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遭遇4-4

畜生(ちくしょう)が!! 何なんだコイツは!?」

 ドボギの驚愕(きょうがく)と困惑が入り混じった怒声が響いた。

 野盗の誰かに質問をしている様にも、賢者一行に答えを聞き出そうとしている様にも、そしていきなり乱入して来た魔獣と(おぼ)しき岩石の身体をした謎の存在に向けて虚勢(きょせい)混じりの威嚇(いかく)を放っている様にも聞こえた。

「おい、この岩野郎!! よくも俺達の邪魔をしてくれたな!!」

 ドボギの怒声に反応し、岩石の魔獣は(うるさ)い声の方へ顔を向けた。

 岩石の魔獣にじろっと視線を向けられドボギはビクッと(おのの)き、少し(おび)えた感情が怒りの表情に混じり込んだ。

「な…何だ! やる気か、テメェ…!」

 先程までのドボギの威勢は小さく為り、情けなさが声から()れていた。

 岩石の魔獣はそんなドボギの言葉を無視し、視線と首を動かしながら自分の周りを見渡していた。

 そして、賢者一行に目が留まり、ジッと観察するかの様に見詰めるのだった。

「何だ? あの魔獣…我々が気になるといった様子ですね」

「ふむ……その様じゃな。儂等に対して敵意は無い様に見えるが、油断は禁物じゃ。危険度(ランク)はDとはいえドゥドウルを一撃で殴り倒したあの怪力、防御面を強化しても防ぎ切れん可能性が充分に在る。可能な限り、敵対せぬ様に様子を見よう」

「承知しました」

 エルガルムの言葉に騎士は了承の意を発し、盾を構えつつ謎の魔獣を視界に入れる。

「………」

 シャラナは此方(こちら)を見る正体不明の魔獣に対し、妙に警戒心が薄っすらとしか湧かなかった。

 此方に向けるその目からは、敵意が一切感じられない不思議な瞳を宿しており、(むし)ろ興味と好奇心の視線を送っているかの様だった。何より、青空の様に透き通った薄い青色、まるで大粒の蒼玉(サファイア)の輝きをした瞳は、とても穏やかで、とても優しい、人間の様な目をしていた。

 野盗達にとっては恐怖を感じる存在ではあるが、賢者エルガルム達にとっては全く恐怖を感じさせない不思議な存在であった。

「喰らえ化け物!〈発火(イグニッション)〉!」

 そんな岩石の魔獣に、魔導師崩れの野盗2人は低位(クラス)の炎系統魔法を発動し、岩石の肌に点火した。

「ンンンッ!?」

 岩石の魔獣は急に不意を突かれ、驚きの声を上げた。

「ンンンッ、ンッ、ンッ、ンンンンッ!」

 急に右肩辺りをボンッと点火された岩石の魔獣は、(まと)わり付いた広がる炎を慌てて叩きながら払い消そうとする。

「ハハァッ! 如何やら効いたみたいだ!」

 岩石の魔獣が炎で焼かれる姿を見た魔導師崩れの2人はニヤリと(わら)い、魔法でなら余裕で倒せると安易に判断した。

「……あれって、効いてるんですかね?」

 右肩辺りを焼かれている岩石の魔獣の様子に違和感を感じた騎士は、賢者エルガルムに問い掛ける。

「……いや、何というか、ただ不意に点火されて吃驚(びっくり)してるだけに見えるのう」

 賢者エルガルムも同様に、岩石の魔獣の様子に違和感を感じていた。当然、シャラナも同様に感じていた。

 岩石の魔獣の表情からは、炎系統魔法の炎による灼熱の痛みに(さいな)まれている様には全く見えなかった。

 魔力という燃料が切れた炎は消失し、岩石の魔獣に焼き焦がした痕を残した。消えた炎に対し、岩石の魔獣は自分で払い消せたと思い安堵(あんど)の息を()く。

 右肩辺りを広い範囲で火傷を負った様だが、岩石の魔獣自身は痛痒が無い様子だった。

 だがその後、ある現象が岩石の魔獣に起こる。

「なっ……! 焼いた痕が消えた!」

 焼け焦げて黒く為った岩肌部分がスゥッと消えていき、まるで最初から焼かれていなかった様な状態に戻ったのだ。

「ほぉ…! あれは〈自己再生〉か!」

 それを目にした賢者エルガルムは、岩石の魔獣が起こした現象が特殊技能(スキル)によるものだと直ぐに見抜く。

「ンンンンンン」

 岩石の魔獣は、少しだけ優しい高音が混じった鼻の掛かった様な野太い声を低く(うな)らせる。それと同時に炎の魔法を放ってきた野盗2人をジロッと(にら)み付ける。

 その視線に2人の魔導師崩れの野盗は恐怖し、その場から勝手に逃げ出した。

「あんなの反則だ! 幾らブチ当てても魔力が無駄になるだけだ! 俺は抜けるぞ!」

「俺もだ! あんな化け物なんか相手に出来るか!」

「あっ?! おい待てっ! 何で逃げる!?」

 ドボギは逃げ出した2人に戻れと怒鳴るが、その言葉を無視しビッグリザードで逃走しようとする。

「おっといかん! 逃がさんぞ!」

 賢者エルガルムは逃げ出した2人の野盗と2体のビッグリザードに向けて、束縛の魔法を放とうとする。

 その時、視界に映っていた岩石の魔獣が、大きな両腕を斜め下に伸ばしながら広げていたのを視界にに映す。いったい何をするつもりなのだと、エルガルムは疑問と好奇心を湧かせた。

 岩石の(てのひら)を軽く開いたまま、ほんの僅かだけ動かなかった。

 次の瞬間、岩石の魔力が一気に強まり両腕を勢い良く上げると同時に、周囲から巨大な石の壁が大地から出現したのだ。その出現の速さは僅か3秒。高さ20メートル程の壁が、この場に居る全ての者を囲い閉じ込めたのだ。

 そんな現象に野盗全員が目を見開き口を大きく開け、驚愕の表情を(おもて)(さら)していた。

 面頬付き兜(クローズド・ヘルム)で顔は見えないが護衛の騎士やシャラナ、今は野盗の影に潜り込んでいるライファも影の中から見て同じ心境を抱くのだった。

 だが、賢者エルガルムは違った。

 驚愕しているのは一緒だが、驚愕の仕方が違っていたのだ。

「ほぅ! 広範囲の〈石壁(ストーンウォール)〉! 魔法も扱えるのか!」

 賢者エルガルムは驚愕という歓喜に溢れていた。

 岩石の身体をした未知なる存在の生態、保有している特殊技能(スキル)、そしてどの様な魔法を使うのか。

 未知に対して知識欲が刺激され、もっと知りたい、調べたいと純粋な好奇心が溢れてくる。

「す…凄い…。あっという間に逃げ道を塞いだ…」

「しかし妙です。あの魔獣、まるで我々に協力している様に思えるのですが。あの魔獣、いったい何が目的でこの様な事を?」

 騎士の言葉を耳にし、賢者エルガルムはその疑問に同意する様に(しゃべ)り出した。

「確かにのう。情報が余りにも少ないが、彼奴の行動には魔獣としては考えられない所ばかりじゃ。――――そう、まるで人間染みておる!」

「人間……染みて…」

 シャラナは動像(ゴーレム)の様な存在を見ながら、ぼそりと呟く。


 魔法によって周りを石の壁で囲まれ恐慌(パニック)(おちい)っていた野盗達は逃げれないと悟り、其々(それぞれ)武器を手に持ち、戦闘を開始しようと迫り来る。

 しかし、全員の足取りは余りにも遅く、鈍亀の様な遅さで(にじ)り寄って行く。理由は乱入して来た岩石の魔獣が一番の脅威であると、普段は鈍い本能が頭の中で(ささや)いているからだった。

 特に野盗が騎乗している魔獣がそうであった。中には動こうともしない魔獣も居た。

 仕方がない事だ。ドゥドウルを拳一発で即死させたのを見れば、当然その存在に恐怖してしまう。

 だが、たった1人だけ、戦況と今さっき起こった状況を真面(まとも)に理解していない者が居た。

「何あんな奴にビビッてんだ!! おいテメェら、とっとと魔法であの岩野郎を消し炭にしろ!!」

「ハアッ!? 何言ってんだ! 見てなかったのか!? 焼いても元に戻ったんだぞ!」

「だったら死ぬまで焼き続けりゃいいだろ!! 全員とっととあいつら殺して金目の物奪え!! 早く動け、馬鹿野郎共が!! 雑魚(ざこ)相手にビビるんじゃねぇ!!」

 ドボギの無茶苦茶な発言に、流石(さすが)の他の野盗達も頭を抱えるのだった。

 だが()(みち)、この場から逃げる事は出来ないのは事実だ。

 ()るか殺られるかの2つの道しかない。1人だけ理解はしていないが。

「クソッ、無茶言うな…!」

 ドボギの無茶振りに対し舌打ちをしながら、もう如何(どう)にでも為れと自暴自棄(じぼうじき)に為り、今度は別の炎系統の基本攻撃魔法を放った。

「〈放火ファイア・レディエーション〉!」

 2人の魔導師崩れの野盗から放射された炎が岩石の魔獣目掛けて勢い良く迫り、噴出した炎は噴出される炎に押し出されながら目標へと真っ直ぐ向かっていた。

 魔法で発生した炎の塊が迫り来る中、岩石の魔獣は大きな手を何も無い中空に、迫り来る炎の放射へ向ける様に片手を(かざ)していた。

 そして放射されている炎が襲い掛かろうとする前に、何も無い中空に水が出現した。それも僅か1秒で直径10メートル程の透き通った水の塊が、魔法の力で形が固定された水の壁が創られたのだ。

「なっ!?」

 炎を放った魔導師崩れの野盗2人は、驚愕の声を上げた。

 当然、放射された炎は巨大な水の壁に阻まれ、ボシュウゥゥッと鎮火(ちんか)する音と高温の熱によって発生した水蒸気の音を立てながら消えていった。

「今度は〈水壁(アクアウォール)〉! 土系統だけでなく水系統も扱えるか!」

 賢者エルガルムはその光景を見て、更に歓喜と興奮が高まっていた。

 それとは反対に、野盗達はその光景を見て士気が下がっていった。

 そんな光景に釘付けになっている隙を、一番奥に居る1人の野盗の影に潜むライファはそのまま影から姿を現し、気付かれずに背後から麻痺の短剣(パラライズ・ダガー)を当て、麻痺(まひ)状態にし無力化していた。透かさず影の中に潜った直後に別の野盗の影へと転移し、誰にも気付かれない様に隙を(うかが)う。

 野盗の1人が麻痺で無力化されているのを他所に、岩石の魔獣はみすぼらしい頭巾(フード)付き外套(ローブ)の2人へ、(いま)だ中空に漂い存在する巨大な水の壁越しから岩石の手を向けていた。

 今度は此方(こちら)の番だという様な圧倒的強者の視線が、彼等の本能に恐怖が芽生えた。

「やっ、やばい! 逃げ――――」

 2人が逃げようとする前に、巨大な水の壁から人1人丸ごと包み込める程の大きな水の塊が2つ分離し、勢い良く放たれる。そして遠くに居るビッグリザードに乗った2人の魔導師崩れに目掛けて飛んで行く。

 その大きな水弾はとても速く、回避が間に合わなかった2体のビッグリザードに見事に命中した。

「ギャボアァッ!」

「う、うわっ!」

 ビッグリザードは放たれた水弾よる衝撃で吹っ飛び、胸辺りはまるで巨大な鈍器に叩き込まれた様な(へこ)みが生じていた。

 騎乗していた2人も吹っ飛ばされた拍子で空中を舞い、そのまま放り出され落下し大地に転がった。

「〈水壁(アクアウォール)〉を展開した(まま)から、そこから〈水の弾丸(アクアバレット)〉! 中々に器用な面も有るか」

「凄い…! 低位(クラス)の魔法なのに…!」

膂力(りょりょく)に限らず、魔力までもが上位(クラス)か…!」

 賢者エルガルムは岩石の魔獣の魔法に対し賞賛を送り、シャラナと護衛の騎士は低位(クラス)とは思えない魔法の速度と威力に驚愕した。

 当然、1人を除いて野盗全員も魔法の速度と威力に驚愕し、畏怖(いふ)した。

 大地に転がった魔導師崩れの野盗は急いで立ち上がろうとするが、気付けば目の前が岩の壁が視界に映っていた。

 (ただ)し、その岩石の壁は魔法による物ではなかった。

 その岩には(ドラゴン)の様な骨格の大きな顔があり、人の頭ぐらいの目が野盗を睨み付けていた。偶然にも岩石の魔獣の背に太陽の光が当たり、身体の前半分が暗い影を作り、岩石の魔獣の顔がその野盗により一層恐怖の印象を与えた。

「ひっ…!」

 悲鳴を上げようとする前に、大きな岩石の片手で鷲掴(わしづ)みにされた。

「うぐっ!?」

 頭以外がすっぽりと岩石の手の中に納まり、そのまま岩石の魔獣の頭の高さまで持ち上げられた。

「な、何だ!? いったい何を―――!?」

 空いたもう片方の岩石の手が、自分の頭にゆっくりと迫って来るのが視界に映った。

 迫って来るその手を見た瞬間、彼は死を直感した。

 この状態で如何(どう)いう風に殺されるか理解した。

 首を()し折られるか、頭を握り潰されるかだ。

 恐怖が彼の身体全体を支配し、目から一気に涙が溢れ出した。

「い、いやだあああぁっ!! 死にたくないいぃぃぃ!!」

 恐怖の叫びを上げながら必死に全身を動かし脱出しようと(もが)くが、頭と首以外は岩石の手の中に納まっている為、全く動けなかった。何より手の力が強過ぎるが為、魔導師の貧弱な身体能力では全く歯が立たなかった。

 その光景を見た賢者エルガルムは歓喜から一変し、焦りの表情へと変わっていた。

「いかん! 捕縛する野盗を殺させる訳には!」

 岩石の魔獣に手を出し敵対したくはなかったが、止めなければ捕縛対象が殺されてしまう。賢者エルガルムは敵対覚悟で急ぎその行動を阻止しようと束縛の魔法を発動しようとした。


 だがその直後、岩石の大きな親指と人差し指がギリギリ野盗の頭に触れそうな所でピタリと動きを止めたのだ。


 そして顔だけ、賢者エルガルムの方を向けた。

 賢者エルガルムは驚いた。

 焦り叫んだ内容を聞き入れ理解してくれた事に。

 岩石の魔獣は首を傾げながら「えっ、駄目なの?」と疑問に思っている様な仕草をしながら、優しい視線を送ってくる。

 そして鷲掴みしている野盗の頭に近付けた片手をゆっくりと下ろした。

「話が……通じた…?」

 シャラナも同様に岩石の魔獣の行動に驚いていた。

 魔獣は通常、人間の言う事を聞く様な生物ではない。言う事を聞かせるには、調教師(テイマー)と呼ばれる職業(クラス)を修めた者がいなければならない。しかし調教が出来ても、調教師(テイマー)力量(レベル)が低ければ単純な命令ぐらいしか聞いてくれない。

 もう1つの方法は、隷属(れいぞく)首輪(くびわ)と呼ばれる違法マジックアイテムを付ける事で簡単に出来る方法だ。しかし、それだと装着された魔獣の意識が混濁(こんだく)した状態になり、簡単な命令すらもかなり限定されてしまう物だ。

 なので野生の魔獣は、基本自分以外の言葉を聞き入れないのが一般常識である。

 だが、其処(そこ)に居る岩石の魔獣は例外中の例外だった。

 人間の言葉に反応し、言葉の内容を理解するどころか聞き入れて、ちょっとした仕草を交えたりしているのだ。


 ――――本当に人間染みた魔獣だった。


 岩石の魔獣は鷲掴みしている野盗をそのまま放し、大地へ落とした。

 着地した瞬間に脚の力が入らず、へなへなとその場に(ひざ)を付いた。

「た……助かった…?」

 涙を流しながら掠れた声でぼそりと口にした。

 殺されずに済むと内心で安堵(あんど)したその直後、軽く広げた岩石の片手が向けられていた。

「え……何…?」

 何故手を向けられているのか状況が分からずに困惑する野盗の心境など構わず、岩石の魔獣は広げた手をグッと一気に握った。

 その瞬間、野盗の周囲に土砂の塊が出現し、そのまま身体全体に(まと)わり付き、完全に(おお)い尽くした瞬間に土砂の塊は硬い石の塊へと変化していた。

 ほんの1、2秒の出来事に、捕まった野盗は直ぐに理解する事が出来ず、ポカンとした顔を晒していた。

 そして起こった事が脳に染み込み、(ようや)く理解し気が付く。

「え……えぇぇええええっ!!? ちょっ、出して! 出してくれええぇぇぇっ!!」

 四角い石の塊に閉じ込められ、唯一(ゆいいつ)石の塊から出ている頭を必死に動かしていた。隙間無くガッチリと包まれた状態で叫ぶ姿は、余りにも間抜けであった。

「今度は〈石塊の拘束ホールド・オブ・ストーン〉か! やはり、人の言葉を理解しとる様じゃのう。本当に不思議な奴じゃ! 益々(ますます)興味が湧いてくるのう!」

 賢者エルガルムは、より一層に知識欲が高まっていた。

「こ、こいつっ!! よくもやってくれたな!!」

 ドボギはその光景を見て、より怒りを込み上げていた。

 相変わらず力量の差を認識しておらず、今も勝てる相手だと思い込んでいた。

 そしてそのまま騎乗していたドゥドウルから勢い良く飛び降り、特大剣(グレートソード)を片手に握り締め、岩石の魔獣に向かって歩き出した。

 怒りで我を忘れ、周りの状況を全く見ようともせずに、ただ視界に映っている岩石の魔獣だけを殺意の宿った眼差しで見据えながらずかずかと進んで行く。

「この岩野郎が!! ブッ殺してや―――!!」


「――――〈撃砕の霹靂(サンダーブレイク)〉」


 ドボギの後ろから突如と強烈な閃光を放ちながら雷鳴が(とどろ)くと同時に、轟音を響かせた大きな雷が大地へと落ちた。

 強力な雷の柱が落ちた場所には、ドボギが騎乗していたドゥドウルが居た。電気系統の上位(クラス)の魔法を浴びせられたドゥドウルは全身痙攣(けいれん)を起こし、超高電圧の強力な電流に激しく焼かれる。

 役目を終えた大きな雷が消えた時には、既にその生命(いのち)は焼かれ、力無く大地へと倒れ伏し、絶命していた。

 ドボギは慌てて後ろを向き確認したが遅かった。振り向いた時には既に前のめりに倒れ伏し、生命(いのち)の灯火は消えていた。

其奴(そいつ)から降りてくれて感謝するぞ。でなければ、お前さんも一緒に落雷で生命(いのち)を奪う羽目(はめ)になってしまうからのう」

 ニヤリと不敵の笑みを浮かべる賢者エルガルムは、これで力の差が解ったか、と語る様にドボギに向けて告げる。

 賢者エルガルムの放った轟雷の柱を目にした野盗達の顔は、より一層青ざめたものとなっていた。

 落雷の魔法に目を奪われている隙を突き、ライファは瞬時に野盗の影から姿を現し、再び麻痺の短剣(パラライズ・ダガー)でまた1人麻痺にし無力化する。そしてもう一度影に潜り、別の標的の影へと移る。

 戦況は野盗達にとって、最悪なものへと為っていた。

 岩石の魔獣が尋常ではない速度でビッグリザードやドゥドウルに急接近し、強烈な岩石の拳の一撃を叩き込みながら野盗達に恐怖と混乱を与えていた。その光景は一方的な蹂躙(じゅうりん)劇であった。岩石の魔獣に殴られた魔獣達は、文字通り殴り飛ばされていた。

 拳だけの肉弾戦だけでなく、魔法も()()ぜる様に人間の大きさ程の水の塊や石の(つぶて)を放ち、ビッグリザードとドゥドウルのみに当てていた。

 魔獣達は完全に戦力から強制排除されるが如く、次々と倒れ伏していった。

 そんな岩石の魔獣の無双が繰り広げられている光景を視界に映す賢者エルガルムは、これ程嬉しい誤算が転がって来た御蔭(おかげ)で野盗共の捕縛が早く終わらせられると嬉しく思っていた。此方(こちら)もやる事をとっとと済ませようと、視界に映る野盗の頭目(リーダー)であるドボギに何時(いつ)でも束縛の魔法を放てる様にスタッフを向けた。

「さて、此方(こちら)も言わせて貰おうかの」

 ドボギは老魔導師の言葉に反応し振り向き、いったい何をだ、と疑問の表情を浮かべた。

()()()()()()

 その言葉を聞いたドボギは怒りの沸点が頂点に達し、頭の中は憤怒の感情によって支配された。

 最初に対面した時にドボギが言い放った言葉とは少し違ったが、その意味は全く同じであり、それを言い返された事で彼の強者としての誇り(プライド)がズタズタに裂かれた。ドボギは完全に馬鹿にされた為、怒り狂ってしまうのだった。

「ふざけんなよ、クソジジイィィッ!!!」

 ドボギは片手で特大剣(グレートソード)を高く持ち上げると同時に、老魔導師に向かって走り出した。

 流石に戦士なだけはあって身体的能力は高く、間合いを一気に詰めて来た。

 自慢するだけはある肉体的な力は虚勢ではなかった。

 斬撃が届く間合いに入り、そのまま持ち上げていた特大剣(グレートソード)を老魔導師に向けて力任せに振り下ろそうとした。

 だが、振り下ろした所に騎士が老魔導師とドボギの間に割り込む様に入り、振り下ろされた特大剣(グレートソード)は騎士の盾によって防がれ、金属同士のぶつかる硬い金属音が鳴り響いた。

武技(スキル)無しでただ振り下ろすだけか? 戦士なんだから武技(スキル)くらいは修めてるだろ?」

 騎士はドボギの特大剣(グレートソード)を器用に盾で払い退()けた。

「クソッ、邪魔だどけえぇっ!! ―――〈剛斬撃(ごうざんげき)〉!!」

 ドボギは()りもせず、また同じ様に特大剣(グレートソード)を振り上げ、そのまま力任せに振り下ろした。

「〈中位筋力増強ミドル・ストレングス・ライズ〉!」

 特大剣(グレートソード)が騎士に振り下ろされる直前に、肉体的な力を増幅させる中位(クラス)強化魔法が騎士の身体に掛かり、力任せの重い斬撃を最初の斬撃よりも容易く防ぎ、そのまま盾で跳ね返すが如く押し返した。

 鍛え上げられた肉体に魔法で強化された力で騎士に押し返されたドボギは、踏鞴(たたら)を踏みながら崩された体制を立て直した。

 そして強化魔法の発生源を睨み付ける。

 騎士に強化魔法を掛けたのは―――シャラナだ。

 ドボギはその女が非常に邪魔だと苛立ち、目の前の騎士からシャラナへと標的を変えた。

「女がしゃしゃり出て来んじゃねぇよ!!」

 回り込み後ろに控えているシャラナを捕まえ、人質にしようと迫り行く。

「御嬢様には近寄らせんぞ!」

 騎士はそれに反応し、即座にドボギの前に立ち塞がろうと動いた。

 互いに其々の行動をする直前、いきなり地響きの音と豪風が起こった。

 いきなり押し寄せて来た豪風にドボギは怯むが、そんな事よりも今は眼前の騎士と老魔導師を殺し、少女を捕まえて拉致しようと振り上げた特大剣(グレートソード)を振り下ろそうとした。

「あ? あれ?」

 しかし、特大剣(グレートソード)を握る手が動かす事が何故か出来なかった。まるで何かに固定されたかの様に、どんなに力を込めても、特大剣(グレートソード)は固定された所から動こうとしない。

 そんな焦るドボギの視界に居る3人の目線は斜め上の方に向いており、何故か驚愕の表情を浮かべていた。

 頭の悪いドボギでも理解する事が出来た。

 誰かが後ろから剣を固定する様に抑えているのだと。

「誰だ!! 俺の剣を掴んでいる…奴……は……」

 3人の驚愕する理由が分からなくとも、後ろで誰かが邪魔をしている事だけは理解出来たドボギは、その邪魔する誰かを殺そうと――――後ろを振り返ってしまった。

 ドボギは驚愕し、絶句した。

 其処には何時の間にか――――岩石の魔獣が居たのだ。

 ドボギの特大剣(グレートソード)を大きな岩石の手で掴み、剣を振り下ろす行動を阻止していたのだ。

「な……何という速度じゃ…」

 賢者エルガルムの呟く言葉に、シャラナと騎士も同じ心境だった。

 3人は、岩石の魔獣が疾風の如くの速度でこの場へと一気に走って来た迫力のある光景を、視線の先で目撃していたのだ。

 さっきまで遠くの戦場で一方的に魔獣達を殲滅(せんめつ)し、野盗達を恐ろしい速度で追い回しながら無力化していた岩石の魔獣が僅か数秒足らずで、この場に駆け付けて来たのだ。

 ドボギは背後に居る岩石の魔獣の更に後ろ遠くの場所を視界に映し、驚愕の表情を浮かべた。魔獣達は大地に転がりピクリとも動く気配が無く、野盗達は魔法によって石で拘束された者や、何故(なぜ)か力無く大地に倒れ伏せて立ち上がる事が出来ない者も居り、ドボギを除いた野盗全員が無力化されている光景が広がっていた。

 たった1人取り残されたドボギはまさに、絶体絶命の状況だった。

 巨大な石の壁に囲まれ逃げ場すらない。

 それでもドボギは、自分が置かれている状況を理解する事が出来ていなかった。

「こ…このっ! 離しやがれ!!」

 圧倒的不利な状況であっても、俺なら勝てる、と思い込み続けながらただ力任せに動こうとする。

 そんな彼に対して愚かさを通り越し、逆に戦士として最後まで闘い抗おうとする姿が立派にさえ思ってしまう。

 岩石の魔獣は掴んだ特大剣(グレートソード)をグイッ引っ張り、ドボギからいとも簡単に取り上げた。

 幾ら力自慢のドボギでも、岩石の魔獣の圧倒的な腕力には(かな)わず、引っ張り取り上げられた勢いで無様に転んでしまう。

 そして岩石の魔獣は取り上げた特大剣(グレートソード)をそのままポイッと遠くへ放り投げた。

「あっ! 俺のグレートソード!」

 取り上げられ放り投げられた特大剣(グレートソード)を目で追いながら手を伸ばすが、余りにも遠過ぎた。

 特大剣(グレートソード)が放り投げられた先は、岩石の魔獣がドボギの視線を遮っている為どの辺りに落ちたのか分からなかった。

「魔獣風情が……いい気になるんじゃねぇぞ!!」

 ドボギは背中に背負っていた大きな刺突戦鎚(ウォーピック)を手に取り両手で握り締め、今度は3人から岩石の魔獣へと標的を変更した。ドボギでは決して勝てない存在だと分からないまま。

 ただ勢いに任せ、ただ力任せに、岩石の魔獣に向かって走るその行動は蛮勇(ばんゆう)とも言える愚行でしかなかった。そのまま接近し、岩石の魔獣の頭に向かって跳躍(ちょうやく)し、両手に握られてた鈍器を振り被り構える。

「その(どたま)、砕いてやらああぁっ!!!」

 ドボギは岩石の魔獣の顔に目掛けて、戦鎚(ウォーピック)を全身全霊を込めたフルスイングを叩き込んだ。

「〈剛鎚撃(ごうついげき)〉!!!」

 金属の鈍器が岩石の顔にぶつかり、ガキイイィィン、と硬く重い衝撃が響き渡った。

 しかし、その衝撃は岩石の魔獣に通用する所か、逆にドボギだけに衝撃の痛みが両手に限らず全身に巡った。

「ぅおあっ?! ぐうぅぅっ!」

 身体全身に衝撃と痛みが(しょう)じた拍子で、ドボギは両手から刺突戦鎚(ウォーピック)を手放してしまい、そのまま大地に不時着してしまった。

 余りの衝撃と痛みで、ドボギの両腕は思う様に動かす事が一時的に出来なくなっていた。武器を握る所か、相手を殴る為の握り拳すら作れない程の痛みが(はし)っていた。

 ドボギは痛みを(こら)えながら岩石の魔獣の顔を見た。

 そして漸く、力の差を思い知らされた。

「そ……そん…な…!」

 岩石で構成された(ドラゴン)の様な顔は全くの無傷であった。

「な、何という堅牢さじゃ…!」

 エルガルムは全くビクともしていない岩石の魔獣の防御力に驚きの声を上げた。

 強烈な鈍器の一撃を叩き込まれたにも関わらず、まるで最初から何もされていないかの様に微動だにしていなかった。刺突戦鎚(ウォーピック)の衝撃が染み込まず、逆にその衝撃全てを反射したかの様だった。

 岩石の魔獣は地面に落ちた刺突戦鎚(ウォーピック)も拾い、直ぐに遠くへと放り投げた。

 ドボギは闘う為の(すべ)を失ってしまった。

 眼前に居る岩石の魔獣に何もかもが邪魔され、殺して金目の物を奪う所か、今は逆の立場に為ってしまったのだ。魔獣以外は全員命はあるが。

「さて……終わりじゃな」

 後ろから老魔導師が声が掛けられた。

 ドボギは悔しい思いで顔を歪め、ギロッと後ろの方を睨み付ける。

「お前さんは見聞(けんぶん)が余りにも狭過ぎる。戦士としての身体能力は良いのは認めるが、ただそれだけじゃ。力の使い方を知らん奴は足元を簡単に(すく)われるものじゃよ」

「何だと…!」

「お前さん、儂等を追い回していた時に魔導師が居る可能性を考えておらんじゃろ」

「そんなもん、最強の俺に考える必要が何処にある!」

「あるに決まっとるじゃろうが。やれやれ、思った通り闘い方というものをまるで知らんとは…」

「このクソジジイ!! この俺を馬鹿にしやがって!」

「お前さんが馬鹿なのは事実じゃろ。今の状況をもう1度確認するがよい。お前の考え無しの愚行を行った結果が今の状況じゃよ。世の中を甘く見た結果とも言える」

「お、俺がこの状況を作ったってか!?」

「じゃからそう言うとるじゃろう。まぁ、今回は儂も予測しない存在が乱入して来たのが、かなり大きい原因じゃがの」

 老魔導師に正論を突き付けられるが、ドボギの頭では決してそれを認めようとはしなかった。

 自分の中で、俺はこの世で最も強い戦士だと。

 誰にも負ける筈が無いと。

 ドボギは顔を憤怒で真っ赤に染め上げ、怒鳴り散らした。

「この最強の俺がテメェらなんかに負ける訳が――――」

 その時、突然ドボギは後ろから大きな岩石の手に鷲掴みされ、怒りの言葉が遮られた。

「おぐっ?!」

 急に不意を突かれ、一瞬今何をされたのかドボギの頭は理解が追い付かなかった。

 そんなドボギの困惑を無視し、そのまま持ち上げられていった。

 そして視界に映るのは、岩石の魔獣の顔真正面だった。

 岩石の魔獣は手の中に納まったドボギを、大きな目で睨み付けていた。

 その視線を浴びてドボギはビビるが、それでも俺の方が強いと愚かな思い込みで威勢をを取り戻した。

「ンンンンンン」

 少しだけ威嚇の混じった唸り声を、岩石の魔獣は手の中に納まっている者に対し向けた。

 しかし、ドボギは最初から最後まで自分の状況が圧倒的に不利だと気付きもせずに、(はた)から見れば虚勢を吠えている様に見える威勢を吐き散らす。

「こ、この岩野郎が…!! この俺が魔獣如きに負け――――」


 そして、威勢を言い切る前に、彼は生まれて初めて――――恐怖を体感した。



「オォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!!!!!」



 岩石の魔獣の咆哮(ほうこう)が空間を揺らす程の振動を発しながら、ラファノ平野全体に響き渡った。

 その咆哮は野太く鼻に掛かる様な声とは違った重低音であり、圧倒的強者に相応しく、身体の内臓にまで直接響く重々しい憤怒に満ちた勇ましくも恐ろしくもある強烈な咆哮だった。

 岩石の魔獣から発せられる咆哮と共に溢れ出ている膨大な憤怒が強大になり、その強大な憤怒は威圧力を増大させながらドボギに向けて浴びせる。

 ドボギは強大な威圧を浴びながら己が如何(いか)矮小(わいしょう)な人間だと本能に直接刻み込まれていく。

「ギ…ギヤァアアアアアアアアアァッ!!」

 遂にドボギは恐怖の余り叫んだ。

 だが、彼の恐怖の叫びは、岩石の魔獣の咆哮によって容易く掻き消されていく。

 ドボギに蓄積されていく恐怖は精神力の容量をあっという間に超え、そのまま岩石の手の中で気を失ってしまった。


 岩石の魔獣の咆哮が治まり、辺りは静寂に支配された。

 誰も声を発しようとする者は1人も居なかった。

 賢者エルガルム・ボーダムは、岩石の魔獣の圧倒的な力と存在感の片鱗を()()たりにし、驚愕した。

 貴族令嬢シャラナ・コルナ・フォルレスは、まるで神話の存在に巡り会ったのではと、驚愕と感動が交差した。

 潜んでいた影から出て遠くから見ていた侍女(メイド)のライファ・ベラヌも、同じ驚愕と感動を抱いた。

 御者の役目をしていた護衛の騎士は、決してその存在を敵に回してはならないと畏怖の念を抱いた。

 ドボギは既に気を失い力無くぐったりとし、口を開けたまま白眼をむいていた。

 岩石の魔獣は気絶したドボギをそのまま放し、どさっと大地へと落とした。

 ドボギが率いる野盗と魔獣達は、数時間も賢者一行を追い回したものの、岩石の魔獣の乱入によって、10分足らずであっという間に魔獣全滅と野盗全員が捕縛されたのだった。

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