様々な訪問者7-3
セルシキアを含むフォルレス一家と侍女のライファは屋敷の外に出て、客間の窓越しからずっと此方の様子を観ていた岩石の魔獣と対面した。
「ンンンンン」(初めまして)
岩石の魔獣は今日屋敷に訪問しに来た女性騎士に、伝わらない言葉の挨拶を声で発した。
報告で聞いたセルシキアは初めて、岩石の魔獣に直接面と向かい合い、その大きな姿形をまじまじと観察した。
その姿は岩石の動像によく似てはいるが、直立で真っ直ぐに背が伸びておらず、猫背の様に前のめりした体勢をしている。おそらくは、身体の構成上あれで直立しているのだろうと考察出来る。
その岩石の身体は、人間の大人の倍以上の高さと共に横幅もとても大きく広がっており、その大きな身体に見合う岩石の腕と脚が付いている。そして人間1人を簡単に鷲掴みする事が出来るであろう岩石の手は、人間の手と然程変わらない形をしており、1本1本の指には間接らしき部分も存在し、間接としての機能も働いているのが確認出来た。
大きな岩の背中には極小規模の草原が生い茂っており、岩の背中にくっ付いているというより、実際に岩の背中から生えている様だ。更によく見てみると、左肩付近に白い何かの綺麗な花が1輪咲いていた。
岩石で出来た顔の骨格は、この世界の最強種である竜に酷似してはいるが、角らしき物は生えていなかった。
そして、その顔に動像には決して付いていない生き物特有の大きな眼球2つが付いている。人間の頭程の大きさの目に宿る輝き――――青空の如く透き通る蒼玉の様な輝きを宿した瞳で、此方をジッと見詰めてくる。
とても不思議だった。
その大きな瞳からは威圧感や殺気といった、魔獣特有の危険性を醸し出す雰囲気が全く感じなかった。それ所か、その真逆、安心感や純粋無垢の様なふわふわとした不思議な雰囲気を醸し出している様に感じてしまう。危険性を感じる所か、つい和んでしまう様だった。
――――決して恐怖を感じさせない不思議な存在だ。
「ね? 見るだけでも不思議に感じるでしょ?」
フィレーネはセルシキアに声を掛けるが、如何答えたら良いのか言葉が詰まり、呆然と目の前に居る岩石の魔獣を観察する。
(えっ? 僕って見るだけで不思議に感じるの? まぁ、確かに自分でも自分を不思議に思うけど…)
岩石の魔獣は疑問に思うが、考えても分からないので、直ぐにその事を考えるのを止めた。
(う~ん。やっぱり驚くよねぇ。しかし、シャラナとそのお母さんや侍女のライファって人も凄い美人だけど、この人もまた違ったタイプの美人さんだなぁ。御近付きになりたいけど、近寄りがたいって感じの美人さんだね)
岩石の魔獣は、彼女の容姿を上から下まで無意識に視線を動かし、最後は綺麗に整った美しい顔をジッと見詰めた。
(……あっ、そうだ! ちゃんと挨拶を伝えないと)
此方を観察しているセルシキアをジッと見詰めていた岩石の魔獣は、挨拶を伝えようとシャラナから借りた真っ白な紙とマジックアイテム――――試し書きの羽根洋筆を持ち、大きな手で器用に羽根洋筆を走らせ文字を書き綴った。直ぐに書き終わり、セルシキアに向けて書き綴った文字を見せた。
〝初めまして。暫く此処に厄介になっている者です。〟
シャラナとライファを除き、書き綴った文字を見て驚きの声が上がった。
「これは凄いな。生まれて未だ1ヶ月も経たないにも関わらず、ここまで言葉を熟知しているとは…」
「本当に赤子とは思えない知性を持った子ねぇ」
レウディンとフィレーネは、岩石の魔獣の知性に関心の言葉を口にする。
(あっ、そうか。僕、未だ生まれたばかりだから赤子って事に為るのか。……でも実際、中身は青年男性なんだけど…)
岩石の魔獣は今更になって、自分は赤子の魔獣らしき存在だったと再認識した。
一方でセルシキアは、岩石の魔獣が言葉を書き綴る姿と正しく書き綴られた文字を目の当たりにし、目を丸くしていた。
「……本当に言葉を理解している…」
「無理も無いさ。私だって最初に対面した時は、言葉を失う程驚いたのだから。まぁ、未だ他にも驚く要素はあるのだがな」
「え?」
レウディンはセルシキアの心境を理解しながらも、未だ未だこの先、驚愕する事実が待っていると前以て伝えるのだった。
そんな驚愕する事実の最初の1つをシャラナが話すのだった。
「この子、四大元素の系統も含めて自然系統の魔法が扱えるんです」
「え…!? 四大元素に自然系統だと…!?」
この場に居る誰もが予想した通り、セルシキアはその事実に驚愕した。
セルシキアの知る4つの基本属性と複合の魔法を全て扱える魔導師は、国内で賢者エルガルム・ボーダムともう1人だけだ。才ある魔導師であっても、大抵は3系統を扱えるのが良い所であり、2系統でもギリギリ良い水準と言える。
しかし、扱える系統の数だけで魔導師としての強さには繋がらない。魔力の質は勿論の事、習得している魔法の数や階位級の高さ、それ等を総合しなければ本当の力量は測る事が出来ない。
現在、未だに賢者エルガルムが改善提唱した魔法適正理論を認める貴族魔導師は殆ど居らず、適性の低い系統魔法ばかりを幾つも無理矢理発動させるが、成功した貴族魔導師は当然いない。何せ真面に魔力制御を熟さす事が出来ない上に、基礎が中途半端以下のまま上位級の魔法を極めよう等と、明らかに進歩しない愚行をするのだから。
何故そんな非合理的な遣り方をするのか、簡単に言ってしまえば見栄を張ってるだけだ。
一応、2系統扱える貴族魔導師もそれなりには居るが、無論、複合魔法も出来ていない。
使える系統の数が2つ以上有している事は、決して強さに繋がらない。
そんな低水準の中で底辺に位置する貴族魔導師は、「我等は選ばれし優秀な魔導師だ」と言わんばかりに権力を翳している。
だが、4系統以上扱えるとなると話は別だ。
最低4系統―――四大元素の魔法が扱える魔導師は、高質な魔力、習得魔法は多数、扱える位階級魔法は最低中位級、操作制御の他に魔力・魔法に関する特殊技能を複数習得している者を指す。
言い換えれば、魔力の質を高め、魔法を多数習得し、その中に最低でも中位級魔法を幾つか習得、操作制御特殊技能を習得しなければ4系統の魔法を扱える域に至らないという事だ。
生まれながら3系統もの高い適正という才能が有っても、努力無しでは到達出来ない。
しかし、目の前に居る岩石の魔獣は四大元素を含む自然系統の魔法を扱う事が出来る。そんな事実を聞かされたセルシキアは、危険性を全く感じないのにも関わらず、岩石の魔獣に秘められている未知の力が恐ろしく思えてならなかった。
「とはいっても、未だ低位級だけです」
「そうなのか」
「はい、今は私が貸してる魔導教書を呼んで覚えているんです」
「え!? 自分で覚えているのか!? 1人で!?」
「はい。齧り付くように読むんですよ」
シャラナから告げられる新たな事実に、セルシキアはまた新たに驚愕する。
(だってお出掛け出来ないんだも~ん。する事が本を読む以外に無いんだも~ん)
岩石の魔獣はシャラナに対し、心中でちょっとした不満を呟く。
「この子は本当にあれこれ知りたがるのよ。まるで子供の様だとは思ってたけど、本当に子供だったのは驚きだわ」
(中身は子供じゃないけどね!)
シャラナの母親に対しては、心の中からツッコみを入れる。
「だが、その知識向上の意欲は他の魔導師とは比べ物にならない所があるな。他の無能な貴族魔導師とは雲泥の差だ」
フォルレス一家は岩石の魔獣に対し、感想や評価といった事を其々述べていた。
そんな中、セルシキアは驚愕の事実という渦に巻き込まれていた。
「四大元素に自然系統も使えるとは……。使える系統それで全てなのか?」
頭の中が驚愕事実で渦巻くセルシキアは、修行の旅で岩石の魔獣と一緒に行動していたシャラナに質問を投げ掛ける。
「氷系統も使えますよ」
「という事は……6系統も扱えるのか!?」
自然系統も扱えるだけでも充分驚く事実に加え、更には複合によって生じる氷系統まで扱える。余りの規格外な事に、セルシキアはまたまた驚愕し、頭の中の驚愕事実で発生した渦がより勢いを増したのだった。
「そういえば、使えるという事はシャラナから聞いただけで、未だ実際に見た事は無かったな。折角だから自然系統魔法を使って見せてくれないかな」
レウディンは岩石の魔獣に自然系統魔法を実演して欲しいとお願いをしてみた。
(良いよー。ちょっと待ってねー)
その願いに対し、岩石の魔獣はコクリと頷きながら了承し、皆に背を向け、何処か手頃な良い場所はないかとキョロキョロ敷地内を見回した。開けた場所へのそりのそりと重く大きな岩石の脚を動かし、歩きながら向かい、これから発動するのに良さそうな場所に足を止めた。
(この辺なら良さそうかな)
スッと岩石の両手を中空に翳し、内に宿る魔力を込め発動させた。
綺麗に整えられた敷地内の地面から小さな木が生え、植物の成長速度ではありえない速さで、小さく細い幹を大きく太い幹へと急成長していき、魔法によって地面から生えた木は更に幾本の枝を伸ばし、幾本の枝から無数の色鮮やかな緑の木の葉を一気に付け、あっという間に立派な樹木がフォルレス家の敷地内に生えたのだった。
(良し! 上手く出来た!)
岩石の魔獣は、自然系統魔法の出来映えに満足そうに頷く。
そんな光景に、この場に居る全員から感嘆の声が上がった。
「これは見事だ…! 自然系統魔法は中々見る機会が無かったが、魔力を精密に制御出来ているのが一目見て判るな」
レウディンは発動された自然系統魔法だけでなく、その過程での魔力制御に対しても高く評価の感想を述べた。
「本当に凄いわぁ。こんな立派な樹を消すのは勿体無いから、このまま此処に飾りましょう。とても良い感じに日陰が出来てるし、お外でお茶をするのにとても良さそうねぇ」
「それは良いな。後で皆で此処でお茶にしよう」
フィレーネの提案にレウディンは笑顔で賛成をした。
「ライファ、他の使用人達に此処へ洋卓と椅子を運んでおくよう伝えといてくれ」
「畏まりました。レウディン様」
ライファは冷静な表情に僅かな笑みを浮かべ、フィレーネの提案に賛成したレウディンの命令を受諾し返事をした。
「…………」
セルシキアは言葉を発する事を忘れたかの様に、呆然と見ていた。
「……大丈夫ですか、セルシキア騎士団長…」
そんなセルシキアの様子を見て、シャラナは彼女の今の心境に同情しながら声を掛けた。
「……いったい、あの生き物は何なんだ? 魔獣ではない、だが妖精獣でもなければ精霊獣でもない。本当に彼奴はどんな存在なんだ?」
「あ、その事に関しては先生が魔導学院図書館で調べている最中です。何かこの子に関連する何かから調べるとかで」
「何? 賢者様は何か彼奴の正体について手掛かりを掴んでいるのか?」
「はい。先生が言うに、この子はある古の歴史に関わる存在かもしれないと仮説を言っていまして」
「ある古の…歴史に関わる存在…?」
シャラナから、仮説ではあるがまた新たな事実を聞かされ、セルシキアは目を丸くし、シャラナから岩石の魔獣へと視線を移した。
(古の歴史に僕が? いったいどんな古の歴史なんだろう?)
岩石の魔獣は自分――――正確には現在の生態、若しくは自分とは違う同じ種の別個体――――が関わる歴史について興味が湧いた。自分に関わる歴史が判明すれば、自分がどんな存在に生まれ変わったのかがはっきりする筈だ、と期待を膨らませながら。
「もし、賢者様の仮説が本当だったとしたら、間違い無く此奴はとんでもない存在だぞ。……お前は本当に何者なんだ?」
セルシキアは目の前に居る岩石の魔獣に問い掛けるが、岩石の魔獣は「そんなこと言われても」と困った様な目をしながら首を傾げるのだった。
「しかし、この魔獣は何処で見付けたんだ?」
「見付けた、というよりは、やって来たが正しいかと。ラフォノ平野辺りで野盗達を捕縛する為に戦闘直前に走って来て、しかも物凄い速さで乱入して1体の大口の剛獣を天高く殴り飛ばして、一撃で倒したんです…」
「大口の剛獣を一撃でか…。やはり、最低S等級は確定と言うべきだな」
「なるほど。賢者様の鑑定結果が全て不明なのも納得がいく…」
シャラナが岩石の魔獣に遭遇した出来事を聞いたレウディンとセルシキアは、納得の声を上げた。が、セルシキアがそれについて訂正の述べた。
「いや、6系統もの魔法を扱えるのだ。最低でもSS等級の可能性も有る筈だろう」
「確かに。大口の剛獣を一撃で殴り倒せる身体能力に加え、6系統もの魔法を扱えるとなれば、S等級じゃ低いな」
セルシキアの訂正に、レウディンは更に納得の声を上げた。
「しかし、賢者様の言う古の歴史とはいったい何の歴史なのだろうか?」
セルシキアは、古の歴史に岩石の魔獣に関する事があるのではという賢者エルガルムの仮説に興味が湧いた。
「私にもよく分からなくて……ですが、先生のあの時の表情から見て、今まで見た事が無い驚き方をしていたのは憶えています。もしかしたら、先生でも想像を絶する何か…古の歴史にこの子の事が歴史書に記されている書物を思い出して、そのまま魔導学園図書館にわざわざ赴いたのかも知れないですね」
「そうか、賢者様が魔導学院図書館に調べに行ってしまわれる程の存在という事か。道理で賢者様が暫く此方に来ない訳だ」
シャラナとは途中で街中で別れ、フォルレス侯爵家の屋敷に未だに顔を出さず、行く意味も無いし行きたくもない魔導学院に在る図書館に行ったきりの賢者エルガルムの行動理由に、レウディンは納得するのだった。
(そういえば賢者のお爺ちゃん、未だ帰って来ないなぁ。早く帰って来ないかなぁ…)
岩石の魔獣は未だに帰って来ない賢者エルガルムを思い出しながら、待ち惚ける思いだった。
「私はそれよりも不思議に思うのは、この子がまるで人間みたいな所ですね」
「人間みたい?」
この魔獣が? とセルシキアは疑問に思った。
「この子、善悪というものをしっかり見分けて行動をしますし、目を見ても魔獣とは思えない人間の様な雰囲気を醸し出しているし、時々する仕草もまるで人間みたいで、この子の中身も不思議に思えてならないんです」
そんなシャラナの話を聞き、セルシキアは岩石の魔獣を、主にその人間の様と言われた瞳を観察して見た。
(…確かによく見れば、魔獣とは決して思えない瞳の輝きを宿しているな。だが、妖精獣や精霊獣の醸し出す雰囲気とも何か違う。……シャラナの言う通りだな。人間の様な瞳だ。それも、まるで子供だ。あんな優しくも穏やかな目をした魔獣はおろか、妖精獣や精霊獣でも先ず見ない)
魔獣ではないが、妖精獣か精霊獣かも解らない。岩石の魔獣の醸し出す不思議な雰囲気と優しく穏やかな瞳を見て、セルシキアは和み、驚愕の事実で発生していた頭の中の渦は消え、波も静まり穏やかになっていた。
「本当に不思議な奴だな。S等級とは如何も思えないくらい危険性を感じない」
セルシキアは和んだ所為か、つい微笑の表情を浮かべていた。
「そうでしょう。とても強い力を秘めているのが解っていても、何故かこの子の事を危険な子だとは思えないのよ」
フィレーネも微笑みながら、セルシキアに同意を求める様な感じで、何やら嬉しそうに話をした。
そんな様子を岩石の魔獣は首を傾げながら見ていた。
(やっぱり初対面の時は怖かったんだろうけど、何かあっさり気を許してくれてるというか、信用されてる様な感じがするなぁ)
今まで岩石の魔獣が初めて会ってきた人間は、誰もが必ず驚き警戒をしていたが、野盗を除いてその後は不思議と岩石の魔獣を受け入れてくれるのだった。岩石の魔獣も出会ってきた人間に対しては、友好的に接してきた事も要因してはいるが、明らかに人外の風貌であるにも関わらずだった。
フォラール村では村民の一員以上の存在として受け入れてくれた。
賢者エルガルムとシャラナ達との出会いも、途中で偶然出会い、同じ旅路を共にする仲間として受け入れてくれた。
シャラナの両親、レウディンとフィレーネとの対面後も、まるで家族の一員の様に受け入れてくれた。
何か目には見えない不思議な何かが自分の周りに取り巻く様に、その何かが先々で出会う人達との縁を結んでくれているのではと、岩石の魔獣は考えていた。
ひょっとしたら、この異世界に転生させてくれた会った事も声も聞いた事も無い神様の御蔭なのかもしれない。
もしそれが本当なら、会って御礼を言いたい。
この世界に転生させてくれてありがとう、と。
岩石の魔獣こと白石大地は、前世では大きな不幸の人生に屈さず歩み進んできた。だが、不幸の人生の中には小さな幸せも幾つかは在った。全く無いよりはマシな方でもあった。ただ、それでも短い人生の大半以上は辛いものだった。それでも受け入れ、その先の未来を悟り、ただ歩き続けた。
最後は大自然の脅威によって、大地に埋められ、そのまま大地に還り――――死を迎えた。
そして、この異世界に転生してから白石大地は、今迄に無いくらいの大きな幸せに出会い、心穏やかな新たな〝生〟を歩んでいた。
これはきっと、神様からの贈り物に違いない。
もしかしたら、神様が人ではなく、魔獣なのか妖精獣なのか精霊獣なのかも判らない人外の存在に転生させたのには、白石大地に何かこの世界でやって貰いたい使命を密かに与えて、この異世界に呼んだのかもしれない。
たとえそうだとしても、それでも構わなかった。
神様からの知らない使命を与えられ、前世には無かった大きな幸せを同時に贈り物として与えられたのだから、文句など付けようが無い。寧ろ、この身体とこの力で出来る事があれば、喜んで慈善活動をしたって良いと考えている。
そんな事を考えながら、岩石の魔獣は目の前に居る彼等を見た。
(もしかしすると……彼等との出会いは偶然じゃないかもしれないな)
そう、彼等との出会いは、神様が自分の為に、若しくは自分の知らない使命の為に、彼等との出会いを運命の出会いという必然のものにし、彼等との縁を結んでくれたのかもしれない。
岩石の魔獣は視線をシャラナ達から空の方へと動かした。
(神様に会う事……出来ないかなぁ)
神様が実在するなら、天上の世界から見下ろして、違う世界から転生してきた自分を観ているのだろうと、岩石の魔獣はそう思った。
そんな時、遠くから誰かの足音が響いてきた。
遠くからである所為で足音は小さいが、ガシャガシャと煩く金属の鳴る音が聞こえてきた。
その金属特有の響く音に、この場に居る全員が気付き、音の発生源の方へと視線を向けた。
向けた視線の先には、フォルレス侯爵家に仕え門を警備している騎士の1人だ。
全身鎧で身を包んだ騎士が斧槍を片側の肩に乗せる様に片手で持ちながら、此方に向かって走って来ていた。脚を動かし駆ける度に、騎士の装甲靴が石畳を踏み締める度に硬い音が響き、全身鎧の金属と金属が擦れる音が、此方に段々と近付き、ガシャガシャと鳴る金属音が大きく為っていく。
「フォルレス侯爵様!」
此方に向かって来る騎士は仕える主人の家名を大きな声で呼びながら、前にも見た全力疾走で駆けて来る。
(ん? 何だ何だ?)
岩石の魔獣は駆けて来る彼の様子を見て首を傾げた。
慌てる程の何かが起こったのだろうか?
岩石の魔獣に限らず、この場に居る誰もがそう予想を抱く。
門から屋敷付近に居たレウディン達の下まで長い距離を走って来た騎士は、少し疲れた息遣いをしていた。全身鎧を着用していながら、余り疲労していない様に見えた。おそらく、走って来た騎士肉体的能力がかなり高いのだろう。もしかすると、彼に限らず、フォルレス侯爵家に仕える騎士全員もそうなのだろう。
「如何したいったい?」
レウディンは目の前に来た騎士に質問を投げ掛け、走って来た騎士は息を整えてから、とある来客の名を主人に告げた。
「教皇猊下が…! ソフィア・ファルン・シェルミナス教皇猊下がいらっしゃっています! それも御1人で!」
「何!? 教皇猊下が!?」
「えぇ!? いったい如何して急に!?」
まさかの教皇猊下の突然の来訪に、レウディンとフィレーネは驚愕の声を上げた。
「え! ソフィア様が!?」
シャラナは青い瞳を輝かせながら嬉しそうな表情を顕にしていた。
「たった1人でだと!? それも何故急に此処へ!?」
セルシキアは驚き困惑した。
それもその筈、教皇が誰も伴わず、わざわざ1人でフォルレス侯爵家の下にやって来たのだから。
それに、急に此処へ来た理由は何なのかも、この場に居る誰もが予想が付かなかった。
(教皇猊下?)
岩石の魔獣はポカンとした表情をし、教皇が来たという今の状況が理解出来なかった。
「と…兎に角、此方まで御通しするんだ! ライファ! 君も行って教皇猊下を此方まで案内して差し上げなさい!」
「畏まりました」
ライファは主人の命令に従い、走って来た騎士と一緒に門の所まで向かって行った。
(教皇…? 教皇って事は……この国の一番偉い人?)
浮かんできた疑問を聞き出そうと、岩石の魔獣は紙に試し書き羽根洋筆を走らせ、質問を書き綴った。この疑問に詳しそうなレウディンに訊こうと彼の裾を摘んでクイクイッと引っ張り、此方に振り向かせ、質問の言葉を書き綴った紙を見せた。
〝教皇猊下って、この国の一番偉い人?〟
岩石の魔獣の質問を見たレウディンは答えてくれた。
「ああ、教皇様はこの国を統べる王ではないよ。正確には国王陛下と同等の地位を持った最高位聖職者なんだ」
(聖職者…。という事は、神聖系統魔法を主に扱う人だよね。……えっ!? ちょっと待って! 国王と同じ地位を持つ人!? 国王と同じ立場の人がなんで!?)
流石の岩石の魔獣でも理解し驚愕した。
この国で最高権力を持つ人物が護衛や伴い人すら付けずに、たった1人で此処フォルレス侯爵家の屋敷にやって来たのだ。しかも、前以ての連絡すら無く、いきなりの来訪だ。
「しかし、わざわざ御1人でいらっしゃったのは何故なんだ?」
レウディンは困惑しながら呟いた。
何故急に? しかもたった1人で。
この場に居る誰もが理由が浮かんでこなかった。
そして奥の門が開き、最初に侍女のライファが案内として前に出て、彼女の後に教皇猊下と呼ばれる女性が続いた。最後は護衛の意味を兼ねて騎士が追従していた。
岩石の魔獣は敷地内に入って来た遠くに居る教皇猊下と呼ばれている女性を、視界の中心に捉えた。
その瞬間――――その余りにも美しい姿に目を奪われてしまった。
その場に居た者達は屋敷の前に移動し、教皇猊下を迎え入れる姿勢を整えていた。
目を奪われ見惚れていた岩石の魔獣はその場に置いてかれ、岩石の魔獣自身は置いてかれた事に気付かず、やって来る教皇猊下を遠くからジッと見詰め続けるのだった。