様々な訪問者7-1
王都アラムディスト内の貴族区域、フォルレス侯爵家の広大な敷地内に、整えられた芝生や植木の綺麗な風景の中に、一際不自然に目立ち、屋敷の壁に寄り添う様に鎮座する岩が在った。
その岩は敷地の芝生とは違った少し背が高めの草が生えており、1輪だけ綺麗に咲き誇っている月光花が、微風に吹かれながら僅かに揺れていた。
鎮座する岩の正体は――――白石大地こと岩石の魔獣である。
フォルレス侯爵家に暫く屋敷の外の敷地内に住まう事になった、少なくとも魔獣ではない、妖精獣か精霊獣かも不明な謎に満ちた存在だ。
(あ~。気持ちの良い天気だぁ~)
岩石の魔獣は心地良い日差しと微風に当てられながら、今日ものんびりと過ごしていた。
(暇だなぁ~。街にお出掛けしたいなぁ~)
正直な所、かなり退屈な状態だった。
それもその筈、敷地から勝手に街に行く事が出来ないからだ。
無論、勝手に街に行ってはいけない事を岩石の魔獣は理解していた。
街でいきなり魔獣が現れれば、それだけで街の人達が恐慌状態に為ってしまう為、仕方なく此処の敷地内で大人しくするしかないのだ。
岩石の魔獣は、此処で何か出来る事はないだろうかと考察に耽りながら、魔法の練習を遣り続けていた。
今は風系統魔法の練習に励み、敷地を壊したり荒らしたりしない様、魔法で発生させた風を晴天の青空に向けて吹かせていた。
風を発生させるイメージは直ぐに出来た。この異世界に転生してからずっと自然の風に当たり感じ続けていた為か、イメージというよりは感覚で風を発生させているのだった。
(う~ん。風を発生させるのは大分慣れてきたし、今度は風の軌道を操れる様にやってみるかなぁ)
もう一度風を起こし、発生した風を包み込むイメージをしながら、魔力の風を逃がさない様に覆い包む。肉眼では見え難い魔力の膜が魔法によって発生した風を包み込んだまま、ゆっくりと魔力の膜を小さく縮めながら圧縮し、岩石の魔獣の掌には吹き荒れる強風を圧縮密閉した小さな風球が出来上がった。
(おっ、出来た出来た。やっぱり風は空気だから、圧縮は可能みたいだ。さてと……)
岩石の魔獣は折角魔法で創り出した風球を解除し消してしまう。
正直な所、風球の威力がどれ程のものか試したい気持ちはあったのだが、もし、余りにも威力が高かった場合、どれ程の被害を起こしてしまうか想像が付かなかった。下手をすれば、此処の敷地全体を吹っ飛ばしてしまう可能性だってある。流石に興味本位で魔法を放つ訳にはいかないと岩石の魔獣は自重し、放たずに消したのだった。
暫くはさっきと同じ事を何度も繰り返し、風系統魔法の反復練習をし続けるのだった。
(う~ん。未だ風系統の制御特殊技能が取得出来ないなぁ。個人的には使い易い魔法なんだけど……何でかなぁ?)
使い易い魔法なら、その系統に応じた制御特殊技能を早い段階で習得出来るのではと、岩石の魔獣は考えてはいたが、今回はそうはいかなかった。
ただ風を起こせるだけでは駄目なのだろう。
起こした風を自在に操るだけでも駄目なのだろう。
しかし、発生させた風を圧縮する事が出来る様になったのに、未だ取得出来ず。
(やっぱり…誰かから教えて貰った方が良いよなぁ)
今まで岩石の魔獣が習得してきた魔法は、殆どが手探りの独学によるものだ。王都アラムディストまでの旅路で賢者達と出会い、旅路の途中でシャラナと一緒に魔法講義を聴き、新たに知った複合魔法に関する知識や初めての自然系統魔法の発動とそれに応じた制御特殊技能をあっさり習得する事が出来た。
だが、それでも未だ一部だ。
魔法に関しても特殊技能に関しても、未だほんの一部だけの知識に過ぎないのだ。
(そういえば、お爺ちゃん未だ帰って来ないなー)
賢者である彼の知識から色々と学びたい気持ちで一杯だが、肝心の本人は未だに魔導学院図書館から帰って来なかった。
(む~。何か本とかあればなぁ~)
街に勝手に行く事は出来ず、身体が大きい為、屋敷の中に入る事も出来ない。
もし、屋敷に入る事が出来れば、本から何かの知識を得られる事が出来る筈だと考えてはいた。
しかし、言葉を発する事が出来ない為、本を読みたいという伝える手段が無いに等しいのだった。
(はぁ~。暇だなぁ~)
岩石の魔獣は退屈な思いをしながら、ひたすら風系統魔法を練習し続けるのだった。
そんな暇を過ごしている中、屋敷の扉が開く音が聞こえた。
その後に芝生を踏む誰かの足音が、岩石の魔獣の方へと近付いて来る。
段々と足音が大きくなり、近付いて来る足音を鳴らす誰かが姿を現した。
此処の屋敷に住むフォルレス侯爵家の貴族令嬢――――シャラナ・コルナ・フォルレスだった。
「また魔法の練習? もう風系統も覚えたのね」
此処の敷地内に住み始めてからは、シャラナが毎日様子を見に来る様になっていた。
「ンンンンンン~」(何処かに出掛けたいよ~、シャラナ~)
当然、岩石の魔獣の言いたい事は伝わらない。
伝わらないと分かっていても、つい声を発し強請ろうとしてしまう。
「やっぱり…退屈なのかなぁ」
言葉は伝わらないが、退屈だという思いはシャラナに伝わったようだった。
それでも、シャラナには如何する事も出来なかった。
王都内の何処かに連れて行けば、間違い無く王都に住む都民達が岩石の魔獣を恐れるであろう。何方の意味でとか訊かれれば、悪い意味で注目の的になってしまう。
「困ったわねぇ。何か退屈凌ぎが出来る方法はないかしら…」
シャラナは岩石の魔獣が退屈せずに済む方法を考える。
そんな様子を見ていた岩石の魔獣は、シャラナの手に持っている本に視線を移した。
(そういえば、この世界の文字って未だちゃんと見た事が無かったなぁ。……ん? ちょっと待てよ……何で僕はこの異世界の言葉が理解出来るんだ? 今まで日本語でも聞いているかの様に普通に言葉を理解してた所為で違和感を感じてなかったけど、今思えば…この世界の人達は日本語なんて喋ってない。いったい如何なってるんだ?)
元々岩石の魔獣こと白石大地は、別世界の元人間だ。本来であれば、母国の言葉である日本語と苦手な英語をちょっとぐらいしか喋る事が出来ない。にも関わらず、この異世界では日本語も英語も存在しない。この世界の知らない言語をまるで日本語でも聞いているかの様な、ずっと聞き続けた言葉で親しみがあるかの様にさえ感じていた。
岩石の魔獣の中である予想と可能性が浮かび上がった。
(もしかして、言葉が解るなら文字も読めるかもしれないんじゃ…)
早速その予想と可能性を確かめるべく、岩石の魔獣はシャラナの持っている本を大きな岩石の人差し指で突っ突きながら強請ってみた。
「ンンン、ンンンンン」(ねえねえ、それ見せて)
突っ突く拍子でうっかりド突かないよう、限りなく力を抑えながら本を軽く小突く。
「ん? この本を見たいの?」
上手く伝えたい意思がシャラナに伝わった事に嬉しく思い、シャラナの疑問に対し何度も頷き肯定した。
シャラナは手に持っていた魔法に関する書物を差し出し、岩石の魔獣は差し出された書物を摘みながら器用に掴み受け取った。そして大きな岩石の親指と人差し指を器用に使い、受け取った書物を破く事無く開く事が出来た。
「わぁ…凄い器用…」
シャラナは岩石の魔獣の手先の器用さに瞠目した。
岩石の魔獣は、大きな人差し指で器用に1ページ1ページを綺麗に捲っていった。
そして目を見開き、驚愕を抱いた。
(読める…! 全く見た事無い文字なのに、全部理解出来る!)
岩石の魔獣の予想は当たっていた。
だが、そこで新たな疑問が浮かび上がった。
(でも、何で読めるんだ? この世界の人達の言葉もそうだ。何で人の言っている事が解るんだ? 何か言語理解とか翻訳みたいな特殊技能を持っているなら納得出来るけど、それを何1つ持ってないし、それ以前にこの世界の言葉と文字を全く知らない筈。まるで最初から知っている感覚で言葉を理解出来てるみたいだ)
前世の記憶と魂を持った岩石の魔獣にとっては違和感のある事の筈だが、何故か転生してからその事に違和感を全く感じなかった事に、今はより奇妙な違和感を感じていた。
ジッと本と睨めっこしている岩石の魔獣に、シャラナはもしかしてとある予想を抱きながら声を掛けた。
「もしかして……文字読めるの?」
岩石の魔獣はシャラナの声に反応し、顔だけをシャラナの方に向け、文字が読める事を肯定する様に頷いた。
「えっ?! …ちょっ、ちょっと待ってて!」
岩石の魔獣が文字を読める事に驚愕の表情を表し、シャラナは更なる可能性を抱いて屋敷の中へと駆けて行ってしまった。
突然の行動に岩石の魔獣はポカンとしたが、戻ってきた時に分かるだろうと、気楽な気持ちで本の中身を見詰めながら待つ事にした。
そして、少し暫くしてから再び屋敷の扉が開く音を耳にし、シャラナが戻って来た事を近付いて来る足音で直ぐに判った。
戻って来たシャラナを視認した時、岩石の魔獣は彼女の両手に持っている物に視線を移した。
(ん? 紙と…洋筆?)
彼女が持って来たのは真っ白な紙とデザインが少し凝った綺麗な羽根洋筆であり、ボードに紙を敷いてから、そのまま岩石の魔獣に紙の乗ったボードと羽根洋筆を差し出したのだった。
「文字、書ける?」
その言葉を聞き、岩石の魔獣の頭の上に大きな豆電球がピコーンと光輝いた。
(そうだ!! その手があった!!)
今迄は声は出せども、言葉は発する事が出来ず伝えられなかった。だが、自分の意思を伝える手段が岩石の魔獣の目の前に現れた。
言葉を発して伝えられないなら、言葉を綴って伝えれば良いのだ。
岩石の魔獣は差し出されたボードに乗った紙と羽根洋筆を摘みながら受け取り、これで自分の意思を伝える事が出来る事に嬉しく思いながら、蒼玉の様な大きな瞳を喜びでキラキラと輝かせた。
早速文字を書こうと岩石の魔獣は、一般的には少し大きい羽根洋筆だが、岩石の魔獣にとってはかなり小さい羽根洋筆を摘みながら、真っ白な紙にさらさらと器用に文字を書いた。
書き記した文字をシャラナの方へと岩石の魔獣は見せた。
〝書いた文字、合ってますか?〟
シャラナは岩石の魔獣が書いた内容に目を丸くした。
正確に文字を書いただけでなく、書いた文字の誤字を確認して欲しいという一文を書き記したのだ。
「ちゃんと文字…書けてる……」
岩石の魔獣がここまで高い知能を有している事実に、シャラナは驚愕をせざるを得なかった。
魔獣ではないが、妖精獣か精霊獣かも判らない謎めいた存在。
新たな事実の判明により、岩石の魔獣の中から更なる謎が浮き彫りとなり、未知の存在は更に謎めく。
だが、言葉を綴り交わせる事が出来ると予想が証明された。
シャラナは賢者エルガルム・ボーダムとは別の方法で知ろうとした。
マジックアイテムである〝トライアル・ライティング・クイルペン〟と呼ばれる、インクを付けずに書ける羽根洋筆を一度、岩石の魔獣から返しても貰い、紙に書かれている文字に羽根洋筆の羽部分を文字に当てながら、箒で塵を掃くかの様にサッと一掃きした。
岩石の魔獣はその一連の行動に興味を惹かれ、紙に書いた文字と羽根洋筆を交互に視線を向けた。
すると、紙に書かれた文字の色がスゥッと薄く為り、あっという間に書かれていた文字が消えたのだ。
マジックアイテムである羽根洋筆の羽部分は書いた文字を消す魔法が付与されており、紙が1枚さえあれば何度でも書いて消す事が出来る羽根洋筆――――通称、試し書きの羽根洋筆と呼ばれるマジックアイテムなのだ。
(おおっ! 凄い便利! これ良いなぁ!)
試し書きの羽根洋筆の不思議で便利な魔法の現象に、岩石の魔獣は凝視しながら瞳を輝かせた。
そして再び、岩石の魔獣はシャラナから紙と羽根洋筆を渡され、彼女は岩石の魔獣に対し質問を始めた。
「貴方はいったい、何者なの?」
その質問はシャラナに限らず、誰もが訊きたがる疑問が岩石の魔獣に飛んで来た。
岩石の魔獣は首を傾げながら、如何答えたら良いのか悩んだ。
その疑問は岩石の魔獣自身も知りたい事である為、仕方がないと諦め、素直な答えを紙に綴ってシャラナに見せた。
〝僕も分からない。〟
問い掛けた疑問に対する答えに期待してたのか、岩石の魔獣が綴った答えを見たシャラナは僅かに残念そうな表情を浮かべた。
だが、表情に浮かんだ色は直ぐに消え、今度は別の質問で岩石の魔獣に関する事を聞き出そうと問い掛ける。
「貴方は何処から来たの?」
何処から、という言葉に含まれた意味、それは元々暮らしていた場所、若しくは故郷と言うべき住処。言い換えれば〝貴方は何処で生まれたのか〟という意味でもある。
その言葉の意味を理解した岩石の魔獣は、書いた文字を羽で消し去り、新たな質問に対し、新たな答えを紙に書き綴った。そしてもう一度見せる。
〝何処かの森の中としか分からない。未だ生まれてから1ヶ月も経っていないから、詳しい場所は知らない。〟
シャラナは紙に書き綴られた内容に、知りたい事とは別の事実に驚愕したのだった。
「生まれて1ヶ月も経っていない……? え…嘘!? 貴方、赤子なの!?」
目の前に居る岩石の魔獣は、子供以前にまさかの生まれて間もない赤子である事に。
未だ生まれて間もない赤子ながら、人間の言葉を理解し、善悪の区別すら出来、魔法まで使いこなす最低S等級の強さを秘めた部類が不明の存在。
シャラナは改めて、岩石の魔獣はとんでもない存在だと再認識をし直した。
1つだけ、赤子である事実に納得は出来ていた。
今迄の旅路でよく見た岩石の魔獣の目――――まるで人間の様な瞳、蒼玉の様な青く煌めくその瞳からは子供特有の興味と好奇心に満ちた輝きを見てきた。そして、人間の様にちょっとした愛嬌のある仕草をする不思議な姿や行動を思い返し、シャラナは納得した。
そしてシャラナの記憶からある疑問が浮かび上がった。
賢者エルガルムの予想と仮説による、何処かで学んだか、若しくはそれを見て真似る事で覚えたのでは、という事に対し、未だ生まれて間も無い赤子がそんな機会に巡り合えるだろうかとシャラナは考察をするも、分かる訳がなかった。
この疑問を解くには唯1つだけ、岩石の魔獣に問う他なかった。
そしてシャラナは疑問を岩石の魔獣に投じた。
「如何やって魔法を覚えたの?」
シャラナからの質問に対し、岩石の魔獣は如何返答すれば良いのか悩んだ。
(如何やって……う~ん、何て書けば良いんだろう…。初めて魔法を使った時は感覚だけで手探りして覚えたって感じだったからなぁ。ん~、上手く説明が出来ないなぁ…)
悩みに悩んだ挙句、余り答えにならない答えを仕方なく書き綴り、シャラナに見せた。
〝感覚かな?〟
書き綴った内容にシャラナはポカンとした表情に為ってしまった。
「えっ? 感覚って…。じ…じゃぁ、誰かの魔法を見てそれを真似したとか…?」
その疑問には、岩石の魔獣は頭を横に振り否定の意を示した。
「えっ!? じゃあ、誰にも教わらずに魔法を覚えたの?」
今度は頭を縦に振り肯定の意を示す。
そしてシャラナは絶句してしまった。
(う…生まれたばかりの子が手掛かりも無しで魔法を覚えたの!? まさかの天才児…!?)
シャラナはここまで訊き出した事を、もう一度確認し整理した。
何処かの森で生まれた。
未だ生後1ヶ月も経っていない赤子。
魔法は見たり教わったりせず、感覚だけで使える様になった。
結論――――天才児を超えていた。
「え~っ。本当にいったい貴方って何者なの~」
生まれて1ヶ月も経っていないとんでも存在にシャラナは無意味に問い掛けるが、それに対し岩石の魔獣は首を傾げながら、頭の上に誰にも見えない疑問符を浮かべるのだった。
(この子、もしかしたら想像以上にとんでもない存在なんじゃ…。魔法を感覚だけで覚えたって普通出来る事じゃないのに。……そういえば、自然系統魔法も直ぐ覚えちゃったし、本当に感覚だけで魔法を使ってるとしたら、この子とんでもない魔法のセンスの持ち主なんじゃ……!)
シャラナは明かされた岩石の魔獣に関する事実に囚われ、困惑しながら頭を抱えていた。
本来、魔法を習得するには魔導師から実際に教わり、己に宿る魔力を感じ取る事が出来てから、初めて魔法を習得する事が出来るものであるのが、現在の時代の魔導師での常識だ。誰にも教わらず、魔法自体を見た事が無い者が独学で取得しようと試みても、たとえ圧倒的魔法の才を持った天才児でも、それは中々出来ない事である。
魔法の存在を知りながらも、魔法に関する知識がゼロの者が無から有を創り出す様な事は、空想上や御伽噺に出てくる魔法を現実のものとして創り出すのと同じ事であるのだ。
もし、そんな事が出来る者が居るとしたら、遥か太古の昔に存在していた〝原初の魔導師〟と呼ばれる伝説の人物だけだ。魔法という技術が無い世界でそれを編み出す程の天分の存在は、今の時代に存在する可能性は限りなくゼロに近いだろう。
しかし、目の前に居る岩石の魔獣は感覚だけで魔法を習得したという〝原初の魔導師〟の様な事を遣って退けている事実に、シャラナは受け止めきれずに困惑するのだった。
そんな困惑するシャラナを他所に、岩石の魔獣はある事を書き綴っていた。
書き終わった後にシャラナの肩を軽く突っ突いて、伝えたい事を書き綴った文字を見せた。
〝魔法に関する本が読みたい。〟
岩石の魔獣はシャラナに対し、魔法関連の本が読みたいと強請ってみた。
そんなお強請りを書き綴られた内容を見たシャラナは自分でも何でか分からず、つい笑ってしまうのだった。
「フフッ、本当に子供なのね」
シャラナは岩石の魔獣がお強請りする子供の様なキラキラ輝く瞳を見て、この子が赤子なのは間違い無いだろうなと納得し、不思議と和んでしまうのだった。
「ちょっと待ってて、先生から頂いた魔導教材書を何冊か持ってくるから」
(やった! お強請り出来たぞ!)
シャラナがお強請りを聴き入れてくれた事に、岩石の魔獣はより一層瞳を嬉しさで輝かせた。
そしてシャラナが本を取りに屋敷の中に戻ろうとしたその直前――――
「シャラナー! 我が愛しき乙女よ! 会いに来たぞー!」
突如と響く全く知らない誰かの声に岩石の魔獣は吃驚し、思わず声の発生源の方へ顔を向けた。
(えっ、何!? 誰!?)
屋敷の側面の壁に居るシャラナと岩石の魔獣は、屋敷の正面からは見えない所に居る為、此方も敷地内に誰が入って来たのかは判らない。
だが、シャラナの浮かべている表情を見た岩石の魔獣は直ぐに理解した。
シャラナの嫌忌で満ちた表情から、岩石の魔獣は誰が来たのか、予想が付いた。
フォルレス侯爵家の敷地内の屋敷前に、無駄にキンキラキンの豪華な衣服に、無駄に高価な様々な種類の宝石が嵌められた指輪を両手の全ての指に嵌め、宝石が嵌め込まれた高級革帯が腰に巻き付いていた。腰に付けている短杖専用ホルダーから大きな赤い宝石――――紅玉が嵌め込まれ、上質の木製ワンドは金で殆どをコーティングされた異常な迄に金の掛かった笏の形をした物をホルダーに挿していた。
彼の名はガウスパー・ドウブ・デベルンス。
王都アラムディストに限らず、ラウツファンディル王国全ての国民が嫌う人物。悪徳貴族ダダボラン・ボズド・デベルンス伯爵の息子にして、シャラナを一方的に自分勝手な愛を押し付け追い掛け続けているストーカーであり、過去にフォルレス侯爵家の敷地内に幾度も不法侵入をした迷惑極まりない七光の馬鹿子息である。
更には都民区画で好き勝手に炎系統魔法を試し撃ちで放ち、街を大火事にした危険行為をした事も何度か起こしており、その犯罪と言える迷惑行為は父親の威光を背景に、適当な誰かに濡れ衣を着せ一方的に断罪し、その後に父が財務相としての権力で被害補償金を滞り無く支払い、自身の犯した行為を無実へと塗り潰しているのだ。
当然、断罪された者が無実であると国民の誰もが判っている。
しかし、質の悪い事に相手は貴族――――伯爵家だ。
社会的地位が持つ権力に加え、有する莫大な財力で自分の思い通りに動く兵を多数雇っている。更に裏では王都内に潜む犯罪者組織から工作員を雇っているなんて噂もある。
デベルンス伯爵家はそうやって自分達に不都合な情報は隠蔽し、改竄した情報内容を報告書として提出しているのだ。
以前にそれ等の報告書を見た国王は違和感を感じ、レウディン侯爵を王城に招き入れ相談した。
当然、レウディン侯爵もそのデベルンス伯爵が提出した全ての報告書内容に違和感を感じた。
記されている情報と噂で耳にしたデベルンス伯爵家が持つ領地の状況が明らかに一致しなかった。
デベルンス伯爵家とそれに関わる者全ての耳に入らぬ様、国王は魔導師団から、レウディン侯爵は王都内の冒険者組合から最も隠密に長けた冒険者を秘密裏に雇い、手分けして真相を探らせた。
そして案の定――――真っ黒だったという訳だ。
真相を知った国王とレウディン侯爵は現在、デベルンス伯爵家の動かぬ犯罪証拠を各々で掻き集めているのだ。
「シャラナが愛する、ガウスパー・ドウブ・デベルンスが来たぞー!」
そんなデベルンス伯爵家の馬鹿子息は、また勝手にフォルレス侯爵家の敷地に不法侵入し、数ヶ月振りに一方的な愛を押し付けにやって来たのだ。
「うわぁ……。また勝手に入って来た…」
シャラナは嫌忌に満ち溢れた表情で、屋敷の正面から見て右端からこっそりと隠れながら、不法侵入者を蔑む様な目で様子を窺っていた。
(うわぁ……。彼奴が例のストーカーかぁ…)
岩石の魔獣も実物のストーカーを目にし、シャラナと同じ様に嫌忌に満ちた表情で不法侵入者を見た。
(顔はそこそこ良い方だけど…、何か人間性の悪さがそのまま顔に出てる感じだなぁ。もう自己中心的なの見て直ぐに判るよ)
岩石の魔獣は彼の顔付きから、人間性の悪い奴だと直感的に判断出来た。
「……はぁ…。ちょっと此処で待ってて」
そう言ってシャラナは嫌そうな表情の儘、不法侵入者の方へと歩いて行くのだった。
岩石の魔獣はそのまま隠れながら、こっそりと遠くからシャラナの様子を見守る事にした。
(もしもの時は、僕が助けに行こう)
シャラナは嫌忌に満ちた表情の儘、屋敷の前に居る不法侵入者の元へと嫌々ながら近付いて行った。
近付いて来たシャラナに気付いた不法侵入者、ガウスパーは気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべ、自分の為に美しい姿を見せてくれたと勝手に思い込み勘違いをする。
「おお、シャラナ! やっと私の為に帰って来てくれ―――」
「そんな訳無いでしょ。早く此処から出てって下さい」
シャラナは感情がって込もっていない冷たい視線を送りながら、ピシャリと冷徹な言葉を投げた。
「そう照れずとも分かっているさ。こうして私の前に――――」
「勝手に人の敷地に侵入して来たのですから、追い出す為に貴方の前に来たのです」
ガウスパーの話を最後まで聞かずに、シャラナは「とっとと出て行け」と言う丁寧な言葉で冷徹に言い放つ。
「そんな照れ隠ししなくても良いのだぞ? 私とシャラナは愛する――――」
「二度と私の前に現れるなと、修行の旅に出る前に言った筈です」
「おお! 私の妻になる為の花嫁修――――」
「魔導師としての修行です! 私は貴方の妻になど死んでも為りたくありません! 汚らわしい!」
シャラナはガウスパーの一方的な気持ち悪いと言わんばかりの好意の押し付けに、心の底から嫌忌が満ち溢れるばかりの思いだった。
しかし、ガウスパーは嫌忌に満ちた表情のシャラナの顔をまるで認識していないのだった。寧ろ、彼が視界に映すシャラナの顔は自分にとって都合の良い表情を幻視しているとしか思えない程の思い込みをしているのだった。
そう、ガウスパーは悪い意味で頭の中がお花畑の馬鹿なのだ。
「そうか、やはりシャラナと私は素晴らしい魔導師として相性が――――」
「悪いです。貴方と私を比べないで下さい。真面に魔法を扱えない癖に魔導師だと威張り散らす貴方とは全く違います。一緒にしないで下さい」
「謙遜する必要などないさ。君の思いはちゃんと伝わっているさ。私も愛していると」
「だから私は貴方が嫌いだと言っているのです! 好い加減にして下さい! 人の話をちゃんと聞いてますか!? それに謙遜すらしていません! あと、謙遜の意味の使い方解ってないでしょ!」
シャラナは溢れんばかりの嫌忌で苛立ち、一方的かつ真面に会話をしないガウスパーに怒声を言い放つ。
そんな怒声を浴びせられたガウスパーは、勝手に脳内変換をした言葉で好かれていると思い込み勘違いをし続ける。
そんな様子を隠れて見ている岩石の魔獣は、シャラナのストーカーによる一方的な押し付けの会話になっていない会話を遠くから聴き取り、ストーカーの喋る内容にげんなりとした表情を顕にしていた。
(全っ然会話が成り立ってない…。シャラナの話を真面に聞いてないし、勝手に人様の敷地に入った事すら悪怯れもしない。相当に質の悪い馬鹿だなぁ)
岩石の魔獣も同様に、目の前で直に会話を聞いてはいないが、その一方的に押し付ける様な会話に苛立ちを覚えた。
何度も一方的に自分都合の会話をするストーカー貴族に対し、何度も何度も嫌忌に満ちた否定と苛立ちに満ちた怒声を投げ続ける。
しかし、どんなに否定しようと、どんなに怒声を浴びせようと、まるで効いていない。それ所か、次々に気持ちの悪い決め台詞の様な言葉を口にし、それを無遠慮に押し付けるのだった。
不毛な会話が終わらない完全な平行線状態になっていた。
そんな様子を見ていた岩石の魔獣は流石に割り込んで助けようかと思っていた時、屋敷の扉が何時もとは違い、バンッと勢い良く少し乱暴に開く大きな音が短く響き、ある人物の憤怒に満ちた怒声が聞こえてきた。
「また勝手に我が敷地に侵入して来たか!! この厄介者が!!」
不法侵入者に怒声を放つ人物、フォルレス侯爵家当主――――レウディン・レウル・フォルレスが冷徹な表情で内に憤怒を秘めながら、シャラナの盾になる様に前に聳え立った。
「おお! これはこれは、御義父さ――――」
「黙れっ!! とっとと此処から出て行けっ!! 不法侵入者!!」
表情には出してはいないが、憤怒に満ちた発する怒声で、相当怒っている事が分かる。
「そ、そんなに照れなくても――――」
「貴様のその耳は飾りか!! その自分勝手な愚行を好い加減に止めろ!!」
「そんな! 私がこうして会いに来なければ、愛しのシャラナが悲しんでしまうではないですか!」
「馬鹿か貴様は!! 貴様の不法侵入行為は、私の娘に対し嫌がらせをしている事だと言っているのだ!!」
「そんな事は有り得ませんよ。シャラナだってこうして嬉しそうに――――」
「帰れ、ストーカー」
シャラナは嫌忌に満ちた表情で直球に言い放つ。
「勿論ちゃんと帰宅時間には帰りますとも。これからシャラナと愛を育む交際をしてからね」
ガウスパーは全く応えてなかった。
「貴様の様な犯罪経緯のある馬鹿に、私の娘とそんな事させるか!! とっとと失せろ!!」
流石のレウディンも、悪徳貴族の馬鹿息子に自分の愛娘と交際するという愚かな発言に、冷徹な表情から怒りに満ちた表情へと変わった。
「では早速、祝福の再開としてシャラナと共に行って参ります」
「ちょっ、此方来ないで!」
「勝手に連れて行こうとするな!! 私の娘に近寄るんじゃない!! 衛兵!! 侵入者だ!! 今直ぐこの馬鹿を放り出せ!!」
勝手に自分都合で話を進めながらシャラナに近づき手を取ろうとするが、シャラナは即座に退避し、レウディンはガウスパーの伸ばした手を払い娘に近付けさせんといわんばかりに立ち塞がりながら、憤怒が混じった大声で騎士を呼ぶ。
結局の所、ガウスパーには会話で物事を成立させるという事は、決して出来ない人物なのだ。
(もう…何だあれ…。彼奴の頭の中いったい如何なってんの?)
シャラナの父親、レウディンが割り込んだ後もずっと様子を見ていた岩石の魔獣は、既にげんなりとしている状態からより一層にげんなりとした表情を顕にしていた。
(あれはもう、会話で決着が付けられないタイプの馬鹿だ。……あんな馬鹿は初めて見たよ)
もう暫く隠れて無茶苦茶な一方的な会話の様子を見守っていた岩石の魔獣だが、シャラナに対するストーカーの勝手な押し付け行為にかなり苛立ち、もうジッと見て居られなくなった。
(ああいう馬鹿を追い出す方法はただ1つ……)
遂に岩石の魔獣は隠れて様子を見る事を止め、シャラナを護る為、馬鹿貴族を追い出す為、彼等の居る屋敷前の所に向かって歩き出した。
重い岩石の足を動かしながら、ズシリ、ズシリと岩石の足の重低音を響かせながらゆっくりと近づいて行った。
ストーカーに迫り寄られ嫌がるシャラナを視界に映し、娘を護ろうとストーカーの前に立ちはだかるレウディンを視界に映し、2人の話どころか気持ちすら気付こうとせず、シャラナに迫り寄ろうとする悪徳貴族の馬鹿息子を視界に映し、1歩1歩大きな歩幅で近付いて行った。
「来ないでって言ってるでしょ!」
「そう恥ずかしがらなくても良いのだぞ」
シャラナは逃げ回り、ガウスパーは追い掛け回す。
「またお前かーっ!! この変質者ーっ!!」
そんな最中、主人の呼び声を聴き付けた騎士2名が敷地の門から全力疾走で向かって来ていた。
「いったい何処から侵入してるんだ、コノヤローっ!!」
「何度も何度も不法侵入しやがって、ふざけんなよーっ!!」
以前にも不法侵入されている為、駆け付けて来た騎士も相当御怒りであった。
「御嬢様ーっ!! 御無事ですかーっ!!?」
駆け付けた2名の内1人の騎士はシャラナを瞬時に抱え、不法侵入者との距離を一気に突き放し、即座に降ろした。
「今直ぐにその不快な馬鹿を放り出せ!! 迅速に!!」
「はっ!! ほら此方来い!!」
怒りが籠った主人の命令に同調する様に、もう1人の騎士は覇気が籠った了解の意を発した後、透かさずガウスパーを取っ捕まえた。
「おい放せ、放したまえ!」
無理矢理引き摺られるガウスパーは此処から離れまいと抵抗するが、力の差で騎士の方が圧倒的に上の為、当然力負けする。
「侵入者は何処に!!?」
そこに更に数人の騎士が駆け付けて来た。
「って、また此奴か!!」
また侵入して来たガウスパーを目にした騎士達は、怒りと呆れが混じった感情を抱くのだった。
「何故私をの邪魔をする! 私はシャラナの婚約者なのだぞ!」
「はいはい寝言は寝てから言うんだな!!」
騎士達はガウスパーの妄言を苛立ちながら聞き流す。
「放せー! 放せ放せ放せー!」
「ああもう、暴れるな!! 誰か手を貸してくれ! 1人じゃ時間が掛かりそうだ!」
「よし、俺が手伝う! この、大人しくしろ!!」
ガウスパーの連行に更にもう1人の騎士が手を貸し、2人掛かりで抑え込む。
そんな時、ズシリ、ズシリと重低音が響いてくる足音に、その場に居る全員が気付き、重低音の発信源の方へ顔を向けた。
「なっ、何だ!? 何だあの動像は!?」
ガウスパーは急に現れた岩石の魔獣を見て、恐怖に染まった青い顔へと一変した。
ゆっくりとした動きだが歩幅が大きい為、ある程度の距離なら直ぐに縮められる。
そのまま岩石の魔獣は真っ直ぐ歩み、ガウスパーへと近付く。
「な……何だ……何だこれ…? こんな動像、見た事ないぞ…」
目の前まで近付いて来た岩石の魔獣の迫力に気圧され、ガウスパーは抵抗する事を忘れるのだった。
「…………」
恐怖で引き攣り青ざめたガウスパーの顔を、岩石の魔獣は無言で普段は滅多にしない鋭い目付きでジーッと睨み付けた。
「こ、此奴、動像じゃない?! 魔獣か!?」
「一応はそうですね。貴方の言う通り、その子は動像ではありません」
シャラナの言葉を動揺しながらも耳にしたガウスパーは、ある方法を閃いた。
「お、おい魔獣! 私を助けろ! さすれば褒美を呉れてやっても良いぞ!」
「…は?」
余りにも馬鹿げた事を口にしたガウスパーに、全員が呆然するのだった。
当然、岩石の魔獣も呆然の表情を浮かべるのだった。
この状況で助けてくれると思っているのか?
そう誰もが胸中で思う。
ガウスパーの表情は傲慢な色が混じりながも、助けを求めているのに必死なのか引き攣った笑みを浮かべていた。それに対し、岩石の魔獣は蔑んだ冷たい視線で突っ撥ねる。
「おい如何した!? 私の言う事を聴け! さもなければ私の魔法を喰らわすぞ!」
次に口から出て来たのは脅し文句だった。
最初に口にした助けを媚びる言葉からガラリと一変し、魔法を放つと急に脅しに掛かる。何方も傲慢な命令口調ではあるが、岩石の魔獣を味方に引き入れようとするには、余りにも交渉が下手過ぎである。
大目に見るとするなら前者は未だ良いとして、後者の方は余りにも悪手である。その理由は相手が実際に魔獣だった場合、怒りを煽ってしまえば当然襲われ、最悪殺される結果に至ってしまう。
つまりは自殺行為をしている様なものだ。
しかし運の良い事に、その相手は少なくとも魔獣の部類ではない謎の存在だ。野蛮な獣の様な獰猛さは無く、人間の様な理知さを持った部類不明の生き物である。
「貴様に一度だけ警告してやる。其奴を怒らせない方が身の為だぞ」
レウディンが腕を組み、鋭い目付きでガウスパーを睨みながら警告を言い放つ。
「見習いにも劣る底辺魔導師の貴様如きに、魔法による脅迫や暴力など通用せんぞ!」
「て、底辺!? 私は底辺などではありません! 私は優れた上級魔導師――――アーク・メイジなのです! 如何かそこは間違えないで下さい!」
「事実底辺だろ!! 貴様もそうだが貴様の父親も同様、貴族魔導師の恥晒し代表だと世間から言われているのを知らんのか!!」
「有り得ないです! そんな事は有り得ないです! なぁ、そうだろうシャラナ!? 君なら解ってくれるだろう!?」
「…貴方程度が自身を上級魔導師だと語るなど、烏滸がましいにも程があります」
ガウスパーから同意の眼差しを向けられるのに対し、シャラナは冷ややかな蔑視を送る。
「言っておきますが、貴方の目の前に居るその子はこの場に居る誰よりも強い存在です。私の師である賢者エルガルム様をも超える力を秘めております」
シャラナの口にした事実に騎士達は騒めく。
「あの賢者様を超えるだと…!?」「あの生き物が…!?」「でも確か、魔法が使えると聞いたぞ」「それって確実にS等級の強さじゃないか…!?」などと様々な声が漏れ出す。
「あ……あの賢者様をも超えるだと…!? い、幾ら何でもそれは嘘に決まっている。冗談が下手だなぁ、シャラナ」
「嘘も冗談も有りません。これは賢者エルガルム様が自ら仰った事であり、偽りの無い事実です」
「そ……そんな馬鹿な…! 有り得ない!」
ガウスパーはその事実を否定する。
「たかが魔獣だぞ! そんな下等な魔物があの賢者様――――いや、それ以前にこの上級魔導師である私の足元に及ぶ筈が無い!」
流石は地位の高い親と莫大な財産に恵まれた環境で、身の危険も無く贅沢に囲まれた中でぬくぬくと育った世間知らずだ。世に存在する魔物に対し、貴族魔導師より劣った脆弱な害獣だと、殆ど脅威を認識していない。
実際に闘った事も無い癖に、よくそんな事が言えるものだ。
この場に居る常識を持った者は馬鹿に対し、心の中でそう軽蔑する。
「おい魔獣!! さっさと私を助けろ! でなければ私の魔法で殺すぞ! それでも良いのか!?」
(まーだ言うのかよ此奴…)
岩石の魔獣は目の前の馬鹿に対し、呆れた視線を送る。
「何だその目は!? 貴族であるこの私に対して無礼であ――――」
そして鼻で溜息を吐いた。
「フゥ~……」
完全に呆れたと言わんばかりの大きな溜息に、不意に発言を遮られたガウスパーは呆気に取られた様な表情を浮かべた。
その後直ぐ、ガウスパーの表情は侮辱された事による怒りの色へと一変するのだった。
その原因は、明らかに馬鹿にする様な大きな溜息の吐かれた所為だ。
しかし、それよりも大きな要因があった。
彼にとって最も怒りを煽られた大きな要因、それは岩石の魔獣の目である。
呆れたと言わんばかりの目付きをし、そして外方を向く様に視線をわざとらしく横に向けるその行為が、ガウスパーを苛立たせた。
相手にする価値など無いと、そんな態度を取られたのだ。
何より人にではなく、魔獣に蔑ろにされた事がより癪に触ったのだ。
「きっ…貴様ぁ!! その態度は何だぁ!!? 下等な分際の癖してこの私を侮辱す――――」
(煩い)
「ふでゅっ!!?」
岩石の魔獣は目の前の馬鹿貴族が怒り騒いでいる事などお構い無しに、ガウスパーの顔面をむぎゅっと無遠慮に掴んだ。
そんな突飛な行動に、その場に居た全員は驚く。
そして岩石の魔獣は、掴んだガウスパーをそのまま引き摺り出した。
「ふぉい、ひゃひをふる! ふぁなせ! ひょ、いはいいはいいはい! ひきふるはぁ!」
両頬を挟む様に掴まれたガウスパーの顔面は笑える程に不細工に変形され、言葉が思う様に発する事が出来ずの状態だった。
そんな彼が無造作に引き摺られて行く様を、その場に居る全員は呆然と見るのだった。
(ったくもう……迷惑にも程があるんだよ)
岩石の魔獣は内心に呆れ果てた感情を抱き、手で摘む様に握り掴んだ不法侵入者をわざと地面に引き摺って行く。
これからすることがし易い位置に向かって。
「いででででっ! ひゃへろ、ひきふるは! はたしほふぁなへ!」
ずるずると石畳の上で引き摺られるガウスパーは痛がり喚くも、岩石の魔獣はそれを無視しながら歩む。
少しの距離を歩いた後、岩石の魔獣はピタリと歩みを止めた。
そして引き摺っていたガウスパーを一度放した。
「ぶはぁ! か…顔が潰れるかと思――――」
解放されたとガウスパーは少し安堵したその矢先、衣服の後ろ襟を掴まれ、ゆっくりと持ち上げられたのだった。
「え!? え!?? 何だ何だ!??」
今度は持ち上げられた事に、ガウスパーは困惑する。
少しの間だけ、岩石の魔獣はガウスパーを持ち上げた状態を維持したまま動かなかった。
「お、おい! 降ろせ! いったい何をする――――」
そして突如、ガウスパーを摘み持った手を勢い良くブォンッと空を重く鳴らし、振り子の様に腕を後ろへと伸ばした。
「え…ちょっ、嘘だろ…!?」
その瞬間、ガウスパーは直感で理解した。
これから岩石の魔獣に何をされるのかを容易に想像が浮かび、恐怖で顔面が見る見る蒼白と為るのだった。
岩石の魔獣のその行動を観ていた他の全員も、これから岩石の魔獣が何をするのか自然と理解出来てしまうのだった。
――――まさか…!
その予想は見事に的中するのだった。
(とっとと……帰れやーっ!!)
岩石の魔獣はブォンッと勢い良く振り子の様に腕を前へと振り被り、下手投げを繰り出した。
岩石の魔獣はある程度軽く投げたつもりだが、投げられたガウスパーにとっては恐ろしい程の速度で投げ飛ばされるのだった。
「アアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!」
勢い良く投げ飛ばされたガウスパーは絶叫を上げながら、警備の目を掻い潜り、苦労して登り超えた敷地の格子柵を飛び越える様に投げ飛ばされ、そのまま貴族区画の何処かへと放物線を描く様に飛んで消え去ったのだった。
(会話が通じないなら、物理的に即追い出す迄だ!)
邪魔者を投げ飛ばした岩石の魔獣は鼻息をフスンと鳴らし、達成感でも得た様に頷く。
投げ飛ばされたガウスパーを見ていたシャラナとレウディン、そして駆け付けた騎士達は、岩石の魔獣の大胆不敵な行動に呆然とした表情を浮かべていた。
厄介者が投げ飛ばされた後に屋敷の扉が開く音が鳴り、岩石の魔獣だけその音に反応し屋敷の方へ身体全体を向けた。
屋敷から出てきたのはレウディンの妻でシャラナの母親――――フィレーネ・ルウナ・フォルレスだ。隣に伴っているのは侍女のライファ・ベラヌである。
「随分騒がしかったみたいだけど、何かあったの?」
屋敷の中に居たフィレーネは外での一部始終を知らない為、当事者の娘と夫に質問を投げ掛けた。
フィレーネの質問に反応し、2人はゆっくりと彼女の方へと顔を向けた。
そんなシャラナのレウディンの顔は、疲れ切ったかの様な表情に少し引き攣った笑顔を浮かべ、困っている様にも見える表情をしていたのだった。
「あ……あぁ…。また入り込んで来た例の侵入者がな……たった今、何処か遠くに投げ飛ばされてね…」
「……え??」
フィレーネは何が何だか理解出来ず、笑顔のままポカンとしてしまった。
そして隣に居るライファは、何故か僅かながら笑いを堪えている様に見えた。
(……もしかして、侍女さんずっと屋敷の中から見てた?)
その後、再び勝手に侵入して来たガウスパーの事から最後に岩石の魔獣が問答無用でガウスパーを投げ飛ばした事までの出来事で、岩石の魔獣はフォルレス侯爵家の皆から沢山褒められ、レウディン侯爵からは「これからも娘をあの馬鹿から護ってくれ」と懇願されるのだった。




