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再誕せし神話の獣8-2

 魔導学院内を迷う事無く歩き、魔導師として未熟者以下の貴族出身の生徒の視線を払い除ける様に突き進み、エルガルムは(ようや)く目的の場所の扉の前に到着した。

 目の前にある大きな扉の周囲には誰も居なかった。

 居ないというよりは、誰かがこの辺りを通る気配が全く無いと言った方が正しいだろう。

 此処(ここ)には誰も訪れない。

 その理由はこの扉の先にある部屋、図書館を利用する者が誰1人居ないからだ。その為、この辺りに人が通る事は滅多に無いなのだ。

 言い換えてしまえば、この学院で魔導師として知識を蓄える所か、得ようとする向上心を持つ貴族出身の生徒が1人も居ないという事だ。

 なので、この扉の先に(もう)けられている図書館は、魔導学院にとって(ただ)の飾りでしかないのだ。

「ふぅ…。やっと落ち着けるわい」

 面倒な胡麻擂(ごます)り貴族連中から目の届かない場所に着いた事で、エルガルムは一息吐く事が出来た。

 エルガルムにとって、この学院で唯一落ち着ける静かな場所は、誰も利用しようとしない図書館だけだ。

 この学院内では一番の安全地帯であり、一番の安息の場とも言える。

 エルガルムは扉を押し開け、目的の場所へと足を踏み入れる。


 扉の先に入ると同時に、扉を開ける音は先の静寂な空間に響き渡る。

 静寂な空間には誰かが入れば自動的に明かりが点く魔法の光源灯が、幾つも広い空間に設置されている。硝子(ガラス)張りの窓から差し込む外の光だけでは薄暗い為、そんな空間を魔法で発せらた魔力照明が適度な光量で照らし出す。

 視界に映るのは幾つもの巨大な本棚(ほんだな)が並び、その巨大な本棚に幾千幾万もの書物がぎっしりと並べられていた。そして、此処で本を読み勉学が出来る様に、置かれた幾つもの長方形の洋卓(テーブル)椅子(イス)もある。

 しかし、この静寂な空間にある洋卓(テーブル)や椅子、本棚や床などの物全てに(ちり)が積もっていた。

「……此処も変わらんのう」

 エルガルムは彼方此方(あちこち)に塵の積もった、誰も使わない図書館の寂しい光景に感想を呟いた。

 一切掃除されていない、魔導学院の飾りとなった図書館を一目で見て理解出来る。

 塵の積もった量から見て、どれだけこの図書館を利用されて――――いや、どれ程の永い期間誰も訪れなかったのかが判ってしまう。

 決して本が床や洋卓(テーブル)にぐちゃぐちゃと置かれている訳ではない。(むし)ろ逆、本は全て綺麗に本棚に整理整頓され仕舞われている。

 だが、それは誰も図書館に訪れず、本を手に取っていないからである。

 魔導学院と共にこの図書館も、図書館としての機能が全く意味を成さなくなっていたのだった。

 もはや図書館ではなく、ただ本を保管するだけの倉庫と言えるだろう。

 しかし、今はそんな事など気にする必要は無い。

 此処に来たのは知りたいある事を調べる為なのだから、今はそれ以外の事など気にする必要は無いのだ。

 そして、此処なら誰も入ってくる所か、扉前にすら通る者は誰1人居ない。

 此処ならエルガルムの邪魔をする者は誰も居ない。

 何よりも、此処は静かでとても落ち着ける学院で唯一の場所だ。

 己の時間と空間にどっぷり浸る事が出来る。

 エルガルムは歩み始め、広い図書館を進み始めた。

 並び立つ巨大な本棚には一切見向きもせず、エルガルムは迷いも無く突き進む。

 彼が一切見向きもしない理由は、此処にある魔法に関する書物全てが、未だに間違った内容が書かれているからだ。それもその(はず)、此処にある書物は未熟な魔導師である貴族達が書いた物が大半で、内容は適当かつ大雑把、分野(ジャンル)が魔法に関する物であるのにも関わらず、何故(なぜ)かありもしない著者の自慢話が全ページの半分以上も書かれているという、明らかに魔法分野(ジャンル)に当て()まらない物まであるのだ。

 見向きもしないのは当然の事だった。

 見ても無意味な(ゴミ)と同等の書物だ。

 なので、魔法分野(ジャンル)として並ぶ殆どの本棚は全てスルーし、とある関連の書物が収められている本棚を目指し、エルガルムは静寂な図書館内を歩き回るのだった。


 少し時間が掛かってはいるが迷い無く広い図書館を歩き、立ち並ぶ本棚の角を右へ曲がり左へ曲がり、目的の本棚へと歩みを進めて行く。

 そして、途中でピタリと脚を止め、目的の本棚へと身体を向けた。

「此処じゃったな」

 エルガルムが視線を向けた目的の本棚――――歴史関連の書物が納められているエリアに着いた。

 此処にはラウツファンディル王国に関する歴史は勿論の事、政治、経済、考古学、文化といった様々な各国別の膨大な過去の記録が記された書物が保管されている、図書館内では唯一真面なエリアとも言える場所だ。

 積もった塵も他の所よりもかなりの量ではあるが、それはその歴史に関する書物が、如何(いか)に古い物であるかを物語っているかの様だ。それに引き換え、塵の積もった魔法関連の書物は只の無意味な飾りという可燃ゴミに見えてしまう不要な物と化していた。

 だがそんな此処の書物に対して、何も哀れみも感じはしなかった。

 寧ろ、そうなって当然の無駄な物だ。エルガルムはそう冷徹に思うだけだった。

 歴史関連エリアに着いたエルガルムの次の目的は、このエリアにある目的の書物を探す事だった。

 止めた脚を再び動かし、歴史関連エリアに足を踏み入れ、歩み進む。

 彼は奥へ奥へと進み続ける。

 歴史関連エリアの最奥に在る、とある目的の歴史書が納められている場所へと迷い無く向かう。

 賢者エルガルムが探す目的の歴史書。

 政治や経済は対象外。

 文化は調べたい事からは遠過ぎる。

 考古学はある意味調べたい事に近い分野かもしれない。

 彼が求める歴史書は、軟らかく言えば御伽噺(おとぎばなし)の様なもの。

 しかし、その歴史書の内容は、実際に在ったが今では在ったかもしれないという古き歴史、伝説と言っても良い。実在していたが、今ではいたかもしれないという幻の歴史。

 御伽噺と成って語り継がれし古の歴史――――。


 ――――神話。


 そう。賢者エルガルムは、神話に(まつ)わる古の歴史書を捜し求めに此処に来たのだ。

 そして彼が神話に纏わる古の歴史書を求めた理由はただ1つ。


 ――――恵みを宿し(もたら)す力を持つ岩石の魔獣。


 岩石の魔獣との出会いによって、岩石の魔獣の恵みの力を見た事によって、エルガルムは突き動かされたかの様に、この魔導学院図書館に答えを求めに来たのだ。

 これまで歩んで来た永い人生の中で、賢者として(まれ)に見ない幸運の遭遇だった。

 岩石の動像(ストーンゴーレム)に酷似した姿。自身を一流と誇張する貴族の魔導師達など足元にも及ばない、魔法を扱う魔力操作と魔力制御技術。恵みを(もたら)すエルガルムの知らない神秘の特殊技能(スキル)。人間の言葉を理解し、人間と同じ様に友好的に歩み寄る、不思議と恐怖を感じさせない穏やかで優しい目。

 そこから考察し立てた仮説、若しくは脳裏に浮かんだ予想から導き出された――――ある存在。

 それは魔獣どころか、妖精獣や精霊獣でもないという別の存在の可能性。

 どれでも無い可能性と、より高位の存在なのではないかという可能性。

 只の仮説や予想で終わらせたくなかった。

 あくまで可能性の話だけで終わらせたくなかった。

 予想してしまっている事を、何も証明せずに終わらせたくなかった。

 エルガルムは岩石の魔獣に対する探究心を(かて)に、己の目的達成の為に捜し求めた。

 仮説を、可能性を、予想を、確信に変える為に。


 ひたすら歴史関連エリアの奥へと進んで行くエルガルムは、幾つも立ち並ぶ本棚、その内の1つの前に立ち止まった。

 上を見上げ、自身にある魔法を掛けた。

「〈飛翔(フライト)〉」

 自身に魔法を掛け、直ぐに魔法の作用によりフワリと足が床から浮き離れ、そのまま上へ上へとゆっくり飛び上がって行った。

 図書館に置かれている本棚は大きい為、本棚専用の長い梯子(はしご)が1つの本棚毎に1脚ずつ置かれている。

 しかし、エルガルムは飛翔魔法で空中を自在に飛ぶ術を持つ為、塵の積もった梯子は一切必要が無かった。

 そのまま上へ飛行しながら、10段以上もある本棚から目的の歴史書を探す。

 空中を滑る様に飛んでいたエルガルムは、途中でピタッと身体を浮かせたまま停止をした。

「在った…! これじゃ…!」

 エルガルムは、目に留まった1冊の歴史書を凝視する。

 かなり塵が積もってはいるが、かなりの年季が入った歴史書だった。

 歴史書の題名は―――「恵みを齎す大地の化神」と記されていた。

 エルガルムは手を伸ばし、目に留まった歴史書を本棚から引き抜いた。

「〈風掃き清掃ウィンドスィープ・クリーン〉」

 手に取った歴史書に空いた手を(かざ)し、対象を綺麗にする魔法を行使する。

 発生した薙ぎ風は、歴史書に積もった塵全てを掻っ攫う様に掃い去る。

 歴史書を綺麗にして直ぐに下へと下降し、フワリと地面に難無く着地をした。

 そしてそのまま早足で歩きながら近くの洋卓(テーブル)へと向かい、その塵の積もった洋卓(テーブル)と椅子も同じ清掃魔法を行使し綺麗にする。

 そして、綺麗にした洋卓(テーブル)の上に手に取った書物を置いた。

 近くに在った椅子を引き寄せ、背凭(せもた)れに()っ掛からず洋卓(テーブル)に両肘を付け、目の前に置いた古の歴史書に向かい合う。

 手を伸ばし、魔法で綺麗にしても(なお)、永い永い年月が経って古びた状態の革の表紙を開き、エルガルムはその書物に書き記された遥か古の歴史の内容へと目を落とし、その世界へ浸り始めた。



『恵みを齎す大地の化神』

〝世界は神々により創造されし現世(うつしよ)なり。

 世界の創造の始まりは、大地無き灼熱の大海の世界。

 灼熱の大海の世界に大地を創り、覆い尽くした後に蒼き大海を創り満たし、そしてまた大地を再創造する。

 神々の内の1柱――――始まりを創りし創造の神はこの世界の遥か先の行く末を、ただ見届ける1柱なり。

 闇に染まりし暗き極寒の世界にて、神々の内の1柱――――太陽の神が現る。

 己に宿す太陽の力を収束し、無数の星々の輝きをも掻き消す日輪の星を創造する。暗き世界を照らし、極寒の世界を優しく暖める。太陽の神、己が力を宿す日輪の星を世界の贈り物とし置き、己が創造せし日輪の星に()し、世界を見守る1柱なり。

 太陽の神離れし時、神々の内の1柱――――豊穣の女神、大地に降り立つ。

 光り輝く1滴の雫、女神の手から大地へと落ち、世界は美しき緑へと恵み溢れる大地と化す。その雫から、多くの生命が誕生し、豊かなる恵みが齎される。

 世界を恵みに満たし豊穣の女神、大地から消え去る。

 日輪の星沈みし時、神々の内の1柱――――月の女神、闇に染まりし空より舞い降りる。

 己が神秘なる魔を以て月を創造し、闇夜に光りし星々と、世界と生命に神秘なる魔の力を贈る。その神秘なる贈り物は、生命に知性を授け、魔の力を操る術を秘めさせた。

 闇夜に光る月輪の星沈み、日輪の星が昇りし時、月の女神、闇夜と共に月輪の星へと去る。

 そして4柱の神々は、最後に己が其々(それぞれ)の力1つにし、1体の絶対なる生命を生み出し、世界に大いなる守護者を贈る。

 生み出されし守護者は、神なる原初の獣なり。

 その偉大な神の獣は、大地の化神なり。〟


「神の………獣じゃと…!?」

 エルガルムは目を見開き、静かに驚愕(きょうがく)した。

「大地の化神…!?」

 彼は今迄に無い程の興奮が内心から溢れんばかりに満たされていた。

「ま…未だじゃ! 未だ確信するのは早い!」

 エルガルムは爆発しそうな興奮を内心に抑えながら秘め留め、神話が綴られた歴史書のページを(めく)り、ひたすら読み続ける。


〝神によって生み出されし大地の化神、その岩石の身体、山の如し巨大なり。

 化神の背、巨大なる豊穣の樹木を背負う。

 偉大なる化神の背、恵みの大地()(もの)なり。

 その背に宿りし恵みの大地、あらゆる植物を生み出し実らせ、無数の生命に恵みを与えん慈悲深き化神なり。

 山の如しその御神体(ごしんたい)数多(あまた)の鉱物を宿し鉱山なり。

 大地の化神は世界を(めぐ)り、大いなる大地を踏み締め、歩み続ける。

 世界を歩む使命、糧無き無辜(むこ)の者達に恵みを分け与える永久(とわ)の旅路。

 枯れた土地に潤いを与え、農民達に豊穣の祝福を与えん使命の旅路。

 枯れた水源を蘇らせ、乾いた大地に潤いを、枯れ掛けた生命に潤いを与える使命の旅路。

 大地の化神、世界に恵みを齎し、世界を歩む者なり。

 幾多の種族は、大地の化神に感謝を。

 大地の化神に敬意を示し、分け与えられた恵みを供え贈る。

 後に大地の化神、幾多の種族から崇敬(すうけい)の念を込め名を呼ぶ。


 幻神獣――――フォルガイアルス、と。〟


「幻神獣……!」

 エルガルムは更なる驚愕から、歓喜で内に押さえ秘めていた興奮が遂に溢れ出た。

「そうか…!! そうだったのか…!! 彼奴(あやつ)は神獣だったのか!!」

 エルガルムの興奮に満ちた歓喜の声が、図書館全体に響き渡った。

 神話の歴史書に書き記されている内容から、岩石の魔獣の恵みの特殊技能(スキル)と一致する事に理解せざるを得なかった。更には所々の1ページに描かれている幻神獣と思われる絵を視界に映し、その幻神獣の姿を描かれた絵と岩石の魔獣の姿が非常に酷似している事に驚嘆(きょうたん)(あらわ)にしていた。

 ふと疑問が浮かび上がった。

 もし、岩石の魔獣が古の時代に居た幻神獣と同じ存在なら、何故(なぜ)こうも歴史書に書かれている幻神獣よりも小さいのだろうと、エルガルムは疑問に思う。驚愕と歓喜によって高まった好奇心により、詳しい神話の――――幻神獣フォルガイアルスに関する古き歴史を知ろうとページを捲り続きを再び読み始める。


〝世界を(めぐ)り続けし幻神獣、偉大なる神の獣が幾多の種族を()く者なり。

 幾多の種族を好く(ゆえ)、人と同じ様に交流する事望む者なり。

 恵みを司りし幻神獣、幾多の種族を愛し、世界を愛する化神なり。

 決して幻神獣の慈悲に付け込む事なかれ。

 幻神獣の慈悲に付け込む強欲者、神獣の怒りを受ける愚者と化すだろう。

 幻神獣怒りし時、幻神獣の心は世界の大地と繋がりて、強欲で愚かなる者達に大地の牙を衝き立てるだろう。

 幻神獣の怒りは即ち、大地の怒りなり。

 無辜の善人には、恵みを贈りし幻神獣なり。

 私利私欲の愚かな悪人には、災害を与えし幻神獣なり。〟


 エルガルムは神話の歴史の中にどんどん嵌まり込んでいった。

 仮説と予測が確信へと変わりつつある感覚に、子供の様な喜びに満ち溢れていた。

 永年生きてきた彼にとっては、何十年振りに味わう感覚だった。

 1ページ、また1ページを読み次を捲る毎に、岩石の魔獣の正体が明らかになっていく事に、賢者としての―――いや、この世の魔導師の1人としての探究心が静かに燃え上がっていくのだった。


〝世界に幾つもの国在りし時代。

 幾数の種族、其々の国を統治せし王達、幻神獣と友好を結び、友となる。

 幾数の種族達の王の友となりし幻神獣、世界を廻り歩む旅を止め、世界の中心に恵みの聖域を創造し、己が住まう場所とする。友と会えるよう聖域に留まる。友達が迷わぬよう、威容の神秘の巨大樹を己が聖域に生み出し根付かせる。

 しかし、幻神獣の友である王達の中、幾人か悪意有りし強欲者が潜む。

 全ての王を聖域に招きし時、悪しき王数人が聖域に拒まれ弾き出される者、現れる。

 その者等、最も多き幾つか在りし人間の国の王なり。

 そして数人居た人間の王の内、半数以上の私利私欲の独裁者なり。

 聖域に入る事許されし王達、裏切りを(たくら)みし幾人の悪しき王を捕らえ、幻神獣の慈悲に泥を塗りし愚王達を永遠の闇深き深淵の牢獄に閉じ込め、この世から永遠(とわ)から隔離する。

 しかし、その中たった1人悪しき王は逃げ延びる。

 悲しき事実に幻神獣、深き悲しみの涙、聖域に流し落とす。

 悲しみの理由、それは世界と等しく、幾数の種族を愛し護ってきた慈愛の心あってこそなり。

 善なる王達、悲しむ神獣を慰める。

 そして彼等は誓う、取り逃がした悪しき強欲の王を必ず捕まえると、約束を交わす。

 約束の印として、聖域を悪しき者達から護る為の、神秘の宝玉を幻神獣に捧げる。

 聖域から友等がが去りし後、捧げられし宝玉に己が力を封じ込める。

 世界が崩壊による滅亡が起きぬよう、世界に恵みが尽きぬよう、己が神の力を宿した九つの宝玉――――天地の守護宝珠を決して誰の手にも渡らぬよう、聖域の中に世界の柱として隠す。

 その後にて幻神獣フォルガイアルス、己が聖域で静かに、世界の流れを見守り続ける者となる。〟


「そうか……彼奴が人との友好を示すのはこういう事か」

 新たな内容に、エルガルムはこの神話の幻神獣と岩石の魔獣が、非常に関わりを持っている事に深く納得していくのだった。

 人に興味を持ち、人から学ぼうとし、人を助ける今迄の岩石の魔獣の行動。それは遥か昔の名残からのものなのではと、エルガルムはそう考察しながら次のページを捲り続きを読む。


〝1人―――(おの)が支配せし国に逃げ延びし悪しき王、恵みの力を我が物としようと近付きし愚か者。

 彼の者、最も強欲で愚かな道へと踏み外す。

 悪しき王、苦を抱き続ける無数の無辜の民達を生贄とし、禁忌の召喚魔法を愚行する。

 愚王の呼び掛けに応えし現世に顕現するは、魔界を支配せし悪魔の神にして、絶対為る力と邪悪の権化。

 邪神――――サタンなり。

 悪しき王は願った。全てを我が物とする絶対なる力が欲しい、と。

 悪魔の神、強欲な王の愚かな願いを聞き入れ、強大な力を授ける。

 しかしそれは、全てを手に入れる力と同時に、全てを滅ぼす人の身に余る邪悪な力。

 己が全てをも滅ぼす、破滅の力なり。

 邪神の力を得し悪しき王、強欲の心、貪欲の心へと歪む。

 人間の姿、時が経つにつれ醜く歪み始め、遂には異形の者――――魔人と化す。

 その姿、悪魔よりも醜く、人間としての意志も知性も、悪魔の神によって授けられし力によって壊される。

 悪しき王、愚かにも最後まで判らず人間の己を壊す。

 悪魔の神と取引せし愚かな王、己が家臣をも殺し、幾千幾万の自兵を殺し、その命全てを己の力とし取り込み続ける。

 醜き悪しき王の国、誰も居ない滅びし哀れな廃墟(はいきょ)と化す。己が築き、自らの手で滅ぼした国を廃墟とも気付かず、血に汚れし玉座に座る哀れな王なり。

 幻神獣の友である王達、人から化け物に堕ちた愚かなる悪しき王を倒すべく、幾千幾万の精鋭を引き()れ、世界とこの世に生きる全ての者達の為に立ち上がる。

 悪しき王の噂を聞き、幾数の種族の英雄集う。

 幻神獣フォルガイアルスの友である各地の王達、堕ちた悪しき王を打つべく、大連合を結成する。

 今こそ、幻神獣との約束を果たす為に、正義を掲げる。

 化け物に堕ちし悪しき王との死闘、世界を賭けし世界大戦、幾千幾万以上の勇敢なる戦士と魔導師の雄叫(おたけ)木霊(こだま)せし戦場、英雄達と共に世界の敵を倒す為、大地を響かし揺るがす運命の戦が幕を開ける。

 武力誇りし王は己が兵達と共に戦い、知略に長けし王は(つちか)いし知性であらゆる戦略巡らす。

 しかし、悪しき王に宿りし強大で(おぞ)ましき力、()ぎ払うが如く死を振り()き、(ことごと)く彼等の命を奪い続ける。

 悪しき王、歪みに歪んだ貪欲なる心、全てを欲する。

 その崩壊せし醜き意志、誰にも止められる者無し。

 悪しき王自身も止められぬ、暴走せし力。

 悪魔の神に授けられし力を行使する毎、世界を護ろうとせし勇敢なる命、滅ぼされ続けた。精鋭の魔導師であろうとも、英雄の魔導師であろうとも、暴走せし力の前にあらゆる魔法は無力と化す。

 荒れる戦場の最中(さなか)、大いなる大地、悪しき王に牙をむく。

 大地の牙に貫かれし悪しき王、苦しみ(もだ)える。

 その大地の牙は怒りなり。

 大地の怒りは幻神獣の怒りなり。

 大いなる大地を踏み締め、清き神聖にして偉大なる存在、血に染まりし戦場に現る。

 幻神獣の怒号、空を震わし、大地を震わし、世界を震わす。

 幻神獣の怒号に悪しき王は壊れし意志に恐怖を刻まれ、幻神獣の創られし大いなる浄化の聖域に苦しむ。

 幻神獣の怒号により震わされし心、希望を宿し、勇気を宿し、世界を護らんと闘志の咆哮を上げる英雄と兵達。

 神の力を(もっ)てして、幻神獣は堕ちた王を討ち滅ぼさんと立ち向かう。

 悪しき王は悪魔の神によって授けられし力を以て、幻神獣フォルガイアルスに抗う。

 しかし、悪しき王、幻神獣の力の足元に及ばず。

 己が力が遮られ、刃を己が身体に突き立てられ、正義の矢に己が身体を貫き続けられ、己が弱りし魔力は魔導師の魔法を防げず浴びる。

 悪しき王、どんなに兵達を英雄達を傷付けようと、幻神獣の癒しの力の前では無意味と化す。

 悪しき王、遂に膝を付く。幾千幾万もの刃で斬られ突き立てられ、幾万幾億もの矢を射られ、豪雨を浴びるが如くあらゆる魔法を浴びせられ、授かりし悍ましき魔力、底を尽きる。

 それでも尚、悪しき王の貪欲は止まらず。

 止まらぬ貪欲が、悪しき王を最後で最も愚かな行為へと導く。

 貪欲に突き動かされし王、再び禁忌を犯す。

 再び悪魔の神を降臨させ、更なる愚かな願いを叶えようと求める。


 世界の力を我が物に、と。


 悪魔の神、その願いを叶える為、世界の力を奪い、世界を崩壊へと導く。

 しかし、その願い、愚かな王の為にあらず。

 悪魔の神、与えし力を奪い取り、愚かな王を殺す。

 悪しき王、禁忌の願いを叶えし手順を間違えた。

 悪魔の神、愚かな王を嘲笑(あざわら)い告げる。


 願いを叶えたくば、生贄を用意せよ。

 無ければ貴様の命を貰い、与えし我が力、返して貰う。


 欲に刈られし悪しき王。禁忌を犯し、悪魔の神に願いという取引を愚行し、邪悪な力その身に宿し、その力に己が全てを歪められ、人間を辞め化け物へと成り果て、最後は悪魔の神に利用されし哀れな末路を迎えん。

 悪魔の神は(わら)う。

 我こそが、この世の支配者と言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべ。

 悪魔の神、己が欲する世界の力、奪い続ける。

 生命なる力奪われし世界は、崩壊をし続ける。

 しかし、その邪行、幻神獣は許す事無かれ。

 世界を崩壊へ導く悪しき神に、牙をむく。

 友である王達、人の領域を超えし英雄達、幾千幾万の兵達、大いなる戦いの邪魔にならぬよう撤退をする。

 友である王達、その戦いを見守る事しか出来ず、悔やむ思い抱く。

 悪魔の神、世界の力の一部を取り込み、幻神獣を滅ぼすべく強大なる力を振るう。

 幻神獣フォルガイアルス、世界の力の一部を取り込みし悪魔の神に劣らず。

 悪魔の神、動揺をする。一部であるが世界の力、その力を以てしても幻神獣に敵わず。

 困惑せし悪魔の神、世界の力の一部を取り込むも、偉大なる大地の化神を超えられず。

 ――――愚問なり。

 偉大なる幻神獣、世界を護りし大地の化神なり。

 偉大なる大地の化神、世界を癒す大いなる救世の恵みなり。

 世界を創造せし神々によって生まれし神聖にして偉大なる獣、世界を支えしもう1つの世界の力なり。

 世界と共に生まれし神の獣。世界と共に生き、世界と共に全てを見守る、もう1つの世界の意志なり。

 悪魔の神、偉大で強大なる世界そのものを敵に回し、己が欲望は叶わず。

 幻神獣フォルガイアルス、己が宿りし太陽の権能の力を以て終止符を打つ。

 悪魔の神、神聖にして偉大な太陽により全てを焼かれ、浄化の力に苦しみ、己が全て、灰すら残さん。

 悪魔の神、遂に死という終焉を迎えん。

 神と神の戦いは、勝利により終わりを迎える。〟


「ほう! 太陽の権能か! それに邪神(サタン)と死闘とは! いやはや、久方振りに良い書物(もの)に出会えたものじゃ」

 ページを捲る毎に描かれている幻神獣の姿やその内容に、エルガルムはまるで子供に戻ったかの様なワクワク感が蘇る。まるで御伽噺という絵本を読んでいるかの様だった。

 この神話は、御伽噺としてでも後世に伝えるべきだ、とエルガルムは思う。

 そして、次のページにより、エルガルムの立てた仮説、可能性、予想が完全な確信へと変わるのだった。


〝しかし、悪魔の神、死して(なお)、己が残した崩壊の力、世界を蝕み進行する。

 悪魔の神を倒し、勝利を掴みし歓喜する全ての者、絶望に満ちる。

 全ての恵み枯れ果て、恵みの大地は死の大地へ、大地は揺れ、世界が裂け、あらゆる全て崩壊へと進む。

 幾多の種族の国王、英雄、幾千幾万の勇敢な兵、心を絶望に満ち溢れん。

 しかして、幻神獣フォルガイアルスのみ、絶望を抱かず。

 幻神獣は、己が聖域へと歩み進む。

 全ての者、絶望の色あらず瞳の幻神獣に希望を抱き、共に向かう。

 幻神獣の聖域、崩壊せし世界の中、安全なる領域なり。

 幻神獣フォルガイアルス、幾数の種族の友である王達に、英雄達に、幾千幾万の兵達に、救済と悲しき運命を告げる。


 我、世界の崩壊を止め、世界を癒し再生させる。これより、我が全てを世界に捧げ、世界を救済する。


 友である王達、幻神獣の(げん)に秘められし神獣の運命、理解する。

 己が全てを捧げる、それは己が命を捧げる意味なり。

 (すなわ)ち、世界を救済する為、犠牲という悲しき運命を自ら受け入れる事なり。

 幻神獣の友、国王達は悲しみ満ちた涙、聖域に流し落とす。

 幾数の種族の英雄、幻神獣の悲しき運命に涙流す。

 幾千幾万の勇敢なる兵達、偉大なる幻神獣の最後、涙し見届ける。

 幻神獣フォルガイアルス、聖域に集う全ての者達に、遥かなる未来を告げる。


 我、世界の(いしずえ)に成ろうとも、幾千幾万の時を経て、我が命、幼き姿で再誕するだろう。だが、我が意志は、神々の御許(みもと)へ行くなり。悲しむ事なかれ、我はこの時の為に存在する者なり。我、世界を愛し、汝らを愛す者。(ゆえ)に我が全てを以て、汝らと世界を救済する。


 幻神獣、王達から捧げられし九つの宝玉―――己が力を宿した天地の守護宝珠と、己が全てを世界に捧げ、崩壊せし世界、恵み豊かな大地へと復活する。

 世界恵みに満ちる時、大地の化神、大いなる大地へと還る。

 役目を終えし九つの宝玉は砕け散り、幻神獣と共に大地へ還る。

 幻神獣の聖域、世界の恵みの一部となり、共に消え去る。

 神秘の巨大樹、世界に祝福を残し、枝も木の葉も残さず、光となり消える。

 世界は偉大なる犠牲により、平和が訪れる。

 我等、偉大なる幻神獣フォルガイアルスの帰還、幾千幾万の子孫達に伝え託す。

 世界を愛し、我等を愛した偉大なる大地の化神――――フォルガイアルス様に敬意と感謝を。〟


「再誕……!」

 仮説と可能性と予想は、完全な確信へと姿を変えた。

「そうか……そうなのか!」

 エルガルムの興奮する声は図書館中に響き渡る。

「幾万幾千の時を経て、今年がその再誕の時だったのか…!!」

 未知の謎を解き明かし、頭の中がスッキリする以上に目が冴えていく様だった。

「待てよ……これに似た書物を持っていた様な…」

 其処からエルガルムは、関連していた様な書物を有していた事を思い出す。

 ならばもう此処に用は無い。

 エルガルムは勢い良く立ち上がり、洋卓(テーブル)に置いた神話の歴史書を手にし、そのまま持ち出し図書館からさっさと出て行こうとした。

「済まないシャラナよ。もう暫しの間、待っていてくれ」

 そして自分の隠れ家に早速行く為、転移魔法を行使した。

「〈長距離転移グレーター・テレポート〉!」


 こうしてエルガルムは1週間の間、王都アラムディスト内の何処かに造った隠れ家に(こも)る様に、保管している大量の書物を久方振りに漁り尽くした。

 その後、魔導学院から持ち出した神話の歴史書以外に幻神獣関連の書物が無い事を確認し、再び転移魔法で、最後に向かう目的の場所――――王城へと転移するのだった。


 確信を確定にする為に。

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