王都入来6-4
シャラナが門を潜り抜け敷地内に入ってから暫くの間、岩石の魔獣は門から少し離れた位置で鎮座する岩の様に座り込み、暢気に昼寝をしながらシャラナが戻って来るのを待っていた。
門の前に居る2人の騎士は、ちょいちょい岩石の魔獣の様子を見ていた。
岩石の魔獣は目を閉じてはいるが、未だ夢の中には入ってはいなかった。だが、眠気はある所為で頭の中はぼんやりとし、重くなった瞼を開ける気が起こらなくなっていた。
(ふぁ~。……眠い)
岩石の魔獣の中の眠気は次第に膨張していき、完全に眠りに落ち夢の中へと沈み掛かった直前に、聞き覚えのある綺麗な女性の声が聞こえてきた。
「ほら、起きて」
綺麗な声と共に、ペシペシと硬い岩肌を叩かれる感触が身体に伝わってきた。
綺麗な女性の呼び掛ける声と硬い岩肌を叩かれた感触によって、膨張した眠気が破裂する様にぱちんと割れ、岩石の魔獣はゆっくりと目を開けながら眠りから目覚めた。
「ンンンァァア~」
未だ少しだけ眠気が抜けてなかった為、口を大きく開けながら、クァ~ッと大きな欠伸をした。
(ん~…未だ少し眠い…)
深い眠りに沈み掛かったタイミングで起こされた所為で、頭の中は少しぼんやりとし、瞼が重く感じ、身体も少し怠さを感じた。
「お待たせ。御父様から入っても良い許可が下りたから、一緒に行きましょう」
(おっ! 中に入れるの!?)
待ってましたと言わんばかりに、残っていた眠気でぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
そしてシャラナは、岩石の魔獣に此方に御出でと手招きをして、そのまま門を潜り抜け敷地内へと再び入って行った。
岩石の魔獣も彼女の後に続こうと、重い岩石の身体をゆっくりと起こしながら立ち上がり、ゆっくりとした動作で敷地内へと歩みを進め始め、敷地に入って行った彼女を追う様に門を潜り抜けた。
門を潜り抜けた先に広がる美しい敷地が、岩石の魔獣の視界全体に映し出された。
(おお! 流石は貴族の敷地! 広いし綺麗だなぁ)
岩石の魔獣の視界には、屋敷まで続く道が丈夫で綺麗な石畳で敷き整えられおり、石畳の道以外の地面は生い茂る緑の美しい芝生も綺麗に短く整えられ、石畳の道の両端には植木が等間隔で綺麗に並び立っている風景が映っていた。そして、奥には豪華かつ立派で大きな屋敷が広大な敷地内に聳え立っているのを遠くから視認出来た。
(わぁ、立派な屋敷だ)
岩石の魔獣はシャラナの後をゆっくりと追いながら、屋敷へと続く石畳の道を歩み、屋敷前に着くまで敷地内の風景をキョロキョロと見回しながら歩を進ませて行く。
綺麗に整えられた石畳の道を真っ直ぐ進み、少し時間は掛かったが屋敷の前に到着する事が出来た。
そして、屋敷前に待って居た人物が3人の内、初めて見る2人が岩石の魔獣に驚愕の表情を浮かべ、目を見開きながら固まっていた。
(あ……これ間違い無く驚いてるんだろうなぁ)
そんな驚愕している2人の様子を窺う様にジッと見た。
(仕方ないか。僕、魔獣だし。普通は驚くものだよね)
岩石の魔獣は諦めた様に悟った。
これからも初めて出会う人達から驚かれ続けるのだろうと。
(それにしても、2人共随分と綺麗な顔立ちだなぁ)
岩石の魔獣は目の前で、未だに硬直したままの男女2人をまじまじと観察する。
(見た感じだと2人は夫婦……だよね? とするとシャラナの両親か。……でも、何か若くない!? 子供を持つ夫婦にしては何か若過ぎない!? 特にお母さんの方、メッチャ若くない!? シャラナと歳が近い感じに見えるんだけど…! あれ、もしかしてお母さんじゃなくてお姉さんとか…!? うわー、美人って見た目だけじゃ判らないものなのかなぁ。何か逆に美人が恐ろしく見えてくる…)
シャラナの両親と思われる美形な2人の見た目に、岩石の魔獣の頭の中は困惑の渦を巻いていた。
(や…止めよう。考えても仕方ない)
岩石の魔獣は変に考える事を止めて、困惑の渦を頭の中から無理矢理追い出した。
「この子が先生が連れて来た子です」
シャラナは少し困った様な表情で、岩石の魔獣を紹介した。
岩石の魔獣はその困った表情の理由を察する事が出来た。
(まぁ、そりゃあ、困るよね。捨てられた犬とか猫を拾って来て、家で飼いたいっていきなり言ってる様なものだしね。特に僕、魔獣だから余計に困るよねぇ)
正直、かなりの迷惑を掛けてしまっているのではと岩石の魔獣は思っている時、シャラナの父親と思われる男性がまじまじと此方を観察する視線を向けてる事に岩石の魔獣は気付いた。
(やっぱり僕って、珍しい部類の魔獣みたいだなぁ)
そう自分の中で納得していた岩石の魔獣だが、彼から思いもしない言葉が飛んできた。
「なるほど…。確かに少なくとも、魔獣の類とは思えないな」
(えっ?)
魔獣の類とは思えないと言う言葉に、岩石の魔獣はポカンとした表情を浮かべた。
しかし、そんなポカンとしか顔を変える更に思いもしない言葉が続けて飛んできたのだった。
「妖精獣か精霊獣の何方かか…」
(えっ!? 妖精獣!? 精霊獣!?? 僕、魔獣じゃないの!? っというか、妖精獣とか精霊獣なんてのも居るの!?)
思いも寄らなかった言葉に、岩石の魔獣は驚愕した。
岩石の魔獣にとって妖精獣や精霊獣の事は未だ聞いた事が無かった知らない知識であり、それがまさか自分がそういう存在の可能性があるという発言に、驚きが沸き起こったのだった。
(えぇーっ!? 僕、魔獣じゃなかったのーっ!? しかも、妖精か精霊の何方かって!?)
自分は魔獣ではない事実や、妖精か精霊の何方かの可能性という事実に、翻弄される様に動揺する中、更にシャラナの口から発言された事実に驚く。
「先生は精霊獣に部類するのではないかと言っていたのですが、正直、私もよく分からなくて」
(ファッ!?)
今度は部類が不確定の存在だという発言に、岩石の何かは大きな目を丸くし困惑した。
(えっ!? えっ!?? 部類自体不明なの!? じゃあ僕はいったい何なの!? 僕、何の珍獣!? いったい僕って何に生まれ変わったんだ~っ!?)
そんな自分の存在の謎に、頭の中は困惑の渦が巻いている中、今度は別の驚愕する内容を耳にした。
「そうか。だが、賢者様がわざわざ王都内にまで連れて来た理由も納得出来る。こんな存在は今まで見た事も聞いた事も無いからな」
(……ん? 賢者様…?)
岩石の魔獣は〝賢者〟という言葉でこんがらがる思考の全てがピタッと止まり、シャラナの父親の言葉をもう一度頭の中で再生する。
(賢者様が連れて来た……王都内に……僕を王都に連れて来たって事だよね。……僕はシャラナの先生…あのお爺ちゃんに連れて来て貰った……。……?!)
そして、頭の中で2つの言葉が結び付き、岩石の魔獣は〝賢者〟とシャラナの〝先生〟の正体に辿り着いたのだった。
(ええ―――――っ!!? 賢者様って、あのお爺ちゃんの事ぉーっ!!?)
以前にポフォナ森林での兎狩りで、フォラール村の元冒険者のタンタと狩人ロノタックの会話を思い出し、その会話内容に出てた〝賢者〟という言葉があった事を記憶から浮かび上がった。
(うそ~! まさか、何時か会って見たい人物が、あのお爺ちゃんだったのか~!)
そんな事実に吃驚している岩石の魔獣を他所に、今度はシャラナの母親と思われる女性から、また新たに知らない事の情報が疑問文としてシャラナに問い掛けた。
「ねぇシャラナ、その子部類が解らないのは何故なの? 賢者様の〈鑑定の魔眼〉なら解明出来る筈でしょ?」
(〈鑑定の魔眼〉? 鑑定って事は…物や生物の詳細を調べる事が出来るやつか!? しかも魔眼って、お爺ちゃんそんな便利な特殊技能を持ってたのかぁ)
〈鑑定の魔眼〉と言う特殊技能を初めて聞いたが、特殊技能名から効力は簡単に予想する事が出来た。そしてその予想が正しければ、岩石の魔獣自身の正体を調べ解明する事が出来る最も有効な特殊技能である。
(という事は…その〈鑑定の魔眼〉で既に僕の正体が判明したから図書館に行ったんだ! やったぞ! これで僕が何に生まれ変わったのかが漸く判明する!)
そんな期待を膨らませた岩石の魔獣だったが、シャラナから期待を裏切る賢者の鑑定結果が述べられた。
「それが先生の特殊技能で見ても全てが不明と結果が出て、種族も固有名も保有している特殊技能すら解らないのです」
「何!? 賢者様の〈鑑定の魔眼〉を以てしても解明出来なかったのか!?」
(ええ――――っ!! 全部不明!!? うそ~ん!!)
自身の事が全て解明出来るどころか、何もかもが解らないという事実に、岩石の魔獣は悪い意味で衝撃が奔った。
結局、自分自身が何なのか解らない儘、もう暫く過ごすしかないのかと岩石の魔獣がガッカリするのだった。
そんな時、シャラナの父親から僅かな情報を耳にした。
「…という事は、少なくともその動像みたいな生物は最低S等級の強さを持っているという事になるのか…」
「はい。先生もそう仰っていました」
(え……Sランク…? 前も聞いたけど…ランクって強さの基準値みたいな用語なのか? ……あれ? Sって…かなり高い方だよね…。だとすると………はい!!? Sランク!!? 僕が!!?)
岩石の魔獣は自分の強さがどれ程恐ろしい水準であるかを理解し、愕然とするのだった。
(ちょっ、それって僕…下手したらとんでもない怪物級じゃん!!! え、嘘でしょ!? 僕は本当にどんな存在に生まれ変わったのぉ!!?)
明らかに他とは逸脱した力を秘めている事に、岩石の魔獣は困惑し動揺する。
そして続くシャラナの発言から、今度はシャラナの両親を驚愕と困惑に巻き込んでいくのだった。
「魔法に関しては、確認出来たのは4系統です」
「4系統も使えるのか……!? それは凄いな…!」
シャラナの父親は驚愕を滲ませる中、シャラナは更に続けて話す。
「それと、この子が先生を遥かに上回る魔力を秘めているんです」
「賢者様を……上回る魔力だと…!?」
そしてシャラナの父親、は岩石の魔獣へと急に凝視し始め出すのだった。
(えっ? えっ? 何? 何なの? 何かメッチャ目ぇ見開いて此方見てくる)
凝視してくるシャラナの父親に、岩石の魔獣は困惑する。
だが、岩石の魔獣の視界に映るシャラナの父親の様子が変な事に気付いた。
(……あれっ? 何か…固まってるんだけど…。えっ? どしたの?)
急に固まり、時間を止められたかの様にシャラナの父親は棒立ちになってしまっていた。隣に居るシャラナの母親も同様に固まっってしまい、棒立ち状態と為っていた。
まるで2人は何かの幻に囚われてしまったかの様に、視線の先とは違う別の何かを見ている様だった。
(ちょっとぉ!? ホントに如何したの!? 動いて! お願い、動いて! 何か怖いんだけど!)
岩石の魔獣は固まったまま動かなくなったシャラナの両親に対し、かなり心配になるのだった。
そんな動かなくなった両親の様子に、シャラナは慌てて意識を現実に引き戻そうと身体を揺さぶりながら声を掛けた。
「御父様!? 御母様!? しっかりして下さい!」
シャラナの揺さぶりによって2人は我に返ってくれた。
「ハッ……?! す…済まないシャラナ。かなり取り乱してしまった」
「…何か凄いものを見た気がした様な……」
「はぁ~、やっぱり驚きますよね~。まぁ、私もそうでしたから気持ちは解ります」
何やらシャラナは困った感情が含んだ笑顔で溜息を吐いていた。
(何を見たの…!? ねぇ、何を見たの!? 凄いものって何!? 取り乱す程の凄い、僕の何を見てたの!?)
何かを見ていたシャラナの両親の一部始終の様子を見ていた岩石の魔獣は、困惑気味に心配の眼差しを2人に向けるのだった。
そんな岩石の魔獣の視界に入っていた侍女は、シャラナの両親の隣で取り乱している様子を何やら内心楽しそうにライファは見ていたのだった。
(侍女さん、何かこの状況楽しんでない!? そのほんの僅かな笑みは何!?)
少し時間を置き、シャラナの両親が落ち着いた所で再び会話をシャラナの父親からし出した。
「ふぅ……これは流石に、賢者様が真っ先に調べに行ってしまう理由が解るよ。4系統も扱えるんだったか? いったいどの属性の系統魔法を使えるんだ?」
「判明しているのは土系統と水系統に、氷系統と自然系統の4つです」
「まぁ! この子、自然系統の魔法を使えるの!」
シャラナの母親は赤みのある琥珀色の瞳を輝かせながら、歓喜の含んだ声が上がった。
(そんなに珍しいのか、自然系統魔法を使えるのって。まぁ、特別な複合魔法って賢者のお爺ちゃん言ってたし、もしかしたら自然系統魔法の使い手が世に少ないんだろうなぁ)
岩石の魔獣は自然系統魔法の希少性を考察する中、シャラナは話を続けた。
「自然系統魔法に関しては、王都に帰る道中で覚えたんです。それもつい最近ですに」
「つい最近!? それは賢者様から学んで覚えたという事か…!?」
新たな事実に、シャラナの父親はまた驚愕する。
「一応…そうかな? この子は人の言葉をちゃんと理解出来て高い知性を持っているので、先生の講義を聞いて直ぐに覚えたんだと思います」
シャラナから語られる様々な事実に、シャラナの両親は目を丸くしていた。
(あー、どんどん僕がとんでもない生き物だと知られていく~)
半ば諦めた様に、もう如何にでもなれという思いを岩石の魔獣は抱いていた。
「……学んで覚えた事にも驚きだが、自然系統を扱えるという事は、四大元素は間違い無く使えるといっても過言じゃない。魔法に長けた精霊でもそんな存在は滅多に居ないぞ…!」
(……ホント、僕っていったい何なの?)
シャラナの父親に対し、岩石の魔獣は届かず伝わらない疑問を心の中から投げるしか出来なかった。
「でも、先生が一番驚いてたのはこの子の特殊技能みたいですけど…」
「特殊技能?」
(うん? 僕の特殊技能?)
シャラナの父親と同じ様に、岩石の魔獣も首を傾げた。
「はい。自然系統で大地の栄養を回復させ、植物の生長を促す上位級の魔法に酷似した特殊技能です」
(あぁ! 特殊技能〈栄養素譲渡〉の事か。まぁ確かに、あれは自然系統魔法と似てるよね)
シャラナの言う自然系統魔法に似た特殊技能について話した直後、突然シャラナの父親が歓喜の混じった驚愕の表情を顕にした。
「それは本当か!? シャラナ!」
「は、はい」
(うわっ! 今度は何ぞや!?)
突然の歓喜に声に、岩石の魔獣も驚いた。
「ライファ! 何かの種はあるか!? 直ぐに持って来てくれ! 出来れば貴重な物をだ!」
「はい、少々お待ち下さい」
彼の急な命令にライファと呼ばれた侍女が屋敷の中へと入って行き、暫くして屋敷からライファが出て戻って来た。岩石の魔獣は侍女が手に抱えている物へと視線を向けた。それは小さな植木鉢で、既に土が敷き詰められた物を持って来たようだった。
(植木鉢?)
何が何だか分からず、岩石の魔獣はキョトンとした表情を浮かべた。
「土の中には既に種を植えております。レウディン様、月光花の種で宜しいでしょうか?」
「丁度良い。普通の環境では育つのがかなり遅い花だから、その特殊技能の力を確かめるのには打って付けだ」
(へぇー、月光花って育てるの大変なんだぁ)
取り敢えず、月光花の育ち難いという事を頭の中の知識ページに追加で記した。
レウディンと呼ばれたシャラナの父親は、そのままライファから月光花の種が植えられた植木鉢を受け取り、岩石の魔獣の前へと近付き、植木鉢を差し出す様に目の前に立った。
「此処に花の種が植えてある。もし、私の言葉が解るのならちょっとした頼みを聞いてくれ」
(頼みとな?)
シャラナの父、レウディンの言葉を聞いた岩石の魔獣は首を傾げながら植木鉢を見詰めた。
「君の特殊技能で、此処に植えた花の種を咲かせる所を見せてくれないか?」
(あぁ、なるほどね。実際に見てみたいって事ね。どれどれ…)
岩石の魔獣はレウディンの言っている事を理解し、大きな岩石の片手を植木鉢に近付け、触れずに近付けた手を途中で止める。
この場に居る全員が岩石の魔獣と植木鉢に注目する中、岩石の魔獣は特殊技能を発動した。
(特殊技能〈栄養素譲渡〉発動)
発動と共に岩石の魔獣の身体は、明るい緑色の光に包まれる様に優しく発光し出し、それに続く様に植木鉢にも明るい緑色の光が移り、植木鉢全体を優しい光が包み込んだ。
そして、全体を光が包み込んだ直後、植木鉢に敷き詰められた土の表面からひょこっと芽が出て、自然ではありえない速さで一気に成長していき、あっという間に綺麗な月光花を1輪、岩石の魔獣は咲かせたのだった。
(良し、でーきた)
月光花の咲き具合に、岩石の魔獣は内心で満足そうに頷いた。
岩石の魔獣が起こした特殊技能〈栄養素譲渡〉による現象に、シャラナの両親は素晴らしい奇跡の光景を目の当たりにしたかの様に歓喜で輝く目を丸くしていた。
「す…凄い! 咲いたぞ! あっという間だ!」
シャラナの父、レウディンは歓喜に満ち溢れていた。
「これは納得だ! 賢者様が驚くのも頷ける! 一見、自然系統魔法の様に見えるが、これは上位級の自然系統魔法でも出来ない生育速度だ!」
(え、そうなの? てっきり…自然系統魔法の方がこの特殊技能より凄いものだと思ってたけど……。でもこの特殊技能と自然系統魔法って、何方も一緒な気がするんだけどなぁ。…でも特殊技能〈栄養素譲渡〉の場合は魔力じゃなくて純粋な栄養素を植物類に与えて生長促進させるだけだし、それなら魔法の方が有用性が高いと思うんだけどなぁ。……もしかして〈栄養素譲渡〉って、かなり珍しい部類の特殊技能?)
岩石の魔獣は、自分の保有している特殊技能〈栄養素譲渡〉と自然系統魔法の違いを考察する。
それを他所に、歓喜に満ちているレウディンは岩石の魔獣の特殊技能の素晴らしさを力説し始めた。
「これなら各地の農村の農作物不足が解消出来るぞ! それだけでじゃない、ラウツファンディル王国領土の全ての村落が食糧不足に困らない豊かな国する事も夢じゃない!」
彼の力説に、シャラナの母親も強く同意する。
「本当に凄いわ! 魔法もそうだけど、こんな素晴らしい特殊技能を持っているなんて! まるで大自然から生まれた恵み其の物だわ!」
(ん? え? そ…そこまで言われると、何か照れるなぁ)
シャラナの母親からの過大な評価に、岩石の魔獣は戸惑いながらも少し嬉しく思った。
「後はダダボランの不正と管理している領土内の村落、その警備の未派遣に不当の多額徴税の証拠を掴めば、奴に所有されている領土内の村民を救い出す事が出来る!」
(ダダボラン? それに不正?)
岩石の魔獣は、彼の口から出た内容に無意識に耳を大きくし、ダダボランと言う名の人物に関する不正について聴こうと耳を立てた。
「あの伯爵家は相変わらずですか」
シャラナはとても嫌そうな表情を浮かべながら、ダダボランと言う人物の不正について質問をした。
何やらその人物と悪い意味で関わりがある様な言い方に、岩石の魔獣はダダボランと言う人物には注意しなければと考えた。
「まぁな。彼奴は相変わらず金と権力ばかりを欲する強欲者だよ。表面上は貴族としての義務を全うしている様に見せ掛けているが、実際は裏で金銭を際限なく掻き集めている噂が嫌と言う程立ってるからな。所有している領土内の村に限らず、この王都に住まう国民達からも不当な徴税を密かに行ってる噂も絶えん。何せ彼奴はあれでも財務相の地位に就いている身だから、野盗や盗賊よりもずっと質が悪い。しかも魔導師としては殆ど実力も無い癖に魔法が使えるという事を笠に着せ、自国民に対して威張り散らす愚か者だよ」
(うわぁ……それは流石に酷い。しかもそんな奴が財務を務めてるって……質悪ぅ。……賢者のお爺ちゃんが怒るのも無理ないなぁ)
レウディンの話からダダボランと言う人物像が大体形成され、岩石の魔獣の中で其奴を悪徳貴族と断定した。
「それに、シャラナが修行の旅に行った奴の馬鹿息子に知られた時なんか、後を追い掛けようとまでしたそうだ」
「うぇー……しつこい」
シャラナはより一層嫌そうな表情になり、ダダボランの息子に対する嫌忌に満ちた声で呟いた。
「帰って来た事が知られたら、間違い無く此処にやって来るだろうな…。はぁ……」
そして嫌そうに溜息を吐くのだった。
「全く…あんな奴にシャラナと付き合わせさせるなど、絶対にさせんぞ!」
レウディンも嫌そうな顔で嫌忌に満ちた声を発した。
(うわぁ……シャラナはその悪徳貴族の息子に、一方的な好意の押し付けとかで付き纏われているのかぁ。そりゃあ、そういう顔になっちゃうよねぇ)
シャラナの嫌そうな表情とレウディンの話で、岩石の魔獣は彼女の付き纏われている心境を理解した。
「よし、直ぐに警備の強化をしよう。以前の様に不法侵入されぬ様に騎士達に伝えておこう」
(えぇ~。其奴、不法侵入までしたのかい。完全にストーカーの類じゃん! うわ~…可哀想だなぁシャラナ)
そんなシャラナの過去を聞き、岩石の魔獣はそんな彼女を不憫に思った。
「安心しろ。奴の不当徴税の記録隠蔽に限らず、自領の警備未派遣と不作や魔物被害の情報隠蔽、国税の横領などの犯罪証拠さえ掴めば、デベルンス家の貴族位と所有する全ての領地を確実に剥奪する事が出来る。そうすれば、奴の馬鹿息子もシャラナに手を出せなくなる。かなりの時間と労を掛けたが、後少しで決定的な証拠を全て掴める筈だ。私が以前から秘密裏に依頼した信頼出来る協力者もいる。だから心配するな」
「そうよ。後もう少しだから心配しないで、シャラナ」
シャラナの家族はとても良い数少ない素晴らしい貴族なのだな、と岩石の魔獣は彼等を見詰めながら思う。
(良い家族だなぁ。お父さんは貴族の仕事だけじゃなく、家族の事もしっかり見ているみたいだ。お母さんもそんな立派な夫を支えている安心感があるなぁ。シャラナは貴族以前に、良い家庭に生まれたんだなぁ)
岩石の魔獣こと白石大地は、前世の子供時代の記憶を思い返し、良き家族とはこういうものだろうなぁ、と少し寂しい感情が滲み出しながらも、目の前に居るシャラナの家族を穏やかな目で眺めていた。
「まぁ、今日は長旅から帰って来たばかりだ。今はこの話は忘れてゆっくり休みなさい。後は時間が解決してくれる」
「そうですね。正直、修行の旅より、今日この子に関する事で色々と疲れました」
(あれぇ~。何か疲れた原因が僕になってるけど、取り敢えず何かゴメン)
疲れた原因が修行の旅から岩石の魔獣に関する事へと挿げ替えられ、ちょっとした疑問か疑惑が生じたが、岩石の魔獣は一応心の中で謝るのだった。
「そうねぇ。賢者様が連れて来た…ん~……妖精獣なのか精霊獣なのかも解らないって言ってたけど、取り敢えず名称は岩石の魔獣にしておきましょう」
魔獣ではない筈なのに、一応魔獣って。
岩石の魔獣は心の中でツッコミを入れたが、他に呼び方が無いので、取り敢えずはそれで良いやと思うのだった。
「そういえばシャラナ、その岩石の魔獣はいったい何を食べるんだ?」
レウディンからの素朴な疑問が、岩石の魔獣に対し浮かび上がった。
「人の食べる物は何でも食べるみたいですけど」
疑問にシャラナは答えた。
「金属も食べますよ」
更に追加補足を答えたのはライファだった。
「き、金属を食べるのか…!?」
金属を食す事に驚いているレウディンに対し、ライファは続けて話した。
「はい。旅の途中で遭遇し、捕縛した野盗達の金属品の武具を全部噛み砕いて食べる所を一緒に見ておりました。それはもう、焼き菓子でも齧り付くかの様に硬い金属を食べられておりました」
「も…もしかして、岩石の魔獣の主食は金属類なのか? だとしたら困ったな、安価で良く使われる鉄でも大量に流通している訳ではないから。かといって、金や銀もそう大量に売られている物ではないし。ん~、それは困ったなぁ」
(いやぁ…あのぉ…別に主食って訳じゃないんだけど。特殊技能の関係で食べれるってだけなんだけどなぁ)
レウディンに主食が金属であると勘違いされてしまい、それを言葉で否定する事が出来ない事に、岩石の魔獣は困るのだった。
だが、そんな岩石の魔獣の言いたい事を、ライファが代弁してくれた。
「その必要は無いと思われます。私達が食べている物で充分に満足してくれていましたから、問題は無いかと」
「あらぁ。じゃあ、沢山食材を買わなきゃいけないわね。屋敷の使用人達に御願いしなくちゃ」
「そうだな。これだけ身体が大きいのだから、人が食べれる量じゃ満足出来ないだろうからな」
漸く幾つもの驚愕から開放されたかの様に、シャラナの両親は落ち着きを取り戻し、岩石の魔獣を迎い入れる心の余裕が出来た様だった。シャラナも岩石の魔獣の関する心配事から開放され、息を大きく吐きながら内心をホッとさせたのだった。
「はぁ~。先生が居れば話が早く済ませる事が出来たのにな~」
「ハッハッハッ、如何だろうなぁ。たとえ賢者様が居て説明を聴いたとしても、そんなに変わらないと思うのだが」
(う~ん。確かに、その意見には同意するなぁ)
岩石の魔獣も、元は別世界から転生した人間だ。もし、彼の立場が自分だった場合、驚くに違いないだろうと岩石の魔獣は思った。
「まぁ、兎に角。暫くは此処に住まわせるという形になるな」
そう言いながらレイディンは岩石の魔獣へと向かい合い、挨拶を送った。
「改めて、私はレウディンだ。ようこそ、我がフォルレス侯爵家へ」
「私はレイディンの妻、フィレーネよ」
シャラナの両親、レウディンとフィレーネから岩石の魔獣に自己紹介と歓迎の言葉を送られた。
そして、岩石の魔獣は2人に大きな片手を差し出す様に伸ばした。
そんな岩石の魔獣の行動に、これが最後の驚きであろう表情でレウディンとフィレーネは、岩石の魔獣の顔と差し出した大きな片手を交互に見た。
その岩石で構成された大きな片手が差し出す行動の意味。
それは友好を求める握手だった。
岩石の魔獣はジッと、レウディンを待っていた。
「…本当に不思議な生物だ。まるで我々と同じ人間の様な事をするんだな」
そしてレウディンは岩石の魔獣の大きな人差し指に手を伸ばし、硬い岩肌に触れた。
レウディンの手が岩石で構成されている人差し指に触れた事を確認し、岩石の魔獣は彼の手を押し潰さない様に大きな親指をゆっくりと挟み、そのままゆっくりと上下に手を振るのだった。
「ンンンンンン」(お世話になります)
野太く鼻に掛かった低い声を出し、言葉が伝わらない挨拶を響かせた。
「あっ」
急にシャラナが何かに気付いた様な声に、全員の視線はシャラナの方へと集まった。
「如何した?」
「そういえばこの子、身体が大き過ぎて屋敷に入れないんだった…」
「あ」
(あ)
この場に居る全員がその事に気付き、「そういえば、如何したものか」と考え始めるのだった。
(むぅ~……身体が大きいとこういう問題に直面する事をすっかり忘れてた~。……小さくなれる魔法とか特殊技能とかって、ないかなぁ~? 人並みの大きさに小さく為りたいよ~)
岩石の魔獣は誰が見ても判る程、がっくりと項垂れた。
結局、身体の大きさの関係上で屋敷の中に入れず、屋敷の外の敷地内に住まう形でしか過ごせなかったのだった。
岩石の魔獣はフォルレス家との出会いによって、更なる出会いの運命が紡がれ始めた。
それは当然、誰も知る由も無い事。
それを知れる存在は神を措いて――――他に居ない。
そして岩石の魔獣の存在が知られ始める事によって、白石大地の運命が少しずつ動き始めるのだった。




