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様々な訪問者7-4

 美しかった。


 余りにも美しかった。


 青よりも薄い水色の輝く(つや)やかで綺麗な髪は腰にまで真っ直ぐ流れ落ち、髪が揺れる度に水色の(きら)めきが何度も光り輝く。美しく整った綺麗な顔は温和で優しい母性に満ち溢れんばかりの、全てを優しく包み込む様な慈愛が満ち溢れていた。瞳は青く輝く蒼玉(サファイア)彷彿(ほうふつ)させる、美しく綺麗な輝きと慈愛を宿していた。

 純白を基調とした祭服は、まるで上等なドレスと言える程の美しい純白な衣服で彼女を包み、美しくも綺麗な彼女を更に美しく際立たせていた。だが、決して派手ではないドレスの様な清楚(せいそ)の祭服ではあるが、それがより更に彼女の品の良さを際立たせていた。そして、全ての男が必ず視線を動かすであろう豊かな胸が突き出ていた。その豊かな胸は、セルシキアよりも魅力的な大きさだった。

 岩石の魔獣は呆然と立ち尽くすかの様に、屋敷へと向かって歩く彼女の姿に見惚(みと)れ、美しく整った綺麗な顔を、1歩1歩歩く度に揺れる(つや)やかで綺麗な水色の長い髪を、ドレスの様な純白を基調とした祭服を身に(まと)った姿を、温和で優しい青く輝く慈愛に満ちた瞳を、ただ、ジッと見詰め続けていた。


 教皇猊下と呼ばれている美しくも綺麗な彼女を、教皇以外で呼ぶならたった1つだ。


 ――――聖女。


 いや、教皇猊下と呼ばれ、国王と同じ地位を持つ彼女の場合はこう呼ぶべきだろう。


 ――――聖王女、と。


 ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇がフォルレス侯爵家に仕える侍女(メイド)の案内に従う様に後を付いて行き、門から屋敷までの綺麗に整えられた長い石畳の道を歩き続け、(ようや)く屋敷前に到着した。

 ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇は、そのまま屋敷前に立って居たある人物に向かって歩き進む。

 屋敷前に立つ者達の中から1人、ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇に向かって小走りしながら近付く。

「シャラナ、御久し振りですね。会いたかったわ」

 ソフィア教皇はその美しく整った綺麗な顔で、輝く微笑みを浮かべ、シャラナを包み込む様に優しく、そして少し強く抱き締める。

「私も会いたかったです! ソフィア様!」

 シャラナも嬉しさの余りに満面の笑みを浮かべながらソフィア教皇に抱き付き、顔を彼女の豊かな胸に(うず)めるのだった。

 その2人の光景は、まるで仲の良い姉妹の様な、()しくは仲睦まじい母娘(おやこ)の様な微笑ましい様子だった。

「賢者様との修行の旅は如何(どう)でしたか?」

「はい! とても有意義な修行の旅でした!」

「それは良かったわ。旅立つ前と比べて、随分立派に為りましたね」

「いえ、未だ未だ魔導師としての腕は未熟です」

「たとえそうでも、立派に成長しているのは間違い無いですよ」

 そんな2人の楽しそうな会話に、レウディンはソフィア教皇に近付き、一礼をしながら挨拶を交わした。

「御久し振りで御座います、ソフィア教皇猊下」

「久しいですね、レウディン侯」

 ソフィア教皇は視線を腕の中に居るシャラナからレウディンへと動かし、柔らかな微笑みを崩さずに挨拶を交わす。そして、少し困った様な表情を綺麗な笑みに浮かべた。

「公式の場でもないですから、教皇猊下なんて堅苦しく呼ばなくても良いのですよ」

「あぁ…いや、申し訳ない。まさか、ソフィア様が急に此方(こちら)に御出でになるものでしたので」

 レウディンは頭を下げ謝罪をした。

「ソフィア様、御久し振りです」

 夫に続く様にフィレーネもソフィア教皇に近付き、一礼をしながら挨拶を交わす。

「御久し振りです。フィレーネ夫人」

 ソフィア教皇もフィレーネに微笑みを向けながら挨拶を交わした。

「ソフィア教皇猊下」

「あら? セルシキア。貴女(あなた)も此方に来ていたのね」

 ソフィア教皇は少し驚いた様な表情を浮かべ、セルシキアはソフィア教皇に近付いた。

「今日はいったい如何なされた? 教皇の身でありながら、護衛も付けずにたった1人で此処に来るのは猊下にしては余りにも珍しい。1人で此処に来る程の何かがあったのか?」

 セルシキアはソフィア教皇を除くこの場に居る全員の疑問を代弁し、何故(なぜ)1人で此処に来たのかをソフィア教皇に質問した。

 ソフィア教皇は腕の中に居るシャラナを解放し、此処に来た目的を告げ始めた。

此方(こちら)に来た理由は、最初は修行の旅から帰って来たシャラナに会いに行くのが目的だったのですれど、大神殿の礼拝堂を出る直前に、ある大いなる存在を感じ取り、その気配が在る方に向かって行った先が此方だったのです」

「大いなる存在?」

 セルシキアは彼女の言う〝大いなる存在〟について疑問と興味、少しながら警戒の意思が内に浮かび上がってきた。

 セルシキアだけでなく、他の面々も疑問と興味が浮かんでいた。

「えぇ。今まで感じた事が無い……そう、まるで大自然を体現するかの様な。不思議と安らぐ、穏やかで、暖かく、満ち溢れる神聖な生命力を感じ取ったのです」

 ソフィア教皇は自分が感じ取った気配を、ありのまま感じた事を彼等に伝えた。

「ん? ソフィア教皇猊下……さっきある気配が在る方へ向かった先が此処だと言いましたか?」

「えぇ。そして此処の敷地内に入った瞬間、その大いなる命の恵みの気配を強く感じます」

 ソフィア教皇の言葉を聞いたセルシキアは―――いや、その言葉を聞いた全員が身体に電流が(はし)る様に、思い当たる存在を頭の中に鮮明に浮かんだ。

「ま……まさか…」

 セルシキアは思わず呟く。

 ソフィア教皇がこの敷地内に入った瞬間にその存在の気配を強く感じ取れるという内容から、今この場に居る全員ではない者。流石にフォルレス侯爵家に仕える騎士達や使用人ではないのは直ぐに判る。

 シャラナは神聖系統魔法を使えるが、もし彼女がその気配の正体だったとしても、此処にやって来るのは今更である。

 レウディンやフィレーネは魔導師として一流ではあるが、候補から外れる。

 勿論、電気系統魔法を扱えるセルシキアも、その候補から外れる。

 そして最後に残されたたった()()、その候補がこの敷地内に居た。

 まさか……。

 あの子が……?

 まさか、そんな事が……。

 しかし、他に考えられない。

 ソフィア教皇を除く、その場に居る全員が頭の中で鮮明に浮かんだ存在を、其々の思考でその可能性の高低を心の中で呟き続けた。

「やっぱり、あの子しか考えられない…」

 ぽつりと呟いたシャラナの言葉に反応したソフィア教皇は、今も感じている強い神聖な気配に確信を得て、知っているであろうシャラナに問い掛けた。

「やはり、此処に居るのですね」

「…はい。もしかしたらですけど……先生が連れて来た子がその可能性があるかと…」

「賢者エルガルム様が連れて来た子?」

 ソフィア教皇は、シャラナが賢者エルガルムと共に魔導師の修行の旅から帰って来た事は大神殿に所属する神官から聞いたが、賢者エルガルムが何かをこの王都に連れて来た事は聞かされていなかった。

 初めて聞いた情報に、ソフィア教皇は疑問符を浮かべた。

 そして、視線を全員の顔を見渡す様に動かし、ライファを除く少し困った様な表情を1人1人(うかが)う。

 視線を動かしている途中、遠くに此方の様子を観ている存在がソフィア教皇の視界に少しぼんやりと映り、通り過ぎた視線を映った遠くに居る存在に焦点を戻した。

「……!」


 ソフィア教皇は遂に――――それを目にした。


 大自然の如き神聖な気配を放つ存在、大いなる命の恵みの存在を。


 ソフィア教皇を遠くからジッと様子を見ているその存在は、岩だった。人の姿にある程度近い、岩石で構成された人型の岩石の動像(ストーンゴーレム)に酷似した存在だった。遠くに居る為、遠近法で小さく見えるが、人の倍以上の大きさである事が遠くからでも判る。顔はこの世界の最強種である(ドラゴン)に酷似した骨格をしていた。

 白色に近い灰色の大きな岩石の身体に、太く大きな岩石の腕と脚、人を簡単に握り包み込める大きな岩石の(てのひら)、そして大きな岩石の背にはとても小さな草原が生い茂り、左肩付近に1輪だけ白く綺麗な花が咲いていた。

 彼女は歩き出した。

 遠くで此方をジッと見詰めている存在に向かって。

 驚愕、歓喜、感嘆の言葉すら発さず。

 ただ、歩む。

 無意識に歩む。

 まるで、彼女が信仰する神々が彼女の手を引いている様な。

 若しくは、神々が彼女の背中を優しく押している様な。


 ――――導き。


 ソフィア教皇は神々に導かれているかの様に、会うべくして会う存在へと向かい、大いなる命の恵みに歩み近付いて行った。

 彼女以外の全員も、何も言葉を口にしようとしなかった。

 全員がただ、ソフィア教皇が岩石の魔獣へと歩み近付くその光景を黙って見ていた。

 岩石の魔獣は近付いて来るソフィア教皇を、今もジッと真っ直ぐ見詰め続けていた。


 遂に、ソフィア教皇は岩石の魔獣の下へと辿り着いた。


(…………ん? えっ!? えっ!? 何時(いつ)()に目の前に!?)

 漸く岩石の魔獣はふわふわと浮いていた我を取り戻し、目の前にやって来た教皇に驚愕する。

(わっ、わわわっ! 近い近い!)

 岩石の魔獣は聖女と言うに相応しい絶世の美女を前にして恥ずかしがる。

 そんな彼女の美貌を見て、見惚れ恥ずかしがらない世の男性は居る筈もない。遠くから見るのなら問題は無いが、彼女から近付かれれば、男性の誰もがつい恥ずかしがるだろう。

 岩石の魔獣も元は男の人間である。目の前の彼女に見惚れ恥ずかしがるのは当然だった。

(なに!? なになに!?)

 岩石の魔獣の思考は回らなかった。

 何故、教皇が此処にやって来たのか、此処の人達は彼女と知り合いなのか、近付いて来た彼女は何故この人外の姿を恐れないのか、まさか自分が原因で此処に来たのかと、そんな事を考える余裕など無く、岩石の魔獣は硬直し頭の中は困惑で渦巻く。

 ソフィア教皇は、晴天の空の様に青く輝く蒼玉(サファイア)の様な岩石の魔獣の大きな瞳を見詰めながら、ゆっくりと右手を岩石の魔獣の顔に伸ばした。

 岩石の魔獣は彼女の美しく整った綺麗な顔から此方に伸ばし、ゆっくり近付いて来る綺麗な右手に視線を移した。そしてその綺麗な右手にも見惚れてしまった。

 決して小さくはないが指は女性ながらの細さ。しかし、それが品のある女性の綺麗な手という芸術品の様な美しさを際立たせていた。

 その綺麗な右手は、岩石の魔獣の顔の左頬に触れる。前屈(まえかが)みの身体の構成だった為、顔の位置は低く、彼女の右手は岩石の魔獣の顔に難無く届く事が出来た。

 そして、ソフィア教皇は目を閉じ、直接岩石の身体をした存在の気配と秘められた力を覗き込んだ。


 その瞬間、彼女の頭の中に膨大かつ壮大で、岩石の魔獣に秘められた正体の一部を幻視するかの様なイメージが一気に流れ込んだ。


(こ、これは……!)

 目を閉じている筈のソフィア教皇は、周りには都市や村も、あらゆる人工物が無い美しく色鮮やかな緑が何処(どこ)までも広がる何処かの大草原が閉じた視界に映し出されていた。

 閉じた瞳に映る幻想の大草原を見渡そうと、ソフィア教皇は後ろを向いた。

 彼女は閉じている目――――脳裏に流れ込んだ幻想の世界で目を見開いた。

 それは巨大だった。

 余りにも巨大だった。

 ソフィア教皇は一瞬、山を見たと錯覚した。

 だが、それは山などではなかった。

 ()()()()()()()()()()()

 生きた山だった。

 幻想の大草原に(そび)鎮座(ちんざ)する山の様な巨体の存在が、ソフィアを青く輝く巨大な瞳で見下ろしていた。

 その存在の巨大な背には、この幻想の大草原に比べれば遥かに小さいが、それでも小さな人から見れば充分に広大な草原が色鮮やかに生い茂っていた。

 中でも一番に目を惹くのは、その巨大な背からその巨体に見合う巨大で立派で威容のある神秘的な樹木だ。太く立派な樹木を生やし、太く立派な幹から幾百幾千もの枝から無数の色鮮やかな緑の木の葉を付け、己の一部として背負っているその姿は、まるで神話に登場する神の化身と言われる巨大な神聖なる獣と思わせる威容だった。

 彼女はその存在の姿形、気配、秘めたる力、それ等を見て感じ取り――――確信を得た。


 ソフィア教皇は幻想の大草原から現実へと、目を開いた。

 少しの間だけ目を閉じていた筈だが、少しの長い時間、幻想の大草原に居た感覚が、(なが)い時間目を閉じていたと感じてしまっていた。彼女の見た幻想の光景の時間が、一瞬の時間という現実に凝縮されたかのようだった。

 ソフィア教皇は再び岩石の魔獣を見て、確信の言葉を口にした。

「……間違い無いわ。この子です」

 岩石の魔獣に秘められている大いなる神聖な力を―――。

(え? 間違い無いって……何が?)

 岩石の魔獣は彼女の確信の言葉が理解出来ず、未だ困惑する。

「この子が〝大いなる生命(いのち)の恵みを司し神聖なる存在(もの)〟です」

 ソフィア教皇の歓喜の色が混じった言葉に、岩石の魔獣を含めた全員が驚愕の表情を顕にした。そしてセルシキア以外は内心、納得をしてしまった。岩石の魔獣は訳が分からず驚愕の表情のままポカンとしていた。

(………へ? 大いなる生命(いのち)の恵み? 神聖なる存在?)

 岩石の魔獣は何が何だか分からない状態だった。

〝大いなる命の恵みを司る神聖なる存在〟。

 最初にその恵みの力を見たシャラナだけでなく、レウディンとフィレーネもつい最近その力を目の当たりにした。更には魔獣ではないが、妖精獣か精霊獣かもしれない未知の存在ではないかと賢者エルガルムの仮説にも、ソフィア教皇の言葉で納得が出来てしまう。

「神聖なる存在だと!?」

 ソフィア教皇の口にした事実を受け入れ切れなかったセルシキアは、困惑混じりの驚愕を発する。

 それは無理もない。セルシキアは岩石の魔獣のある特殊技能(スキル)を未だ実際に見ても聞いてもいない為、ソフィア教皇が岩石の魔獣の事を〝大いなる命の恵みを司る神聖なる存在〟と呼ぶ事に意味が理解出来なかったのだ。

 しかし、1つだけは理解し納得してしまう事実はあった。

 その岩石の身体をした人外は、魔獣ではないという事に。

生命(いのち)の恵みを司しと言ったが、其奴(そいつ)にそんな力があるのか!?」

 そんな彼女の驚愕の色が含む疑問に対し、レウディンが嬉し顔で口を開いた。

「そうだ! その事についてセルシキア殿には未だ教えてない事があってな」

 命の恵みを司るという意味を理解出来ていないセルシキアに、その意味を理解しているレウディンが、未だ岩石の魔獣について教えていない1つの事実を話し出す。

「取り敢えず、今は仮称で岩石の魔獣と呼んではいる。その岩石の魔獣はな、上位(クラス)の自然系統魔法の様な特殊技能(スキル)を有しているんだ。しかも、その効力は想像を超えたものだ」

(ああ! 大いなる命の恵みって、僕の特殊技能(スキル)〈栄養素譲渡〉の事か!)

 岩石の魔獣は〝大いなる命の恵みを司る〟意味を自分なりに理解し納得をした。

 だが、〝神聖なる存在〟とはいったい如何いう事なのかはさっぱり分からなかった。

「何!? そんな特殊技能(スキル)を持っているのか!?」

 レウディンの説明を聴き、セルシキアは半信半疑ではあったが驚愕した。

「そんな特殊技能(スキル)……聞いた事が無いぞ!」

(…やっぱりこの〈栄養素譲渡〉ってかなり珍しい部類の特殊技能(スキル)なのかなぁ)

 セルシキアの信じられないと言わんばかりの驚愕の言葉を聞き、岩石の魔獣は自分の有するお気に入りの特殊技能(スキル)の価値観に対し考察する。

「論より証拠だ、実際に見れば必ず納得出来るさ。ライファ」

「畏まりました。直ぐに御持ち致します」

 ライファはレウディン命令を受け、屋敷へ入り、また以前の様に植木鉢を持って戻って来た。

「それは?」

「この植木鉢には種を植えてある。ライファ、種は以前のと同じやつか?」

「はい。以前と同じ、月光花の種です」

 その時、セルシキアは月光花の種と聞き、今から何をするのかを瞬時に理解した。そして同時に、そんな事が可能なのかと疑ってしまう。

「月光花の種を咲かせるのか!?」

「察しが早いな。セルシキア殿。だが未だ、信じられないという顔の様だが」

 セルシキアが信じられず、月光花を咲かせられる事に疑ってしまうのは当然の理由があった。

 月光花は本来、魔素溜まりの森林地帯に群生する魔素を溜め込んだ花で、大地から成長に必要な栄養分を取り込み成長する普通の花とは違い、大気や大地などに漂い存在する魔素も取り込み成長する花であるのだ。

 決して魔素溜まりの場所でなければ育たないという訳ではないが、魔素が非常に薄い場所では成長するのに充分な魔素を取り込めない為、成長し花が咲くにはかなりの時間を要するのだ。

 そんな常識を(くつがえ)せる力を岩石の魔獣が有している事に、セルシキアには信じられなかった。

 レウディンはライファから植木鉢を受け取り、岩石の魔獣の元へと歩き近付いて行った。

(ん? その植木鉢って、もしかして…)

 岩石の魔獣は彼の持つ植木鉢を見て、この後、彼に何を頼まれるのかを察した。

「済まない。前と同じ頼みだが、もう一度咲かせてくれないか」

 レウディンは岩石の魔獣に御願いをした。

(やっぱりか。良いよー)

 岩石の魔獣はレウディンの御願いを聞き、コクリと頷き了承の意を示した。

 頷いた後、レウディンの持つ植木鉢に大きな岩石の右手を(かざ)し、恵みの力を発動させた。

特殊技能(スキル)〈栄養素譲渡〉)

 特殊技能(スキル)の発動と同時に岩石の魔獣の身体が明るい薄緑色の優しい光を発し、それに続く様に植木鉢が岩石の魔獣から光が注ぎ込まれていく様に――――いや、実際に注ぎ込まれ、植木鉢も岩石の魔獣と同じ様に明るい薄緑色の優しい光に包まれた。

 そんな光景を初めて見たセルシキアとソフィア教皇は目を見張る様な視線で、最初は岩石の魔獣に視線を向け、その次に植木鉢へと視線を動かした。

 そして、植木鉢の中に敷き詰められた土の表面に、小さな芽がヒョコッと顔を出した。そのまま一気に小さな芽は背を伸ばしながら自然では有り得ない速さで生長し、背を充分に伸ばした小さかった芽は小さな花の(つぼみ)を作り、小さな蕾は膨らみ大きな花の蕾へと生長し、遂に白い蕾が花弁を開き、見事に綺麗な白い花弁に青い線が模様を作り出している特長の月光花が1輪、咲いたのだった。

 岩石の魔獣が起こした神秘的な光景に2人は瞠目(どうもく)し、ソフィア教皇は感嘆の声を上げ、セルシキアは驚愕の声を上げた。

「まぁ! 何て神秘的な力! これは間違い無く、恵みを司りし者の証です!」

「そんな…月光花があっという間に…! ……これは奇跡の御業(みわざ)か!?」

 ソフィア教皇は神聖なる存在との出会いに歓喜の表情を表し、セルシキアは神聖なる存在の神秘の力に驚愕の表情を表した。

「そうだろう、セルシキア殿! まさに、奇跡の恵みと言って良い特殊技能(スキル)だ!」

 レウディンは岩石の魔獣の岩肌をペシペシと叩きながら自慢げに言う。

「しかし、岩石の魔獣が神聖なる存在だとは流石に驚いたよ」

「ソフィア様。この子の正体はいったいどの様な存在なのか分かりますか?」

 フィレーネの質問にソフィア教皇は顔を横に振る。

「詳しい事までは分かりません。ですが、この子は間違い無く魔獣ではありません。妖精獣や精霊獣よりも、そして妖精や精霊を統べる最高位の精霊に匹敵する存在なのは確かです。最高位の神聖精霊でも、これ程迄の神聖な力を宿す存在はそう居りません」

 ソフィア教皇は再び、岩石の魔獣の頬に触れた。

「何よりも、こんなにも優しく穏やかで、とても暖かく、不思議と心が落ち着くこの感じ…。まるで豊かで清らかな大自然に身を置いているかの様で、近くに居るだけで心がとても安らぎます」

(恥ずかしい…。凄い恥ずかしい…。物凄い美人の顔を此方(こっち)向けながらそう言われるの、凄く恥ずかしい!)

 岩石の魔獣は恥ずかしいのにも関わらず、彼女の美しく整った綺麗な顔から視線を逸らそうとするが、何故か逸らす事が出来ず、視線が勝手に目の前の彼女の顔に引き寄せられ、今もジッと互いを見詰め合う様な状態になっていた。

 もし、岩石の魔獣が元の人間だったら、恥ずかしさで顔を真っ赤に為っているに違いないだろう。

「そうなのよ。この子からは全く危険性を感じないし、見てると不思議と安心してしまうのよねぇ」

「何より、この子は未だ生まれて1ヶ月も経っていない赤子らしいです」

「まぁ! 未だ生まれて間もない赤子なのですか!?」

 ソフィア教皇の知らない岩石の魔獣の事実をシャラナから聞き、彼女はシャラナの方へ顔を向け、目を丸くした。

「如何やってこの子が赤子だと判ったのですか?」

「この子、人の言葉をちゃんと理解していて、文字も書く事が出来るので、訊きたい事の答えを紙に書いて教えてくれるんです」

「そうなのですか! とても頭の良い子なのですね!」

(う~ん…。確かに生まれて間もないけど、中身は前世の青年男性なんだけどなぁ…)

 ソフィア教皇に頭の良さを褒められ、嬉しいといえば嬉しいが、実際、前世では可も無く不可も無く、その境界線(ライン)よりは若干上の方だが、彼女の褒め言葉を正直に受け止められない複雑な思いが浮かび、何ともいえない感情がジワリと心の中から(にじ)み出るのだった。

「この出会いは、決して偶然とは思えません」

(え?)

 ソフィア教皇のある言葉に、岩石の魔獣は反応した。

「この子との出会いは、運命であると私は思います」

 彼女のその言葉に、岩石の魔獣は強く共感をした。

(確かに……僕も皆との出会いが、不思議と偶然とは思えないな)


 前世では人間だった白石大地が、人外の存在である岩石の魔獣としてこの異世界に転生して未だ1ヶ月も経ってはいないが、今まで遭遇(そうぐう)し出会い、それなりに関わりのある人達は皆()い人達だ。しかし、その善い人達の中には一般人には中々関わる事が出来ない人物達が居た。

 賢者エルガルム・ボーダム。偶然遭遇し出会った時から王都アラムディストに入来し、フォルレス侯爵家の所で話を聞く迄は、彼を賢者とは知らなかった。こんな大物と言える人物には滅多に会えるものではない。

 シャラナ・コルナ・フォルレスもそうだ。賢者エルガルムと同じく同時に出会い、人外である岩石の魔獣と一緒に旅をする事など中々出来るものではない。殆どは賢者エルガルムの御蔭で一緒に旅をし、王都にまで入る事が出来たのだが。

 そしてシャラナの両親、レウディン・レウル・フォルレス侯爵とフィレーネ・ルウナ・フォルレス侯爵夫人という現在の貴族の中では由緒正しき有力貴族との繋がりを、娘のシャラナの御蔭で結ぶ事が出来たと言えるだろう。

 今日、未だ初めて出会ったばかりの2人の女性はよく知らないが、何方(どちら)もそう簡単に御目に掛かれない貴族とはまた違った、特別な地位を持った人物だ。

 セルシキア・ケイナ・サイフォン。彼女は騎士としては異例とも言える高い地位を持つ、ラウツファンディル王国全ての騎士達の頂点に立つ者、王国騎士団長だ。一般の騎士になら会う事は然程(さほど)難しくは無いが、騎士団長となるとそうそう会えるものではない。

 そして、ラウツファンディル王国の国王と同等の地位を持ち、賢者エルガルムと同等と言えるであろう滅多に御目に掛かれない人物。

 ソフィア・ファルン・シェルミナス。教皇という聖職者としての最高位の権力を有し、高位の神聖系統魔法を扱える一流の魔導師としても名高い実力者でもある。何より、彼女は岩石の魔獣の神聖な気配を感じ取り、その気配を辿り、偶然とは思えない出会いをし、岩石の魔獣の秘められている力をも感じ取ったのだ。

 岩石の魔獣は彼等との出会いが、如何しても偶然とは思えなかった。

 偶然にしては余りにも出来過ぎている。

 特に、今日初めて出会った女性、ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇がそうだ。

 彼女に限らず、地位の高い人物ばかり出会っている気がしてならなかった。

 ただ地位が高いだけではない。

 フォルレス家は現在の貴族達の中では由緒正しく、国王から信頼されている数少ない善き有力貴族の家系だ。

 セルシキアは騎士団長という騎士の頂点に立つ者。

 ソフィアは教皇という国王と同等の地位を持つ最高位聖職者だ。

(……なんか、僕ってとんでもない人達ばかり会っている気がするんだけど……)

 偶然とは思えない出来過ぎた出会いに、岩石の魔獣は今迄の偶然に疑問を感じていた。

 だが、その疑問に対する答えは、誰にも分からない。偶然というひょっこり現れた雲を何度も掴もうとしても、決してその中に要因という答えが存在しない空虚を掴む事と同じ様なものだから。

 岩石の魔獣は、この疑問を頭の隅に仕舞って置く事にした。


「私も、この出会いは偶然ではないと思っています」

 岩石の魔獣と同じく、レウディンもソフィア教皇の言葉に共感をしたという同意の言葉が出た。だが、その理由は岩石の魔獣とは違った意味での言葉だった。

「セルシキア殿。彼の特殊技能(スキル)を見て解っただろうが、月光花すら僅かな時間で咲かせられる特別な特殊技能(スキル)を持っている。この力は希望と言って良い! この力が有れば、あの問題を必ず解決出来る!」

「あの問題……そうか! この力があれば!」

 レウディンの話を聴き、あの問題という言葉から直ぐに理解し、そして、先程の岩石の魔獣の特殊技能(スキル)を思い返し、察した。

「そうさ! デベルンス家が所有している領地内の村落だ! 奴等の問題解決後に控えた飢饉問題を、彼の特殊技能(スキル)で解決出来ると私は考えている!」

(出たっ! デベルンス!)

 レウディンの会話内容に、岩石の魔獣は顔を彼の方へと向けた。

 デベルンスと言う家名が出てくれば、そこには問題が発生していると国に住む誰もが直ぐに解釈出来てしまう。悪い意味で。

「奴の不法不正の証拠は充分という程に集まった。後はデベルンス家と加担した者全員を処断すれば、殆ど解決したと言って良い。だが、問題は食糧枯渇だ。奴が所有している領内の村は農作物の生産量が著しく低下してしまっている。更には魔物による被害は村民に限らず作物にも及んでいる。奴の不当徴税による搾取も各村落の飢饉をより悪化させた。その中で最優先に食糧枯渇を如何にかしなければ、納税を国に納める以前に、村民達が作物を一定標準量を作る事も、食事すら出来ずに餓死してしまう。―――そこでだ!」

 レウディンは一拍置いてから、岩石の魔獣の方へ真剣さのある顔に笑みを浮かべた表情を向け、話を続けた。

「彼の(スキル)で、飢饉に見舞われている全ての村の農作物を大量に実らせ、充分な――――いや、それ以上の食糧を確保する事を考えている!」

 おお! と、その場に居る全員が感嘆の声が上がった。

「なるほど! それなら………いや、待てよ、月光花は咲かせる事は出来たが、農作物にも有効なのか?」

 セルシキアは岩石の魔獣の特殊技能(スキル)の詳細が殆ど分からない為、花は咲かせられるが農作物は出来るのか如何か、疑問を口にした。

「む……確かに」

「それなら出来ますよ。御父様」

「本当か、シャラナ!」

「はい。王都に戻る途中で、マナルディマッシュを大量に増やした事があって」

「マナルディマッシュをもか!」

 レウディンは愛娘の言葉を聞き、胸中に希望を湧かせた。

「じゃぁ念の為、この子に訊いてみます」

 シャラナは岩石の魔獣に歩み寄り、質問を投げ掛けた。

「ねぇ、貴方の(スキル)で農作物って育てられる?」

 シャラナの質問を聞いた岩石の魔獣は、真っ白な紙を乗せたボードとマジックアイテムの羽根洋筆(ペン)を手に持ち、質問に対する答えを紙に書き(つづ)った。


〝出来るよ。前にフォラール村で農作物を大量に実らせた事があるよ。〟


 岩石の魔獣が書き綴った文字を見て、レウディンは歓喜の声を上げた。

「良し! これで全ての準備が整った! 後は奴の処断のみだ!」

 この場に居る全員の表情は歓喜に満ちていた。

 だが、岩石の魔獣だけは浮かない顔をしていた。

 その理由は1つ。

ダダボラン(そいつ)の所為で、領土内に住んでる村の人達は今、大丈夫かな…? 飢饉とか食糧枯渇って言ってたし、早く何とかしないと餓死者が出るのは間違い無いよね…)

 心配だった。

 デベルンス家という悪徳貴族によって作った数少ない農作物を過剰に持って行かれ、何時からそんな苦しい思いをしているのだろうと。

 岩石の魔獣はそんな心配の思いを紙に書き綴り、レウディンの袖を摘んで引っ張り、書き綴った文字を見せる。


〝今、村の人達は大丈夫かなぁ? 早く其奴を何とかしないと飢え死にする人が出てきちゃうんじゃ。〟


 全員が岩石の魔獣の書き綴った文字を見て、驚きの表情を表した。

 直ぐに岩石の魔獣は書き綴った文字を〝試し書きの羽根洋筆(ペン)〟でサッと消して、新たに伝えたい事を紙に書き綴り、己の思いを伝えた。


〝僕も協力するよ。農作物を大量に作るのは任せて。僕もその村の皆を救いたいし。〟


 その書き綴られた文字を見て、感心――――いや、感動の綺麗な声を上げた者が1人。

「まぁ、何て慈悲深く、優しい子なんでしょう」

 感動に満ちた綺麗な声を上げたのは、ソフィア教皇だった。

「飢えに苦しむ無辜(むこ)の民達を救う為、恵みを与えんとする優しき心、未だ赤子でありながら、己の使命を全うしようとするその善なる意志。本当に何て立派で優しい子でしょう」

 尊敬を宿した瞳で、ソフィア教皇は岩石の魔獣に真っ直ぐ視線を向けるのだった。

(ん~……。そんな目で見られると、やっぱ恥ずかしい…)

 美しく整った綺麗な顔を向け、尊敬を宿し、(きら)めく綺麗な瞳で視線を送られ、視線を逸らす事が出来ずにいた岩石の魔獣は心が落ち着かなかった。

「本当に彼と出会えたのは奇跡としか言いようが無い。もしかしたら、彼は神からの使いなのかもしれないな」

(神からの使いか…。フォラール村の時は、恵みの使いって呼ばれてたなぁ)

 新しい2つ名を付けられ、以前に付けられた2つ名で呼ばれていた時を思い返した。

「あら、もしそうだったら、豊穣の女神の使いと呼ぶべきじゃない? 貴方」

(恵みの使いと女神からの使いが合体しちゃったよ)

 更に岩石の魔獣に付けられた2つ名がグレートアップされた。

「本当にこの子の正体は何なんでしょうか。先生が戻って来るのを待つしかないですね」

「そうか。そういえば、賢者様は彼について調べに行ったんだったな」

「え? もしかして、賢者様はこの子について何か分かった事があったのですか?」

 シャラナとセルシキアが口にした内容に、ソフィア教皇は興味を刺激された。

 ソフィア教皇の質問に対し、シャラナが答えた。

「全てではないですけど、さっきこの子が使った特殊技能(スキル)を見て、ある古の歴史に関わっているのではという事を先生が仰っていました。王都に入って途中で別れてから、ずっと魔導学院図書館から未だに戻って来ないんです」

「ある古の歴史に…ですか…」

「魔導学院図書館に赴く程の事なのだろう。彼の正体は、賢者様が来た時に解る筈さ」

 レウディンの言う通りだった。

 彼等がどんなに考え仮設を立ててこの場で調べても、岩石の魔獣の正体は判明しない。

 無論、岩石の魔獣自身も自分が如何いう存在なのかすら分からない為、訊かれても答えが無い為、答えられない。

 後は、賢者エルガルムだけが頼りだった。

 岩石の魔獣を含めたこの場に居る全員は、彼が答えを持って帰って来る事を待ち望むのだった。

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