賢者達との旅路5-2
賢者一行とその後を付いて行く岩石の魔獣は、広大な平野の一本道をひたすら進み続け、気が付けば天高く昇っていた太陽は地平線に触れる高さまで天から降りて来ていた。
天高く青空の頂にいた時の白く輝いていた太陽は強い輝きを弱め、自身を赤く染めながら夕日へと姿と輝きを変えていた。
ラフォノ平野も太陽の変化と共に、景色の色が赤く染まり始めていた。
1日の終わりが刻々と近付いていた。
(もうそろそろ日が沈む時間かな)
岩石の魔獣は赤く染まった夕焼け空を見上げ、暗い夜に為る迄の残り時間を感覚で確認する。
時計が無いので正確な時刻は判らないが、何となくの感覚でならざっくりと判るくらいだった。
もう暫くの間、夕焼け色に染まった平野を進み続け、一本道の途中に生えている樹の近くで先頭の馬車が止まった。先頭が止まった事に気付き岩石の魔獣も歩みを止めた。
(おや? もしかして今日は此処で野宿するのかな?)
首を傾げながら馬車が止まった理由を予想する。
そして馬車から最初に出て来たのは、老魔導師であった。
「今日は此処で夜を過ごすとしようかの」
老魔導師はそう言いながら馬車を降り、道の側に生えている樹へ歩み寄って行った。
後に続く様に貴族令嬢と思われる可愛い美少女とクールビューティー侍女も馬車から降りて、老魔導師と同じ方向へと歩いていった。
岩石の魔獣の予想は的中した。
今日1日の残り時間は、此処で野宿という形で休む事に為った様だ。
(そういえば、人が野宿ってどんな感じなのかな? 如何いう主食を食べるんだろ? 野宿の必需品とかどんなのが有るのかな? やっぱり異世界だからマジックアイテムが主流なのかな?)
白石大地こと岩石の魔獣は、この異世界に転生してからの数日は殆ど野宿で夜を過ごしてはいたが、別に何かを食べる事をフォラール村以外ではしてこなかった。
理由はとても簡単。
食べる必要が無かったからだ。
岩石の魔獣が保有する特殊技能〈光合成〉によって、腹が減る以前に飢え死にする事が無い。その為、わざわざ苦労してまで遠くに出向き、食糧を確保しに行く必要が無かった。
そして今迄は独りで野宿をしていたので、今回は誰かと野宿するという初めての経験をする事に、内心少し楽しみにしていた。
何より――――孤独による少しばかりの寂しさが無い。
(何か手伝える事は無いかな?)
岩石の魔獣も彼等の後を追う様に、荷車を引っ張りながら歩いて後に付いて行った。
1本の樹に寄り添う様に岩石の魔獣も含めた4人と1体が集まり、これから食事の準備をする事になった。
老魔導師が前にも見せた空間魔法で食材や調理器具といった物を取り出し、食材が入っている木箱は護衛の騎士が持ち運び、調理器具と簡素な作りの調理台は侍女が決められた動きかの様に慣れた手付きでテキパキと設置する。
(あの娘は料理しないみたいだ。やっぱり何処かの貴族令嬢って所なのかな?)
そんな事を考えてる中、何やら背中に違和感が感じる。
モッシャモッシャと何かを食べている租借音が聞こえて来る。
背中の何かを毟り取っている。
実は、最初から気付いていた。
そして岩石の魔獣以外は、誰も気付いていなかった。
そのまま何もせず、好きな様にさせている。
だが、そんな小さな異変に気付き、目撃したのは食材が入っている木箱を運んでいた騎士だった。
「ちょっ! 食われてる! 背中の草が食われてる!」
馬車の繋ぎから開放させ休ませていた2頭の馬が、岩石の魔獣の背中に生えている草を躊躇無くムシャリムシャリと食べている光景を見た騎士が驚きの声を上げた。
「うぉおい! コラ、止せ止せ止せ! 勝手に毟り取って食っちゃ駄目だろ!」
慌てる騎士の声を耳にした3人は、騎士と岩石の魔獣の下に集まって来た。
「何じゃ、如何した?」
老魔導師は岩石の魔獣の後ろに回り騎士が慌てる原因を目にし、笑い声を発し出した。
「ホッホッホッホッ! 何じゃ、背中に生えてる草を馬が勝手に食っとるのか」
「いやいやいや! これ不味くないですか!? 怒り出したりしないですか!?」
騎士はかなり不安を抱いている様子だった。
それもその筈、身体の一部かもしれない部分を馬が勝手に毟り取っては食べてしまい、それが岩石の魔獣が起こり出す引き金になる可能性が在るのだから。そう危惧してしまうのも無理もない。
(大丈夫、大丈夫。怒らないよ)
岩石の魔獣は座り込んだ儘、2頭の馬が背中の草を食べ続けるのをほっとく事にしていた。
1人は慌て、1人はその現状に笑う、そんな様子を他所に、今度は2人の美女が目の前に寄って来て観察する様な視線を送って来た。
「でもこの子、ちっとも気にしてないみたいですよ?」
「痛がっている様子もありませんね」
そして2人の美女は後ろに回り、背中に生えている草を観察し出した。
「あれ? 何かまったく減っていない気が……」
金色の長い髪の可愛い美女が何かに気付いたようだった。
「ほぅ、どれどれ……」
その言葉に老魔導師が反応し、背中に生い茂る小さな草原を観察し出した。
観察する時間はほんの僅かだった。
「ほほう、これは面白い! 馬が毟り取った所から生えてきておる! なるほど、なるほど。身体に生えている植物も身体の一部でもあるのか」
如何やら背中に生えている草の現象に興味を持った様だった。
「でも先生、身体の一部ならこの子は何で痛がったりしてないんでしょうか?」
(あっ、確かに。何でだろ?)
自分でも自身の身体については解らない事が多い。その謎を解いて欲しいくらいだ。
「これは生えた草に痛覚神経が巡っていないからじゃろ。」
「なるほど」
(なるほど)
老魔導師の解り易い見解の答えに3人は納得の声を上げた。岩石の魔獣は心の中で納得の声を上げた。
如何やらこの人はかなり博識な老魔導師に違いない。
こうも早く博識な人に出会えたのはかなりの幸運だ。
このまま一緒に付いて行って自分の事を調べてくれれば、今まで不明だった魔獣である自分がいったい如何いう存在かが解るかもしれない。
(しかしお爺ちゃんって、いったい何者なんだろう?)
岩石の魔獣は老魔導師の正体について考察した。
博識だけでなく、魔法に関してもかなりの使い手なのは、野盗での闘いの際に見た強力な雷の魔法から、熟練者以上の魔導師である事は判断出来る。
(そういえば、会話を聞く限りあの娘はお爺ちゃんの事を〝先生〟って呼んでいたなぁ。やっぱり相当な魔法の腕が立つ魔導師なんだろうな。あの娘に限らず、メイドさんや騎士さんもかなり慕っている様だし。……もしかして、有名人だったりして)
老魔導師に関しての可能性をあれこれ考えては想像して、この旅の先が楽しみだなと、岩石の魔獣は期待に胸を膨らませた。
「さて、シャラナよ。食事が出来るまで魔法の訓練と行こうかの」
「はい、先生」
老魔導師と金色の髪の可愛い美女は、此処から少し離れた場所へ移動して行った。
(へぇ…。あの娘の名前、シャラナって言うんだ。………ん? 魔法の修練とな? 待って、僕もやるー!)
岩石の魔獣は魔法の修練と聞き、老魔導師とシャラナという娘の後を追い掛けた。
自分が未だ知らない魔法が見れるかもしれないという期待を抱き、彼等から学ぼうと後を追う。
「さて、今回は如何いった訓練内容にするかのう」
老魔導師は何やら、シャラナという娘の修練内容を如何するか悩んでいる様子だった。
それを岩石の魔獣は、彼女の隣で見学する様な形で観ていた。
今迄は魔法の使い方を手探りしながら発見していった。
しかし、自分なりの独学には当然限界がある。
白石大地が生まれた元居た世界には、魔法と言う空想上はあるが概念が存在しない。故に、この異世界の魔法に関する常識は知る訳がなかった。
ゼロの状態で見た事も無い魔法現象を、やり方すら知らない魔法の発動の仕方は、本来誰かから教わりながら習得していくものだ。
しかし、岩石の魔獣はたった独りでゼロから魔法の発動の仕方を探り出し、自分なりの解釈で魔法というものを感覚で理解していた。
だが、その解釈はあくまで主観的な意味での事だ。
では、この世界を生きる魔導師達は、魔法をどの様に捉え、理解し、解釈をしているのか。
岩石の魔獣にとっては、今は扱える魔法でも未知の領域に在るものだ。
そして、今目の前に居る老魔導師からお手本以上の事を学べる幸運の機会を得られるのではと、岩石の魔獣は童心に返った様な気持ちで魔法の授業を楽しみにしていた。
「今回は魔法の精度を上げる訓練とするかの」
(魔法の精度……)
岩石の魔獣は訓練内容に期待を膨らませながら、隣のシャラナの方へ顔を向けた。
子供の様な好奇心溢れる岩石の魔獣の眼差しに気付いたシャラナは、少々気恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「では先ず手始めに」
老魔導師が杖から、多数の魔力の球体を発生させ、ばら撒く様に空中へ飛ばした。
視界に広がる様に映る多数の魔力の球は途中でピタリと止まり、その場を滞空する。
〈あれで何するんだろう?)
この時点では、どの様な訓練をするのかは予想が付かなかった。
「では行くぞ」
老魔導師がそう口にし、空中に留まる魔力の球が一斉に動かす。
あらゆる方向へと回転し出し、多数の青白い円の軌跡を描く。
「おお……!」
その光景はとても美しく、岩石の魔獣は思わず見惚れてしまった。
「―――始め!」
そして老魔導師の一言に弾かれ、シャラナは手を翳し魔法を唱えた。
「〈魔力の弾丸〉!」
翳した手から小さな魔法陣が出現し、直後には其処から魔力の塊が発射された。
勢い良く飛ぶそれは、視線の先に在る多数の魔力の球の1つに命中する。すると何方の魔力の塊は破裂し、霧散してあっという間に消失した。
シャラナは続け様に魔力を連射し、次々と空中を飛び回る老魔導師の魔力の球体を撃ち落とす。
(これって…的当て?)
岩石の魔獣はその様子から、これは魔法の命中精度の訓練である事を理解する。
確かに幾ら強い魔法を放っても、当たらなければ威力も効力も発揮しない。魔導師の基本特殊技術である〈魔力操作〉と〈魔力制御〉だって、習得してはい、これで操作も制御も完璧、に為る訳ではない。
特殊技能の有無に関係無く、基礎的技術の向上は日々努力しなければ意味が無い。
あらゆる分野に於いて、基礎訓練に卒業など無いのだ。
(しかし凄いな…。あんなゴチャゴチャに動き回る的に良く中てられるなぁ…)
岩石の魔獣は、シャラナの魔法射撃精度の高さに驚きを滲ませた。
数だけなら未だしも、動き回る的を正確に命中させている。それも少しの遅れや躊躇いも無くだ。
(それにあの娘…よく感知して視れば魔力が結構強い)
岩石の魔獣から見て、シャラナという美少女が内在する魔力は比較的強いと感じ取れる。しかし、その〝強い〟という基準は、世間ではどれ程の印象なのかは判らない。
そんな事を考えている最中、飛び回る魔力の的の数は半分を切る。
そして全てが撃ち落され、視界から魔力の的が全て消失した。
「上々じゃな。では次じゃ」
老魔導師は杖の石突部分で地面を突くと、地面から鉱物が出現し、肥大しながら盛り上がる。
それは徐々に形を形成し、ある姿へと為る。
(あ! ゴーレム!)
そう、それは動像。黒鉄の肉体を持つ動く無機物――――鋼鉄の動像である。
太く分厚い軀体の人型の鋼鉄は、まるで巨大な全身鎧。その巨体という圧巻さに、岩石の魔獣の心の中に興奮が滲み出す。
「〈下位魔法防護〉」
動像の創造後に、老魔導師は更に魔法を発動する。
造り出された動像の全身が、青白く光る薄い膜に包まれた。
(何だ何だ? 何の魔法を使ったんだ?)
初めて見る魔法に、岩石の魔獣は興味をそそられる。
「では行くぞ」
再び合図したその後に、双眸に眼光が宿った鋼鉄の動像が動き出す。
重厚な脚を前へと踏み出し、シャラナに向かって進み出す。
「〈衝撃波〉!」
それに対し、今度は空間を波紋上に歪ませる波動が放たれる。
それに動像が接触した瞬間、衝撃を受け体勢を崩す。
「〈熱光線〉!」
其処に透かさず、赤味が混じる橙色の光線を放つ。
(おお?! ゴーレムが何かしらの衝撃を受けたぞ! それにあの光線は何だ!?)
更に目にする新たな魔法に、岩石の魔獣は目を輝かせた。
(これだよこれ! やっぱり実際に見て感じてみないと解らないよねぇ! お手本が無かったからイメージが浮かび辛かったんだよねぇ!)
やはり、この異世界を旅する事は正解だった。
自分の知らない事は見たり聞いたりしないと、学び覚える事が出来ない。
だから沢山の事を知る為に旅をする。
どんな人が暮らし、どんな文化や歴史、其々の国や宗教などの様々な違いがあるのかを。
魔法は闘う以外にも、如何いった用途で使われているのか。
特殊技能は他にもどんなのが存在するのか。
魔獣はいったいどれだけの種類が存在しているのだろうか。
知りたい事が山程ある。
たとえ化け物であっても、人間と友好の交流をし続ける。
たとえ嫌われても。
岩石の魔獣が自分は旅をし、人との友好の交流をしたのは正しかったと再認識している間に、シャラナの光線魔法が動像の右腕を熱する。
「〈火熱の刃〉!」
そして弧を描いた熱を放ち、赤熱した動像の右腕を斬り落とした。
(うぉっ! 斬った!? 何あの魔法!?)
その瞬間を目にし、岩石の魔獣は驚きと興奮が湧いた。
腕を斬り落とされた鋼鉄の動像は体勢を立て直し、再び前進し出す。
「〈衝撃波〉!〈鉄鎖の束縛〉!〈熱光線〉!」
シャラナは動像の接近を許さない、攻めの魔法を連続して繰り出す。
衝撃波で体勢を崩し、複数の鉄の鎖を巻き付け拘束し、行動を抑制した所に高熱の光線で左脚を狙う。
そして高熱の刃を放ち、熱した動像の左脚を切断して機動力を大きく削ぐ。
「〈炎熱の騎士槍〉!」
そして止めと言わんばかりに、灼熱の炎で構成した騎士槍を、動像の広い胸部目掛けて放った。
灼熱の穂先が分厚い鋼鉄を突き刺し、砕くが如く深々と貫く。
(決まったぁ!)
見事な一撃に、岩石の魔獣は心の中で拍手を送った。
「これはもう余裕じゃな。では難易度を上げるぞ」
老魔導師は再び魔法を発動し、鋼鉄の動像を造り出した。
今度は2体。しかも駆け出してきた。
それに対し、シャラナは前へと駆け出した。
(え!? 嘘!?)
それを見た岩石の魔獣は目を丸くした。
まさか自ら突っ込んで行くなど、普通ならそんな予想は浮かべない。
襲い掛かる動像に、シャラナは魔法の衝撃波を2連続して放ち、牽制を仕掛ける。
それに対し、2体の動像は防御体勢を取り、衝撃波を受け止める。後方へと数メートル押し出された後、直ぐ様接近してから殴り掛かる。
「〈魔力障壁〉!」
シャラナは障壁を作り出し、鋼鉄の拳を防ぐ。
そして透かさずその場から離れ、2体の動像の背後を取ると同時に鉄鎖を生み出し、拘束を仕掛けた。
しかし、それに反応した2体の動像がその場を飛び退き、鎖の拘束から逃れた。
(うわっ、すっご…! あんな巨体でも跳べるのか…!)
その光景を観る岩石の魔獣は、視線を老魔導師の方へとチラリと向けた。
あの鋼鉄の動像を動かしているのは、間違い無くこの人だ。それも2体同時に、平然と操っている。
(ただ動かすだけなら未だしも、あんな精密な操作を2体同時にやるなんて……!)
そんな老魔導師に対する驚きを抱きながら、視線を戦闘訓練の方へと戻す。
2体の動像からの攻めに、シャラナは鎖の束縛や高熱光線、障壁に衝撃波と魔法を繰り出し応戦する。次第に優劣の天秤が傾き出し、1体の動像の手脚を魔法で斬り裂き、機動力を削ぎ落す。健在なもう1体に邪魔されるも、時間は掛からず負傷状態の1体を撃破する。残り1体も同様に、体制を崩してから拘束を仕掛け、高熱光線を与えてから斬撃の魔法で手脚を断ち切り、最後には炎熱で生み出した魔法の騎士槍で穿ち倒した。
「宜しい。上々じゃな」
「ふぅ…」
終わりの宣言を聞き、シャラナは一息吐く。
「流石に鋼鉄の動像は、もう御主にとっては難易度が低いのう」
「如何でしょう……数がもっと多ければ、そうでも無く為るかと……ん?」
其処に岩石の魔獣が、傍に近寄って来る。
(僕もやってみたい!)
そして自分を指差し、好奇心で目を輝かせるのだった。
その様子はまるで子供。一般的な魔獣とは思えない人懐っこさである。
「御主もやってみたいのか?」
老魔導師の問いに、岩石の魔獣は数度頷く。
「そうかそうか、ならば交代じゃな」
そう口にし、再び多数の魔力の球体を空中に飛ばした。
そして杖をぐるりと回し、それに連動する様に魔力の球も動き出し、空中の一定範囲を回り出す。
(よーし! やるぞ~!)
岩石の魔獣は指を差し向け、狙いを定める。
(えーっと、確か……〈マジックバレット〉!)
見様見真似で、魔力を弾丸の様にして放つというイメージを浮かべ、魔法を唱える。
すると指先に小さな魔法陣が発生し、直後に其処から魔力の塊が射出させた。
(出来た!)
初めて使う新たな魔法の発動は成功した事に、岩石の魔獣は喜々の色を浮かべた。
魔力の弾丸は勢い良く飛ぶが、肝心の的には当たらずである。
(ありゃ、ハズレた。それ!)
しかし、岩石の魔獣は残念には決して思わず、何度も放つ。
「……何か、意外と不慣れな印象ですね」
その様子を観るシャラナはそう口にする。
「ふむ……確かにそうじゃのう。……もしやあの魔法は今初めてなのか?」
老魔導師も同様な印象を抱き、考察し出す。
野党の騎乗魔獣との闘いに使用していた水系統と土系統魔法は、玄人と迄では無いが、素人とは思えない操作制御だった。それに対し、今使っている無系統魔法の〈魔力の弾丸〉は、不安定さを感じ取れる。威力は低位級とは思えない質と弾速ではあるが、発動効率や連射がやや遅い。
(どうも魔法を使う事自体の経験が浅く見える……。まさか…彼奴は未だ子供なのか?)
魔力に優れた魔物でも、幼い内はそれに関して拙い状態だ。
時間を掛け、経験を積まなければ、どんなに優れた力を内に秘めていても埋没した儘だ。
その道理から考えれば、視線の先に居る岩石の魔獣は、余り右も左も判らない無垢な雛と言える。
(じゃが…そうだとしても、あれ程の知性はいったい……)
考察を続けるが、やはり判らない事だらけで答えは見付からなかった。
それを他所に、岩石の魔獣は必死に魔力の弾丸を撃ち続けていた。
(この、当たれ! 当たれ!)
動き回る的に中々当たらず、シャラナと比較し非常に苦戦する。
発動の効率性は増し、連射速度も最初の時と比べて速くは為った。しかし、肝心の命中精度は今一である。
(的当てってこんなに難しいものだったとは…。甘く見てたかも~)
動かない的なら、すんなり出来ただろう。
しかし、多数が一斉に動き回るとなると、難易度が各段に上がる。
射撃遊技の経験が全く無いとはいえ、岩石の魔獣こと白石大地には苦戦必至である。
(当ーたーれ~!)
途中からは狙いは付けず、数撃ちゃ当たる作戦を行う。
「全然狙えてない」
「ホッホッホッ、まるで向きに為った子供じゃな」
その様子に対し、シャラナは何とも言えない笑みを浮かべ、老魔導師は笑うのだった。
岩石の魔獣の乱射はそれなりに効果は有ったが、的のは余り減らずである。
(むぅ~! こーなったら!)
ならば更に連射速度を上げ、弾幕密度を増やそうと一気に魔力の出力を上げ―――
―――ズドン!!
下手に力んだ所為か、大きな魔力の塊が発射されてしまった。
その威力はまるで大きな砲弾の如く、全ての的を纏めて撃ち消したのだ。
(………あり?)
岩石の魔獣も目を丸くし、パチクリとさせるのだった。
うっかりとはいえ、出力を上げた魔力放出がこれ程まで強烈に為るとは、流石に予想が付かない。
妙な静寂が支配する中、岩石の魔獣はゆっくりと、恐る恐るといった様子で視線を2人に向ける。
予想通り、驚いて目を見開いていた。
驚く要因は暴発と威力、特に後者が殆どを占めている心境だろう。
「……それは…反則じゃぞ」
「先生、其処じゃないです」
老魔導師の言葉に、シャラナは思わずツッコミを入れる。
「ン…ンンン! ンンン、ンンン!」(よ…よーし! 次、別のやろう!)
妙な空気を変えようと、岩石の魔獣は得意な魔法を唱え出す。
大地から土が盛り上がり、それは形が人型へと形成されていく。
「ほう。〈動像創造〉も使えるのか」
老魔導師は、次々と大地から命を持たない土人形が生み出される光景を目にする。
その数は10体。小型の粘土動像――――リトル・クレイゴーレムが出来上がった。
岩石の魔獣は特殊技能で、動像達の同時操作を試し出す。
動像達はのそのそと可愛らしい足取りで、周囲を適当に歩き回る。
「ほぅ……! これは…!」
老魔導師はそれを観て、岩石の魔獣に対する驚きと感心を抱いた。
それは彼に限らず、シャラナも同様の心境を抱く。
その理由は、動像を10体も同時に操作している事だ。
1体の操作でも、初めての内はそう簡単に出来るものでは無い。それが2体以上の同時操作となると、難易度はグッと上がる。複数を同時に精密操作を可能にするには、相当な練度が必要に為る。それはシャラナも、そして魔法に関し優れた老魔導師も例外では無い。
歩くという単純な操作だが、目に映る全ての動像の動作にぎこちなさが無く、とても円滑だった。互いの衝突すら起こらず、打つかる事も無く擦れ違いも出来ていた。
ほんの暫く、のそのそと歩く粘土人形が不意に駆け出した。
更には跳んだり転がったりと、やろうと思えば誰でも出来る様々な動作を行う。
「凄い……!」
シャラナは思わず、驚きと感心が籠った言葉を呟く。
(よし。ウォームアップはこれくらいかな)
動像の操作の具合確認を終えた岩石の魔獣は、リトル・クレイゴーレム達を自分の傍へと近寄らせる。
(次は僕のゴーレムと勝負だ!)
言葉は発せないので、リトル・クレイゴーレムの両腕を前に上げての戦闘の構えで、勝負の意思を伝えた。
「お? 次は動像の訓練を御所望か。シャラナよ、折角じゃから相手して上げなさい」
「私…ですか? 分かりました」
老魔導師からの指名に、シャラナは承諾した。
彼女と共に、開けた場所へと移動し、互いの距離を取る。
「では両者、準備は良いか?」
「はい、何時でも行けます」
老魔導師の問いに、シャラナは返答し、岩石の魔獣は頷く。
「宜しい……では始め!」
開始の合図と共に、岩石の魔獣はリトル・クレイゴーレム達を一斉に動かす。
其処まで速くは無い駆け足で迫り行く一方、シャラナはその場から動かず待ち構えた。
(先ずは様子見で)
「〈魔力の弾丸〉」
シャラナは手を翳し、固めた魔力を放出し、1体のリトル・クレイゴーレムを狙い撃つ。
威力はそれなりに、弾速も敢えてある程度抑えた。敏捷性が有る者ならよく見れば躱せるし、もし被弾しても、体勢を崩す程度の威力だ。それに相手は10体も動像を操っているのだ。本気で挑んでしまえば、あっという間に倒せてしまう。
それは大人げないというものだ。
魔力の弾丸が命中しようとするその前、リトル・クレイゴーレムは自ら転ぶ様に身体を横転させ、ギリギリ回避した。
「え!?」
それを目にしたシャラナは驚くが、透かさず同じ魔法を放つ。
今度は命中し、後ろへと転ばせた。
しかし、直ぐに起き上がり、進行を再開する。
迫り来るリトル・クレイゴーレムを次々と撃って転ばすが、次第に躱される様に為る。
「ほぅ…! 動作の精密性が増しとる…」
岩石の魔獣が操る動像の動きの変化に、老魔導師は直ぐ気付いた。
(あの数を操りながら、ああも素早く動かせるとは…。いったい何処で学んだか)
そして驚きを滲ませる。
動像の並列操作は、多少訓練した程度では易々と出来る芸当ではない。それは老練の彼でも、10体を素早くかつ精密に動かすのは難しい事である。比較的操作し易いリトル・クレイゴーレムであっても、例外では無い。
しかし、岩石の魔獣は10体を同時操作しながら、徐々にその精密性を高めつつある。
そんなリトル・クレイゴーレム達に、シャラナは少しずつ翻弄されていた。
「〈魔力光線〉!」
翳した手を粘土人形に向け、照準を合わせた瞬間に魔法陣を展開させ、その中央に青白い光が球状に集束した後に光線を放つ。
光は勢い良く真っ直ぐ進み、1体のリトル・クレイゴーレムを破壊した。
(うぉ?! 今度は光線の魔法か!)
岩石の魔獣は負けじと、残り9体の動像をより素早く動かそうと集中力を上げる。
シャラナは続けて魔法の光線を放ち、駆け迫るリトル・クレイゴーレム達を迎撃しに掛かる。
(なんの!)
岩石の魔獣は精密な操作で、リトル・クレイゴーレム達を素早く回避させた。
外れた光線は虚空に残光を残し、地面に衝突した直後に効力を失い、光は一瞬で消える。
「〈衝撃波〉!」
1体が間近まで近付いた所に、シャラナは反射的に魔法の衝撃波で破壊する。
粘土の身体はグニャリと大きな凹みを生じ、破裂でもしたかかの様にバラバラな土塊と化す。
「〈魔力の槍〉!」
今度は魔力で構成された槍を生み出し、弓で矢を射るが如く放つ。
(おっとぉ!)
飛来する槍に対し、岩石の魔獣は標的にされたリトル・クレイゴーレムの形状を変化させる。
胸部から上をグニャリと歪な三日月状にし、其処に槍の攻撃は素通りしてしまう。
「え!?」
予想外な回避方法に、シャラナは目を丸くした。
「ほぅ! そう避けるか」
老魔導師も一瞬驚いた後、また感心を抱くのだった。
(良いぞぉ! さっきより動かし易く為った!)
岩石の魔獣は調子が上り、更に集中力が増した。
今まで独自に魔法の練習してきたが、今迄に無い程に感覚が研ぎ澄ましつつあった。1体1体のリトル・クレイゴーレムを操作する感覚が、まるで自分の手足の様である。
特に土系統は、驚く程に相性が良い。
魔法で生み出した土も、其処に在る地面も、何故か自分の一部と思えてしまう。
良く解らない感覚が全身を巡るが、目の前の事に没入している為、全く気にもしなかった。
「〈魔力の刃〉!」
シャラナは弧を形作った魔力を連続して放つが、可愛らしい粘土人形はいとも簡単にヒョイヒョイと避ける。
(これは如何だぁ!)
岩石の魔獣の操作で、2体のリトル・クレイゴーレムの腕が伸長し、シャラナ目掛けて迫る。
「え、伸びた?! しょ、〈衝撃波〉!」
これもまた予想外と、シャラナは慌てて伸びた動像の手を魔法で破壊する。
ちょこまかと可愛らしい動きに反し、素早く逃げ回るリトル・クレイゴーレムに、シャラナは少々翻弄され出す。
「〈魔力光線〉!」
1体のリトル・クレイゴーレムは、跳躍しながら華麗に回避した。
「〈衝撃波〉!」
別の1体のリトル・クレイゴーレムは、慌てた様にヘッドスライディングをしながら避けた。
「〈魔力の槍〉!」
更に別の1体のリトル・クレイゴーレムは、万歳ポーズをしながら紙一重で躱した。
「〈魔力光線〉!」
更に別の1体のリトル・クレイゴーレムは粉砕される前に、更に別の1体が腕を引っ張りながら助け、光線は目標に命中せず地面に当たり消失した。
何度も魔法を放ち続けるシャラナは、途中から少し荒っぽく為り出す。
何度も何度も放っても、可愛らしい粘土人形に魔法が命中しなく為り、シャラナは若干苛立ちが湧き上がる感覚を感じた。
可愛らしいリトル・クレイゴーレムが何だか憎たらしくシャラナは感じてしまい、動像達を操っているだろう岩石の魔獣に、頬を膨らませながらちょっとだけ怒った表情を向けるのだった。
(怒った顔…可愛いなぁ)
岩石の魔獣はシャラナの頬を膨らませた顔を微笑ましく思い、内心ちょっと揶揄うのが面白かった。
そんな様子を見ていた老魔導師は笑っていた。
「ホッホッホッ、これは中々良い訓練に為っとるのう。ほれ、シャラナ、しっかり狙わんと掠りもせんぞ」
「むぅ~」
(ホント可愛いなぁ)
岩石の魔獣に向けて、また頬を膨らませながら怒る顔に可愛らしいジト目で見詰めてくる。
だが手加減しない。
シャラナの放つ魔法に対し、岩石の魔獣はリトル・クレイゴーレム達を動かし次から次へと避ける。遠くから見れば、何故か微笑ましく思えてくる様な可笑しな光景だった。
辺りを走り回り、転がっては滑り込んだり、互いを助けたり、何故かスキップしながら逃げたり、此処だよと揶揄う様に手を振っている等、1体1体が別々の行動をしながらシャラナの魔法から逃げ回る。
結果、シャラナはリトル・クレイゴーレムを3体しか倒す事が出来ずに終了した。
魔力と共に精神力も枯渇し、気付けばヘトヘト状態である。
(あー。楽しかった)
しかし、岩石の魔獣はほぼ疲労の色は見受けられず、満足気な様子であった。




