虫蠢く暗き迷路26-4
松明の役割を担う短杖で照らしながら、ひたすら進み続ける。
道中で待機していたミュフィとライファを一時その場に止まらせたダムクは、何処からか懐中時計を取り出し、現在時刻を確認した。
「ミュフィ、今日は此処までにしよう。野営の場所を確保だ」
「了解」
「ライファさんも頼む」
「畏まりました」
ダムクの指示に2人は短く了承の返答をし、火の明かりが届かない闇へと消える。
あっという間に姿が見えなくなった彼女2人の後を追い、一行は歩を進める。
時間はどれ程経過したのか、暗闇一色の環境では昼夜がはっきり判らない。未だ数十分しか経っていないのか、実はもう数時間経過しているのかも判断が付かない。
ダンジョン内というサバイバル環境だからといって、食事や休眠を怠ってはならない。食事すべき時間には食事をし、休眠するべき時間にはしっかり休眠をする。何方も下手に削ってしまえば体調を崩し、探索や魔物との戦闘に支障を来してしまう。
どんな環境下や現状に応じて、出来得る限り大切な仲間が万全の状態でいられる様にする。ダムクに限らず、一党の代表である者の義務と言える。
野営出来る場所――――出来るだけ広く天井が高めな空間――――を探し求めて15分か20分程、奥で小さな灯火が左右に動くのをダムクは視界に映す。
其処にはミュフィとライファの姿が在った。手に持った火を噴く松明を左右に軽く振り、自分達は此処に居る事をダムク達に伝える。
ミュフィは指差し、その方向へと歩みを合わせ案内する。
狭い空洞を抜け、行き止まりの広い空間に出た。最初に休息した場所と比べ、所々に大きな岩の突き出しが在るが、天井は充分に高く、天幕を張る邪魔には為らないので問題は無い。
「良し。それじゃあ野営の準備をするとしよう。ミュフィ、また此奴の設置を頼む」
ダムクはミュフィに魔物避けの御香を受け取り、出入口の所へと向かう。
「さて、篝火焚いて天幕張っちまおう。ミリスティ、ライファの手伝いをしててくれ」
「はいはーい」
「残りは倒して回収した奴の解体作業だ。お互いのと合わせると結構な数だから、お前達にも手伝って貰うぞ」
「勿論だともぉ。解体作業は全員慣れてるから、心配無いよぉ」
アルチャットはニコニコと戯けた笑みを浮かべながら了承し、他の3人も頷き了承の意を示す。
「それより、シャラナちゃんは大丈夫かい?」
「は…はい…。正直くたくたですが、大丈夫です」
アルチャットに心配されたシャラナは大丈夫だと返答するが、途中一時休息する前の時よりも疲労の色が濃く為っていた。
「無理も無いですよ。冒険者と成って間もないですし、この狭苦しい蠱毒巣窟は初めての人にはより辛いでしょう」
「そうさなぁ。慣れてねぇ環境は変に疲れちまうモンだ。俺っちは餓鬼んちょの頃は穴倉で生活してたから、何とも無ぇがよ」
「デルグ君、背ぇ小っちゃいしねぇ」
「まぁな!」
アルチャットの揶揄い言葉に、デルグはニカッと笑い返す。
「今日は遠慮せず休んでな。後の事は俺達が遣っておく」
「済みません……。では、御言葉に甘えさせて頂きます……」
ダムクから休息する様に言われたシャラナは、疲労が滲み出た微笑で受け入れた。
僅かによろめく足取りでガイアの下へ歩み寄る。
「……とても良い娘ですね」
「ああ。貴族であんな娘っ子は中々居ねぇや」
「ですねぇ」
シュグーザの言葉に、デルグとアルチャットは其々同意を口にする。
申し訳無さが含んだ彼女の声音から、色濃い疲労が感じ取れた。貴族令嬢でありながら弱音は吐かず、慣れない環境下でも献身的に助力するその姿には感心を抱かせる。実に立派だ。
同じB等級だが、冒険者としての経験は自分達がずっと先輩である。それ故なのか、健気に頑張る後輩を応援したくなる。
ガイアの傍へ歩み寄ったシャラナは、疲労が溜まり重く為った身体を委ねる。
(おっと)
彼女を硬い岩石の身体で優しく受け止めたガイアは、背の樹木から2本の枝を伸ばし、それを優しく身体に巻き付けたシャラナを持ち上げる。ゆっくりと、丁重に。そして縮小した身体を元に戻し、座り心地の良い芝生が生えた広い背中へとそっと乗せ、自慢の樹木に寄り掛からせた。
「ありがとう……ガイア…」
「ンンンンンンン」(お疲れ、シャラナ)
そして皆の邪魔に為らない様、シャラナが背から落ちない様にゆっくりと別の場所へと移動する。
そんなガイアの何とも心温まる行動に、アルチャット達は思わず見入ってしまうのだった。
「驚いたじゃろう」
そんな彼等にエルガルムが声を掛ける。
「ええ、それはもう……。これでもそこそこ冒険者を永く遣ってはいますが、あんなのは初めてです」
「そりゃあもう、山小人族の誰もが目ん玉飛び出ちまうくらいだぜ。あれがダウトン鉱山国にでも現れたら、国中の連中が両膝付いて拝み出しちまうだろうよ」
シュグーザとデルグは、其々異なる驚きの感想を口にする。
「ホッホッホッ。まぁ、ガイアについて色々訊きたいじゃろうが、それは食事の時にでもしよう」
「おお! それは実に楽しみだぁ!」
ガイアについてエルガルムが話してくれる事に、アルチャットは目を爛々と輝かせるのだった。
先ずは篝火を灯し、最低限の明かりと暖を確保する。その後に其々は魔法照明角灯を取り出し、空間を塗り潰す暗闇を追い遣る。充分に周囲を明るくしてから其々は一党別に天幕を手際良く張り、寝床を確保する。それが終わったら遣る事は残り2つ、食事と倒した魔物の解体作業だ。
食事の支度はライファとミリスティが担当し、残りの者は食事が出来る迄の間は解体作業に勤しむ。
ガイアは篝火を見詰めながら、背に乗せたシャラナと共に大人しく待つのだった。
30分程が経ち、食事の用意が出来た。ギリギリに全てを解体し終えた者達は野外用卓へ集まり、椅子に座り込む。その中で幾人か、寛ぐ際に出す安堵が多分に含んだ溜息を吐く。
卓の上に並べ置かれたのは贅沢に肉が入ったシチューと固焼きパン、それに加え胡桃や扁桃といった堅果類だ。シチューに入っている肉は好戦的な山羊のものであり、同行させてくれた御礼の1つとしてアルチャット達が食事分の量を譲った物だ。堅果類も食べ足りなかったどうぞと出してくれた。
「おお…。とても良い匂いだ」
シュグーザはシチューの匂いを嗅ぎ、表情筋を緩ませる。食欲をそそられ太い尻尾をうねらせ、シチューが入った木製の深皿を包み込む様に両手で触れ、温もりを感じる。
「御嬢様、気分の方は如何ですか? 食べれますか?」
「大丈夫よ、ライファ」
シャラナはガイアの背から降り、食事が置かれた卓に着いた。暫く休んで体力が有る程度回復した事に、ライファは安堵の微笑を浮かべる。
「ライファ、ガイアの分も御願い」
「はい、直ぐに御用意します」
「ガイアは私の隣ね」
「ンンン」(はーい)
手招きされたガイアは身体の大きさを微調整し、シャラナの隣に座り込む。
ライファは大きめの深皿にシチューをたっぷり注ぎ、3つの固焼きパンと共にガイアの眼前に置いた。
ガイアもシュグーザと同じ様に両手で深皿に触れ、心地良い温もりを感じ取る。
「さぁ、冷めぬ内に食べよう」
エルガルムの一言で、全員が一斉に食べ始める。
最初に口にするのはシチューだ。円やかな口当たり、幾種の野菜と好戦的な山羊の肉の旨味、とろりとした優しい味が口の中で広がる。口の中に含んだ野菜を噛めば仄かな甘みが、肉を噛めば肉汁が滲み出し、幸福感が刺激される。そして咀嚼を終えたそれを胃の腑へと流し込む。
「温かい…」
身体の中が温まる心地良さを感じながら、また一口、また一口と、木の匙でシチューを掬い、味と温かさを堪能する。
「ああ…なんて美味しい。ダンジョンでこの様な食事が出来るとは」
この食事への有難味を、シュグーザは吐息を漏らす様に呟く。
「ホント最高だぜ。ああ……温けぇ」
「いやぁ、疲れた身体に染み渡りますなぁ」
デルグとアルチャットも同様に、シチューの美味しさと温かさに顔を綻ばせる。ジルットだけは何も言わずだが、黙々とシチューを食すその様子は喜々の色が窺えた。相変わらず表情は変わらない――――若干だが顔が綻んでいる――――が。
「あ……」
アルチャット達は味わっていたつもりがあっという間に一皿平らげてしまう。美味しかった所為か、思わずだった。
もう一皿食べたい。そんな食への欲求から視線を鍋へと向ける。
そんなアルチャット達の様子から、ライファは察する。
「御代わりしますか? 未だ有りますよ」
「是非!」
御代わりの催促に対し、アルチャット達は喜々の異口同音で空と為った皿を突き出す。そして再び注がれた暖かなシチューをひたすら口に運び、千切った固焼きパンをシチューに浸したりしながら食す。
鍋の中のシチューは綺麗に空と為り、今日の夕食を終えた。
腹が満たされ、満足感を得て少しばかりの食休みをした後、一行は食事の片付けを済ませる。
そして就寝の時が訪れる迄、篝火を囲う。
皆と共に篝火の暖に当たるガイアの背に、ミリスティが寝転がる。背に茂る芝生の小さな絨毯の感触は心地良く、慣れ親しんだ故郷の森に似た香りが心を癒してくれる。
陰鬱な狭い世界で、ガイアの背中は森人族の彼女にとってのオアシスと言えるのだろう。
「さてさて~、やっと訊けますねぇ~。食事しながら訊こうと思ってましたけど、美味しかったもんでつい忘れちゃいました」
戯けた口調でアルチャットはニコニコと笑みを浮かべる。
そして視線をガイアに向け、エルガルムに質問をする。
「……あれはいったい何なのでしょうか?」
そんな彼の言葉に弾かれる様に、他の仲間3人は注意深く耳を傾け出す。その中で特にジルットは異常な迄に、まるで何かの機密情報を盗み聴きするかの様な緊張が奔らせる心境を抱く。
「魔力を近くで感じ取った時から気になってましたが、かなりのものですね。常に抑えてはいるみたいですけど、これ程に質の高い魔力は初めて感じましたよぉ。僕の予想としては――――精霊獣ではないかと。司るのは土と植物、恐らくは高位に位置する。如何でしょう?」
そう言った後、目を僅かに細め、エルガルムからの返答を期待する。
「良い考察じゃ。そして好い線いっとる」
「あれ? 違うんですかぁ?」
予想が外れた事にアルチャットは目を丸くする。そんな彼の反応から、予想に自信が有ったらしい。
シュグーザとデルグは互いの顔を見合わせ、何とも言えないといった表情で首を傾げる。
(はぁ…!? 精霊獣でも無い…!?)
しかしジルットは、エルガルムの答えに動揺を滲ませた。彼もアルチャットと同様の予想をしていたのだが、それでも違うという答えに驚き、困惑した。
「うむ。ガイアはの――――神獣なんじゃよ」
エルガルムがガイアの正体をあっさりと答えたその後、アルチャット達はまるで時が止まったかの様に固まる。パチッ、パチッ、と篝火の火の粉が爆ぜる音だけが鳴る沈黙の時間が流れる。それは3秒か、4秒程だろうか。
「………え?」
呆けた声を沈黙に投じたのは、アルチャットである。
「え……? 神獣って……あの……、え?」
戯けた笑みに困惑の色を滲ませながら、ガイアを二度見する。
「まぁ、信じられんのも無理も無い」
半信半疑といった様子の彼等に、エルガルムは亜空間からある物を取り出す。
「この鑑定水晶で確認して覧ると良い」
エルガルムから鑑定水晶を差し出され、アルチャットはそれを借り受ける。決して落とさぬよう両手で大事に抱えながら、ガイアの下へと近寄る。
アルチャットから差し出された鑑定水晶に、ガイアはそっと触れる。水晶は光を灯し、接触対象の情報を表示する。
「な……何ですかこれ……!!?」
鑑定水晶に映し出された鑑定結果に、アルチャットは目を大きく見開き、引き攣らせた笑みを浮かべる。
鑑定結果が如何なものだったのか、シュグーザとデルグ、そしてジルットは彼の下へ近付き、彼の両手に収まった鑑定水晶を覗き見る。
そして色濃い驚愕――――いや、愕然の表情を浮かべるのだった。
「種族……幻神獣……?!!」
「おいおいおい何だコレ……?!! 種族以外が全部不明って……!」
愕然の事実に、シュグーザとデルグは喘ぐ様に驚きを口にする。そしてゆっくりと、アルチャット達は大きく開いた目をガイアへと向ける。
其々違った彼等の愕然の反応に、ガイアは「まぁ、こうなるよね」と硬い頭を人差し指でコリコリと掻くのだった。ただ出会うだけでも驚かれ、神獣だと知れば更に驚かれる。もはや御決まりだ。
「驚くよな。俺達も聴いた時はかなり驚いたよ」
愕然とする彼等に、ダムクは同情の笑いを含ませながら声を掛ける。
「しかも未だ生まれて1年も満たない赤子なんだと」
「赤子……!!? え!? あの大きさで未だ赤子…!?」
元の大きさと成っているガイアの姿を、シュグーザはまじまじと観て口にする。
「赤子って事はよ……大人に為ったら、いってぇどんだけデカく為っちまうんだ…!!?」
唯でさえ大の大人を超える高さ――――2メートルなど優に超えてた巨体だ。人間よりも背が低い山小人族のデルグからすればより迫力の有る巨体さである。それが成長すればいったいどれ程迄に大きく為ってしまうのだろうか、想像が付かなかった。
そんなデルグが口にした疑問に対し、ガイアの傍に居るシャラナが答えた。
「この子は完全に成長し切ると、山くらいの大きさに為るみたいです」
「や……山……!!?」
それを聴いたデルグは口をあんぐりと開ける。その顔は実に面白いものだった。
「いったい何処で見付けたのですか?」
「ん? ああ、ガイアに遭遇したのはラフォノ平野でじゃ。当時は未だ背中には芝生しか生えとらんかったが、こうなったのは最近じゃの」
「ラフォノ……平野ですか」
特段といった土地ではなく、これといった特徴の無い場所で遭遇したという内容にシュグーザはポカンとする。
「生まれて直ぐ本能的にうろつき出したんじゃろう。何せ遥か古の時から、数千数万年と世界を廻っていた神獣じゃからな。そして行く先々で不毛な大地を潤し、豊穣に満ちた大地を生み出す。ガイアは大地の化神にして、豊穣の化神なのじゃよ」
「そ、それは本当ですか!!?」
「そ、それは本当か!!?」
シュグーザとデルグは同時に口にしながら、思わず上半身を前に出す。
「えぇ、本当よ」
そんな2人の問いにベレトリクスが肯定し、エルガルムの説明を引き継ぐ様に語り出す。
「未だ全てじゃないけど、植物類を簡単に生み出せるわ。根付かせる地があればこの場にも生やす事だって可能よ。それにもう1つ、この子は鉱物も生成出来ちゃうのよ」
「な、何だってぇ!!? それ滅茶苦茶凄過ぎねぇか?!! え!? じゃあその生えてる真銀も神秘銅も幾らでも生み出せるのか!!?」
「うん、出来るわよ」
あっさりとベレトリクスは答え、デルグは顎が外れてしまうくらいに更に口を大きく開けてしまう。
「それは是非見てみたい!! 何か、えっとそうだなぁー」
アルチャットは今も目を興奮で爛々とさせ、頭の中で多数溢れる希望したい物の中から何れにしようか悩む。その様子はまるで幾種のケーキを選ぶのに迷う子供に似ていた。
悩む時間はほんの数秒。意外にも選択が早かった。
「マナルディマッシュ! 如何です、御願い出来ます!?」
そんな彼の希望に応え、ガイアは特殊技能を発動させる。発せられた明るい緑の光が地面に広がった所からポコポコと、仄かな青白い光を宿す茸が発生した。
「おおー!! これは凄いっ!! 何て素晴らしい能力だ!!」
岩石しか無い殺風景極まりない空間の一部に、小規模ながらマナルディマッシュの群生で彩られた。そんな神秘的な光景を視界全体に映すアルチャットの表情は、喜びと感動で輝いていた。
「何て能力だ…! 只の植物なら未だしも、魔素が満ちた環境下でなければ育たないマナルディマッシュをこうも簡単に…!」
「それだけじゃないぞ、シュグーザ君! このマナルディマッシュの光量具合、通常のよりも多くの魔素が含まれている証拠だぁ!」
アルチャットは毟り取ったマナルディマッシュを手に取り、それが通常のよりも上質な物である事を錬金術師としての鑑識力が見抜く。
「これだけ有れば、見積もって20本は魔力回復薬が作れる! それも上質な物だぁ!」
「ってちょっと何してるんですか! 勝手に採っちゃ駄目ですって!」
目に映るマナルディマッシュを次から次へと採取し出してしまったアルチャットに、シュグーザは止めようとする。しかし、目の前の素材を前にして手を伸ばす事を抑止するのは難しい。錬金術師であるアルチャットにとって、それは宝に等しい物だからだ。
「良い良い、全部採ってしまって構わんとも。それは浅い階層では少ないからのう。魔力が要の彼には必要じゃろう」
エルガルムは寛容に採取行為を許す。
嬉々として夢中に採取するアルチャットは突如「そうだ!!」と何かを閃いたかの様に口にし、直後にガイアの方へ顔をぐりんと勢い良く向けた。
「万能怪薬草!!」
(ひぇっ)
ガイアはそれに驚き、肩を反射的に竦ませる。
隣に居るシャラナもたじろぐのだった。
「万能怪薬草が有れば! 万能怪薬草が有れば魔法薬製作に幅が広がる! 如何です!? 生み出せますか!?」
「ちょちょちょ、落ち着いて下さいって!」
「そうだ落ち着けって! 相手は神獣様だぞ!」
ガイアへと詰め寄り催促するかの様に問うアルチャットを、シュグーザとデルグは慌てて捕まえ引き離す。
「それに万能怪薬草は怪植物に部類する魔物です。流石に生み出すのは――――」
「出来るわよ」
「ええ!? 出来るの!?」
ベレトリクスが万能怪薬草も生成出来るとあっさり答え、シュグーザは思わず素っ頓狂な声を上げる。デルグもまさかという表情を浮かべる。
それを聴いたアルチャットは「おお!」と感喜の声を上げる。
「欲しい?」
「欲しい!!」
ベレトリクスの問いに、アルチャットは子供の様な高揚した気分で即答する。遠慮が無い。
勝手に承諾したベレトリクスから、ガイアは御願いの目を向けられる。やれやれとガイアは微笑を浮かべ、再び特殊技能を発動させた。
自分の背の地面が僅かに盛り上がり、頭部の茎から葉をぴょこんと生やす。
「おお! 自身の背中にも生やせるのか!」
それを見たアルチャットは無遠慮にガイアの巨体を上り、生み出されたそれの間近へと寄る。
「この根出葉の形状は間違い無く万能怪薬草の物だぁ!」
「アルチャットさん。そのまま引っこ抜かないで下さいね」
「そうだぜ。じゃねぇと俺っち達の耳が打っ壊れちまうからな」
万能怪薬草の絶叫は広範囲に亘る精神攻撃であり、それを耳にした者は精神的損害を受け、精神力が弱い者や至近距離で絶叫を聞いた者を悶絶さ、最悪は死に至らしめる。
もし此処で万能怪薬草を引っこ抜いてしまえば、絶叫がこの空間を支配するが如く鳴り響く。しかも、蠱毒巣窟の内部は全ての通路が繋がっている空洞世界だ。万能怪薬草の絶叫がどれ程のものか知っているなら、内部全体を衝撃波の様に反響するのは誰でも予想が付く。
「勿論だともぉ。今迄も万能怪薬草の採取はしてきたじゃないかぁ。回数は少ないけど」
2人から心配されながら、アルチャットは取り出した短杖を万能怪薬草へと差し向け、魔法を行使した。
発動させたのは〈無音空間〉――――範囲は子供1人を包む程度の小規模魔法結界を万能怪薬草を中心に張り、絶叫による精神攻撃を未然に防ぐ。
準備が整ったアルチャットは根本から生えた葉を束ねる様に掴み、手に力を込め引っこ抜いた。
ガイアの心地良い地の背中から引っ張り出された万能怪薬草は醜い姿を晒された直後、甲高くもけたたましい絶叫を上げ出す――――が、魔法による結界が空気の振動を無効化し、結界外には僅かな音すら伝わらない。
「良いねぇ、この元気の良さ。今迄の万能怪薬草の中で一番上物だぁ」
防音の結界内に入っている手に伝わるびりびりとした空気振動を肌で感じ取りながら、何処からか木製の把手が付けられた細く長い金属製の針を取り出し、万能怪薬草に狙いを付ける様に差し向ける。
長さ7センチ程の針の切っ先を万能怪薬草の側頭部にグッと押し込み、貫いた。その瞬間に絶叫はプツリと途切れ、醜い根の身体をびくりと痙攣させ、力無くだらりと手脚を垂らし、動かなく為った。
完全に動けなく為ったのを確認したアルチャットは、防音結界を解除する。
「……良し!」
そしてそれを掲げる様に持ち、満足気な笑みを浮かべるのだった。
そんな彼を見ながら、シュグーザは驚愕の中に不安を滲ませた。但し、その感情はアルチャットに対してでは無い。そして個人的な理由でも無い。不安の要因は――――神獣だ。
「……あの、俺達にこんな事を教えて大丈夫なんですか…?」
シュグーザは顔に不安を滲ませ問い掛ける。その問い掛け先は2人――――賢者と魔女だ。
「伝わった情報だけでこの事実を信じる人は居ないとは思いますが、この事が知れ渡ったら良からぬ輩が狙って来るのでは? 政治的な学は無いですが、これは国が動き出す事態に為り兼ねませんよ」
ガイアの生み出すその能力は、この世のあらゆる資源の物価を狂わす程だ。未だ赤子とはいえ、神獣のその力を使えば、1つの大国を造るのに必要な超膨大な資源を生み出すのは造作も無い事。一面を幾種もの農作物で埋め尽くす事もだ。
そんな力を有する神獣の存在が世界中に知れ渡れば、何としても手中に収めようと国が躍起に為る可能性が在る。ゴルグドルグ独裁国といった欲深い王が居る国は特にだ。武具や兵器などを大量生産するのに必要な金属が容易く得られる。魔法薬の生成に必要な薬草類も幾らでも確保出来る。何方も軍事力に繋がる資源だ。更に戦時で補給する為に送る物資が尽きない。特に何時終わるか判らない長期に亘る戦争でも兵糧が尽きないのは非常に大きい。
神獣を戦火に投じずとも、無限に資源を生み出す能力だけで、戦線維持に関して圧倒的な有利な状況を取り続けられるのだ。
この情報が流れ、その内容が真実だと知ったら、神獣を巡って世界中の各国が其々の思惑で動き出す可能性は極めて高いだろう。
シュグーザはそれを危惧していたのだ。
しかし、それは些細な事だという意外な答えが返ってくる。
「それは如何しようも無い。既にラウツファンディル王国中にガイアの存在が知れ渡っておる。遅かれ早かれ、必ず世界中に伝わる。じゃが、ガイアを真の神獣だとソフィア教皇が正式に公表しておる。他の神殿に属する腐った一部の上層部共は当然、他国の王侯貴族全ては手を出す事は出来ん。神に関わる事なら、彼女の言は王よりも強い権威を持つからの」
「それにガイアはこの中で一番強いわ。本気で暴れられたら束に為っても勝てないし、下手すれば大国1つが滅ぶ程の大惨事が起こるわ」
「大国1つ……!?」
「全ての軍を投入してもガイアの敵じゃないから、万が一他国が動き出しても大して問題無いわ」
言葉だけによる説明が故、疑い寄りの半信半疑の内容だ。傍から聴いても、それは幾ら何でも誇張し過ぎではと思えるものだ。
しかし、錬金の魔女ベレトリクスの言葉には真実味を感じさせられる。適当な事を語っているとは思えなかった。
(あの…ちょっと待って…。大国1つ滅ぶって……それは流石に言い過ぎ……)
一方、彼等の会話を聴いていたガイアは、自分が大国を滅ぼせるという内容に対し、それは誇張し過ぎではと困った表情を浮かべるのだった。
ガイアにそれ程迄の強大な力を有しているのは事実だ。しかし、ガイアは未だ自身の力を把握していないが為、それは大袈裟だと思ってしまう。
「とはいえ、教皇の言を聴き入れぬ自制が余り無い輩は多かれ少なかれ居る。何れにしろ、裏で動き出す所は出て来るじゃろう。特にあの独裁国はな」
あの独裁国という言葉に、シュグーザとデルグは嫌悪の色を浮かべ納得だと頷く。無論、抱いた嫌悪感はゴルグドルグ独裁国に対してだ。
その時、デルグは何かを閃いた表情をパッと浮かべ、思い付いた良い案を口にし出す。
「そうだ! もし神獣様を匿うんだったらヨルガミドス巨人国が良い! あの国なら他国からの政治的干渉は受けねぇし、戦争起こしたがる奴でも彼処に戦争吹っ掛ける馬鹿はいねぇ!」
(ヨルガミドス巨人国?)
初めて耳にした国名に、ガイアの内に在る好奇心がピクリと反応する。
「ふむ、確かに。あの国ならガイアにとって良い避難場所になるのう。たとえ軍で攻め込みに来ても、巨人族の戦士達には敵うまい」
「くははは。遠く彼方まで吹っ飛ばされる敵軍の光景が容易に想像出来るな」
ヴォルベスは無謀な進撃をする大多数の兵が数十人纏めて、棍棒か何かの巨大な武器で殴り飛ばされる無様な光景を浮かべ、失笑を浮かべた。
巨人族は種族名通り、体格全てが人間や他の亜人種族を優に超える大きさだ。巨人族からすれば、人は掌に乗せられる鼠の様なもの。生まれ持っての肉体能力の差は歴然であり、巨体から繰り出す一撃は小さな集落1つを容易く潰せる程の威力を有する。
それ程の力を持つ巨人1人に、軍勢で相手するなら未だ良いかもしれない。しかし、そんな巨人もが同じように軍勢水準の数だった場合は即撤退、戦う前に脱兎の如く敗走だ。
そんな屈強な巨人が住まう国に戦争を吹っ掛ける行為は、自国を滅ぼしてくれと言っている様なもの。
敵対するなど、馬鹿馬鹿しいにも程があるというものだ。
「里の長老達に何度か聞かされたなぁ。巨人族の国とは決して敵対しては為らないって」
ミリスティはそう言いながら四つん這いで移動し、ガイアの頭の上に乗っかり俯せる。
「彼の国と戦争する事即ち、地図の上から国が消え、後に残るのは瓦礫の山が広がる無残な光景のみ。私達森人族にはそう伝えられてる。巨人族と仲が良い山小人族なら良く知っている筈だよ」
そう語るミリスティに、デルグは勿論知っていると二度頷く。
「確か、巨人族の王は〝国潰し〟と呼ばれてる、ですよね? 先生」
「そうじゃ。その異名は初代ヨトゥン王の誕生から始まり、その血筋と力は受け継がれ、現ヨトゥン王もその異名に相応しい力を持っておる」
(ちょ……〝国潰し〟って…)
その異名。いったいどれ程の脅威なのだろうか。
ガイアは頭の中で想像してみた。
村程度などの面積は大きな足だけで容易く潰し、都市は強靭かつ岩の如く頑丈な肉体だけであらゆる建物を破壊し、巨大な武器を用いて巨人よりも巨大な城を粉砕し、価値無き瓦礫の山に変える。
(……それ、僕なんかより絶対ヤバいじゃん…)
どれ程大きいのか、どれ程の怪力なのか、正直な所、巨人族に会った事が無いガイアにとっては何とも言えない漠然とした内容だ。
しかし、此処は異世界だ。
ガイアこと白石大地にとって、そんな非常識が幾ら在っても可笑しくない世界だ。
「その異名が轟いているが故、巨人族に対する恐怖の印象を与えておるが、彼等は基本温厚な種族じゃ。無益な争いは好まん。が、敵対すれば脅威と為る事実は変わらんがな」
エルガルムはそう言い、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、そろそろ寝るとしようかの」
今日は此処まで。そんな彼の言葉に全員は同意の色を浮かべる。
「夜間の見張りは俺達が遣るから、お前達は気兼ねなく朝明けまで寝てて良いぞ」
「いえ、そんな、世話に為りっ放しの儘は…! 俺達も夜間の見張りを遣らせて下さい」
ダムクからの厚意にシュグーザは、同行を許してくれた恩を少しでも返したいと見張り役を買って出る。それはこれ以上甘えるのは流石に申し訳無いという、せめてもの思いからだ。
「遣らせてくれよ。見張りは交代制だろ? 人数が多けりゃ眠る時間が普段よりも削られねぇからよ、その方が得だと思うぜ」
デルグもシュグーザと同様に見張りを遣ると前に出た。
「こんくらいは文句無ぇだろ?」
「勿論さぁ。同行させて貰ってる身だ、それくらいは貢献しなくっちゃね」
デルグからの問い掛けに対し、アルチャットは快く答え、ジルットも無言ながら頷き承諾の意を伝える。
「そうか。そこまで言うなら御願いするぜ」
ダムクはそう言い、就寝する前に彼等と見張りの順番を相談するのだった。




