王都入来6-2
(おお~! 凄い広さ!)
岩石の魔獣は視界全体に広がる光景に瞠目し、心は歓喜で溢れた。
王都アラムディスト内の大通りには幾人の都民や馬車が行き交い、活気の溢れる光景が奥の先まで広がっていた。
今迄見てきたラフォノ平野やフォラール大草原の様な自然の風景とは全く違った世界が視界に広がり、岩石の魔獣は初めて、この世界の美しい自然の光景を目の当たりにした時とは違う新鮮な驚きと感動で、その青い瞳を輝かせていた。
大きな街並みは中世ヨーロッパを思わせる造りで都市を構成し、馬車が行き交う大通りや人が余り行き交わない小道には綺麗で頑丈な石畳が隙間無く都市中の道全てを舗装し、誰もが歩き易い様に施されていた。
岩石の魔獣が現在歩いている大通りの左右には、様々な店がズラリと並んでいた。
飲食店は勿論の事、武器屋に防具屋、何かの羊皮紙みたいな物を売っている店、日の光でキラキラと輝く宝石が硝子板越しで並んでる宝石店、様々な魔法薬が売られている薬屋等だ。岩石の魔獣こと白石大地にとって、この異世界の様々な店は心踊る物ばかりで、大通りを歩きながら並ぶ様々な店をキョロキョロと見回し、次々と目移りをしていた。
そんな岩石の魔獣の様子を、幾人の都民達は遠くから物珍しそうに観ていた。
驚愕した顔を浮かべ、口を大きく開けながら観る者。
あの魔獣が暴れ回らないだろうかと不安な表情で観る者。
興味と好奇心を抱きながら観察する者。
大通りを堂々と歩く岩石の魔獣は、王都の民達の注目の的になっていた。
しかし、岩石の魔獣はそんな事など気にもせず、王都の街並みを観光気分で見回すのだった。
そんな岩石の魔獣の様子を、隣で並ぶ様に進む馬車の窓越しからシャラナが覗いていた。
「……完全に目立ってますね」
もう、如何しようもないと、シャラナは諦めた様な表情を浮かべながら呟く。
「ホッホッホッホッ、もう構わんよ。余計な奴等が寄って来なさえしなければ、堂々として居れば良い」
「えぇ~。でも、屋敷に帰ったらあの子の事、御父様に如何説明すれば良いのか………」
シャラナは自分の屋敷に帰った後の事を想像していた。
自分の師である賢者エルガルムは歓迎されるが、王都に入れ、屋敷まで連れて来た岩石の魔獣を目にした父親や母親、仕える騎士や使用人達がどんな反応をするのだろうか。
先ず、少なくとも誰もが驚愕するのは間違い無い。
最悪の場合、今直ぐ始末しようと父親が率先し、岩石の魔獣に有りっ丈の魔法を叩き込む可能性が在る。それに続く様に騎士達も武器を振り下ろす可能性もあった。
唯一の救いは、岩石の魔獣が物分かりの良い知性を持っているという点だった。
たとえ最悪な事態になっても、それを理解した上で自分からは手を出さずに我慢してくれる筈だ。
だが、もっと楽に治める方法はある。
それは賢者エルガルムが一緒に来てくれるだけで、相手に賢者エルガルムが岩石の魔獣を手懐けたという認識をさせる事である。実際は手懐けた訳ではないが、相手を落ち着かせてから詳しい内容を説明すれば良いだけの話だ。
シャラナは早速一番楽な作戦を実行する為、賢者エルガルムを自分の屋敷に誘導しようと話し掛けた。
「先生。魔導学院図書館は後にして、先ずは私の屋敷で休息を取られては如何ですか?」
「いや! 儂は途中で降りて魔導学院に向かう! シャラナ達は先に屋敷に帰って休むと良い」
誘導はあっさりと失敗に終わってしまった。
今の賢者エルガルムの知識欲求を止める事は、誰も出来ないだろう。
シャラナはガックリと俯く。
そんなシャラナの様子を見たライファは、冷静な顔に微笑を浮かべて、励ましの言葉を掛けた。
「大丈夫ですよ、御嬢様。当主様がいきなり野蛮人の様に襲い掛かって来ませんよ。あの不思議生命体動像は安全だと言える証人は御嬢様だけではないのですから。私も居りますし、御者の騎士だってそうですから、心配する必要は無いと思われますよ」
「えぇ~……絶対驚きますよ~」
「確かに驚きはすると思いますが、あの不思議生命体動像を危険な存在とは感じないと思いますよ。私達があの子と遭遇した時の様に」
「そうじゃぞ、ライファの言う通りじゃよ。彼奴から漂う雰囲気は不思議と危険性を感じないものがあるのじゃから、御主の父親なら直ぐに判る筈じゃ。心配する事は無い」
確かに、あの岩石の魔獣からは危険性というものが不思議と感じないのは、シャラナも充分理解はしている。しかし、それでも心配なものは心配なのだ。
それは暫くの数日の間、一緒に旅をしたから解る事である。急に遭遇した者にとって、特に魔獣であれば直ぐに危険性は無い存在だと理解出来る筈がない。
シャラナ自身もそうだったのだから。
なのでシャラナは考えた。
あの子を如何やって紹介するべきか、頭を悩ませる。
そして、悩んでいる間にも馬車が目的地へと進む途中で止まり、賢者エルガルム1人だけが馬車から降り立った。
降りた理由は言うまでもなく、魔導学院の図書館に向かう為だ。
馬車の隣で歩いてた岩石の魔獣は、1人だけ馬車を降りた老魔導師を見て「如何したんだろう?」と疑問に思いながら首を傾げていた。
「では、儂は魔導学院の図書館で調べてに行って来る。先に屋敷に行っとくれ」
老魔導師の言葉を聞き、岩石の魔獣はなるほどと納得し、遠ざかって行く老魔導師の後を追わずに、シャラナが乗る馬車と共に目的地へと歩を進めた。
そして、シャラナは岩石の魔獣の事について、自分の屋敷に居る家族と使用人達に如何説明すれば良いのだろうかと、屋敷に着くまで悩み続けたのだった。
そんな悩むシャラナの様子をライファは冷静な表情の儘、内心は屋敷に着いた後の事を面白半分に楽しみにしていた。
賢者エルガルムは早足で歩を少し進めた途中で急に止まると同時に後ろを振り返り、その視線の先に居る岩石の魔獣の背を凝視した。
「おや? 彼奴の背に生えとるは……月光花か?」
岩石の魔獣が歩く動作をする度に、僅かに揺れる白い花が、岩石の左肩付近で咲いているのを凝視し、また新たな疑問という知識的欲求が芽生えた。
しかし、直ぐにその疑問を断ち切り、今の優先すべき調べる物へと再び早足で魔導学院図書館に向かうのだった。
途中で賢者エルガルムが降りて、馬車の中はシャラナとライファの2人だけに為る。そして馬車と隣で一緒に歩く岩石の魔獣と共に、貴族が住む区画内を進んでいた。
貴族区画と呼ばれるこの区画は、王城を中心に設けられた貴族の屋敷が建つ邸宅地である。大多数の都民が住まう都民区画に挟まれる様な形で、其々の区画が王都内で分けられているのだ。
貴族区画は広大な都民区画より面積は余り広くないが、区画内に点在する屋敷の敷地は1件1件が広く、当たり前の様に立派で豪華な造りの屋敷が建てられているのだ。
それは貴族として与えられた特権の1つと言っても良い。
だがそれは王に認められ、そして王に忠誠を誓う事で初めて与えられる貴族という地位である。貴族という地位的特権は無償で貰えるものではない。
王に忠誠を誓い貴族の位を与えられた者は、貴族としての義務を必ず果たし続けなければならない。与えられた爵位の大きさに応じ、同時に課せられた貴族の義務を怠れば、それが判明次第、現時点での爵位を降格させられる事だってある。場合によっては、貴族の権力を私利私欲に悪用するものなら爵位に限らず、貴族という身分其の物の剥奪もあるのだ。
そんな中、貴族であるシャラナの父親はラウツファンディル王国で有力な権力を持つ貴族で、国王から与えられた領土の管理と改善を行い、都市や村落がより良く豊かな暮らしが出来る様、徴収した税を無駄なく有効に使い、ラウツファンディル王国での様々な政策の新たな提案や改善を進言し、国王陛下に多大な貢献をしてきた名門貴族である。
フォルレス家はただの名門貴族ではなく、魔導師としての高い実力もある事から、国王陛下から侯爵の爵位を授かった功績と実力を兼ね備えた貴族家である。
先程の都民区画の大通りと違い、貴族区画は人通りが非常に少ない。そんな物寂しさを少し感じる風景の中を、岩石の魔獣は馬車の隣で歩きながらキョロキョロと見回し続ける。
遠くからでも見えるどの屋敷も豪華で立派ではあるが、装飾や形が似たり寄ったりな建物ばかり。その所為か逆に屋敷の豪華さや立派さが感じられず、岩石の魔獣の膨らんでいた期待感は萎んでいった。
(むぅ…。綺麗なんだけど……ただ豪華ってだけの場所だな、此処は)
正直な所、此処よりはさっきの賑わっている場所に戻りたい気分だった。
でも、流石にそれは無理な話だ。
人間なら兎も角、自分は魔獣だ。そんな自分が勝手に単独で街中をウロウロすれば、王都の人達に迷惑を掛けるのは間違いない。
それは岩石の魔獣が望む事ではないので、仕方なく我慢する事にしている。
(街の中を歩くには保護者同伴が必要かなぁ。お爺ちゃんに同伴頼めないだろうか)
そんな事を考えながらシャラナ達の馬車と共に貴族区画を進むが、岩石の魔獣は考えた事が実現出来る可能性が非常に低い事だと気付いた。
(僕、言葉喋れないんだった…)
岩石の魔獣はガックリと肩を落としながら目的地まで歩くのだった。
暫く貴族区画の奥に進み、一際大きい屋敷とそれを囲う他の屋敷とは違う綺麗な金属製の格子柵が見え、門扉の両端に門番であろう立派な金属鎧を頭から爪先まで全身に纏った騎士が2人立って居るのが見えた。
(あれ? 何か、馬車に乗ってる騎士と同じ鎧に見えるけど、知り合いかな? それとも格好が同じだけで無関係な人かな?)
大抵の騎士達の武具の見た目は統一されているもので、其々に仕えている貴族によっては他と似たり寄ったりな見た目から、他とは懸け離れた派手な武具を身に着ける様々な騎士が居る。中には派手さを重視する貴族が居るが、その類の貴族は大抵見栄っ張りの金持ちが殆どだ。そしてそれに仕える騎士も、大抵似た思考を持っているものだ。
しかし、そんな派手な武具を纏っている騎士は決して強くは無い者が殆どで、ただ態度が横柄な貴族と同じ様に自身に身に着けている武具を権力代わりに見せびらかし、自分は強者だと自身たっぷりに虚勢を張る者ばかりだ。
まるで貴族に仕える騎士は、主人と飼い犬の関係みたいに騎士も仕えるその貴族に似る傾向が不思議とあるらしい。
無論、そんな事情は岩石の魔獣こと白石大地は知らない。遠くに居る門番の騎士と御者台に乗っている騎士が同じ主人に仕えているのかは如何かは、考えても答えは出る筈が無い。
(うん。分からん)
岩石の魔獣は考える事を放棄した。
行けば分かるだろうと頭を切り替えて、馬車と共に目的地へと歩を進め続けた。
門前に立って居る2人の騎士は此方に近付いて来る馬車に気付き、遠くから馬車の色や装飾を視認し見覚えのある馬車だと思い出す。3,40メートル程に門番2人の騎士と近付いて来る馬車の距離が縮まった時に、御者台に乗っている騎士をはっきりと視認し、我々と同じ主に仕える仲間だと判断した。片手に持つハルバードと呼ばれる長柄の先端に斧と槍が複合した武器をそのまま握ったまま、空いているもう片方の手を上げて振ろうとした。
その直前、2人の門番騎士は驚愕の余りに固まってしまった。
その原因は馬車の隣を歩く巨大な存在、それ以外他に無かった。
一瞬それは岩石の動像かと思ったが、よく見れば生き物の眼球が2つ付いている事に気付き、あの岩石は魔獣の類だと認識した。
え!? あれ、まさか此方に来るの!?
そう面頬付き兜の下の表情を引き攣らせながら身構える。
馬車が門の前に止まり、岩石の動像の様な魔獣もその場で歩みを止めた。
残念な事に予想は当たってしまった。
魔獣らしき岩石の生き物は止まった馬車から覗き込む様に顔を出し、此方を観察する様に視線を送ってくる。
視線を向けられ更に固まる2人の騎士の心境を理解しつつ、御者台の騎士が声を掛けた。
「やぁ、久し振り。元気だったか?」
取り敢えず、驚愕で固まっている2人をほぐそうと声を掛けるが、硬直している門番騎士の1人が恐る恐る岩石の魔獣に指を差した。
「いや…そんな事より……其奴はいったい何だ…?」
そして質問の答えより先に馬車の扉が開き、中から自分達が仕えている当主の令嬢が侍女と共に姿を現し、地面に降り立った。
「大丈夫ですよ。この子は無意味に人を襲わない大人しい子ですから、心配は要りません」
騎士の質問にシャラナは答えた。
「シャラナ御嬢様! 御帰りなさいませ!」
「御免なさい。驚かせてしまって」
シャラナは2人の騎士の心境に同情しながら謝罪をした。
「いえ、そんな…! しかし、あの魔獣は如何やって従わせて……」
「この子が自分から付いて来たの。正確には先生が連れて来た様なものですけど」
「えっ!? 付いて来た…!?」
2人の騎士が驚くのも無理はない。
常識的に、魔物が人間に好意を持って付いて来る事は滅多に無い事だ。
だが、実際にその魔獣は彼女達に付いて来ており、視界に映る馬車の奥から身体を半分程出す様に此方の様子を大人しく見ていた。常識的には有り得ないがシャラナの言っている事は事実である。
「この子を敷地内に入れる前に、先に御父様と御母様に会って説明して来るので、少しの間この子を見ててくれますか?」
「えっ?! いや…その……見ると言われても、如何すれば…?」
いきなりシャラナから岩石の動像の様な魔獣を少しの間だけ預かって欲しいとお願いをされ、2人の騎士は困惑する。
「見てるだけで良いので、言葉もちゃんと理解出来る子ですから大丈夫ですよ」
シャラナは2人の騎士に、ただ見ていれば良いと簡単な補足説明をし、後ろを振り返り岩石の魔獣に暫く此処で待って欲しいとお願いを告げる。
「後で呼びに来るから、暫くの間は此処で良い子に待ってて。彼等の邪魔はしちゃ駄目ですからね」
シャラナのお願いを岩石の魔獣は頷き、了承する意を示した。
門番を勤める2人の騎士は門を開けた。
そして再びシャラナと侍女のライファは馬車の中に入り、門を通過し敷地内に入っていた。
岩石の魔獣はその場で、敷地内に入って行くシャラナと侍女が乗った馬車を見送った。
馬車が通り過ぎた後に閉まった格子の門越しに、屋敷まで進む馬車を途中で見送るのを止め、岩石の魔獣は敷地を囲う格子柵に近付き、格子柵を背にしながら邪魔にならない様にゆっくりと格子柵に凭れる様に座り込んだ。
岩石の両腕で膝を抱え込む様に体育座りをしたその姿は、不思議と何処の平野にでも転がり鎮座してそうな岩と変わらなかった。
2人の騎士が困惑の視線を送る中、岩石の魔獣はそのまま瞼を閉じ、暢気に昼寝をし始めながら、シャラナに呼ばれる時をのんびり待つ事にしたのだった。




