再誕せし神話の獣8-4
(あ~、久し振りの外だ~)
フォルレス侯爵家の敷地から1週間振りに外出し、豪華で立派な屋敷だけの見所が無い貴族区画をソフィア教皇達の後を、歩行速度を合わせながらゆっくりと付いて行く。
貴族区画内では、誰の姿も見当たらなかった。
きっと其々自分の屋敷で、優雅に紅茶でも飲みながら寛いでいるのだろう。
それもただ寛ぐだけ。
何かしらの努力をしている想像が湧いてこなかった。
岩石の魔獣は、旅路の途中で賢者エルガルムから聞いた今の貴族に対する不満話を思い出す。
そんな貴族に対する不満内容に悪徳貴族のデベルンス伯爵家、シャラナのストーカーの姿が勝手に浮かんできた。
(大体の貴族達って、あんな奴ばっかりなのかなぁ)
もしそうなら、岩石の魔獣は非常に幸運だったと言える。
私利私欲の貴族達ではなく、フォルレス侯爵家の貴族令嬢であるシャラナと出会えた事は非常に運が良かった。
もしシャラナではなく、別の強欲な貴族に出会してしまったら、岩石の魔獣を力尽くで捕まえようとするだろう。そうしたら岩石の魔獣の力やその珍しい価値で利益を出し、私欲を満たす為に利用し続けるだろう。
しかし、岩石の魔獣は肩書きだけの強欲者には捕まらない自身はあった。
賢者エルガルムが貴族に対する不満は、強欲な面と傲慢な面だけではない。
現在の貴族の魔導師は真面に魔法を扱えていない事だ。
ただ使えるだけ、扱えていない。
それなのに使いこなしていると勘違いをし、自分を一流の魔導師だと誇張しているらしい。
(この国の貴族、ホントに大丈夫か?)
フォルレス侯爵家以外の貴族に、特にデベルンス伯爵家という悪徳貴族に対する人間性を不安視してしまう。
(あ、また彼奴の顔が浮かんできた)
またストーカーの姿が浮かび、表情に出さず少しイラッとする。
あのストーカーの親の事だ、きっと更に苛立たせる様な顔をしているだろうなと、岩石の魔獣は想像をする。
(蛙の子は蛙ってか)
きっとあのストーカーの顔を、ある程度の中年ぐらい老けさせたような顔だろう。そこに想像で色々なバリエーションのお洒落髭の中から、強欲者に似合いそうな髭を付けてみたりする。体型は完全な肥満型とまではいかないだろうが、おそらくは太いだろう。そしてあのストーカーが身に着けていたキンキラキンの物よりも、派手で豪華過ぎるギンギラギンの物で身を包んでいるに違いない。
(……うん。もう、想像するの止めよう。何かイライラしてくる…)
岩石の魔獣はこれ以上想像すると無駄に苛立つ事に気付き、頭の中から追い出した。
折角の外出なのに、イライラしてしまうのは良くない事だ。世の全ての男が見惚れる絶世の美女と一緒に歩いているのだから、気分をマイナスになる様な事は考えず、今から向かうルミナス大神殿の事を楽しみにした方が良い。
(それにしても……本当にこの辺りは見所が無いなぁ)
視界に広がる貴族区画の似たり寄ったりの屋敷が立ち並ぶ風景には、岩石の魔獣は飽き飽きしていた。
(やっぱり街の方に行きたいなぁ。お店とか色々観光したい)
折角魔法のある異世界へ転生したのだから、街に繰り出し、買い物は出来なくても異世界ならではのお店を覘いて見たり、街中に立ち並ぶ露店も見てみたい気持ちは溢れんばかりに満ちていた。
しかし、自分は人外の生き物。たとえ誰かを付き添いで一緒に街を繰り出せば、街の人達は驚愕し、下手をすれば恐怖を通り越して恐慌状態を起こしてしまうに違いないだろう。
何せ身体は、大人の倍以上の大きさだ。
身体が大きいだけで、勝手に威圧に似た圧迫感を与えてしまう。
なので岩石の魔獣は我慢し、暫くはこの王都の街に繰り出す事を諦める事にしていた。
(身体、小さく出来ないかなぁ。そんな魔法とか特殊技能、ないかなぁ…)
そんな願望を抱きながら、岩石の魔獣はソフィア教皇達と共に貴族区画を歩き進むのだった。
暫く歩き続け、貴族区画と都民区画の境に辿り着いた。
境から貴族区画のエリアから、都民区画エリアに居る沢山の人達の賑わう様子が窺える。
今居る区画から境の先が、まるで別世界の様な光景が視界に映る。
この境に近い都民区画では人通りは少ない方だが、それでも活気が溢れる人が幾多数居た。
「さぁ、此方の道です」
ソフィア教皇は貴族区画と都民区画の境となっている道に進み、彼女に続く様に2人の聖騎士と岩石の魔獣は後に続いた。
「おい、あれ。教皇様だ」
「ホントだ。神殿から外出しているなんて珍しい…」
「相変わらず美しいわぁ」
「しかし…今日は何で外に?」
境道近くの都民区画に居る民達はソフィア教皇を目にし、外出という珍しい行動に疑問を持ちながらも、その美しい姿に感嘆の声を漏らす。
そして彼等の視界に見た事も無い岩石の身体をした謎の生き物を映し、驚愕をするのだった。
「あのデカイ奴なんだ!?」
「あれって動像なの?」
「いや、違う! あれ魔獣じゃないか!? ほら、目が付いてるぞ! ほら!」
「ちょっとあれ不味くないか…!? 教皇様が危ないぞ…!」
やはり、予想通り騒ぎが起こるのだった。
そんな騒ぎの中、誰かが岩石の魔獣に対する疑問を口にした。
「いや……何かあれ、大人しく付いて行ってないか?」
「ホントだ…。そういえば教皇様御付きの聖騎士も、全く後ろの奴を気にも留めてない様だけど…」
如何やら、岩石の魔獣は人に害を成す生き物ではない事を様子から理解してくれた様だった。
「もしかして、教皇様の特別な動像かしら?」
「いやいや、よく見ろ! あの目は如何見ても生き物のそれだぞ」
「あらホントだわ! でも…本当にあれ何の魔獣かしら?」
「いや、教皇様が魔獣を連れて歩く訳無いだろ」
今度はソフィア教皇が岩石の魔獣を従えているという誤解と疑問が、民達の中で声が飛び交うのだった。
「じゃぁ、あれは何なんだ?」
「教皇様が連れて歩くに相応しいとしたら、聖獣だろ!」
誰かの疑問に1人の男が自身を持って予想を答えた。
「それホントか!?」
「ホントか如何かは知らんよ。けど少なくとも、魔獣は連れて歩かないだろ」
「確かに…。教皇様なら聖獣を従わせている可能性はあるだろうな」
「流石は教皇様ねぇ」
民達は岩石の魔獣に対する様々な予想や、ソフィア教皇との謎の関係性をあれやこれやと口々に交し合いながら、驚愕しつつも興味の視線をソフィア教皇達に―――特に岩石の魔獣に向けるのだった。
(あー……。物っ凄い見られてる…。メッチャ目立っちゃってる…)
王都に入った時からシャラナの実家に向かっていた時、そして今も周りからは驚愕と恐れと物珍しさでの興味の視線。流石にこれ以上は目立ちたくないなぁ、という気持ちが岩石の魔獣の胸中に生じるのだった。
しかしそれは、岩石の魔獣にとって避けられない運命であるのだった。
噂が広がり目立つのが、遅いか早いかの違いしかない。
(仕方ないか…。僕、魔獣かも妖精獣かも精霊獣かも判んない生き物だし…)
岩石の魔獣は諦めた。
目立つのが避けられないならいっその事、人間とのより良い交流を交そう、と開き直る様に考えた。
(如何せなら、色んな場所とか色んな国で色んな人達と友好を築く方が後々良い筈だ。その方が何処に行っても怖がられずに受け入れてくれるだろうし、何より、僕は人を害する魔獣じゃない事を知ってもらって、それを噂としてでも良いから彼方此方に伝わってくれれば、いきなり敵対されずに済むかもしれないしね)
この先、旅で様々な人達と出会う機会が多く訪れる筈だ。
人と関わる事を避ける事は出来ない。
それなら、受け入れてくれる様に努力するしかない。
(この特殊技能〈栄養素譲渡〉で国内の村に恵みを分け与えれば、より僕の事を受け入れてくれる可能性も高くなるしね)
岩石の魔獣こと白石大地が生まれ変わって得た特殊技能という力、特に〈光合成〉と〈栄養素譲渡〉は人間にとても良い印象を与えてくれるものだった。
人間以前に糧が必要な生き物にとって、これほど素晴らしい特殊技能はおそらく無いだろう。
だが、〈栄養素譲渡〉は単体では余り特殊技能の効力は期待出来ないものだ。その特殊技能名の通り、自身の栄養素を対象に譲渡する力だ。使い続ければ自身は栄養欠乏状態となり、生命維持が出来なくなり枯れる様に死んでしまう危険性を持っているのだ。
しかし、岩石の魔獣にはその特殊技能を半永久的に有用する事が出来る、相性の良い特殊技能を生まれ変わった際に得ている。
特殊技能〈光合成〉。
この特殊技能は太陽の光に当たっているだけで、勝手に身体の中で様々な栄養素を半永久に無から有を生み出すが如く作り続けるのだ。更には栄養素だけでなく、魔力すら勝手に回復させ続けるという効力もある。そして〈光合成〉によって余分に作られた分は予備として幾らでも蓄えられる為、大量の余分栄養素を無理なく〈栄養素譲渡〉で分け与える事が出来るのだ。
これほど相性の良い特殊技能を得られた岩石の魔獣は、非常に幸運である。いや、以上に奇跡か、若しくは神様からの贈り物というのだろうか。
(神様に御礼……届くかなぁ)
王都の民達から注目を浴びながら、岩石の魔獣はソフィア教皇達の後に続き、ルミナス大神殿に向かって歩み進むのだった。
貴族区画と都民区画の境である道を進み続け、岩石の魔獣の視界に巨大で尊厳さが窺える純白の建造物が映った。遠くからでもその建造物の巨大さが見て取れ、歩み近付く毎に目的地であろう巨大な建造物はより大きく為っていく。
そして、巨大な純白の建築物の真正面で立ち止まり、岩石の魔獣は目を見開き、見上げる様にその建築物全体を視界全体に映した。
「此方がルミナス大神殿です」
ソフィア教皇が振り返り告げる。
(これが……神殿かぁ)
前世の元居た世界にも教会や神殿は存在するが、岩石の魔獣こと白石大地は今まで実際に見た事が無かった。
初めて見る神殿に対し、岩石の魔獣は新鮮さを感じていた。
ルミナス大神殿は都民区画と貴族区画の中間地帯に設立された神殿。神聖系統魔法を扱う事が出来る聖職者と呼ばれる者が集い、修行をする場所である。衛兵や騎士に限らず、各地からやって来た冒険者や国民達の怪我や病気を治す役目を担っている医療機関とも言える大切な場所だ。
このルミナス大神殿に所属する数少ない聖職者達は世の人々を救う為に、優秀な聖職者として賢者エルガルムの提示した魔法適性理論と全ての系統魔法に重要な魔法基礎である魔力操作と魔力制御を扱える様にと、その理論を直ぐに取り入れている。
その結果、バーレスクレス魔導学院とは違い、現在では優秀な聖職者が多く輩出されており、魔導学院との差は歴然としたものとなっている。
ルミナス大神殿とバーレスクレス魔導学院は、まさに雲泥の―――いや、天と地程の差と言うべきだった。
言う迄も無く〝天〟はルミナス大神殿、〝地〟はバーレスクレス魔導学院だ。
そんな優秀な結果を出している大神殿に対し、魔導学院側はこれを良しとは思ってはおらず、今も大神殿側を不快に思っている。
しかし、魔導学院側は決して手も口も出す事が出来ない。
その1番の理由は、教皇ソフィア・ファルン・シェルミナスの存在だ。
国王と同等の特別な地位を有する彼女に対し、魔導学院側は愚かな行為をする勇気も度胸も無いのだ。
教皇である彼女に対し侮辱を口にする事は、天に向けて汚物を投げるに等しい行為である。
もしそのような愚行をすれば、天に向けて投げた汚物は決して届かず、自分の顔面へと返って来る様な酷い仕打ちを受けるだろう。下手をすれば、国王自らが出て来て彼女に代わり制裁を下し、魔導学院を即座に潰す可能性だってあるのだ。
更に手も口も出せない理由は、大神殿と魔導学院の出している結果の差だ。
ルミナス大神殿は所属する聖職者の数は少ないものの、神聖系統魔法を使いこなす優秀な神官階級が輩出している。それに対し、バーレスクレス魔導学院は上位どころか中位級の魔法を未だに使えない肩書きだけの魔導師ばかりで、優秀以前に真面な魔導師が1人も輩出されていない余りにも酷い現状だ。
真面な結果も出せていない魔導学院側が大神殿側に嫉妬染みた文句を言うものなら、最初に魔導学院側に真っ先に怒りを向けるのは――――国民達だろう。
貴族の生徒だけでなく、教師すら魔法が使えるだけで国民達に傲慢な態度を取っている魔道学院が、国民達から信頼も期待も支持もされる訳が無い。国民の誰もが嫌忌の目でそんな彼等を見ている。
そんな魔導学院とは違い、大神殿に対しては全ての国民達が信頼をしている。決して傲慢な態度は取らず、親身になってくれる聖職者達ばかりだ。何より、実績のある実力を持つ神官階級の者達も居る。
国民の皆、ルミナス大神殿の責任者にして最高位聖職者であるソフィア・ファルン・シェルミナス教皇を支持をするのだ。
だからバーレスクレス魔導学院に味方する民は、1人も居ない。
「では、私はこの子を礼拝堂まで連れて行きますので、連れて戻る時にまた護衛を御願いします」
「はい、畏まりました」
ソフィア教皇は2人の聖騎士に戻って来るまで待機する様に告げた。
「さぁ、参りましょう」
ソフィア教皇は岩石の魔獣に付いて来る様に告げ、岩石の魔獣は彼女の言葉に従い付いて行った。
大神殿入口への道の両端には花壇があり、花壇一面には未だ蕾の儘の花が覆い尽くしていた。
花壇の花に水遣りをしていた聖職者、花壇辺りを気分転換に散歩していた聖職者、大神殿入り口から出てきた聖職者等がソフィア教皇を目にし、直ぐに敬意の御辞儀をするも、ソフィア教皇の後ろに居る岩石の魔獣を視界に映し、全員が目を丸くするのだった。
(そりゃぁ……驚くよねぇ…)
もうこの反応は慣れてしまった。
「大丈夫です。この子は昨日話した神聖なる存在ですので、心配は要りません」
ソフィア教皇の言葉に、その場に居た修行中の身である聖職者達は後ろに居る存在が〝神聖なる存在〟という彼女の告げた言葉に驚愕するが、その言葉を信頼し、再び了解の意も示す御辞儀をするのだった。
そして岩石の魔獣は、ソフィア教皇と共に大神殿内へと足を踏み入れた。
この大きな身体で入れるだろうかと心配はしていたが、思ったよりも入り口が自身よりも大きかった事に、岩石の魔獣は安堵した。
(わぁ……! 凄い広い……!)
神殿内に入ると、其処は静寂で神秘的な空間が広がっていた。
見上げれば純白な天井に神と思しき4柱と天使達が描かれた、神々しい大壁画が神殿全体を見下ろしていた。大神殿を支えている巨大な白亜の柱が、幾本聳え立ち天井を支えている。床はとても丈夫で、綺麗に磨かれた白亜の大理石が硝子窓から入る日差しを受けて艶やかに輝いていた。そして広い大神殿の回りには暗闇を照らすマジックアイテム――――魔法照明角灯のよりも貴重なアイテム、浄化の聖角灯と呼ばれる神聖な魔力が込められた浄化の光を放つ高価なアイテムが幾つも設置されていた。
浄化の聖角灯は光を点けるだけで、効果範囲は狭いものの、聖なる浄化の領域を作り悪魔や不死者といった不浄や邪悪の存在から護ってくれる優れものだ。高価で商品としては中々出回らないが、高額の値でも冒険者に非常に人気のあるマジックアイテムである。
そんな神秘さで溢れる大神殿内の風景に、岩石の魔獣は目を輝かせながら見回した。
好奇心で目を輝かせる岩石の魔獣をソフィア教皇は歩きながら振り向き、まるで子供の様に神殿の彼方此方をキョロキョロと見渡している姿に、不思議と可愛げさを感じていた。
そんな奇妙で不思議な光景を、神殿内に居る聖職者達は目を見開き、遠くから観察する。
周りの聖職者達の視線を浴びながら、ソフィア教皇と岩石の魔獣は大神殿の奥にある礼拝堂へと向かい進んだ。
礼拝堂へと続く白亜の通路には、青色の絨毯が奥へと続く様に敷かれていた。
礼拝堂へ続く通路には、ソフィア教皇と岩石の魔獣以外は誰も居ない。
静寂に満ちた通路はソフィア教皇のコツコツと靴の鳴る音と、ズシリ、ズシリ、と岩石の魔獣の重い足音だけが響き渡っていた。
一定の等間隔で通路の両端に設置されている浄化の光を灯すマジックアイテム以外に、特に変わった所は無い。岩石の魔獣でも余裕で通れる、広く真っ直ぐな白亜の通路だ。
少し暫く進んだ先に、別の空間が岩石の魔獣の視界に映り込む。
視界に映った場所へと、ソフィア教皇と岩石の魔獣は向かい歩み進む。
そして長い通路を抜けた先に、更なる神聖な場所へと足を踏み入れた。
ルミナス大神殿奥、世界の全てを創造せし神々を祀る神聖なる小さな聖地。
礼拝堂と呼ばれる場所だ。
世界の全てを創りし神々と神に仕える天使達を祀る祭壇には、銀を基調として作られた大きな聖なる十字架が置かれ、左右には白亜の天使像が飾られていた。そして祭壇より上にある絵硝子から差し込む光は、まるで天から注がれている祝福の様な、美しく神秘的な光景だった。
「此処が神々に祈りを捧げる神聖な場――――礼拝堂です」
此方を振り向いたソフィア教皇はこの場所の名称を告げ、再び前に向き直った。
「奥に在る祭壇前で祈りを捧げるのです。さぁ、行きましょう」
そう言った後、ソフィア教皇は礼拝堂奥にある祭壇へと進み歩む。
岩石の魔獣もソフィア教皇の後に続き、奥にある祭壇へ向かう。
先程通って来た通路に敷かれていた青色の絨毯が礼拝堂の奥、神々を祀る祭壇前にまで伸びており、ソフィア教皇と岩石の魔獣はそれを道標として辿る様に、絨毯を踏み締めながら祭壇へと歩み近付くのだった。
そして1人と1体は、祭壇前へと到着した。
岩石の魔獣は天を見上げる様に顔を上を向けた。
見上げた視線の先にある絵硝子から差し込んでくる光は、不思議と眩しくなかった。
何故、眩しくないのだろう。
それはあの絵硝子が特別な作りによるものなのか。
もしかしたら、この差し込む光は神様の慈愛によるものなのか。
岩石の魔獣は光差す遠くを見詰める様に見上げていた。
そんな様子を、ソフィア教皇は言葉では表せない感情を抱きながら隣で見ていた。
天からの光を浴び、天からの光の中から天を見上げるその姿は、神秘的で、神々しく、何処か寂しそうな雰囲気が見て取れる。
天から差し込む光で輝く蒼玉の様な瞳からは、子供の様な好奇心から来る純粋さ、己の秘められた使命を知りながらも悟った静寂な力強さ、そして神々に会いたいが会えぬ寂しさと憂いを宿しているかの様、ソフィア教皇は思えてならなかった。
絵硝子から差し込む天からの光の中、岩石の魔獣はゆっくりと瞼を閉じ、ゆっくりと深く深く頭を下げた。
黙祷。
岩石の魔獣は神々に感謝の祈りを捧げる。
(神様。僕をこの美しい世界に転生させてくれて、ありがとう御座います)
目を閉じた儘、頭を深く下げた儘、ジッと祈りを捧げる。
ソフィア教皇も天から注ぐの光の中で両膝を床に付け、右手と左手を握り合わせ前に出し、目を閉じ、岩石の魔獣と共に神に祈りを捧げた。
神聖で静寂な礼拝堂での、1人の女性聖職者と1体の神聖なる存在の短い祈りの時は、お互い非常に長く感じられた。
不思議な気持ちだ。
神への祈りを充分に捧げた岩石の魔獣は閉じた目を開き、再び差し込む光を見上げ―――――。
――――見上げた視線の先に、誰かが其処に居た。
(――――え?)
女性だ。
視線の先に、ソフィア教皇に負けず劣らずの絶世の美女が其処に居た。
腰まで伸びた煌めく艶やかな栗色の髪、透き通る様な美肌、整った美麗な顔立ちに美しい容姿、その容姿を包む新緑と純白で彩った美しい衣服、頭には生命力に満ち溢れた綺麗な花冠を飾り、背後からは後光を放っていた。
そして空中に浮かぶ彼女の身の周りを、明るい緑の光が包み込んでいた。
見上げている岩石の魔獣と今も祈りを捧げているソフィア教皇を、微笑みを浮かべながら優しい目で見下ろしていた。
岩石の魔獣は、目を見開き凝視する。
その姿、この気配、無意識に思った。
――――女神様?
それ以外の言葉が浮かばなかった。
喩えの様で、喩えではないその言葉。
「ンンン! ンンンンンン―――」(ねぇ! あれ見て、あれ―――)
岩石の魔獣はこの事を教えようと、隣で今も祈りを捧げているソフィア教皇を呼びかけようとした。
だが既に、ソフィア教皇は祈りを止め、目にしていた。
「そんな……まさか……!」
ソフィア教皇は目を見開き、視線の先に居る存在を視界の中心に入れる。
「ああ……何という事でしょう…!」
空中に浮く女性を見たソフィア教皇は、驚愕の含んだ感嘆の声を漏らした。
解いていない祈りの手をそのままに、ゆっくりと立ち上がり、視線の先に居る彼女に問おうとした。
「貴女様はもしや――――」
その時、明るい緑色の優しい光が輝き出し、その光は礼拝堂全体に広がる。
(え!? 何だ!?)
岩石の魔獣は今起こっている状況に理解出来なかった。
だが、今この状況を起こしている原因は理解していた。
光の発生源は、空中に浮く謎の美女だ。
ソフィア教皇の言葉を途中で遮る様に、突然光を放ったのだ。
徐々に光の強さが増し、礼拝堂の周囲すら見えなくなる。
彼女から発せられた光が充満し、隣に居たソフィア教皇も、自分の身体すら視認出来なくなる程の明るい緑色の光が視界全体を覆い尽くした瞬間、頭の中にある情報が流れ込んできた。
――――特殊技能〈豊穣の創造〉贈与――――
(えっ!? これって…!?)
いきなり特殊技能を手に入れ驚愕した直後、礼拝堂を覆い尽くした光はあっという間に消えていた。
視界が良好になった岩石の魔獣は透かさず辺りを見回し、謎の女性が居た方へと視線を動かした。
(……居ない)
其処には謎の美女の姿はもう無かった。
いきなりの出来事に、岩石の魔獣は呆然とした。
(……今のはいったい何だったんだ?)
何が何だか分からない儘、不思議な出来事は礼拝堂から去ってしまった。
(でも、何だろう…。何故か親近感が湧いた様な……。それにあの光……僕のと同じものを感じだった気が…)
全く会った事もない彼女に対し、親近感が湧くという不思議な気持ちが未だ心の中に優しく輝いていた。
この感覚はいったい何なのだろうか。
結局分からない儘だった。
「今の光はいったい……」
ソフィア教皇も視界が良好になり、辺りを見回す。
そして岩石の魔獣の方へと顔を向けたその時、彼女は目を見開いた。
「そ…その姿は…?!」
(うん? どしたの?)
何やら驚愕する彼女を見た岩石の魔獣は、首を傾げる。
ソフィア教皇は、視線を岩石の魔獣の背にある物へと向けて口にする。
「背中が……!」
(背中?)
岩石の魔獣は180度――――と迄はいかないが首を捻る様に回し、自分の背中が充分視界に映せる様に後ろを見た。
(――――えっ?)
岩石の魔獣は自分の背中の変異を目に、目を丸くした。
何と、芝生の様な植物が茂っていた背中に、普通の樹木よりは大きくはないが、岩石の魔獣の身体に見合った立派な樹木が背中から生えていたのだ。
(えぇえええええええええええー!!!?)
岩石の魔獣は神に感謝の祈りを捧げた結果、背中に生えた立派な樹木が女神からの贈り物だと分からない儘、岩石の魔獣こと白石大地は心の中で愕然の叫びを上げるのだった。
(如何なってるのこれぇえええええええーっ!!!?)
「ああ……やはり、あの御方は……!」
ソフィア教皇は岩石の魔獣の変化を見て、突然現れた謎の女性の正体を確信したのだった。
そして先程の礼拝堂が光で満ち溢れた時、大神殿前にある花壇の花が一斉に蕾を開き、満開となる奇跡が起こったという。