再誕せし神話の獣8-3
ラウツファンディル王国王都アラムディストへ入り、シャラナの住まうフォルレス侯爵家の敷地内に居候として住む事、1週間が経過した。
敷地の中、屋敷の隣に昨日まで芝生以外何も無かった場所に、立派な樹木が1本生えていた。
幾百もの枝から付いた無数の木の葉は、丁度良い日陰を作る。作られた日陰の中には白い円卓に数脚の椅子が置かれ、椅子に座り書物を読む美少女――――シャラナが居た。隣には不自然な巨岩――――岩石の魔獣が鎮座し、大きな岩石の指を器用に使い、シャラナと同じ様に魔法関連の書物を読んでいた。
青く澄んだ空に、幾つかの似たり寄ったりの形をした白い雲が浮かぶ下、岩石の魔獣は今日も書物に齧り付く様に読み耽っていた。
ここ1週間の間では、土系統に関する魔法知識を中心に学び、現在は余り触れていなかった無系統に関する魔法知識を基礎知識から学び習得をしている所だった。
土系統魔法で創造出来る金属は、その魔法を行使する者の知識に依存する為、岩石の魔獣は自分の知らない金属がある為、その先の事は後回しにしているのだった。
だが、焦る必要は全く無い。
未だ本格的に学び始めて間も無いのだから。
先ずはあらゆる基礎を固める事に専念しているのだ。
今は〈機能術式作製〉と〈魔力回路作製〉と言われる無系統魔法を覚える為、その基礎となる付与魔法と呼ばれる技術の基礎内容を読んでいる最中であった。
(えーっと……付与魔法は物や生物に魔法効力を与える繋がりであり、主に武器や防具等に対し一時的な強化を施す魔法として使われる。これを特殊な細工技術で与える事により、外的な方法で消さない限り付与した効力は宿り続ける。これを〝魔化〟と呼ばれる。更には付与する属性魔力によって、敵の弱点に見合った属性武器を一時的に作り出し、戦況を有利に進められる。特に単純な物理的攻撃が効かない敵に対し、魔法が使えない戦士職には必要不可欠と言っても良い。……ほー、なるほど。物理攻撃が効かない敵とか居るのかぁ)
岩石の魔獣は付与魔法の基礎内容から、この世界に単純な物理的攻撃が効かない存在が居る事を新たに学び、闘いに於ける注意事項として、頭の中に刻み記す。
(武器の威力の強化、防具の防御力強化、若しくは魔法耐性の付与が基本的である。更にその他の属性魔力の性質や魔法効力の種類により、多様な付与魔法を編み出す事が出来る汎用性を有する。そして付与魔法から最初に派生したのが強化魔法であり、強化は付与という対象への繋ぎが無ければ成立しない。ほうほう、付与魔法って色んな魔法を何かに繋げる役割を持った魔法って事だな)
この異世界に転生してから、学ぶ楽しさを感じながら、大きな岩石の指を器用に使い次のページを捲り、続きを読む。
(炎系統による付与魔法は……武器に炎属性を付与する〈炎属性付与〉、自身、若しくは防具や盾に炎属性耐性を付与させる〈炎属性防護。なるほど、なるほど。電気系統なら武器に対する付与は〈電気属性付与〉で、防具に対する付与だと〈電気属性防護〉って具合に使える感じかぁ。これは早く覚えとくべきだな。付与出来る属性の数は自分が持つ対策手段の内に入るし)
岩石の魔獣はうんうんと楽しそうに頷く。
(付与魔法を覚えるなら、先ずは強化魔法の修得だな。お爺ちゃん言ってたもんね! 基礎をしっかり固めてから次に進む事って! よし! 付与と強化の魔法をしっかり学んでおこう)
岩石の魔獣は書物の内容を遡る様にページを逆に捲って、一番最初の強化魔法に関する基礎内容を探すのだった。
岩石の大きな指で器用にひたすらページを捲り続け、探していた基礎内容を探し当て、そのままその内容に読み浸るのだった。
強化魔法は自身や仲間に対し様々な強化によって、長所をより強力にし、短所といった弱点を補填する魔法、言い換えれば補助魔法とも言う。
筋力の増強、敏捷性の強化、魔力の質上昇、肉体の硬質化、魔法に対する防護、状態異常に対する抵抗力の強化といった基本的代表の強化魔法が存在し、魔導師の力量によってそれ等の強化魔法は下から順に、下位級、中位級、上位級と位階が上に行けば行くほど強化効力が上がり、より強い強化を対象に施す事が出来るのだ。
更に別の魔法と組み合わせる事により、新たな補助魔法が発現する特徴もある。
但し、全ての強化補助魔法の全てに対し組み合わせられるという訳ではない。
例を挙げるなら、筋力上昇魔法に炎系統の魔法は組み合わせられない。筋力の上昇に炎や熱を足しても何も意味が無いからだ。状態異常抵抗力強化魔法の場合は、組み合わせられる魔法がかなり限られる。
組み合わせられる系統魔法を挙げると、神聖系統の魔法には、恐怖、混乱、狂気化、精神操作・汚染、呪いに対し特化した耐性強化魔法が存在し、それと組み合わせれば類を見ない強力な耐性強化の魔法が発現させる事が出来る。
そして神聖系統と性質が反対とされる死霊系統も、実は組み合わせる事が可能だ。恐怖、混乱、狂気化、精神操作、呪いに対する不死者特有の性質を持った耐性強化の魔法が存在する。
しかし、大きな違いは性質――――清浄か不浄かである。
何方も同じ耐性強化魔法は在るが、属性魔力による全く異なる性質によって性能も違ってくる。因みに、神聖系統は耐性強化や補助といった防御性能が高い部類である。
(むぅ……沢山あるなぁ。これは覚え甲斐がありそうだ)
岩石の魔獣は、沢山記載されている強化や補助に関する魔法を視界に映し、退屈凌ぎを兼ねた楽しい魔法勉学に勤しむのだった。
敷地の遠くから門の開く音が1人と1体の耳に届き、1人の貴族令嬢と1体の謎の魔獣は書物から目を離し、視線を音の発生源の方へと動かした。
遠くの門から敷地内に入り、屋敷へと歩み進む3人が1人と1体の視界に映った。
3人の内の1人は、遠くからでも一目で見れば誰なのかが判った。
美しく整った顔立ち、魅力的容姿、ドレスの様な純白を基調とした祭服、神が授けた美貌と惹かれる母性を持つ美しき女性。
ルミナス大神殿の最高位聖職者にして、ラウツファンディル王国を統べる国王と同等の地位を持つ者。
教皇―――ソフィア・ファルン・シェルミナスだ。
今回は1人ではなく、2人の聖騎士を護衛として伴っての訪問だ。
2人の身を包む鎧は白色を基調とした作りをしており、鎧の上には白地に金色の模様が鮮やかに奔り、胸の中心には金色の鮮やかな十字架の紋様が描かれたサーコートを着ていた。左腕にはカイトシールドと呼ばれる逆三角形を延ばした様な大型の盾が装備されている。その盾も白色を基調とした作りで、金色の紋様が入っていた。腰に下げているロングソードも、刀身は鎧や盾と造形が統一された作りをした鞘に収まっており、柄は美しい白銀色に金色の細工が施されていた。
世界で数少ない神聖系統魔法を扱える魔導師でもかなり希少ではあるが、戦士で神聖系統魔法を扱える者は更に希少な存在だ。
今回の訪問に対し、シャラナも岩石の魔獣も驚きはしていなかった。
これは前以て知らされていた訪問である。
昨日の急な訪問の際に、岩石の魔獣が神殿に行きたいとソフィア教皇に御願いを書き綴った文字を見せた。その御願いを書き記された内容を見たソフィア教皇は、寧ろ御来訪を願わんと言わんばかりの輝く様な表情で許可してくれた。そして、明日に迎いに来るという約束を伝え残し、大神殿に戻って行ったのだ。
岩石の魔獣が何故、大神殿に行きたかったのか。
その理由はとてもちっぽけな可能性を求めてのものである。
もしかしたら、神様に会えるかもしれない――――。
会えなくても、神様と話す事が出来るのでは。
周りからして見れば、それは余りにも馬鹿馬鹿しい考えだ。
だが、会えなくても、話せなくても、それでも構わなかった。
たとえ神様に会えず話せなくても、御礼を言いたかった。
この異世界へと転生させてくれた御礼を、祈りで伝えたかった。
生まれ変わってからずっと思い続けていた事なのだから。
だから、祈り伝えるなら神殿という神聖な場所が良いと考え、御願いしたのだ。
屋敷へと歩み近付いて来るソフィア教皇と2人の聖騎士を迎える為、シャラナと岩石の魔獣は樹木に宿る無数の木の葉で作られた日陰から出て、屋敷前へと移動する。
2人の聖騎士は、視界にシャラナと一緒に入って来た岩石の魔獣を見て、一瞬目を見開き身体と表情が硬直していた。それに対しソフィア教皇は平然と柔らかな微笑みの表情の儘、シャラナと岩石の魔獣の下へと歩み寄る。
そして再び、ソフィア教皇と対面した。
「わざわざ御足労頂きありがとう御座います。ソフィア様」
今回は昨日と違い、ハグし合うのはしない様だった。また会えた事にはかなり嬉しそうではあったが。
「ありがとう、シャラナ」
フワリとした優しい笑みで、ソフィア教皇はシャラナに挨拶を交わした。
そして岩石の魔獣へと顔を向けた。
「約束通りに、御迎えに参りました」
ソフィア教皇の綺麗な声が岩石の魔獣の聴覚へと心地良く伝わる。
「ンンンンンン」(わざわざ迎えに来て下さってありがとう御座います)
鼻に掛かった様な野太く低音にキーンと優しい高音が少し混じった声を発しながら、言葉が伝わらない挨拶を交わし、御辞儀をする。
岩石の魔獣の発する声と、ソフィア教皇に御辞儀をする人間染みた礼儀作法に、2人の聖騎士は驚きと困惑の混じった表情を浮かべいた。
本来なら、聖騎士としてソフィア教皇に危険が及ばぬ様に前に出て、護る為に剣を抜き戦闘態勢を透かさず取るのだが、今回に限って2人はソフィア教皇から前以て岩石の魔獣の事を伝えられていた。なので、今回は勝手に剣を岩石の魔獣に向ける様な愚かな行為は起こさなかった。
「こ…これが、教皇猊下が仰った〝恵みを司りし神聖なる存在〟か…」
それでも、前以て伝えられていても、生きた巨岩の存在に対し警戒はしてしまう。
警戒してしまうのは当然の事だ。
今目にしている岩石の身体をした人外の者は、謎に満ちた存在なのだから。
そんな2人の聖騎士に、警戒の色が僅かながら浮かんでいる事に気付いたソフィア教皇は、岩石の魔獣の目の前まで近付いて行った。
手の届く距離までに近付いたソフィア教皇に、2人の聖騎士は驚愕し慌てて止めようとしたが、遅かった。
ソフィア教皇は岩石の魔獣の頬に恐れも無く優しく触れた。
「この子はとても優しい子です。2人共、心配は要りません」
ソフィア教皇は2人に、岩石の魔獣は大人しい子だと証明する為に自ら近付き触れて見せたのだ。
その不思議で神秘的なツーショットの光景に、「おお…」と2人の聖騎士は感嘆の声を漏らすのだった。
(……メッチャ恥ずかしい…)
美しく整った綺麗な顔が岩石の魔獣の視界一杯に映し出され、岩石の魔獣は恥ずかしい気持ちで一杯になるのだった。
ソフィア教皇は岩の頬から手を離し、シャラナに告げる。
「ではシャラナ、この子をルミナス大神殿に連れて行きますね。そんなに永い時間は掛けませんので、今日中には連れて戻って来ます」
「分かりました。では……あっ! ちょっと待って下さい」
シャラナは岩石の魔獣に、ボードに乗った白紙と羽根洋筆を渡した。この2つが無いと岩石の魔獣は伝えたい事が伝えられなくなる。伝えたい事を交わせれば、神殿に居る人達の警戒心を解く事が出来るだろうという考えだ。
「いい? ちゃんとソフィア様の言う事は聴くのよ。勝手に神殿内を歩き回ったりしたら駄目ですからね」
シャラナの言い付けに岩石の魔獣は頷き、了解の意を示す。
岩石の魔獣は頷くだけだが、そんなシャラナと岩石の魔獣の会話の遣り取りに、2人の聖騎士は物珍しそうに観ていた。
「本当に言葉を理解しているみたいだな…」
「ああ。しかし、いったいあれは何なんだ? あんな生き物見た事が無い」
「教皇猊下は神聖なる者だと感じ取ったそうだから、そこに関しては間違い無い筈だ」
「う~ん……見れば見る程、不思議な奴だなぁ」
「同感だ」
岩石の動像に酷似した姿、背中には芝生らしき植物が生え、顔は竜に似た骨格をしており、大きな目に優しくも穏やかな瞳、よく見れば左肩付近に白い花が1輪咲いていた。
一応、魔獣と仮称してはいるが魔獣ではない。しかし、妖精獣なのかも精霊獣なのかも判らない。そんな不思議な存在に対し、2人で感想を言い合うのだった。
「しかし、何故あの部類が不明な存在がルミナス大神殿に来たがるんだ?」
「分からん。だが、神聖なる存在なのだから、神を祀る場所へ行こうとする本能的な何かがあるのかもしれんな」
神殿に来たがっていたとソフィア教皇から伝えられてはいたが、神殿に来たがるその理由は全く想像が出来なかった。
分からない儘は嫌だった為、2人はソフィア教皇に尋ねた。
「あの、教皇猊下。あの神聖なる存在は、何故ルミナス大神殿に来たいと仰っていたのか理由は御存知でしょうか?」
「いえ、私も理由は存じておりません」
「え?」
まさかのソフィア教皇も理由を知らない事実に、2人はポカンとした表情を顕にしていた。
「私とした事が、嬉しさの余りに尋ねる事を忘れてしまいました。折角ですので、訊いてみましょう」
ソフィア教皇はシャラナと岩石の魔獣の会話の遣り取りが終わった後に、岩石の魔獣に神殿に来たい理由を尋ねた。
「貴方が神殿に赴く理由を、もし宜しければ教えて下さいますか?」
彼女からの質問に対し、岩石の魔獣は紙と羽根洋筆を大きな指で器用に摘み、羽根洋筆を白紙に走らせた。
(そういえば、行きたい理由は伝えてなかったなぁ)
昨日はただ御願いを伝えただけで、その御願いの理由を伝えてなかった事にうっかりしてたと反省しながら、自分にとっては深い理由では無い理由を書き綴り、文字で理由を見せて伝えた。
〝行かなくちゃいけない気がしたから。何となく何だけど。〟
岩石の魔獣が書き記した内容に、その場の皆は「おお…」と感心の声が上がった。――――いや、たった1人だけ、感嘆の声を上げた人物がいた。
「まぁ……流石は〝大いなる恵みを司りし神聖なる存在〟です」
感嘆の声を上げたのはソフィア教皇だった。
(え? え? 僕、大した事書いてないよ?)
岩石の魔獣は感心と感嘆の声が上がる理由が解らなかった。
漠然とした深くもない浅い理由なのにも関わらず、何故皆は納得した様な感心顔を浮かべているのか、岩石の魔獣にはさっぱり解らなかった。
「この子は生まれながらにして、神聖なる存在としての本能が赴くべき場所へ向かおうとしてるのですね」
(ん? ん?? ん??? 何か僕の伝えた事、すんごい意味深に捉えられている様な気がするんだけど…。え? 何で?)
敬意と感嘆で輝きに満ちた瞳を向けるソフィア教皇に対し、岩石の魔獣は全く理由が解らず困惑するのだった。
「では、ルミナス大神殿まで案内しますので、私達の後に付いて来て下さい」
困惑し首を傾げた儘の岩石の魔獣に、ソフィア教皇は出立を告げた。
「今日中には連れて戻ってきますので、御両親に宜しく伝えて下さい」
「はい、御伝えしておきます。ソフィア様」
お互いに微笑みを交わしながら了承と了解を告げるのだった。
「さぁ、参りましょう」
「はっ!」
ソフィア教皇の出立の言葉に、2人の聖騎士は了解の返事をした。
(ん~? ………あっ、そうだ。ソフィア教皇様に付いて来てる騎士の2人にも挨拶しなくっちゃ)
首を傾げ困惑していた中から我に返った岩石の魔獣は敷地から出る前に、紙に羽根洋筆をさらさら走らせ、2人の聖騎士にのそりのそりと歩み寄り、挨拶の書き綴った文字を見せた。
〝どうも、初めまして。暫く御迷惑を御掛けします。宜しく御願いします。〟
「お…おぉ、此方こそ、宜しく…」
少し吃驚しながらも、2人の聖騎士は岩石の魔獣に対し御辞儀をした。
2人の御辞儀に、岩石の魔獣も御辞儀をするのだった。
(うん、うん。やっぱりちゃんと挨拶を交せる事は大事だな。言葉を発せられないけど、伝えたい事を伝えられるだけで全然違うもんだな)
最初は思いを伝える手段が殆ど無く、人外の自分が人間を害する存在じゃないという事を上手く伝わるか不安があった。しかし、出会った人達は誰もが人外の自分を理解してくれる人であり、そんな善い人達に助けられたと言っても良いくらいだ。今では言葉を伝える手段を持った事で、より理解してくれる様になった。
(あの村の人達は今は如何してるのかなぁ。またあの村に訪れる機会があれば、今度はちゃんと言葉を伝えて御礼を言わなきゃ。…あ、言わなきゃじゃなくて、〝伝えなきゃ〟だ)
最初に訪れた村と村の人達の事を思い出しながら、岩石の魔獣はソフィア教皇と2人の聖騎士の後を、重く大きな脚を動かしながら、ゆっくりと付いて行くのだった。