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再誕せし神話の獣8-6

 ルミナス大神殿から戻って来た岩石の魔獣は、フォルレス侯爵家の家族全員に今の姿を驚愕(きょうがく)の目で凝視されていた。

「こ……これはいったい…」

 レウディンは岩石の魔獣の姿――――大きな背中を見ながら呟く。

 それは岩石の魔獣の背中には、今まで無かった物だ。

 岩石の魔獣の背中から樹木が生えているのだ。

 その樹木は無数の鮮やかな緑色の()()を付けていた。

 敷地内に魔法で生やした樹木と比べて非常に小さい方だが、それでも大きさに関係無く、立派さを(かも)し出した樹木が岩石の魔獣の硬い背中から生えていた。

 驚愕して当然だ。

 今日1日でルミナス大神殿に行って、帰って来たら劇的な変化を遂げていたのだから。

 岩石の魔獣こと白石大地自身も、ルミナス大神殿でかなり驚愕していたのだった。

(僕の身体って…いったい如何(どう)なってるの?)

 最初は岩石から生まれた魔獣かと思いきや、背中から樹木が突如と生え、魔獣とか妖精獣とか精霊獣以前に、自分がどんな生き物なのかも解らなくなっていた。

 鉱物系の生き物なのか、植物系の生き物なのか、もう訳が分からなかった。

(やっぱり……あの人が原因だよねぇ…)

 岩石の魔獣は思い返す。

 背中から樹木が生えた原因はただ1つ。

 ルミナス大神殿の奥、礼拝堂に現れた謎の美女だ。

 神様に感謝の祈りを捧げ、目を開けた時に突如と現れた謎の美女がいきなり光を放った後、背中に樹木が生えていた。そして気が付けば、彼女の姿は何処(どこ)にも居なかった。

 何が何だか分からない(まま)、いきなり生えた樹木を背負って、此処(ここ)フォルレス侯爵家の敷地内に戻って来たのだ。

「あの……ソフィア様……。その子にいったい何が起きたんですか…?」

 当然の質問を、シャラナが岩石の魔獣の隣に居るソフィア教皇に問いを投げ掛けた。

 たとえシャラナじゃなくても、誰もが必ずするであろう質問だ。

 その質問に対し、ソフィア教皇は瞳を輝かせながら口を開いた。

「とても素晴らしき、奇跡を目の当たりにしました」

 彼女の言葉からは、歓喜と感動が満ちている事が感じ取れる声音だった。

 そしてソフィア教皇は心中に抱く確信を口にした。

「この子は女神様から――――祝福を授かったのです」

 途轍もないスケールの大きい内容に、その場に居る全員が呆然としてしまった。

(えっ? 女神の祝福って……如何いう事?)

 何故(なぜ)そこに女神が出てくるのか、岩石の魔獣も理解が出来なかった。

 皆が困惑する中、ソフィア教皇は続けて話す。

「礼拝堂で共に神々に祈りを捧げていた時に、私とこの子はこの目で見ましました」

(見たって……あの人の事?)

 岩石の魔獣は、ソフィア教皇と礼拝堂で見たというあの謎の美女をもう一度思い返す。

 そして次の言葉に岩石の魔獣だけでなく、その場の全員が更なる驚愕をするのだった。

「豊穣の女神様が、私とこの子の前に御降臨(ごこうりん)なされたのです」

 普通では信じられない事実に対し、その場に居る者全員は愕然(がくぜん)を胸中に抱いた。

(…………ファ?)

 しかし、岩石の魔獣だけはソフィア教皇の言葉にポカンとしてしまう。

「そ…それは(まこと)ですか!!? ソフィア教皇猊下!!」

 レウディンは思わず張った声で問い掛ける。

 本来なら半信半疑と迄にはいかない、現実味の無い言葉だ。しかし、ソフィア教皇の言葉は特別で、空言など口にしない彼女から発せられる真実は、誰もが彼女のその言葉は真実だと信頼以上のものを抱かせるのだ。

「いったい何故、豊穣の女神様が御降臨なされたのですか!?」

 レウディンに続き、フィレーネもソフィア教皇の言葉を疑いもせず詳細を聴きたがる。

「礼拝堂で祈祷の最中、神聖にして大いなる御霊(みたま)の気配に気付き、(まなこ)を開き見上げました。慈愛なる母の如くあの御姿(おすがた)と、放たれし大いなる生命の神性、あれは見紛う事無く豊穣の女神様でした。言葉交わす事は叶いませんでしたが、そして女神様はこの子に祝福を与え、光と共に現世(うつしよ)から姿を消し、天に戻られました」

 (はた)から聞けば幻想を抱いている様な内容だが、ソフィア教皇の言葉と岩石の魔獣の変貌を一目見れば、この場に居る全員が納得の色に染まる。

 しかし、たった1体、納得以前に理解が追い付いていない存在がいた。

(……え? 豊穣の女神……? 祝福…??)

 それは話題の中心となっている岩石の魔獣だった。

 今もポカンとした状態の儘、思考が(ほとん)ど停止していた。

「その祝福の証拠が――――この子の背に宿った樹木です」

 ソフィアの言葉に、疑う者は誰もいなかった。

 疑う要素が無い。

 彼女の言葉には根拠があった。

 その根拠は岩石の魔獣の存在、1日で変化した自然の恵みに満ちた姿だ。

 ただでさえ、岩石の魔獣は謎に満ち溢れている存在であり、ソフィア教皇はその存在を神聖なる存在(もの)だと感じ取った。そして最後の決め手は、ルミナス大神殿の礼拝堂での奇跡と言える出来事で変化したという相俟(あいま)った2つが、全員を納得出来てしまう根拠となっているのだ。

 暫くポカンとしていた岩石の魔獣は、直ぐに理解出来ず脳に染み込まなかった内容を徐々に浸透させ、全ての内容が脳に染み込んだと同時に我に返り、出遅れる様に愕然とし出した。

(ファ――――――――――――ッ!!? 女神!!? えっ、ちょっ、あの人…女神様だったの―――――っ!!?)

 岩石の魔獣は心の中で絶叫の様な愕然の声を張り上げた。

(えっ、嘘でしょ!!? 会えちゃった!!? 神様に会えちゃった!!?)

 流石にそう都合良く会えはしないだろうとは思っていた。

 そもそも住む世界、次元の違う高次元の存在なのだから、普通は会える訳が無い。

 そう思っていた。

 だが、会えた。

 会えてしまった。

 奇跡の出会いが起こった。

 岩石の魔獣は、豊穣の女神という高次元の存在と出会ったのだ。

 受け止めきれない起こった出来事に愕然としている岩石の魔獣を他所(よそ)に、ソフィア教皇は感動に満ちた綺麗な声で続けて話すのだった。

「これまで聖職者として修行を続け、神々に祈りを捧げ、教皇と成ってからの今迄、私の前に神々は御姿(おすがた)を現さわなかった。ですが〝大いなる生命(いのち)の恵みを司りし神聖なる存在〟との祈りで、神々は私とこの子の前に御姿を現して下さったのです」

 たとえ聖職者と成り神々に毎日祈りを捧げようと、誰よりも神々に祈りを捧げている最高位聖職者であるソフィア教皇であっても、一生の人生の中でたった1度だけ、神に会える可能性はほぼ無いに等しいのだ。

 もし一生の人生でたった1度だけ神に会えたなら、それは奇跡と言える。

 そしてその奇跡は、ソフィア教皇に訪れたのだ。

「あの御姿と神々(こうごう)しい気配は間違い無く、遥かなる古の時代、世界に恵みを(もたら)し下さった豊穣の女神様です」

 神を信仰する信徒である聖職者にとって、これほど嬉しい事はない。

 ソフィア教皇は岩石の魔獣の方へと顔を向けた。

「あぁ……私はこの子に感謝しなければなりません。〝大いなる生命の恵みを司りし神聖なる者〟と出会わなければ、私は豊穣の女神様に会う事は決して叶わなかったでしょう」

 豊穣の女神との出会いに、ソフィア教皇は感極まった綺麗な声でその時の感動を伝える。

(た…確かに……。女神様が偶然現れた様な気がしない……。何だろう…僕とあの女神様、無関係とは如何しても思えないのは何でだ? あの時に得た特殊技能(スキル)も、獲得とか習得じゃなくて()()だったし…。教皇様の言う通り、特殊技能(スキル)〈豊穣の創造〉とこの背中に生えた樹木は、豊穣の女神様からの祝福なのは間違いないだろうし…)

 愕然していた岩石の魔獣はある程度落ち着きを取り戻し、ソフィア教皇の言葉と自分の身に起こった事を照らし合わせながら考えを整理し、この変化は豊穣の女神による祝福なのではと納得するのだった。

(本当に僕って何なんだ? いったい何の生き物に転生してしまったんだ?)

 人外の存在であり、神聖な存在である自分はいったい何なのだろう。

 全く自分の正体が見えてこない。

(僕は何者なんだ?)

 自分自身の謎に悩んでいた時、1人の騎士が遠くの門から走って来た。

「レウディン侯爵様」

「客人か?」

「はい。賢者エルガルム・ボーダム様と魔女ベレトリクス・ポーラン様がいらしております」

「何? ベレトリクス殿も一緒とは珍しい。分かった。御通しして差し上げろ」

「はっ!」

 騎士はレウディンの命令を受け、門へと急いで駆けて戻った。

「賢者様が戻って来たという事は、遂に正体を突き止めたと言って良さそうだな」

 レウディンは漸く岩石の魔獣の謎が明かされるであろうと期待を膨らませた。

 そしてレウディンだけでなく、此処に居る全員がその事に期待をしていた。

 勿論、岩石の魔獣も自分の謎が明かされる事に対し期待を膨らませていた。

(やっとだー! やっとお爺ちゃんが帰って来たー!)


 遠くの門から大きな尖がり帽子を被った2人が敷地内を歩き、此方(こちら)の方に向かって来た。

 男女2人の魔導師はレウディン達の下へと近付き、その内の1人―――賢者エルガルムが開口1番に挨拶を交し出す。

「久しいのう、レウディン。帰って来て直ぐ挨拶をせずに済まなかったのう」

「いえいえ。此方の方こそ、シャラナを御願いした身でもありますから」

 エルガルムの気楽な謝罪に対し、レウディンは笑顔で受け入れるのだった。

「それに暫く此方に顔を出さなかった理由は、娘から聞いています。賢者様が連れて来た、岩石の魔獣について調べに魔導学院図書館に赴いたと」

「うむ。しかし驚いたのう、まさか教皇殿が此方に来ていたとはのう」

 エルガルムはソフィア教皇に面と向かい、ソフィア教皇はエルガルムに御辞儀をし挨拶を交す。

「御久し振りです、賢者エルガルム様」

 それと別に、レウディンはベレトリクスの前に立ち挨拶を交した。

「御無沙汰です、ベレトリクス殿。まさか、貴女(あなた)も賢者様と一緒に御出でになられるとは」

「いやぁ~、今回此方(こっち)に来たのは言わなくても多分判ると思うけど、エルガルムが連れて来たっていう詳細全て不明の奴を見に来たのよ」

 ベレトリクスは少し気怠(けだる)げそうな声音で、此処に来た目的を話す。

「ねぇねぇ、何処に居るの? その詳細不明の謎の存在は?」

 ベレトリクスは早く見てみたいと言わんばかりに、目的の存在を探し見回すのだった。

「おお、そうじゃった! 彼奴(あやつ)は今何処に――――」

 その時、エルガルムの視界に驚くべき存在が映し出された。

 のそりのそりと、ソフィア教皇の後ろから岩石の魔獣がエルガルムとベレトリクスの前に姿を現した。

「ンンンンンンンンン」(お帰り、お爺ちゃん)

 野太く鼻の掛かった様な声を発し、エルガルムの帰りを迎える。

(おや? また知らない人だ)

 初めて見る新たな人物に岩石の魔獣は「お爺ちゃんの知り合いかな?」と予想をする。

 しかしそれを他所に、岩石の魔獣の以前とは違う姿を見たエルガルムは、驚愕の表情を(あらわ)にしていた。

 そんな彼とは違い、ベレトリクスは歓喜に満ち溢れた驚愕の表情に口元は笑みを浮かべていた。

「何これ~! こんなの今まで見た事無いわぁ~! 実に面白い身体の構成ねぇ。岩石の身体から樹を生やしてる生き物なんて相当珍しいわねこれ! ……ん? どしたのエルガルム?」

 ベレトリクスは岩石の魔獣に対する感想をエルガルムに興奮しながら言うが、自分とは違ったエルガルムの様子に疑問が浮かんだ。

 そんなエルガルムは眼球が零れんばかりに見開き、岩石の魔獣の有り様を見て口にする。

「この姿は……描かれていた姿と同じ……! やはりそうなのか…!!」

 エルガルムは歓喜と感動に満ちた声を発する。

「やはり御主はそうだったのか!!」

 エルガルムは手に持っている神話の歴史書をグッと握り締める。

(え!? やはりって…何がなの!?)

 やはりとはいったい如何いう意味なのか、岩石の魔獣はさっぱり理解出来なかった。

「せ、先生! 何か分かったのですね!」

 シャラナはエルガルムの様子から、岩石の魔獣の正体を突き止めたのではと確信し尋ねた。

 彼女の確信めいた質問に、エルガルムは直ぐに答えは言わなかった。

「ああ、確信は得た! 今からそれを確定にする!」

 エルガルムは〈収納空間(スペース・ストレージ)〉を発動し、ベレトリクスから借りた鑑定水晶を取り出した。

 鑑定水晶を見た全員が、彼が今から岩石の魔獣の正体を明かそうとしている事に理解した。

 そのマジックアイテム、鑑定水晶は賢者エルガルムと魔女ベレトリクスが作り上げた〈鑑定(アプレイザル)〉と呼ばれる魔法の上位版――――〈審明鑑定クリアー・アプレイザル〉の効力を更に引き上げた物で、S等級(ランク)の詳細を見る事を可能にした数ある鑑定水晶の中で最上級にして貴重な代物だ。

 エルガルムは岩石の魔獣の下へと近付き、手に持った鑑定水晶を前に出す。

「この水晶に触れてくれ。そうすれば、御主の正体が何なのかがはっきり判明出来る筈じゃ」

(えっ!? 本当!? やったー! これでやっと僕がどんな存在なのかが解るぞー!)

 岩石の魔獣は目の前に出された鑑定水晶に目を輝かせた。

 漸く明かされる自分の正体。

 岩石の魔獣は大きな岩石の片手をゆっくりと鑑定水晶に近付け、決して傷付けたり割ったりしない様に優しく触れた。

 全員の視線が鑑定水晶に集まる。

 岩石の魔獣の手が触れた瞬間、鑑定水晶は青白く輝き出し、鑑定水晶は触れた対象の詳細を映し出した。

 エルガルムは直ぐ様、映し出された鑑定結果を確認した。


 所有特殊技能(スキル):不明。

 所有系統魔法:不明。

 等級(ランク):不明。

 属性適正:不明。


 最上級の鑑定水晶ですら、詳細不明な項目があった。

 だが、ここまでは大した事ではなかった。寧ろエルガルムにとってこれは想定内であった。

 知りたいのは種族と名だ。

 それさえ解れば良いのだ。

 エルガルムは映し出された、種族名と固有名を視界に映した。

「……!!!」

 それを()たエルガルムの視線は、まるで見えざる力に囚われたかの様に固まる。そして鑑定水晶を持つ手は、微かに震わせていた。

「如何ですか!? 賢者様! 鑑定結果は!?」

 レウディンはその様子に何かが判明したのではと思い、エルガルムの下へと近寄り、期待の含んだ質問を投げ掛けた。

「何が出たの!? どんな結果が出たの!? 早く教えてよ!」

 ベレトリクスも期待に満ちた声で鑑定結果の詳細を教えてとせがむ。

「先生! この子の正体は何なのですか!?」

 シャラナも漸く明かされるであろう岩石の魔獣の正体に、期待を膨らませる。

 ソフィア教皇も同様、彼等と同じ輝く期待を内に秘めながら静かに結果を待っていた。

 そして、エルガルムは呟いた。

「おお……神よ…! 感謝致します…!」

 彼のその呟きは、感動で満ち溢れていた。

「儂の確信は間違っていなかった…。確信は確定した…!」

 全員がエルガルムの続くであろう言葉を聴こうと耳を傾ける。

 エルガルムは目を見開いた儘、言葉を続ける。

「妖精や精霊なんて存在ではなかった…! 最高位精霊をも上回り、聖獣すら超える気高き至高の存在―――――」

 愕然すら超えた衝撃の真実を、エルガルムは告げた。



「――――幻神獣じゃ…!!!」



 全員はエルガルムと同じ様に目を大きく見開き、固まった。

 そしてエルガルム以外、ゆっくりと視線を岩石の魔獣と呼んでいた幻神獣に動かした。

 そんな中、エルガルムは歓喜と感動の声を発するのだった。

「素晴らしい…!!! 何という事じゃ…!!! 幸運なんてものではない!! 奇跡じゃ!!! 儂等は奇跡に出会ったのじゃ!!!」

 エルガルムは人生で最高の出会いに、思わず歓喜の涙を流すのだった。

「ああ……何という奇跡でしょう……!」

 彼に続いて、感動の声を呟いたのはソフィア教皇だ。

 ソフィア教皇は岩石の魔獣の正体が幻神獣だと知り、驚きを通り越し、感極まった感動の余りに涙を流すのだった。

 豊穣の女神に続いて、岩石の魔獣の正体がまさかの幻神獣である事実に直面したのだ。神々を信仰する聖職者であるソフィア教皇にとって、神や神に属する存在を目にする事は、涙する程の至上の喜びである。

「幻…神獣…?!!」

 レウディンは愕然の事実が受け入れ切れず、驚愕や感動といった言葉が出て来なかった。

 この持て余してしまう心情を、どの様な言葉で表現すれば良いのか浮かばない。

 シャラナもフィレーネ、何時もは冷静なライファでさえ愕然の色を綺麗な顔立ちに浮かべ、絶句するのだった。

「女神様が御降臨なさったのは、幻神獣であるこの子に会う為でしたのね」

 ソフィア教皇その言葉に、エルガルムは反応する。

「何!!? 女神が降臨したじゃと!!? それは本当か!! 何処で、如何いった経緯じゃ!!?」

 歓喜の中に驚愕の色を浮かべた表情で、彼女の言った内容に好奇心が湧き質問を投げ掛けた。

「はい。ルミナス大神殿の礼拝堂で共に神々に祈りを捧げた時に、目の前に御降臨なさったのです」

「何と……!! 降臨したのは豊穣の女神か!? それとも月の女神か!?」

「豊穣の女神様で間違い無いありません」

「そうか…豊穣の女神か!! あの背に生えた樹木は豊穣の女神によるものか!! なるほど、これは女神からの祝福か!!」

 エルガルムはソフィア教皇の話から、豊穣の女神の降臨とそれに幻神獣の変化が関わっていた事実を聴き、恵みを司る女神と恵みを司る幻神獣の関係性が解き明かされた事に、更なる歓喜を込み上げるのだった。

「賢者エルガルム様。先程の質問で何故、月の女神様が出てきたのですか?」

 ソフィア教皇の質問に、エルガルムは手に持っていた神話の歴史書を掲げる様に見せた。

 全員がその書物に注目をした。

「先生、その本は…?」

「神話が記された歴史書じゃ。此処に〝神なる原初の獣〟がこの世界に生きていた時代――――古の歴史が記されておる」

「神なる原初の獣とは如何いう事ですか? 賢者様」

 誰もが抱いた疑問をレウディンは問い掛けた。

其奴(そやつ)はな…新たな〝大地の化神〟として生まれ変わった幻神獣なのじゃよ」

「だ…大地の化神……!?」

「大地の化神……この子が…!?」

 レウディンは驚愕する。ただただ、驚愕する事しか出来なかった。

 シャラナも此処に居る幻神獣と判明した存在に、驚愕する事しか出来なかった。

 全員に驚愕の事実がエルガルムから語られ始めた。

「大地の化神―――名は〝フォルガイアルス〟。創造の神と太陽の神、そして豊穣の女神と月の女神によって生み出された神の獣でな。遥か太古の時代から人に恵みを与え、世界を(めぐ)り歩む大いなる存在なのじゃよ。その姿はこの様に身体は岩石の身体をし、背には豊穣の樹木を生やしていたのじゃ。まぁ、今のあの大きさは未だ未だ小さいがのう」

「え……これで小さいって、実際はどれだけ大きいのよ?」

 ベレトリクスの質問に、エルガルムは肩を(すく)めながら答えた。

「簡単に言えば、山如き巨大さじゃ」

「ちょっ! そんなにでかく成るの!?」

「成る筈じゃ」

 質問に対する答えを終え、彼は話を続けた。

「そして其奴が生まれ変わりと言った理由じゃが、それはこの歴史書に記された文があってな、〝我、世界の(いしずえ)になろうとも、幾千幾万の時を経て、我が命、幼き姿で再誕するだろう。だが、我が意志は、神の御許(みもと)へ行くなり。悲しむ事なかれ、我はこの時の為に存在する者なり。我、世界を愛し、汝らを愛す者。(ゆえ)に我が全てを(もっ)て、汝らと世界を救済する〟と、幻神獣フォルガイアルスが残した言葉に〝幼き姿で再誕する〟という一節が、()の幻神獣の生まれ変わりである事を示しているのじゃよ」

「先生、その幻神獣は何故自身の命を犠牲にしたのですか?」

 今度はシャラナから質問が飛んで来た。

「うむ。遥か古に悪魔の神が世界を滅ぼそうとしてな。それを止める為に幻神獣が悪魔の神を滅ぼしたのじゃが、世界の崩壊が止まらず、己の全てを犠牲にして世界を救済したそうじゃ」

「つまり、再誕した幻神獣があの子だという事ですか?」

「その通りじゃ。己を犠牲にし世界を救済してから、幾千幾万の時を経て、今現在の時代に再誕したという事じゃよ! それもおそらく最近じゃよ!」

 この場に居る全員は、エルガルムの話に夢中になる様に聴き入っていた。

 聴き入ってしまうのも当然だ。

 その内容は連れて来た岩石の魔獣が、まさかの幻神獣という神に等しき存在であり、遥か古の時代に存在していた神聖にして偉大な存在なのだから。それを聞きたがらない奴は居る筈が無い。もし居たのなら、その人は周りから非難の声を浴びせられるだろう。

「何て事だ……信じられん…。我々は今、その幻神獣を目の当たりにしているのか…。何という奇跡の出会いだ…」

 レウディンは岩石の魔獣と仮称(かしょう)で呼んでいた幻神獣を見ながら感動をしていた。

 エルガルムはシャラナに歩み寄り、手に持っていた神話の歴史書をにこやかな笑みを浮かべながら渡した。

「これを暫く貸そう。これは読むべき素晴らしい書物じゃよ」

 シャラナはエルガルムから神話の歴史書を受け取り、無造作に適当なページを開いた。

 フィレーネとソフィア教皇は、横から開かれた歴史書を覗き込む。

「あ! この絵! 今の姿と(おんな)じ!」

 適当に開いたページに描かれた神々(こうごう)しい姿の幻神獣が、シャラナと覗き込むフィレーネとソフィア教皇の視界に映し出された。

「これ、相当古い歴史書よねぇ。少なくとも何千万年前も前の物ね」

 シャラナの頭に乗っかかる様に、ベレトリクスは上から覗き込む。

「見て! 此処の文章! 〝化神の背、巨大なる豊穣の樹木を背負う。偉大なる化神の背、恵みの大地其の物なり。その背に宿りし恵みの大地、あらゆる植物を生み出し実らせ、無数の生命に恵みを与えん慈悲深き化神なり〟って書いてあるわ! あの子の背中、恵みに溢れた大地の背中なのねぇ…!」

 フィレーネはこの文章から、幻神獣の背中が幾多の種類の豊作に満ちた光景を思い浮かべていた。

「〝恵みを司りし神獣、幾数の種族を愛し、世界を愛する化神なり。〟まぁ、何て素晴らしい慈愛を持った幻神獣でしょう」

 ソフィア教皇はこの一節から、幻神獣が幾数の種族達に慈愛と恵みを与えている神々しい光景を思い浮かべていた。

「〝山の如しその御神体、数多(あまた)の鉱物を宿し鉱山なり〟……ねぇ。ほほぅ~」

 ベレトリクスは視線をその一文から幻神獣へと移し、ニヤリと笑みを浮かべながら目を輝かせた。

「賢者様! 我々は神々に、幻神獣との奇跡の出会いに感謝をしなくてはなりませんね!」

「勿論じゃとも!! こんな滅多に無い奇跡は儂の永い人生の中で初めての事じゃ!!」

「では今夜は幻神獣様との奇跡の出会いを祝し、飲みましょう!!」

「それは良いのう!! 今夜は恵みを司りし幻神獣の奇跡の出会いを祝して乾杯といこうかのう!!」

 レウディンとエルガルムは満面の笑みを浮かべながら話すのだった。

 この場の空間は、驚愕、歓喜、感動が神獣との奇跡の出会いによって彩られていた。


 ただし1体だけ、その彩られた空間に混ざらない色があった。

(……え? 大地の化神?)

 岩石の魔獣と呼ばれていた神獣だった。

(僕が……、神獣…??)

 明かされた自分の正体が余りにもスケールが大き過ぎて、直ぐに頭の中に染み込まず理解が出来ていなかった。いや、受け入れ切れてなかった。

 だが、少し時間が経ち、明かされた事実が全て頭の中に染み込んだ瞬間、また愕然とするのだった。

(うそぉおおおおおぉぉっ!!! 神獣!!? 僕が!!? 僕、神様みたいな存在に転生しちゃったの!!?)

 魔獣はおろか、妖精獣なのか精霊獣なのかも解らないとは言われてはいた。しかし、まさかの自分が神獣という神格を持った存在だという事実には白石大地も愕然せざえるを得なかった。

 普通の人間から神に等しき存在――――神獣へと生まれ変わる事などあるのだろうか。

 幾ら何でも元が神でもない者が、そんな神々しい存在になれる訳が無い。

 いや、それ以前に、ただの人間が神に等しい存在に転生して許されるのだろうか。

(神様―――――っ!!! あ、いや、女神様――――――っ!!! これは幾ら何でもやり過ぎですよ―――――っ!!! 神獣なんて僕には荷が重過ぎますよ――――――っ!!!)

 岩石の魔獣と呼ばれていた神獣は天に居るであろう神々に、特に豊穣の女神に向かって心の中で絶叫に近い愕然の声で叫ぶのだった。


 こうして、岩石の魔獣という仮称は無くなり、大地の化神、若しくは大地の神獣、若しくは恵みの神獣と様々な2つ名の呼ばれ方と、神獣フォルガイアルスの名を呼び易いように、親しみを込められ名付けられた。



 新たな世界での新しい名前――――ガイア、と。

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