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遭遇4-1

 広大に広がる、人工物が1つも無い美しい緑の大自然。

 フォラール大草原とは違い、人の膝くらいまで伸びている草は無く、とても短く背の低い芝生(しばふ)何処迄(どこまで)も広がっていた。彼方此方(あちこち)に点在する樹々や、無造作に置かれたかの様な大きな岩や小さめの岩が鎮座(ちんざ)している。フォラール大草原よりも数は多い方だ。旅の途中で休息を取るには丁度良さそうな高さや大きさをした樹や岩もあった。

 そんな緑が広がる平野を、透き通る様な青い空の(いただき)に存在する太陽がこの世界を己の輝きで明るく照らし、大地を緑に染めてる芝生をより美しく色鮮やかに輝かせていた。

 春の気候はとても心地良い暖かさがあり、そよぐ春風もまた心地良い新鮮な空気を運んで来る。その春風は(すさ)んだ心を浄化し、洗い流してくれている様に感じてしまうだろう。

 自然以外は何も見当たらない田舎の様にも見えるが、これ程の色鮮やかな美しい平野の光景は、都会に住む人にとっては中々見れる光景ではないだろう。


 そんな広大な平野の中を、たった1つだけ大きな岩が独りでに動いていた。


 それは白色にとても近い灰色の岩だった。

 その岩の背にはとても小さな緑の草原が(しげ)っており、春風に吹かれながらさらさらと草の(こす)れる音を立てていた。

 だが、其処(そこ)らに鎮座している岩とは明らかに違い、人型の身体に近い形をしていた。

 人と同じ腕や手足が生えていた。もしかしたら、くっ付いているのかもしれない。

 人と違うのは、その腕や手足全てが岩石で構成されている物であるという事だ。

 岩で構成された大きく太い腕や脚、そしてゴツゴツとしてはいるが、その岩の大きな手は人間と変わらないしっかりとした指の間接が構成され、不自由なく間接を曲げる事が出来る。

 大地を踏み抜き歩く大きな岩の脚は、岩の巨体を支えられる程の脚力を有しており、歩く動作はゆっくりではあるが、歩幅を見れば分かるように人の歩く速度よりも遥かに速い。

 そして頭の様な部分も付いており、顔はまるでこの世界の最強種として知られてる(ドラゴン)の骨格に酷似している。

 しかし、それは(ドラゴン)等ではない。

 遠目で見れば、誰もがあれは動像(ゴーレム)だと言うだろう。

 その動く岩石は、まさに動像(ゴーレム)を連想させる姿だが、身体の構成上、直立で歩いてはおらず、猫背みたいな前のめりの状態で歩いている様に見える。

 そしてそれは、岩石で創られた動像(ゴーレム)ではない。

 (ドラゴン)に似た骨格の顔に付いている2つの眼球は、無機物の物ではない。

 その目は生き物の、特に人間の様な目をしていた。目は人の頭ぐらいであろう大きさで、その瞳は透き通る青い空の様な色が、まるで薄い青色の蒼玉(サファイア)が輝いているかの様だった。

 広大な平野に何処迄(どこまで)も伸びる大地の道を歩くその岩石は、命を持った生き物である。


 岩石の魔獣。

 かつて白石大地と呼ばれた人間が、この世界とは別の世界で自然災害によって命を落とし、前世の魂がこの異世界へ転生し、岩石の身体をした魔獣と成った存在だ。

 元人間の白石大地こと今は人外の存在である岩石の魔獣は、この異世界に転生してから5日ほど経過していた。

 フォラール村との別れから3日間は、ひたすら平野の道を歩き、何処か(いま)だ知らない場所へと歩を進めていた。

 だが、決して急ごうとはしない。

 ゆったりと歩きながら平野の綺麗な景色を目で楽しみ、暇潰しがてらに魔法の練習をし、夜に為ればその場で座り込み、明日の朝を待ちながら野宿をする。

 (しばら)くの3日間はこの繰り返しだった。

(あ~、平和だなぁ~)

 白石大地こと岩石の魔獣は、のほほんと視界に緑広がる平野を眺めながら内心から感想を述べる。

 見渡す限りの広大な平野には、生きる岩石以外誰も見当たらない。

 3日も経って同じ景色を見続けているので、ちょっとは退屈にもなる。

 なので、退屈凌ぎに歩きながら魔法の練習をひたすら続けていた。水と土の魔法は勿論の事、今度は新しく風系統の魔法を習得し、それを(メイン)に練習中だ。


 今現在で習得したものも含め、それなりの数の特殊技能(スキル)を保有している。

〈光合成〉〈酸素生成〉〈栄養素譲渡〉〈魔力譲渡〉〈鋼鉄の肌〉〈毒無効〉〈麻痺耐性〉〈石化無効〉〈精神操作無効〉〈植物記憶蓄積〉〈金属物質蓄積〉〈宝石物質蓄積〉〈威圧〉〈魔力操作〉〈魔力制御〉〈魔力感知〉〈水系統魔法制御〉〈氷系統魔法制御〉〈土系統魔法制御〉〈聖なる気〉〈聖浄化領域〉〈灼熱環境適応〉〈極寒環境適応〉。大体が生まれ変わった時に保有してた特殊技能(スキル)の数の方が多い。それでも、他の一般の人や低位の魔獣よりは多く持っている方ではないかと自負している。

 そして1つ判明した事は、氷の魔法を初めて発動した時、直ぐにその系統の魔法制御系の特殊技能(スキル)を取得出来なかった事で、特殊技能(スキル)にも習得し易いのと習得しにくいものがあり、更には其々(それぞれ)の個人的な特殊技能(スキル)との相性が絡んでいるのではと直ぐに予想が出来た。

 人や魔物にも得意な事や苦手な事、向き不向きが有るのは当たり前の事だ。純粋な戦士は魔法を扱えないように、純粋な魔導師は近接戦闘が限り無く下手なのと同じ事だ。長所が有るように短所だって有るのだから仕方がない事だ。

 魔法の発動で直ぐ習得出来た〈水系統魔法制御〉と〈土系統魔法制御〉はかなりの相性が良かったらしく、おそらくはこの岩石の身体が関係しているのではと、岩石の魔獣は考えている。

 自分に相性が良い特殊技能(スキル)ほど、直ぐに習得する事が出来る。逆に相性が悪い特殊技能(スキル)は一部を除き、習得が出来ないとは言わないが、習得するにはかなりの時間と労力を費やさなければならないのだろう。

(しかし、僕って金属や宝石類を食べる事が出来るとは……)

 ここ3日間の歩き旅で、自分の特殊技能(スキル)を再確認していた時に気付いたのが〈金属物質蓄積〉と〈宝石物質蓄積〉という特殊技能(スキル)。前者は金属物を身体に蓄積し、後者は宝石、()しくは原石を体内に蓄積するという鉱物関係の能力であり、その蓄積方法がとても単純かつ簡単だった。

(まさか…食べる前提の特殊技能(スキル)だとは思わなかったなぁ)

 ただ食べるだけで金属や宝石を身体の中に蓄積する事が出来るのだが、そもそも、身体の中に蓄積して如何(どう)するのだろうか。身体の中に蓄積する事で何か特別な特殊技能(スキル)が手に入るのか如何か、今の所さっぱり分からなかった。

(というか金属とか宝石って硬いじゃん! ()(くだ)けらるの!? ……じゃないと特殊技能(スキル)の意味無いし、大丈夫かな?)

 正直な所、不安もあった。

 食ったらお腹壊すんじゃないだろうか。

 そもそも身体に金属や宝石を蓄積して何の意味があるのだろうか。

(……気が向いたら試しに食べて見るか)

 結局、この用途が不明な2つの特殊技能(スキル)について思案するのを放棄(ほうき)する事にした。

 考えても分かんないんじゃ如何しようもないんだもん。

 今は諦める事にした。

(直ぐに出来る事からやっていけば良いし、焦る必要も無いし)

 岩石の魔獣は考えを直ぐに切り替えて、氷の魔法の練習を続けた。

 氷系統魔法も2つの制御特殊技能(スキル)の御蔭で円滑(スムーズ)に上達していった。水の魔法は近い感覚でイメージがし易く、様々な形の氷塊を創り出せた。最初に初めて発動した水の魔法で水球を創る様に、氷の魔法で氷球を創り出した。まるで氷球は綺麗な水晶のような、整った丸い形に出来上がっていた。中々良い出来だった。そして今度は氷の立方体に作り変える。更に続いては三角円錐(さんかくえんすい)に作り変える。様々な形を作り、それを作り変えたりするのが楽しくなってきた。上達次第では氷の彫像を作る事も出来る様になるのではないだろうか。

(雪とか降らす事とか出来ないかな?)

 岩石の魔獣は魔法の楽しみ方を思案しながら広大な平野を歩き続ける。



 暫く歩いて3日目の昼近くの時間。長い道程(みちのり)で視界の遠くに分かれ道を発見した。

 目を凝らして見てみると、道は2本に別れていた。

 2本の内の1本は、そのまま今歩いている道の一直線上だ。

 もう1本は、右斜め前へと伸びた道である。

 此処(ここ)で2つの道の選択肢が、頭の中に現れた。

(そのまま真っ直ぐ進んでみるか……それとも右の道に行くか……)

 岩石の魔獣は何方(どっち)へ行こうかと迷い出す。

 折角の旅なのだから、面白そうな所に行きたい。

 しかし、これから行く先は未だ未知の領域だ。()何方(どっち)に行けば正解か不正解かなど、判る訳がなかった。

 頭の中で迷いながら考えている途中、急に何かの気配を特殊技能(スキル)によって感知した。

(! 何だ? 何かが左の方角から感じる…。1、2、3……いや、9、10、11……15か?)

 岩石の魔獣が保有する特殊技能(スキル)―――〈魔力感知〉で右方向の遠方に存在する何かの魔力を感知した。

 遠くに居る存在を感知出来たという事は、先ず一般人ではないのは確かだ。

 それなりの手練(てだ)れか、強力な魔物の2つの可能性が浮かんだ。

(15の内の4つは一塊で、追われながら動いてるのか? じゃあ残りの11はいったい何だ?)

 特殊技能(スキル)〈魔力感知〉はあくまで生物等の持つ魔力を感じ取るだけで、魔力の持ち主が人間のか魔物なのかは判断が出来ない。なので、魔力を持つ者の位置と動きを把握する事ぐらいしか判断する事が出来ないのだ。

(4つの内の1つはかなり強力な魔力だな。もう1つもそれなりに強い魔力だけど、何だ、この魔力!? これ、かなり強い奴じゃないのか!)

〈魔力感知〉で初めて強力な魔力を感じ、その何かの存在に驚愕した。

 いったい何者なのだろ。

 人間か、魔物なのか。

(何にせよ、この目で確かめないと判らないな。闘う心の準備はしておかないといけないな)

 岩石の魔獣は歩きながら続けていた魔法の練習を一時中断し、右の方角を警戒した。

 感知した存在が一定の距離まで近付いて来た瞬間、更に〈魔力感知〉で新たな何かを(とら)えた。

(あれっ!? 増えた!? …いや、違うな。増えたんじゃない。遠かったからか。微弱の魔力だから直ぐに感知出来なかったんだ。4つの方は追加で2つ、それを追っている11は追加の11……、此方(こっち)は魔力が其々重なってるなぁ。……! なるほど、馬か何かの騎乗(きじょう)動物だな。という事は追われてるのは馬車の類に違いない!)

 岩石の魔獣の中に仮説が生まれた。

 おそらく追っている者も追われている者も、人間の可能性が高い。

 追っている者は馬か何かに騎乗し追い掛け回し、追われている者は2頭の馬か何かで馬車で逃げている可能性。

 そして馬車の中に居るであろう誰かは何処かの貴族か王族、()しくはそれとは違う有名人的な人なのだろうという可能性が頭の中に浮かび上がった。

(こういうのって…盗賊の類の輩が追い回してるのかな? こんな何も無い所に? う~ん、此処ら辺りはほぼ人なんて見掛けない平野だし、まさかかなりの時間追い回してる?)

 そんな不明確な事を考察していると、何か近付く音が聞こえてきた。

 複数の重い足音が此方(こちら)に近付くにつれて大きくなり、大地から振動が伝わる様な重い駆け足が響いてきた。更に重い足音に混じって別の大きな音も聞こえてきた。ガラガラと音を立てながら、大地を(こす)る様な摩擦(まさつ)音も徐々に大きく為っていく。

 そして漸く――――未だ遠くだが視認する事が出来た。

 予想通り、2頭の馬が馬車を引きながら走っていた。2頭の馬は必死に何かから逃げる様な、かなり速い速度で道から外れて平野を駆け抜けていた。

 そして馬車を追う11人の人間が、馬とは違う別の大きな生物に騎乗しているのが確認する事が出来た。その馬とは違う生物に関しては、馬ぐらいの大きさ以外は未だ遠い為はっきりとは確認出来なかった。

(あれって魔獣か? この世界の魔獣も移動手段として手懐ける人もいるのか)

 もしかすると、この異世界にある特殊技能(スキル)や魔法などの方法で無理矢理従わせている可能性もあるのではと、未知の知識に思案した。

(場合によっては、僕も追い掛け回されて捕まえに来るんだろうなぁ。…まぁ特殊技能(スキル)〈精神操作無効〉が有るから未だ良い方なんだけど)

 もし、人や魔物を服従させる特殊技能(スキル)や魔法が存在するとしたら、先ず間違い無く精神に作用する類のものだろうと予想が付く。

 そんな事を考えている間に、遠くで走る馬車は岩石の魔獣から見て分かれ道の真っ直ぐな道の中へと入り込み、此方へは来ずに、そのまま走り抜けて行った。更に後に続くように11人の何者かが、おそらくは魔獣であろう生き物に騎乗しながら走り抜けて行った。

 走り抜けて行く僅かな間で、岩石の魔獣は追い回している者達とその者達が騎乗している生き物の特徴を、ある程度確認する事が出来た。

(あの格好……騎士? ……んな訳ないよね、如何見ても。けど何か違和感のある感じがするな。統一性が一切無いし、それ以前によく見れば貧相な格好だし。仮に騎士だったとしても、騎乗してる生き物との組み合わせが変だ。騎乗生物も2種類いるみたいだ。あの緑色と黒が混じってる様な(うろこ)模様、爬虫類……大きな蜥蜴(とかげ)と言うべきだな。もう1種類の方は、全体的に丸いな。しかも見た感じだとあの皮膚は硬そうだな。腕もかなり太いし、何故か顔が見当たらないと思ったら目と口は上半身部分に付いてるし、あれもう()()()()()()変な大猩猩(ゴリラ)としか言えないな)

 そして岩石の魔獣は、一瞬の躊躇(ためら)いも迷いも心の中から湧いてはこなかった。

(よし! 助けに行こう!)

 躊躇いと迷いの代わりに湧き出てきた想いは、誰かを助ける優しい勇気だ。

 悪人に蹂躙(じゅうりん)されてる誰かを助ける。

 理不尽な不幸を(もたら)す輩から護る為に、岩石の魔獣は歩みから一気に疾風の如くの速さで駆け出し、追われている者達とそれを追い回す者達の後を追い、広大な平野を重い足音を響かせながら駆け抜けていった。

(待ってて、直ぐに行くから!)

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