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遭遇4-5

 野盗達は(あらかじ)め用意された捕縛用の縄で手足を固く縛り付けられ、地面に鎮座(ちんざ)させられていた。更に念を入れ、ライファの持つ麻痺の短剣(パラライズ・ダガー)麻痺(まひ)状態にし、悪足掻(わるあが)きすら出来ない様に身体をより動けなくさせる。

 野盗達の顔は(うつむ)き、完全に諦めた表情を浮かべていた。勿論、ドボギも含めて。

 そして野盗達が騎乗していた魔獣達は既に生命(いのち)は無く、大地に彼方此方(あちこち)と転がっていた。

 転がっている魔獣達を岩石の魔獣は軽々と持ち上げ、老魔導師達の所に運んでいた。

 先程の圧倒的強烈な咆哮(ほうこう)を放った魔獣とは思えない穏やかな顔――――というよりは穏やかな目をしていた。

(いやぁ、あのお(じい)ちゃん凄かったなぁ!)

 白石大地こと岩石の魔獣は、倒したドゥドウルとビッグリザードを拾い上げながら、老魔導師が放った魔法を思い返していた。

(あれって雷の魔法だよね! 何か魔法名を言ってた筈なんだけど……何だったっけ?)

 あの時は遠くで無双していたので聞き取り辛かった。それでも何とか魔法名を遠くから聞き取れた。

 轟雷の柱が落ちてくる迄の場面を、何度も思い返しながら記憶を探った。

(えっとぉ、確か…。あっ、そうだ! サンダーブレイク!)

 鮮明に思い出す事が出来、頭の中がスッキリとした。

(あれ格好(カッコ)良かったなぁ! あの雷の柱、まるで裁きの雷みたいで凄い迫力だったなぁ!)

 自分以外の者が使う魔法を初めて見る事が出来、しかもそれが強大な雷の魔法を実際に見る事が出来た岩石の魔獣は、内心とても嬉しく、とてもうきうきとしていた。

 異世界で初めて出会えた最初の魔導師なのだから。

(あのお爺ちゃんの隣に居る()って貴族の娘さんなのかな? 凄く美人な()だなぁ。髪の毛綺麗だし、あんな綺麗に整った顔は初めて見たなぁ)

 岩石の魔獣は魔獣を運び近寄りながら、青色の外套(マント)羽織(はお)っている金色の綺麗な長い髪をした美少女をジッと観察する。

 視線を向けられている事に気付いた美少女――――シャラナは少しだけビクッと肩を(すく)ませていた。

(可愛い()だなぁ。見た感じは中学生……というより高校生に成り立て位の歳かな?)

 そして後ろに控える様に、彼女の隣に居るもう1人の美女に視線を移す。

(隣のメイドさんも凄く綺麗だなぁ。あの()よりは少し年上なのかな? いやぁ、いきなり影の中から出てきた事にはビックリしたよ。流石(さすが)は異世界! あんな特殊技能(スキル)も在るのかぁ)

 闘いの終わった後に、ライファがシャラナの影から突然現れた事に、岩石の魔獣は思わず「うわっ?!」と言った様な吃驚(びっくり)仰天(ぎょうてん)の声を上げ、続く様にその声に老魔導師達も驚くが、その後は何故(なぜ)か緊張感が解けて安堵(あんど)したのだった。

 正直、何故(なぜ)そうなったのかは分からなかった。

 (むし)ろ、逆に怖がらせてしまったのではないかと心配していた。

 よく分からないが、結果的に良い方向に流れてくれた事に岩石の魔獣も安堵していた。

(あのメイドさんは所謂(いわゆる)、クールビューティーってやつだね。美人な上に女性ながら格好良いなぁ)

 前世ですら実際に見る機会が無かった侍女(メイド)服は、とても新鮮だった。

 しかも美女が着れば、それはとても見栄えがかなり良い。

(うん。目の保養に凄く良い)

 岩石の魔獣の心の中は、ふわふわとしたお花畑が広る様な幸せが広がった。

 そして次に目に映ったのは、騎士の見事な鎧姿だった。

(なま)の全身金属鎧の騎士。立派な鎧だなぁ。剣も盾も随分と綺麗な細工もされてる。いったい何の金属で作られてるんだろう? 白銀の金属光沢からして鉄じゃないのは間違い無いけど、まんま銀で作られた物なのかなぁ? それにしても、流石は見た目通りの守護騎士――――ガーディアンって感じで格好良いなぁ)

 まさに御伽噺(おとぎばなし)に出てくる騎士のイメージとピッタリだと、岩石の魔獣はつい嬉しく思う。

 頭の中をふわふわと花咲かせながら、岩石の魔獣は次々と大地に転がっている魔獣達を老魔導師達の所へと運んで行った。


 時間も掛からずに大地に転がっていた魔獣達を一箇所に集め終え、賢者エルガルム達は(ほとん)どのやる事を終えて一段落した。

「さて、後は此奴等(こやつら)(おり)に入れて連れて行くだけじゃな」

 老魔導師そう言いながら、何も無い中空に手を(かざ)した。

 その瞬間、中空にぽっかりと空いた様な小さな黒い(あな)が出現した。

(えっ!? 何だ何だっ!? 何かの魔法か!?)

 岩石の魔獣は老魔導師が起こしているであろう現象に興味を()かれ、空いた孔を凝視する。

 すると小さな黒い孔が一気に拡大し、其処(そこ)から鉄で作られた(おり)がゆっくりと出て来たのだった。

 出て来た檻は木製の大きな荷台に固定されていた。

 どんな凶暴な魔獣でも壊せない頑丈な檻だ。

(おおー! あれって空間魔法ってやつだよね! 良いなぁ! 凄い便利そう!)

 岩石の魔獣は老魔導師の発動した魔法に目を輝かせ、この世界の魔法をどんどん頭の中の魔法知識を、白紙のページに1つ、また1つと記していく。

「これ、如何(どう)したものですかね」

 空間魔法に見惚(みと)れている岩石の魔獣を他所(よそ)に、騎士が老魔導師に声を掛けて来た。

(ん?)

 岩石の魔獣もその声の方へと顔を向けた。

「どの装備品も手入れがされてない物ばかりで、価値のある物は1つも無しです。この特大剣も(ただ)の鉄で作られた普通の武器ですし」

 騎士は刃が所々欠けている特大剣(グレートソード)(つか)を持ちながら、刀身を地面に引き()っていた。

 流石の騎士でも、両手でもそう易々とは持ち上がらない重さのようだ。

「ふむ。(わし)の〝〈収納空間(スペース・ストレージ)〉〟に入れても良いが……正直どれも要らんのう。そのままダウトン鉱山国に資源寄付するのも良いのじゃが、売るにしても大した額にはならんじゃろう」

 老魔導師は肩を(すく)めながら、野盗から没収した装備品を如何するかと語る。

(なるほど、確かにあの騎士との装備品の比較をすれば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だよね。見た目もそうだし。此方(こっち)はどれもこれも何か傷だらけな物ばかりだし、武器も目を惹く様な物は1つも無い……)

 けど、このまま捨てて行くのも如何かと岩石の魔獣は考える。

 岩石の魔獣は集められた装備品の山から、傷だらけの肩鎧(ショルダーメイル)を摘み取り、それを眺めながら考えた。

「ンンンンン……」(う~ん、如何するか……)

 う~ん、とつい唸る様に呟く声を聞いた老魔導師達は、岩石の魔獣の悩んでいるであろう様子に視線を送り観察する。

「何でしょう…何か考え事をしてる感じに見えるのですが」

 不思議と愛嬌のある首を傾げる仕草を見ながら、シャラナは賢者エルガルムに質問をした。

「そうじゃのう。うーむ、しかし本当に不思議な存在じゃのう。さっきは儂の〈収納空間(スペース・ストレージ)〉をまるで子供の様な眼差しで興味津々に見ておったし、首を傾げながら考えるあの仕草も本当に人間の様じゃ。何より、彼奴(あやつ)は人の善悪というものをしっかり見分けているのが驚く所じゃのう。大半の魔獣であれば、そんな区別など一切しない筈なのじゃからな」

 そんな老魔導師の考察を他所に、岩石の魔獣は考えていた。

(鉄の武器に……鉄の鎧……。う~ん……)

 (しばら)く長考し、岩石の魔獣は〝鉄〟というキーワードから(ひらめ)きを得た。

(あっ! そうだ、特殊技能(スキル)! 僕の特殊技能(スキル)で金属物を食べる事が出来るんだった!)

 閃きと共に、自分が保有している特殊技能(スキル)――――〈金属物質蓄積〉の存在を思い出した。

(丁度良いや! 売れないとか必要無いって言ってるし、この特殊技能(スキル)を試す良い機会だ!)

 そうと決まれば早速と、岩石の魔獣は手で摘んでいる肩鎧(ショルダーメイル)を食べてみようと口を開けた。

「な、何してるんだ?」

 騎士の(いぶか)しげな声と共に賢者エルガルム達も岩石の魔獣の口を開ける姿を見て、同じ疑問を抱く。

 そして肩鎧(ショルダーメイル)は岩石の魔獣の口の中に放り込まれ、口を閉じた瞬間、バギャンッと金属が噛み砕かれる音が岩石の魔獣の口の中から鳴るのだった。

 バギョッ、メギャッ、ガリッ、と岩石の魔獣の口から硬質な租借(そしゃく)する音が幾度も鳴る。

「えっ!? 喰った…!?」

 騎士は鎧を喰らう光景に驚愕の声を上げた。

 賢者エルガルムはその光景を見て、より岩石の魔獣の生態に興味が湧き、目を輝かせた。

「ほほう! これは面白い! 金属を喰らうのか!」

 岩石の魔獣は次々と鉄の武具を口の中に放り込んでは、いとも簡単に()み砕いては喰らい、黙々と野盗達の装備品を食べ続ける。

(うん……鉄だね……鉄の味だ……。それしか言えない味だ…)

 前世では絶対に経験しない金属を食すという、前世を含め生まれて初めての経験だった。

 美味しくはない。

 不味いと言う訳でもない。

 ただ、鉄の味がする。

 それしか感想が出てこなかった。

 そして特大剣(グレートソード)を掴み、太い刀身の先から、バギィン、と音を立てながら(かじ)()し折る。

「アアアアアアアアァッ!! 俺のグレートソード!!」

 特大剣(グレートソード)を喰らう光景を見て、悲鳴を上げた者が居た。

 今喰われている特大剣(グレートソード)の持ち主であったドボギだ。

 何時(いつ)()にか気が付き、最初に目にした光景が自分が愛用する特大剣(グレートソード)が喰われている所だった。

 だが、岩石の魔獣は彼の悲鳴など無視し、アイスバーでも食べる様な感覚でベキバキと太く厚い刀身を喰らい租借する。

「やめてくれえええぇえぇぇぇ!!」

(やなこった)

 彼の哀願(あいがん)を無視し、あっという間に特大剣(グレートソード)は跡形も無くなった。

(あと)はこの鉄鎚(ハンマー)だけか)

 最後に残った刺突戦鎚(ウォーピック)も掴み、大きな頭部分から齧り付く。

 べギャンッ!

「ウワアアアアアアァァァ!!」

(思ったより簡単に噛み砕けるんだなぁ)

 岩石の魔獣は悲痛の叫びを無視する。

 バキバキッ、ギャリッ、ゴリャッ、と硬い租借音を立てながら容赦無く噛み砕く。

 そして野盗達の装備品は、跡形も無くなった。


(ふぅ。食べた食べた)

 岩石の魔獣は鉄で作られた野盗の装備品を全て食べ終え、一段落しその場に座り込んだ。

 鉄の檻の中に居るドボギの俯きながら嘆く声が(かす)かに聞こえてくるが気にしない。

「ぜ…、全部食べちゃった」

 シャラナは呆然(ぼうぜん)とし岩石の魔獣を見ていた。

「ああも簡単に喰えるものなのか? ホントに何なんだ、この魔獣?」

 岩石の魔獣が野盗達の鉄の装備品を喰らう姿を、騎士は思い出しながら観察する。

「もしかしたら、貴方(あなた)の鎧も食べるのでは?」

「おっ! そうじゃの! 試しにミスリルも喰わせてみるかの!」

「ちょっ! エルガルム様、それは勘弁して下さい! あとライファ! ()りげ無く俺の剣を持って行くな! 貴重な武器なんだから駄目に決まっているだろ!」

 何時の間にかライファがミスリル製の長剣(ロングソード)を抱えながら岩石の魔獣に与えて見ようと、そんな本当に()()ねない彼女の行動を騎士は慌てて止める。

「冗談です」ライファはシレっとした表情で騎士に剣を返した。

 そして賢者エルガルムは岩石の魔獣へと近付き出すのだった。

「せっ、先生!? 何してるんですか!? 無闇(むやみ)に近付いたら危ないですよ!」

 シャラナの警告を聞き流し、賢者エルガルムは岩石の魔獣の下へと歩み寄った。

 岩石の魔獣は近付いて来た老魔導師に気付き、首だけを動かし顔を向けた。

(ん? 魔導師のお爺ちゃんだ。如何したんだろう?)

 首を傾げながら老魔導師に視線を送る。

 何か用があるのかなと疑問に思っている時、老魔導師から声を掛けられた。

「なぁ、お前さん。儂等の言葉は解るのか?」

(!)

 岩石の魔獣は目を若干大きく開く。

 人間が魔獣である自分に対して、真正面から話し掛けてくれた。

 普通なら声なんか掛けずに警戒するものだ。

 しかし、目の前に近付いて来た老魔導師から友好的に声を掛けてくれたのだ。

(また()い人に出会えた!)

 そして老魔導師の質問に答える様に頭を縦に振り、言葉は解る事を肯定した。

「! ほう、ちゃんと()()()理解していおる! では、言葉を喋る事は出来るかの?」

(う~ん。残念ながら言葉は話せないんだ。ごめんね)

 今度は頭を横に振り、言葉は話せないと否定する。

「そうか、そうか。じゃが会話は成り立っておるから大丈夫そうじゃの」

 老魔導師はうんうんと頷き、更に質問を投じてきた。

「お前さんは何処(どこ)から来たんじゃ?」

(う~ん。何処からか……。取り敢えず、フォラール大草原って所かな?)

 少し首を傾げ、フォラール村の方角に指を差し示した。

「その方角は確かフォラール村が在る所じゃな。なるほど、なるほ……ん? もしかすると、その村に立ち寄ったりしたのか?」

(うん。寄ったよー)

 岩石の魔獣は素直に頷く。

「村の者達に何かされたりしたか?」

(何か? ああ! 全然! 逆にお世話になったよ!)

 その〝何か〟が悪い意味でと理解し、岩石の魔獣は頭を横に振り強く否定した。

「むっ!? まさか、村の者達に歓迎されたのか!?」

(されたー。むっちゃされたー)

 岩石の魔獣は満面の笑みを浮かべながら、片手の握り拳の親指を立てて肯定した。

「嘘!? 魔獣が村の人達と交流したの…!?」

 金色の髪の美女は驚愕の声を上げた。

 それもその筈、野生の魔獣が自ら人との交流を交わす事など、有り得ない事であるからだ。

 だが、彼女の前に居る岩石の魔獣は完全に例外中の例外の存在である。

「何と! こりゃあ魂消(たまげ)たのう! 人間と交流するとは、何と珍しい奴なんじゃ!」

(やっぱり珍しいかぁ、僕って。……まぁ、そりゃそうだよね)

 やっぱり自分はこの世界じゃ変わった魔獣なんだな、と岩石の魔獣は悟った。

 そして老魔導師から、とんでもない提案を投じられた。

「お前さん、儂等と一緒に来んか?」

「えっ!? 先生!?」

「!?」

「ちょっ!? 嘘だろ!?」

(!)

 まさかの旅の誘いに老魔導師以外は驚愕した。無論、岩石の魔獣も目を大きく見開き驚愕を(あらわ)にした。

 だが、この誘いは岩石の魔獣にとって、非常に願ってもない機会(チャンス)だった。

 自分は人外の存在だが、お互いを助け合う共存を望んでいる。

 寧ろ、彼等と共に旅する先で町や国に入る事が容易になるかもしれない。

(何より、この人達は悪い人達ではないし、寧ろ善い人達だ。魔獣の僕に対して友好的だし、この世界の一般常識を学ぶのに付いて行く方が、独りで調べるよりずっと良さそうだ)

 岩石の魔獣はこの先の事を考えた。

「如何じゃ? 儂もお前さんの事も知りたいし、魔法に興味を持っている目をしている様じゃが如何じゃろう。儂等と共に旅をすれば魔法の事も色々と知る事が出来るぞ。何じゃったら儂が教えようではないか」

 老魔導師の提案に、岩石の魔獣は惹かれた。

(僕の事か……。そうだ、正直僕はどんな魔獣なのか今も分からないし、この人達に付いて行けば自分自身の事が何か分かるかもしれない! 何より、一緒に居れば他の人達から敵対心を抱かせなくする事が出来る! こんな機会(チャンス)、今逃したら二度と来ない!)

 答えは決まった。

 岩石の魔獣は老魔導師達に付いて行くと、頭を縦にゆっくりと振った。

 その肯定した答えに、賢者エルガルムは歓喜の声を上げた。

「おお、そうか! 一緒に来てくれるのか! 素晴らしい! 今日は何て幸運な出来事に出会(でくわ)したのじゃろうか!」

 老人とは思えないくらいにはしゃいでいた。

 他の3人は呆然としていた。

「ほ…本当に付いて来きちゃうんだ……。王都に着いたら如何説明すれば…」

「マジか…! ホントに付いて来るのか…!」

「困りました。食用の金属が此処にしか……」

「いや駄目だからね! 俺の装備品は彼奴(あいつ)の食糧じゃないからな!」

 老魔導師以外の3人は岩石の魔獣が一緒に旅する事に困惑していた。

(う~ん。彼方(あっち)の3人はかなり驚いてる様だけど、もしかして、お爺ちゃんって結構凄い人? まぁ、あの人達の気持ちは解らなくもないんだけど……)

 岩石の魔獣は戸惑う3人に対して同情した。

 もし、逆の立場であったら間違い無く自分も同じ反応をするだろう、と。

(まぁ…出会ったばかりだし、ゆっくり時間を掛けて友好を築いていけば良いし。何より寂しくない)

 岩石の魔獣は何時も通りの、前世と変わらず、暢気(のんき)に先の事は余り深く考えずに今を楽しんだ。

 そして困惑する3人を気にせず、老魔導師は岩石の魔獣に向けて手を差し伸べた。

「これから(よろ)しくのう」

 差し伸べるその手の意味は1つだ。

 握手だ。

 それも友好の印の握手だ。

 岩石の魔獣は老魔導師が差し伸べる手を見て、フォラール村で最初に出会った3人を思い出した。

()だそんなに日は経っていないのに、懐かしく感じるなぁ。村の皆は如何してるかな。僕が村を出る前に残したあの樹は気に入ってくれたかな?)

 たった1日の思い出だが、とても良い思い出だった。

 この世界の初めての人間との出会いや、岩の身体に群がる子供達、ポフォナ森林での兎狩り、そして美味しい食事を分けてくれた事。村の皆はとても善い人達ばかりだった。

 そして、魔獣の自分を受け入れてくれた人達。

(次はお爺ちゃんが僕を受け入れてくれる人なのか)

 岩石の魔獣は、この世界で初めて握手を交わしてくれた元冒険者を目の前に居る老魔導師と重ねる様に思い出しながら、差し伸べている手を岩石の親指と人差し指で優しく摘み、ゆっくりと上下に振り友好の握手を交わした。

「やはり、お前さんは不思議じゃのう」

 老魔導師はホッホッホッと嬉しそうに微笑(ほほえ)む。

 隣に居た金色の髪の美少女は恐る恐る近寄り、岩石の手に触れようと(にじ)り寄って来ていた。

 岩石の魔獣は近寄って来る可愛い少女に気付き、手を差し伸べて見た。

 一瞬ビクッと肩が竦み、身体が石の様に固まり動かなくなってしまった。

(ありゃりゃ)

 やっぱり未だ怖いか、と少し残念そうに思う。

「大丈夫じゃよ。ちゃんと儂と握手したのじゃから心配無いわい! ホレ、後1歩だけ踏み出すだけじゃぞ」

 そんな老魔導師の言葉に従う様に、ゆっくり、ゆっくりと1歩足を進ませた。

 そして躊躇(ためら)いながらも彼女は手を伸ばし、岩石の魔獣の大きな人差し指に触れた。

 岩石の魔獣は彼女の手の感触を感じ取り、優しく親指と人差し指で摘み、ゆっくりと上下に動かし握手を交わした。

「ンンンンン」(宜しくね)

 岩石の魔獣は穏やかで優しい表情を目で浮かべながら、野太く鼻の掛かった低音にキーンと少しだけ優しい高音の混じった声を発し挨拶を交わした。

 表情を見てなのか、声を聞いてなのかは分からないが、彼女の固くなった表情が和らぎ安堵した様だ。

 如何やら、友好の意思が通じた様だ。

「ホレ、お前さん達も折角じゃから友好を交わしなさい。滅多に無い経験じゃぞ」

 老魔導師は侍女(メイド)と騎士を手招きしながら岩石の魔獣との握手を勧める。

「では、次は(わたくし)が」

 騎士の戸惑いを見て侍女(メイド)はお先にと、岩石の魔獣に向かって近付いて行った。

 先程の金色の髪の可愛い美女とは違い、恐れる様子も無く綺麗な背筋のままススッと近寄って来た。

(おっ、今度はクールビューティーなメイドさんだ)

 次に来たショートヘアの銀髪の格好良い美女は恐れも迷いも無く、岩石の指に触れてきた。

 岩石の魔獣は同じ様に親指と人差し指で手を摘み、ゆっくりと上下に動かしながら握手を交わした。

(この人、かなりの肝が据わっているんだなぁ)

 冷静な表情を崩さない格好良い美女の顔を、岩石の魔獣はまじまじと見詰めた。

 最後に近付いて来た騎士は、何故かさっきの可愛い少女よりもかなり恐る恐るといった足取りで、ゆっくりと躙り寄って来ていた。

(あれ? 僕、あの人に何かしたっけ? 顔は兜で見えないけど、あれ絶対警戒してるよね)

 大丈夫かな、と心配しつつ岩石の魔獣は騎士に手を差し伸べて見た。

 ぎこちない動きをする騎士は何とか岩石の魔獣と握手を交わす事が出来た。

「た、食べないよね?(俺の装備品)」

「ン?」(ふぁ?)

 岩石の魔獣は騎士の言葉に首を傾げた。

 えっ? 何で? と頭の中に疑問が浮かぶが、結局その言葉に対し理解する事が出来なかった。


 漸く握手を交わし終え、お互い旅の続きを再開する事が出来るようになった。

「さて、これで漸く王都アラムディストに向かう事が出来るわい」

「では、直ぐに馬車を動かせるよう準備します」

「うむ、頼む」

 賢者エルガルム達は旅支度をし、再び王都アラムディストに向かう事になった。

 ―――不思議な岩石の魔獣と共に。


 そして岩石の魔獣は未だ気付かなかった。

 一緒に旅をする事になった老魔導師が、ラウツファンディル王国最強の魔導師という名の賢者である事も知らずに。

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