様々な訪問者7-2
本日も青空が広がる良い天気の下、フォルレス侯爵家の敷地で岩石の魔獣は鎮座する様に座り、手に持っている書物を読んでいた。
その書物は賢者エルガルム・ボーダム直筆―――「土系統の魔導教書〈中級編〉」をシャラナにお強請りして借りている書物だ。
街へお出掛けする事が出来ない代わりの暇潰しに、念願の魔法関連の書物を読む事が叶い、1日の時間を読書に勤しんでいる真っ最中だった。
魔法に関する書物を手にしてから、岩石の魔獣は完全に時間を忘れ去り、魔法知識が書き綴られた1枚1枚の紙に自ら入り込む様にどっぷりと読書に嵌っていた。
(ほほう、土系統魔法で金属も創り出す事も出来るのかぁ)
現在読んでいる書物「土系統の魔導教書〈中級編〉」――――土系統魔法で創造出来る金属について書かれているページを読んでいた。
初めての知識が記されているその内容に、岩石の魔獣は目を輝かせる。
(えーっと、何々……魔法による金属創造は土や石の創造と違い魔力を多く消費し、更には創造した金属は維持し続けるには魔力を流し込み続けなければならず、魔力が尽きれば創造された金属は形を残さず消滅する……か。ほうほう、純粋な魔力で無から生み出された金属は魔力によって構成されている為、存在を維持する為に必要な魔力が無くなれば消えちゃうのかぁ)
岩石の魔獣は自分の頭の中に在る知識の白紙ページに、新たに得た魔法の知識を次々と刻み記し続ける。
岩石の魔獣こと白石大地は生まれて初めて、勉学に勤しむ活力を、全く知らない知識に対する探求欲求を、学ぶ事の喜びを堪能し味わっていた。
前世では決して湧き起こらなかった勉学に対する学びの欲求が、この異世界に転生してからは現在居る世界の知識を知りたいという欲求が勝手に膨れ上がり続け、魔法に関する書物を読み始めてから、押さえていたつもりなどこれっぽっちもない膨れ上がった知識欲求が弾け、あれが知りたい、これも知りたいと、元居た世界では起こり得なかった学びたいという意思が溢れんばかりに出てくるのだった。
(ん? という事は……金属製の動像はそれ以上に魔力消費するって事なのか?)
浮かび上がった疑問を直ぐに解明しようと、大きな岩石の指を器用に動かしページを捲り、動像に関する内容を探した。
(おっ、在った在った)
お目当てのページ――――金属製の動像に関する内容に目を通し、岩石の魔獣の予想は当たった。
(やっぱりそうか。金属製の動像だと、魔力による操作も在るから更に魔力消費が激しくなるのか。けどゼロから創造した型の動像と、素体となる金属を材料として使って錬成した型の動像とでは、魔力消費に違いが在るのは確かだな)
前者の動像は貴重な金属をゼロから創造し、そのまま姿形を形成し、緊急時による即戦力を生み出せる利点がある。
しかし、金属の種類、言い換えれば金属の希少水準が高ければ高い程、それに比例し膨大な魔力を常時送り続けなければならないという欠点が存在する。自立行動型にしようとすれば、更に膨大な魔力を要してしまう。
たとえ特殊技術〈動像操作〉と〈動像制御〉を有していても、魔力を注ぎながら操作を行い、更に注ぎ込んだ膨大な魔力を常に制御し続けなければならない。並みの魔導師にとって、それは精神を大きく削る様な魔力行使である。それは賢者エルガルムでも、至難の業と言える魔法操作と魔法制御の技術である。
後者は動像の素体となる天然の金属を使って魔法で形成する方法で、一度造り上げてしまえば魔力を注がなくても消える事が無い利点があり、更に追加で材料や細工を加え、一部の箇所を変形させ改良をするといった事も出来る利点もある。
大抵の動像使いの魔導師は、後者の方法で動像を造り出すのが一般的である。
基本は地下室や倉庫に保管するが、上級魔導師となると召喚する際に必要な召喚座標を予め動像の動力源に刻み込み、別空間等に仕舞い込んで何時でも召喚魔法で呼び出せる様に仕込む。
しかし、動像の素体に使用する天然の金属は当然大量に必要であり、金属を調達するにしても、そう大量に手に入る物ではない為、動像を大量生成するは難しい欠点がある。金属の希少基準が高ければ高い程、たとえ手に入れたとしても、動像を錬成するには余りにも素材の量が足りない何て事もざらではない。
鉄なら兎も角、金や銀、特にミスリルやオリハルコンといった貴重な金属は採掘しに探索しても、そう易々とは見付からない代物だ。
なのでこの方法で創造する動像は、簡単な話、大量の製作費用が掛かるという欠点の方が大きいのだ。その為、動像を所有している魔導師は限りなく少ないのが現状である。
(よーし。金属を創れるか早速試して見よう)
岩石の魔獣は覚え立ての魔法知識を実際に使えるか、最初に鉄を創造出来るか試しに魔法を発動した。
鉄は前世でもよく見ていた為、直ぐにイメージが浮かび上がり、難無く鉄の塊を創造する事に成功した。
(良し良し。上手く出来たぞ)
イメージ通りに鉄の塊を創造出来た事を確認し、岩石の魔獣は満足そうに頷く。
しかし、少しの時間が経過した時、掌で浮かぶ鉄の塊がパキーンッと一瞬で粉々に砕け散り、無数の小さな光の粒となって消滅してしまった。
その現象に、岩石の魔獣は驚きはしなかった。
それはその起こった現象の理由を知っていたからだ。
(あっ、しまった。魔力を持続的に注ぐの忘れてた)
うっかり魔力を注ぎ込むのを忘れてた岩石の魔獣は、もう一度鉄の塊を創造し、今度は忘れずに魔力を持続的に注ぐ。
(良し。今度は大丈夫だ)
岩石の魔獣にとっては掌サイズの大きさだが、人からして見れば子供くらいの大きな鉄の塊だ。生み出した鉄塊に魔力を注いで存在を維持していながら、ふと岩石の魔獣は些細な疑問が浮かんだ。
(……これ、食べれるのかな?)
特殊技能〈金属物質蓄積〉を持つ岩石の魔獣はあらゆる金属を食べる事が出来、食べた金属を自信の身体の中に蓄積する事が出来るのだが、魔法によって無から創られた金属は食えるのか、そしてその金属は身体の中に蓄積されるのかと疑問が頭の中に浮かんでき来るのだった。
(………食べてみるか)
岩石の魔獣は口を大きく開け、鉄の塊をそのまま口の中へと放り込み口を閉じた。魔力を注ぎながら途中で消えない様に維持し続けながら、バキバキと噛み砕きながら租借し、最後は噛み砕くだけ噛み砕いた鉄の塊を飲み込んだ。
(…おっ! ちゃんと蓄積出来た!)
特殊技能がちゃんと機能した事に岩石の魔獣は驚いた。
(ん~、ホントにこの特殊技能って何の意味があるのかなぁ? 蓄積するだけじゃ何も意味が無いと思うんだけど…)
未だに存在する意味が謎の〈金属物質蓄積〉と〈宝石物質蓄積〉の特殊技能に関して、全く解明出来ずにそのまま使ってはいるが、金属や宝石を身体に蓄積して何の意味があるのかもさっぱり解らなかった。
(やっぱり、何か別の特殊技能と連動するタイプの特殊技能だったりするのかなぁ? じゃなきゃ、この特殊技能の存在意義が無くなっちゃうんだけどなぁ)
岩石の魔獣は自分の有する特殊技能に関して考察しながら、本のページを次々と捲っていく。
そして、動像に関する内容の1文に目が留まった。
(お?〈機能術式作製〉と〈魔力回路作製〉による動像強化方法について…?)
また初めて見る言葉に、岩石の魔獣は首を傾げた。
(〈機能術式作製〉に〈魔力回路作製〉……これって魔法…だよね? それも土系統とは別系統の…作製に関する魔法かな?)
岩石の魔獣はその2つの魔法に対し考察をしながら、動像強化に関する内容に目を通した。
(動像は素体に使用された金属の希少水準に限らず、創造、又は作製時に動作機能や魔法を組み込む事により強化する事が出来る。その手法はマジックアイテム作製に類似し、其々の動作機能に応じた魔力伝導回路の伝達性、それに繋げて組み込む魔法の術式を改良構築する手法。術者が直接魔力を送り込む、若しくは動像に内在する魔力から組み込んだ魔法を発動させる為には、魔力伝導回路と繋ぎ込む必要もある。うーん……何だろ、伝導回路とか魔法の術式を組み込むって……まるでパソコンのプログラミングみたいだな)
前世と異世界、電子機器と魔法という文明の違いでも、不思議と共通している部分が在る所に面白さを感じながら、岩石の魔獣は続きの文章に目を走らせる。
(特に自立自動型を作製する場合、動作部位全ての動作機能の魔力伝導回路は必須であり、更にはそれ等の中枢となる自立機能を構築する必要がある。人体に在る神経の様に、動作・魔法・判断・学習など。たとえ自立自動型でなくても、構築された機能は操作をより精密にし、動作の制御をより補助してくれる。……これはロボットのプログラミングだな。んー、これは先に〈機能術式作製〉と〈魔力回路作製〉の事を調べるべきかな。どうせなら動作の良い動像を創造出来る様にしたいし)
そう考えた岩石の魔獣は「土系統の魔導教書〈中級編〉」をパタリと閉じ、〈機能術式作製〉と〈魔力回路作製〉に関する書物を借りる為にシャラナを呼びに立ち上がろうとした。
その時、聞き慣れない誰かの足音を耳にした。
カツカツと規則正しい律動の小さな足音が敷地内の門から聞こえてきた。
(誰だろう? またあのストーカーか?)
そう思い、こっそりと隠れ敷地内全体を見渡した。
少し見渡す岩石の魔獣の視界に、屋敷へと向かって歩いて来る人物を映した。
(あれ? 知らない人だ。誰だろう?)
未だ遠くに居て小さく見えるが、髪の長い女性だという事は判った。
白銀の艶やかな髪が腰まで滑らかに伸びており、美し過ぎる程の整った綺麗な顔に、瞳は髪の色と同じ白銀色だ。この世の全ての男性が声を掛けようとしても、不用意に近付く事を躊躇わせる鋭い眼光を宿し、キリッとした表情をしていた。
襯衣の上には軍服と思わせる上着と、下も上着と統一されたデザインの長洋袴に、靴は踵が少し高く作られた黒革製の長靴を着用していた。そして腰には鞘に収まったロングソードを下げていた。
その身形から、おそらくは騎士だと判断出来る。
そして男性の誰もが必ず目にしてしまう、服の上からでも分かる程の豊かな胸が前へと突き出していた。
(おぅ……大きい…)
岩石の魔獣もつい、その豊かな胸に目がいってしまうのだった。
屋敷へと近付く毎に、小さかった彼女の身体がだんだんと拡大されていく。
彼女が屋敷の前に着く直前に屋敷の扉が開き、中からレウディン侯爵が姿を現した。
「よく来てくれた。待ってたよ、セルシキア騎士団長殿」
「遅れて済まない、レウディン侯爵殿」
(騎士団長? あの人、騎士の偉い人なんだ)
セルシキア・ケイナ・サイフォン。
彼女はラウツファンディル王国の騎士にして、国王直属の最高位騎士であり、ラウツファンディル王国全騎士団員を纏める騎士団団長である。
彼女の家系――――サイフォン家は代々から、騎士としての使命を先代の国王から名誉勲爵士よりも特別な栄誉称号、国家守護勲爵士と呼ばれる騎士でありながら侯爵と同等の地位を与えられた、由緒伝統のある有力な騎士家系である。
そしてその実力と功績は男女問わず、サイフォン家の先代達は国を守護する騎士としての義務全てを成し遂げている。
騎士家系であるサイフォン家は血筋のよる才も起因してはいるが、「才があろうと無かろうと、騎士としての努力を怠る事なかれ」と己の中に潜む奢りと怠慢を戒める家訓的な決意を、今も昔も親から子へ――――子々孫々とその強い意志を受け継がせているのだ。
そして現代、セルシキアはサイフォン家の歴史上、初めて魔法を行使する事が出来る騎士としてこの世に生まれた。戦士として、いや、騎士としての才だけでなく、彼女が扱える魔法適正が一番高い電気系統魔法の才も有していた。努力と研鑽を積み、決して怠らずに己を強くし高め、遂に魔法戦士ならぬ魔導騎士と成り、雷の如き圧倒的な戦闘力と指揮官としての高い知性を評価され、両親、先代と同様に王国騎士団団長の地位に就いたのだ。
そんな彼女は統率する騎士団だけにあらず、自国や他国から畏敬の念から2つ名で呼ばれている。
〝銀雷の女騎士〟セルシキアと。
「立ち話もなんだ、中で話そう」
「あぁ、そうさせて貰うと助かる」
短い会話で一旦中断し、2人は屋敷の中へと入って行った。
(……話っていったい何だろう?)
岩石の魔獣は屋敷の窓へと向かい、2人の話を聴ける場所がないか探し出すのだった。
屋敷に入ったレウディンとセルシキアは、客人を持て成す客間へと向かい歩き進む。
屋敷内の広い廊下を少し歩き、客間へと入室した。
そのまま2人は横幅が広い向かい合ったソファー2脚に其々座り、お互い一息を吐く。
最初に口を開くのはレウディン侯爵だった。
「セルシキア殿が来たという事は、奴の動かぬ不正証拠を全て掴めたのだな」
「ええ。是迄の奴の財務報告で隠蔽されていた記録から判明した国税の横領、自領の都市と村落に対する不当徴税、自領の村落5箇所の作物生産量の減少による凶作状態、更に魔物による被害と警備兵の未派遣、その他も全て手に入れた」
セルシキアが中空に手を翳し、小さな黒い孔が出現し、其処に手を突っ込み取り出した報告書の束を洋卓の上に丁寧に置いた。
「魔導師団隠密部隊が纏めた、奴に関する報告書だ」
「流石は魔導師団の隠密部隊、フォビロド魔導師団長殿にも感謝だな」
レイディンはその報告書の束を手に取り、1枚1枚の報告書の内容を全て見通した。
その報告書の内容は悪徳貴族――――デベルンス伯爵家が行っていた数々の不法不正が事細かく記されていた。
自領内の村落の改善嘆願の蔑ろ、村落の被害対策の警備兵未派遣、それ等に使用する為の税収金の横領、そして飢饉に見舞われている村に対する強盗めいた不当徴税。
それに加担していた共犯者は、領地を持たない貴族5名だと判明。現在はダダボラン伯爵家とダダボランの息が掛かった者全てに知られぬよう秘密裏に捕縛し、そのまま地下牢に幽閉。捕らえた貴族5名はダダボランから多額の賄賂を貰った見返りとして、徴税記録の改竄に協力したとの事だ。しかもその賄賂は、国税と自領の税収金から出した物だという。
他にも各現地での様々な証人や目撃者による信憑性のある多くの証言を纏めた内容や、信頼のある税理士からデベルンス伯爵が自領の領民から徴収した税の額、国税と自領税の使用額と、その使用先全ての記録から判明した不法不正の記録も記されていた。
そして何より、裏で犯罪組織―――〝背徳の金鼠〟との繋がりを持ち、情報隠蔽や偽装工作の依頼、世には出回る事が余り無いマジックアイテムを含む違法マジックアイテムを取引しているという事実が決定的だった。
ここまで大量の不法不正の証拠があれば法の名の下、私利私欲でのさばっているデベルンス伯爵家を貴族の地位から確実に失脚させる事が可能だ。
「証拠映像も其々の内容に応じた物を全て撮ってある」
「それも持っているなら直ぐに観させて欲しい。村落に関するのは有るか?」
「ああ、これだ」
セルシキアは再び出現させた小さな黒い孔に手を入れ、中から小さな水晶とそれを固定設置する為の変哲の無い小さな台座を同時に取り出す。
台座を洋卓の上に置き、水晶を台座の上に固定した後、水晶が何も無い中空に映像を映し出した。
「……何だ、この有様は…」
水晶から映し出された映像を観たレウディンの顔に、不快の色が浮かぶ。
報告書の文面を見るよりも、映し出された映像―――村落の悲惨な光景を嫌と言う程理解させられるのだった。
「……次は税の記録の隠蔽改竄を」
映像を観終わったレウディンは、胸中に生じた不快感を抑え込みながら次の証拠映像を観る。
次々と証拠映像を観た後、レウディンは胸中の膨らんだ不快感を吐き出す様に深い溜息を吐くのだった。
「……これは国王陛下も、さぞ不快を抱くだろうな…」
「気持ちは解る。だがこれで、奴を処断する準備は整ったと言って良い」
「ああ。しかし、その後に控えている問題が大きい」
この国の腫瘍と言えるデベルンス伯爵を処断すれば、確実に悪作用は消失する。
しかし、是迄の悪作用による劣悪な現状を改善しなければ為らない事柄が在る。
それはダダボラン伯爵の領地内に在る、5箇所の村落が見舞われている飢饉問題だ。
作物生産量の減少による凶作状態に加え、魔物による作物被害や人的被害が、より飢饉問題に拍車を掛けている。
「早く手を打たなければ、食糧不足で餓死する者が次々に出てきてしまう」
悪徳貴族を処断するより、この問題を早急に解決すべきだ。
レウディンは苦悶の表情を浮かべる。
「奴の領地内の村民達への食糧提供は私の方で手配した。充分な量は確保してある」
「流石、仕事が早いな。感謝する」
レウディンは深々と頭を下げ、セルシキアに感謝の意を示した。
「このラウツファンディル王国の為にも、奴を貴族の地位から引き摺り下ろして、今迄に為出かしてきた悪行の全て、その身を以て必ず報いを受けさせてやる…!」
レウディンは決意を顕にした真剣な表情で、この場に居ない悪徳貴族に対し、正当な罰を与えてやると宣告する。
「しかし、本当に助かるよ。騎士団団長である君にわざわざ内政やら財政やらの問題を頼んでしまって申し訳がない」
「構わないさ、レウディン殿。貴方がラウツファンディル王国の全国民の為に尽くしている事は国王陛下も良く知っているし、高く評価もしている。貴方は他の地位を笠に着るだけの無能な貴族達とは違い、必要以上に貢献をしているのだから、余り無理はするな」
「ああ…。だが今回の件、本当に助かったよ。国王陛下から侯爵と内務相の地位を賜った私でも限界はある。そんな私より、軍務相を含む特別な地位を持った君でなければ得られない情報もあるし、何より騎士団と魔導師団の最高位指揮権を持っている。秘密裏に部隊を動かす事を頼めるのは国王陛下を除き、セルシキア殿しかいなかった」
レウディンは草臥れた表情を浮かべ、「ふぅ…」と頭を悩まして膨れた精神的疲労を溜息と共に吐き出した。
「お互い少し休もう。証拠は充分以上に掴めたのだから、後は処断の準備を整えるだけだ。休める時は休め」
普段はキリッとした表情のセルシキアは、力を抜き柔らかな表情へと変えていた。
「そうだな、君の言う通りだ。時間は掛かったが漸くここまで奴を追い詰めたんだ。少し位の休息も必要だな」
レウディンも強張った表情の力を抜き、柔らかな表情へと変わった。
そう、奴はもう逃げられない。
此方には言い逃れ不可能な証拠が多く揃っているのだから。
後は処断の時まで待つだけだ。その期間も少ない。
そんなデベルンス伯爵家の不法不正に関する話を終えた時、タイミング良く客間の出入り口の扉が開き、2人の女性が入室して来た。
「セルシキア騎士団長! 御久し振りです!」
最初に入って来たのはレウディン侯爵の娘、シャラナ・コルナ・フォルレスだ。
後ろに居るもう1人はフォルレス家に仕える侍女、ライファ・ベラヌは綺麗に磨かれた銀のお盆に、白を基調とし金の細工が少し施されたティーカップ3つとティーポットを載せて持って来ていた。
「シャラナ! 久し振りだな! 賢者様と修行の旅から帰還した事は衛兵からの報告で聞いたよ。随分立派に成ったじゃないか」
「そんな…魔導師としては未だ未だ未熟者ですよ。未だそれ程多くの魔法は習得した訳ではありませんし、魔導師の特殊技術も未だ多くは習得出来ていませんので」
「フフッ。たとえ今は未熟であっても、君は素晴らしい魔導師である事は間違いないさ」
「そうだぞ、シャラナ。セルシキア殿の言う通りさ。前も言ったが、シャラナは将来立派な一流魔導師に成れるのは間違い無いさ」
シャラナとセルシキアの会話に、レウディンも先程の会話での強張った表情と違い、微笑み和んだ表情で会話に混ざり込んだ。
そんな微笑ましく和んだ空間でライファはティーカップを其々の位置に置き、ティーポットに入っている上質の紅茶を空のティーカップに注いでいく。
久々の再開に和んでいたセルキシアは、ふとある気になっていた報告を思い出した。
「そういえば……衛兵から妙な報告を聞いたのだが、確か…動像の様な魔獣を賢者様が王都内に入れたと報告があったのだが、その奇妙な魔獣について何か知っているか?」
ティーカップに注がれた紅茶を飲み、喉を潤した後に質問を投げ掛けた。
シャラナははギクッとした反応をした後、困った色が混じった笑みを浮かべる。それに対してレウディンは動じる所か、良くぞ訊いてくれたと言いたげな嬉しそうな表情を浮かべるのだっだ。
「え~っとですねぇ…。先生が連れて来た子は……此処の敷地内に居ます」
シャラナは言い難そうに口にした後、紅茶を少し喉に流す。
「何? 此処に居るのか? 聞いた報告では随分と大人しい魔獣だと聞いているが本当か?」
セルシキアの疑問に対し、レウディンが答えた。
「大丈夫だ、それに関しては本当だ。ただ、正確に言うと魔獣ではないんだ」
「魔獣じゃない? まさか…妖精獣か精霊獣とかなのか?」
「いや、それが妖精獣か精霊獣かも部類が解らないと、賢者様が仰っていたそうだ」
その答えにセルシキアは少し目を見開き、困惑混じりの驚愕の表情を浮かべた。
「それは如何いう事だ…!? 部類が不明とは、いったい賢者様は何を連れて来たんだ!?」
流石のセルシキアも部類自体が定まっていない未だ見ぬ謎めく存在に対し、驚きを隠せなかった。
「それが賢者様の特殊技能〈鑑定の魔眼〉を以てしても、何も解明する事の出来ない未知の存在みたいでな。殆どが謎に満ちた不思議な生き物だよ」
レウディンはシャラナから聴いた賢者エルガルムの鑑定結果を告げた後、紅茶を口に含む。
「何だと!? 〈鑑定の魔眼〉の鑑定結果が全て不明だったのか?!」
特殊技能〈鑑定の魔眼〉の効力を当然存じるセルシキアは、今まで聞いた事が無い鑑定結果に驚愕した。
「だから先生が戻って来る迄の間、あの子から訊ける事を訊き出してみました。それで分かった事は、あの子、未だ生まれて1ヶ月も経ってない赤子みたいで…」
シャラナのその言葉に対し、レウディンが喰い付く様に反応した。
「何!? 未だ赤子だと!? いや、それより、如何やって訊き出したんだ?」
「はい。言葉を理解出来てるから、もしかしたらと思って紙と羽根洋筆を渡して見たら、ちゃんと文字を書いて答えてくれました」
「文字も書けるのか?! そんな知性も持っているとは…!」
人の様に言葉を綴れる岩石の魔獣の知性に、レウディンは驚愕と感心を抱いた。
「その魔獣は言葉まで理解出来るのか! ……それは賢者様が連れて来るのも納得がいくな」
そんな岩石の魔獣に関する話題を話す中、客間の扉が再び開き、入室して来た新たな人物が姿を現した。
「あら、もういらしていたの。セルシキア騎士団長殿」
客間に入って来たのはレウディン侯爵の妻にしてシャラナの母、フィレーネ・ルウナ・フォルレスである。
「セルシキアで構わないよ、フィレーネ殿」
「それで、何の御話をしてるのかしら?」
ふわりとした笑顔を浮かべ、フィレーネは4人の下へ歩み近付いて行く。
「ああ、報告で聞いた魔獣についてでな。まさか此処の敷地に居るとは存じなかったが」
「あの子の事?」
それを聞いたフィレーネは、ふと何かを思い出す。
「あ、そういえば…。ライファ、貴女だけ気付いているみたいだけど、直ぐに教えて上げればい良いのに」
ライファを除く3人はフィレーネの言葉に首を傾げ、如何いう事だ? と疑問に思った。
「さっき外で風に当たりに出てた時に見掛けたんだけど、今もずっと此処の様子を窓越しから観てるわよ」
「え?」
フィレーネの言葉を聞いた後、3人は気付いていると言われていたライファに顔を向け注目した。
ライファの表情は若干ながら笑いを堪えているかの様に、何か面白がっているみたいで僅かにニヤニヤと笑っていた。此方ですと案内する様に手を窓の方へと向け、3人の視線を誘導していた。
その誘導に従う様に3人は窓の方へと視線を向けた。
3人の視界に飛び込んできたのは、さっきからずっと窓越しに此方の様子をジッと観ている岩石の魔獣だった。
「おわぁっ!? な、何だあれは!?」
岩石の魔獣の存在に気付き驚愕した3人の内、セルシキアだけ驚きの声を上げ、慌ててソファーから立ち上がった。
ある程度落ち着きを取り戻したシャラナが、窓越しに居る岩石の魔獣を紹介した。
「あの子が先生が連れて来た岩石の魔獣です」
「あ…あ…あれが!?」
普段なら驚愕の出来事を目の当たりにしてもセルシキアはそんなに動揺を表に出さないが、ここまで過剰に驚くのは珍しい方だ。
「折角だ、外に出て直接近くで見てみると良い。というより、見ての通り身体が大きくて屋敷の中に入れないから、此方から出向かないといけないんだがな」
「大丈夫なのか…!? ホントに大丈夫なのか!?」
不安そうな表情を顕にしているセルシキアは、彼女らしくない念押しの安全確認をしてくるのだった。
その気持ちは此処に居る誰もが理解し共感していた。
まぁ、初めてあれを見ればそうなるよねぇ、と。
「大丈夫ですよ。あの子、普段から大人しいですから、私達の言う事はちゃんと聞きますよ」
「そ……そうなのか…」
シャラナから岩石の魔獣は大人しく安全な魔獣だと聞いた後、セルシキアはちらっと窓の方に視線を動かした。セルシキアの視界に入った窓越しに居る岩石の魔獣は未だ此方の様子をジッと観ていた。
不安そうなセルシキアの様子を見ていたフィレーネが、彼女に声を掛けた。
「大丈夫よ、セルシキア。私達も初めて対面した時は今の貴女と同じ心境だったけど、実際に直接対面して知れば、あの子は善い子だって事が納得出来るわ」
フィレーネにそう言われたセルシキアは消えぬ不安を抱きながら、シャラナ達と共に外に居る岩石の魔獣の下へと敷地内の外に出るのだった。




