王都入来6-3
門を通り抜け、敷地内に入った馬車はそのまま真っ直ぐと進み続ける。
広大な敷地内の屋敷まで続く道は、丈夫で綺麗な石畳で敷き整えられている。道以外の地面に生い茂る緑の美しい芝生も短く整えられ、石畳が敷かれた道の両端には植木が等間隔で綺麗に並び立っていた。
シャラナが乗る馬車は美しく綺麗に整えられた敷地内を進み、敷地内に聳え立つ尊厳さが醸し出す立派な屋敷へと向かって行く。
馬車は屋敷の前に止まり、馬車の扉が開く。中から此処の屋敷と敷地の所有者の娘であるシャラナ・コルナ・フォルレスと彼女に仕える専属侍女のライファ・ベラヌが地面に降り立った。
漸く長い修行の旅路から帰還し、シャラナはライファを伴って我が家である屋敷の扉の前に立つ。ライファは彼女の目の前にある扉を開け、先にシャラナを屋敷に入れる為に扉の先の道を譲る様に扉の端へと寄った。
そのままシャラナは扉を潜り抜け屋敷内に入り、ライファも後に続いた。
屋敷内は外見と同様に豪華な造りで、極め細やかで上品な装飾や金や銀等で施された階段の手摺に、当然明かりを灯すマジックアイテムも在る。天使の姿を基調として象った騎士の像――――題するなら「天空の騎士」と言うべき白亜の石像が飾られている。
数ヶ月ぶりの我が家に、シャラナは安堵の溜息を吐き、強張った全身をグッと伸ばし解す。
屋敷に居るであろうフォルレス侯爵家当主である父親を探しに行こうと数歩程進んだ時、2階から降りて来た目的の人物と丁度良いタイミングで会う事が出来た。
「おお、シャラナ! 長い修行の旅から帰って来たか!」
レウディン・レウル・フォルレス。
フォルレス侯爵家当主にしてシャラナ・コルナ・フォルレスの実の父親であり、貴族としての功績と魔導師としての高い実力により、国王陛下から侯爵の爵位を授かった由緒正しき貴族。
髪はシャラナと同じ金色で、髪は短く整えられオールバックのヘアスタイルをしている。瞳もシャラナと同じ青く輝く深みのある蒼玉の色をしている。歳は30代後半ぐらいにも関わらず、若々しいその見た目からは未だ20代くらいに見えてしまう程だった。
そして彼は炎系統と風系統の魔法を得意とする上級魔導師であり、ラウツファンディル王国内では賢者エルガルムの次に魔法攻撃力が高いであろうと噂される実力を持つ、数少ない優秀な魔導師として有名なのだ。
そんな彼の2つ名は畏敬の念を込め―――〝豪焔の侯爵〟と呼ばれている。
シャラナの父――――レウディン侯爵は長い旅路から帰って来たシャラナを見て、満面の笑みを浮かべながら早足で階段を駆け下り、愛する娘の元へと歩み寄った。
「ただいま帰りました、御父様」
「御帰り、我が娘よ!」
久し振りの再開に父レウディンは嬉しさの余り、シャラナを強く抱き締めた。
「見違えたな、シャラナ! 魔導師としての腕が上がったのが、魔力を視て判るぞ!」
レウディン侯爵も一流の魔導師である為、保有している特殊技能〈魔力感知〉でシャラナの秘めている魔力の質の高さを感じ取れる。
「いえ、未だ未だ御父様の足元には及びません」
「そんな事は無い! たとえ今は未熟であっても、シャラナは間違い無くこの私を超える魔導師になる! 賢者様の下で修行の旅をしてきたのだから、この私が保証する! シャラナは賢者様から正しい魔法の訓練や習得の仕方を学んだのだから、心配は無いさ!」
レウディン侯爵は確信を口にする様に、自分の愛娘を励まし褒めるのだった。
「色々と修行の話を聴きたいが、長旅で疲れてるだろう。直ぐにお茶を用意を――――」
「シャラナ! 帰って来たのね!」
更に2階から絶世の美女の声が聞こえ、シャラナは声の方へ顔を向けた。
フィレーネ・ルウナ・フォルレス。
フォルレス侯爵家当主のレウディン・レウル・フォルレスの妻にして、シャラナ・コルナ・フォルレスの実の母親であり、彼女も夫と並ぶ優秀な上級魔導師である。
綺麗に整えられた髪は艶のある明るい栗色で、腰にまで流れ落ちている。瞳は少し赤みのある琥珀色――――アンバーの様な輝きを宿していた。歳は夫のレウディンと2つ違いではあるが同じ30代後半ぐらいである。しかし、彼女は夫よりも若々しく、見た目がシャラナの姉なのではと間違えてしまう程の美貌の持ち主である。
これ程の若さという美貌を有する彼女は、おそらく過去に幾人の貴族達に求婚をされてきたに違いないだろう。
そして彼女は夫と同じ風系統と、夫とは違ったもう1つの別系統――――水系統魔法を得意とする上級魔導師であり、レウディンと同様に高い実力を持つ有名な女性魔導師だ。
そんな彼女も2つ名を持ち―――〝幻水の貴婦人〟と呼ばれている。
「御帰りなさい、シャラナ! 会いたかったわ!」
フィレーネ夫人もレウディン侯爵と同じく、久し振りの再会で嬉しさの余り、シャラナを強く抱き締める。そして頬をすりすりと擦り当てながら、可愛い愛娘に愛情を数ヶ月分以上注ぐのだった。
「ただいま帰りました、御母様」
そんな少し重い愛情表現に困りながらも、シャラナは受け止める。
「ライファも御苦労だった。……そういえば、賢者様は何方に?」
「エルガルム様でしたら馬車を途中で下車し、そのまま魔導学院に赴きました」
主であるレウディン侯爵から投げ掛けられた疑問に、侍女のライファは答えた。
「魔導学院にか? あんな所に何の用が?」
レウディンは更に疑問に思う。
今の魔導学院には碌な貴族魔導師の生徒や講師しか居ない。学院ではあるがそれは名ばかりで、学院としての機能と魔法講義内容の意味が殆ど成していない。賢者である御仁が、いったい何をしにそんな無駄な場所へ赴いたのか理解が出来なかった。
その疑問はシャラナから答えが返って来た。
「図書館で何やら古の歴史を調べに行くとかで」
「図書館? それに古の歴史を調べるとは、修行の旅で何か賢者様が気になる物でも見付けたのかい?」
「あ~……その~……実は…」
シャラナは未だ心の準備が出来ておらず、口篭もってしまう。
仕方なく白状する様な気持ちで、何とか伝えるべき事を話し出す。
「先生がこの王都に連れて来た〝子〟が、今家の門の前に連れて来ちゃったんですけど……その古の歴史に関係してるかもしれないという事でなんですけど……」
大丈夫だろうか、このまま敷地内に入れても良いのだろうか、と頭の中でシャラナは不安を募らせ悩み続ける。
「ほぅ! 賢者様が真っ先に図書館へ赴き調べる程のか! その古の歴史に関わる連れて来た者が敷地の門前で待って居るのか?」
愛娘の話にレウディンは興味を抱いた。
そして、わざわざこの話をした理由を察した様に彼は決めた。
「良し、分かった。屋敷に入れて構わないから、私達に紹介してくれ」
「えっ!?」
シャラナは父親の許可に驚き、頭を抱えた。
(あ、これ絶対に連れて来た子が魔獣とかの類って分かってない。如何しよう…)
だが、もう如何しようもない。
賢者エルガルムが無理矢理な形で、王都に入来させた岩石の魔獣を見せなければならない事は避けられないのだから。
なので、シャラナは岩石の魔獣を屋敷前に連れて来る前に、念入りに釘を打っておく事にした。
「分かりました。では、今から連れて来ますので、絶対に手を出さないで下さいね!」
「ん? ああ、分かった。約束するとも」
絶対に手を出さないで欲しいとは如何いう意味なのか理解出来なかったが、レウディンはシャラナに約束を誓った。
そしてシャラナは屋敷の外に出て、門の所までそのまま1人で徒歩で向かって行った。
門へと向かい段々小さくなっていくシャラナを、レウディンとフィネーレは見守る様に見送る。とはいえ、敷地が広いといえど、門の扉までは肉眼で確認出来るのでシャラナを見失う事は先ず無い。
夫と一緒に待つフィレーネは、ある疑問をレウディンに問い掛けた。
「ねぇ、シャラナが……というよりは賢者様がこの王都に入れた〝子〟でしたっけ? 何だか随分とその子に関して心配してた様子だけど、手を出さないでって如何いう意味かしら?」
「賢者様が保護し連れて来た者は、古の歴史に関わると言っていたからな。おそらく、今は滅び消えた一族の末裔とか、そういった類の人物なのかも知れないな」
レウディンとフィレーネは、シャラナが連れて来る者について色々と考察を交わしながら戻って来るのを待つ。
「そうだ、ライファ。賢者様が連れて来た者はいったいどんな人物なんだ?」
シャラナとは一緒に行かずに残ったライファに答えを求め、レウディン侯爵は問い掛けた。
「いえ、人ではありません」
「ん?」
ライファの冷静な答えに、レイディン侯爵だけでなくフィレーネ夫人も一瞬硬直し困惑した。
人ではないというキーワードが頭の中に染み込み、硬直が解けたと同時に理解した。
レウディン侯爵の頭の中でまさかと思い、シャラナが今から連れて来る存在が何なのかを直感で想像が出来た。
「ま…まさか、賢者様が連れて来たのは魔物か…!?」
人ではないと言われたら、人外の存在以外想像が付かない。
そして、シャラナがさっき言い辛そうに話していた事と、釘を刺す様に手を出さないで欲しいと念を押された事を思い返した。
つまり、シャラナはこれから連れて来る魔物に対して攻撃しないで欲しいと遠回しに伝えていたとう事だと、レウディン侯爵は理解した。
しかし、レウディン侯爵の理解と予想とは違った答えが侍女のライファから返ってきた。
「いえいえ、魔物でもありません」
「魔物でもない…? 若しや妖精か…!?」
「かもしれないですが、精霊かもしれないです」
その答えに更なる困惑が、レウディン侯爵と未だに理解が追い付いていないフィレーネ夫人の頭の中に生じるのだった。
魔物ではないが、妖精かもしれないし、精霊かもしれない。
いったい如何いう事だ?
魔物でもないのとはっきり断定された。
しかし、妖精か精霊かも、部類がはっきりしてないのは何故なのか。
それ程までの未知の存在だという事なのか。
更なる疑問が沸き起こった。
「妖精なのか精霊なのかもはっきりしていないのか…!? いったい賢者様はどんな生物を連れて来たんだ!?」
「今は殆ど解らない事だらけです。それを調べる為に、エルガルム様はそのまま魔導学院の図書館に行ってしまわれたのです。エルガルム様が言うには、妖精獣よりも精霊獣に近い部類なのではと仮定しています」
「精霊獣に近い生き物って…いったいどんな姿なの?」
フィレーネ夫人から質問を投げ掛けられたライファは、冷静な表情から笑みの色を浮かべ答えた。
「それは内緒です。今答えてしまってはつまらないでしょう。折角なので実際に見る事をお勧めします」
詳細の事をわざと話さず、ライファはこの後のフォルレス夫妻が驚愕する瞬間を内心楽しみにするのだった。
一方、シャラナは徒歩で門の前に着き、そのまま門を潜り抜けながら敷地の外に出た。
「あ、シャラナ様」
「あの子は?」
シャラナはキョロキョロと辺りを見回し、岩石の魔獣の姿を探した。
「彼方に居ます」
門番騎士の指差す方へとシャラナは顔を向けた。
視線の先には、敷地の格子柵にくっ付く様に鎮座する此処の区画では違和感丸出しの岩を発見した。鎮座する岩の所にまで近付き、シャラナはその岩全体を観察した。
「あれ? もしかして寝ちゃってる?」
「はい。シャラナ様が入って行った後、其処で大人しく眠りについて。しかし、驚きました。こんなにも大人しいとは思いませんでしたよ」
如何やらシャラナ言う事をちゃんと聞き、大人しく待っていてくれた様だった。
「さてと、これから連れてかなきゃ」
シャラナはこの先の不安を抱きながら、眠りについている岩石の魔獣を起こそうとする。
「ほら、起きて」
ペシペシと硬い岩肌を叩きながら声を掛けた。
声に反応したのか叩かれて気付いたのか判らないが、岩石の魔獣はゆっくりと目を開け、眠りから覚めた。未だ少しだけ眠気が抜けてなかったのか口を大きく開け「クァ~ッ」と大きな欠伸をした。
「お待たせ。御父様から入っても良い許可が下りたから、一緒に行きましょう」
シャラナは岩石の魔獣に敷地内に入る許可が得た事を告げ、中に誘導する様に手招きをした。
岩石の魔獣は彼女に従う様に、重い岩石の身体をゆっくりと起こしながら立ち上がった。そして彼女が敷地に入った後を追う様に、ゆっくりとした動作で敷地内へと歩みを進め始め、門を潜り抜けるのだった。
「おっ、戻って来た」
屋敷の入り口前で待つレイディン侯爵は、遠くにある門から此方に戻って来るシャラナの様子を視認する。
「しかし、いったいどんな生物を連れて――――」
シャラナが此方へと向かい歩き出したその後、門から姿を現し潜り抜ける存在を目に映した。レウディン侯爵は敷地内に入って来た存在に驚愕の表情を顕にし、目を見開いた。
「あ……あれはいったい…」
シャラナの後を追う様に付いて行き、此方に向かって来る存在の姿は一瞬岩石の動像かと思ったが、如何も違和感を感じるものがあった。
その岩石の身体は人間の倍以上の大きさが、遠くからでも見て判る。岩石の動像の姿に酷似してはいるが、人間の様に直立で立っているのではなく、猫背の様な前屈みの姿勢をしていた。岩石の手脚も人間の全身より大きく太い構造をしており、その重く硬い岩石の拳から繰り出される一撃は、此処の屋敷をいとも簡単に破壊する事も可能だろう。
しかし、驚愕はしたものの、何故か恐怖は湧いてこなかった。
今も此方に向かって来る存在が危険だと全く感じないのだ。
シャラナの後を岩石の魔獣はのそりのそりとゆっくり歩き、重い足音を立てながら付いて行き、小さかった姿を屋敷に近付く毎に少しずつ大きくなり迫って来る。
そして遂に――――岩石の魔獣がフォルレス夫妻の目の前にやって来たのだった。
遠くからでも巨体である事は判っていたが、近くで見れば思っていた以上の巨体である。そんな巨体から滲み出る迫力を、レイディン侯爵は全身で感じ取った。
そんな驚愕しているフォルレス夫妻に対し、岩石の魔獣はジッと様子を窺う様に視線を向けていた。
「この子が先生が連れて来た子です」
シャラナは少し困った様な表情で岩石の魔獣を紹介した。
それを目にするレウディン侯爵は、まじまじと岩石の魔獣を観察する。
見れば見るほど、不思議な雰囲気を感じるものがあった。
本当に全く恐怖を感じない。
それ所か、妙に安心感が心の底から全身に広がる様だった。
彼の中で生じた様々な疑問の内の1つが、理解する事が出来た。
「なるほど…。確かに少なくとも、魔獣の類とは思えないな」
人間を襲う魔獣であれば、調教師と呼ばれる一流の魔獣使いが調教でもしなければ人間に従う事は先ず無い。たとえ調教して手懐けても、魔獣特有の殺気や凶暴性はどんなに押さえ込んでも、その雰囲気が滲み出ているものだ。
だが、今目の前に居る岩石の身体をした存在は、それとは真逆のものが醸し出しているのだった。
この存在は魔獣の類には当て嵌まらないと、レウディン侯爵は理解した。
「妖精獣か精霊獣の何方かか…」
妖精獣か精霊獣か、いったい何方の部類の可能性が在るのだろうとレウディン侯爵は考察するのだった。
「先生は精霊獣に部類するのではないかと言っていたのですが、正直、私もよく分からなくて」
「そうか。だが、賢者様がわざわざ王都内にまで連れて来た理由も納得出来る。こんな存在は今まで見た事も聞いた事も無いからな」
レウディン侯爵は目の前に居る存在の謎に満ちた価値に目を付けた賢者エルガルムに対し、深く納得し頷く。
「ねぇシャラナ、その子部類が解らないのは何故なの? 賢者様の〈鑑定の魔眼〉なら解明出来る筈でしょ?」
フィレーネ夫人は岩石の魔獣に関する疑問をシャラナに訪い掛けた。
母親からの質問に、シャラナはありのままの鑑定結果を述べる。
「それが先生の特殊技能で見ても全てが不明と結果が出て、種族も固有名も保有している特殊技能すら解らないのです」
「何!? 賢者様の〈鑑定の魔眼〉を以てしても解明出来なかったのか…!?」
賢者エルガルムの保有する特殊技能〈鑑定の魔眼〉は最上位特殊技能の中で有名であり、レウディン侯爵もフィレーネ夫人も大体の者が知っている。その最上位特殊技能を以てしても全てを解き明かせなかったという信じられない結果に、フォルレス夫婦は驚愕の表情を顕にした。
「…という事は、少なくともその動像見たいな生物は最低S等級の強さを持っているという事になるのか…」
「はい。先生もそう仰っていました」
「な……何て事だ…」
まさかの岩石の魔獣が最低S等級の強さを秘めている事に驚愕する父レイディンと母フィレーネに、更に追い討ちを掛ける様に続けて驚愕な内容をシャラナは口にした。
「魔法に関しては、確認出来たのは4系統です」
「4系統も使えるのか……!? それは凄いな…!」
更にシャラナから告げられた事実に、レウディン侯爵は驚きを更に滲ませる。
「それと、この子が先生を遥かに上回る魔力を秘めているんです」
「賢者様を……上回る魔力だと…!?」
それを聴いたレウディン侯爵はその事実を確かめるべく、特殊技能〈魔力感知〉を発動させた。
しかし発動した直後、彼は度重なる驚愕の中、人生で最も驚愕を超えた驚愕――――愕然としてしまうものを幻視し、感じ取ってしまった。
目の前の岩石の存在から、強大な魔力が際限なく溢れ出ていた。
ただ強大ではない。
余りにも強大過ぎる魔力の質だった。
強大過ぎるだけでもなく、余りにも膨大な魔力が岩石の魔獣に宿っていたのだ。
そして、強大かつ膨大な魔力を特殊技能で直に感じ取ってしまった彼は、神話に出てくる巨大かつ神聖な存在を見ているかの様に幻視していた。
レウディン侯爵は愕然の事実に、絶句してしまっていた。
隣に居るフィレーネ夫人も〈魔力感知〉で直に感じ取ってしまい、夫と同じ心境の状態に為ってしまった。
2人は神聖で巨大な幻に囚われてしまったかの様に、まるで2人の時間が止まってしまった様に棒立ち状態と為っていた。
そんな2人の様子にシャラナは慌てて意識を現実に引き戻そうと身体を揺さぶりながら声を掛けた。
「御父様!? 御母様!? しっかりして下さい!」
シャラナの揺さぶりによってレウディン侯爵とフィレーネ夫人は我に返った。
「ハッ……?! す…済まないシャラナ。かなり取り乱してしまった」
「…何か凄いものを見た気がした様な……」
「はぁ~、やっぱり驚きますよね~。まぁ、私もそうでしたから気持ちは解ります」
驚愕していた両親の心境に、シャラナは同情しながら溜息を吐いた。
そんな驚愕する様子の一部始終を見ていた岩石の魔獣は、困惑気味に心配の眼差しでフォルレス夫妻を見ていた。
そして、フォルレス夫妻の隣で取り乱している様子を、内心楽しそうにライファは見ていたのだった。
少し時間を置き、レウディン侯爵とフィレーネ夫人が落ち着いた所で会話を再開し出した。
「ふぅ……これは流石に、賢者様が真っ先に調べに行ってしまう理由が解るよ。4系統も扱えるんだったか? いったいどの属性の系統魔法を使えるんだ?」
「判明しているのは土系統と水系統に、氷系統と自然系統の4つです」
「まぁ! この子、自然系統の魔法を使えるの!?」
「自然系統魔法に関しては、王都に帰る道中で覚えたんです。それもつい最近ですに」
「つい最近!? それは賢者様から学んで覚えたという事か…!?」
「一応…そうかな? この子は人の言葉をちゃんと理解出来て高い知性を持っているので、先生の講義を聞いて直ぐに覚えたんだと思います」
シャラナから語られる様々な事実に、レウディン侯爵もフィレーネ夫人も目を丸くした。
「……学んで覚えた事にも驚きだが、自然系統を扱えるという事は、四大元素は間違い無く使えるといっても過言じゃない。魔法に長けた精霊でもそんな存在は滅多に居ないぞ…!」
「でも、先生が一番驚いてたのはこの子の特殊技能みたいですけど…」
「特殊技能?」
「はい。自然系統で大地の栄養を回復させ、植物の生長を促す上位級の魔法に酷似した特殊技能です」
その内容を聴いたレウディン侯爵は、歓喜の混じった驚愕の表情を顕にした。
「それは本当か!? シャラナ!」
「は、はい」
「ライファ! 何かの種はあるか!? 直ぐに持って来てくれ! 出来れば貴重な物をだ!」
「はい、少々お待ち下さい」
レウディン侯爵の命令にライファは屋敷の中へと入って行き、暫くして屋敷からライファが出て戻って来た。手に抱えているのは小さな植木鉢で既に土が敷き詰められた物を持って来た。
「土の中には既に種を植えております。レウディン様、月光花の種で宜しいしょうか?」
「丁度良い。普通の環境では育つのがかなり遅い花だから、その特殊技能の力を確かめるのには打って付けだ」
レイディン侯爵はそのままライファから月光花の種が植えられた植木鉢を受け取り、岩石の魔獣の前へと近付き、植木鉢を差し出す様に目の前に立った。
「此処に花の種が植えてある。もし、私の言葉が解るのならちょっとした頼みを聞いてくれ」
レウディン侯爵の言葉を聞いた岩石の魔獣は、首を傾げながら植木鉢を見詰める。
「君の持つ特殊技能で、此処に植えた花の種を咲かせる所を見せてくれないか?」
岩石の魔獣はレウディン侯爵の言葉を理解したのか、大きな岩石の片手を植木鉢に近付け、触れずに近付けた手を途中で止めた。
この場に居る全員が岩石の魔獣と植木鉢に注目する中、岩石の魔獣は特殊技能を発動した。
発動と共に岩石の魔獣の身体は、明るい薄緑色の光に包まれる様に優しく発光し出し、それに続く様に植木鉢にも明るい薄緑色の光が移り、植木鉢全体を優しい光が包み込んだ。
そして、全体を光が包み込んだ直後、植木鉢に敷き詰められた土の表面からひょこっと芽が出て、自然では有り得ない速さで一気に成長していき、あっという間に綺麗な月光花が1輪咲いたのだった。
岩石の魔獣が起こした奇跡の現象に、フォルレス夫妻は素晴らしい奇跡の光景に歓喜で目を輝かせた。
「す…凄い! 咲いたぞ! あっという間だ!」
レウディン侯爵の心の中は歓喜で満ち溢れた。
「これは納得だ! 賢者様が驚くのも頷ける! 一見、自然系統魔法の様に見えるが、これは上位級の自然系統魔法でも出来ない生育速度だ!」
彼も一流の魔導師である為、自然系統魔法についてはよく知っていた。
自然系統には、大地の栄養を回復させる上位級の魔法が存在する。大地の栄養を回復させ、肥沃にする事で、結果そこに根を張る植物の生長は促進される。
だが、促進するとはいっても、数秒や数分で実らせられる訳では無い。
どんなに大地の栄養状態を最良にしても、植物の生長には多くの時間を要する。
それは魔導師の殆どが知っている、自然系統魔法に関する常識である。
しかし、そんな常識を打ち破る夢の様な力を持った存在が、今目の前に居るのだった。
恵みを体現した特殊技能の保有者。
恵みを齎す存在。
仮の呼び名――――岩石の魔獣が。




