き刺し、一斉に襲い掛かる。
しかし、全ての武器の攻撃は弾かれた。
「なっ!!?」
騎士達は驚愕の声を上げる。
ビクともしない。
しかも、ガイアの岩石の身体には掠り傷1つ付かなかった。
騎士達に武器で攻撃されたガイアは、何事も無いかの様に彼等を無視し、ひたすら喰らい続けていた。
騎士達は完全に眼中に無いと見做されていた。
「クソがっ! 無視してんじゃねぇぞ、この魔獣がぁああっ!」
1人の黄金騎士が汚い本性を顕にし、手に持っているバスタードソードを両手で握り締め、ガイアに向かって力一杯込めて振り下ろした。
その瞬間、振り下ろした剣は大きな岩石の指で摘まれる様に掴まれてしまった。そのまま剣を引っ張られながら必死に抵抗をするも、明らかに圧倒的に膂力の差がある為、簡単に剣ごと引っ張られてしまうのだった。
引き寄せられた騎士は、それでも必死に剣を取り戻そうと引っ張り続けるが、ガイアは容赦無く掴んだ剣をバキンッ、と細長い焼き菓子を食べる感覚でボリボリと喰らう。
「……え? ギャアアアアアアッ!! 俺の剣が―――――――っ!!」
黄金のバスタードソードを喰われ、その持ち主の騎士が悲鳴を上げた。
そんな騎士の悲鳴が終わる前にガイアは、奪い取った大剣をあっという間に平らげるのだった。
「お…俺……俺の、俺のけ―――――」
そしていきなり騎士はガイアの大きな両手に掴まり、驚愕と困惑が勢い良く溢れ渦巻いた。
「えっ…ちょっ、何だ!? 何する気だ!?」
捕まった騎士はガイアの両手から抜け出そうとするが、途轍もない握力でガッチリと掴まれ、微動だに動く事が出来なかった。
必死に抜け出そうと全身に力を入れ、抜け出そうと藻掻き続ける。しかし、全く抜け出せない事に苛立ちが生じ、眼前の魔獣を睨み付ける。
しかし、彼の苛立ちは恐怖の色へと一瞬で染め変えられた。
眼前の魔獣が口を大きく開け出す。
そしてそのまま、顔を騎士に近付けていた。
(え…!? まさか…嘘だろ…!?)
ガイアに掴まれた騎士は、これから自身に起こる未来を予想出来てしまった。
(く…喰われ――――)
そして直ぐに、彼の身に起こる未来が訪れた。
(戴きま~す)
ベギャンッ!
「ギャアアアアアアアアアー!!!」
掴まれた騎士は絶望に満ちた悲鳴を上げた。
「う、うわぁああぁあ!! く…喰われた! 魔獣に喰われてたぞ!!」
他の者達も、その衝撃的な光景に恐怖し叫んだ。
騎士がガイアに噛み付かれ、黄金の鎧の噛み砕かれる硬質な金属音が響き渡る。
眼前の岩石の魔獣が人を喰らった。黄金の鎧ごと騎士の生身の身体を噛み砕き、引き千切った。
誰もがそう見え、誰もがそう思った。
「ウワァアアアァァァ………って、あれ?」
噛み付かれた騎士は血を流すどころか、無傷だった。
噛み砕かれたのは黄金の鎧だけで、騎士の身体は大事に至らなかったのだ。
一瞬、喰い殺されるかと思った騎士はホッと安堵したが、直ぐにまた青ざめた表情を顕にする。
眼前の魔獣がまた、口を大きく開けたまま近付いている顔を目にし、この後の起こる本当の未来を悟ってしまった。
「ま…まさか……」
面頬付き兜で覆われた顔を引き攣らせた騎士は、何も抵抗も出来ない儘、受け入れたくない直ぐ先の未来をその身に受けるのだった。
ベキバキバギャンッ!
「イィイヤァアアアアアアアァアアァアー!!!」
黄金の鎧を齧り取られた騎士は、再び悲鳴を上げるのだった。
ガイアの両手に掴まれたままの騎士の身を包む鎧は更に齧られ、引き千切る様に引っぺがされ、胸当ても肩甲も籠手も、脛当ても装甲靴も鎧のあらゆる部位全てを齧られ毟り取られ、最後に残った煌めく兜を取られ、騎士の黄金の武具全てが喰われてしまった。
あっという間に騎士は、武具という武力を喰らい奪われてしまい、小さな傲慢を持つ無力な人間に為って――――いや、戻ってしまったのだった。
1人の騎士の黄金の全身鎧を平らげたガイアは、此方を一定の距離から様子を見ていた騎士達へ視線をチラッと動かす。視線を向けられた騎士達はビクッと肩を竦ませた。
身体ごと騎士達の方へ向けたガイアは、そのまま視線の先に居る騎士達に向かって歩き出し、騎士達は徐々に後ろへと後退していく。
数歩互いに、ガイアは前に進み、騎士達は後ろへと後退する。
ガイアは歩いて近付こうとしても距離が余り縮まらないと判断し、一気に騎士達に急接近し、次々と騎士達を取っ捕まえて黄金の武具を再び喰らい始めるのだった。
「わぁああああぁぁ!!! 止めてくれぇえええええ!!!」
「へひゃああああぁああ!!! 助けてぇええええぇぇ!!!」
「どわぁああああ止せ止せ止せ止せ止せ、止めてってギャアアアア!!!」
「だぁあああああっ!!! 俺の、俺の武器がぁあああぁぁぁ!!!」
「ちょっ、待った、此方に来るな、待て待て待て待てイヤァアアアアアア!!!」
ベギンッ、バギンッ、バキャッ、ベキャベキャッ、ベキベキベキッ、ボギャンッ、バキンッ、ゴリッ、ベギャンッ、ギャリッ、ベキッ、バキバキバキッと、噛み千切られ噛み砕かれる金属の硬質な音が、騎士達の悲鳴と共に響き渡るのだった。
ガイアは屋敷中を縦横無尽に歩き回り、高価な金属品や宝石をひたすら喰らい続ける。
屋敷中に設置されている黄金の照明に白金の獅子の像、金箔を隙間無く張り付けた幾つもある大きな棚に飾られている白金、金、銀で作られ大粒の翠玉、紅玉、蒼玉が其々1つずつ嵌め込まれたゴブレットに、壁面に飾られた刀身が金で輝き鍔の中心には紅玉が嵌め込まれたロングソード、水晶製の小さな馬の結晶像、艶のある黒色が特徴の黒曜石を基調とし金の装飾を施され先端部分に翠玉が嵌め込まれた王笏の様なタイプの短杖、小粒の幾種類の宝石を嵌め込んだ黄金の笏、大粒の透き通るが如く澄んだ金剛石が嵌め込まれた白金の冠など、視界に入った高価な装飾品や宝飾品に武具を手を伸ばし、口の中に放り込み、噛み砕き喰らう。噛む毎に口の中で金属や宝石の砕かれる硬い音が響く。
「止べで……止べてぐれ〰〰〰〰!! ごれ以上喰わないでぐれ〰〰〰!!」
悲痛と絶望に満ちた絶叫を上げ続けるダダボランはガイアにしがみ付き、止めようと貧弱な腕力で引っ張りながら嘆願を乞うが、ガイアは強欲な彼の事など一切相手にせず、黙々と豪邸中に在る金属品や宝石品を片っ端から喰らい続ける。
「おい、お前達!! 早くあの魔獣を殺してでも止めろ!!」
流石のガススパーも、ガイアの存在が我がデベルンス家にとって非常に不味い魔獣だと理解し、騒ぎを聞き付けて豪邸中の彼方此方から集まった金ぴかの騎士達に、焦り混じりの怒声を上げながら命令をする。
しかし、騎士達は動こうとはしなかった。
当然だ。ガイアを殺してでも止めようとすれば逆に捕まり、高価な金属で作られた武具をいとも簡単に噛み砕き、喰われてしまうのだから。そんな光景を目の当たりにした騎士が、勝算も無しに立ち向かえる訳が無い。その事実を知らずに無謀な突撃をした騎士は、全員身に着けている武具全てを残さず喰われている。そして武具を喰われた騎士は、武具が無ければ強気になれない無能な強欲者の1人と戻るのだった。
「何を手を拱いているんだ! 退け! 俺が殺る!」
張りのある声を発する誰かがこの場に現れ、デベルンス一家を含む騎士達全員がその声の主が居る方へと振り向き、絶望の色から希望の色へと表情を変えた。
「た、隊長!」
現れたのは、デベルンス家が雇うデベルンス伯爵家最強の騎士。
その身体の大きさは、他の騎士達よりも縦も横も大きかった。
更に他の騎士達との違いは、その身を包む鎧はオリハルコンと呼ばれる貴重な金属で作られた強固な鎧だ。その手に持つグレートソードも、身を包む鎧と同じオリハルコンで出来ている。見た目は白金色の鎧に金色の特大剣ではあるが、それは専用の魔法染料を混ぜ込み作られた武具であるからであり、白金や金を混ぜて作った物ではない。
隊長と呼ばれた者の後ろにも2人、他の騎士達とは違う見た目の武具を身も着けていた。
その2人の騎士の武具の見た目は隊長と同じ白金色の鎧と、片方は金色のハルバード、もう片方はエストックと呼ばれる刺突に特化でありながら刃のある刀身が細い大型の刺剣である。勿論、それも見た目が金色のエストックだ。見た目の色が隊長の武具と同じではあるが、違う点は2人の鎧と武器はミスリルで作られた武具であるという事だ。
「死ねぇええっ!!」
怒号を上げ、特大剣を振り上げると同時に、視線の真ん中先に居る岩石の身体をした魔獣に目掛けて勢い良く駆け出し、手を伸ばせば届く距離まで一気に迫った所で振り上げていた特大剣を力の限りに振り抜き下ろし、眼前の魔獣を斬り――――。
ガキィイイン!
「なっ!!?」
――――裂けず、隊長と呼ばれる者は驚愕の声を上げ、特大剣の弾かれ金属音が鳴り響いた。
彼だけではなく、彼に伴っていた2人の騎士、その他の黄金の騎士達、ダダボラン、ガウスパー、メゼベンリアのデベルンス一家、使用人達も目を丸くした。オリハルコンで作られた鋭利な刃、隊長の膂力を乗せた特大剣の斬撃を岩の肌で弾き返したという、常識では考えられない光景に驚愕の声を上げていた。
オリハルコン製の特大剣で殴られた様に斬り掛かられたガイアは、1つの高価な金属品、または高価な宝飾品を平らげた後、大きな身体を斬り掛かって来た隊長へと向け、重い足音を立てながら近付いて行く。
至近距離まで近付いたガイアは、隊長と呼ばれる者を片手で鷲掴み、ガッチリと捕らえた。
「なっ! このっ! 放せ、この魔獣風情が!」
戦士としての膂力に自信が有る隊長ですら、ガイアの圧倒的握力の束縛から、頭以外は殆ど動かす事が出来なかった。それでも彼は、必死に藻掻き魔獣の手中から脱出しようと全身に力を入れ動かそうとする。
ガイアはそんな彼の手に握られているグレートソードを奪い取る。
「あっ! おい、コラ! 返―――」
バキンッ!
「―――え?」
彼の視界に映ったのは、魔獣がオリハルコン製の特大剣を、まるでアイスバーでも齧るかの様に喰らう光景だった。
いきなりの光景に、呆然としてしまう。だが、眼前に起こった出来事に対し、ほんの少しだけの時間経過によって理解が脳に染み込み、絶叫した。
「ワァアアアアアァアアァアアアッ!!! 止めろっ!! 喰うな!! 喰うなぁあああああ!!」
隊長の悲痛の叫びが屋敷に響き渡る。
(や~だよ~)
ガイアは彼の悲痛な絶叫を気にせず無視し、奪い取ったグレートソードをベキバキと、アイスバー感覚で長く分厚い刀身の先から齧り取り、喰らうのだった。
そして、オリハルコン製の特大剣はあっという間に平らげるのだった。
「お……俺の剣が――――」
悲痛や絶望に浸る猶予も与えないかの様に、眼前の魔獣は空いた片手を鎧の肩部分に掴む。
「――――ま、まさか…」
ガイアに捕まった儘の隊長は、この後に自分を掴んでいる魔獣に何をされるかを悟ってしまった。
(せいっ!)
ベキバキバキィッ!
「イィイヤァアァアアアアアアー!!!」
他の金属より硬く丈夫で貴重なオリハルコンで作られた鎧がいとも簡単に引っぺがされ、引き千切られ、金属音がけたたましく鳴り、自分の貴重な鎧が引っぺがされ、魔獣に喰われている事態に隊長と呼ばれる者は悲痛の叫びを上げ続けるのだった。
あっという間にオリハルコンの全身鎧も跡形も無く喰われ、隊長と呼ばれる者は膂力と小さな傲慢だけの人間へと戻されてしまったのだった。
ガイアは彼の武具を平らげた後、用済みだと言わんばかりにその場にポイッと軽く投げ捨て、今度は別の標的へと視線を動かした。
その視線の先は今さっき投げ捨てた男と伴っていた2人の騎士がいた。
「…えっ? …ちょっと?」
此方に視線を移し、真っ直ぐ歩きながら向かって来る魔獣に対し、2人は徐々に恐怖の色に染まっていく。
そして悟ってしまった。
――――あ、これ、今度は俺達の番だ、と。
(次は君達2人ね)
2人はあっさりと捕まってしまい、隊長と同じ悲惨な運命を経験するのだった。
(戴きま~す)
「ギィイヤァアアアアァアァアー!!!」
「イヤダァアアアアァァアアアー!!!」
ミスリル製の武器を奪い取られ、喰われ、ミスリル製の全身鎧を引き千切られ、引っぺがされ、そして跡形も無く全て喰われ、2人も小さな傲慢だけの無力な人間へと戻されてしまうのだった。
この場に集まった残り全ての金ぴかの騎士達は、悲鳴を上げながら逃げ出し始めた。
当然だ。勝てる訳がない。
オリハルコン製の武器を以てしても傷1つ付けられないのだから。
止められる訳がない。
何より、その他の金属より硬く丈夫なオリハルコンを硬い焼き菓子の様に圧し折り、噛み千切り、噛み砕き、そして喰らうのだから。
だから逃げる。
各々自分の高価で大切な武具を喰われない様に、と。
だが、彼等は逃げられない。
逃げ切れない。
彼等の走力とガイアの走力は圧倒的な差がある為、いとも簡単に10、15メートルの距離を僅か数秒毎に2、3人の騎士が纏めて捕まり、黄金の武器と鎧を謎の魔獣に引き千切られ、噛み千切られ、噛み砕かれ、小さな傲慢だけの人間へと戻されていくのだった。
逃げて、追い掛けられ、直ぐに捕まり、武具を喰われ、無力な1人の人間に戻される。
凡そ150人のデベルンス家に仕える騎士達は、1時間で全ての装備品を喰われ無力化されるのだった。
豪邸中の騎士全員の武具を平らげ、未だ未だ豪邸内を縦横無尽にガイアは歩き回る。
目にした貴金属品や宝飾品を、片っ端から口の中に放り込む喰らい続ける。
それ等を喰らう度に悲痛の絶叫が響き渡る。
ガイアは屋敷のとある部屋へと勝手に入り込む。
その部屋は当たり前の様に床から天井まで黄金で輝き、高価な棚に幾つも飾る様に置かれた様々な宝石や、宝石が嵌め込まれた金や銀、白金で作られた指輪に精巧な作りをした頭飾り、机と鏡が一体型の化粧台には幾つもの精巧な硝子細工の容器に色取り取りの香水に化粧パウダー等の美容品が置かれていた。
「イヤァアアアッ!! 止めて!! 誰かあの魔獣を止めて頂戴!!」
メゼベンリアが悲鳴を上げ、武具を喰い奪われた無力な騎士達に命令をする。
だが、彼女の命令に騎士達は従わない。
武具という武力を失った彼等には如何する事も出来ず、絶望に満ちた表情でただ一定の距離で暴走する魔獣を見るしか出来なかった。
止められる訳がない。
貴重な金属で作られた武器ですら傷1つ付けられない上に、その謎の魔獣は武器も防具も喰らい、どんなに大多数を揃えて抑え止めようとしても、圧倒的な怪力で物ともせずに平然と動くのだから。
(ああ、この部屋はあのけばい人の部屋か)
そんな彼等を他所に、ガイアは彼女の悲鳴からこの部屋が誰の部屋なのかを理解し、堂々と勝手に入るのだった。
部屋に入って直ぐ視界に入った煌めく棚に飾られた宝石やそれを嵌め込んだ指輪などの高価な装身具へと、真っ先に近付いて行った。
「えっ…やだっ、ちょっと、止めてっ! それは私のよ! 触らないで!!」
メゼベンリアの嘆願を無視し、ガイアは最初に摘み取った大粒の金剛石が嵌め込まれた白金製の指輪を口の中に放り込み、噛み砕く。
バキンッ!
「イヤァアアアアアァアアァッ!!! 私の指輪がぁああっ!!!」
部屋中に響き渡る彼女の悲痛の煩い叫び声を気にもせず、ガリゴリと噛み砕きながら咀嚼し飲み込む。
次に紅玉の嵌め込まれた指輪を噛み砕き、更に次に翠玉の指輪を噛み砕き、蒼玉、黄玉、柘榴石、紫水晶、蛋白石等の宝石を嵌めた白金の指輪だけでなく金や銀の指輪にも其々宝石が嵌め込まれた物、金や銀の首飾りに付けられた下げ飾りにも其々大粒の金剛石や紅玉が嵌め込まれている物、頭飾りも同様に金製に銀製、白金製に大粒の宝石が嵌め込まれている高価な装身具を次々と口の中に放り込み、まるで色取り取りの宝石を飴玉の様にガリガリと簡単に噛み砕き、喰らうのだった。
「止めろ!! 止めろって言ってるでしょう!! この魔獣風情がぁああ!!」
自分の高価な装身具を噛み砕き喰われ続けられている事に、メゼベンリアは焦りからか貴婦人とは思えない乱暴で汚い言葉が口から発せられていた。完全に冷静を失い、狂乱めいた状態へと陥っていた。
ガイアを止めようと、大きな岩石の腕にしがみ付く様に引っ張り阻止しようとするが、彼女の腕力では絶対に止められない。力のある騎士ですら多勢で止められないのだから、無理に決まっている。
メゼベンリアは只の貴婦人であって戦士ではない。だから彼女の非力な腕力では、ガイアに対して目の前に転がり込んだ小さな小石という障害にすらなり得ないのだ。
途中でピタっと食べる事を止めたガイアは、腕に引っ付いているメゼベンリアに顔を向ける。
「……え? なに?」
漸く腹が膨れて満足したのかとメゼベンリアは思ったが、それは全くの勘違いだった。
彼女はガイアの腕から振り落とされた後、片手を大きな岩石の指で摘ままれる様に掴まれてしまった。
「ちょっ、ちょっと! 何するの!?」
いきなり手を掴まれた事に何が何だか分からず、メゼベンリアは困惑する。
そして、ガイアは空いたもう片方の手を彼女の手に伸ばし、指を挟むように掴む。大きな手で器用にメゼベンリアの指に付いていたある物を引き抜き奪う。
それは白金製の指輪だ。
それぞれ5つの指輪には、白金剛石、紅玉、藍玉、翠玉、黄玉が嵌め込まれていた。
ガイアはそれ等を纏めて、自分の口の中へと放り込む。
「いや、止めて! それは私のお気に入――――」
バキベキバキンッ!
口を閉じると同時に口の中に放り込まれた宝石付きの指輪は、粉々に噛み砕かれる硬質な音が短く鳴り響いた。
「イヤァアアアアアァァァッ!!! 私の指輪ぁあああぁぁぁぁっ!!!」
メゼベンリアの絶望に満ちた悲痛の絶叫が上がる。
ガイアはそんな絶望に浸される彼女の状態なぞお構い無しに、もう片方の5本全ての指に嵌め込まれた指輪を抜き取り奪う。そして口へと放り込み、噛み砕き、喰らい、頭に乗っている大粒の紅玉が嵌め込まれた白金の頭飾りも奪い、口の中に放り込み、噛み砕き、飲み込む。
「この魔獣がぁああっ!! 母上に何て無礼な行為を! この私が特別に此処に招いた恩を忘れたのかあぁ!!」
今度はガウスパーが、ガイアの暴食を阻止ようと非力な腕力で引っ張り始めた。
(何が恩だよ……僕を利用する気満々だった癖に。ホント此処の人達は自分勝手な……おっ)
視界に入って来たガウスパーの両手の指全てに嵌まった、宝石付きの金製の指輪へと視線を動かした。
(それも戴こうかな)
今度はガウスパーが標的にし、彼の母親と同じ様に掴み、5つの指輪を纏めて奪い、また口の中へと放り込み、噛み砕き、喰らう。
「ワァアアアアァァァッ!!! 止めろぉおおおっ!!!」
(止めな~い)
ガウスパーは残り5つの指輪を奪われまいと必死に抵抗するが、あっさりと奪い取られ、喰われるのだった。
妻と息子が高価な装身具を奪い喰われる光景を、ダダボランは絶望の表情で見る事しか出来なかった。
(後はお前か)
メゼベンリアの部屋にある宝飾品とメゼベンリアとガウスパーの身に着けていた装身具全てを平らげた後に、部屋の入り口付近に棒立ちしているダダボランに身体全体を向け、歩み近付いて行く。
「よ……止せ…! 止めろ…!!」
命は奪われない。
が、デベルンス家にとっての絶望が眼前に迫り来る。
そしてダダボランは眼前の謎の魔獣に手を掴まれる。
「止めてくれぇええええぇぇ!!!」
ダダボランも妻と息子と同じ様に身に着けている宝飾品全てを奪われ、喰われるのだった。




