王都入来6-1
広大なラフォノ平野に引かれた道を歩み、途中の小さな森を寄り道しながら抜け、とある一行は目的地へと馬車の歩を進め続けていた。それに続くよう様に大きな岩石が、鉄の檻を固定した大きな荷車を引っ張りながら後を付いて行く。
御者台に座る騎士は手綱を握り、2頭の馬を歩かせ馬車を引かせていた。
馬車内に居る人物は3人。
1人はラウツファンディル王国の英雄にして最強の魔導師―――賢者エルガルム・ボーダム。
もう1人はラウツファンディル王国の王に仕える名門貴族フォルレス侯爵家の1人娘にして賢者エルガルムの弟子―――侯爵令嬢シャラナ・コルナ・フォルレス。
最後の1人は名門貴族フォルレス侯爵家に仕えるシャラナの専属侍女にして暗殺者の技術を持つ護衛―――ライファ・ベラヌ。
そして彼等の馬車に付いて行く動く岩石の正体は、前世では元居た世界で異常な自然災害により命を落とした人間―――白石大地が異世界に転生し、人外の存在に生まれ変わった魔獣と言われる生きた岩石だ。
白石大地こと岩石の魔獣は、フォラール村から1人旅をしていた途中で野盗達に追われていた彼等を見掛け、その後を追い、野盗達と魔獣達を一方的に一網打尽にし、それを切っ掛けに彼等と共に行動をする事になったのだ。
岩石の魔獣が引いている鉄の檻を固定した荷車は、一網打尽にし捕らえた野盗達が檻の中に入って居り、今向かっている王都の衛兵に引き渡す事になっている。
素材採取で寄り道した小さな森を抜け、目的地へと続く道をひたすら辿り、漸く一行は目的地の王都へと帰還する事が出来るのだった。
ラウツファンディル王国、王都アラムディスト。
王都から西、アルシャス山脈の隔たりの向こうに位置する隣国――――ゴルグドルグ独裁国。そしてアルシャス山脈全体の南側端を中心に山小人族達の国土があり、ラウツファンディル王国領土の境界に添うように位置している。鉱石や原石の採掘は勿論の事、武具や魔法薬、マジックアイテム等の職人が住まう謂わば職人の国とも言われる国家――――ダウトン鉱山国。
更にダウトン鉱山国から東、国境線上に位置する大きな都市――――テウナク迷宮都市。巨大かつ広大な地下ダンジョンを中心に造られた大都市が存在する。
ゴルグドルグ独裁国以外の国家にとってラウツファンディル王国は世界で有名な国の1つであり、様々な物資が行き交う交易も盛んな裕福な国である。
老魔導師達の乗る馬車に続く様に付いて行く岩石の魔獣の視界に、横へと広がった巨大な白亜の壁が映り込む。
それは王都アラムディストの市壁。目的地に近付くにつれて徐々に白亜の壁が見る見ると大きく高くなり、門が見えた頃には視界一面を塗り潰す様に聳え立つ巨大な市壁が映り込む。
(わぁー! 立派な防壁だぁ! 高~い!)
岩石の魔獣は初めて見る巨大な白亜の市壁に瞠目する。
その巨大な市壁と比べれば、身体の大きい岩石の魔獣が矮小に見えてしまう程の高く巨大な壁だった。流石に岩石の魔獣でも、見た目に似合わない跳躍力を以てしても超えられない高さだ。攀じ登れたとしても、市壁最上部に到達するまで非常に時間が掛かるのは間違いないだろう。
敵の侵入を拒む巨大な壁は、市壁と言うより要塞と言い換えても良い。
そんな聳え立つ巨大な盾として王都を囲う巨大な市壁を眺めながら、岩石の魔獣は大きな歩幅を1歩1歩と進ませ近付いて行く。
王都アラムディストの城壁に近付く毎に、岩石の魔獣の心は子供の様な好奇心が少しずつ膨れていき、透き通る青空の薄い青色の蒼玉の様な瞳を輝かせ、ソワソワし始めていた。
それは純粋な楽しみだった。
これから行く王都という知らない未知の巨大な空間に入る岩石の魔獣は、遊園地の一番好きな乗り物アトラクションの在る場所で、はしゃぎながらも心待ちして入る子供の心境になっていた。
ついつい足を速め小走りしてしまいそうな気持ちが漏れたのか、前の馬車との距離が縮んでいた。
岩石の魔獣は晴天の青空を仰ぐ様に、巨大な白亜の壁を眺めながら歩み近付く。
賢者一行と岩石の魔獣は数日間の旅路を終え、王都アラムディスト市壁の門前に辿り着いたのだった。
市壁門の横手に設けられた検問所の窓から衛兵が顔を覗かせる。此方に近付いて来る馬車を視認し、腰に剣を下げ、手には槍を握り締め、検問所内の他の4人の衛兵を連れて出し、扉が開いている門の前に立つ。この王都に入来するであろう一行を、万が一に備えて直ぐに対処出来る様に心を構えて待つ。
段々と大きくなる様に近付いて来る馬車を見据えながら警戒し、馬車は衛兵が持つ槍の穂先が充分に届く距離まで近付き、停車するのだった。
御者台に座っているのは騎士1人、他の者は馬車の中に居るのは明らか。衛兵は馬車の中に居る者に出て来る様に口を開こうとした。
しかしその前に、その立派な馬車の全体をはっきりと視認した直後、衛兵の1人――――いや、この場に居る衛兵全員が誰が乗っている馬車かを思い出した。
「賢者エルガルム・ボーダム様御一行の馬車だ! 直ぐに道を開けろ! 無礼の無い様に!」
その声に反応した他の衛兵は、直ぐに馬車の進行の邪魔にならない様、道の左右の端に移動し敬礼をする。
進行を妨げてしまった偉人が乗る馬車を王都に迎え、敬礼したまま横目で見送ろうとする。
しかし、馬車の後ろに居る何かに衛兵全員が気付く。
「ん? 何だ? 馬車の後ろに何かが……」
衛兵の誰かがぼそりと、他の衛兵の疑問を代弁する様に呟いた。
賢者一行の馬車と共に後ろから付いて来ていた存在をチラッと視認する。
その直後、衛兵全員の表情は一瞬呆然の色を浮かべ、馬車の後ろから覗かせる巨体を凝視し、困惑し、そして驚愕するのだった。
「なっ、何だ此奴!? 動像!? いや、魔獣か!?」
彼等が目にしたそれは――――大きな岩石だった。
それも動く岩石だ。
その岩石の姿は、彼等が知る魔導師が土系統魔法で創り出される岩石の動像――――ストーンゴーレムと酷似した姿形だった。
だが、岩石の存在と岩石の動像との違いは、背筋が真っ直ぐではなく猫背の様な前のめりな姿勢だ。背中には芝生の様な植物も生えている。頭部は戦士が被る面頬付き兜を模した形ではなく、まるで竜の様な骨格に酷似した形をしていた。
そしてその生き物が魔獣だと改めて再認識した理由――――それは無機物である動像には決して無い生物の眼球だ。
透き通る青い空の様な、まるで薄い青色の蒼玉の輝きを日の光で反射し光るその瞳には、魔物特有の凶暴性や殺意といった威圧感が全く無く、その逆、穏やかで、優しい、慈愛に満ちた雰囲気を漂わせていた。
そんな岩石の魔獣を見た衛兵達の内に生じた恐怖は殆ど鎮静したが、それと入れ替わる様に困惑が浮かび上がらせるのだった。
そんな感情を抱く最中、岩石の魔獣が曳いていた背後の荷車を視認し、目を丸くする。
「えっ!? あれって、檻…!? 檻の中は……盗賊!」
衛兵の1人が岩石の魔獣が曳いてたであろう荷車に固定された鉄の檻の中を確認し出す。
檻の中には11人の盗賊であろう者達が俯きながら座り込んでいた。其々の体格差は1人除き然程変わらない程度で、一般人より若干筋肉が有るぐらいだ。その中の痩せ細った2人は戦士としては余りに脆弱そうな軀体から、おそらくは魔導師なのだろうと見て取れる。
そして、たった1人だけ目立つ全身が筋肉で盛り上がっている大男が、この盗賊達の頭目に違いないだろうと檻の中を視認した1人の衛兵は直感で理解した。
「しかし、何で魔獣が?」
分からなかった。
何故、魔獣が盗賊を閉じ込めた檻の荷車を引っ張っていたのかを。
衛兵達が若干騒めき立つ中、門前に停車している賢者一行の馬車の扉が開き、馬車の中から誰もが知っている人物が姿を現し、馬車から大地へと降り立った。
「な、長旅、御苦労様です! 賢者エルガルム様!」
衛兵達は驚愕で解いてしまった敬礼を慌ててし直す。
「うむ、御苦労」
賢者エルガルムは衛兵達の敬礼に対し、鷹揚に頷く。
続いて馬車の中から2人の美女が大地へと降り立ち、その美しい姿を現した。
「これはシャラナ御令嬢様!」
今度は有力貴族の侯爵令嬢に対し、敬礼する。
「御勤め御苦労様です」
彼女の労いの言葉に衛兵達はより背筋を伸ばし、胸を張る。
声も容姿も美しい彼女に声を掛けられれば、男の誰もがつい嬉しく思い、自分をより良く見せようとしてしまうのも無理も無い事だ。
「賢者様との修行の旅は如何でしたか? 王都を出る前とは違い、御尊顔が随分と凛々しく為られた様で」
「はい。とても有意義な修行の旅でした。魔導学院なんかよりも、ずっと沢山の事を学べました」
シャラナはにこりと美しい笑顔を浮かべながら、このまま有意義な修行の旅を続けたいと言う様に口にする。
「左様ですね。彼処は昔とは違い、今では名ばかりの学院ですからね。その御気持ち、非常に御察しします。……その~、失礼ながら付かぬ事を伺いますが……」
衛兵は視線をある存在へと移す。
折角背筋を伸ばし胸を張った格好良い姿勢が、とある存在が近付いて来るのを切っ掛けに、少々情けない構えを取ってしまうのだった。
そうなってしまう原因は1つ、謎の存在――――岩石の魔獣である。
賢者一行の後ろからのそりのそりと、静かだが重い足音を立てながら、ゆっくりと近付いて来る。
「…あの魔獣はいったい何なのでしょうか?」
近付いて来る岩石の魔獣に恐る恐る指を差しながら、1人の衛兵はシャラナの隣に立つ賢者エルガルムに質問を問い掛けた。
「おお、此奴か。大丈夫じゃよ。悪い事をしなければ襲って来んよ」
「そ……そうなんですか…」
流石に偉大な賢者の言葉でも、衛兵達は直ぐに納得は出来なかった。
だが、彼等の納得するしないに関わらず、賢者エルガルムからとんでもない発言が飛んで来た。
「此奴も一緒に王都に入れさせて貰うから、国王陛下に伝えといてくれんか」
そんな発言に、衛兵全員が一瞬で凍ったかの様に固まってしまい、少しの時間が経った後に衛兵達は我に返り、驚きの余り叫んだ。
「えっ……ちょっ、えぇえええええっ!!? 本気ですか!!? エルガルム様!!?」
衛兵達全員は賢者エルガルムのとんでも発言に、驚愕し動揺した。
賢者エルガルムの後ろに居るシャラナは彼等の今の心境を理解し、困った表情を浮かべながら同情していた。隣に控える侍女のライファは冷静な表情の儘、しかし驚愕し動揺している彼等を内心少し面白がりながら眺めていた。御者台に座っている騎士は諦めたかの様に、肩を竦ませるのだった。
そんな様々な感情が入り交じる様子を、岩石の魔獣はただぼんやりと立っていながら観ていた。
賢者エルガルムは衛兵達の困惑を無視し、岩石の魔獣について語り続けた。
「安心せい。此奴は儂等の言葉をちゃんと理解出来る知能を有しておる。数日の間一緒に旅をしたのじゃから、この儂が保障する」
「ほ……本当に言葉が通じるのですか?」
別の衛兵の1人が、岩石の魔獣に対する疑問を口にした。
その疑問は当然の事だ。
魔獣が人間の言葉を聞き理解する事を聞いた事も無いのだから、衛兵の彼等が疑ってしまうのは当たり前の事だ。
それが常識だ。
賢者エルガルムは衛兵達の疑う気持ちを察し、それを理解した上で彼等に同情もした。初めて遭遇し、言葉を理解し聞き入れて付いて来てくれた時の記憶を思い返しながら。
「まぁ、当然の疑問じゃな。おーい、ちと此方来てくれるかのう」
賢者エルガルムは後ろへ振り向き、岩石の魔獣に声を掛けながら手招きをする。それに反応した岩石の魔獣はゆっくりと賢者エルガルムと衛兵達の下へと歩み寄って来た。
衛兵達は呼び掛けに答える様に近寄って来た岩石の魔獣の行動に驚く。
賢者エルガルムの言う事を素直に聞いている。
近くまで歩み寄って来た岩石の魔獣を見上げ、衛兵達は身体を硬直させたまま凝視した。
近くで見ると、よりその岩石の巨体が本来の大きさよりも巨大に幻視してしまう程の迫力を感じてしまう。だが、その迫力感に違和感を感じる不思議な雰囲気が漂ってもいた。
何故か恐怖を一切感じず、心の底から湧き上がってこないのだ。
先ず間違い無く、この岩石の魔獣は衛兵全員をいとも簡単に捻り潰せる圧倒的な力を持っている筈だ。彼等は対峙しただけで、戦士としての直感がそう警告する。
絶対に勝てない圧倒的強者だ、と。
そう直感しているにも関わらず、全く危険性を感じなかった。
衛兵達に向けているその瞳からは、純粋な好奇心の様な眼差しであり、何かを期待している様にさえ見えてしまう不思議な雰囲気だった。
「ほれ、挨拶してみぃ」
「えっ!?」
まさかの「さぁ、挨拶してみよう」と言う無茶振りをされ、衛兵達は戸惑う。
仕方なく1人が岩石の魔獣の前に歩み寄り、適当な挨拶を交わしてみた。
「や、やぁ。どうも…」
「ンンンン」(こんにちは)
衛兵の挨拶に対し、岩石の魔獣は野太く低音に少しだけキーンと優しい高音が混じった鼻の掛かった様な声を発した。
その不思議な声に衛兵達は少し驚く。
そして、その後の岩石の魔獣の行動が衛兵達に更なる驚きを湧き起こした。
岩石の魔獣が目の前の衛兵に大きな手を伸ばし、握手を求めてきたのだ。
その友好を求める行動は衛兵達の常識を壊す程の、魔獣ではありえない行為だった。
目の前に立っている1人の衛兵は、恐る恐ると、ゆっくりとその大きな岩の手に手を伸ばしていった。
ゆっくりと手を伸ばしていく勇気ある衛兵を、他の衛兵達は手に持っている槍を強く握り締め、不安を抱きながら見守る。
そして伸ばした手が岩石の大きな人差し指に触れ、岩石の魔獣は触れた事を確認し、そのまま大きな親指をゆっくりと衛兵の手を潰さない様に挟み、そのままゆっくりと手を上下に振り握手を交わした。
握手を交わした衛兵を含む衛兵達は、その驚くべき光景に瞠目した。
「な? 大丈夫じゃろ?」
賢者エルガルムは自慢げに腕を組みながら笑っていた。
その光景に触発されたかの様に、他の衛兵達も次々と岩石の魔獣の前に近付き握手を交わしていった。握手を交わした衛兵達から警戒する気配が消え、安堵した表情を浮かべる衛兵達がいた。
「…これは驚きですね。この様な魔獣をいったい何処で見付けて来たんですか?」
安堵しきった衛兵の1人が賢者エルガルム対し質問を投げ掛けた。
「ラフォノ平野で遭遇したんじゃよ」
「え? ラフォノ平野でですか? 変ですね、あの場所は余り魔物が居ない筈ですが…」
彼はラウツファンディル王国領土内で魔物が生息する場所を記憶から掘り起こし、ラフォノ平野辺りには危険度の低い魔物ぐらいしか居ない筈だと頭の中の記憶を確認する。
「恐らくは、遠く別の場所からやって来たのじゃよ。何せ、儂も此奴を見たのは初めてじゃからのう」
「賢者エルガルム様でも見た事が無い魔獣ですか…!? という事は、新種の魔獣とかですか!?」
「確かに新種じゃろうが、おそらく部類が魔獣の可能性が低いのじゃよ」
衛兵の言葉を否定するかの様に、賢者エルガルムは短くスパッと答えた。
「え? じゃあ…妖精獣!? まさか精霊獣とか…!?」
「いやぁ、実は未だ何方なのかすら判らなくてのう」
魔獣ではない。
妖精獣かもしれないが、精霊獣かもしれない。
未だ部類が判明していない事を聞かされ、衛兵は困惑した。
此処に居る岩石の身体をした存在の謎は深まる。
だが衛兵はある疑問が浮かぶと同時に、賢者エルガルムの有するある力を思い出した。
「特殊技能〈鑑定の魔眼〉での鑑定結果は?」
「それが全て不明と出たんじゃよ。それ故に未だ判らんという事じゃ」
「全て不明!!? そんな馬鹿な……!」
「ホッホッホッ、儂も驚いたよ。じゃが僅かながらではあるが、もしかしたらという可能性を頼りに、そしてそれを確信とする為に魔導学院図書館で古の歴史を調べようと思っとる」
「古の……歴史ですか?」
「なぜ古の歴史を調べるのですか? 先生」
賢者エルガルムの話を耳にしたのか、興味を惹かれたシャラナが混ざりに入って来た。
「もしかして、あの子が関係する歴史書に心当たりが在るのですか?」
「薄っすら、とじゃがな。しかし、ごく一部じゃ。今はそれを手懸りに魔導学院図書館に行って調べてみるしか方法が無くてな」
「そのごく一部とは何ですか? 薄っすらとでも構いませんので教えて下さい」
訊きたがるシャラナを前にして、賢者エルガルムは岩石の魔獣の方を見ながら、記憶の中から重要な何かを思い出そうと再び掘り返し、再び口を開く。
「シャラナも見たじゃろう。森に咲いていた月光花を次々と増やし咲かせたあの力を」
「あれですか? 凄かったですよね。あんな自然系統魔法まで使えるなんて」
「いや、あれは自然系統魔法による現象ではない」
「え?」
賢者エルガルムにあの現象は魔法によるものではないと否定され、シャラナはキョトンとした表情になってしまった。
「あの現象は特殊技能によるものじゃ。確かにあれは自然系統魔法に見えたが、大地の栄養を回復させ植物の生長を促進する魔法は上位級じゃ。それを未だ初めて覚えて間もない彼奴は、それを知らん」
「え? で…ですが、実際に生長促進されてましたよね?」
「じゃが観たじゃろう、彼奴が起こした異常な植物の生長促進の速さを。あれは高位の森司祭でも出来ん速度じゃ」
「じゃあ、あれは何の特殊技能だったんですか? 先生」
「あれは儂にも判らん。じゃが、記憶にある古の歴史関連に、あの様な力を持つ存在が居たという記録が確か在った筈じゃ。それを手懸りに、今回は魔導学院図書館で探し調べる予定じゃ」
賢者エルガルムは威厳のある表情を浮かべ、真剣な瞳をギラリと輝かせた。その反面、内心は賢者としての探究心が疼いてソワソワしていたのだった。早く何が何でも解き明かしたいと。
「と、いう訳で。此奴も一緒に入れさせて貰うぞ」
「わ…分かりました。しかし……」
衛兵達は諦めた様に承諾はしたが、入来した後の事に心配をしていた。
「王都内の都民達が驚いて騒ぎに為りますよ、絶対。その辺は大丈夫なんですか?」
衛兵達の心配は当然の事だった。
王都の街中で巨大な魔獣が堂々と闊歩すれば、間違いなく王都中の人達は驚き恐怖してしまうのが普通だ。最悪の場合は、衛兵や国王直属の近衛や騎士達が動き出し、全力で排除しに来る可能性だって在る。
そして最も最悪なのは、排除しようと攻撃を仕掛けた近衛や騎士達が逆に岩石の魔獣の返り討ちに遭い、王都中を暴れ周りながら蹂躙するのではないかという危惧である。
「心配するでない。此奴は儂等と同じ人間の様な知能を持っとるから、物事の区別はちゃんと理解出来る奴じゃよ」
賢者エルガルムは岩石の魔獣近付き、硬い岩肌をぺしぺしと叩きながら大丈夫だと口にする。
「先生の言う通りですよ。この子、とても大人しい子ですから余り心配ないですよ」
それに続く様にシャラナも、岩石の魔獣の岩肌をぺしぺしと叩いた。
岩石の魔獣は自身の肌をぺしぺし叩く2人を何度か交互に見て「なになに? 如何したの?」と言いたげながらも、優しく穏やかな目をしながら「僕、何かした?」と疑問に思う様に首を傾げる。
とても不思議な存在だった。
岩石の動像に似たな姿をした人外であるのに、仕草や優しく穏やかな瞳はまるで人間の様な雰囲気を醸し出していた。そんな岩石の魔獣を見れば見るほど、何故か和んでくる。
衛兵達は何時の間にか、目の前に居る岩石の魔獣に対し気を許していたのだった。
結局、衛兵達は王都入来後の心配も諦め、岩石の魔獣の入来を許可する事にした。
「分かりました。そこまで言うのでしたら、信じましょう」
衛兵達は左右に道の端に寄り、敬礼をし直した。
「おお、そうじゃ。其処に居る野盗共を衛兵の詰め所に届けといてくれ。しっかり牢屋に閉じ込めとく様に」
「了解しました。後は我々が詰め所に届けます」
「うむ、頼んだぞ」
賢者エルガルムは鷹揚に頷いた後、そのままシャラナと侍女と一緒に馬車の中へと向かって行った。
「おーい! それは衛兵達に任せて良いから行くぞー!」
さっきからジッと待っていた岩石の魔獣に声を掛け、馬車の中へと入っていった。
その言葉に反応し、岩石の魔獣は鉄の檻が固定された荷車を衛兵達の所に引っ張って行き、その場に置いて王都アラムディストへと入って行く馬車の後を追う様に歩みながら入って行った。
衛兵達は敬礼し、賢者一行の馬車と岩石の魔獣の背を見送る。
そして見送った視線の先に、この場に居る衛兵達は岩石の魔獣の背に、人間の身体で言う左肩近くに付いているある物に気が付いた。
「あれ? 何か白いのが……」
衛兵達は岩石の魔獣の背に付いている物を凝視し、それが何なのかこの場の全員が理解した。
「えっ……あれって、月光花?」
その岩石の背には、鬱金香よりも少し花弁が開き、白色の上に細く青い線が何かの模様を描かれた様な美しい花が1輪、綺麗に咲き誇っていたのだ。
衛兵達全員はポカンと口を開けたまま呆然とし、何とも妙な後姿をそのまま見送っていた。
因みに岩石の魔獣は、自分の背の左肩付近に何時の間にかチャームポイントが生え、それが綺麗に咲いている事など暫く気付かない儘だったとか。
そして結局、岩石の魔獣が堂々と王都に入って来た所を王都の都民達が目撃し、騒ぎが起こるというお決まりの様な展開になるのだった。
そんな騒ぎは、賢者エルガルムとシャラナの御蔭で何とか治める事が出来たのだった。