賢者達との旅路5-3
太陽は完全に地平線の下へと潜り込み、夕焼け色に染まっていた空と平野は暗い影に染まった。
太陽の変わりに天に昇った月がぼんやりと、優しい光を暗闇に染まった世界を照らし出していた。
そして闇夜の空を無数の星々が輝き、闇夜の世界を美しく幻想の様な光景を作り出していた。
そんな薄暗く染まったラフォノ平野に、大きな明かりが灯る。
暗い世界の、ほんの少し辺りを照らし出す揺らめく光に集まる様に、囲っている4人の人間と1体の岩石が其処に居た。
木製の丸いテーブルを囲み、4人は木製の椅子に座り、岩石の魔獣は大地に腰掛ける様に座り込む。そして彼方此方に居る倒されずに残ったリトル・クレイゴーレムは、まるで縫い包みが置かれている時のポーズの様な可愛らしい座り方をしていた。
テーブルには香ばしい香りがする焼いた食パンに色鮮やかな新鮮なサラダ、丁度良い具合に焼かれ薄切りされたローストビーフと思しき肉が皿に添えられ、スープは甘藍や人参、馬鈴薯といった良く使う野菜の具材に椎茸に似た茸を入れじっくり煮込み、具材の旨味を溶け込ませた一品だ。
其々の一品は平等に皿に分けられており、岩石の魔獣も本日の食事を分けて貰った。
ただ、食事の出された量は人が食べる量であり、岩石の魔獣にとっては小さく少ない量ではあるが、岩石の魔獣はちっとも気にしていなかった。
岩石の魔獣は、基本的に何も食べなくても飢えずに生きていける為、お腹を満たす為にたらふく食べる必要性は無い。
お腹を満たすより、美味しい物を食べて心を満たすという形で食事をするのだ。
(野宿での食事にしては、少し豪華な気がするなぁ)
前にフォラール村で食べた食事と比べて、贅沢な物が皿に盛られていた。
おそらくは老魔導師の空間魔法で、予め上等な食料品を多量に収納していたのだろう。御蔭で楽々に持ち歩ける上、何時でも贅沢な食事をする事が出来る。
(ちょっと参考にならないかも)
空間魔法は実に便利だが、それが使えない場合での野宿というものが参考にならないなと、岩石の魔獣は思った。
「貴方にはこの食事量は少ないだろうと思い、此方の大蜥蜴の肉を大きめに切り分けて焼いた物を用意してみました」
クールビューティー侍女が岩石の魔獣の隣に、良い具合にこんがりと焼かれた大きな蜥蜴の肉が大きな皿に山の様に盛られていた。
何時の間に隣に置かれた大きめに切り分けられた焼肉の山に、岩石の魔獣は不意を突かれたかの様に驚く。
(こんな大きな物をわざわざ用意してくれたんだ)
大型の蜥蜴魔獣の肉を焼いてくれた侍女に、微笑みながら優しい目線を送りながら感謝を送った。
伝わったのか、何時も冷静な表情をしてそうな侍女が微笑み返してくれた。
普段の冷静な表情から一変したかの様な、目を奪われる程の美しい笑みだった。
(わぁ……これは誰でもつい一目惚れしてしまうよ。あんな不意を突いた笑顔を見せられたら)
もし岩石の魔獣も人間であったら、間違い無く一目惚れをしてしまうだろう。
「もし足りないのでしたら、此方のミスリル製の騎士の兜を添えさせて――――」
「ちょっ、止めんかい! 勝手に俺の兜を持ち出すな! そして差し出すな!」
「冗談です」
スッと目の前に差し出された兜を慌てて騎士は取り戻し、侍女さんはシレッと何事も無かったかの様な表情へと変えていた。
そんな騎士と侍女の寸劇をしてる様な光景に、老魔導師とシャラナは笑っていた。
岩石の魔獣は一瞬「この2人って仲が悪いのかな?」と思っていたが、如何やらそれは違うと確信しホッとした。
早速戴こうと岩石の魔獣は銀製のフォークを摘み取り、ローストビーフと思しき肉に向けてフォークを伸ばした。うっかり皿を割らない様に力を加減し肉を刺し取り、そのまま口の中へと運んでいく。口を閉じて銀製のフォークを齧り取らない様に口の中から抜き取り、肉を租借し味わう。
口の中は肉の旨味で広がり、脂身が少なく、幾らでも食べられる程の美味しさだった。
(ん~! 良い味だぁ! 野菜は如何かな?)
次は色鮮やかな新鮮サラダに目を付け、岩石の指で摘んだフォークをサラダの方へと伸ばしていく。ザクッと野菜をフォークで刺し取り、さっきと同じ様に口の中へと運び入れる。
シャクリシャクリと口の中の野菜を噛み、最初はほんの僅かな野菜ならではの苦味が広がるが、噛み続けていくと苦味は徐々に消えていき、代わりに仄かな野菜の甘味が少しずつ、口の中に広がっていく不思議な感覚が伝わってきた。
(おおー! この瑞々しさ、とても良い新鮮な野菜だ! こんな新鮮な野菜、前世でも食べた事が無いくらいの食べ易さだ! お肉と一緒に食べれば更に美味しい!)
岩石の魔獣はローストビーフと思しき肉を口に入れ、透かさずサラダも口の中に入れて一緒に租借しながら味わった。
更に続いてはスープを皿ごと手に取り、そのまま口の中へと流し込む。流し込んだ後は直ぐには飲み込まずにスープに入っていた具材達を噛んで租借しながら、スープと具材の味を確かめた。
(このスープは前にフォラール村で戴いたスープに似た味だ。けど少し違うな……この椎茸みたいな茸が何か違った旨味を出してるのかな?)
フォラール村で飲んだスープと本日の野宿で出されたスープの味の違いを比較しながら、味わい楽しんだ。
折角なので、岩石の魔獣は空に為った皿を侍女に差出し御代わりを要求した。
御代わりの要求が伝わり、侍女は直ぐに空の皿を受け取り、鍋の中のスープを掬い取り、たっぷりと空の皿に注ぎ具材を盛る。そして空に為った皿はスープと具材で満たされて岩石の魔獣の元に戻って来た。
「どうぞ、御召し上がり下さい」
(良い笑顔)
クールビューティー侍女の綺麗な笑顔に、つい岩石の魔獣も釣られて微笑んでしまう。
次はこんがり焼いた香ばしい香りがする食パンを1枚摘み取り、そのまま1枚丸ごと口の中に放り込み噛んで味わう。
(おー! サクサクでもっちりしてる! ん~、美味しい! 次はスープに浸してから…)
岩石の魔獣は食パンをもう1枚摘み取り、今度は食パンをスープに浸してから口の中へ入れた。
(ん~! やっぱり美味しい~!)
スープの味が染み込んだ食パンの味も楽しみ、人が1人では先ず食べ切れないであろう切り分けられたビッグリザードの焼いた肉をそのまま掴み、大きく口を開けて思いっきりガブリッと齧り付く。齧り付いた後引き千切り、口の中で何度も噛んで大きな蜥蜴魔獣の肉を味わう。
(ふむふむ、思ってたよりあっさりした味だ…。笹身みたいな食感だし、もしかしたら意外とヘルシーなお肉なのかも。味付け次第で…。うん、いける!)
岩石の魔獣はこの大蜥蜴の肉を食用としては良い肉だと、自分の中で高く評価した。
暫く時間が経ち4人は食事を済ませたが、岩石の魔獣は後1切れの大きな肉をゆっくり食べてる真っ最中だった。
空に為った全ての皿とスープ鍋を侍女はササッと片付け、皿や鍋、使った調理器具を老魔導師の水系統ではない別の系統による魔法で、あっという間に綺麗にしていた。水の魔法で洗い流したり布で水気を拭き取る手間は一切せずに、そのまま老魔導師の〈収納空間〉に仕舞い込んで終了だ。
そして漸く、岩石の魔獣も最後の大きな1切れの肉を食べ終えたのだった。
食事を終えた4人と1体はテーブルを囲みながら、無数に輝く星々の夜空の下で残りの時間を、紅茶を飲みながら寛ぎ過ごしていた。
そんな中、岩石の魔獣は紅茶を飲む事を遠慮し断りを入れていた。別に紅茶が嫌いと言う訳ではなく、ただ、これ以上は人の食料を頂き続けるのは気が引けるという理由からである。
未だに岩石の魔獣の後ろでは、2頭の馬が背中に生えている草をムシャムシャと毟り取っては食べていた。
だが、気にしない。
別に困る事は全く無いのだから。
岩石の魔獣は自分の創り出したリトル・クレイゴーレムを操作し集め、一緒に地面に座っていた。その光景は何とも不思議で微笑ましくもある雰囲気を漂わせていた。
そんなボーっと座っている岩石の魔獣を、シャラナは何かの魔導教科書から顔を覗かせ、ジッと観察していた。
「本当に不思議な子……。何処で生まれたのかしら?」
シャラナは視界に映る岩石の魔獣に対する疑問をポツリと呟いた。
そんな呟きの疑問を耳にした老魔導師は、彼女に同調する様に口を開く。
「確かに不思議な存在じゃ。こうも自ら人と一緒に過ごすのもそうじゃが、あの人間の様な知性に理解力。何処からか学んだのか、それとも生まれ持っての知性の才なのか」
2人の会話は岩石の魔獣にも聞こえていたが、シャラナも老魔導師も、岩石の魔獣に聞かれている事には気付いていない様だった。
岩石の魔獣はそのまま座った状態で、2人の会話を聴き続けた。
「もしかしたら、魔法を何処かで見て覚えた可能性も在るやもしれん」
「だとしたら、もっと遠くの別の場所から…。たった……1人? で此処まで歩いて来た事になるという事でしょうか?」
「そうじゃな。その可能性が充分高いじゃろう。しかし、さっきの動像の動き、あれは間違い無く〈動像操作〉の特殊技術を有しておるな。それに〈動像制御〉も間違い無い持っているじゃろう。……うーむ、彼奴はいったい他にどの様な特殊技能や魔法を保有しておるのやら」
老魔導師は岩石の魔獣の方を見ながら、その見た目から持つ特殊技能について考察をしていた。
そして何かを思い付いた様な表情を浮かべ、岩石の魔獣に声を掛けた。
「のぅ、お前さん、ちょっと色々と聞きたい事があるのじゃが、此方へ来てくれるかのう」
岩石の魔獣は老魔導師の言葉に従う様に立ち上がり、ゆっくりとリトル・クレイゴーレム達と一緒にシャラナと老魔導師の下へ歩み寄って行った。
(なになに~?)
老魔導師の聞きたい事に、岩石の魔獣は興味を持ちながら近付いて行った。
「お前さんは土系統と水系統以外に使える魔法は有るかの?」
老魔導師の魔法に関する質問に、岩石の魔獣は実際に目の前で魔法を発動して見せてみた。
岩石の掌に人の頭ぐらいの大きさの立方体の氷塊を出現させ、それを見た老魔導師とシャラナは驚愕し、感嘆の声が漏れた。
「氷系統……! 3つも扱えるのか! ……御主、もしや自然系統も使えたりするのか?」
(自然系統?)
老魔導師の口から初めて聞いた系統魔法に、岩石の魔獣は首を傾げた。
しかしその様子から、岩石の魔獣が自然系統の魔法についての知識が無い事を理解した。
「なるほど、聞いた事が無いという顔じゃな」
その言葉に、岩石の魔獣は頭を縦に振り素直に肯定した。
「ふむ……この様子じゃと、2系統以上を同時に発動し複合する魔法技術も知らんのじゃろうな」
「複合魔法ですね」
(複合魔法?)
更に初めて聞く言葉に、岩石の魔獣は興味と好奇心で目を輝かせた。
「折角じゃから、複合魔法について教えよう。シャラナはもう知っとるが、確認を兼ねてな」
また新たな魔法の知識が得られる事に、喜びを感じた。
そして老魔導師の魔法講義が始まった。
「複合魔法とは、2以上の属性魔力を同時に混ぜて発動する魔法技術であり、属性魔力の組み合わせで、単体では起こり得ない新たな魔法を発現する事が出来る。例えば、炎系統での熱発生と水系統の水生成を組み合わされば〈温水創造〉の魔法が成り立ち、水系統から突風を起こす風系統に置き換えれば〈熱波〉の魔法が成り立つ。そして基礎たる要素の火・水・土・風の4つ―――この四大元素の中から2つ組み合わせる事により、新たな系統が形成される」
「火と風が合わされば電気系統、水と風が合わされば氷系統に」
「そうじゃ。何方も2つの属性魔力の均等が崩れれば巧く複合せず、発動せん魔法じゃ」
(へぇ……電気と氷って複合による魔法なんだ…)
この事実はとても重要だと、岩石の魔獣は頭の中に刻み込む。
「御主は氷系統も扱えてた。恐らく風系統も間違い無く使えるじゃろうな」
「あ、そっか。……ん? でも僕、一度も風の魔法なんて使った事ないんだけど…)
老魔導師にそう言われ、岩石の魔獣は何とも言えない困惑を滲ませた。
氷の魔法を発動させる時は、単純に水を冷やし固める―――詰まりは凍らせるイメージを浮かべていただけだ。水と風の属性魔力を均等に混ぜ合わせるなんて細かな事は、全く考えていない。
そんな理屈を全く知らず、如何して複合魔法である氷系統を発動出来たのやらと、岩石の魔獣は疑問を抱くのだった。
「しかし、自然系統は先に挙げた2系統とは違い、魔法によって掛け合わせる属性魔力の種類と複合均等が異なる特別な魔法じゃ」
「一般で知られているのは、水と土の属性魔力を均等に掛け合わせる事で植物を生み出す魔法ですよね」
「その通りじゃ。しかし、もう1つ混ぜ合わさなければ為らない要素が有る。以前に教えたが憶えておるか?」
「はい。この世のあらゆる場所に漂い存在し、常なる眼では捉えられない自然活力――――属性持たぬ元素霊」
シャラナの解答に、老魔導師は正解だと頷く。
(エレメント……? 確か…元素の意味だっけ)
また新しく聞く言葉に、岩石の魔獣はシャラナが口にした内容を、頭の中に在る知識の白紙ページに記し刻み込む。
「そしてそれを視て感じ取り、己が力として行使する事を可能にするのは〝森司祭〟。自然を愛し、精霊を敬う神秘の崇拝者。高位なる力を持つ者は、精霊から恩恵を与えられ、その力の属性に対応する魔法はより強大な魔法へと昇華され、天候をも自在に操ると言われている」
(ドルイド……。それに精霊かぁ……)
更に新しい言葉を耳に、岩石の魔獣は首を傾げながらも聴いた内容を頭の中に刻み込む。
「そう、自然系統は複合魔法の中では、修得難易度が非常に高い魔法じゃ。ただ2つ以上の属性魔力を均等に掛け合わせても発動は可能じゃが、高位の魔法となると自然活力は発動に必要不可欠となる」
(自然エネルギーって…確か属性を持たないエレメントだっけ。魔力と如何違うんだ?)
岩石の魔獣は試しに〈魔力感知〉を使って、自然活力とやらの感知を試みる。
結果、全く感じない。
(判らん…)
ならば如何やってそれを感じ取れば良いのやらと、また首を傾げるのだった。
だが、これは非常に為になる講座である。
老魔導師の御蔭で、魔法に関する知識が一気に増えた。
前世で通ってた学校での授業何かより、ついつい聴き入ってしまう。眠気が起こる所か、どんどん脳が冴え渡って来る程の興味と好奇心が際限無く溢れてくる。自分でも驚く程、老魔導師の講義内容がしっかりと脳の中に染み込み、蓄積されていた。
言葉が発せれないのが、とても残念だった。
発言する事が出来れば、知りたい事を質問する事が出来るのに、と。
そんな機会が目の前に在るというのに、伝える手段が無い。
なので岩石の魔獣は、次の内容を楽しみに待つしか出来なかった。
「まぁ、一般の魔法は単純に魔力という源と、それを操作し制御する技術が有れば使う事が出来る。人が生まれ持った魔力は基本的に無属性ではあるが、何の属性に変換され易いかは個人差が在る。……御主の魔力が神聖属性の適正が高いのもな」
(神聖属性って…え!? この娘、神聖魔法が使えるの!?)
神聖属性と聞き、岩石の魔獣は驚きを面に出しながらシャラナに視線を向けた。
神聖属性の魔法。それは四大元素に属さない特別な力。
聖職者と呼ばれる者のみが扱う事が許された、奇跡の御業。
その神秘の力は傷を癒し、病を治し、そして不浄なる存在を祓う。
理屈を学べば会得が出来る一般の魔法とは違い、清き心と、神とそれに属する存在への信仰心が必要不可欠。悪意や邪の心を持つ者には、決して会得する事が不可能な魔法である。
「この国の貴族魔導師は、魔力の操作も真面に出来ん奴等ばかりで嘆かわしい。魔力の制御すら出来ん癖に力量に見合わん高位魔法の会得しか目を向けん馬鹿で溢れ返っておる。全く魔法というものを舐めておるとしか思えん」
老魔導師は其処から、愚痴をこぼす様な語り方で話し始めた。
「あれぞまさに、能無しというものじゃ。貴族出の魔導師は真面な奴が1人も居らん上、権力ばかりを求める者ばかり。学院の教師共も未熟者でありながら偉そうに踏ん反り返る始末。……こうなれば魔導学院など潰してしまった方が良いのう。真面目に魔法技術を学ぼうとする真面な貴族は他に居ないのか……全く」
如何やらこの世界の貴族魔導師は、基礎を怠り、真面に魔法を扱えていない者が多いらしい。それなのに何故か偉そうに、そんな大半の貴族達は誇らしげに魔導師を名乗る中途半端な愚か者が蔓延っている様だ。
今の貴族魔導師達の傲慢さと怠慢さに対し、腹を立て険しい色を浮かべる老魔導師の表情から見て、岩石の魔獣はこの先出会うであろう他の貴族魔導師に対し、不安が頭の中を過った。
「本当にそうです。あんな学院には二度と戻りたくありません。この儘ずっと旅をしながら魔法を極め続け、見聞を広める方がよっぽど建設的です」
(ん? シャラナって…その魔導学院の生徒なんだ。なるほど、確かにそんな集まりの中には居たくないよね。この娘も大変だなぁ)
岩石の魔獣は、シャラナが通っていた真面な魔導師が居ない魔導学院の学生生活を想像し、学ぼうとしている生徒にとっては嫌な場所だと判断が出来、シャラナが如何に学院に戻りたくないかが表情の色で物語っていた。
「そうじゃな…。少し話がズレてしまったの。講義を続きを再開しよう」
老魔導師は話の路線を修正し、魔法講義を再開する。
「魔導師として魔法を極めたければ、上位級魔法や複合魔法よりも先に、基礎たる低位級を手脚の如く自在に扱える様にしなければならん。その水準に達すれば中位級の魔法が修得し易くなる。そして魔導師必須の特殊技術である〈魔力操作〉と〈魔力制御〉を必ず習得し、極める事じゃ。まぁ、〈魔力制御〉に関しては系統別の制御特殊技術でも良いんじゃが、魔導師である以上は制御系特殊技能は扱える系統ごとに必ず習得すべきじゃがな」
「基礎訓練に卒業は無い、ですよね」
「そうじゃ。高位の魔法や属性魔力の複合に於いて、如何に基礎を築き上げておるかで魔法の修得難易度とその精密性が変わってくる。魔力の制御もそうじゃが、魔法発動の土台となる術式―――謂わば発現させる現象について深く知り、イメージを明確にしなければならん。火とは何か、火が燃えるのは何故か、単純な物事を深く理解している程イメージがし易く、それに比例し魔法は明確に発現する訳じゃ」
(なるほど……イメージでの魔法発動って、そういう事だったのか)
老魔導師が語った内容の中で、岩石の魔獣はずっと気に為っていた魔法の発動について知る事が出来た。
イメージした魔法を発動させる。それは物理的に可能な現象を、魔力によって起こす事だ。
例えば火を起こすには、物質が燃え出す温度にまで加熱する事で発生する。周囲には当然、燃え続ける為の燃料である酸素が存在する。
火は酸素で燃える―――このイメージが明確な程、その現象や物に対する知識量が深い程、発動が容易にするのだ。
岩石の魔獣が魔法に関する知識無しでも使えたのは、そういう事である。
魔法の極め方、2つ以上の属性魔力の複合、この知識は大収穫というべきだろう。
(けど…自然系統って、如何やってイメージするんだ?)
しかし、自然系統の魔法に関してはハッキリと理解出来ていなかった。
大地や山、海に河川、空に草木などの自然を操るイメージが余り浮かばない。自然活力と呼ばれている属性持たぬ元素霊についても、操る所か感じ取る事も出来ない。如何やって発動すればいいのやらと、岩石の魔獣は考え込む。
(……水と土の属性魔力を均等に掛け合わせると、植物を生み出せるんだっけ。……物は試しだ)
取り敢えずは試しにやってみようと、2つの属性魔力を同時に込めてみる。
(おっと…中々に難しいな)
流石に初めての試みであり、魔力を別々の属性に同時変換するのに梃子摺る。
「む?」
その魔力を感じた老魔導師は、岩石の魔獣が何かをしようとしている事に気付く。
シャラナも気付き、その様子を見守る様に観察した。
(……良し! 均等に為った! 後はこれを掛け合わせて………この後どうイメージするんだ?)
魔力を込める迄は良かったが、肝心の植物を生み出すイメージに躓く。
(土と水で育む感じ? それともその2つを混ぜ合わせて植物に変える感じ?)
思い付いた案を試すが、手応えは無く、魔法は発動しなかった。
(……やっぱ自然活力を込めないと駄目なのかなぁ?)
しかし、そう思ったその時、不思議な力を感じ取る。
(ん!?)
魔力とは違う何かの活力に、岩石の魔獣は驚きを生じた。
そして更にその瞬間―――魔法が発動された。
すると地面が盛り上がり、ひょこっと何かが地面から突き出る。
何と其処に、植物の芽が生えていた。
(あれ!? 出来―――)
だがそれを目にした直後、一気に急成長し出す。
(え!? え!? え!?)
驚く岩石の魔獣を他所に、幼芽は細く小さな木と成り、上へ上へと背を伸ばし、細かった幹は太く丈夫に為っていった。
その光景を目にした老魔導師とシャラナは、目を見開き驚愕した。後から侍女と騎士もその異変に気付き、樹木が大地から生え、一気に成長し続ける光景を見て驚愕した。
「何と…!! 会得しよったのか…!!」
老魔導師は驚嘆した。
彼は自然系統魔法が扱えるが、未だそれを見せていない。説明しただけだ。
例え説明有りきで実際にやって見せても、直ぐに修得出来る魔法では無い。
しかし、目の前の謎多き存在は、聞いただけで使い方を会得した。
それは余りにも恐るべき才能である。
――――特殊技能〈自然系統魔法制御〉獲得――――
そんな彼等を他所に、岩石の魔獣は久々の音声無しの報告が頭の中に直接染み込んできた。
(おろ? あっさり取れた。自然系統も相性良いみたい)
偶然の発動だった為、流石に取れないだろうと思っていたが、まさかの自然系統魔法に関する特殊技術が習得出来、唖然とする。
(それに…さっきの感じは何だったんだろう…)
発動される直前に感じた、魔力とは別の力――――。
(ま、いっか! 2つ同時に込めて混ぜるコツは掴めたし、後は練習あるのみだ!)
考えても判らないので、あっさりと頭の隅へと置いた。
岩石の魔獣は目の前の立派に成長した樹木を見て、うんうんと頷く。
「先生……あの子ってやっぱり…!」
「ああ…精霊獣の可能性は非常に高いぞ…! もしそうならば、彼奴は間違い無く高位の中の高位じゃ…!」
賢者エルガルムは、身体中に歓喜の感情が巡らせる。
「そして間違い無く、四大元素に関わる系統魔法をほぼ扱える可能性も秘めておる…! 素晴らしい…! まるで大自然に祝福されているかの様な存在じゃ…!」
そして目の前に居る謎に包まれた未知――――神秘の獣を目に映しながら誓った。
「必ず解き明かしてみせるぞ! 賢者の名に掛けて、御主の全てを!!」
例え己の残り全ての生涯を掛けてでも――――。
だが、岩石の魔獣は気にもせず、気が付きもせず、次はどの魔法を習得しようかと暢気に考えるだった。
(色々出来るって良いなぁ)