虫蠢く暗き迷路26-3
休息後から、アルチャット達を加えた一行は入り組んだ暗く長い空洞を進む。
狭い道中では、進行の邪魔をするかの様に粘体種が所々で数匹単位で現れ、獲物を殺し喰らう為に粘液を吹き掛けてくる。
幅が狭い空洞では避ける事が困難。特に体格が大柄な者はどれ程素早かろうと、動きがかなり制限される為、大抵の攻撃は当たってしまう。
たとえ避けたとしても、後方に被害が及んでしまう。そして先頭の者は、距離を取る為に後ろへ素早く退避する事も出来ない。後方へ下がる場合は、必ず後ろに続く者達に意思を伝えなければならない。何も言わず急に下がり出せば互いがぶつかり合い、下手をすればドミノ倒しが起こり、体勢を大きく崩してしまう。それが戦闘中であれば命取りである。
その為、先頭に立って進むのは防御に優れた者――――特に盾を持つ者が適任だ。しかし、粘体が噴き出す粘液には酸が含まれている。生物は勿論、鉄をも熔かす為、防具に酸対策を施すのは必須。
先導でダムクの先を行くミュフィとライファは、行く先で遭遇した粘体を出合い頭に攻撃せず、一旦戻ってダムクの後ろへ隠れる。彼女等2人なら手間取る事無く倒せる魔物だが、この蠱毒巣窟に生息するのは通常の粘体では無い故、下手に手を出さない。
あくまで役割は斥候。勝手な戦闘行為は控えなければならない。
ライファの場合はいざという時の為に魔法は控え、魔力を温存しなければならない。
紫毒の粘体に対しての近接攻撃は毒の粘液が飛び散らしてしまい、それが身体に付着してしまう危険性が在る。魔道具で毒耐性を獲得しているが、必ず防ぐ訳では無い。万が一の事を常に考慮しなければならない。
そして黄酸の粘体は、通常の粘体よりも身体を構成する粘液が強力な酸を含んでおり、吹き付けられた箇所は一気に爛れ、あっという間に融かされる。鉄の防具も僅か数秒で熔かす程の脅威だ。当然、武器での攻撃は基本的に無意味で、黄酸の粘体の体内に食い込んだ瞬間から武器は融かされる。
幅の狭い環境を利用しての粘液噴射を仕掛ける2種の粘体に対し、ダムクが堅実に盾で防ぎ前進する。ダムクが持つ堅牢なる盾の材質は神秘の銅――――強酸程度では熔かす事は出来ない特別な貴金属だ。それに加え、強力な酸耐性の魔法が付与されている為、劣化すらしない。
一定の距離まで近付き、盾の隙間から炎の魔法をシャラナが放射する。
2種の粘体は灼熱の炎に包まれ、粘液で構成する身体の表面はブクブクと沸騰させ、どろりと崩れる。それはまるで、勢い良く蝋燭が融けるかの様だった。
粘体に限らず、次に良く遭遇するのは隠伏の紫毒蛇だ。
蛇の魔獣種は熱感知能力を使って生物を認識している。それ故、視界が通らない真っ暗闇な環境でも生きていける。そして気配を隠蔽する特殊技能を用い、獲物を暗殺する様に狩り、勝てない強敵から身を隠しながら上手く生き抜いている。たとえ特殊技能〈暗視〉を有し見通せても、油断出来ない魔物である。
しかし、斥候のミュフィとライファの敵では無い。
彼女2人は〈暗視〉は勿論、ミリスティに次ぎ〈気配感知〉が鋭い。隠伏の紫毒蛇の気配隠蔽程度なら容易く看破出来る上、先制攻撃されてもそれを上回る速度で頭を斬り落とせる。全く問題無いと言っても良い。
そして忘れてはいけないのは、中に巣くう怪昆虫種。
毒撒く地虫。細い身体から6本の肢を生やした翅無しの奇怪虫で、背中に有る肉眼では見れない分泌腺から毒の煙幕を噴出させる。更に肢からは毒液を飛ばす攻撃手段も有している。
しかし、この魔物は自分から敵に接近しようとはしない性質で、大抵は逃げ回る。それも絶妙な距離を保ちながらだ。近接攻撃が届く距離まで近付かれたら、濃い霧状の毒を一気に噴き出して視界を遮り、オマケに毒液を撒き散らしてからそそくさと逃げる。開けた場所でなら大して問題無いのだが、蠱毒巣窟という狭い空間の御蔭で毒霧は充満し易く為り、冒険者を困苦させるのだ。
敵が毒に侵されるまでひたすらこの一連を繰り返し、毒で死ぬまで一定距離を保ちながら待つ。そして毒殺した敵を喰らう。何とも嫌らしい故に、厄介かつ面倒な怪昆虫である。
此奴に関してはミリスティが弓矢で狙撃すれば問題は無い。勿論、魔法でも可能だ。
大蜚蠊。誰もが御存知の嫌われ者。幅広い扁平状のてかる黒褐色の身体が特徴の異様にデカいゴ◯ブリ。毒物汚物が何の其の。目にした獲物が何だろうと喰らう悪食は、逞しい生命力の証。そして繁殖力は言う迄も無い。1匹だけなら未だ耐えられるだろう。しかし、群れは流石に絶叫を上げてしまう心境を抱かざるを得ない。幾度とこの害虫と闘い慣れていても、たとえ百戦錬磨の冒険者だろうと、生理的嫌悪は拭い切れない。
特別と言える能力は有してないが、毒や疫病への耐性は異常に高い。酸が効かなかったりと、生息している劣悪な環境に応じて様々な耐性特殊技能を有している個体も存在する。
遭遇してしまったら躊躇わず、即燃やすべし。
巣を見付けたら躊躇無く、即焼却すべしである。
未だこの蠱毒巣窟内で遭遇してはいないが、狭い場所で出現しないで欲しいと――――いや、場所など関係無しに出て来ないで欲しい。
暗窟毒蜘蛛。名称の通り、この毒蜘蛛は光が届かない洞窟といった場所に生息する魔物だ。幾つかの箇所に蜘蛛の巣の罠を張り巡らせ、うっかり其処を通り引っ掛かった獲物を喰らうのが基本だが、8つの単眼で暗い世界を真昼の様に見通し、縄張りの外に出て獲物を探しに徘徊もする。
牙は太く頑丈で、牙の切っ先から出る毒は身体の肉を徐々に融かす恐ろしい物だ。体内で粘着性を高めた蜘蛛糸で獲物を絡め捕った後の止めとして必ず使う。
だが、武器は毒牙と蜘蛛糸だけでは無い。8本の肢は槍の様な形状をしており、獲物を直接突き刺し捕らえる事も可能だ。肢からは毒が分泌されないとはいえ、外骨格は金属の様な硬度を有している故、純粋な武器として脅威である。
狭い空洞を半分も覆う大きさだが、その御蔭で数で押し寄せて来る事が出来ない。精々2、3匹が限界だろうが、それは却って互いを邪魔するのを理解しているのか、狭い空間内を動き回る時は必ず単独である。なので炎を浴びせれば簡単に追っ払え、行く先への道中から素直に退いてくれる。
倒すとなると遣り難く、切っ先が鋭く長い肢を抑えるなり切断するなりしなければならない。封じるべき肢は最低2本、出来れば4本が理想だ。それが出来ないなら肢の刺突攻撃を全て避ける事が大前提になるが、素早く一気に詰め寄り、頭上、若しくは背中に乗ってしまえば身体の構造上的に牙も肢も届かない。振り落とそうと暴れるだろうが、そうされる前に鋼鉄をも斬り裂き、打ち砕く攻撃で仕留めれば良い。
一党が動き易い広い空間で闘った方が楽という意見も在るが、其処は武器や職業別の戦闘方法、個人的な好みによる。
そして、蠱毒巣窟で一番の脅威とされているのは岩窟百足。腹背は扁平で、多数の環節が連続した胴部に無数の肢を生やした大きな百足であり、全長は10メートルを超える長さである。そんな身体を活かし、自身よりも大き目な獲物に巻き付いて捕らえる事が出来る。そして頭部に付いた大顎は硬い獲物を噛み砕き、毒液を出して確実に仕留める。
岩肌と思わせる全身を覆う外骨格は鎧の如く硬く、それを断ち斬り粉砕する程の攻撃でなければ締め付けからは逃れられない。
狂暴かつ食欲旺盛で、目に付いた他の生き物を片っ端から喰い殺す非常に危険な魔物である。
そんな虫の化け物が多く巣くう空洞世界の奥深く、中心に近い所まで進んだ一行は現在、ある空間に進入しようとていた。其処は天井が高く広い、複数の松明程度の明かりでは地形の全容を照らし出せない空間だ。
だが入口付近に近付く前、一行は火を噴く松明の灯火を消す。その理由はその先に魔物が居座っているからだ。火の明かりは当然目立つ為、自分達の存在と場所を知られない様に消したのだ。
そして各々は武器を握り締め、戦闘態勢を取る。
斥候2人が既に魔物が巣くっている事は既に確認している。目で先の様子を見ずとも、感知特殊技能持ちの者は魔物の存在とその数を認識出来る。御蔭で戦闘前に心の準備が出来るのは有り難い。
しかし、明かり無しで真っ暗闇の中で闘うのは流石に無理がある。
照らすにしても、一行が入った空間は広大である故、松明の明かりでは充分に視野を確保する事は出来ない。腰に小型の魔法照明角灯を付ければ多少はマシに為るが、それでも暗闇の中で闘うのは至難である。明かりの範囲外は真っ暗である為、何が居るのか、何匹潜んで居るのか、何処から湧いて出ているのか、はっきりとした判断が付かない。
闇広がる広い空間の中で戦闘に於ける対策は大まかに2つ。
魔法による強い光量の〈魔法照明〉やその類の魔道具でくっきりと照らすか、〈暗視化〉の魔法やその魔法が付与された魔道具などで暗闇限定の視界補助をするかだ。
その2択から、一行は後者――――〈暗視化〉の視界補助魔法での対策を迷わず選んだ。
魔力の消費を考えれば〈暗視化〉を複数人に施すより、〈魔法照明〉を一度発動するだけの方が節約する事が出来る。しかし、光は闇を追い払えるが、光量が強い光は視界を遮る欠点が有る。光に弱い魔物相手なら怯ませる事が出来るので良いかもしれないが、此方側も戦闘中で光を直視してしまえば、一時的に視界が奪われてしまい、容易く躱せる筈の攻撃を喰らってしまう事故を起こしてしまう。
なので〈暗視化〉の方が安全かつ闘い易いという事だ。
ガイアはその空間を覗き込み、ゆっくりと見渡す。
真昼の如く見通せる魔法を施した視界に映り込むのは、空間の彼方此方に張り巡らされた蜘蛛の糸と蜘蛛の巣、糸でグルグル巻きにされた何かが複数天井から糸で吊るされている。恐らく中身は狩った獲物だろう。
そして――――
(うわっ。結構居る)
それ等を作った存在が壁や天井、幾多の蜘蛛の巣の上を蠢く多数の影を目にする。
大きな黒い蜘蛛の化け物――――暗窟毒蜘蛛。
そう。現在居る場所は暗窟毒蜘蛛の住処だ。
ガイアは無意識に身体を硬直させた。それは臆病な感情から来る反射的な静止では無い。下手に動き、音を立てればこの場に居る皆を危険に晒してしまうという警戒心から来る硬直である。
シャラナもガイアと同様、石像の様に身体を硬直させ、顔には緊張の色が色濃く浮かばせていた。
他の面々も、其々異なるが口元にグッと力を入れ、ほんの僅かでも声を漏らさない様にする。
視線を動かしながら、蜘蛛の化け物の数と様子を確認する。
気付いてはいない。8つも有る単眼全ての視線は此方に向けていない様だ。
「準備は良いな?」
先頭のダムクは振り返り、後方に居る自分の一党仲間、エルガルム達、アルチャット達に短く確認を密かな声で問う。
彼の問いに対し、全員は何も言わず、代わりに頷き肯定の意を示す。
「良し…。開始の点火を頼む」
ダムクの指示に、シャラナ、アルチャット、エルガルム、ベレトリクスは其々短杖と杖を構え出し、ライファは影の中へと潜り、天井へ瞬時に移動する。
3,2,1――――ダムクは伸ばした3本の指を1本ずつ折り、短いカウントダウンを取り出す。
そしてゼロ――――攻撃開始の合図を出す。
それに合わせ、赤と橙色が入り混じる球体状の光が投じられた。それは空間を染め上げた闇を無理矢理押し退け、その中に潜む暗窟毒蜘蛛の姿を曝け出す。
突如発生した明かりに全ての暗窟毒蜘蛛が一斉に反応し、その発生源へと視線を向ける。初めて見る大きな光に思わずといった様子で、一定の速度で飛ぶ複数のそれを目で追う。
光の球体が壁に着弾した次の瞬間、光量を一気に強めると同時に弾け、灼熱を拡散させた。
内部に閉じ込められたのは炎。放たれたのは炎系統魔法の〈火炎球〉である。
炸裂し広がる炎は一定範囲内の暗窟毒蜘蛛を焼き、岩壁を焦がす。
そしてその炎は張られた蜘蛛の糸に引火する。
魔法による襲撃を受けた暗窟毒蜘蛛の群れは慌て出し、糸を燃料に更に燃え広がる炎から逃れようとするが、少々混乱が生じ互いの進路を邪魔し合っていた。中には壁から落とされる様な形で落ちる個体や、糸がぷっつり焼き切れてそのまま落下して引っ繰り返る個体も居た。
一行は駆け出す。
そして慌てふためく化け蜘蛛の群れに突撃する。
「では、俺達から!」
シュグーザが短く告げ、前に繰り出す。
彼に合わせ、他の彼の仲間も追う様に続く。
「先ずは肢4本」
ジルットが短剣を鞘からするりと抜き、視線の直ぐ先に居る暗窟毒蜘蛛に目掛けて疾走する。
「武技〈四肢断殺〉」
身体を高速で翻しながら赤い軌跡を描き、硬く長い肢を4本を断ち斬る。斬られた環節部分の断面は仄かな赤熱を帯び、僅かな火を灯らせる。
肢を失い身体の均衡が崩れたその隙を逃さず、シュグーザは高く跳躍し、大剣を両手で握り締める。
「武技〈剛烈斬〉!」
頭胸部と腹部の繋ぎ目に目掛け、豪快な斬撃を叩き付ける様に振るう。
その一撃は見事、暗窟毒蜘蛛の頭胸部を斬り落とした。
「キキャアァァァ」
其処に別のが現れ、奇声を上げながら素早くシュグーザに迫り、肢の切っ先を4本連続で突き出す。
シュグーザは冒険者として培った体捌きで軽快に避け、真正面から無理に受けず大剣で往なす。
「ちょいと背中借りるぜ!」
後ろから鎧が擦らせる音と共に駆けて来るデルグの声に合わせ、シュグーザは上半身を前に傾け、首を下げた。
彼の大きな背中にデルグが両脚で着地する。身長が低さに相反するデルグの体重がずっしりと伸し掛かるが、シュグーザの肉体なら支えられる。
「ホイさーっ!」
デルグは掛け声と共にシュグーザの背から跳躍し、眼前の化け蜘蛛の頭上へと舞う。
「喰らいな!〈剛烈槌打〉!」
落下に身を任せた大型金鎚の振り下しは強烈で、暗窟毒蜘蛛の身体全体を地面に叩き付けれたかの様に這い蹲らせた。その重い一撃は大雑把ながら清々しい威力であった。
「キ……キシャァァァ…」
しかし、デルグの一撃を諸に受けても未だ存命だった。
「そら〈焦熱光線〉」
其処にアルチャットが追撃の魔法を頭部目掛けて放つ。
貫く様に赤味のある橙色の光線が奔り、化け蜘蛛の額中心に穴が開く。穴の内部は焼き焦がされ、煙を立ち上らせる。
2匹目の暗窟毒蜘蛛はピクリとも動かず、絶命した。
「遣るな。良い連携じゃねぇか」
ダムクは襲い来る敵を容易く葬りながら、彼等に褒め言葉を送る。
「いえいえ、其方と比べれば霞みます――――よっと!」
「どんどん来るな! アルチャット、此方来る数が増えたら俺っちが此奴で火をばら撒いとく! 上手く当てろよ!」
「了解さぁ! 其方も頼んだよぉ!」
動揺や混乱が薄れ、住処に火を放たれた事への怒りが一気に膨れ上がったのか、空間内の暗窟毒蜘蛛の群れは敵意を剥き出し、次々と一行に襲い掛かる。
デルグは短い脚で駆け、瓶に入った油を横へ広げる様にばら撒く。その後に腰の革帯に差していた火を噴く松明を取り出し、撒いた油に点火する。
油は燃え上がり、炎は高く躍り出る。そしてそれは隔たりと成って、蜘蛛の化け物達の進撃を抑止する。
「貰った」
ジルットはその隙を逃さず、炎揺らめく壁の向こう側で立ち止まった数匹の暗窟毒蜘蛛の肢4本を、横から通り過ぎながら斬り飛ばす。
「今だアルチャット、撃て!」
「ナイスだ、ジルット君!〈焦熱光線〉!」
彼の素早い援護に透かさず魔法を複数連続で放ち、確実に倒す。
「ほれほれ! 熱いぞーっ!」
デルグは短杖から炎を吹かせながら牽制し、怯んだ所に大型金鎚を片手に腹部や頭胸部に近い辺り目掛けて叩き込む。
「デルグさん! 後ろから来ています!」
シュグーザの声に弾かれたデルグは、咄嗟に振り向く。
「おっとっとっと?!」
炎で牽制しようかと考えたが、その短い間で眼前まで迫れた瞬間にその考えは即座に捨て、鎚を前に出し、その大きな頭部を盾にし防御姿勢を取る。
暗窟毒蜘蛛は眼前の獲物目掛けて突き刺そうと、槍の様な肢を――――。
「――――〈疾風の刃〉!」
突如、鋭利な風の刃が横切る。
その直後、眼前の化け蜘蛛の頭がぼとりと地面に転がり、それ以外の身体も遅れて崩れ伏す。
アルチャット達は驚きの目を、風の刃が飛んで来た方へと向けた。
魔法の鋭利な風を飛ばし助けてくれたのは――――シャラナである。
シャラナは直ぐにその場から飛び退き、迫り来た暗窟毒蜘蛛を相手取る。
「すっげぇなあの娘っ子。ホントに魔導師なのか?」
デルグは彼女の動きを目にしながら、呆けた表情を浮かべる。
「わはー、如何しましょ。強いだろうとは判ってたけど、彼処迄とは予想外だぁ」
アルチャットも同様な表情を浮かべ、気の抜けた口調で魔導師としての実力差に脱帽するのだった。
ジルットも驚き、彼女の実力を認めたくないと顔を僅かに歪ませる。
魔法の威力もそうだが、魔導師とは思えない軽快な立ち回りは上手かった。B等級相応――――いや、もしかしたらA等級に近いのではないかと――――。
(糞……〉
ジルットは嫉妬に似た黒い感情を抱き、心の中で舌打ちをする。
「休んでる暇は無いですよ!」
シュグーザは声を上げながら、更に1匹、暗窟毒蜘蛛を下から斬撃を繰り出し倒す。
「悪ぃ悪ぃ! おっと後ろ来てるぜ!」
更に1匹倒しても、僅かな間の後に次の敵が何処からともなく現れる様に迫り来て、肢の切っ先で突き刺そうと襲って来る。シュグーザは直ぐ様に反応し、攻撃を避け、往なす。
「ジルットさん!」
「悪ぃが、ちょっと手が離せない…!」
複数の暗窟毒蜘蛛に目を付けられたジルットは追われながらの防戦で、シュグーザへの援護に向かう事が出来ない状態だった。
「デルグさん、済まない、手を貸してくれ!」
「直ぐ行く!」
「アルチャットさん、ジルットさんの援護を!」
「了解さぁ!」
互いの現状を把握し、各々すべき行動を取り、互いを助け、共に蜘蛛の化け物達を着々と倒す。
それに対し、ダムク率いる堅実の踏破とエルガルム一行は、迫り来る敵を容易く薙ぎ払うが如く、一撃必殺で次々と仕留めていた。
「彼方は取り敢えず大丈夫そうだな」
アルチャット達の現状を一瞥し、ダムクは右手に持った大剣を軽々振るい、1匹、更に1匹と、硬い外骨格を難無く斬り裂く。
僅かな余裕の間に、他の現状を確認しようと視線を動かす。
ヴォルベスは縦横無尽に跳ね回りながら、追い回す様に次から次へと重い拳や脚の一撃で潰していく。
ミュフィもヴォルベスと同様に疾走し、瞬速の斬撃を敵の全身に有る関節といった繋ぎ目を断ち、組み立てた模型玩具を壊す様にバラバラにしていた。
ミリスティは逃げ出そうとする遠くの暗窟毒蜘蛛を、武技によって鋭く丈夫と化した矢で硬い外骨格を貫き脳天を穿つ。余裕が有れば援護射撃で全員の補助に入り、遠くから蜘蛛糸を放とうとする敵の行動を阻害していた。
問題は無い。
エルガルムとベレトリクスは灼熱の炎や連鎖する雷、穿つ氷弾や鋭い風の魔法を放ち、圧倒している。その様子は悠々でありながら、迫り来る敵を決して近付けさせる隙の無い。
流石は名高い賢者と魔女だ。
依頼の護衛対象――――シャラナも得意の風系統魔法に加え、大半の怪昆虫種が苦手とする炎系統魔法で確実に倒し、軽快な動きで攻撃を躱す。
彼女が危うい状態に陥った際、ミリスティには射撃で援護するよう前以て指示を出してある。もしそれで敵の行動を完全に止められなくても、盾役の自分が彼女の前に出れば問題は無い。特別な鎧と盾に加え、防御系特殊技能を使ってより頑強に為れば、暗窟毒蜘蛛程度の攻撃などビクともしない。
しかし、此方の出番は無いだろうとダムクはシャラナの付近に居る人物を見て思う。
その人物――――ライファが常に一定の距離を保ちつつ、影の魔法を使用しつつ敵の動きを阻害し、大型の短剣を振るい援護している。共に過ごしてきた侍女である故か、主人であるシャラナの一挙手一投足にピタリと合わせ、最適な援護をしていた。侍女にしては優秀過ぎる程だ。
因みにガイアは――――言う迄も無い。
「な、何だありゃ!? あんなデカかったか!?」
ガイアを目にしながら、デルグが驚きの声を上げた。
その声に弾かれる様に他の3人もガイアへと視線を遣る。
「な……! 何だ…!?」
巨体と為ったガイアの姿を目にしたシュグーザは、驚きの余りに目を見開く。
同様にジルットも驚愕の色を浮かべ、思わず口を開けてしまう。
「うっひゃ~! これまた驚かされたぁ~! あの生き物の身体は如何なってるんだぁ!?」
アルチャットは驚きも然る事ながら、好奇心で目を輝かせる。
大きく為ったのか、本来があの大きさなのかは彼等4人には判らなかった。
ただ、解る事は1つだけ在った。
それは余りにも強いという事実だ。
魔法、武技、その何方も使っていない。
「おいおい何なんだよあの動きは…!? 出鱈目だろ…!」
ジルットはガイアの闘い振りに、信じられないと言わんばかりの驚愕を浮かべ、目端をひくつかせる。
一撃殴れば勢い良く打っ飛び、壁面に激突した後は時間でも停止したみたいに動かなくなる。纏わり付いて齧り付く個体を容易く引っぺがし、そのまま打ん投げれば別個体に激突、そして仲良く宙を舞った後は地面をゴロゴロ転がったり、そのまま壁に激突する。
その膂力は巨体に見合っているので納得はいく。しかし、重い巨体を素早く動かせている光景は異常だ。質量と体積が大きい程、動作速度は遅く為る。動像が良い例だ。動像が巨大であればある程、膂力が強い。その代わり、動作が鈍く為るのは必然である。
だが、巨体であるガイアの動作全てが速い。いや、かなり速い。
そして、ただ速いだけではない。
良く観察してみれば、考え無しに拳をぶん回すといった蛮族的な力任せによる闘い方をしてはいない。身体の軸を幾度と傾け、小さく回し、それに連動する様に大きな岩石の拳が自在に動く様はまるで格闘士を思わせるものだった。
そしてその攻撃速度は武術士であるヴォルベスに匹敵するものだと、アルチャット達の心に抱かせる。
自前の巨体と膂力、そして驚異的な俊敏さ。
純粋な身体能力のみで無数の敵を圧倒する。
まさに無双という言葉が相応しい。
ガイアに殴られては投げ飛ばされる多数の暗窟毒蜘蛛の光景に、ダムクは思わず失笑する。
どれ程大きな規模の群れで襲おうと、頑丈過ぎるガイアを倒す事は不可能だ。
例えるなら、それは牙や爪を突き立てて岩山1つを粉砕しようとする行為。千や万の数でも、一生掛かっても破壊する事は叶わない無駄な行為である。
「さてと、そろそろとっ捕まえようかしら」
戦闘を開始してから早数分で、もう少しで両手の指で数えられる数と為ったのを〈魔力感知〉で把握したベレトリクスは、予定通りに次の段階に移っても良いだろうと判断する。
「ガイアー。仕留めるのはもう良いから、2匹捕まえちゃってー」
声を掛けられた頃合いが良かったのか悪かったのか、敵わないと悟った残りの暗窟毒蜘蛛が縦穴や横穴へと向かい、逃走を始め出した。
(おっと逃がさん)
1歩、2歩、3歩と、ガイアは跳躍するが如くの驚異的な速度であっという間に追い付き、眼前の2匹を鷲掴む。
「ミュフィ、俺が1匹動きを止める。籠手の糸で肢を封じろ」
「了解」
「他は残りを殲滅だ!」
ダムクの指示に其々は動く。
ミュフィは籠手から魔力の糸を生成しながら、暗窟毒蜘蛛に密着する様に駆け回る。
「下準備良いよ、リーダー」
「良し来た!」
ミュフィの合図にダムクは重い身体を跳躍させ、眼前の化け蜘蛛の真上に飛ぶ。
「武技〈剛烈盾打〉!」
大型の盾から繰り出す打撃で地面に叩き付け、強引に這い蹲らせる。
その後にミュフィは暗窟毒蜘蛛の背に乗り、8本の肢に絡ませ結び付けた魔力の糸を力強く引っ張る。それに連動し、8本の肢が同時に天井に向けてピンと伸ばされた。関節とは逆の方へ無理矢理曲げられているのも相俟って、蜘蛛の化け物は力を入れる事が出来ず、力尽くで解く術は封じられるのだった。
最後に念を入れて、肢全てを束ねる様に何重にも巻き付け、魔力の糸同士を接合して完成である。
「一丁上り! ミュフィ、神獣様が捕まえた奴も縛っといてくれ」
「アイサー」
ミュフィはダムクの指示に従い、ガイアの下へ颯爽と行くのだった。
こうして暗窟毒蜘蛛を3匹生け捕りにし、50を軽く超える数を殲滅し、住処を完全に潰した。
壁面や天井に残る蜘蛛の糸や巣を燃料に、火は未だ消えずに残っている。最初の戦闘開始での点火した後の勢いは無く、広い空間を塗り潰す暗闇全てを照らすには余りにも頼りない。
しかし、〈暗視化〉の魔法効力が未だ続いているので、現状では然程気にする事では無い。
暗窟毒蜘蛛の死骸が多数転がる光景の中、一行は手分けしてそれの回収をする。
(いったい何匹居たんだろう?)
ガイアは暗闇見通す魔法を施された目で見渡す。
倒す際に数えていなかったので正確な数は判らない。かといって、視界を埋め尽くすこの数を今更数えるのも面倒だ。身体をバラバラにされた個体が幾つか転がってもいる為、数え難い。
「ほらほらぁ! 未だ未だいけるでしょー!」
「キキェー!」
(………)
ガイアは視線を間近で奇声を上げる存在へと目を遣る。
生け捕りした暗窟毒蜘蛛がベレトリクスに大きな腹部を平手打ちされ、強制的に糸を排出させられていた。
只今、暗窟毒蜘蛛から蜘蛛糸の採集の真っ最中である。
ガイアは両手でぐらつかない様に手で押さえ、地面に設置した特注の糸巻きで蜘蛛糸を巻き取っていた。因みに巻き取る役目はシャラナである。
別の2匹も同様に、一方はダムクの一党、もう一方はアルチャットの一党で、大きな糸巻きを固定した回転装置を回していた。周囲の警戒はミリスティ、ミュフィ、ライファ、ジルットの4人である。
(しっかし、良く見れば怖い見た目だなぁ…)
ガイアは改めて捕まえた化け蜘蛛の観察をする。
(それにこの外骨格……まるで金属の様な硬さだ…)
手で触れている外骨格は少なくとも鉄よりは硬いと、ガイアは感触から予想する。
(こういう怪昆虫系の素材って、意外と良い防具素材に成るんだろうなぁ。肢の方は槍だな)
そんな事を考えながら、蜘蛛糸の採取が終わるのを少し気長に待つのだった。
「いやぁ、こうやって存分に蜘蛛糸を集められるなんて夢みたいだぁ!」
そんなガイアを他所に、アルチャットは実に嬉しそうな色を浮かべて採取に勤しんでいた。
「同感ですね。これ程迄に集めたのは今回で初めてですよ」
暗窟毒蜘蛛を押さえるシュグーザは、アルチャットの言葉に同意する。
「ああ。それにこれだけ有りゃあ充分だしよ、余った素材は武具製作用として貰っちまっえるもんだ」
デルグもシュグーザと同様の言葉を口にしながら、倒した暗窟毒蜘蛛を拾い魔法の小袋へ突っ込んで行く。
「この数は流石の俺達だけでは厳しかったですね」
「全くだねぇ、シュグーザ君の言う通りだ。僕達だけじゃ正直危うかったよぉ」
アルチャット達もB等級としての相応しい上々な戦果を出していた。
しかし、ダムク達とエルガルム達の闘いは常軌を脱していた。
攻め来る敵を一薙ぎで、遠くの敵を一射ちで、目にも止まらぬ速度を以て容易く瞬殺するその光景は闘いと言うには余りにも呆気無さだった。
熾烈さは皆無。
鍔競り合いの様な拮抗も一度たりとも起こっていない。
敵の膂力を容易く上回る膂力で捻じ伏せ、敵の俊敏性を容易く超える俊敏性で圧倒し、精錬された戦闘技術で敵の手段を悉く打ち負かす。
それでいて、ほんの僅かな焦りすら無い冷静な表情には余裕が窺えた。
「嬢ちゃん、さっきの援護は助かったぜ!」
デルグは闘いの中で魔法による援護をしてくれたシャラナに礼を告げる。
「いえ、間に合って良かったです」
それに対しシャラナは微笑を浮かべ、謙遜の言葉を返す。
「あれこそが攻撃魔法ってモンだ! アルチャットなんかより頼りになるぜ!」
「なぬぅ~? そーんな事言うなら僕の魔道具貸ーさないぞ~」
デルグの冗談に対し、アルチャットは変な表情を作って冗談を言い返す。
「ははは。ですがデルグさんの言う通り、彼女の魔法は実に強力でしたよ。風系統と炎系統の2つを使えていましたし、一党に引き入れたいですね」
「そりゃ良いな! 如何だ嬢ちゃん!? 其方の依頼が済んだら俺っち達と組むか!?」
「えっ?! えぇっと…」
急な勧誘に、シャラナは如何返答すべきかまごまごする。
「おいおい、無茶吹っ掛けるな。相手は貴族令嬢だぞ。今回の探索が済めばもう此処とはおさらばだよ」
デルグの提案に対し、ジルットはほんの少し嫌味混じりの呆れた溜息を吐く。
「良いじゃねぇかジルット。別に二度と戻って来ないとは決まってねぇんだしよ。それに俺っち達の顔を憶えて貰えばよ、また来た時に一党組んでくれるかもしれねぇじゃねぇか」
「またって何時だ―――」ジルットは短剣を瞬時に鞘から引き抜く。「―――よっと」振り向き様に一振りし、背後から密かに迫っていた隠伏の紫毒蛇の首をスパンと刎ね飛ばす。
「此奴もこれで丁度だな。後は自由な素材収集で小遣い稼ぎだ」
そして地面に転がる隠伏の紫毒蛇の頭と胴体を拾い上げ、魔法の小袋に収納する。
(……まさかあれ程とはな…)
ジルットは密かに窺う様に視線をガイアへと向け、考察し出す。
(あの強さ……あれで全てじゃねぇ筈だ。絶対に人外特有の武技や特殊技能を持ってるに違いねぇ。……いや、もしかしたら魔法も使える可能性は在るな。素人目からすれば魔獣種に見えるが、あれは恐らく妖精か精霊の類。それもかなり特殊な奴だ。あんなのをいったい何処で見付けたんだ?)
そんな予想を浮かべるが、視線をガイアの全体からを背中へと――――。
「おいジルット、気持ちは解るが変な気は起こすなよ」
「……いや、お前には言われたくねぇよ」
急に横からデルグに言い寄られ、一瞬だけドキッと、ジルットの心臓が大きく鼓動を打った。ほんの僅かに顔に滲んだ動揺を直ぐに隠し、何時も通りの表情で言い返す。
デルグが他所へ行った後、視線をその背に戻し、宿る鉱石と原石を目に映す。
(あの神秘銅は是非欲しいな。それと原石も幾種か盗っておきてぇ。狙い目は金剛石と紅玉、後は黄玉って所だな)
ジルットは薄皮一枚の下――――心の中で薄っすらと笑みを浮かべる。それは欲望から生じた黒い感情である。
(あの原石3つの内1つでも、直径15センチの大きさなら100や200の金貨なんて下らねぇ程デカい臨時収入が手に入る。加工前の金剛石でも3ミリ程の小粒で金貨数枚、大粒なら20枚はいく。掌サイズはどんくらいに成るんだろうなぁ)
加工前の原石と加工後に宝石と成った物、大体同じ大きさ重さでも価値的には加工前の物が安い。宝石職人の手によって原石が加工される事によって、宝石という非常に高価値な代物へと成るのだ。小粒の金剛石の原石も加工すれば、その値段は金貨100枚程にまで跳ね上がる。
では、直径15センチものを宝石へと加工したらどれ程の高値が付くか。
(……フッ。想像付かねぇ程だろうな)
思わずニヤけてしまいそうになるが、口元にグッと力を入れ感情の露呈を抑える。
(とはいえ、あのデカい塊から削り取るのは………無理だろうな。だが、神秘銅だけでも欲しいな)
神秘銅は今の装備よりもより強力な魔法の武具を手に入れる為だ。それを持って今の一党に別件といった嘘の理由で一時このテウナク迷宮都市を離れ、ダウトン鉱山国で神秘銅を扱える工匠に神秘銅製の魔法の武具を作って貰う。必要分の現物を渡せば料金は安く為り、上位級の中で非常に強力な魔法が施された特別な武具が買う事が出来る。
金銭も依頼での報酬を含む副業による臨時収入で貯め込んでる。新しい武具に買い替える準備は前々から整っていた。
(一応、デルグの採掘道具を借りとくか)
山小人であるデルグは、ダンジョンに潜る際は必ず採掘道具を持ち歩く。彼は一党の中では採掘技術が優れており、採掘道具は全て魔道具だ。採掘する際に発生する音を消す魔法が施されており、魔物に反響を聞き付けられずに硬い岩の壁や地面を掘る事が出来る。
借りるといっても、ジルットは本人の許可など得ず勝手に使用するつもりだ。
(とはいえ、あれは力尽くで引っこ抜くでもしねぇと取れそうに――――ん?)
その時、ジルットは誰かに視線を向けられているのを感じ、感じた方向へ視線を向けた。
「?!」
向けられた視線の正体は、ガイアのものであった。
大きな目を向けられ、ジルットは思わず向けた視線を逸らす。
(何だ…? 俺を見ていた…?)
偶々視界に自分が映っていたから思わず見ていたのだろうか。そう思いながらも逸らした視線を戻し、ガイアを視界に映す。
だが、その直後にまた思わず視線を逸らしてしまう。
(彼奴、さっきから何で俺ばかり見るんだ…?)
謎の生き物から向けられる視線には、これといった感情は宿ってはいない。しかし、感じた時からずっと此方を見続けている。漠然と見ている訳ではない。其れ処か、蒼玉の如く蒼い瞳は微動だにせず、唯々視線を向けてくるだけだ。
それが逆に奇妙な不気味さを感じさせた。
だが、どんなに凝視されても、普段の表情で固めてしまえば流石に思考は読めないだろう。
其処まで気にする必要は無いと判断したジルットは、ガイアの視線を無視し、ガイアの背に宿る鉱石原石を保留にし、直ぐにでも達成出来る手頃な別の目標を探す。
(S等級冒険者で盗れる奴はダムクだな。賢者と魔女からも盗っておきてぇが、何かしらの魔法で窃盗対策されてるかもしれねぇから止めとこう)
彼等が装備している魔法装身具を瞳に映し、何れなら確実に盗れるか装備者を見て思考する。1人ずつ視線を何度も移すジルットの目は――――シャラナに留まる。
(……やっぱ侯爵令嬢だな)
ジルットはシャラナの首に下げられた芸術品と思わせる十字架の護符首飾りに目を付けた。
(あれは護符飾りの類だな。丁度良い、上等な防護系魔道具は大歓迎――――)
そう内心で黒い喜びを抱いたその時、ジルットの背筋に冷たい感覚がゾクッと奔った。
また此方を見る視線だ。それも先程感じたものとは違う視線だ。
ジルットはゆっくりと、恐る恐るの気持ちで自分を見る誰かが居る方へと視線を向けた。
「……!!」
ジルットは目にした瞬間、反射的に目を逸らしてしまった。
しかし、はっきりと目にした。してしまった。
ガイアがジルットを――――睨み付けていたのだ。
細めたその大きな目に宿るのは疑心、そして敵意である。
(何だ…!? 何で急に目の色を変えた…!?)
何故その目を此方に向けるのか、ジルットにはさっぱり分からなかった。
先程と明らかに違い、向けられた視線の急激な変化に大きく動揺し、心臓の鼓動が強く、そして速く打ち鳴らす。
恐怖を覚えたジルットは、いったい何が原因なのか必死に整理し出す。
最初はただ此方を見ていただけ。その時の目からは感情の抑揚が無い――――至って平静な様子だった。
しかし、今は疑心と敵意がはっきりと目に宿っている。それも急にだ。
ジルットはその変化の境目を何度も思い返し、その時に自分は何をして、ガイアは自分の何を見てあの様な目を向け出したのかを頭の中で探る。
(俺は怪しい行動を取ってねぇ……筈だ。死骸の回収をしているだけだ。後は何だ? まさか…あの貴族令嬢に色々言った事を根に持ってるのか? いや、それなら最初の目の色に説明が付かない)
どんなに思考しても、明確な原因は見付からなかった。
「これ位で良いでしょ。じゃ、絞めちゃうからそのまま押さえて」
そんな最中、ガイアがベレトリクスに声を掛けられた時、ころっと普段の目付きへと戻し、視線を外した。
ベレトリクスは高熱の細い光線魔法で、ガイアが押さえ込む暗窟毒蜘蛛の頭部を穿ち、あっさりと瞬殺した。
(……気のせい……だったのか?)
ガイアの視線から解放されたジルットは安堵するが、それは一時的なものだ。
不安は完全に拭えず。
しかし、考えても原因らしい欠片すら見付かりそうにない。
なのでジルットは、解明する事を諦めるのだった。
「良ーし! 大量大量!」
納品分以上も採取した蜘蛛糸に、アルチャットは御満悦な表情で魔法の小袋に仕舞い込む。
太さ凡そ15センチメートル、縦は凡そ30センチメートル、巻き終えた糸巻きの数は70を超えていた。
「集め終わったかい?」
「ええ、充分余る程に集まりましたよ」
アルチャットの問い掛けられたシュグーザは頷きながら答える。
「これで納品分は集まったか」
「はい、其方の多大な助力の御蔭で早く終わりました」
ダムクに声を掛けられ、それに対しシュグーザが感謝を口にする。
「此処を早く抜け出せれる様、今度は俺達が助力します」
「応、宜しく頼む」
暗窟毒蜘蛛を全て倒し、その亡骸の回収と蜘蛛糸を採集し終えた一行は、化け蜘蛛の住処だった空間を後にし、この蠱毒巣窟の出口を目指す。




