転生1-3
世界は大自然で広がっている。
何処までも広がる地平一杯に鮮やかな緑が生い茂る。
春の蒼天に高く浮かぶ太陽は草木が生える大地を照らし、より鮮やかに緑を輝かせる。
そんな大草原の中、1つ大きな岩が独りでに動いている。
――――いや、歩いていると言った方が正しい。
その岩石の上部殆どは芝生の様な草が生えている。
そして更には顔までもが付いていた。それもまるで竜の様な骨格をしていた。
そう、その大きな岩は生きているのだ。
岩石の獣――――元人間こと白石大地――――が草原の大地を歩いていた。
決して急がず、のんびりと、重く大きな脚を前に動かす。
一面に広がる大草原の中を真っ直ぐと、ひたすら歩く。
岩石の獣は歩きながら、掌の中で何かをやっていた。
その掌の上には水球が浮かんでいた。
以前初めての時は小さな水の塊しか創り出す事が出来なかったが、この大草原を歩きながら魔法をひたすら練習し、今と成っては大きな水球を創り出す事が出来る様にまで上達したのだ。
大量の水を創り出すのはもうお手の物だ。そして今は水球を浮かせて右へ左へと動かし、魔法の操作と制御を行う感覚に慣れる様に簡単な練習をしていた。球状から三角錐に、三角錐から立方体にと様々な形へと変形させながら、最後にそれを口の中に放り込み、ごくりと飲み込む。そしてまた魔法で水を創り出す。
そんな同じ事の繰り返しをしながら、ひたすら大草原の中を歩いていた。
(良し良し。かなり上達したんじゃないかな。イメージも殆ど時間が掛からなくなってきたし、後は手足を動かす感覚の様に発動と操作が出来れば良いんだけど。そろそろ違う系統魔法を習得してみようかなぁ。いやぁ、しかしこの〈光合成〉は本当に便利だ! 御蔭で魔力切れに為る心配は無いし、幾らでも魔法の練習が出来るし)
岩石の獣はとても上機嫌だった。
(しかし、いきなり獲得した特殊技能もかなり便利だ。魔法も魔力も苦労なく制御が出来るし!)
特殊技能〈魔力制御〉と〈水系統魔法制御〉は何方も魔法を制御する特殊な技能ではあるが、全く同じと言う訳ではない。この2つの特殊技能の性質には違いが存在する。
特殊技能〈魔力制御〉は文字通り、〝魔力を制御する〟技能である。
特殊技能〈水系統魔法制御〉は、〝水系統に属する魔法を制御する〟技能である。
前者の特殊技能は、全ての系統魔法を発動する為に必要不可欠な活力である魔力とその使用量や流出流入を制御し、過剰量の魔力によって不安定状態から起こる暴発を抑制するのに有効な技能である。
そして後者の特殊技能は水系統の魔法を限定とした制御技能であり、魔力を制御するのではなく、水系統魔法の発動速度と使用魔力の効率性の向上、水系統魔法発動後の不安定状態によって起こる暴走を抑制する技能である。
何方が優秀な特殊技能だと訊かれれば、前者の方である。それは魔法に関する全てに対し、絶対な汎用性を持っているからだ。
では、〈水系統魔法制御〉は無駄なのかと言えば、決して無駄などではない。
この2つの特殊技能は、互いの性質を高める効果があるのだ。
共通点は制御の性質にある。
〈魔力制御〉で水系統魔法を発動する際に必要な魔力量を制御すると同時に、〈水系統魔法制御〉が発動速度を補助し、発動された水系統魔法を制御する事より、安定した精密さで魔法を操作する事が可能に成るという事だ。
つまり、この2つの特殊技能は相乗効果を持ち、互いの性質をより強化する事で特殊技能の効力が増す事が出来る訳だ。
決して系統系の魔法制御の特殊技能は不要なものではないのだ。
寧ろ、習得した方が得であり、有れば有るほど得をする。
なので特殊技能は基本的にどんどん獲得するべきだ。
少なくとも、自分の為にはなるのは間違い無いから。
岩石の獣はひたすら魔法の練習をしながら、美しい緑の大草原をひたすら歩き続けた。
少しずつ太陽が沈んでいく。
少しずつ沈む毎に世界に広がる光は色を変え始める。
白く輝く日の光は、徐々に徐々に橙色へと近付いていく。
そろそろ夕方だ。
1日の終わりが近付いている。
長いようで。あっという間のようで。
少しずつ、ほんの少しずつ、世界は薄暗く為っていく。
そんな世界へと変わっていく最中、大草原を歩く岩石の獣の目が何かを捉えた。
石の壁だ。
沢山の石を積み重ねて作られた壁だ。
だが、決して広く、大きいとは言えない。
自身の身体よりある程度高い位だけ、攀じ登って乗り越えようとすれば、それも出来そうだ。
これは間違い無く人の手で造られた人工物だと、岩石の獣は判断出来た。
(もしかして町……ではないか。村かな? 何処か入れる所は…)
岩石の獣は何処か入り口が無いか探そうと、石の壁に沿って歩き出した。
人が住んで居るのであれば、何処かに出入りする為の場所がある筈だ、と楽観的に考えながら歩いて行く。
少しだけ長く、壁に沿って歩いて行くと、扉と言うには大きい出入り口らしき場所に着いた。
基本は木材で造られているであろう。そして其処に鉄材を使い、より頑丈に補強している造りに成っている大きな門扉が視界に映り込んだ。
(おお! これは間違い無く人が居る筈だ! やった! 異世界で初めての村を発見!)
岩石の獣は両拳を天に突き上げ、喜びを表に出した。
(………でも如何しよう。勝手に入るのは流石に不味いよね。何よりもう夕暮れ時だし…)
世界に降り注ぐ光は既に赤く染まっていた。
太陽も赤く染まり、遥か彼方の地平線へと沈み始めてた。
この光景も何と美しくも綺麗なのだろうかと、つい見惚れてしまう。
岩石の獣は少しだけ浅く考え、直ぐに結論を出した。
(うん! 今日は此処で野宿しよう! もう暗くなっちゃうし、いきなり村に入り込んで迷惑を掛けるのは良くないもんね! 明日また考えれば良い事だし。朝に為れば誰か外に出て来るだろうし。僕には時間が沢山あるんだから、ゆっくりやっていこう)
今日の旅は此処までにした。
岩石の獣は重い身体を大地に下ろし、背中を門に近い石の壁に凭れ掛かる様に座った。
座ったその姿はまるで体育座りの様な姿勢に似ていた。
岩石の両腕は身体全体を包む様に抱える。
実は座る時や寝る時も、この姿勢しか出来ないのだ。
これが人間であった場合、かなり辛い体勢なのは間違い無いだろう。そのままの体勢を維持し続ければ、先ず間違い無く腰を痛めるだろう。首や肩だって痛くなるだろう。充分に休む事も出来ない座る姿勢だ。
だが、彼にとってはこの体勢がとても楽であり、身体に負担が全く掛からないのだ。
この身体はもう人間の構造で出来ていないのだから、当然なのかもしれない。しかし、今の身体の構造はいったい如何なっているのか未だに不明だ。
だが、気にしない。
ひたすら歩き続けたが疲労は全く溜まっていない。有るのは少しだけ精神的な疲れだ。
転生してからずっと歩き続けて来たのだ。体力面は〈光合成〉の御蔭で問題は無くとも、精神面を回復する特殊技能は持っていない。
この異世界に来てからは、驚く事実ばかりであったから精神的疲労は溜まる。
突如とこの異世界に転生した事。
知らぬ間に人間から岩石の人外へと生まれ変わった事。
特殊技能や魔法の存在、それを使う事が出来た事の喜び。
そして、この世界の壮大で美しい大自然の光景を目にした時の感動。
丸1日でこんなにも嬉しく初めての事を経験したのだから、流石に精神的疲労ぐらいは出るのも当然だ。
だが、その疲労感は心地良かった。
子供が遊び疲れた後の疲労感みたいにだ。
少しだけ疲れた。
だから今日はもう此処で一休み――――。
(――――の、前に! 残りの時間で新しい魔法に挑戦と訓練だ!)
今日の旅は終わりにするが、未だ寝て休むつもりは無かった。
今日1日の残り時間で、岩石の獣は新たな目標を立てると同時に、それに向けて訓練を始めた。
(よぅし。やるぞー!)
岩石の獣は新たな魔法の習得しようと張り切るのだった。
そんな中、太陽は完全に沈み、暗い世界が広がっていた。
だが、全く暗くはなかった。
空を見上げて見れば、小さな小さな輝きが、夜空に浮かぶ宝石が無数に散りばめ広がり、太陽の変わりにこの闇夜の世界を優しく照らしいるようだ。
何と幻想的で美しい光景なのだろう。
煌めき輝く綺麗な星々は、夜空一面を見事に飾られていた。
前世ではこの様な美しくも神秘的な光景は見た事が無かった。何せそんな機会など無かった。
前世の夜空の星は点々とした粒が光っているだけであったが、この異世界の夜空に浮かぶ星々は前世の星と比べ物にならない大粒の宝石の如く美しい輝きを優しく放っているのだ。
そんな美しい星々が輝く夜空の下で、彼はこの異世界の大地の上で悩んでいた。
(さてと、今度はどんな属性の魔法にしようかなぁ)
次にどの系統の魔法を習得するか悩んでいた。
(イメージの方法は理解は出来たから良いとして、他にイメージし易いのもアリだけど、少し難易度上げてみるのも悪くないかなぁ? 火は分かり易いけど、何か僕的にはしっくり来ないなぁ。電気……う~ん。聖なる光! ……未だ後にしよう。植物に関する魔法とか在るのかなぁ? けど今はやっぱり……)
正直な所、実際にこの世界の魔法の種類がどれだけ存在しているのか未だに分からない為、こんな魔法とかあるのかな? と漠然としたイメージしか浮かばないのだ。
何より、魔法其の物の知識が無い。
全く無い訳ではないが、やはり明確な知識は必要だ。
悩みに悩み、漸く結論が決まった。
(よし! 今度は土の魔法やってみよう!)
早速岩石の手を翳し、身体の中に蓄積されている魔力を手の中に集める。
そして頭の中で、土や石を形創るイメージを膨らませた。
イメージが固まり、発動を促す。
特殊技能〈魔力制御〉がある御蔭で難無く発動した。
掌には創造され土の塊が浮いていた。
少しだけ湿り気が有る。豊かな土地であれば何処にでも在る只の土である。
成功だ。新たな魔法を習得した。
魔法発動成功と同時に――――。
――――特殊技能〈土系統魔法制御〉獲得――――
音声の無いお知らせ情報が、頭の中に流れ込んだ。
(良し良し、特殊技能も手に入ったぞ)
満足げにうんうんと――――大きな岩石の頭を縦に動かし――――頷く。
これで土系統の魔法は訓練次第となる。
(後は練習あるのみ! やーるぞー!)
岩石の獣は再び土系統の魔法を発動する。
土を創り、砂を創り、石を創り、右へ左へと動かし、創り出したそれ等を1つの塊にし、まるで粘土遊びをするかの様に捏ねくり、様々な形に変えていく。
繰り返し繰り返し、反復練習をし続けた。
たとえどんな特殊技能や魔法が使えても、使いこなせなければ意味など無い。謂わば宝の持ち腐れというやつだ。
使うのと使いこなすでは、意味が大きく違ってくるのだ。
だからひたすら練習あるのみだ。
そんな中、ちょっとした疑問が浮かんだ。
(そういえば、今迄やってきた事は水も土も全部魔力で一から創ってたけど、最初から其処に在る物に作用とかするのかな? …まぁ先ずはやってみよう。何もしなければ何も起こらないし。何より解らない儘だ)
岩石の片手を地面に付け、頭の中で土の壁をイメージし、魔力を流し込んだ。
地面から壁が生え、ズズズズッと地面と地面を擦る音を立てながら上に伸びていく。
(なるほど。土系統の魔法は地面を利用して発動する事も出来るのか。と言う事は…水系統の魔法も水を利用して発動する事も出来るって事か! ふむふむ、魔法ってホント便利)
岩石の獣は魔法と言う不思議な力に感心しながら練習を続ける。
沢山身体の中に溜め込んだ魔力を出し惜しみも無く使い続ける。
今は暗い夜の時間な為、特殊技能〈光合成〉での魔力回復が機能してはいないが、全く問題は無い。
丸1日中、太陽の光を浴び続けていた為、魔力は大量に蓄積されている。夜中で暫く魔法を使い続けていても魔力切れになる事も無いだろう。もし、全ての魔力を使い切ったとしても、明日の朝には特殊技能が機能し、何事も無かったかの様に全回復してしまうのだ。
なので、失った魔力を回復させる時間が省けるのでひたすらに魔法訓練に勤しむ事が出来るのだ。
彼は地面を介して何度も作り出す。
土の壁。
砂の壁。
石の壁。
魔法による土の性質変化を何度も試す。
折角なので、壁に魔法を飛ばす事も試してみた。
一番使い慣れた水系統の魔法を飛ばしてみる。
大きな水の塊で。
小さな水の塊で。
形を変え、小さな水の塊を複数創り出し、そのまま放ってみる。
次に土系統の魔法を飛ばしてみる。
さっきと同じ様に様々な大きさや形、複数創り出し、そのまま放つ。
何度も何度も繰り返す。
まるで遊ぶ事に夢中になっている子供の様に。
(…これ、如何しよう…)
つい熱中してしまった。
後の事など、気にしようとしてなかった。
うっかりと言うより、調子に乗り過ぎた。
(ちょっと遣り過ぎたな……。如何やって片付けよう…)
眼前には土と砂と石が適当に積り、山が出来上がっていた。更には多数の壁が其処等中に地面から生えていた。
創り過ぎた。
岩石の獣は後始末の事など考えていなかった。
(う~ん…。困ったなぁ。……これ、如何にか消す事出来ないかなぁ…?)
取り敢えず、大量に創ってしまったそれ等に意識を向け、思案する。
(魔法で如何にか出来ないか――――)
そんな事を考えた瞬間に、いきなりそれ等は溶けるかの様に消えた。壁も地面の中に吸い込まれる様に無くなった。
その場はあっという間に魔法を使う前と同じ、何の変哲の無い地面と、広がる草原に戻ったのだ。
いきなり消えた光景には驚いたが、新しい発見により魔法に関する新たなを得る事が出来た。
(そうか! 自分の使った魔法であれば消す事が可能なのか! なるほどなるほど……流石は魔法、何でもアリだな。)
散らかしの後始末が出来た事に、岩石の獣は安堵した。
これで誰かの迷惑になる事は無いだろう。
魔法で創り出した物を綺麗に片付けた後、岩石の獣は再び、美しい夜空を見上げた。
夜空に輝く星々を眺めながら、前世の思い出と、この異世界の初めての1日を振り返っていた。
両親が居ない事は前世と同様ではあるが、今居るこの世界の方が幸せである事を実感している。決して最悪な前世と言う訳ではないが、元の世界に戻りたいとは決して思わなかった。
正直な所、あの世界は良い所よりも悪い所が目立ち過ぎている。大抵のニュースの内容は、強盗や殺人等の暗い部分しか映らないのだ。何処の会社であれ、大抵は嫌な上司などの権力者だって存在する。そんな世界に戻りたいと思える訳が無い。
(そういえば……前に働いてた会社の人達、今は如何してるかな?)
白石大地と言う人間だった頃、多くの人に助けられ、そして助け、互いの苦労を分かち合った人生。
彼にとって、それは前世の記憶の中で唯一幸せだった人生だ。
御世話になった職場の人達は気になるが、既に未練は無かった。
岩石の獣は目を閉じる。
前世の記憶を思い返しながら―――。
今日の出来事とあらゆる感動を思い返しながら―――。
彼は安息の夢の中へと眠りに付いた。